偃月市の繁華街。とある若い男達は何かから逃げていた。
「──不味いってアレ!」
「ありゃあ多分人じゃねぇ! 魔族だ!」
「はぁ……はぁ……とにかく今は逃げるぞ!」
三人の男達が月明かりに照らされる
右に、左に、また右に。入り組んだ道筋を進み、辿り着いたのは建設予定中の空き地だった。
「──ここまで来たら問題ねぇよな……?」
「頭のあれ見ただろ? ありゃ魔族だせ絶対」
「何にせよ、奴も追ってきて──」
男達がそう安堵した時だった。
「──見つけたぜぇ?」
その声と共に、風を切る音が聞こえた。
「──え?」
男の内の一人が隣に立っていた仲間に視線を向けると、頭を吹き飛ばされ、胴体だけのそれが左右に揺れながら直立していた。
「──うわあああああ!?」
少しのタイムラグの末に事を理解した残りの二人が声を上げる。
「おい! 佐藤!?」
倒れ伏す首の無い死体に呼びかけるが、当然返事は無い。
この男が一瞬にして殺したのだ。いつの間にか男達の背後に現れていた、拳を鳴らして凶悪な笑みを浮かべる角の生えた巨漢が。
「やべぇ! 逃げるぞ────」
「逃がすわけねぇだろぉ?」
逃げようとするその男の頭を片手で掴み、そのまま軽々と握り潰した。
「──う、うわぁぁぁ!?」
残った一人が巨漢の手のひらから肉片と血液が、ゴロゴロと、ドロドロと流れ落ちるのを見て、慌てて空き地を離れようとした。
巨漢はそれを追おうともせず、ただ眺めているだけだった。
「くそっ! 何なんだよ! 俺達何もしてねぇじゃん! ただ路地を歩いていたらばったり会っただけで──くそ!」
生き残りの男は愚痴りながら、一刻も早くその場を去ろうとする。
さっき通った薄暗い路地をもう一度──。
「はぁ……はぁ……もう少しで──!?」
もう少しで大通り。しかし、寸前で足を止めた。止めたくて止めたわけではない。止めざるおえなかった。
「ひっ!? こ、こいつら!?」
男の前に立ち塞がったのは漆黒の毛並みを持つ三匹の狼。
「ガルルルル──」
狼達は牙を見せて男に殺意を向けていた。
「こいつらって──魔物──」
その男の命運はそこで尽きた。一斉に飛び掛ってきた狼達に噛みちぎられ、振り回されて、まるで犬用の玩具のように弄ばれた。
「逃がせねぇって言ったろ?」
死体の原型が分からなくなった頃、あの巨漢が現れた。
「こんなに食い散らかしやがって。可哀想じゃねぇかよ」
そう言って、唯一残っていた頭を踏み潰した。
犬達は次第に大人しくなり、最後には黒い煙となって姿を消した。
それを追うように巨漢もその場を後にし、路地の闇の中へと消えていった。
残された惨劇が発見されたのは、近隣住民だった。
通報を受けた警察は周辺を一時封鎖。本格的な捜査が開始された。
それから約三十分後。
「──酷い有様っすねー。一撃で首が吹き飛ばされてる」
血なまぐさい現場には似つかわしくない、まだ若いピンク髪の少女がしゃがみ込んで死体を観察する。
「やはり奴らか?」
その少女に、スーツ姿の男が話し掛ける。
「多分そうっすねー。現場の状況。それとこんな殺し方をするのは十中八九そうでしょ。出張って貰って申し訳ないっすけど、そっちの出番はもうないっすよ?」
「そうでもない。こいつらの手の甲を見てみろ」
二つの死体の手の甲には、赤と黒のタトゥーが入っていた。
「あー、なるほど。そっち絡みで動いてるんすね。警察も大変っすね」
「馬鹿言え。お前達CSの方が余っ程苦労しているだろう」
話を続ける二人の元に、ある人物が近付いてくる。
「
物静かで無精髭を生やした男が、少女に向けて訊ねた。
「あ、
「路地の方も同じだ。その手の甲のタトゥーもな。ボロボロだったが、何とか確認出来た。傷口を見る限り、動物系の魔物に食い殺されたんだろう」
それを聞いた少女は『うへぇ』とわざとらしく不快そうな顔をする。
「でもこのタトゥーが入っていたって事は、三人共あれなんすね」
「みたいだ」
無精髭の男は、少女からスーツの男に視線を移す。
「
「そのつもりでこうして捜査しているつもりだ。いつも通り現場は好きに見て貰って構わない。現場検証は一通り終わっているからな。必要ならばデータを渡そう」
「いや、貴方の言う通り好きに見させて貰います。警察には後処理の方をお願いします」
「了解だ。俺はまだその辺にいる。用があれば声を掛けてくれ」
スーツの男はそう言い残して離れていった。
「七瀬。軽く調べたら聞き込みに行くぞ。まだ近辺に潜んでいるかもしれない」
「あ、やっぱり私達が受け持つんすね。あーあ、東区の公園の件もあるって言うのにー」
「そっちは片桐が受け持ってくれるらしい」
二人は話しながら死体を調べる。
「え、そうなんすか? でもあの人、先日バディの人が死んで一人なんすよね? 大丈夫なんすか?」
「昨日、その補充予定の隊員が来たらしい」
「なるほどー、それで。で、その補充隊員はどんな人なんすか? 強いんすか?」
「何でもA級らしい。それも偃月の訓練学校に通いながらCSの仕事も引き受けるそうだ」
「A級? いやいや、私達より上じゃないっすか。それに訓練学校って……何でそんな強いのに行く必要があるんすか?」
「さぁな、分からない。それよりここはもう良いだろう。そろそろ聞き込みに行くぞ」
「……まぁ、私達が気にしててもあれっすもんね。了解っす」
二人は現場を後にし、周辺の聞き込みへと向かった。
◇◇◇
翌日、四月三日。
「いやまじすげぇって狩生!」
「うんうん! 今日の訓練の模擬戦、私達コテンパンにやられちゃったよー!」
「おう」
学校の昼休み時間、恭也は二人のやかましい生徒達に絡まれていた。
一人は同じクラスの男子生徒、
「あの最後の切り返し、俺反応出来なかったんだよなぁ……」
「だよね。涼太がいつの間にかやられちゃってて、私もその後すぐに倒されて……私達見事に惨敗だったよ」
「そんな事ねぇぜ。西宮に一条、あんた達途中まで食らいついて来てたじゃねぇか」
「そうか? まぁお前にそう言って貰えると嬉しいな! あ、俺の事は涼太って呼んでくれて良いぜ! 同じクラスメイトなんだからな!」
「私も楓で良いよー!」
「んじゃ、俺も恭也で良いぜ」
「恭也! 今度は俺とも模擬戦の時組もうぜ!」
「あ、ずるい! 私も私も!」
涼太と楓。二人はとてもやかましく、明るい性格のようだ。その証拠に二人の声がクラス中に響き渡っている。
「どうしたの?」
そんな声を聞き付けた小夜未が三人の会話に入ってきた。
「お、もう一人のヒーローのお出ましだ!」
「ヒーロー?」
「神白ちゃん! 今ね、今日の恭也君達との模擬戦について話してたんだー」
「そうなんだ。でもなんでヒーロー?」
「勝った奴はヒーローなんだよ! それより神白も凄かったな!」
「そう?」
「うんっ! 私達の攻撃全部読まれてるように躱されて、一個も当たらなかったもん! 流石、異能力者二人に勝ったコンビだね!」
「そ、そんな事……」
小夜未は顔を真っ赤にして背ける。
「おいおい、二人に褒められて照れてんのかよ神白」
「て、照れてない」
「照れてる神白ちゃん可愛い!」
楓は勢い良く小夜未に抱き着く。
「ね! 神白ちゃんも今度の模擬戦で一緒に組もうよ!」
「え? う、うん」
「その次は俺も! な、神白!」
「い、良いけど……」
二人の話の種はいつの間にか小夜未に移っていた。どうやら彼女はクラスに溶け込めているようだ。
「…………」
そんな楽しい雰囲気を横目に、教室を出て行く彼女の姿があった。
「……あいつ」
それに気付いた恭也は二人の興味が小夜未に向いている隙を見て、彼女の後を追う。
「…………」
彼女──不知火天華は誰もいない屋上から校庭を見下ろしていた。
「何黄昏てんだ、不知火?」
そこに、彼女より一足遅く教室を出た恭也がやってくる。
「別にそんなんじゃないわ。あんたこそ、私を追ってきて何の用?」
「あんたが少し気になってな」
「私を?」
恭也は柵にもたれ掛かり、空を仰ぐ。
「いや何。今までのあんたならさっきの状況──神白がクラスの連中に持ち上げれられてたら、口出ししてた筈だ。だが何にも言わず、それどころか教室を出て行った。その様子が気になってな」
「……口出しするも何も、私にはそんな事をする理由は
「そうか。昨日の謝罪、嘘じゃないんだな」
「謝罪を狂言や虚言で済ます程、私は落ちぶれていない、そう思ってるわ。信じられないかもしれないけどね」
「いや、信じるさ。あんたの顔を見れば嘘か本当か分かる」
「顔?」
天華は恭也の方を向く。
「あんたの顔は前を向いてる顔だ。己の間違いを認めて前を進もうともがく奴のな」
「──ぷ。あはは! あんたって案外臭い事言うのね」
「おいおい笑うなって。そんなに意外かよ?」
「ええ。意外ね。こう……なんて言うか、もっと怖い奴だと思ってたわ」
「あー、よく言われる。多分この目付きと髪色のせいだろうけど」
「髪色はまぁあれだけど、目付きに関しては自覚はしてたのね……」
「そりゃな。酷い時なんて、道を訊いただけでビビられた事あるぜ」
「あはは! 安易に想像がつくわね」
天華は少し笑った後『ねぇ』と続けて真剣な表情に戻った。
「あんたにも改めて悪かったわね、色々と。あんたが昨日言ってくれたあれで目が覚めたわ」
「そりゃ何よりだ……
「何とかね。二人とは顔を合わせにくいけど、頑張ってやっていくわ。過去の精算も兼ねてね」
「頑張れよ」
「ええ。ありがと」
「おう。先教室戻ってるわ。お前も授業までには戻れよー」
そう言い残して恭也は屋上を出て行った。
「狩生恭也……不思議で、変な奴ね」
天華は暫く、屋上の風に当たっていた。