「高い所ですね、ここは。貴方の趣味なんですか?」
とある見晴らしの良い執務室にて、眼鏡を掛けた穏やかな表情の男が部屋の主に問い掛ける。
「良い場所でしょう? ここから人類の叡智が詰まったこの島を一望出来る」
男が視線を向ける先には、白いスーツを身に纏った金髪の女がグラスウォールから外の景色を眺めている。
「魔族再来前にて世界一の高さを誇った東京スカイツリーを超える全長を持つ、偃月島のシンボルにして世界一の研究施設、ロストラムタワー。私は初めてですが確かに、ここは貴方のお膝元にはぴったりだ」
「折角いらしたんです。高坂こうさかさんもこちらに来て良く眺めてみては?」
「ここで充分ですよ。生憎ですけど高い所が苦手なんです」
「あら残念。この素晴らしい眺めを共有したいのに。それにちょうど──」
執務室から見える晴れ晴れとした空には、一機の小型飛行機が浮かんでいた。
「なるほど。彼の到着もそろそろのようですね」
女は島の景色から目を離し、男に向き直る。
「貴方がここに来たのは、あれに乗ってる彼が理由だとお伺いしましたが、何か問題でも?」
「いえ。何、そんな込み入った話ではありません。ただ、うちの問題児が世話になる。それを詫びに来ただけです」
「ああ、そういう事で。まぁ少し驚きはしましたね。正隊員であろう者が今更訓練学校に入学なんて。しかし貴方がたCSは、A級の再教育までやっているのですか?」
「しませんよ、そんな面倒な事。ただ彼は特殊でしてね。ややこしいのでその辺りは履歴書を見て貰えればなと。それにこれは他ならぬ彼女の頼みでもあって断れないんです。ですからどうか、彼の事をお願いします」
「言われるまでもありません。彼がこちらの訓練兵になる以上島の責任者であり、偃月訓練学校の理事長でもあるこの柊香里奈が、責任を持って預からせて頂きます」
柊香里奈と名乗る女は一語一句揺るがずに力強く言った。
「代わり、という訳ではないですが。世界を脅かす魔族の討伐はCS──いえ、グレイヴ・ソリッシュである貴方がたに改めて任せます。どうか、お願いします。高坂司令」
「言われずとも。共に世界を守りましょう。柊博士」
◇◇◇
偃月訓練学校。体育館兼講堂にて、一人の中年男性がステージの上で高らかに宣言する。
「──これより第十期、偃月訓練学校の入学式を始める」
講堂には当然新入生が集められており、その中には彼の姿もあった。
「ふわぁ〜」
誰にも聞こえない程の小さいあくびをして、かったるそうに入学式へ臨む狩生恭也の姿だ。
「私は校長の
校長の岩倉がそう言うと、ステージ上にホログラム映像が映し出される。
「本来この場の説明役は理事長の出番の筈だが、皆みなの知っての通り彼女は多忙だ。代理として私が本式を取り仕切る。この偃月訓練学校──正式名称、偃月市CS訓練高等学校は、名の通り貴様達をCSとして育成する訓練学校である。CS、正式名称は──」
そこでホログラム映像が切り替わる。
「クレイヴ・ソリッシュ。それは三十年前突如ハワイに現れた、我々人類の敵である魔族を滅ぼす為に作られた組織。脅威が底知れない魔族は侵略を続け、主に北アメリカ、中央アジア、西アジア、アフリカを人の住めない土地にし、そして我らが日本、九州、四国、中国地方が荒野と化し、近畿地方が奴らの手に堕ち占領されている。それに伴い世界人口も、魔族襲来以前と比べて約五割減少。このままではいずれ人類は滅亡してしまう。そんな我々の反撃の糸口となったのが、柊博士が魔族の体内に有する魔核まかくと言われる正体不明の物質を利用し、発明したエルピーダ。その技術を元に彼女が開発した反撃の剣つるぎ──」
そこでホログラムの映像は途切れ、岩倉は手の平サイズの青白い正方形の物体を取り出す。
「これはコアキューブ。そして──」
物体と同化した菱形のボタンを押し込むと、光を帯びて、それからは想像出来ない剣の姿へと変わった。
「これこそが対魔族殲滅装備、通称クロノス。この剣は一例で、様々な武器種の物がある。だが注目すべき点はそこではなく、この武器はとある者達が扱うと魔族に渡り合える程の類稀ない力を発揮する点だ。とある者達、それは適正者と呼ばえる者──それは一般的にクレイヴ・ソリッシュの構成員達。つまり、この場に居る貴様達、選ばれた存在。魔族を狩り尽くす為に産まれてきた存在だ」
「──魔族を、狩り尽くす存在……」
岩倉の言葉に反応を示す者が居た。それは偶然恭也の隣に居合わせていた小柄な女子生徒だ。
「……」
小声だったが流石に近くに居る恭也には聞こえており、ちらりとその生徒の横顔を伺う。
そうしている間にも岩倉の話は続き。
「人類は今窮地に立たされている。貴様らはそんな世界の命運を左右する希望の剣つるぎになるやもしれん。もってこの三年間、全力で勉学と訓練に励み、立派なCS隊員となれ! 以上で第十期偃月訓練学校の入学式を終了する!」
入学式が終了し、新入生達は割り当てられた一から四の各クラスの教室へ移動する事になった。
恭也が割り当てられたのは一年三組。
「……あいつ……」
三組の教室に入ると見た顔があった。入学式時、隣に座っていたあの小柄な女子生徒。それも、教壇の電子黒板に映し出されていた席順では隣同士であった。
何という偶然だと思いながら席に着いて暫くした頃、教室に長い黒髪の女性が入ってくる。
「揃っているな?」
女性はそのままの足で教壇に立った。
「私は貴様ら三組の担任になった、
片桐は自分が言うだけあってかなり若く見える。恭也達とそう歳は離れていないのではないだろうか。
「早速だが、貴様らの実力を測らさせて貰う。二十分後、各自準備を済ませ、第四体育館へと集合せよ。念の為に言っておくが、クロノスは絶対に忘れるな。それはCS隊員における命と同等の物と言っても過言ではない。では行動開始!」
戸惑いを見せる者、平然を装う者。十人十色のクラスメイト達は各々第四体育館へと移動を開始する。
それに流されるように恭也も席を立ち上がるが。
『ブルブルブル──』
彼のディールに着信があった。
「あん? 誰だ……なんだ、あいつかよ……」
ホログラムによって映し出された着信画面の映像の名前を見て呆れた顔をすると、そそくさと人気のない場所に移動して電話に出る。
「もしもし……ああ、無事に着いたよ……あ? 分かってるって。そっちこそ無理すんなよ?」
数分間電話の相手と話した後。
「んじゃもう切るぞ。そろそろ移動しなくちゃなんねぇからさ。じゃあな──ったく、相変わらずお節介な奴だ」
通話を切り、恭也は今度こそ第四体育館へと向かった。
「結構もう集まってんな」
既に体育館内には大半のクラスメイトが集まっており、まだ来ていないのは恭也を含め数人と担任の片桐だけだった。
「まだ時間はあるみてぇだな……どんな奴がいんのか見てみるか……ん?」
体育館を見渡してみると、中央にクラスメイト達が集まっていた。
「何だありゃ?」
興味を惹かれてそこに行ってみると、クラスメイト達がとある三人の女子生徒を囲むようにざわめいていた。
「おい、こりゃ何の騒ぎだ?」
近くに居た男性子生徒に声を掛ける。
「あ、ああ。何かあの二人とちっこいのが言い合ってるんだよ。良く分からないけど結構険悪な雰囲気でな」
「何だよ、喧嘩してんのか?」
興味津々の恭也は騒動の元である三人に視線を向ける。
「……あいつ」
意外にもその三人の内一人は、またもやあの小柄な女子生徒だった。
「もう一度訊くわ。何であんたがここに居るのよ?」
「そ、そうだよ……貴方にはこの場所に居る理由はないよね……? ねぇ、何で……?」
小柄な女子生徒は、気が強そうな赤髪のツインテールの女子生徒と、その正反対に気が弱そうな青髪の女子生徒の二人に敵意の眼差しを向けられていた。
「志願したから。CSになって魔族を倒す為に」
小柄な女子生徒は静かな物言いでそう返す。
「ふん、笑わせるわね。あんたみたいな無能で屑の奴がCSに? 妄言も程々にしなさい。それによくのうのうとこの子の前に顔を出せたわね。あんたの家がした事、忘れた訳じゃないわよね?」
「私にはクロノスの適正がある。ここに立つ資格は充分。それに、家がした事に私は関わってない。無関係」
「っ! この……!」
最後の一言が逆鱗に触れたのか、ツインテールの女子生徒が小柄な女子生徒の頬を叩く。
「何よその物言い……! 分かってるの!? あんたの家のせいでこの子の人生はめちゃくちゃになったのよ!?」
「関係ないものは関係ない。何を言われても私にはどうする事も出来ない」
「っ! あんたぁ!」
ツインテールの女子生徒はコアキューブを取り出し、剣型のクロノスへと変形させる。
「澄ました顔してんじゃないわよ!」
そして剣を本気で振り下ろす──。
「おいおい。ドンバチやるってなら俺も混ぜてくれよ」
その声が体育館中に響き渡り、振り下ろされた剣の勢いを殺した。
「それに、いきなり斬り掛かるってのも感心しねぇなぁ」
先程の声の主、恭也はそう続けながら、女子生徒達の間に割って入る。
「……何よ、あんた?」
「狩生恭也。あんた達のクラスメイトだよ」
「そういう事を訊いてるんじゃないわ。何勝手に割って入って来てんのって訊いてるのよ」
「言っただろ? 殺り合うってんなら、俺も混ぜろって。俺は戦うのが好きなんだよ」
そう言いながら、背後の守られるように立っている小柄な女子生徒の顔色を伺う。
彼女は何とも言えない表情で恭也に目を合わせた。
「へぇ、何? その無能を庇おうっての?」
そんな二人を見たツインテールの女子生徒は嘲笑うかのように言葉を吐く。
「ヒーロー気取り? 辞めときなさい。何処の誰だか知らないけど、そいつは少なくとも誰かに守られるような人間ではないわ。勉強も運動も出来ない無能。その上性根も腐った正真正銘の屑よ」
「……ムカつくんだよな。そうやって人を見下すお前みたいな奴」
「は?」
「何かあんたら知り合いみたいだけどさ、俺にはあんたらにどんな因縁があって、こんな事になってんのかは分からねぇ」
「そ。なら関係ない奴は引っ込んでなさい」
「でもな」
恭也はコアキューブを取り出し。
「あんたのやってる事は間違ってんじゃねぇのかよ?」
それを太刀へと変形させる。
「……何が間違ってるって言うのよ?」
「さぁな。言っただろ。あんたらの因縁は知らねぇって」
「じゃあ……!」
「あんたさっき、俺の事をヒーロー気取りって言ったよな? それってお前らがこいつに後ろめたい事をしてるって自覚がある証拠だろ?」
「そ……それは……」
彼女の剣を握る手が小さく震える。
「おいおい、こんな揚げ足取りでお前の意志は揺らぐのかよ? だったらあんたらの因縁も大した事なさそーだな」
「っ!?」
その瞬間、剣の震えがぴたりと止まる。
「……それだけは許さないわ。こいつに対しての因縁が……憎しみが大した事ないなんて。その言葉だけは……絶対に許さないっ!」
「はっ、そう来ねぇとな! 構えろよ、相手してやる」
──おいおい、マジかよ!
──あいつら戦うらしいぞ!
──え、えぇ? いきなり?
──おーい! 何かこいつら戦うんだってさ!
──うわ巻き込まれたくねぇ……離れとこうぜ。
恭也達を囲み、行先を見守るクラスメイト達のざわめきが大きくなる。
「て、
青髪の女子生徒がツインテールの女子生徒を心配そうに見つめる。
「大丈夫よ。
彼女はそう言って、柔らかな笑みを向ける。
「……あの……何で……」
対になるように、小柄な女子生徒も恭也に話し掛ける。
「悪ぃな。あんたの喧嘩に割って入っちまって」
「それは……良いけど……大丈夫? 彼女、結構強い……と思う……」
「まぁ、あんな大口叩くんだ。それに見合った自信ってのがあるだろうしな。でも安心しろ。俺は多分、ここに居る誰よりも強い」
「え? 何でそう言えるの?」
「それは後で教えてやるよ。それより離れとけ。これは俺とあの女の戦いだ。手出し無用で頼むぜ」
「……うん。分かった」
自信満々な彼の笑みに押し切られ、彼女は外野へと逃げるように出る。
「念の為に確認しとくが、一対一の真剣勝負だ」
「当たり前よ。あんたなんか、私だけで軽く捻り潰してやるわ!」
彼女の連れの女子生徒もいつの間にか外野に居た。
「そういや、あんたの名前訊いてなかったな。教えろよ」
「
「んじゃ。俺からも宣言してやるよ、不知火。俺はここから一歩も動かずお前を倒してやる」
「はぁ?」
「ハンデってやつだよ。そうしなきゃ一瞬で終わっちまう」
「何を……! いいわ、その舐めた態度、後で後悔させてやる!」
天華は剣を強く握り、恭也は太刀を静かに構える。