レッスン室への道を歩きながら、『月村手毬』についての情報を熟読する。アイドル科と思しき生徒に声をかけ、今どこにいるか、どんな性格の人間なのかを聞いていく。
俺がプロデューサー科の人間だと言うと皆目を輝かせて情報をくれた。自分をプロデュースして欲しいとの声もちょくちょくあった。断るのは忍びなかったが、『なぜアイドルは生まれるのか』という問いを投げかけた。......どれも陳腐な答えしか帰ってこなかったが。
「これは期待だ。篩とも言うが......やはり俺はそれを知りたい」
歩みを進めるうちに、目的のレッスン室に着く。
思えば、これが守月衛次の初のスカウトだ。上手くいくとは思っていないが、上手くいってくれなければ困る。目を通したものとこれまでに聞いてきた情報で、どのような人物かは粗方予想できる。が、会話は想定のしようがない。言葉選びや思考の方向性などは、どれだけ準備しても外側からは分からない。こればかりは、俺のアドリブ次第。
ドアノブに手をかける。回して押せば一対一だ。緊張も無理はない。だが、俺の好奇心が引くことを許さない。俺に答えをくれるのかと、その思いでドアを開けて部屋に入る。
耳に入るのは歌声。しかしこちらの存在に気づいたのか少女は歌うのをやめ、こちらを振り向く。不機嫌そうな表情を隠そうともせずに。
「出ていっていただけますか?レッスンの邪魔なので」
「それは失礼。俺はプロデューサー科の守月衛次という者です」
「プロデューサー科の?」
「えぇ。月村手毬さんですね?お話があるのでレッスンが終わり次第声をかけてください。俺は外にいます」
第一印象を完全にミスったと察知した俺は半ばうわずりかけた声を出しながら、まず外敵ではないということをアピールするため丁寧に話すことにした。だがこのまま進むと息苦しい、まずは室外に出て仕切り直しだ。
「では後ほど」
「待ってください。......気が変わりました。話を聞きましょう」
そそくさと退散してプランを練り直すつもりが、上手くいかんな......気が変わったのなら、向こうから来てくれたのなら、今のうちに進めた方がいい。
「ありがとうございます。では率直に」
一呼吸置く。眼鏡の位置も直し、まっすぐに少女を見て、浮かんだ言葉を声にする。
「あなたをプロデュースさせてください」
「断ります」
秒殺。二つ返事で断られるのは想定外だったがこれで引き下がることは出来ない。
「そうですか。理由を聞いても?」
「私のことを大して知らない人に、任せたくはないからです」
それが理由なら反論の余地はある。だが、相手は多感な時期の少女。正確な論理で何度も癇癪を起こされた俺は慎重に言葉を選ぶ。
「あなたのことは調べましたよ、高い歌唱力を持ち、それを活かして中等部のNo.1ユニット、『SyngUp!』の元メンバーであることなど」
『SyngUp!』の話を出した時、表情が変わった。眉がよりつり上がって行く様子を見るにマズったかと思わざるを得ない。が、妙だ。怒りは感じられない。
「そこまで調べているのなら、私の起こした
「えぇ」
「なのに、私をプロデュースしたいと?」
強く頷く。本人の言う
「少し……考えさせてください」
再び頷く。俺が注視するのはその表情。険しい表情ではある。怒っているようにも、苦しんでいるようにも、悲しんでいるようにも見える、感情がぐるぐる巻きになっているよく見た表情だ。こういう時は、むやみに口を挟むものではない。
──数刻の後、少女が口を開く。
「……決めました。私を、プロデュースさせてあげます」
「わかりました、ありがとうございます」
言い方はともあれ、了承は得られた。なら、まずは一人。契約の書類を準備し、サイン用のペンを渡す。
「……私には夢があるの。必ず叶えると、誓った夢が」
決意に満ちた目だ。書類にペンを走らせて、少女は、月村手毬は言い放つ。
「だから、私を失望させないで」
挑戦的ともいえる言葉に思わず口角が上がる。なぜだろう、楽しみで震え始めてきた。
「えぇ。それでは明日、入学式後こちらの教室に」
「わかりました」
最後に教室番号をメモした名刺を渡し、一礼してレッスン室を後にする。
次は、『藤田ことね』のスカウトに向かうとするか。
その前に……商店街の喫煙所で一服していかないとな……すっげー疲れた……
守月衛次は脱力感をへらへらと笑う膝に呆れながら歩き始めたのだった。