ぼくらのヒーローアカデミア TS脳無化錬金術ヒーローマリくんちゃんの終活 作:Radrabbit
青い空、白い雲、響き渡る群衆の歓声。
きたる雄英体育祭当日の朝、雄英の敷地内にはかつてないほどの大勢が押し寄せていた。
私達1-Aの生徒は既に着替えた状態で控室に待機しており、後は予定されている時間通りに会場に向かうだけ・・・大丈夫、何の心配もありはしない。事前にオールマイトへ
だから後は主席生徒として威風堂々とした態度の澄まし顔で過ごせばいい、私がやるべきはたったそれだけのことなのだ。
「やっほー影山、今日は調子どう?いけそう?」
「あ、あしどさん。ご、ごきげ、ごきげんよよよよ・・・」
「大変!哀ちゃんが泡吹いてる!!」
「なんだって!?担架は必要かい!?」
「いらないでしゅ・・・」
“あちゃぁ、まーこうなっちゃうか”
・・・ぁあぁあ駄目だ。
考えないようにしていたのにますます気になって胃が捩じれてきそう。
そもそも人前で目立つような真似をするのは嫌いだ。いつもそう、みんな無遠慮に私のことをじろじろ眺めて勝手に期待してくる癖に勝手に失望する・・・そしていつも、こうやって余計なことがどんどん頭に浮かんでくるせいで結局失敗に終わる。
「・・・はぁ」
「あ、今度はナーバスになってる」
「飴食べる?」
「ぁむ・・・」
・・・甘い、甘い?
「???」
“操奈ちゃーん?あれ、聞こえてる?”
「ふぁい?」
口の中で優しいミルクの風味が広がっていく。誰かに口の中へ何か放り込まれたらしい。
害のあるものならマリさんが許すはずもないので多分芦戸さんか透さんかな。それにしても飴玉なんて食べたのは何年振りだろう。マリさんにも舐めさせてあげたら喜ぶかな。
“本番直前となると流石に緊張しちゃう?”
(う・・・はい、実はお腹もちょっと痛くて)
“んふふ、そんな気にしなくたっていーよ?僕の学生時代の体育祭なんてもっと酷かったんだから”
(そんなにですか?)
マリさんの学生時代の話・・・気になる。
13号先生あたりに引っ付いて怯えながら競技に励んでいたりしたのだろうか・・・いや、13号先生は嫌だな。ミッドナイト先生にしておこう。
“体育祭が怖すぎて保健室に泣きながら引き籠ってね、友達や先輩に説得されてなんとか出場したの”
(えぇ・・・)
「よしよし、少しは顔色マシになったね」
「でもこんなので選手宣誓大丈夫なの?舞台上でぶっ倒れない?」
「そこはもう先生方にお任せするしかないねぇ」
それに比べれば私はマシなのだろうか。寧ろ自分で雄英に入ったマリさんと半ば強引に雄英へ通うことになった私を比較するのなら、私の方が度胸があると考えられなくもない、かな?
「哀ちゃんいけそう?」
「ん」
「皆ー!準備は出来ているかい?速やかに整列して入場するよ!」
「ギリギリセーフかな?私達も中々手慣れてきたね」
「これが子育てに奔走する母親の気持ち・・・?」
「
そうこうしている間に飯田さんが元気よく部屋に入ってきた。殆ど緊張している様子もなく、意気揚々と朝から燃え上がっていたのを覚えている・・・羨ましい。
「おいチビ白髪、テメェ戦えんのかよ」
「
「飴舐めるか喋るかどっちかにしやがれ」
「・・・・・・*1」
「喋れや!」
(この人怖いです)
“操奈ちゃんは将来大物になりそうだね・・・”
透さん達と一緒に外へ出ようとしているといつもよりやや眼光が鋭くなっている爆豪さんが話しかけてきた。
彼から直接声を掛けられたことなんて初めてだから動揺して固まってしまったけれど、意外と人のことを心配・・・しているわけじゃない筈。
「んくっ、珍しい、ですね。気になることでも?」
「病み上がりだろうが何だろうが、俺は戦えねぇカスの相手するつもりはねェ」
「・・・はい?」
「ちょ、ちょっと待てよ爆豪!直前で急に喧嘩腰はやめろって!」
「そうだよ爆豪!影山が怖がって泣いちゃうでしょ!」
「別に泣きませんけど??」
口の中の飴玉を影に仕舞って返答してみたけれどいまいち何が言いたいのかわからない。一番彼と仲の良い切島さんが翻訳してくれないと私にはもっと理解できないんですけど・・・。
(何が言いたいんでしょうか?)
“さぁ・・・宣戦布告、みたいな?いや違うか”
「碌に動けねぇ病人に勝っても意味ねんだよ。つまんねェカスみたいな戦いするつもりなら、さっさと棄権して寝てろ」
「あぁ・・・そういう」
「爆豪君!流石に不謹慎だぞ!」
完全に彼の心情が理解できたわけではないけど、概ね何が言いたいのかは推察できた。プライドの高そうな彼からすれば入試首席の私は超えるべき、若しくは叩き潰すべき壁というわけだ。
でもその対象である私が病み上がりで100%のパフォーマンスが発揮できないとなると、この体育祭で戦い勝ったところで彼的には意味が無いのだろう。
そう考えると意外と完璧主義というか、緑谷さんへの横暴な態度に目を瞑れば上昇志向の塊とも言えるのかもしれない。
「確かに今の私は万全の状態とは呼べません。戦闘訓練の時のような戦い方は難しいでしょう」
「そォかよ。ならとっとと──」
「ですが、だからといって負けるつもりはありません。私も私なりに、負けたくない理由があるのです」
正直この体育祭に掛ける思いなんて私にはない。入院の情報事態は青山さんから漏れているだろうから、せめて
最初はそのつもりで動いていたし、実際マリさんが目覚めるまでは何とか誤魔化すことだけを考えていた。
「いつまでも心配されてばかりじゃない。“私も大丈夫なんだ”ってところを見せないといけないんです」
“操奈ちゃん・・・”
いつまでも守られてばかりの立場に甘んじていたら駄目なのだ。マリさんのことを助けるのなら、それができるだけの力があると私は彼に示さなければならない。
まだスタートラインに立ったばかりで大したことができるわけじゃないけれど、それでも私も貴方と一緒に戦えるのだと、大事に優しく守られるだけの雛鳥じゃないと思ってほしいから。
「舐めプしたら殺す」
「しませんよ。むしろ返り討ちにしてあげますので、今のうちに言い訳を考えておくといいですよ・・・例えば、怪我が理由で本調子じゃなかった、とか」
「ハッ、吠えてろ」
ギラギラと茹だる様な殺気を帯びた瞳を私へ向け、嬉しそうに口角を吊り上げた爆豪さんが獰猛に笑う。
・・・ちょっと怖い、意趣返しに挑発なんてするんじゃなかった。
「よく言った影山!私も爆豪なんかぶっ倒しちゃうんだから!!」
「勢いで宣戦布告するにはちょっと怖くない?」
「いやいや、あの怖がり泣き虫の影山が言って見せたんだよ?私達も頑張らないと!」
「怖がりでも泣き虫でもないんですが???」
些か失礼な芦戸さんには言いたいことがあるものの、そろそろ時間もないので大した反論もできずに会場へ移動する。
道中轟さんが何か言いたそうにちらちらと私や緑谷さんの方を見ていたが、彼も宣戦布告でもしたかったのだろうか。
『雄英体育祭‼ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル‼──』
暗く細長いゲートの中には一段階ギアを上げた観客の声援が響き渡っていた。ただでさえ煩かった朝の騒音すら比較にならないほどの大歓声。あまりに大きすぎる声援に刺すような痛みが耳に走る。
(う、煩い・・・)
“もうちょっとだけ我慢我慢、そのうち静かになるからさ、ね?”
思わず眉を潜めて耳を塞いでいる私を宥めるようにマリさんが囁いてくる。こんなに騒音が喧しいのなら耳栓でも持ってくればよかった。
『一年!A組だろォォァォォォ!!!???』
「うはー!めちゃくちゃ注目されてるね私達!ほらほら哀ちゃんも!耳塞いでないで周り見ようよー!」
「見なくてもわかりますよ・・・」
「葉隠は緊張してるのかしてないのかわかんないねー」
マリさんがはっきり目覚めたからだろうけど、今の私には葉隠さんの輝かんばかりの素敵な笑顔が見えている。
しかしよく考えてみれば透明人間である彼女にとって、『人から注目される舞台』というのは割と喜ばしいものなのかもしれない。
「物凄く笑顔ですよ。少し腹が立つくらいには」
「えぇ!?」
「その胆力を少し分けて欲しいくらいですもの」
「いいじゃんいいじゃん、影山も調子出てきたね」
けらけら笑う芦戸さんも緊張している様子は特に見えない・・・皆さん肝が座りすぎじゃありませんか?カタカタ震えている緑谷さんだけが私の味方なのだろうか。
「選手宣誓!!」
“へー、これ睡先輩がやるんだ。根津校長かと思ってたや”
(校長先生は3年生ステージじゃありませんでたっけ?)
壇上に立つミッドナイト先生に生徒達が俄かに盛り上がっていた。男性人気の高い彼女に峰田さんを筆頭とした男子生徒が色めきだっているけれど、本当にあの人が主審で許されるのだろうか。
「静かにしなさい!選手代表!1-A影山哀!!」
「がんばってー」
“大丈夫、練習した通りにそのままやればいいよ”
応援の声を背に受けて壇上に上がる。ミッドナイト先生が私用に少し小さく調整したマイクの前に立ち、小刻みに払える腕を強く握って一度深呼吸した。
会場全ての注目が私に集中している。360度全方向から向けられる好奇の眼差し、期待、羨望、気持ち悪いくらいたくさんの感情が一混ぜになって私へ突き刺さる。
「・・・・・・ぁ」
額から冷や汗が流れ、絶え間なく鳴り続ける心臓の鼓動が煩いくらいに大きく感じる。胃が捩れて口から飛び出てしまうのではないかと思うほどの緊迫感。
二人で一緒に散々練習した筈の文章は既に頭から抜け落ちていた。頭が真っ白に染まるというのはこういうことなのかと、場違いに軽く抜けた感想が頭に浮かぶ。
「────」
“あ、あれ、操奈ちゃん?”
(────)
“思考まで固まってる!!”
「影山さん?大丈夫?」
極限の緊張、思考の空白、やっぱり見栄なんて張らず素直にマリさんにやって貰えばよかったとぐるぐる頭の中を回る後悔。
その全てが混ざり合い、マリさんの声すら聞こえなくなっていた私の口は直前の言動を無意識に真似て吐き出していた。
「───色々考えていましたが、やめです」
“操奈ちゃん??”
「皆さん負けた時の言い訳を今のうちに考えておいてくださいね。私はそれを楽しみにしていますので」
“操奈ちゃん!?!?”
「あら!これは意外なビッグマウス!俄然楽しみになってきたわ!」
“ダメだぁ!おめめがぐるぐるしてるや!!”
気が付いたときには手遅れだった。驚愕に目を見開いている透さん達や「あぁ言わんこっちゃない・・・」とでも言うかのような呆れた眼差しを向ける幾人かのクラスメイト。
選手宣誓の場で行われた突然の挑発行為に場内が騒めく。私の現状を知っている1-A以外のクラスからはブーイングが巻き起こり、観客席のボルテージが更に引きあがる。
『ヒュー‼澄ました顔に見合わぬ挑発宣言!やれんのか影山ァ!』
『・・・まぁ、やる気があるのはいいことだな』
おそらきれい。
透き通るように青い空、天高くまで伸びる白い雲、そして響き渡るスタジアムの歓声。
“操奈ちゃん?聞いてる?ねぇねぇ”
・・・おわった。なにやってんだろわたし。
“もぉー!そろそろ動くよ?変わりに僕出るよ?”
(あ、それは駄目です。極力休んでてください)
“聞いてるじゃん!”
マリさんの一声のお陰で辛うじて戻ってこれた。こんなことでマリさんの活動時間を使わせるつもりはない。後でご褒美につかうために1分1秒でも多く節約しなければ。
(ふふっ、こんなのもう笑いものになるしかないですね?)
“ならないさせない。ほら、スマイルスマイル”
変わらず騒めいている群衆を尻目に一礼し檀上を降り、半ばヤケクソ気味に浮かべた笑顔でクラス列に帰還する。
「かっこよかったよ影山!・・・多分めちゃくめちゃヘイト貰ったけど!」
「ふふ・・・どうぞ笑ってくださいませ。うふふふふ・・・どうせこんなことになると思ってたんです・・・」
「どうどう、笑いながらプルプル震えないで哀ちゃん」
「大丈夫大丈夫!お客さんはきっと気にしてへんよ!」
女子陣からの温かい声援と共に速やかに透さんの前へ収納された。どさくさに紛れて撫でているのはこの際見逃してあげますけど、貴女透明なのでもっと抱え込んでもらわないと私隠れないです。
「私このまま帰りますね」
「種目発表がまだだわ哀ちゃん」
「もうちょっと現実逃避させてくださいませ蛙吹さん」
「梅雨ちゃんと呼んで頂戴」
透さんを盾にして視線を遮りながら退場しようとしてみたものの、流石に誰も許してはくれなかった。
・・・冗談、冗談だからそんな二人して手を繋がないで欲しい。見た目が
「会場も盛り上がってきたところで、さっそく第一種目の発表よ!」
大スクリーンに大袈裟なほど映し出されたのは障害物競争の文字、スタジアム外周4kmの走破が目標らしい。どうせ雄英のことだから入試試験のような奇天烈な障害物やルールでもあるのだろうけれど。
「我が校は自由さが売り文句!コースを守りさえすれば何をしても構わないわよ!」
“ほらほら元気出して、もうすぐ始まっちゃうよ?”
(あと数分は心を落ち着かせる時間が欲しかったのにぃ・・・)
ふらふらと覚束ない足取りのまま透さんに手を引かれて開始位置まで来てしまった。スタートする前からこんな失敗するなんて欠片も想定していなかったのに・・・最悪だ。
『さぁさぁ位置につきまくりなさい───』
「哀ちゃん!」
「・・・何ですか?」
「今からは、私達ライバルだからね!」
いつもの天真爛漫な笑顔でも、戦闘訓練のときのような緊張した面持ちでもない。競い合うただ一人の学友を見る真剣な眼差しが私を捉えていた。
そうだった。緊張ですっかり頭から抜け落ちてしまっていたけれど、私をライバルとして見ているのは彼女も同じ。
・・・あぁ、なんだ。観客のことを考える必要なんて無かった。私は周りにいる
「もちろんです。手加減なんてしませんからね」
「ばっちこいだよ!私だって負けないから!」
“一緒に頑張ろうね”
(えぇ、一緒に戦いましょう。どうせ手遅れですし、優勝目指して頑張りますよ)
『──障害物競走、スターーーート!!!!』
・轟くん
緑谷くんと操奈さんに宣戦布告しようとした瞬間「みど「おいチビ白髪──」おぉ・・・」の流れでタイミングを失った。ちらちら機を伺ってはいたもののいい感じのタイミングを見つけられなかったらしい。