ぼくらのヒーローアカデミア TS脳無化錬金術ヒーローマリくんちゃんの終活   作:Radrabbit

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34話 混ざり合う境界線

 

 温かい水の中に沈んでいた。

 光は薄く、周りは狭い。けれど頭から足先までお風呂に入っているかのような緩やかな心地。

 

「おはよーマリ、ちょーしはどう?」

 

 ・・・声が聞こえる。

 

 硝子越しの鈍い音の反響。届くのは真理さんと同じ声。

 いつか見た彼の記憶、あれと同じだ。

 

 どこかぼんやりとしていた相澤先生達との思い出よりも、ずっと強く鮮明な記憶が私の脳を満たしている。

 

「うーん・・・やっぱりわかんないや」

「まだ胎児だからね。反応を返せるようになるにはもっと時間が掛かるよ」

「そっかぁ」

 

 仄かに光を感じるだけで何も視えないけれど、そこに確かに二人はいた。

 お姉さんである鳥紗さんと、マリさんの創造主(父親)

 

 ならばこの記憶はきっと彼の始まり、マリさんがフラスコの中で生まれたときの────。

 

「きみが弟なんだ?じゃあぼくおねえさんだね」

 

「マリ?おきてるー?」

 

「すぴ・・・ねむ」

 

「みてみて!これね」

 

「まだ起きないのかなぁ?マリー?」

 

 

 

「起きなさい」

「・・・・・・ぅ」

「こら、もう時間だよ」

「あと、ちょっと・・・」

「まったく・・・寝惚けてんじゃないよ」 

 

 心地良い微睡の最中で誰かに身体を揺すられていた。

 小さく皺がれた手、けれど確かな暖かさを感じさせる柔らかな手付き。ずっと泣いてばかりの()()を厳しくも優しく導いてくれた彼女の手。

 

「ぁ、れ?・・・ちぃばあ、さま?」

「・・・おはようさん、よく眠れたようだね」

「んぇ・・・?」

 

 なんだか寝ている場合ではないような気がして、気怠い眠気を堪えて何とか身を起こす。

 もっと寝ていたいと駄々をこねる頭を覚醒させるために首を振り、両手を頭上で逸らしぐっと背筋を伸ばした。

 

「んー・・・」

「手早く準備しな。遅れると恥をかくよ」

 

 ゆっくりと深呼吸を繰り返して酸素を取り込めば少しづつ頭も冴えてくる。

 クリアに澄んだ視界で横を見れば、ちぃばあが呆れた顔で()()()を眺めていた。

 

「?もう表彰式終わっちゃったの?・・・ん?ぼく・・・あれ、わたし?」 

「・・・まだ寝惚けてるみたいだね」

 

 鋭く眼を細めた彼女を見て、背筋に冷や汗が流れたのを感じた。

 ・・・私は何を言っていた?いくら寝惚けていたからって『ぼく』だなんて、影山操奈()でも影山哀(フェイク)でもない郷里真理のような振る舞いなんて。

 

 疑われている?でも表向き郷里真理の遺体(アルケミー)は存在している。

 AFOでもない限り個性と記憶、意識の関連性に推測は繋がらない・・・と信じたい。

 

「ぇ、あ・・・えっと、ごめんなさい」

「・・・そう怖がらなくていいさね。悪いね、年寄りの悪癖だよ」

 

 詫び代わりなのか彼女は私の頭を撫でて引き出しから飴玉を取り出した。

 恐る恐る受け取って口に放り込み静かにする。口を滑らせた私には黙っていることしかできない。

 

「なにしろアンタ達の身体は前例の無いことばかりだ。何か私にもわからないような特異な現象が起こっても不思議じゃないさ」

「・・・はい」

「けれど主治医としては患者の僅かな異変でも知っておく義務がある・・・教えてくれるかい?」

 

(・・・マリさん、聞こえていますか?)

“・・・・・・・・・”

 

 声を掛けても彼からの応答は無い。まだ眠っているようだ。

 ・・・言うべきか、黙っているべきか。どちらを選ぶのが最善だ?

 

“うぅ・・・ちぃばぁ・・・ごーや味はヤぁ・・・いらないぃ・・・”

 

 ・・・寝言、だろうか。私の夢と同じならきっと、彼は学生時代の記憶を見ているのかな。

 安心しきった声色。私には見せてくれない一面。

 少しズルいと思ってしまうけれど、雄英高校に入ってから今までずっと彼は祖母のように慕って信頼している。

 それなら、まぁ。私も少しくらい踏み込んでみてもいいのかな。

 

「夢で、記憶をみるんです・・・その、『錬成』の元の持ち主の方のこと。信じていただけるかは、わかりませんが」

「患者のことを信じない医者がいるかい?アンタがそういうなら実際にそういうことが起きてるんだろうね」

「ちょうど彼の体育祭の記憶で、少し混乱してしまって」

「もう一人の方も同じかね?」

「・・・どうでしょう。個性も私より使い込んでいますから、影響は深いかもしれません」

 

 いっそのこと郷里真理(マリさん)は私の中にいると言ってしまいたかった。

 きっと彼女なら信じてくれるし、マリさんだって本当は自分のことを名乗り出たいはずだ。

 家族のように慕っていた人達と他人のフリを続けるなんて苦しいなんてものじゃない。

 

 それでも彼は万が一にでも私へ悪影響が出ないよう、無瑕疵の被害者(影山哀)を演じてくれている。

 そんな思いを勝手に踏みにじることは私にはできないから、治与婆様に言えるのはここまでだ。

 

「・・・あと、あの子は強がりが得意なのですけど、内心はきっと寂しがってると思います。私には弱ってる姿をあまり見せないよう気を遣っていますし」

「おや、それは私が甘やかしてあげないといけないかねぇ?」

「ふふ・・・はい、嫌がっても沢山甘やかしてあげてください。すごく喜びますから」

 

 いずれはその役目も含めた全てを私が務められるようになりたいが、今は彼女にその座を譲ろう。

 私は一歩引いて見守ることのできる女なので、それくらいは我慢ができるのです。

 

「さて、送り出すつもりがつい話込んじまったね。準備はいいかい?」

「はい、すっかり眼も覚めました」

「くれぐれも無理はするんじゃないよ。降参も棄権も恥ずかしいことじゃない。身体が第一さね」

「胸に刻みます」

 

 私が分を超えてしまえばマリさんの命を削ることに直結する。可能な限り省エネに、けれど余裕な態度は崩さず健在を示し、あわよくば優勝を狙う。

 とはいえ身を引くときは潔く下がった方がいいだろう・・・そこまでやる余力が残せるかは自信が無いけれど。

 

 


 

 

「すみません、遅れましたか?」

「おぉ影山君!探したよ、もう集合時刻だぞ!」

「あら?」

 

 ぞろぞろと歩いているA組の集団を見つけて駆け寄れば飯田さんが元気よく迎え入れてくれた。

 てっきり何分か遅れてしまうと思っていたけれど、治与婆様はそれなりに余裕を持って起こしてくれたようだ。

 

『どーしたA組!?何故のチア服!!つーか誰が用意したんだよ!』

『八百万か・・・大方バカ二人に誘導されて作ったんだろう』

『その解説いるか?』

 

「あの、ところで女子陣の皆さんは何故チアの格好を・・・?」

「そうだぞ影山!なんでお前体操服なんだよ!着ろよ!」

「あーいーちゃーん!今まで何処にいたのぉ!」

「わわっ、急に抱き着かないでください!?」

 

 チアコスを着た透さんが不満たらたらの顔をして飛びついてきた。どうやら時間ギリギリまで姿を表さなかった私に大変ご立腹の様子。

 

「私用だと言ったじゃないですか」

「まさかそんなずっとだとは思わないじゃん。お昼はちゃんと食べたの?」

「それは勿論。ところで何故皆さんその服装に?」

 

 感じていた疑問を皆さんに問えば、耳朗さんが照れながら応答してくれた。

 端的に言えば上鳴さんと峰田の二人が共謀して女子陣を謀ったらしい。つくづく欲に正直というか、そんなにコスプレが見たいなら彼女でも作ればいいだろうに。

 何故わざわざクラスメイトから反感を買うような真似をするのだろう。

 

「相澤先生の指示だって言われてさ・・・」

「は?そんなこと相澤先生が言うはずないでしょう。巫山戯ているんですか??」

「ご、ごめんて・・・めっちゃ怒るじゃん。てか悪いのアイツらだし!」

「すみません、つい」

 

(わぁ!?マリさん起きたんですか?)

“ご、ごめん・・・なんか相澤先輩の悪口が聞こえた気がしてつい・・・”

 

 相澤先生に対する冤罪の気配に反応したのか一瞬で覚醒したマリさんが主導権を取って怒気を放った。

 すぐ私に交代して引っ込んだけれど、もしかして私や治与婆様の悪口を言われたりしても起きてくれたりするのだろうか。

 

「コホン、まぁ事情はわかりました。みなさんがそれでいいなら私も気にしません」

「ウチは気にしてるんだけど??」

「哀ちゃんも着ない?お揃いの方が楽しいよ!」

「嫌です」

 

 何故脅威の格差社会に自ら身を投げ出さなければならないのか。縋るような目付きで私を見ている耳朗さんには悪いが、晒し者には一人でなってもらう。私はそちら側には行かない。

 

“・・・そもそもそんな浮かれた格好は流石にできないからね”

(クラスに馴染むという意味ではいい選択かもしれませんが、影山哀(ドール)のキャラではありませんからね)

 

 もし透さんみたいなキャラクターで入学していたらこんな遊びにも参加していたかもしれない。

 それを考えると今のキャラで良かった気もするし、皆さんに混ざってはしゃいでみたかった気もしないでもない、かも。

 

(昔のマリさんだったら混ざってましたか?)

“んぇ?んー、友達が着てたら着るかな?振袖でお祭りに行ったことはあるけど、チアは無かったかなぁ”

(ふぅん・・・そうですか。今度は私と二人でお祭り行きましょうね)

“?いいよ?あ、操奈ちゃんも振袖着たいの?”

(そんなところです)

 

『レクリエーションが終われば最終種目、16名によるガチンコタイマントーナメント開幕だ!アゲてけよガイズ!?』

「組み合わせはくじ引きで決めるわよ。ちなみに16名はレクは自由参加、混ざるも休むも好きにしなさい」

 

「く、くじ引きかぁ・・・ちょっとドキドキするかも」

「そうですか?私は別に気になりませんが」

 

(クジの結果弄りますか?)

“んー?まぁいらないんじゃない?操奈ちゃんがどうしても戦いたくないって相手がいるなら考えてもいいけど・・・”

(いえ、戦闘訓練(この前)の時は細工し損ねたので、今回はどうしようかと思っただけです)

 

 初戦から爆豪さんや轟さん相手だと流石に緊張するが、どのみち何処かで当たる相手だ。

 それにここまで素直に競技を進めてきたのだから、あまり裏技じみた真似をしても後ろめたさや気まずさを感じで集中して全力を出し切れないかもしれないし。

 

「おや、初戦は芦戸さんでしたか」

「負けないよ!今日は私が泣かせたげるから!悔しさで!」

「普段も泣いてないのですが???」

 

 私の初戦相手は芦戸さんだった。

 意気揚々と決めポーズを取る彼女は自信に満ち溢れており、何を見せてくれるのだろうという期待感すら感じさせる。

 

 ・・・いや、別に驚くような奇策や戦術なんて無いに越したことはないのだが。皆の空気に当てられて競い合うのがちょっと楽しくなってきたのかもしれない。

 

「それにしても、らしいトーナメント表になりましたね」

「順当に行くと準決勝で爆豪、決勝で轟かー」

「番狂せはあるかもしれませんよ、動けるようになった緑谷さんや常闇さんも十分にジョーカー足り得ます」

「むーん、結局は出たとか勝負かなぁ」

 

 特に緑谷さんは確か・・・フルカウル、だったか。まさかこんな短期間で訓練を形にしてくるとは思わなかった。

 オールマイトが怯えるだけあってお師匠様の手腕は確かなものだったということだろう。

 制御不能だったとはいえ元からあれだけのパワーを発揮していた緑谷さんが、少しでもOFAを制御して他の人に着いていけるスピードと自由に攻撃できる力加減を得たのは大きい。

 

「ま、俺はあんたとはしばらく当たりそうになくて安心したぜ」

「心操さん?騎馬戦ぶりですね・・・あ、もしかして寂しかったんですか?普通科の方が居なくて」

「ちげぇよ」

 

 ぬるっと背後から声をかけてきたのは騎馬戦でお世話になった心操さん。

 周りがA組とB組ばかりで疎外感でも感じていたかと思ったのに、案外彼は神経が図太いのだろうか。もしそうならその図太さを私にも分けて欲しい。

 

「影山の騎馬メイトじゃん。今回も敵情視察ってやつ?」

「いや、騎馬戦ときの礼、やっぱ貰っとこうかと思ってな」

「はて・・・あぁ、初戦の相手が緑谷さんでしたか」

 

 個性を除くとフィジカルの弱い心操さんでは、緑谷さんのようなパワーファイターは厳しいはず。

 適当に一声挑発して応答させればそれでゲームセットだが、それをすると初戦で手の内がバレて二戦目以降での勝ちの目が無くなる。

 恐らく私から緑谷さんの情報を得て、どうにか個性を使わずに初戦を乗り越える算段を見つけようという魂胆だろう。

 

(・・・こんな感じであってますよね?)

“そだねー、まぁ緑谷くんとの戦いでアドバイスするポイントなんてそこまでないんだけども)

 

「緑谷さんは見ての通りのパワーファイターですよ。スピードもそれなりにありますが、一番に警戒するべきはそのパワーです」

「ふーん、わかりやすい増強系ね。アンタがそういうってんなら相当なんだろうな」

「彼が加減を失敗すると間違いなく貴方は挽肉になりますね」

「怖ぇーよ」

 

 彼は脅しのような台詞に肩を竦めて苦い顔をした。

 けれどこれは歴とした事実だ。私がもし緑谷さんと戦うのなら接近戦は絶対に避ける。

 可能なら量産したゴーレムの物量戦術で疲弊させて隙を突く戦法を取る・・・今の私達だとできないけど。

 

「前の戦闘訓練のときは建物ぶち抜いて、天井まで大穴開けてたよね?」

「・・・マジ?」

「えーと・・・よっぽど大丈夫だとは思いますが、十分に加減された拳でも直撃すると不味いでしょう・・・はい、回避主体で隙を突くのがいいのではないでしょうか」

「つーか、聞いててアレだけどいいのか?お前ら一応同じクラスなんだろ?」

 

 二人との会話の合間にマリさんからの助言を聞きながら伝えていると、少し気まずそうな心操さんが頬を掻いて聞いてきた。

 それに対して言外に今更それ言う?という表情を見せていた芦戸さんはニッコリと笑い、心操さんから私へと視線を移す。

 

「せっかくだから影山の緑谷対策聞いとこうかなって!」

「まぁ、そこまでクリティカルな情報は私も知りませんからね。当たり障りのない程度の話なら喋っても喋らなくてもさして変わらないでしょうし」

「そうか、なら参考までに聞かせてもらうぜ」

「・・・戦闘経験自体は私たちと同じでそう多くはない、はずですので・・・んー、まぁ、攻撃直後の隙に合わせたカウンターを主体に狙ってみるのが一番可能性が高そうですかねぇ・・・?」

 

 心操さんのフィジカル自体は個性を使っていない緑谷さんよりも劣る、というのがマリさんの見立て。そして当然ながら普通科で戦闘訓練など行われない。

 そうなると彼の方から攻めるのは中々難しいだろう。しかしOFAは絶大なパワーを誇るものの、当人の防御力が直接上がったりするわけではないらしい。切り口があるならその辺なのだろう。

 

「えぇと・・・正直に言ってしまうと素の貴方が勝てる可能性はかなり低いです。切り札を温存したいなら戦いながら弱点を探る他にない、感じです」

「ほほーん、心操にも切り札あんだね。良いこと聞いた!」

「お前と当たる頃には絶対バレてるからな、別にいいさ」

 

 直球に厳しい言葉を掛けても彼は気にすることなくニヒルに笑っていた。

 困難であることは百も承知で情報を求めにきたのだ。澄ました顔をしていても、そういうハングリーさをこの戦いに参加する誰しもが抱えている。

 なんだか無性に負けていられない気持ちが湧いてくるというか。今日が初対面の人なのに、何故か透さんや芦戸さんを相手にした時の対抗心のようなものを感じる。

 

(・・・なんなのでしょうか、この感覚)

“それは悪いことじゃないよ。だから気にしなくてもいい・・・こんな状況じゃなければもっと良かったんだけどねぇ〜”

 

 マリさんが特に咎めたり注意してこないのなら、この感覚も悪いもことではないのだろう。

 ・・・学生時代はあんなにも赤ちゃんみたいに可愛がられていた人がこう、お姉さんみたいに振舞っている状況を自覚すると何処となくソワソワしてくるのを感じる。

 

「情報提供ありがとよ。んじゃ、俺は緑谷に挨拶してから行くわ」

「じゃーねー。あ、トナメで戦ったら私が勝つかんね!」

「芦戸さんって心操さんと面識あったんですか?」

「?いや、前クラスには来てたけど喋ったのは今のが初めまして」

「・・・芦戸さんの社交性が羨ましいですね」

「え?別に普通じゃない?」

「・・・・・・・・・*1

 

 私は騎馬戦で会話の経験を積んだ上でもちょっとどきどきしながら話していたというのに、なんてお気楽な気質なのだろう。

 

「影山はレクどうすんの?体操服で踊る?」

「私は参加しません。皆さんで楽しんでくださいませ」

「ちぇー、チア楽しいのにぃ〜、一緒に踊ろうぜぇ〜」

「しませんってば・・・袖引っ張らないでくださいよ」

 

 口を尖らせて文句を垂れる彼女には申し訳ないけれど、その鬱憤は代わりに透さんや麗日さんにでもぶつけてほしい。

 私は耳朗さんのような見せ物になるつもりはないのだ*2

 

「影山、少しいいか?」

「轟さん?別に構いませんが」

「時間はとらねェ、話がある」

「まさか告白!?」

「・・・告白?」

「茶々を入れないでください。困っているじゃないですか」

 

 思わぬところから救世主がやってきた。

 こんなタイミングで何をするつもりなのかは知らないが、駄々を捏ねている芦戸さんを引き剥がす絶好のチャンス。逃す手はない。

 

「それではご機嫌よう。ほら行きますよ轟さん」

「あぁ・・・別にそんな背中押さなくてもいいぞ、危ねぇ」

「逃げんなー!恋バナを供給しろー!独占はんたーい!」

 

 ぐいぐいと彼の背中を押し進めて場外へ。

 ・・・触れてみると見た目に寄らず意外とがっしりしている。

 

「ここまでくればいいだろ」

「それで、わざわざレクリエーション中に人目を避けてのお話とは?」

「昼休憩中に探したんだが、見つからなくてな」

「あぁ・・・失礼いたしました。所用がありまして」

「別にいい」

 

 小寒い風が吹き込む薄暗い通路の奥。

 気のせいでなければ彼は温度を失ったような顔色をしていた。普段から表情の変化が少ない人ではあるけれど、こうも冷たい印象を受ける人間だっただろうか。

 

「戦闘訓練ではお前に負けた」

「条件が有利だっただけです。攻守が反対ならわかりませんでした」

 

 これは本当。ゴーレムの数を揃えて罠を仕掛けるだけの時間がマリさんにはあり、個性の情報という一方的なアドバンテージがあった。

 というよりあれはあくまでも訓練の一環であるし、そこまで引き摺る話ではないとは思うのだけれど。

 

“復讐・・・”

(え?)

“あー、えっと。昔にね。こういう眼をしたヴィラン被害者の遺族の方を見たことがあって。

(なら轟さんも?)

“やー、どうだろ。あんまり自信ないや・・・でも、彼の炎への確執から言って身内の炎個性の人と何かあったのかもね”

 

 プロヒーローとして活動してきた経験からくる推察。

 彼が築き上げてきた災害救助ヒーローアルケミーの感覚は無視していいものではない。

 仮に何かしら強烈な憎しみや憎悪を抱えているのだとして、この体育祭で何をしたいのかまではわからないが。

 

「エンデヴァーは知ってるよな。俺の父親だ」

「・・・彼に関わる話で?」

「あぁ」

 

 エンデヴァーの名を口に出した途端、かすかに残っていた光が彼の瞳から消えた。

 残ったのはギラついて濁った熱と、今にも凍ってしまいそうな冷たい視線だけ。

 

「くだらねぇ屑の話だ」

 

 己が父への明確な憎しみ。ほんの少し触れただけでも火傷しそうな錯覚すら感じる激情。

 それでもエンデヴァーを屑と吐き捨てた筈の轟さんに、私は何故だか親を探し求める迷子のような面影が重なって見えた。

 

*1
苦虫を嚙み潰したような表情

*2
失礼of失礼

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