戦いの火蓋を切る攻撃を仕掛けたのは勿論天華だった。
「はぁっ!」
恭也は微動だにせずそれを受け流す。
「…………」
彼の顔に挑発するような笑みが浮かぶ。
「ちっ!」
当然それが気に食わない彼女は次なる攻撃を仕掛ける。
しかしその攻撃も、その後に次ぐ攻撃も同じように受け流されてしまう。
「はぁ……はぁ……あんた、本当に──」
約数分間の連撃の中、恭也は宣言通り一歩も動かなかった。
勝敗を決める決定打は今のところないが、この戦いの行先にあるそれは現状を見れば一目瞭然だった。
──あいつ、何者だよ……。
──もう勝敗は見えてるんじゃない?
──だよな。てか、あの女子の方が弱いだけじゃね?
攻撃をくり息切れする天華と、大きなハンデを自ら課して尚且つそれを実行し、表情一つ変えない恭也。
この状況を目の前にするクラスメイト達も、太刀を得物とする剣士の勝利を確信していた。
「あんな啖呵を切った割には、大した事ねぇな」
「この……心底見下して……! まだ……まだよ! その余裕ぶった顔、叩き潰してやるっ!」
「御託なんか並べてないで、さっさと掛かってこいよ。いい加減突っ立てんのも飽きてきた」
「……良いわよ。お望み通り、やってやるわ……!」
言葉を交わしたおかげで落ち着きを取り戻した呼吸と重なるように、仕切り直しと言わんばかりに剣を構える。
「見せてやるわ。私の本当の力を」
彼女は深く深呼吸し、剣を握りしめる手に力を込める。
するとクロノス特有の青白い太刀身が、顎の付け根から鋒へとみるみるうちに橙色へと変化する。
「……へぇ? 共鳴現象。切り札を隠し持ってたってわけか。やるじゃねぇか」
「ふん、この程度で感心されたら困るわね」
「ああ、お前の言う通りだ。来やがれ!」
「言われるまでも!」
腕に力を込め。
「行くわよっ!」
剣を高く振り上げ──。
「──貴様達! 何をやっている!」
──その先は幸か不幸か叶わなかった。
「っ……!?」
凄い剣幕でその場に現れた担任の片桐に驚いた天華は、思わず剣を引っ込める。
「何をしていた!? クロノスを起動させて良いと許可を出した覚えはないぞ!?」
「……すみません」
天華はクロノスをコアキューブに戻す。
「狩生、貴様もだ。まずはさっさとクロノスをコアキューブに戻せ!」
「へいへい……」
恭也も同様にクロノスを変形させる。
それを確認した片桐は観戦していたクラスメイト達の方を向いてこう言った。
「今日予定していた模擬戦闘での実力把握テストは中止、お前達は教室へ戻れ」
そう言い放った後、二人に向き直り。
「お前達二人は私と一緒に職員室へ来い。ぼさっとするな!」
片桐は体育館の出口へと歩き出し、二人も渋々それに付いて行く。
職員室に連行された二人は反省文を書かされ、色々と話を訊かれ、こってりと絞られた。
解放されたのは約一時間後、正午を回った頃だった。
「いいか。貴様ら馬鹿のおかげで予定が崩れた。これがどういう意味か分からない程馬鹿じゃないだろう。今日はこの辺にしておいてやるが、次ないと思え」
色々言いたい事があった二人だが、これ以上長引きたくない為、その場は素直に頷いた。
「今日は午後の授業はない故、他の生徒達は下校している。お前達もさっさと教室に戻って速やかに身支度をした
二人が職員室を後にしようとした時。
「ああ、それと。明日は何処かの馬鹿二人のせいで出来なかった実力把握テストを差し込んで行う。そのつもりでいろ」
「…………」
片桐に嫌味を言われて苦い顔をする二人は、改めて職員室を出て、教室へと向かう。
「あーあ。誰かさんのせいで俺まで怒られたぜ」
「あんたのせいでもあるでしょ」
「あんたが先にクロノスを起動させたんだろ? 俺はそれを止める為にやっただけだ。あんたの愚行を止める為にな」
「物は言いようね。あんな屑を助けようだなんてどうかしてるわ。あんた」
「言っただろ、あんたらの関係は知らねぇって。あんたら、どういう関係なんだよ?」
「この流れで言うと思ってるの? デリカシーのない男ね。あの屑にでも訊けばいいでしょ」
「大体予想は出来るけどな。あのちっこいのがあんたらに何かした……それもあいつ本人じゃなくて、家族の誰かが。そんなとこだろ?」
「…………」
恭也の予想は、三人が言い争っていた時に聞こえた情報から導いたものだった。当の本人は黙っているが、表情を伺えば正解の有無は言っているようなものだ。
「ま、あんたの言った通り、あのちっこいのに訊くとするよ」
そこで会話は途切れ、天華の足取りは気まずさ故か速くなる。
仕方なしに重い空気の中、二人は同じ教室へと戻った。
「天華ちゃん! 大丈夫だった……?」
教室に戻ると、二人の女子生徒がまだそこに残っていた。内一人はあの気弱そうな女子生徒だ。
天華が教室に入った瞬間、彼女に駆け寄った。
「大袈裟ね。別に何ともないわよ」
「ごめんね。私のせいで……」
「雫のせいじゃないわ。それより早く帰りましょ。こいつら──特にそっちの屑と一緒にいたら、あんたも嫌な気分になるでしょ?」
「うん……そうだね……」
天華は弱気な女子生徒を連れて教室を出て行く。
去り際、恭也ともう一人の女子生徒を──特に恭也じゃない方を恨みの籠った眼光で睨んでいた。
「そんな恨んでんのかよ、こいつの事」
「あの……大丈夫……だった……?」
恭也がそのもう一人の女子生徒──あの小柄な女子生徒の方を見ていると、落ち着いた声で話し掛けてきた。
「問題ねぇよ。そうだ、あの片桐って
「うん……」
彼女は無表情で頷く。何かしら思うところはあるのだろうが、その少女の顔には普段から感情と言う文字はなく、真意は分からない。
「なぁ、あんた。もしかして俺を待ってたのか?」
「……うん」
またも女子生徒は頷いた。
「何で?」
「分からない。でも、何となく待っといた方が良いと思った」
「気まぐれってわけか。ま、何でもいいさ。俺にとっては好都合だ。あんたに訊きたい事がある」
「訊きたい事?」
「ここじゃ何だな。場所を変えようぜ」
二人は学校を出て、最寄り駅への経路途中にあるとある喫茶店に入店した。
「ここ?」
「ああ、良いとこだろ?」
その喫茶店は技術の発展により近代化が進む中、焦茶色の木材で造られた珍しいノスタルジックな店だった。
二人は奥のテーブル席に案内され、向かい合うように腰を下ろす。
「今日学校に来る途中で見掛けたんだ。珍しい店だって」
「確かに。完全な木材建築の建物って少ないよね」
「昔は違ったみてぇだが、植林地自体が少ないからな。今じゃ、木材より他の建築材料の方が安上がりだ。態々木で建てるのはよっぽど拘りがある奴だけだ」
そんな拘りの強い初老のバリスタ店長は、静かにコーヒーを沸かしていた。
「取り敢えず注文するか」
「うん」
二人はそれぞれコーヒーと紅茶を頼み、数分もすれば注文の品が目の前に現れた。
「──で、だ。本題に入ろうじゃねぇか」
「貴方の訊きたい事?」
「ああ。まずはあんたの名前を訊かせてくれ」
「……そう言えば名乗ってなかった。私は
「……神白……」
恭也はその名を聞いた瞬間考え込んでから言った。
「あんた、あの神白家の人間か?」
「どの神白家?」
「決まってんだろ。今の日本において絶対的な財力を有し、様々な企業を展開。その影響力は果てしなく、巷では日本市場を牛耳る者とか呼ばれてる神白財閥。あんたがそこの人間かって言ってんだよ」
「……ああ、うん。私はその神白家の現当主のお父さん──
「……マジかよ」
「うんマジ。いっつも初対面ではそんな反応されるけど本当」
それは当然だろう。恭也含めそんな名家の一人娘、言い換えれば名家の次期当主がすぐ側にいるなんて思っても見ない。
「いやまぁ、驚くには驚いたが信じられねぇってわけじゃねぇ。つーか、やっと合点がいったまでもある」
恭也は体育館での、彼女達のやり取りを思い出した。
「天華が言っていた『あんたの家がした事、忘れた訳じゃないわよね』ってやつ。これお前の実家、神白があいつらに何か酷い仕打ちをしたんだろ? いや、正確にはあいつらじゃねぇな……他の言動から考えると、あの青髪の方にだ。ま、そこは今あんまり重要じゃねぇ。問題なのは神白の評判だ」
「…………」
小夜未は緊張しているのか下唇を強く噛む。
「あんたには悪いが、神白家の評判は悪評だらけだ。あんまり良い噂は聞かねぇ。言っとくが神白の展開する製品や店舗に対してはピンキリだ。問題は神白本家についての評判。神白は下請けの工場や取引先を不必要、悪影響だと判断すれば即座に切る」
彼女にとっては耳を塞ぎたくなる話だろうが、恭也は言葉を止めない。
「企業の展開においても、土地買収は強引な手段を取っていると聞く。ニュースとかでは根回しして報道規制してるんだろうが、ネットではボロクソに叩かれてる」
「それは……」
「ここで話を戻すが、この事実をもって不知火の発言を振り返れば、それは有り得る話だと思う。あの青髪はそれらの被害者で、神白家の人間であるあんたを恨んでいる。どうなんだ、神白?」
「…………」
小夜未は暫く黙り込んでから、小さく息を吐いて話した。
「……貴方の言う通り。彼女──
「…………」
「……中学に上がった頃の話。不知火天華、それと水篠雫と同じクラスになって、その時彼女達と初めて会った。それで私が神白の家の人間だと分かると、猛烈な罵倒を浴びせてきた。そこで知ったの……」
「青髪の──水篠雫があんたの家のせいで不幸になった人間という事か?」
「うん。水篠雫の家族が経営する工場はギリギリの状態だったらしい。唯一の契約先が私の家、神白家だったの」
「なるほどな……仕事のなくなった水篠の工場は倒産寸前になり、家計は火の車……その怒りをあんたにぶつけたってわけか」
「うん……私に言われても……どうする事も……出来ないのに……それなのに、彼女達は……」
小夜未の声が苦しそうにどころどころ掠れてる。
そんな彼女を見て、真実を追求する手前、あの物言いをしてしまった恭也は罪の意識を感じた。
「そーだな。元凶はあんたじゃねぇのにって。俺もそう思うぜ」
その思いからか、次に発した言葉はそんな気休めだった。
「でも。私の家の事だから……私に怒りを、憎しみをぶつけて、憂さ晴らし出来るなら、それで良いと思うから……」
「もしかしてあんた、だからあんな挑発的な言い回しをしてたのかよ?」
「……そう」
小夜未は自ら、彼女達の鬱憤のはけ口を演じていた。
「……まさかとは思うが、あんたがCSに志願したのも、あいつら──水篠の為だってのか?」
「そっちは半々ってところ。もう半分は色々あるけど、あの時言ったのが理由」
「適正があるからか。ま、そっちは深く訊かないでやるよ。悪ぃな、無理に訊き出すような真似しちまって」
「ううん。私が巻き込んだから気にしないで」
どちらかと言うと恭也が勝手に首を突っ込んだ側なのだが、彼女はそう感じていないらしい。
「とにかく迷惑掛けちゃったね。ここは私が奢るから、後は好きに頼んでいいよ」
そう言って小夜未は。
「──!? ちょ、おい! これ!」
テーブルにクレジットカード、それもブラックカードを置いて席を立つ。
「私は用があるからこれで。あ、暗証番号は──」
「はぁ!? おい! 待てっ!」
引き止める暇もなく、彼女は小走りで店を出て行った。
「……どうすんだよこれ……」
乱雑に置かれたそれの扱いに頭を抱えながら、とりあえず会計を済まそうと席を立つ。
「──すみませんお客様。当店は現金しか取り扱いをしておりません」
「……使えねぇじゃねぇか……」
挙句の果てに今時珍しい現金だけのお会計は、念の為に持ち歩いていた恭也のそれから支払われるのであった。
「くっそ。キャッシュレスしか持ち歩かない時代に現金だけとか、どんだけ旧時代に拘ってんだよ……」
店の愚痴を零すと同時に、現金を持っていて良かったと安堵しながら最寄り駅へと歩き出す。
「ま、それはそれとして……どうすっかなぁ」
恭也が悩んでいるのは勿論、小夜未とあの二人の事だった。
これ以上関わっても良いのだろうか──ではなく、どう関わるべきかと、悩んでいた。
「何とかしてやりてぇが……そうだ。明日のあれを利用するか」
彼の頭に、一つの策が思い描かれた。