朱鳶──完全無欠の治安官。
治安局きってのエリートであり、周囲からの信頼も篤い。全天候型治安官である。
それゆえ、時にはH.A.N.Dの対ホロウ六課のような、アイドル的な扱いをされることもある。陽が落ちた後であっても、それは例外ではない。青衣と共に歩く深夜の六分街で、彼女は目的の人物に出会った。「何してるのー」と無邪気に笑う、半袖短パン、逆さ帽子の少年に。
「深夜のパトロールである。お主のような悪い子が外にいないか見回っておるのだ」
「僕は大丈夫。鍛えてるから不審者が来てもボコボコだよ」
『悪い子』の意味を『深夜に出かけている』と捉えた返答ののち、彼は首の角度をぐるりと変えて、青衣から朱鳶へ──私へ視線を向ける。
正直怖い。後ずさりしかける右足を、どうにか精神力で踏みとどめる。
「朱鳶さん、好きなタイプは?」
『手筈通りに頼むぞ』という青衣先輩の視線。
「え、えーっと、重機を自在に乗りこなせる人かな。乗れる重機の種類が多ければ多いほどいいかも」
「具体的だね。重機っていうと最近ホットなのは白祇重工で……アンドーさんとか?ドリルとお喋りする人が良いなんて変わってるんだねえ」
不味い、このままだとアンドーさんがターゲットになる。
「いやごめん違うの、そうじゃなくて。アンドーさんは絶対にない」
「……そんなに必死になって否定しなくても大丈夫だよ。『重機を自在に乗りこなせる人』ね。楽しみにしてて」
ふわりと笑って、背を向けて、こちらに向かって、というか背後に向かって人差し指。
「……あと、人の悪口をいう時は気を付けたほうがいいかも。壁に耳あり障子にメアリー、だよ」
振り返ると、小さな漢の背中。
「そこまで言うかよ……」
「アンドーさんこれは違うんです事情があって」
「……消えておるな」
路地裏を確認し戻ってきた青衣先輩と顔を見合わせる。
今崎ホセはあの日以降、昼間には現れず、深夜に会ってもこの通り、煙のように立ち消える、幽霊のような存在になった。それと同時に、新エリー都で流れ出した都市伝説──
──『深夜に異性のタイプを聞き、昼間にその願望を曲解した姿で現れる怪異、今崎ホセ』
なんともアホらしい、新エリー都らしい都市伝説である。
なおこの都市伝説の影響で、朱鳶のタイプが故ブリンガー長官であるという噂がついでに流布され、一部で未亡人属性がついた。彼女はいっぺん泣いていい。
「……そういえば、朱鳶は初めての遭遇であったな。やつの姿かたちはどうであった」
先輩からの質問に、私は黙って首を縦に振る。記憶の通りの、彼だった。
──『なんでこんな辺鄙なところに住んでるの、って。キミの言う都会に、そのうちでっかいホロウができるからだよ』
彼は、変わった子だった。
ホロウの発生や収縮を予知する、天性のプロキシとしての才能があった。
その才能を正しく用いて、最年少で独立調査員となり、ホロウ探査に乗り出し、そして──
「ここに来たってことは、僕のこと、思い出してくれたんだね。嬉しいな」
翌日の、また深夜。暗闇の墓地、『今崎家之墓』の前にいると、背中からノイズ混じりの声がかかる。黒子の人型、頭が人魂。重機と合体していないから、夜目には心霊現象に見えるけれど──予想通り、『未確認複合侵蝕体』の姿だ。
「重機に乗れる人がタイプと言ったはずだけど」
「てぃーぴーおーをわきまえてるから。せっかくゆっくり寝てるところに工事の音が聞こえたら最悪の気分でしょ」
銃を向けると、彼は無言で手を上げる。そのまま、記憶のままの少年の姿に。
「今崎ホセ。独立調査員としてホロウ探査中、行方不明となり、死亡判定が下された──けれどその3年後、奇跡の生還を果たしている」
「うん、そーそー。もっと喜んでよ。委員長サマとはあんま仲良くなかったから無理かな」
「……騙す気があるなら、もっと真面目にやってほしいな。どうして、幼いころのままの姿で現れたの」
にこにこ笑ったまま、ぐにゃぐにゃと輪郭が変わって、同い年くらいの大人へ変わる。「独立調査員としての姿は……こんなもんだったかな」と、生きていたら、こんな風になったのだろうという、面長な青年へ。見ていて気分が悪くなる。
「調べたなら分かるよね。僕の能力は、殺害したエーテリアスの模倣で、生命活動を止めた段階での姿をコピーする。これは、”奇跡の生還”とやらの後、後天的に得たものとされてる──けど、そうじゃないと思ったから、わざわざキミはこんなことをしてる」
「キミの予想通り、キミの友達を殺したのは僕だ。今崎ホセは生還なんざしてない。成り代わったんだよ。この身体に飽きたら、違う人間に成り代わる予定」
逮捕してくれと言わんばかりの自白に、私は努めて真顔を保つ。情を排して、言葉を返す。
「『深夜に異性のタイプを聞き、昼間に曲解した姿で現れる怪異』──この間抜けな都市伝説には続きがあります」
「『まれに、話した通りの正しい姿で現れ、良い思いをさせてくれる』」
「『その場合、対価として魂を奪われる。自分そっくりの存在に成り代わられる』」
「噂の出どころはゲラント治安官でした。心当たりがあったようで、いつ幽霊が来るのかとビクビク怯えていましたよ。『真夜中に、半袖短パンの子供に会って、酔った勢いでつい異性のタイプをポロっと言ったら翌日……』と、その後は何故か気まずそうでずっと目が合いませんでしたが」
「モテるねえ、ひゅーひゅー」
「……そんな解釈もあるでしょうか。でも今は、貴方の話をしましょう」
「貴方の戦いぶりについて、調査員の方に聞きました。いつもエーテリアスを静かに一体仕留めて、それに成り代わって探査を進めるのだとか。ですがこれはおかしな話です。変身の条件が殺害のみであるのなら、過去の探査で条件を満たしているはずです」
眉を顰める彼に、私は指を立てる。
「①変身対象の殺害は直近でなければならない──これでは今崎くんに変身できている説明がつきません。②変身対象は多くストックできない──こちらの方が有力でしょうか。今崎くんで1枠、未確認複合侵蝕体で2枠、今の貴方は……ひょっとしたら、素顔かもしれませんね?」
背後から、ゆっくりと歩く先輩の足音。彼の視線が、吸い込まれてゆく。
「それから、ぬしの足取りを追ったところ、HIAでシミュレータの使用記録があった。使用モードは『エキスパート挑戦』、対象エーテリアスは『ドッペルゲンガー・ジェーン』」
「思うに、貴方の目的は──」
言葉を遮る、甲高い鉄の音。「あら、不意打ち失敗」と、回転しながら彼の背後に立つ、ネズミのシリオン。今崎は、未確認複合侵蝕体の尾だけを顕現させて攻撃を防いだらしい。
長く黒い尾が、暗闇に紛れて振れている。
迎撃を終えてなお、彼の視線はこちらを向いている。続きを話せと、促している。
「──貴方の目的は、恐怖の象徴として、ジェーンを超えることではないでしょうか」
しばらく、無言の時間があった。彼は一瞬、目を見開いたように見えたが、暗闇の中では判別がつかなかった。「驚いたなあ。委員長みたいな堅物が犯罪者の気持ちを理解できるなんて。後ろのお姉さんに教えてもらったのかな」
今崎の身体が縮んで、少年の姿になる。小さな手のひらを懐かしむように見つめると、頬を緩めて、目を閉じる。
「シャーサイ2はさ、サメ映画の癖してゾンビものなんだよ。噛まれるとサメになんの。笑えるよね……ところで話は変わるんだけど、ゾンビものの鉄板としてさ、仲間が噛まれて『俺はもう駄目だ、殺せ!』ってあるじゃん。あれできる?」
「侵蝕症状を受けてエーテリアスになる人間は、数多くおる。釈迦に説法となるであろうが、『覇者侵蝕体・ポンペイ』もその類であるな」
「そ。今崎もそれ。”なりかけ”でね、俺が殺さなくても、どのみち助からなかった」
少年の顔が、エーテリアス共通の虚ろな球体に変わる。私は銃を構えた。照準を覗いて、手が震えていることを自覚した。
「人間だったころの自分を覚えていて欲しいって言われたんだ。だから止めを刺した」
「刺したからには、俺がアイツにならなくちゃいけない。でも俺は、殺した時点の人間しか模倣できないから、成長は表現できない。だから俺自身が、アイツになった。アイツならどうするか、いつも考えていた。調査員としての活動も引き継いで、アイツの才能に、負けないくらい、実績を重ねて重ねて重ねて重ねて──」
「……でも、もう、覚えていられない。他のものに変身するたび、記憶が擦り切れるんだ。どんどん新鮮味を失って、別れたころのアイツが消える。残ったのは、俺の妄想だけ」
だから、彼は都市伝説を流布してまで、怖がられようとした。”恐怖の記憶”の姿を模倣するエーテリアス、”ドッペルゲンガー”──少年期の今崎が怖がられれば、彼はドッペルゲンガーの模倣を介して、いつでも今崎になることが出来るから。彼は人々の恐怖の記憶を、外付けメモリとして使おうと言うのだ。
「なあ委員長、そこまで分かってるなら協力してくれないか。今崎を恐怖の象徴にできれば満足なんだ。市民には手を出さないって約束するよ。だから」
「治安官の責務は、人々を守ること。心とて、例外ではありません」
言葉を遮り、周囲に合図する。彼は諦めたように小さく笑って、空高く跳んだ。
30mほどはあるだろうか、電柱を優に超える高さを、『デッドエンドブッチャー』の両腕を使って飛び跳ね、星空へと消える。去り際、こんな台詞を残して。
「俺は恐怖の大王になるんだ。ならなくちゃいけないんだよ」
「お疲れ班長ちゃん。エーテルマーカーは無事に撃ち込めたわ。変身能力を使って、検問を抜けられることは無いはずよ」
「……最低限の成果ね。ありがとうジェーン」
張り詰めていた緊張の糸が緩んで、壁に寄りかかる。ジェーンは小さな歩幅で近づいてきて、同じような姿勢で壁に寄りかかる。視線の行き先は、彼が消えた星空だ。
「ねえ班長ちゃん。あの子の能力の条件って、本当に『対象の殺害』なのかしら」
「その点については疑問に思っていました。すでにいない『サクリファイス・ブリンガー』に変身できるあたり、シミュレータでの戦闘も条件に含まれるのだとは思うのですが、それにしたって、単騎で倒せるものとはとても」
「それもあるけど、もっと単純で下世話な話」
心当たりがなくジェーンの方を向くと、彼女は幼子を見るような顔をしていた。メガネをかけた賢そうな子供が、思ったよりポンコツだったときの顔だ。
「ゲラントのタイプが貴女なら、あの子……今崎は貴女になったってことでしょ。でも貴女は生きてる。シミュレータで戦えない貴女は生きてるじゃない」
「いやその、何度も言いますけど、ゲラントさんが会ったのが私だとは限らな──」
「……さっきの、本気で言ってたの? その場合、どこかで遺体が行方不明の殺人事件が起きてるってことになるけど。班長ちゃんだったら真っ先にそっちを調べそうだと思ったから、ゲラントの相手が自分であることは調査済みだと思っていたわ」
「…………」
ごもっともだ。
普段なら、言葉を濁されようと、ゲラントに詳細な人物像を聞き出していただろうに。
不甲斐ない自分への羞恥心と、何か言葉を返さねばという義務感で、頬に熱を感じながら唇を動かしたところで、「そんなに思いつめないの」と、尻尾で吐息の出口が塞がれる。
「身内の犯行で捜査が甘くなるのはよくあることよ。修正して行きましょ。まずはゲラントに真偽を確かめるところからね」
「……はい」
頬を叩いて、彼女の背中について歩く。同じ間違いは二度しない。それが全天候型治安官だから。
「んふふ、言われるがままの班長ちゃんって新鮮で良いわね。このまま今夜は皆の憧れ朱鳶さんの想い人を聞き出す恋バナ大会でもしちゃおうかしら」
「やりませんからね」
「ところで朱鳶よ。あちらが新エリー都を恐怖のどん底に陥れようと言うのなら、こちらは笑いの渦に巻き込むが対抗策と思案する。具体的には、『笑ってはいけない新エリー都24時』といった具合に、朱鳶が笑った場合には尻をバットで殴打する番組をだな」
「ぜっっっっっっったいにやりませんからね」
朱鳶──完全無欠の治安官。
治安局きってのエリートであり、周囲からの信頼も篤い。全天候型治安官である。
それゆえ、時にはH.A.N.Dの対ホロウ六課のような、アイドル的な扱いをされることもある。
彼女は侮っていた。自分の需要というやつを。
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今崎ホセ
殺害した生物の姿と能力を模倣することができる──本当に?
ゲラント
六分街にいるモブ治安官。ビビりのポンコツで幽霊が苦手。なのに深夜パトロールをさせられている。かわいそ。後輩にモブさいかわと名高い(──本当に?)シータちゃんを持つ。
朱鳶
『シャーサイ2』と言われて『シャーク・デストロイ・アルティメットサイクロン2』のことだと分からず内心首を傾げていたが、シリアス顔を保ち続けた。
青衣
年末年始はその有り余る脳のスペックでチャンネルを12窓する。知能構造体万歳。
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