ぼくらのヒーローアカデミア TS脳無化錬金術ヒーローマリくんちゃんの終活 作:Radrabbit
「おはよ、大丈夫?少し魘されてたみたいだけど」
“・・・おはよぅ・・・ございます”
「なんてね、実はまだ夜中なのでした」
“よなか・・・?”
微睡みの中で少しづつ意識がはっきりしてきて目に映るものをぼんやりと意識してみれば、まだ時計が深夜を指していることに気が付いた。
“また夜更かししていたんですか?”
「ううん、偶々目が覚めちゃってね。そしたら操奈ちゃんが魘されてたから、少し様子見してた」
あの夢と違って自分の身体の感覚は無いけれど、それが逆にマリさんと一緒にいることを私に感じさせてくれる。
囁くように小さな声が心地良くて頭に残る睡魔に身を委ねたくなってくるけれど、また嫌な夢を見るかもしれないと思うと気が引けた。
“マリさんは、何か夢を見たんですか?”
「ちょっとは見たかな、内容はあんまり覚えてないけど」
“・・・私、あの日の夢を見ました。マリさんが死んだ時のことを、最後まで”
「あー・・・そっかぁ、それならしょうがないねぇ・・・結構グロくなかった?大丈夫?」
ゆっくりと横になっていた身体を起こし、鏡越しに私を見つめて気遣う彼に異を返す。確かに見た目の絵面だけならショックを受けそうな記憶だったけれど、私が嫌だったのはそこでは無い。
“私を助ける為にマリさんがあんなことになったのが・・・凄く、辛かったです”
「操奈ちゃんは優しいね・・・でもね、何度でも言うけれど、あの結末に君の責任は一欠片だって存在しないんだ。プロヒーローは人を助けるのが仕事で、仮にその過程で傷付いたり死に果てたとしても全て自己責任。悪いのは単なる僕の実力不足さ」
いつも彼は優しい顔を浮かべて私に責任は無いと諭してくれる。確かにマリさんが何度も言ってくれるように私に非は無いのだろう。仮に世間にこの事実が知られたとしても、私を責める人は多分殆どいない。
でも私のこの感情は責任の話やプロヒーローの義務だとか、被害者の子どもが云々なんて話で飲み込めるものじゃない。
プロヒーローがどうとか大人の責任が何だとかの話なんてどうでもよくて、ただ私はマリさんに傷付いてほしくないだけ。私を大切にしてくれる貴方に苦しい思いをしてほしくないだけだから。
“あの日私を追いかけなければ、マリさんは死ななかったじゃないですか”
「あの日君を追いかけなければ、こうして操奈ちゃんと一緒にいることはできなかったよ」
“・・・その言い方は、ちょっとズルいですよ”
何も知らない純粋無垢な幼子のようにあどけなく微笑む彼にそう言われると、心に残る罪悪感も忘れて無条件に嬉しくなってしまう。
感覚がない筈の胸の奥が暖かくなってくるような気がして、もしも身体が動けばきっと頬がニヤついて恥ずかしい表情を浮かべていたに違いない。まさか自分の身体が動かせないことに感謝する日がくるなんて思わなかった。
“そっ、それじゃあ後悔とか、行かなければよかったとか・・・”
「後悔なんてしてないよ。寧ろ君をあんなところで1人きりにすることがなくて良かったーって思ってる」
“・・・ちょっと黙っててください”
「ぇ・・・え?ごめんね、何か気に触ること言っちゃった?」
“違います。恥ずかしいから心を落ち着かせる時間が欲しいだけです”
わたわたと両手をばたつかせて慌てる彼に訂正して呼吸を整える・・・私は呼吸なんてしてないけど、とにかく気持ちだ。というか見た目は私の色違いなだけなのに、何故これ程彼の姿に愛嬌を感じるのだろう。
ころころと表情を変えて戸惑う姿が無愛想な私と違って可愛げを感じさせるのかな。もしも私に妹が居たらこんな感じ・・・いや、「僕の方が倍は年上なんだけどなぁ」なんて困り顔で受け止めてくれる姿が目に浮かぶ・・・うん、大分落ち着いて来た。
“まぁいいです。マリさんの言い分は理解しました”
「やー、まだあんまり通じてない気がするなぁ?」
“だから約束してください”
「約束?」
きっと私が何も言ってもこの人は無茶をして死にかける。私の身体だから積極的に傷付くようなことはしないけれど、並大抵の負傷は物ともせず修復できてしまうせいで人よりも無茶のハードルが著しく低いのだ。
この先私の身体じゃなくて彼自身の肉体を取り戻して動けるようになったら、間違い無く自分の死を省みずに戦いに行くだろうから。
だから私が此処で楔を刺してあげないといけない。彼が無茶なことをして死んでしまわないように。
“もしもこの先マリさんが自分の身を省みずに戦って死ぬようなことがあれば、私も後を追って死にます”
「え゛??」
“私とマリさんは一蓮托生です。貴方が居ない世界で生きていくつもりはありませんので。私を死なせたくないのなら、死なないように死ぬ気で頑張ってください”
覚悟は決めた。私の命を担保にして彼をこの世界に繋ぎ止める。優しい優しいマリさんならこれで嫌でも生きて帰るために頑張ってくれるだろう。
「いやいやいやいやまってまってまって!?!?」
“何ですか?死ぬ気なんですか?”
「そ・・・んな気は無いけどぉ!」
“ならいいじゃないですか。マリさんの命に頓着しない性根が治るまではずっと一緒ですからね。逃しませんよ”
たとえ重い女だと思われてもいい、それで彼が死ななくて済むなら安いものだから。マリさんには悪いが引き下がるつもりはない。
やがて頑なに撤回しない私に諦めたマリさんがため息をついて承諾してくれた。
「むむむ・・・わかった、約束するよ。操奈ちゃんったら意外と頑固だねぇ」
“素直に頷いてくれてよかったです。最悪の手段を使わなくて済みました”
「これ以上何考えてたの!?怖いよぉ・・・」
それは当然泣き落としだ。マリさんが
あまりにも絵面が情けないからやりたくはなかったけれど、物理的な干渉ができない今の私だと言葉でどうにか説得するしかないのだから仕方ない。
いや・・・私とマリさんの身体が元に戻ったら直接縋りつくことができる。うぅん・・・マリさんテディ*1より小さいし、私の方が一回り背が高いから膝に乗せて抱きしめたほうがいいかも。
「はぁ・・・少しは安心できた?」
“ふふ、むしろ気が昂ってきました”
「なんでぇ・・・?」
マリさんには悪いが眠気もすっかり覚めてしまった。けれどこれに関しては私のせいではない。
恨むなら抱き心地が良さそうなサイズ感のことを恨んでほしい・・・アルケミーのファングッズにぬいぐるみは出ていないのだろうか*2。
「しょうがないなぁ・・・操奈ちゃん、それならちょっと夜遊びしよっか?」
“夜遊び、ですか?”
一体何をするつもりなのだろう。偶に個性の習熟訓練で私が寝ついた後に色々やっていることは知っているけれど、特段遊んでいたような素振りは見たことがない。
「じゃーん!どおどお?すっごく透き通ってるでしょ!!」
“これは・・・空気が綺麗なのでしょうか。星がよく見えますね”
雄英の敷地に程近い森林、その頂上に私達はいた。故郷の街よりもずっと星が細かく煌めいていて、こんな風に夜空そのものに見惚れたことなんて初めてかもしれない。
「綺麗でしょ?昔先輩にこっそり教えてもらったスポットでね。『将来夜景デートするときに使えばイチコロだぜ!!』って言ってたの・・・まぁ、その先輩は結局恋人居なかったんだけどね」
“デーッ!?・・・いや、その先輩って相澤先生のことですか?”
「んふふ、違う違う。別の先輩だよ、道端で子猫とか拾ったりする優しい人・・・あ、相澤先輩は拾う責任とか考えて雨の日に傘を置いてあげるタイプだよ」
夜の暗闇は好きだ。個性の影響なのかはわからないけれど、僅かな月明かりに照らされながら沈むように夜闇に溶けていくのが心地良い。
昼間とは違って世界の全てが影で覆われているようなこの光景にどうにも惹きつけられてしまう。
“折角なら、より純粋に星空を楽しんでみませんか?”
『潜影』を使ってマリさんと影に沈む。影の少ない昼とは異なり夜の影はあらゆる場所が繋がっていて、私では認識しきれないほど広大な暗闇の世界に溶けることができる。
影の中には暑さも寒さも存在しないから、いつだったかより夜の長い冬の季節にこっそり家を抜け出して、一晩中影に溶けながら月を見上げていた記憶がある。
「おぉ?なんか不思議な感じ」
“いつも嫌なことがあったときはこうやって、影に溶けながら月を見上げてぼーっとしていたんです”
「これ結構気持ちいいよね、プールで浮き輪に乗ってぷかぷか浮いてる時みたい」
景色と音だけを感じられるこの世界は何からも邪魔をされず余計な情報の一切は断絶される。夜に包まれながら星空を堪能できる私だけの特等席。
・・・でも、これからはマリさんだけがその特別を世界で唯一共有して感じてくれる。
ゆらゆらと影で揺らめきながらその優越感に浸る・・・そういえば、今マリさんと一緒に潜っているけど彼の方に影の感覚はあるのだろうか。
“マリさんは何か違和感とか無いですか?”
「全然?影の中って何も感じないから最初に個性使ったときは不安あったけど、今は逆になんか安心するかも」
“あ・・・そっか。影の中って今の私と同じ状態なんですね”
「え、そうなの?」
今の状態になってから最近になるまで暫く『潜影』を使って影に潜むことが無かったから気が付かなかった。何にも触れないし何からも触れられない今の私の状態は、まさしく影へ溶けて潜っている時の感覚とよく似ている。
私が身体の主導権を失ってもそれに慣れることができたのは、こうしてよく影に溶けていたからなのだろう。
“マリさんと一緒に影に沈むのは心地良いですね・・・なんだか眠くなってきました”
「眠かったら寝ちゃっていいよ。目を瞑りながらでも僕帰れるからさ」
“・・・もうちょっと浸ってたいです”
「そっか、それなら僕も月を見ていようかな」
マリさんが夜空で煌めく満月を見上げながらそう言った。空気が綺麗なお陰なのかいつも見ていた夜空よりハッキリと月の輪郭まで見えるような気がして、段々と空に吸い込まれるような錯覚さえ感じてしまう。
“本当に・・・月が綺麗ですね”
「偶々今日が満月で良かったよ。こんなに綺麗な月が見られるなんて」
“・・・・・・・・・あ゛”
思いきりリラックスして素直な感想が溢れただけなのに、言葉のチョイスのせいで
「んぇ?どうかした?」
・・・気付いた?気付かれた?それとも気を遣われている?いやいや、今時
まして文系科目が壊滅的で受験の時に半泣きになっていたマリさんがこんな古典的表現を知っているとは考え難い・・・よし、何も気が付かなかったことにしよう。
“こほんっ!そ、そういえば少し気になったことがあるのですが”
「んー?」
“あの日にこう・・・心臓が潰されたりとか凄く酷い状態になっても、どうしてあそこまで動けたんですか?”
話題を逸らす。会話に上げる内容としては自然なものだろう。このまま話をもっていくしかない。
「そうだねぇ、まずは身体の修復から話そうか。錬金術の原則は説明したことあったかな?」
“はい、確か等価交換が原則でしたよね”
一の質量からは一を、水の性質のものからは水の性質のものしか作ることはできない。傍から見れば楽に何でも作り出しているように見える彼の『錬成』も、実際は多くの制限に縛られている。
それにしても個性ではなく錬金術の原則と言っているあたり、似たような個性で錬金術を行使する人達がそれなりに居るのだろうか。
「実はね、一つだけそれに当て嵌まらない例外があるんだ」
“例外?”
彼が影の中で星を見上げるように右腕を夜空に掲げ、満月を囲うように指で丸を作る。
「『大エリクシル』『哲学者の石』『赤きティンクトゥラ』色々呼び方はあるけれど、一番有名な名前は『賢者の石』かな」
“・・・えぇと、旧時代のフィクションでよく扱われていた題材だったような”
「あはは・・・個性が普及した現代なら、確かに創作として思われちゃうよね」
何かの文献だったか古いアニメーション作品か何かで見た覚えがある。細かい内容までは流石に記憶に無いけれど、すごく便利なアイテムみたいな扱いだったような。
“フィクションではなく実在するものなんですか?”
「厳密には『恐らく実在する』かな。ウチの家系は代々個性が発現するずーっと前の時代から錬金術の研究を続けていてね。僕も『不完全な賢者の石』までなら作れたのさ」
“不完全・・・?”
「賢者の石には
“
段階によって使い道や出力などが異なるのだろうが、今の説明だけだとそこまで問題がありそうには思えない。
「賢者の石の完成をもって錬金術は『
ざっくり言えば八百万さんの『創造』から全ての制限を取っ払って何でも好き放題作れるインチキモードだと思えばいいのだそう。
そう考えると確かにとんでもない物に聞こえるが、そんなもの人間に作れるのだろうか。
「それで
“えぇ・・・”
「だから普段は体内を流れる余剰エネルギーを掬って、自分の負傷を直すくらいの使い方しかしないんだ・・・あの時は後が無かったから攻撃にも使ったけどね」
“なるほど・・・え、体内ですか?”
「まだ言ってなかったっけ?賢者の石は常温だと固体だけど、人肌くらいの温度で触れると状態が液体に変化するからさ。飲み込んで身体に溶かして使うんだよ」
“それ大丈夫なんですか・・・?”
普通に引いてしまったけれど、どうやら賢者の石は掌で触れて使うのと体内に取り込んで使うのでは変換効率が段違いらしい。
寧ろ手で触れて使って制御出来ずに腕が弾け飛んだことが過去にあったらしく、その使い方は怖いのだそう・・・普通逆じゃないかとは思うけれど。
“あの状態で動けたのも賢者の石のお陰なんですか?“
「それについては別だね。子どもの頃に個性事故を起こしたことがあってさー。偶々あの時と似た状況になったことがあるんだよ」
“事故、って言ってもあんな状態なんて・・・”
「あー・・・ちょっと錬成に失敗して脳死状態みたいな感じになっちゃってね。死亡判定を出すかどうか病院で揉めてたくらいでさ。その時に色々試行錯誤したんだ」
唯一聴覚だけは生きていたから自分が死んでいないことは辛うじてわかったけど、数ヶ月は意識を保つことすら難しくて本当に苦労したのだと彼は言う。
恐らく自身の負傷への異常な程の無頓着具合はその辺の経験からくるものなのだろう。個性の特異性と本人が死に近づき過ぎてしまったことで、己の死を忌避する生物として当たり前の感覚がおかしくなってしまったのかもしれない。
“・・・ふむ、マリさんがそんな風になった事情は大体理解しました”
「!ほんと?なら約束の件をちょっと考え直してくれたりとか・・・」
“しません。何ですか?やっぱり死ぬ気なんですか?”
「ちちちち違うよぉ!?そんなことないよ?ちゃんと考えてるから!!」
・・・これは嘘の匂いがする。半年程度の付き合いしかないけれど、元々そういうのが不得手らしい彼は特に私相手だと嘘や誤魔化しが極端に下手糞になる。
多分なるべく嘘を吐いて励ましたり下手に誤魔化して私に不安を感じさせないようにかなり気を遣った結果、逆に言動に不審さが現れるのだろう。
運命共同体とも言える私達の関係が嘘や誤魔化による不信感で崩れたりしないように、必死に言い回しを考えて喋っているのだと思う。しかしそれが一周回って嘘や誤魔化しだとわかるようになってしまっているのだ。
・・・まぁ、態と本当に言えないことは隠してコミカルに振る舞ってるのかもしれないけれど。
それなら私は彼の考え方が変わるまで耳にタコができるくらい何回でも約束を結ばせよう。彼が自分から命を大切にするようになるまでずっと。
“今はその言葉を信じてあげます。どうか嘘にはしないでくださいね”
「・・・もちろん。精一杯努力させてもらうよ」
マリさんにはテディの代わりに私の抱き枕になる大切な役目もあるんですから、絶対に嫌でも生きてもらいますからね。