放課後、天華は学生寮への戻り足で昇降口を出る。
「──天華ちゃん」
「…………」
校門の影から雫が顔を覗かせ、天華は足を止める。
「雫……私、先に帰ってって言ったわよね?」
「うん言われた。ホームルームの後、先生に呼ばれてて時間掛かるから先に帰ってって言われた。でも嘘だよね、それ」
「……」
雫の言葉に対して否定も肯定も出来なかった。黙秘しているが、それは答えを言っているようなものだ。
「……天華ちゃん、昨日と今日私を避けてるよね。見てたら分かるもん。これまでずっと私と一緒だったのに、休み時間には話し掛けて来ないし、こうやって私を遠ざけて一人で帰ろうとする。どうしてなの?」
「それは……」
「……昨日のあの後からだよねそれ。あの模擬戦の後──もっと言えば、天華ちゃんがあの子に謝った時から」
「……!」
天華は顔を逸らす。
「だから私と顔を合わせづらい? そう言う事なの?」
「……そうよ。私はあんたを裏切った。だからよ」
「……なんで? そんなの私は──」
「──何、してるの?」
その時、二人の背後から小夜未が声を掛けた。鞄を持っている彼女も丁度帰ろうとしたところなのだろう。
「……神白小夜未……貴方には関係ない……から」
相変わらず雫は、顔には出さないが小夜未に嫌悪感を抱いているようだ。
「もしかして、邪魔だった?」
「気にしなくて良いわ。とにかく雫、今日は先に帰ってて。その……まだ気持ちの整理がついてないの」
「……分かった。天華ちゃんがそう言うなら先に帰ってるから」
雫は天華に背中を見せて寮へと帰って行った。
「それで、私達に話し掛けてきて何の用?」
「いや、校門の前で何やってたのかなって思って。あ、それと訊きたい事がある」
「訊きたい事? 何?」
「恭也見なかった? 一緒に寮の前まで帰ろうと思って探してたんだけど何処にもいなくて」
「狩生? さぁ? 知らないわよ。先に帰ったんじゃないの?」
「そう……ありがとう……」
小夜未は天華の返答に肩を落とす。
「あいつの事そんなに好きなの?」
そんな様子を見て、天華は思わずそう訊いていた。
「そういうのとは違う。まだ会って日も浅いし。でも、私に初めて出来た友達のような存在だから、仲良くなって、もっと知りたいとは思う」
「そう……」
──『ああ、そうだ』小夜未はそう続けて不意にこう言った。
「不知火天華。私は貴方とも友達になりたいと思ってる」
「──え?」
天華もそれは不意の出来事だったようで、目を大きく見開いていた。
「私と?」
「うん」
「なんで? あれだけ色々と酷い仕打ちをしてきたのよ? 普通そんな奴と友達になりたいなんて思わないわよ?」
「確かに。でも、貴方は私に謝ってくれたし、良い」
「あんな安っぽい謝罪で? それ自体が嘘かもしれないわよ?」
「安っぽくても私は凄く嬉しかった。それに、多分貴方はそんな酷い事はしないと思う。仮にも中学から一緒だし。それとも、私にそう思われるのが嫌?」
「……別に。好きにしなさい」
「うん。じゃあ──」
「え? ちょっと……!」
小夜未は天華の手を取る。
「ちょっと付き合って」
「は?」
天華は小夜未に手を引かれ半場強引にとある場所へと連れて行かれた。
二人は学校がある東区から、島全域を運行しているモノレールに乗車し、島の南に位置する商業区の繁華街へと向かった。
「連れてこられたのは良いとして……確認するけど、要するにあんたは私と何処かに遊びに行って、仲良くなろうって魂胆なのよね?」
「うん」
「具体的には何するつもりなの?」
「まだ分からない。取り敢えず、学校帰りに寄り道しそうなところに連れて来た」
「……あんたね、そういう事は前もって決めておきなさいよ」
天華は無計画な小夜未に呆れる。
「商業区には来た事あるの?」
「ううん。この島に来てから学校と寮がある東区周辺にしか行った事ない。貴方は?」
「生憎だけど私も今初めて来たわ。とにかく、軽くぶらついてみる?」
「そだね。行こ」
二人が駅前から歩き出そうとした時。
「ようこそ! 商業区へ!」
元気が良い少女の声に呼び止められた。
「この人って……」
「人じゃないわ。この島のAIよ」
二人に声を掛けたのは少女の
「はいっ! 人々に寄り添う偃月島のAI、アイディアです! 貴方がたは初めて商業区にいらっしゃいましたよね?」
「そんな事まで分かるのね」
「はい! 商業区のカメラ映像を参照し、お二人が過去にここを訪れてない事を認識しました。そこで! このアイディアが、案内役をさせて頂けたらと!」
「……本当に凄いAIだね」
「ええ。人の考えを読んでるみたい」
タイミングも相まって、二人はアイディアの性能に驚く。
「サポートAIってのは地元でもあったけど、ここまで高性能なのは初めてよね。それはともかくとして、試しに訊いてみましょうか」
「うん」
二人はアイディアに事情を話し、おすすめの場所を訊いた。
「でしたら、取っておきの場所がありますよ!」
そう言ってアイディアが提示した場所は、偃月島が誇るアミューズメント施設、ゲームセンター『GALAXY』だった。
「──来たわよっ!」
「うんっ!」
薄暗い廃墟の廊下、二人は銃を構えて敵と対峙する。
敵。それは腐肉した体の化け物、所謂ゾンビであった。
人を喰おうと必死に襲いかかってくるそれを、二人は構えた銃で狙い撃つ。
「このっ!」
天華が必死にトリガーを引き、ゾンビの胴体に弾を当てていく。
しかし、彼らの侵略は止められない。倒しても倒しても、その後ろから湧いてくる。
「危ないっ!」
「あ、しまっ──」
天華は死角から襲い掛かるゾンビ達に捕まれ、拘束されてしまった。
「させない!」
小夜未はそのゾンビ達を華麗にヘッドショットで倒した。
「──助かったわ!」
「まだ! こいつらが残ってる!」
「ええ! 行くわよ!」
「うんっ!」
お構い無しに襲って来るゾンビ達に、二人は体制を建て直して挑む。
「はああああ!」
「おりゃああああ!」
激闘の末──。
『GAME CLEAR!』
ゾンビを全滅させた二人の前に、その文字が大きく表示された。
「──ふぅ。何とかクリア出来たわね」
「うん……結構難しかった」
二人が装着していたゴーグルを外すと、視界は薄暗い廃墟から元いたゲームセンターに戻っていた。
「凄い迫力だね。これがARゲームってやつなんだ」
「今時ARゲームをやった事なかったなんて、珍しいわねあんた」
「あんまり興味なかったから。そんな機会もなかったし」
二人がゾンビ襲われていた。それはAR──拡張現実技術によって作られた偽物の現実。ゲームだ。
「まぁ、かく言う私も、ここまでリアルなのは初めてだけど。流石偃月市って感じね。娯楽施設にも隙がないわ」
「そうなの? 初めてだから全部こんな感じだと思ってたけど」
「そんな訳ないわよ。さっき私敵に捕まって、動けなくなったじゃない? でも敵は所詮ゴーグルに映し出された映像、偽物よ。それで動けなくなるゲームなんて初めてよ」
「あ、確かに……」
「多分、敵に捕らえられたら動きが制限される信号がこのゴーグルから脳に送られるんだと思うけど……その辺はあんまり分からないわね」
「んん……? 信号……? 脳……?」
小夜未は天華が言った話を半分も理解出来ていないようだった。
「……ふふ……」
そんな首を傾げている彼女を見て天華は小さく笑う。
「ごめん、ちょっと難しかったわね」
「あ……うん……」
「少し疲れたわね。どっか休めるところでも探しましょ」
二人はゲームセンターを後にして、繁華街を歩く。
「それにしても、面白かったわね」
「うん……」
「改めてだけどあんなにリアルで面白いARゲームは始めてね」
「……うん」
「まぁテイストはあれだけど。ゾンビなんて旧世代の化け物は押しが弱いわ。その点ではリアリティが少し欠けてるわね」
「……そうだね」
「…………」
天華の話に相槌を打つ小夜未は何処か心在らずだった。
「……もしかして私の話、つまらない?」
見兼ねた天華はそう言うが、小夜未は慌てて否定した。
「……! ううんそんな事ない。そうじゃない。その……嬉しかった」
「嬉しかった? 何がよ?」
「さっき貴方の話、私理解出来てなかったよね。今までならそこで、コケ下ろされてたと思う」
「……あ……」
そこまで言われて彼女の言いたい事が伝わった。
「でもしないでくれた。それであろう事か、難しかったって言って謝ってくれた。それが嬉しかったんだ。本当に私と友達として向き合ってくれようとしてるんだって」
小夜未は満面の笑みを彼女に向けた。
天華にとってもあの時の対応は意図しないものだったのだろう。ただ普通に、一人のクラスメイト、一人の友達として接したに過ぎなかった。
でも、それが小夜未にとってはとても類稀で嬉しい出来事。それをされた事も、それをしてくれた人物にしてもとても嬉しかった。
「──よし」
何かを決心した天華は丁度裏路地の前で足を止める。
「どうしたの?」
小夜未もそれに釣られて立ち止まった。
「……やっぱりあんなのじゃあ、私はあんたの友達になる資格はないと思う。だから──」
そして、天華は彼女の方を向く。
「だから、改めて言うわ」
「?」
「……小夜未。今まで──」
『──助けてくれ!!!』
「──え?」
大きな声と共に、近くの裏路地から汗だくの男が飛び出してきた。
「助けてくれ! 誰でも良い! 誰かっ!」
──何だ?
──一体どうしたんだあいつ。
──大声出して……。
──何かあったのか?
通行人達の目がその男に集中する。
「……どうしたんですか?」
一番近くにいた天華が恐る恐る声を掛ける。
「はぁ……はぁ……魔族が──魔族が出たんだ!」
「──!?」
それを聞いた全員が戦慄した。
魔族──人類の敵。侵略者。人を殺す存在。駆逐するべき存在。
「路地を歩いてたら急に現れて襲われて……それで……ゴホッゴホッ!」
「大丈夫ですか!?」
天華は噎せ返る男の背中をさする。
「……連れが……連れがまだ襲われてるんだ……!」
「え……?」
荒い呼吸と共に捻り出されたそれは、彼の第一声の本当の意味を示す言葉だった。
知り合いを救って欲しい。その一心でこの男は夕日の光が差し込む薄暗い裏路地を命からがら駆けてきたのだろう。
「……この路地を進んで一つ目の角を曲がった先の行き止まり……そこであいつらは……」
「────」
その言葉を聞いた天華は鞄を置き、静かに立ち上がった。
「不知火……?」
「神白。あんたはCS隊員を呼んで来て」
「貴方は、どうするの?」
「私はこの人の友達を助けに行く」
「……!? 無茶。魔族がいるのに……!」
「無茶でも私は行く。曲がいなりにもCSを志す者よ、魔族になんてビビってられないわ。それにこの人の気持ちも痛い程分かる。だから──!」
「あ……待って……!」
天華が小夜未の静止を振り切って裏路地を駆ける。
「──大丈夫。魔族なんて怖くないわ……」
そう言いつつも、震える手でクロノスを起動させながら右手の角を曲がる。
「魔族を殺して、あの人の友達を救出して──やってやる!」
握り締めた剣が共鳴反応で橙色に変化した時、路地の行き止まりへと差し掛かり、人影が見え──。
「────────!?」
そこに辿り着いた時、その惨劇を目にした彼女は絶句した。
「──これ──は──」
酷い有様だった。路地のタイルの隙間に流れる赤いそれ。無造作に転がされた血肉がぐしゃぐしゃに混じった人間の──。
「──!?」
天華は堪らず口元を押さえた。
「酷い……これが……!?」
赤く染まった道の先を見ると、それはいた。三、四個の死体を見下ろし、下衆な笑みを浮かべる半裸の巨漢──赤い角が生えた巨漢。魔族。
「あん? おいおい、まぁた獲物があっちから来やがった。亜人族──いや、ニンゲンだったな」
「────」
息を飲む。そして。
「……あ、あんたが魔族……!」
剣を構える。
「何だ、戦える奴かお前。ま、俺の相手じゃねぇだろうけどな」
「……魔族だろうが、何だろうが、この私が倒して、殺してやる……!」
威勢の良い啖呵を切るが、剣を構える腕は小刻みに震えている。
「はっ、本当に相手にならなそうだな」
天華は足元にも及ばない相手、巨漢の魔族はそう理解した。
「来いよ、小娘。遊んで、殺してやる!」
天華は炎を纏わせ、魔族へと立ち向かう。
「苦しんで逝ったこの人達の為に、死んで詫びなさい! はああああああ!」
飛び上がり、炎の剣を振り下ろす。
「へっ、遅せぇなぁ!」
「──きゃあああ!」
魔族が拳を突き出し、天華を一撃で吹き飛ばす。
「──うっ……がはっ……!」
防御シールドで直撃は免れたが、反動で地面に叩き付けられた。
「しまった!? 剣が!」
そして挙句の果てには、その衝撃で思わず剣を投げ離してしまった。
「痛っ……!」
地面に叩き付けられたダメージが残る中、何とか立ち上がる。
「誰がニンゲンに詫びるかっての」
だが少し遅かった。魔族は距離を詰め、天華の至近距離に立ち塞がっていた。
「あ……ああ……!」
剣を拾おうとするが、物理的に無理な距離。生身の体で勝とうにも、それを不可能とする絶対的な力の差。
「良くもまぁこんな強さで俺に挑もうと思ったもんだ。そんなに死にたいなら──」
絶対絶命、その言葉が今の天華に当てはまり過ぎていた。
「望み通り殺してやるよ!」
強く握れた大きな拳。それが間近に迫っている。
駄目だ。死ぬ。絶対に死ぬ──。
『見つけたぜぇ。不知火!』
声が聞こえた。彼の声。太刀を振るう彼の声。
魔族は腕を引っ込めて、誰の攻撃を防御していた。
「ちっ……!」
魔族は押し切られると判断し、一旦距離を置いた。
「──何で……」
天華はその時初めて、魔族を退けた彼の姿を認識した。
「やっぱ無駄に頑丈だよなぁ、魔族の体って。今のを防御されちまうなんてさ」
「何で……あんたがここに……」
「あんたもそう思うだろ? なぁ、不知火?」
「……何で、いるのよ……狩生……!」
恭也は今にも泣きそうな声を出す天華の方を振り向き、こう言った。
「後は任せろ。俺がこいつを殺してやっから」