『知ってるか?壁ドンって犯罪なんだぜ?』 作:狐大総統
透馬はよほどおかしいのか、途切れる間も無く笑い続けている。
涼介自身、それは分からなくもない状況だった。いざ、自分が透馬の状況に立ったとしよう。笑うか笑わないかで言えば─
─笑う。生理現象だ、コレばかりは仕方ない。
とはいえ、涼介とて優しさというものはある。コンマ1秒、いやコンマ2秒は笑って良いか悩み抜くはずだ。悩み抜いて悩み抜いて悩み抜いた結果──、やはり嗤うだろう。爆笑する。間違いない。
そもそも、普通は男性アイドルが暴行事件など犯した日には、殴り合いの喧嘩など、もう少しワイルドな─良いか悪いかは別として─背景を思い浮かべるだろう。
実際、アイドルに限らず芸能人が酒乱により暴行を働いた事件などは存在する。だが、よりにもよって壁ドンが理由で、暴行容疑により逮捕されたアイドルなんて前代未聞だ。
涼介ならば死ぬまで─いや、死んでもあの世でいじり倒す。透馬とてそうするはずだ。本当に最低なやつだと思う。なぜ、捕まらないのだろうか。
心底面倒臭く感じた涼介がため息をひとつつくと、目敏く─いや、この場合は耳聡くそれに反応する透馬。
『いや、すまん。アカンよな。涼介は落ち込んでるっちゅうのに、こんな嗤ったら。ほんまにすまんかった。この通りや。』
涼介は思わず、しまった!と後悔した。
透馬は電話越しでも分かるくらいに、真面目な声音で誠心誠意謝っている。危険だ。根拠は無い。だが、危険なことだけは分かる。例えるならば、蜚蠊が列を成して家から逃げていくときのような感覚だ。鼠でもいい。とにかく、危険だ。
本来、一般的な尺度で言えば、透馬の声は心底反省しているように聞こえるのだろう。だが、透馬は一般的ではない。つまり、そういうことだ。
「いや、別に傷ついたりしてねーし。じゃあ、もう切るぞ。」
『いや!俺が納得できひん!俺なりの贖罪をさせてくれ!』
透馬は熱く反省の意を示そうとする。
だが、それは尚一層強く、涼介の危機感を感じさせるだけだ。涼介の脳裏には、電話越しで見えないはずのニヤけた透馬の顔が、ありありと浮かんでいる。
普段ならば、涼介はさっさと電話を切っている。だが、それを今はできない。なぜならば、立場的にやらかしたのは涼介だからだ。強く出ることなんてできるはずもない。
なるほど、これが前科持ちになるということか。涼介は悟りの域に入りかけていた。
「贖罪って?」
『俺もな、お前の気持ちはよう分かっとるつもりや。」
嘘つけ。涼介は思った。
『あないな風にテレビで言われまくって、ホンマ可哀想やと思うわ。言い過ぎにも程があるってモンや!』
「いや、罪を犯したのは事実だろ。」
『いや!ちゃう!涼介がやったのは壁ドンや!暴行なんかとちゃう!ちょっと、イケメンってチヤホヤされて勘違いしたアイドルが、カッコつかん壁ドンをしただけやろ!』
「おい。的確に刺しすぎだろ。」
『ネットでもみんな言うてくれとる! 〈氷室涼介逮捕されてんじゃん。…え、暴行だよね?壁ドンって暴行なの?〉、〈暴行って出てたから、てっきり誰か殴ったりしたのかと思った。氷室涼介最悪じゃんってコメ打とうとしたのに、壁ドン…。〉って困惑コメントは至る所にあんねん!ある種の風評被害やで!これは!』
こいつはなんなのだろう。あらゆる角度から刺さなければ死んでしまうのだろうか。涼介は心底疑問に思った。
『ほんま、暴行罪の名前とか変えたったらええのにな。悲しいことに、国会ってとこは無能なんや。涼介の憤りっちゅうんも分かる。けどな、安心せい。涼介がやったんは殴ったんとちゃう!壁ドンしただけや!って俺が何度でも言ったるからな!』
透馬は強く宣言した。
これが、彼なりの贖罪ということだろう。実に彼らしい最低な贖罪だ。本気ならば、今すぐにでも母親の腹の中からやり直すべきだ。本人にとっても、できるだけ早くその方法を見つけるべきだろう。
とはいえ、だ。
涼介は穏やかに微笑んだ。
さすがに実行までは移さない筈だ。透馬にだって、良心というものはあるはずなのだから。
涼介は、なんだかんだ透馬のことを信頼しているのだ。
「分かった、分かった。冗談はその辺で勘弁してくれ。」
『別に冗談とちゃうけどな。』
後日、透馬は実行に移した。涼介は膝から床に崩れ落ちた。
3話目も執筆中です。