気が付くと、一面緑一色。
しゃがんで地面を触ると、布のようで、摘まめる。
「これは……」
少し記憶を辿って、愛想笑いで乗り越えた治安局のPR動画撮影の後継が蘇る。これはグリーンバックだ。ここで動画を撮ると、背景の合成ができるのだ。いやしかし、なぜ私はここに。
「──やっほ朱鳶ちゃん」
真正面ゼロ距離から声が聞こえて、思わず尻もちをついて顔を蹴り上げてしまった。
目の前で顎と頭を押さえて痛がっているのは、我々が追い続けている人物──山崎ホセ。最近噂の子供の姿だ。
──『俺は恐怖の大王になるんだ』
そう言って彼は、夜の六分街に消えていった。それが眠った私を拉致して、どうしようというのか。
立ち直って銃口を向けると、彼は「そうこなくちゃ」と不敵に笑う。それから指を鳴らすと、グリーンバックが一瞬ぼやけて、手品みたいに色が変わる。
赤色と青色、ちょうど半分真っ二つに分かれて、机や椅子や、早押しボタンが立ち並ぶ。陣地の真ん中には高さ3mの壮観なディスプレイ、幽霊の彼はふわりと浮くと、カメラに向けて指さして。
「チーム恐怖の大王vsチーム治安官、3回勝負のガチンコチームバトル開幕です!」
あ、これ夢だ。
「チーム恐怖の大王先鋒──しぶとすぎる生命力でなんやかんや現在も存命!飛行船の運転も証拠集めもピーチ姫でもなんでもござれ、経営以外なんでもできる男。歩く姿はGPS、お飾りCEO、パールマン!!!」
暗がりの中で、スポットライトが当たった私とパールマンさん。彼は結構乗り気のようで、周囲から鳴り響く歓声と拍手とに悠々と手を振って応えている。
「今回お二人にしていただくのは『料理対決』──それも『お菓子作り』です。実況解説には白祇重工の知能重機の紅一点、デモリッシャーさんにお越しいただいております」
「最強の調味料は愛情よ!ふたりとも、頑張ってね!」
振り返ると夢であって、そう思うとなんとも滑稽な話なのだが、このときの私は真面目に焦っていた。料理はできるが、ごく普通の家庭料理だ。お菓子なんぞあまり作らない。一方のパールマンさんは鼻を鳴らして自信ありげだ。どうする──と、目の前が暗くなる。スポットライトが移動したのだ。
「任せて朱鳶さん!」
「ここで意外な飛び入り参加、表はビデオ屋、裏はプロキシ、果てには治安官と来た、どっちが裏でどっちが表、メビウスの輪、リン!!」
慣れた様子でスポットライトを浴びながら、私の隣へ。『私の大大大好きなお母さんへ』とかいう家庭科で作ったようなエプロンが可愛らしい。
「リンちゃん、お菓子作り得意なの……?」
「普段は市販のチョコ固め直すくらいかな。でも今回は秘策アリだよ、じゃーん!」
マル秘、と書かれた書類の束。
「なんとあのヴィクトリア家政秘伝レシピです!」
「本当に顔が広いのね……」
「──ちなみに朱鳶ちゃん、レシピの作者とかそこから見える?」
いつも間にか隣に来ていた山崎ホセ。リンちゃんは気付かなかったらしく、パールマンさんと共にステージ上のキッチンへ。気のせいか、隣で浮いている彼の頬は引き攣って見える……で、名前か。
「……『アレクサンドリナ・セバスチャン』ですけど」
「オーケー、今はただキミの視力に感謝を」
ふわりと浮いて、マイクを持って。
「さあこの勝負、両人は選手でありながら審査員でもあります!お互いに食べさせるお菓子を作ってください!」
「え、アンタが食べるんじゃ「食べません!」ああそう」
「負けを認めさせれば勝ちです!勝ちと思えばこそ勝ちです!勝負ってそういうものでしょう!」
デモリッシャーさんを押し切って彼が大声を上げる理由を私は理解した。完璧な出来のホールケーキを作りあげたはずのパールマンさんの表情が悲壮感に満ちている理由も理解した。
リンちゃんが満面の笑みで掲げた皿の上には、ビチビチ蠢く白いイカ──お菓子ってなんだっけ。というかあれってサクリファイス・ブリンガーが落とすやつでは。
「まて小娘、やめ──オヴあ」
「パールマン選手、絶命ー!!これにて不戦敗となりますのでチーム治安官1勝です、これがパエトーンの実力かー!?」
「やったね朱鳶さん!」
「……あの、プロキシなのは百歩譲って、いまパエトーンと」
「そうかな。パエトーンとパールマンって響きが似ているから聞き間違えたんじゃないのかい?」
「アキラ君、いくら私だってそんな簡単には誤魔化されませ」
リンちゃんを庇うようなアキラ君の声が聞こえて、肩を怒らせて振り返れば、彼の顔は随分と低いところにあった。セットに引っかかって転んだのだと、心配も束の間、彼が両手に持っていたパールマンさんのケーキは空を飛び──私の視界は白く染まった。
「………………あー、朱鳶さんの肌って白くて綺麗」
「ありがとうアキラ君。嬉しいです」
さしもの彼も今回ばかりは正座した。まったく。
「ささ、お色直しはそれくらいでよいでしょうか。2回戦に参りますよ!」
担架で運ばれゆくパールマンを背に、山崎ホセは片手を天に掲げる。同じポーズで床からせり上がるステージに立っていたのは、巨大なる土色の野生と、鉄の塊。
「続きまして種目は『重量上げ』、チーム恐怖の大王次鋒、腕力最強!ヒトごときがクマに勝てると思うな!敏腕会計士、ベン・ビガー!!!」
『10t』と書かれたダンベルを肩より高く持ち上げ、彼は吠える。
横で正座するアキラ君の表情を見るに、私たちの離れた心は再び通じ合っているらしい。絶望である。普段能天気なリンちゃんですら、表情に陰りが見える。
「ごめん朱鳶さん……普段から筋トレしとくんだった……」
「あ、筋トレしてればいけたとは思ってるんだ!?」
結局リンちゃんは能天気と言うか、前向きというか。
そう、思わず自分の口から出た言葉に、さっと背中が熱くなる。サクリファイス・ブリンガーが治安局に現れたときもそうだった。あの白く人間離れした筋肉に、私は一度委縮した。立ち向かうこともなく、恐れおののいたのだ。
だから、手を握られた時に発砲した。
相手に敵意はなく、あの時点で話し合いに応じていれば、何かが変わっていたかもしれなかったのに。
「……スポットライトが移動したね。僕らの時と同じ、助っ人だ」
『チーム治安官次鋒!白い肌には似つかわしくない、圧倒的な鉄の筋肉、見上げるほどの立派なタッパ!圧倒的なその力で、勝利を
「えっと、白くて、筋肉マッチョで、身長が高くて、ブリンガー……」
リンちゃんの呟きに、予感と共に振り返る。
まさか、まさか。
「第2章でおなじみ、デモリッシャーさんが乗っていた作りかけのビル。言うなればそう,『肩にちっちゃい重機乗ってんのかい』──真白クン!!!!!」
「誰!!!」
「朱鳶さん!?」
思わず叫んでしまった。
……いや、確かに白くて鉄筋コンクリートで身長(?)が高いかもしれないけど無生物じゃない。それが重量挙げって。
「そうですね。おっしゃる通り真白クンさんには腕がないので、デモリッシャーさんに重りを乗せてもらいます。これで文句ないですか。ッチ」
「待ってください」
「アキラ君!」
そうだそうだ言ってやれ。何逆ギレしてんだって言ってやれ。
「住宅ビルの耐荷重はおよそ200kg/m^2です。10tの重りなんて、真白クンが耐えられるはずがありません!デモリッシャーに、恋人を殺させようと言うんですか!?」
「アキラ君……」
私は口を噤んだ。シリアスに、ではなく。結局お前もそっちかよ、という意味で。
「パエトーン、ありがとう。でも大丈夫よ」
デモリッシャーさんはすでに高く遠く、真白クンの屋上から背中が見えるくらいで、その表情を窺うことはできない。でも、穏やかな顔をしているのだと、私はなぜか確信してしまった。
そう思えるほどに、周囲の誰もが成功を確信していて、それゆえに空気が静まり返っていた。彼女の声を、愛情に満ちた囁きを、聞き逃さないために。
「私は、真白クンを信じてるから」
真白クンの頭を撫でて、デモリッシャーさんは重りを離す。10tが落ちて、地面が揺れる。
でも。
それでも、愛を受けた白いビルは、崩れない。
砂煙を立てながら、雄々しく、誇示するように、立ち続ける。
『行ったーーーーー!!!』
山崎ホセの絶叫に、会場が拍手で覆われる。なんだこれ。
「『私は、感動で涙を禁じ得なかった──』うん、立派だよ真白クンにデモリッシャー……この戦いは愛の勝利だ。キミもそう思わないかな」
「そうですね。まずさっきから勝手なアテレコをやめてくれますか」
いつの間にかいた白祇重工のメカニックの人(グレースさんだったか)が、いつの間にかベンさんを連れて帰っていく。いや本当になんなんだ。
「ぐすん……泣いても笑ってもこれで最後、最終戦と参ります」
「あの、3回勝負ならこれで勝ちですよね」
「最終戦は100万点なので」
もう突っ込む気も失せてきた。
「知恵、力と来たら最後は勇気──ガチンコレースと参りましょう!チーム恐怖の大王からは大将、ツール・ド・インフェルノの覇者、キング・シーザー。チーム治安官からは朱鳶さんです──ご自宅からご愛用のバイクを丁重に運びました、どうぞ!」
ステージに上がると、先程ベンさんがやってきた床の穴からバイクがせりだしてくる。シーザーさんのバイクは砂に塗れて年季が入って、なるほど荒野でかなり乗り回していることが窺える。そんな彼女は私の方を見て……ちょっと引いてる?
「……いや、治安官ってお堅いイメージだったからさ、意外だったんだよ。良い趣味だと思うぜ!」
彼女は満面の笑みでサムズアップ。正直嫌な予感がした。だってさっきから見ないようにしていたんだもの。視界の端でトゲトゲしている、私のものらしいバイクを。乗る前から脛にチクチクダメージを与えてくる、自己主張しかない白バイを。
群集の肩から背伸びしたリンちゃんがこちらを見つけ、目を輝かせて息を吸う。やめてリンちゃん、それ以上言わないで──
「凡平さんのバイクだ!」
──────
「はっ!?」
声にならない声と共に飛び起きる。現実と空想の区別がつかないまま、首を回して状況確認。気まずそうに一礼して出て行くHIAの職員と、相も変わらず表情の変わらない狐耳の友人、星見雅。
「目覚めたか」
「もしかして私、寝てた?VRシミュレータ中に?」
「ああ。急に意識を失った点が私たちの時と似ていたのでな、肝を冷やしたが。寝ているだけだと聞いて、安心した」
「……ごめん」
「何を謝る。私はむしろ感心しているぞ。どこでも寝られるというのは治安官にとって立派な武器だ」
赤面しながら、これまでの状況を脳内で整理する。
まずゲラントの前に姿を現した女性は、ジェーンの尋問で明らかになった──目の前の彼女、星見雅だ。そして彼女に限らず、六課の面々の偽物が、新エリー都じゅうで目撃されている。山崎ホセの仕業であろうことは、言うまでもない。
……さて、山崎ホセの変身能力の契機は、対象の殺害であろうと思われていたのだが、こうなると話が変わってくる。星見雅は生きているからだ。となると、サクリファイス・ブリンガー等と同じくシミュレータ内での殺害で変身ができるのだと思われる。千面相によるシミュレータ幽閉事件で、六課の面々は戦闘データを取られているから、彼女たちとはシミュレータ内で戦おうと思えば戦えるのだ。
──『なら、恐怖の大王なんてまどろっこしいことせずに、その死んでしまった友達をシミュレータで再現して、もう一回殺してしまえばいいのにね。一回殺してるんだから、今更躊躇もないでしょうに』
ジェーンの台詞は血も涙もないものだが、感情を排せば、確実な手段ではあると思う。少なくとも新エリー都じゅうで噂を流すという遠回りな手を打つよりは、よほど現実味のある策だ。だから私は今回、山崎ホセのデータがあるか探しに、シミュレータへと足を運んだ──結果は見ての通り、空振りだったのだが。
「そうしないのは、変身の条件に、何か原因があるからだと思うんです。シミュレータ内で相手を倒す以上の何かが……」
「なぜそう悩む。他者に変身し信用を毀損した時点で、立派な罪だろう。つべこべ言わず捕えてしまえばいい」
「……うん。そのつもりではあるの。だからこれは、任務の外の話。個人的な事情」
おそらく勇気づけてくれているのだろう旧友に、微笑みを返す。
「彼は、自らの欲望と社会との共存を図ろうとしてる。だって恐怖の大王になることだけが目的なら、エーテリアスの姿を借りて、市民を相手に暴れまわれば良いのだから……仕事は仕事。でも、自分の頭で考えられるだけでも、その努力には報いたいと思うの」
自分でも、変わったなと思う。アキラくんたちがプロキシであったことが、契機となったのかは分からないけれど。
雅は、顎に手を当ててしばらく考え込んで、それからようやく口を開いた。
「巷では、私は浅羽隊員100人よりも強いと言われているらしい。私は一人とも戦いたくないというのに。あの男の戦いを近くで見たことがないから、分からないのだろう」
「……えーっと、雅?」
「朱鳶。私はその山崎とやらに会ったことがない。同じ独立調査員のアキラには何度か会ったことがあるにもかかわらずだ。これはおかしな話だ。それから、シミュレータの私と戦った後、アキラも柳も言っていた。『勝った気がしない』と」
「……はあ」
──『負けを認めさせれば勝ちです!勝ちと思えばこそ勝ちです!』
そう言えば、夢の中の彼もそんなこと言ってたっけ。
「……先に行くぞ。座り放しで急に立つと立ち眩みがするだろうから、ゆっくり来るといい。待っている」
流石にそう何度も待たせるわけにはいかないと立ち上がろうとして、太腿に伝わる震えに結局止められる。画面の明かりが示すのは、青衣先輩の番号だ。
「こちら朱鳶」
『調査中のところすまぬが、道すがら星見殿と出会っての。伝えたいことがあるからかけて欲しいとのことだ。今代わ──何、そのままで良いと。メッセージを』
『贈ったメロンはどうだった、美味かったなら嬉しいのだが、とのことだ。全くもって律儀よの……』
『……朱鳶?』
心臓が早鐘を打つ。
「……そのまま雅には待っていてほしいと伝えてくれますか」
『とのことだ。……これか?これはスピーカーモードと言っての』
呑気な先輩の声と、自動ドアが開く機械音が、右から入って左に流れて。
待っていると宣った、彼女は彼は、もういなかった。
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山崎ホセ
出番なし。なしったらなし。
リナさん
出番なし。殺害数1。
真白クン
ゼンゼロキャラ人気投票をしたら25位くらいにはいそう。
星見雅
ドッペルゲンガー騒ぎの中、本人証明の要の携帯を紛失した。ドッペル浅羽×100とのドリームマッチが期待されていることをちょっと不快に思っている。
パエトーン兄妹
朱鳶さんの夢を荒らすだけ荒らして去っていく。そろそろ現実で顔を合わせづらい。
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