ブラックウルフの重厚な前足からの素早い叩きつけが
起こったのは車両全体に伝わる大きな轟音のみ。
「遅い!」
そして魔物が攻撃を空振りした隙に、死角から飛び上がり、首を切り落とさんとする。
「へぇ、やるなぁ」
彼女のこの一連の華麗な動きに、気付けば恭也は感心の言葉を零していた。
偃月刀の刃がそれを討つ為に振りかざされる。
──カキン。
しかし、ブラックウルフの肉質は驚く程に硬く、生物のそれとは思えない刃を跳ね返す音が鳴り響いた。
「っ……何て硬さ……!」
首を落とす事が叶わなかった
「このブラックウルフとやら、こんなに硬いのね──っと……」
間髪入れないブラックウルフによる噛みつき攻撃を、
「いいや、そいつが特別だな。魔物の強さは主である魔族のそれに依存する。やっぱこのブラックウルフの主はちょっと強いかもな」
「あらそう……!」
長々と恭也の口から語られる考察を聞き流している間にも、彼女はブラックウルフとの戦闘を繰り広げていた。
「これじゃ埒が明かないわね」
「
続けてその宣言通りに偃月刀の刃が橙色に変化し、共鳴現象を発生させる。
「……何も変わってねぇな」
恭也は傍から彼女の様子を伺うが、目に見える変化は特にない。
「言ったでしょ。あたしの
彼女の言う通り、恭也はすぐにそれを知る事となる。
魔物は足元に移動したそれに反応出来ず、偃月刀が猛威を振るう。
先程と打って変わって、刃は黒色の毛並みに覆われた肉質へと入っていき、魔物の右前足を切断した。
胴体から離れたそれは黒煙となって消えた。
「────────」
ブラックウルフは右足を落とされた事によって声を上げ、体勢を維持出来なく崩れ伏せる。
「──良かった、この状態ならば刃は通りそうね……恭也、安心して良いわよ。こいつには絶対に負けないから」
不敵な笑みを向けられた恭也は、
「なるほどなぁ、確かにシンプルな
「流石ね。こんな短時間で見抜くなんて。そう、私のそれは身体強化。自分で言うのもあれだけど、相当強力だと思ってる。クロノスの恩恵である身体強化に上乗せされて、更に底上げして強化出来るの」
どんな技術を身に付けようが、それを支える根源たるものが肉体的力。彼女はそう解釈し、己の
「でも、これを使って攻撃が通じなかったらどうしようかと思ったけど、どうやらその心配は杞憂だったようね」
「今度こそ首を落とすわ。それで幕引きよ!」
まだ体勢を立て直せていない巨体へと地面を蹴って向かっていく。
「────」
しかしその直後、ブラックウルフは体を起こし、雄叫びを上げる。
「っ……何……?」
警戒して足を止めたのが仇になったか。ブラックウルフは残った三本の足で立ち上がり、次の瞬間その巨体でモノレールの壁を破壊し、車両の上へと向かった。
「逃げるつもり? そうはさせないわ!」
車内に流れ込む強風に逆らいながら、
「……よっと」
続いて恭也も上に登ると、ちょうど彼女と魔物が向かいあっていた。
「────」
モノレールの路線に面する海の潮風が漂う中、ブラックウルフは再び声にならない雄叫びをあげる。
「おい、気を付けろ。そいつ何かしてくるぞ」
「ええ。奥の手ってやつね……!」
そして、その体に変化が現れる。黒く大きな胴体から肉を割くを音が聞こえ、それが生えるように姿を見せた。
その毛並みに溶け込むような漆黒の物体──まるで、コウモリが持つ羽のような大きいそれが、胴体の左右に生えて、宿主を宙へと羽ばたかせる。
「羽を生やしやがったな。どうやらあいつは空中戦をお望みみたいだぜ?」
「生憎、あたしは翔ぶ力は持ってないわね……でも、
戸惑うどころか意気込んでそう言う
「んじゃ、最後まで頼むわ。
「ふふ、
ブラックウルフは大きく口を開け、そこに炎を溜める。
「その首、今度こそ頂く!」
偃月刀を前方に突き出し、風を切り、標的であるそれを目掛けてただひたすらに空へ。その姿はまるで、竜のように。
──
「はぁぁぁぁぁ!」
そして、胴体が刺さった偃月刀を海へと向かって振り下ろす。
「──────」
ブラックウルフは胴体を貫かれた事によって断末魔を上げながら、大きな水柱を起こしながら海面へと勢い良く着水した。
水面には死体は浮かんでこず、ただだだ黒煙が立ち上っていた。
「……はっ。めちゃくちゃしやがるな、あいつ……」
その光景を恭也が車両の上から眺めていると、背後にトンと、着地する靴音が聞こえた。
「どう? バッチリ決めてやったわよ」
それは勇ましくガッツポーズを取っている
「半端ねぇな、あんた。正直驚いたぜ」
「これくらい当然よ。あ、こっちでは朝飯前、とか言うんだっけ──こほん、画竜点睛偃月刀流中伝、
「いや、態々言い直さなくても良いんだが……」
呆れた目で彼女を見る恭也は、その言葉のある部分に疑問を覚えた。
「画竜点睛偃月刀流……それがあんたの流派か?」
「……ええ、そうよ。あたしはその道を歩く者として、貴方に仕合いを挑む為、この国に来たの。楪一刀流、最後の弟子である貴方にね」
「……最後の弟子、か……」
恭也は少し考えてから小さく呟いた。
「……ま、受けてやっても……」
「え? 何か言った?」
「いいや、何も。とりあえず車両の中に戻ろうぜ」
「確かに。ここじゃ風が強くて落ち着いて話も出来ないわね」
二人は車両内に降り、恭也の提案でこれからどうするか考える事になった。