ぼくらのヒーローアカデミア TS脳無化錬金術ヒーローマリくんちゃんの終活 作:Radrabbit
視界を埋め尽くした黒い霧が晴れたときには、私達は先ほどの街中とは全く異なる何処かの暗い室内に移動させられていた。
「『実践テスト』と聞いて念の為様子を見にきてみれば、まさかこんな所で躓いているとは」
「・・・勘弁して欲しいね」
“お前・・・ワープ個性の!!”
全身を黒いモヤに覆われた不気味な怪人。“黒霧”とAFO達から呼ばれている謎の人物。
過去にゲートを潜った時に辛うじて少し解析出来た結果から、マリさんは彼のことを脳無のような改造人間の一種だろうと推測していた。
けれどこうして悠長に会話を熟す姿を見て地面に伏せている脳無の同格とは考え難い。仮に脳無であるならば多分
「そう睨まないでいただきたい。私は部下の回収にきただけですので」
「そう言われて、素直にハイと頷くお馬鹿さんが・・・何処にいると思うのかな?冗談は見た目だけにしてよね」
「これは失礼、ですがもう既に転送してしまったので」
彼の言う通り私達は既に敵の拠点に転送されてしまっている。座標もわからないこの場所から私を連れて逃げ出すのは至難に近い・・・きっと、此処でマリさんは・・・。
「あっ、そ・・・なら君をふん縛った後自力で───ぎッ!」
“ッ!!!”
マリさんの身体から黒い茨が生えたと一瞬錯覚してしまった。彼の身体を隅々まで貫き咲き乱れるように黒い棘が咲いている。
でもあれはマリさんの個性によるものじゃない。血管を想起させる赤い線の流れる黒い棘・・・奴の個性だ。
棘が消え地面に崩れ落ちるマリさんと入れ替わるように、真っ暗な暗闇から一人の男が歩み出してくる。
「お帰り黒霧、どうやら駄目だったみたいだね」
「申し訳ありません。まさか在野のヒーローに捕縛されてしまうとは・・・」
「いやいや、今回は彼女の方を褒めるべきだぜ。あの地域に脳無を捉えられるヒーローは居ないと判断したのは僕さ」
スーツを身に纏い悪趣味な仮面を付けた大男──AFOが黒霧と談笑を始めた。対照に地へ伏せたマリさんの身体からは大きな血溜まりが出来上がっている。
「偶々外部のヒーローが要請を受けあの街へ来ていたのでしょうか?」
「さて、どうかな。とは言え脳無を捕縛できるほどの個性が手に入ったんだ。想定とは異なるがいい結果──おっと」
倒れ伏したマリさんの手元から燐光が迸り、地面から鋭く隆起した土槍がAFO目掛けて迫り上がる。けれど背後を見ていないというのにAFOに奇襲は通じず軽く弾かれてしまう。
「くそッ・・・!!」
「おかしいな、確かに心臓を含めた幾つかの臓器は貫いた筈だが」
「『超再生』に近い個性でしょうか?しかしそれでは攻撃手段の説明がつかない」
「ペラペラ、と・・・随分余裕だね・・・!!」
周囲の掌握を済ませたマリさんが
「『鋲突』+『振動』+『電流』+『拡散』・・・中々良いね。ふむ、個性の発動条件は掌で触れる事かな?」
──
「へぇ?操作対象から切り離して独立したドローンに変化させられるのか。便利な個性だね」
即座に撃墜されるがこれまでのゴーレムとは異なり
「ん・・・?『瀉血』+『抗原活性』。毒・・・いや、粉塵状の麻酔を仕込んでいるのかな。ふふ、用意周到じゃないか」
“そんな・・・こんなのズルじゃないですか・・・”
正しく
「はっ・・・・・・はっ・・・・・・・・・!!」
「もう限界かな?ほらほら、もっと頑張らないとその娘が死ぬよ?」
「────ッ!!!」
「『鋲突』+『肥大化』+『回転』」
「おぉ、綺麗に穴が空きましたね」
「・・・・・・ッ・・・・・・・・・ぁ・・・・・・」
“AFO!!!この・・・お前ェ!!!!!”
高速回転する巨大な鋲突がマリさんの身体に次々と風穴を開けた。繋がりを失った左腕が千切れ落ち、胴体は反対側の景色が幾つも覗き見えるようになってしまった。
首が半分程抉れてしまって綺麗な金髪と可愛らしい顔の付いた頭を支えきれず、
・・・そして、ばしゃんと人形が泥沼に落ちるような音を立ててマリさんが血の海に沈んだ。
“マリさん!!!!!”
光の無い瞳が血に濡れた床を映している。
“マリさん!!!!!!!!!”
瞳孔が完全に開いていた。
“起きて!!!!起きてくださいマリさん!!!!!
呼吸をしていない。傷穴が塞がる様子もない。
“ぅ・・・・・・ぁ・・・ぃゃ・・・・・・”
再び動き出すこともない・・・彼は、完全に
“いやぁぁああああぁあぁあああぁあぁああああ!!!!!!!”
「念の為頭も潰しておこう。ふふ、こうして見るとまるであの時の僕みたいじゃないか?」
「私はその時のAFOを知りませんので何とも言えませんが・・・脳まで潰れているとドクターから小言を言われるのでは?」
「ははは!それは怖いな!」
“どうして?”
「物体への自在な干渉にこの操作精度、中々使い勝手が良さそうな個性だね」
「ですがこれ程の応用性であれば、『創造』のように前提条件が厳しい個性かもしれませんね」
「もしそうであれば脳無では扱えず弔には不向き。だが僕が使うにも難しい・・・ハイエンドの素体にすれば幾らか可能性がありそうかな?」
「ですね、試してみる価値はあるかと」
“なんで?”
「しかし困ったねぇ。マキアにばかりやらせているとどうしても人目につきやすい。代わりに隠形に特化した個性で試験作を作ってみたけど、失敗だったかな」
「暫くは調整が必要そうですね。改善案は後程ドクターと相談されては?」
“・・・わたしがさらわれたせい?”
「そうだね、今のうちに個性を貰っておこうか。彼女を素体にするかどうかはドクターと話をしてから決めよう」
“・・・・・・?”
微かにぴくり、とマリさんの指が動いた・・・ような、気がした。
「──a」
個性を奪うためマリさんにAFOの掌が触れる──その刹那、マリさんの掌がAFOの仮面に触れた。
「何ッ!?」
「AFO!!!」
仮面が瞬く間に崩れ落ち、露出したのっぺらぼうのような顔面に彼の掌が届く──寸前に生じた衝撃波によって二人が分断される。
「見たかい黒霧!?頭を潰しても動いたぜ!まるでゴキブリじゃないか!!!」
「何という生命力・・・驚嘆に値します」
衝撃波によって吹き飛んだマリさんの身体が部屋の隅にごろごろと転がっていく。やがて壁にぶつかった身体はよろよろと立ち上がり、辛うじて残った右腕を構えた。
吹き飛んだせいで完全に千切れた頭部がコロコロと私の足元に転がってきて、その光の無い瞳と目が合った。
“マリさん・・・?なん、なんですか・・・それ”
「 i a 」
「面白い!どういう絡繰かな!?」
マリさんの右の掌からバチバチと紫電が流れ、何かのエネルギーを溜め込むようにして燐光が強くなっていく。
「『空気を押し出す』+『筋骨発条化』+『瞬発力×2』+『膂力増強』」
「 N a o ? 」
「相殺した!?」
「エネルギー波の一種かな?先程までの攻撃とは毛色が違うね」
AFOから放たれた巨大な衝撃波をマリさんも同様にスパークを纏った衝撃波で相殺する。風圧に耐えきれなかった身体がまたしても壁に吹き飛ばされるが、再びゆっくりと立ち上がり右腕を空中に構えた。
・・・まだ私達が研究所の暗い部屋に住んでいた頃、マリさんに『錬成』を行使する際に時折溢れ出す電流や燐光は何なのか問いかけたことがある。
曰く物体を変換する際に取り零したロスがプラズマのような電気エネルギーや光として形を成したもので、不安定な錬成や出力超過した際によく現れる現象なのだと。
彼は未熟を晒すようで恥ずかしいから、あまり見ないでほしいとも言っていたけれど。
“でも、全身からああもプラズマが迸るなんて一体何が・・・?”
見れば彼の全身からバチバチと焦げてしまいそうな程紫電が立ち上っている。普段通りの『錬成』の行使ならあのように全身からプラズマが出るなんてことにはならない。それでもこの現象が起こり得る可能性を考えるのであれば・・・それはつまり。
“マリさん自身の肉体への不安定な『錬成』・・・あんな風になっても、まだ生きてるんですか・・・?”
動く死体のように恐ろしい風貌に変わり果てた彼が右腕を空中に翳す。すると虚空からプラズマが迸り、次々と身の丈を超える程の巨大な黒剣が生み出されていく。
「『電流』+『拡散』+『回転』、威力は見た目程じゃないね」
音も無く雨のようにAFOに降り注ぐそれを、奴は電磁シールドのような盾を周囲に展開して弾き続ける。
“物体以外の何かを材料に使っている・・・?”
「おや、見てごらん黒霧。弾かれた剣の形状を変化させて僕らを囲うように再度展開している。一見して武器のような形だが、あれも先程のドローンの一種なんじゃないか?」
「分析している場合ではありませんよAFO!」
「大丈夫さ黒霧、もう遊びは終わりだ」
AFOが言うと同時にマリさんの背後から『鋲突』が飛び出して彼の右手首を抉る。鋲突によって胴体から切り離された右手がくるくると飛んでいき、同時にAFO達を包囲するように浮き上がっていた黒剣は糸が切れたかのように地面に落下して制御を失う。
風穴だらけの脚で懸命に立ち上がっていた肢体も崩れ落ち、まるで壊れた人形のような歪な様相で地面に伏せた。
「君の個性の発動起点は掌だろ?落ちた左腕からは何も出してこない辺り、胴体から切り離せば無力化できると見た」
「・・・どうやら当たりのようですね。今度は動き出さないと良いのですが」
倒れたマリさんの身体は今度こそ動きを停止し、彼の最後の足掻きを意味するプラズマも燐光も現れない。
・・・やがて酷い惨状を晒されている彼の身体にゆっくりとAFOが触れ、マリさんの個性が奪われてしまう。
「やれやれ、手酷く暴れたせいで因子がズタボロに崩れているじゃないか」
「研究に支障はあるでしょうか?」
「いや、この程度なら問題ないよ・・・ドクターからは小言を言われてしまうかもしれないが」
黒霧がその身から個性を放出し私達を闇で包み込んでいく。きっとまた別の場所、今度はドクターの研究施設にでも移動するのだろう。
「子どもの方はどうなさいますか?」
「テスト用のターゲットだからね、個性以外は特に要らないが・・・せっかくだから色々試してみようか、これも巡り合わせさ」
“マリさん・・・”
倒れている彼の側に座り込み、身体をなぞるように手を添えてみる。けれどやはりマリさんに触れることはできない。少しづつ増えていく血溜まりを掬ってみても指先に血が付着することもない。
何もできない、何も触れない。マリさんに何かを伝えることもできないこんな夢を、どうして今更になって見たのだろう。
“もし私のことを探しに来なければ、こんな目になんて遭ってなかったのに・・・“
彼の背後に転がっている
研究所暮らしのあの頃に何度かこの日のことを尋ねてみてたことはあるけれど、いつも詳細までは教えてくれなかった。だから私は自分が知らない方がいい話なのかと思って深く聞かないようにしていた。
その理由があの死人のようになってまで動くマリさんのことだったのか、私の両親がどのようにして死んだのかを伝えない為だったのか、それとも何か他の理由があるのかはわからない・・・けれど。
“なんで・・・一度も私のことを責めないんですか?”
倒れ伏したまま少しづつ黒霧に転送されていく彼に問いかけても当然返事なんて返ってこない。けれど、もしもあの日にマリさんがあの街に居なくて、攫われた私を追いかけることが無かったのならば。
あんなにもがき苦しんで血を吐いて、顔を蒼白にして震えながら戦って、心臓を何度も壊されては身体中穴だらけになって、遺体がぐちゃぐちゃになるまで殺されるようなことになんてならなかったのに。
心臓ごと潰されるのはどんなに苦しいのだろう。身体中穴だらけにされるのはどんなに痛いのだろう。頭が首から千切れ飛ぶ苦痛なんて、陳腐な私の想像力ではイメージすらできやしない。
・・・それでもマリさんはいつも「君のせいじゃない」「助けられなくてごめん」と辛そうな声で謝ってくる。
私が守られる立場の子どもで、マリさんはプロヒーローだから?・・・どうなんだろう、よくわからない。
”・・・マリさん“
でも、少しでもいいから何か手助けがしたい。大して役に立てなくても、こんな風に血溜まりに沈む小さな彼の姿なんてもう見たくない・・・こんな私に、何ができるかなんてわからないけれど。
けど今はただ、マリさんと話がしたい。他愛もないことをたくさん喋りたい。くだらない内容の冗談を冷ややかな声で返して、可愛らしく慌てる彼の声が聞きたい。
何でもいいからあの人と繋がりたい。あの頃にみたいに心が安らぐまでずっと子守唄を歌って欲しい。とにかく生きて動いているマリさんの姿が見たい。
・・・嘘だ・・・ううん、ちょっと違う。本当は直接その手で私のことを抱きしめて欲しい。頭を撫でて慰めて欲しい。彼の温もりを感じながら眠るように影へ沈みたい。マリさんにやって欲しいことなんて幾らでも湯水のように湧いてくる。
でも、今の私達にそれはできない・・・いつかAFO達のこともマリさんの身体のことも、何もかも全部解決したら、貴方に抱きしめてもらえるのかな。
マリさんの記憶が途切れたのかゆっくりと暗闇に染まっていく世界の中で、彼の身体へ覆い被さるように地面に伏せる。こうして身体を重ねても今の私には何も感じられないけれど、いつか必ず彼と触れ合えますようにと願いながら瞼を閉じた。
“おやすみなさい、マリさん”