真面目な子が振り回されてる姿が好き。
朱鳶──完全無欠の治安官。
治安局きってのエリートであり、周囲からの信頼も篤い。
それゆえ、時にはH.A.N.Dの対ホロウ六課のような、アイドル的な扱いをされることもある──青衣は水筒の白湯を飲みながら、興奮気味の少年を片目で見やる。
「朱鳶さんの好みのタイプってどんな人ですか!?」
よくある質問だ。この手の人間は女性が多いから、そういう点では珍しいけれど。ふむ、と口を軽く拭いて、人差し指を立てる。
「朱鳶は心根を第一とする者。若き日のブリンガーのような正義の心を有するが肝要である。気配りを欠かさぬよう、周囲を観察する眼を鍛えることであるな」
「それから強さを備えねばならぬ。背負い投げに耐えねば、手をつなぐことも叶わぬであろ」
「加えて、ぬしのような可愛い系よりは、まっしぶ……男性的であった方が成功率は高いと見ておる。朱鳶は稀有なことに、犬猫の類をさほど愛でぬようであるからな」
なるほど整理してみると、後輩の将来が気がかりである。普段の仕事ぶりも考慮すると、彼女に言い寄れる男性など、そういないのではないだろうか。まして、自分と背格好の変わらない少年など、論外であろう。
とはいえ、おいそれと諦めよと口にすることはできない。我に出来ることは、やれるだけのことをやらせて、失恋の傷を浅くすることのみ。
「朱鳶の知己より聞いた話では、あやつとの接し方にはコツがあるのだとか。手を包み込むように握って、目をしっかり見て話すのが効果的であると。やってみるがよい」
話を締めくくるべく身体を正面に向け少年と向き合うと、意外にも彼の目は澄んでいた。諦めもせずただ純粋に、未来に希望を持っていた。
「周囲を観察する眼があって、男性的で、手を包み込む、ブリンガー」
「うむ」
「分かりましたありがとう!早速獲ってきます!」
「……うむ?」
朱鳶──完全無欠の治安官。
治安局きってのエリートであり、周囲からの信頼も篤い。
「朱鳶治安官、11時からの面会相手がいらしています」
「ああ、交通安全協会の方ね。本当はこっちから出向くつもりだったのに……承知しました、今向かいます」
迷子の猫探しからホロウ探査までなんでもござれ、全天候型朱鳶治安官。
そんな彼女は完璧な笑顔を作り、きびきびとした所作で応接間の扉を開いて──
──ソファに座る右腕以外真っ黒4mの異形を見て、無言で扉を閉めた。
(……????????)
改めて扉を開く。
目を擦る。
頬をつねる。
消えない。
不思議そうな顔でこちらに手を振る、御年70の交通安全教会会長──の隣に、一瞬にしてご老体を引きちぎってしまえそうな異形──というかこの際言ってしまうと『サクリファイス・ブリンガー』が、さも当然かのような態度で座っている。
「……あの、こちらの……彼は?」
「おや朱鳶治安官、忘れてしまいましたかな。にゃんきち長官ですよ。見てくださいこの白い腕を」
「いやそこ以外真っ黒なんですけど。なんなら肩に眼がいっぱい生えてるんですけれど。これをマスコットと呼ぶ広報部なら仕事辞めますよ私」
「ブリーチに出てきそうですよね」
「すいません黙っててもらえますか」
さりげなく会長を自身の背後に誘導しながら、ソファに座ったサクリファイス・ブリンガーに銃を向け、じりじり下がる。彼は会長と朱鳶を見つめながらも、特異な動きを見せることはない。しかし。
自分の身体より太い白腕に生えた複数の眼はぎょろぎょろと周囲を見渡し、一縷の隙も見出せそうにない。
応接間に合わせて縮こまっているものの、天井まである体躯は筋線維で複雑な起伏に満ちていて、腕力では到底叶わない事が分かる。
そもそも、コイツは敬愛していたブリンガー長官が、力に溺れたなれの果ての姿で、星見雅と協力して撃退したはずではないか。
「観察眼、筋肉マッチョ、名前もブリンガー。うん、ばっちり。あとは握手」
ここに青衣がいれば、そういうことじゃない、と突っ込んでくれたのだろうが、生憎ここにはボケしかいない。完全無欠の朱鳶治安官はそれどころではない。
サクリファイス・ブリンガーの大きな大きな右手は、銃を持っていない方の朱鳶の片手をまるまる優しく包み込む。潰さないように、繊細な力加減で。それから、宇宙服のような、真っ黒の顔に引かれた黄色いラインで、精一杯の笑顔を作って。
「付き合ってください!」
背中から来る怖気に任せて、朱鳶は迷わず発砲した。
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今崎ホセ
独立調査員。殺害したエーテリアスの姿を模倣することができる。
姿を模倣すると、知能の低いエーテリアスには仲間だと思われるため、攻撃を受けなくなる。ホロウ探査にあたり、大変有用な能力と言える。
能力を使う本人の知能も低いのが欠点。
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朱鳶──完全無欠の治安官。
治安局きってのエリートであり、周囲からの信頼も篤い。
それゆえ、時にはH.A.N.Dの対ホロウ六課のような、アイドル的な扱いをされることもある。青衣はオートパイロットでのパトロールを止め、正面でご機嫌に笑う少年に微笑む。
「おお今崎よ、久しいの。朱鳶が目当てであったのならば残念、今日は休暇を取っておる。来る交通安全啓蒙活動に向けて、根を詰めすぎてしまったようでな」
珍しいこともあったものよ。あとで見舞いの品を持って行ってやらねば。
「それで、アプローチは上手くいったのか」
「ばっちりです。お友達から、とのことで。ムキムキになった甲斐がありました」
「ほーう」
なるほど、将来に希望を持たせる断り方をした訳か。『お友達から』などとあたふたしている朱鳶の姿が目に浮かぶ。彼女は、その手のことはからきしであろうから。一方の彼は押せ押せどんどん、と言った様子。ビデオを片手に、首を傾げる。
「遊びに誘いたいのですけれど……映画とかどうですかね」
「『喧嘩をすればもう友達』……ぬしが今手に持つビデオのような青春系は受けが悪いかもしれぬな。どうにも朱鳶には、物事を一歩引いて見る癖があるゆえ──まあ、そこは専門家に任せるがよい。このチラシのビデオ屋であれば、ピッタリの映画を教えてくれることであろうよ」
さりげなくRandom Playの宣伝をしつつ、朱鳶にも助け舟を出さねばな。このままでは本気にしかねない。あくまで将来の話なのだと釘を刺さねばならぬ。
「個人的にはどらいぶがお勧めである。バイクの二人乗りなど良いのではないか」
「……朱鳶さん、そういう不良っぽいの嫌いじゃないですか」
「朱鳶のような高嶺の花を落とすには、競争相手に負けぬ鮮烈な印象を与えるのが肝要。なあに、交通ルールを守りさえすれば、何も言うまいよ」
免許を取ってからの話であるが。心中を知らず、メモを取る姿が微笑ましい。
「125cc以上のバイク……映画のオススメはビデオ屋へ……男らしい筋肉マッチョ……ばっちりです!行ってきます!」
「健闘を祈る」
手を振り見送り、振り返る。
「で、どうしたにゃんきちよ、額に手を当てて」
「オチが見えたんだぷー」
朱鳶──完璧な治安官。
治安局きってのエリートであり、周囲からの信頼も篤い。
全天候型で名高い彼女はいま、自室で資料の山と向き合い、唸っている。唸る原因のひとつは、先日のリフレイン。
あの時反射的に放った銃弾を、サクリファイス・ブリンガー(仮)は指で摘まんで止めた。銃と朱鳶の顔を交互に見、「お友達からですね」と呟くと、その剛腕で窓ガラスを悪ことなく、律儀に開いて身を乗り出す。
「待ちなさい!!」
「今日のところは失礼します──交通安全イベント、応援してますね」
すぐさま事情を説明し、イベントの中止を打診したが、上層部は信じてくれなかった。
治安局の正面入り口から入って窓から出て行ったサクリファイス・ブリンガー(仮)の姿を、誰も目撃していなかったからだ。(会長はアレを未だににゃんきちだと思っているし)
過労由来の幻覚と診断され、自宅待機を命じられる始末。ワーカーホリックの朱鳶は仕事から離れられず、こうして資料と睨めっこしているわけであるのだが……
「……いったん息抜きしようかしら」
勤務規則によると、自宅待機であっても外出が完全に禁じられているわけではない。
朱鳶はビデオ屋へと向かった。青いバイクに乗って。
Random Playの扉を開けると、リンちゃんの笑顔が真っ先に目に入る。感情をオーバーに表現したエネルギッシュな動きと満面の笑みを見ると、こっちもなんだか元気を貰える。
「朱鳶さんひさしぶりー。ちょっと待っててね。いまお兄ちゃん、お客さんの対応してるから」
彼女の視線が示す先で、アキラ君はビデオを袋に詰めて、眼前の相手へ手渡す。その伸ばした腕の角度は水平方向から45°上に傾いていて、目の前には4mほどの白づくめの巨漢。
「どうぞポンペイさん。レンタル期間は1ヶ月でいいかな」
目を擦る。
頬をつねる。
消えない。
Déjà Vu。
……落ち着け私、全天候型朱鳶治安官。一度あったことなら対応できる。
「……その、ポンペイ、さんは、どう見てもエーテリアスにしか見えないのだけれど。そういうコスプレ?」
「朱鳶さん、失礼だよ。少し顔は怖いけど、ポンペイさんはれっきとした人間だよ。はい、会員カード返すね。いつもありがとー」
「Grrrr!」
リンちゃん待って。その人吠えてる。喋れてない。でも会員カードは『凡平』だし。なんでその平凡って感じの名前でそんな個性あふれる見た目になったのよ。首元のマフラーに車のマフラー使ってる人間がいてたまるか。
言いたいことはいろいろあるけど、二人の店長さんの視線に、私は声を出せなかった。
どうした朱鳶。私の長所はまっすぐ意見を曲げないところではなかったのか。アンチモフモフ派閥と自信を持って言えることではなかったのか。
そんな気持ちで扉を開けてポンペイさんを見送るリンちゃんを見ていると、気を遣ったのか、アキラくんが隣にやってくる。
「朱鳶さんは今日は何で来たんだい。ルミナススクエアからとなると、電車かな?」
「……気分が塞がってて、気晴らしのためにバイクよ。青いやつ」
「駐車場には無いようだけど」
そんなはずはない。けれど確かに駐車場に青いバイクはなく、リンちゃんは「あちゃー」と額を押さえている。
「ポンペイさんが間違えて朱鳶さんのバイク持って行っちゃったみたい。あの人もバイクだったから」
「……そんなことある?」
ようやく搾りだせた声がこれだ。もうそろそろ泣いていいだろうか。
「申し訳ないけど、朱鳶さん、今日は代わりにポンペイさんのバイクに乗って帰ってもらって」
私が。
今時暴走族でも珍走団でもしないようなトゲトゲを生やして片手剣を模したこの自己主張しかない白バイに。
「まあしょうがないよねー。朱鳶さんもさっきポンペイさんに失礼なこと言っちゃったわけだし。お互い様ってことで」
声が出ないのは、怒りによるものか、それとも──
──────
「……ゆめ」
机の上には、『覇者侵蝕体・ポンペイ』の資料。これを読んでいたからこその悪夢だ。そうよね、店長さんたちがあんなこと言う訳ないし……
「そもそも電車で帰れば良かったのよ。取り違えられたからその人のバイク使って帰るって意味わかんないでしょ」
しょうもない内容ながら、なかなかの悪夢であったらしい。五感が鋭敏になっていて、穏やかな呼び鈴の音にも身体が跳ねる。「大事ないか朱鳶」と、青衣先輩だ。鍵を開けると、するりと入って、ずずいと果物かごを押し付けてくる。多種多様な果物の数々に、何やらビニール袋に入ったビデオまでついている。
「見舞いの品だ。星見雅より豪勢にもメロンを預かってな。他の果物は治安官一同よりである」
「ビデオは、店長さんたちから?」
「休めと言われているにも関わらず仕事をしているのであろう、とな」
机の上を慌てて隠すと、ため息をついて湯を沸かす。
「ああ、ちなみにレンタルの代金を支払ったのは今崎であるぞ。寝落ちしても何の罪悪感も湧かなさそうなB級サメ映画をと。一押しはこの『シャーク・デストロイ・アルティメットサイクロン2』だそうな」
「……今崎?」
「なんだか大晦日にビンタされていそうな名よな。話している途中にもちょっと危うかった。これがキュートアグレッションというやつ……」
「待ってください、そう名乗って、話した人がいるんですか」
肩を掴んでぐらぐら揺らすと、青衣は目を白黒させる。
けれど、気を遣う余裕はない。だって、だって。
「同じ名前の友人がいます──いました。7年前に、亡くなりました」
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今崎ホセ
殺害したエーテリアスの姿を模倣することができる、と申告している。
実際はエーテリアスに限らず、人間や他の生物の姿も模倣することができる。
これ言ったら怖がられるなーと思っているので誰にも言っていない。
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