終焉のパラティリシ   作:わふ.

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五話 兆し

 

 偃月市の繁華街。とある若い男達は何かから逃げていた。

 

「──不味いってアレ!」

「ありゃあ多分人じゃねぇ! 魔族だ!」

「はぁ……はぁ……とにかく今は逃げるぞ!」

 

 三人の男達が月明かりに照らされる人気(ひとけ)のない裏通りをひた走る。

 右に、左に、また右に。入り組んだ道筋を進み、辿り着いたのは建設予定中の空き地だった。

 

「──ここまで来たら問題ねぇよな……?」

「頭のあれ見ただろ? ありゃ魔族だせ絶対」

「何にせよ、奴も追ってきて──」

 

 男達がそう安堵した時だった。

 

「──見つけたぜぇ?」

 

 その声と共に、風を切る音が聞こえた。

 

「──え?」

 

 男の内の一人が隣に立っていた仲間に視線を向けると、頭を吹き飛ばされ、胴体だけのそれが左右に揺れながら直立していた。

 

「──うわあああああ!?」

 

 少しのタイムラグの末に事を理解した残りの二人が声を上げる。

 

「おい! 佐藤!?」

 

 倒れ伏す首の無い死体に呼びかけるが、当然返事は無い。

 この男が一瞬にして殺したのだ。いつの間にか男達の背後に現れていた、拳を鳴らして凶悪な笑みを浮かべる角の生えた巨漢が。

 

「やべぇ! 逃げるぞ────」

「逃がすわけねぇだろぉ?」

 

 逃げようとするその男の頭を片手で掴み、そのまま軽々と握り潰した。

 

「──う、うわぁぁぁ!?」

 

 残った一人が巨漢の手のひらから肉片と血液が、ゴロゴロと、ドロドロと流れ落ちるのを見て、慌てて空き地を離れようとした。

 巨漢はそれを追おうともせず、ただ眺めているだけだった。

 

「くそっ! 何なんだよ! 俺達何もしてねぇじゃん! ただ路地を歩いていたらばったり会っただけで──くそ!」

 

 生き残りの男は愚痴りながら、一刻も早くその場を去ろうとする。

 さっき通った薄暗い路地をもう一度──。

 

「はぁ……はぁ……もう少しで──!?」

 

 もう少しで大通り。しかし、寸前で足を止めた。止めたくて止めたわけではない。止めざるおえなかった。

 

「ひっ!? こ、こいつら!?」

 

 男の前に立ち塞がったのは漆黒の毛並みを持つ三匹の狼。

 

「ガルルルル──」

 

 狼達は牙を見せて男に殺意を向けていた。

 

「こいつらって──魔物──」

 

 その男の命運はそこで尽きた。一斉に飛び掛ってきた狼達に噛みちぎられ、振り回されて、まるで犬用の玩具のように弄ばれた。

 

「逃がせねぇって言ったろ?」

 

 死体の原型が分からなくなった頃、あの巨漢が現れた。

 

「こんなに食い散らかしやがって。可哀想じゃねぇかよ」

 

 そう言って、唯一残っていた頭を踏み潰した。

 犬達は次第に大人しくなり、最後には黒い煙となって姿を消した。

 それを追うように巨漢もその場を後にし、路地の闇の中へと消えていった。

 残された惨劇が発見されたのは、近隣住民だった。

 通報を受けた警察は周辺を一時封鎖。本格的な捜査が開始された。

 それから約三十分後。

 

「──酷い有様っすねー。一撃で首が吹き飛ばされてる」

 

 血なまぐさい現場には似つかわしくない、まだ若いピンク髪の少女がしゃがみ込んで死体を観察する。

 

「やはり奴らか?」

 

 その少女に、スーツ姿の男が話し掛ける。

 

「多分そうっすねー。現場の状況。それとこんな殺し方をするのは十中八九そうでしょ。出張って貰って申し訳ないっすけど、そっちの出番はもうないっすよ?」

「そうでもない。こいつらの手の甲を見てみろ」

 

 二つの死体の手の甲には、赤と黒のタトゥーが入っていた。

 

「あー、なるほど。そっち絡みで動いてるんすね。警察も大変っすね」

「馬鹿言え。お前達CSの方が余っ程苦労しているだろう」

 

 話を続ける二人の元に、ある人物が近付いてくる。

 

七瀬(ななせ)こっちの死体はどうだ?」

 

 物静かで無精髭を生やした男が、少女に向けて訊ねた。

 

「あ、(つじ)せんぱーい。お察しの通り、魔族っすよ多分。先輩の方はどうなんすか?」

「路地の方も同じだ。その手の甲のタトゥーもな。ボロボロだったが、何とか確認出来た。傷口を見る限り、動物系の魔物に食い殺されたんだろう」

 

 それを聞いた少女は『うへぇ』とわざとらしく不快そうな顔をする。

 

「でもこのタトゥーが入っていたって事は、三人共あれなんすね」

「みたいだ」

 

 無精髭の男は、少女からスーツの男に視線を移す。

 

東郷(とうごう)刑事。申し訳ないですがそっちの方は警察に任せます。俺達CSは見ての通り相変わらず魔族で手一杯なので」

「そのつもりでこうして捜査しているつもりだ。いつも通り現場は好きに見て貰って構わない。現場検証は一通り終わっているからな。必要ならばデータを渡そう」

「いや、貴方の言う通り好きに見させて貰います。警察には後処理の方をお願いします」

「了解だ。俺はまだその辺にいる。用があれば声を掛けてくれ」

 

 スーツの男はそう言い残して離れていった。

 

「七瀬。軽く調べたら聞き込みに行くぞ。まだ近辺に潜んでいるかもしれない」

「あ、やっぱり私達が受け持つんすね。あーあ、東区の公園の件もあるって言うのにー」

「そっちは片桐が受け持ってくれるらしい」

 

 二人は話しながら死体を調べる。

 

「え、そうなんすか? でもあの人、先日バディの人が死んで一人なんすよね? 大丈夫なんすか?」

「昨日、その補充予定の隊員が来たらしい」

「なるほどー、それで。で、その補充隊員はどんな人なんすか? 強いんすか?」

「何でもA級らしい。それも偃月の訓練学校に通いながらCSの仕事も引き受けるそうだ」

「A級? いやいや、私達より上じゃないっすか。それに訓練学校って……何でそんな強いのに行く必要があるんすか?」

「さぁな、分からない。それよりここはもう良いだろう。そろそろ聞き込みに行くぞ」

「……まぁ、私達が気にしててもあれっすもんね。了解っす」

 

 二人は現場を後にし、周辺の聞き込みへと向かった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 翌日、四月三日。

 

「いやまじすげぇって狩生!」

「うんうん! 今日の訓練の模擬戦、私達コテンパンにやられちゃったよー!」

「おう」

 

 学校の昼休み時間、恭也は二人のやかましい生徒達に絡まれていた。

 一人は同じクラスの男子生徒、西宮(にしみや)涼太(りょうた)。もう一人は同じくクラスメイトの女子生徒、一条(いちじょう)(かえで)だ。

 

「あの最後の切り返し、俺反応出来なかったんだよなぁ……」

「だよね。涼太がいつの間にかやられちゃってて、私もその後すぐに倒されて……私達見事に惨敗だったよ」

「そんな事ねぇぜ。西宮に一条、あんた達途中まで食らいついて来てたじゃねぇか」

「そうか? まぁお前にそう言って貰えると嬉しいな! あ、俺の事は涼太って呼んでくれて良いぜ! 同じクラスメイトなんだからな!」

「私も楓で良いよー!」

「んじゃ、俺も恭也で良いぜ」

「恭也! 今度は俺とも模擬戦の時組もうぜ!」

「あ、ずるい! 私も私も!」

 

 涼太と楓。二人はとてもやかましく、明るい性格のようだ。その証拠に二人の声がクラス中に響き渡っている。

 

「どうしたの?」

 

 そんな声を聞き付けた小夜未が三人の会話に入ってきた。

 

「お、もう一人のヒーローのお出ましだ!」

「ヒーロー?」

「神白ちゃん! 今ね、今日の恭也君達との模擬戦について話してたんだー」

「そうなんだ。でもなんでヒーロー?」

「勝った奴はヒーローなんだよ! それより神白も凄かったな!」

「そう?」

「うんっ! 私達の攻撃全部読まれてるように躱されて、一個も当たらなかったもん! 流石、異能力者二人に勝ったコンビだね!」

「そ、そんな事……」

 

 小夜未は顔を真っ赤にして背ける。

 

「おいおい、二人に褒められて照れてんのかよ神白」

「て、照れてない」

「照れてる神白ちゃん可愛い!」

 

 楓は勢い良く小夜未に抱き着く。

 

「ね! 神白ちゃんも今度の模擬戦で一緒に組もうよ!」

「え? う、うん」

「その次は俺も! な、神白!」

「い、良いけど……」

 

 二人の話の種はいつの間にか小夜未に移っていた。どうやら彼女はクラスに溶け込めているようだ。

 

「…………」

 

 そんな楽しい雰囲気を横目に、教室を出て行く彼女の姿があった。

 

「……あいつ」

 

 それに気付いた恭也は二人の興味が小夜未に向いている隙を見て、彼女の後を追う。

 

「…………」

 

 彼女──不知火天華は誰もいない屋上から校庭を見下ろしていた。

 

「何黄昏てんだ、不知火?」

 

 そこに、彼女より一足遅く教室を出た恭也がやってくる。

 

「別にそんなんじゃないわ。あんたこそ、私を追ってきて何の用?」

「あんたが少し気になってな」

「私を?」

 

 恭也は柵にもたれ掛かり、空を仰ぐ。

 

「いや何。今までのあんたならさっきの状況──神白がクラスの連中に持ち上げれられてたら、口出ししてた筈だ。だが何にも言わず、それどころか教室を出て行った。その様子が気になってな」

「……口出しするも何も、私にはそんな事をする理由は()()ないわ」

「そうか。昨日の謝罪、嘘じゃないんだな」

「謝罪を狂言や虚言で済ます程、私は落ちぶれていない、そう思ってるわ。信じられないかもしれないけどね」

「いや、信じるさ。あんたの顔を見れば嘘か本当か分かる」

「顔?」

 

 天華は恭也の方を向く。

 

「あんたの顔は前を向いてる顔だ。己の間違いを認めて前を進もうともがく奴のな」

「──ぷ。あはは! あんたって案外臭い事言うのね」

「おいおい笑うなって。そんなに意外かよ?」

「ええ。意外ね。こう……なんて言うか、もっと怖い奴だと思ってたわ」

「あー、よく言われる。多分この目付きと髪色のせいだろうけど」

「髪色はまぁあれだけど、目付きに関しては自覚はしてたのね……」

「そりゃな。酷い時なんて、道を訊いただけでビビられた事あるぜ」

「あはは! 安易に想像がつくわね」

 

 天華は少し笑った後『ねぇ』と続けて真剣な表情に戻った。

 

「あんたにも改めて悪かったわね、色々と。あんたが昨日言ってくれたあれで目が覚めたわ」

「そりゃ何よりだ……()()()()とは大丈夫なのかよ?」

「何とかね。二人とは顔を合わせにくいけど、頑張ってやっていくわ。過去の精算も兼ねてね」

「頑張れよ」

「ええ。ありがと」

「おう。先教室戻ってるわ。お前も授業までには戻れよー」

 

 そう言い残して恭也は屋上を出て行った。

 

「狩生恭也……不思議で、変な奴ね」

 

 天華は暫く、屋上の風に当たっていた。

 

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