ぼくらのヒーローアカデミア TS脳無化錬金術ヒーローマリくんちゃんの終活 作:Radrabbit
「ひ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛」
「だ〜いじょうぶ大丈夫、みんな怖い人じゃないよ〜」
体育祭当日の朝、意気揚々と家を出た真理は雄英高校へ向かうにつれて加速度的に増えていく人の群に恐怖していた。
不審者対策に家まで真理を迎えに来ていた蛇喰も彼のその怯えっぷりには中々手を焼いており、産まれたての子鹿のように身を震わせる真理を仕方なく背負って登校している。
「ひぐ、ぐずっ・・・うぇぇ」
「や〜困っちゃった。受験の時はどうしてたの?」
「こんなにひといなかったぁ・・・」
「あぁ別室とかそういうヤツ」
泣き喚く真理には蛇喰の慰めもあまり効いておらず、えぐえぐと泣きじゃくりながら彼女の背にしがみついていた。そのまま教室に辿り着いても尚状態は改善しておらず、先に待っていた鳥塚も真理を見て表情を若干引き攣らせた。
「おはようさん。真理いけそう?」
「無理かも~。ちょっとこれは想像してなかったねぇ」
「どうしたもんかな・・・」
予想外の事態に二人は頭を抱えていた。真理が怖がりの泣き虫であることは重々承知していたものの、まさかここまでの拒否反応を起こすとは思いもしていなかったのだ。
「あれ、真理は?」
「そこの椅子に座らせて・・・あ」
「と、鳥塚さんと蛇喰さん?さっきね、マリちゃん教室の外に走っていってたけど大丈夫?初めて見るくらい泣いてたから着いていこうか迷ってたんだけど・・・」
「・・・マジか」
クラスメイトの黒瀬から声を掛けられたことで、二人はほんの一瞬目を離した隙に真理が教室から姿を消していたことに気が付いた。
音もなく逃げ去った彼の手腕に成長を感じつつも、泣きじゃくる真理が逃げ先に選びそうな場所を必死に思い浮かべる。
「あの先輩達のとことか?」
「先輩達はとっくに別会場行ってるでしょ・・・ならまぁ、リカバリーガールのとこしか候補ないか」
「そだね。あ、なら私は一応先輩達の方も軽く聞いてくる」
「頼んだ」
「わ、私も何かした方がいいかな・・・?」
「真理のこと先生に伝えといて!」
体育祭が始まるまでの猶予は殆どない。全く厄介なことをしてくれたなと溜息を吐いて、彼女はリカバリーガールが在中している出張保健室へ足早に駆け出した。
「今日は抱っこしながらでも会場連れてってやるから覚悟してなよ・・・!!」
「いいのかい?二人にいいところをみせたいんだろう?」
「・・・むりだよ」
「それはどうして?」
「ぼくができそこないだから」
保健室のベッドで体操座りをして布団を頭から被り、くぐもった小さくか細い声でリカバリーガールと話していた。
布団に隠された顔が今どうなっているのか彼女にはわからなかった。けれど少しでも元気を出させようと引き出しからお菓子を取り出し、彼が抱き枕にしている白蛇のぬいぐるみを抱えて真理の傍まで歩み寄る。
「あんたは毎日十分以上に頑張ってるよ。私の講義についてこれる奴なんて大人にだってそういないさね」
「おべんきょうはできてあたりまえなの」
「そう自分を卑下するもんじゃない・・・あのおバカな先輩達が泣いちまうよ?」
「ぼくは
「・・・これは筋金入りだねぇ」
リカバリーガールの説得にも真理は聞く耳を持たなかった。これは長期戦になりそうだと彼女は腹を括ってベッドへ腰掛ける。
すると殆ど同じタイミングで保健室のドアが慌ただしく開かれ、雲に乗って相澤を抱えた白雲と、蛇喰を抱えて飛翔している鳥塚が保健室へ駆け込んできた。
「みーっけた!何隠れてんだ真理!もうすぐ選手入場の時間だぜ!」
「俺まで連れてくる必要あったか?首痛いんだが・・・」
「・・・せんぱい」
「その雲中々速いですね。私よりは遅いですけど」
「おっふ、久々に全力で運ばれると命の危険を感じる」
「つーちゃん、おーちゃん・・・」
友人と先輩たちがやってきたことに反応して真理が布団から顔を上げて彼らを見た。けれどその眼には強い諦めの感情が浮かび、いつものように煌めいた紅瞳の面影が見えなくなってしまっている。
「あのさ、何かあったなら教えてよ。私達友達でしょ」
「前にも言ったろ?夕飯のメニューから進路相談まで、何でも相談してくれていーぜってナ」
「・・・・・・」
膝を屈めた四人が真理を囲む。俯いて震えている彼が自分の言葉で話すことができるように、鳥塚と白雲が優しい声色で真理に喋りかけた。
「・・・きょうのあさね、きらきらしたおんなのひとみておもいだしたの。ぼくができそこないのおにんぎょうだって」
「んなわけ「まず最後まで聞け」おぅ・・・」
郷里真理の原初の記憶、数少ない母親とのやり取りの中で思い出さないよう蓋をしていた彼の過去。
「おねえちゃんみたいになれないし、いつもしっぱいしてうまくいかないの」
色素が抜け落ちた白髪と赤い瞳、日光に弱く殆ど外へ出られないほど病弱な肉体で、母親との血の繋がりが存在しない忌み子。それが数年前までの真理の姿だった。
「ふらすこのなかでうまれたおまえはにんげんじゃないって」
彼の父、
戸籍上の母親から「人間のなり損ないのお人形」だと形容された彼の
「ほんとうは、みんなといっしょにいるのもすこしだけこわいの」
人間であることを否定された彼にとって、白雲達は不完全な自分とは異なる完全な生命。同じ見た目をしているだけの違う存在として目に映る。
だから彼は誰と相対しても臆病さを発揮するし、体育祭のように人が数多く集まるイベントなんて本当は恐ろしくて仕方がない。
「もしかしたら、ぼくがにんげんじゃないできそこないだって・・・みんなにばれちゃうんじゃないかって」
「真理・・・」
彼は自分が出来損ないだとバレないように、人間と同じことができるのだと証明するために個性の修練をずっと欠かさなかった。
戦闘訓練で張りきり過ぎて倒れてしまったときなど自分が人間ではないことがバレてしまってはいないかと、心の奥底ではずっと焦燥が燻っていた。
「みんながえらいねってほめてくれたときは、ぼくもにんげんみたいになれたきがしてうれしかったの」
「そんなこと、思ってたのか」
「でも、みんなすごくて、いつもきらきらしてて・・・ぼくやっぱりできそこないなんだって、おもってぇ・・・」
堪えきれなくなった涙がぼろぼろと溢れだす。
何度手で拭っても止まらない悲しみが真理の心を塗り潰していた。
「ばーか、ばか真理。このおばか泣き虫」
「つーちゃん?」
身を乗り出した鳥塚が真理を抱きしめる。
ぎゅっと力強く自分を抱きしめた彼女に真理は困惑している様子で、戸惑いながら鳥塚の胸の中で彼女を見上げていた。
「ねぇ真理。真理はホムンクルスだとか生まれがどうとか気にしてるけどさ。私の翼のことどう思ってる?」
「?おっきくてふわふわで、かっこいい、よ?」
真理がお気に入りのふわふわな肌触りをしている彼女の羽先を摘む。それを聞いて頬を緩めた鳥塚も彼の頭を優しく撫でた。
「でしょ、私も自慢だよ・・・でもね、故郷じゃ畜生とか化け物とか色々言われたもんだよ。それに大蛇なんてもっと酷かった」
「ぜーいん翼がぼこぼこにしてくれたけどね〜」
異形系個性への迫害が減っているのは都心ばかりで彼女達の故郷では差別が色濃く残っていたし、蛇喰の一族など祟りとして恐れ疎まれていた。
二人にとって異形の象徴である自身の個性は一つの呪いであり、同時に彼女達を繋ぐ絆でもあった。
「真理はそんな私達のこと、人間じゃないって思う?」
「そんなことない!」
「私達もそうだよ。真理のこと人間だって思ってる。泣き虫で臆病だけど、いつもひたむきに頑張ってる可愛い男の子」
「先輩達やリカバリーガールだって同じだよ。生まれがちょっと特殊なくらい大した問題じゃない。他称蛇神様の私が言うんだから間違いないね!」
「・・・うぅ」
上辺だけではない。二人がこれまでの人生で受けてきた弾圧の歴史を実感として伴った言葉に真理が唸る。
彼が生きてきた短い歴史の中で紡がれてきた価値観が揺らぎ、自分の起源を肯定してもいいのかと迷いが生じていた。
「それに俺たち真理が思ってるほど凄い奴じゃないぜ?テストはいっつも赤点ギリギリだし、去年の体育祭もヒーロー科じゃドベ争いしてたしな」
「平たく言えばお前の考えすぎだ・・・ま、そうそう言い出せる悩みでもなかっただろうが」
「せんぱい・・・」
椅子の上で胡座をかいた白雲が思い出話を穏やかに語る。この時ばかりは隣席で肩を組まれた相澤も笑って真理を見ていた。
「そういうわけで真理には期待してるんだぜ?俺達三バカの優秀で可愛い後輩だからナ!」
「少なくともここにいる連中はお前のことを認めてるし、凄いやつだって心から思ってる」
「・・・でも」
これまで真理が無意識のうちに掛けていた他人へのフィルターが剥がれ、柔らかな奥底が顔を出していく。
彼の奥底にこびり着いた恐怖を少しでも落とせるように、不慣れな手付きで相澤は真理の頭をゆっくりと撫でた。
「『抹消』以外に取り柄が無くて、今も正面からの殴り合いじゃあんまし勝てねぇ。愛想も悪けりゃ友達も少ない・・・お前はそんな俺を弱くて情けない奴だと思うか?」
「・・・おもわない」
「だろ。それと同じでみんな真理のことを泣き虫で臆病なとこはあっても、それで見下したりできない奴なんて思ったりしない」
「ひざしが最近告られたのも真理が直したサングラスのお陰だぜ!*1」
泣き腫らして赤くなった眼を左右に向けて、迷い子のように彼はおろおろと視線を彷徨わせていた。
やがて恐る恐る頭を撫でる相澤の掌に触れ、一握りの勇気を振り絞って顔を上げて相澤の瞳を見た。
「不安で仕方ないなら白雲が笑わせてやる・・・まぁ、言わなくてもコイツは勝手にやるだろうが」
「俺のギャグはまだ三十六種類のレパートリーがあるんだぜ?お腹痛くなるまで笑わせてやるさ」
「寂しいなら私らが傍にいる。別に泣いたっていいんだよ。私達まだまだ子どもなんだから」
「蛇はしつこいんだよ?一度友達と認めたからには、嫌だって言っても離れてあげないもんね〜」
各々が本音を曝け出し、優しく真理を支えるように手を差し伸べる。
穏やかな表情でそれを見守っていたリカバリーガールは、彼等の姿を眩しいものを見るかのように笑っていた。
「怖くなって隠れたら、また俺達が見つけてやるさ」
「・・・ほんと?」
「あぁ、本当だ」
慣れていない不器用な笑顔を浮かべた相澤が差し出した右手を、少し表情を和らげた真理が恐る恐る手に取った。
相澤は握られたか細く小さな手を離さないよう、硝子細工に触れるように優しく言葉を重ねる。
「体育祭、頑張れそうか?」
「まだこわい、けど・・・みんなとなら、がんばれる・・・かも」
「最初はそんなもんだろ・・・なんだ白雲」
「や、ショータも成長したな〜って」
「?」
白雲の言葉に一瞬怪訝な顔をしたが、気にすることでもないと真理の手を引いて立ち上がらせた。
すると彼らの後ろで微笑んでいたリカバリーガールが白衣のポケットに手を入れ、幾つか飴玉を取り出して鳥塚に手渡した。
「ご褒美はお友達に預けておくから、いい子にして頑張るんだよ」
「・・・うん」
「後は任せてください」
皺だらけの手で彼女が真理の金糸をわしゃわしゃと撫でる。擽ったそうに目を細めた真理が小さく笑い、両手を鳥塚と蛇喰の二人と繋いだ。
「さ、いこっか」
「ん」
「俺らも先公から雷落ちないうちに帰らねーとな」
「そういえば2年のスケジュールって少し早くありませんでしたっけ?今更ですけどヤバくないですか?」
「フフフ・・・と思うじゃん?」
体育祭のスケジュールを思い出した蛇喰が白雲に問いかけた。
今年は2年生が最も早く動き出すため、こうして保健室に集まる時間の余裕は無い筈だったのだ。
「いやさ、実はひざしに無理言ってアナウンスのDJで時間稼ぎしてもらってんだよね」
「・・・ん?ヤバくないですかソレ」
「そうとも言う。速く戻んないと俺ら先生にぶっ殺され『2-A白雲相澤ァ!!!とっとと戻ってこい!失格になりたいのかァ!?』『そろそろ限界だぜバカ二人!てかはよ来て!俺が死ぬぅ!』」
「ヤッベー行くぞショータ!!これ以上遅れると殺される!」
「すまんが後は任せる!」
直後に爆音放送が保健室にいた彼等の元まで響く。それを聞いた二人が顔を蒼白にして慌ただしく駆け出していき、場に奇妙な静寂が訪れた。
「ふふ、やっぱり変な人だね。先輩達」
「助かったけど・・・よかったのかなぁ」
くすくすと笑う蛇喰と呆れた様子の鳥塚。揃って気が抜けていたものの、すぐに思い直して二人は真理の手を握り返した。
「そろそろ私達も行こっか・・・頑張れそ?」
「ん・・・だいじょーぶ。だってぼく、ちょーてんさいれんきんじゅつしだもん」
「リカバリーガールもありがとうございます。いつもすみません」
「年寄りなんて頼られてるうちが華さね。気にせず使いなさい」
にへらと笑う真理を見て、安心したように笑顔をこぼす二人。そうして三人はリカバリーガールへと改めて礼を述べ、保健室の外へと歩き出した。
「えへへ」
「どしたの?」
「さんにんでてをつないであるくの、ひさしぶりだったから」
真理を中心に手を繋いだ三人が廊下を歩く。
一見すると歳の離れた姉妹に見えるその姿。先程まで泣き腫らしていたのが嘘のようにニコニコと笑う小さな彼を、蛇喰がクスクスと舌先を伸ばしがら揶揄う。
「さっきまであーんなに泣いてたのにねぇ」
「むぅ・・・」
「んふふ、また泣いちゃう?泣き虫マリちゃん?」
「なかないもん!」
赤く染まった頬を膨らませて真理が唸る。乱暴に繋いだ手をぶんぶんと振って二人は戯れていた。
「はいはい二人とも、遊んでないで早く行くよ」
「「はあい」」
呆れの中に暖かな感情の色が混ざった鳥塚が真理の手を前に引く。そうして三人は明るいスタジアムの中へと歩き出していった。