翌朝。入学式よりも前に登校して『花海咲季』と話をする腹積もりだった俺は、初星学園正門近くに何名かのプロデューサー科の生徒がいることを確認した。
「おー、守月さんじゃないですか。おはようございます」
「おはようございます、この集まりはなんです?」
「みんな花海咲季さんをプロデュースしたいっていうプロデューサー科の集まりですね。守月さんもですか?」
「えぇまぁ。しかし……多いですね」
5人程度の大学生がわらわらと雑談しているさまは横から見れば何かの勧誘かと思うだろう、実際勧誘なんだから何も間違ってはいないが……
「みんな、入学試験主席という肩書に魅入られてるんでしょうね」
「そういう真澄さんもでしょう?」
「えぇ」
今話している相手はプロデューサー科の同期である『心音真澄』さん。物腰は柔らかだが言葉には芯が通っている女性だ。
「この際、誰が花海さんをプロデュースすることになっても恨みっこなしですよ?」
「選択権は彼女にありますからね……」
ポケットに手を突っ込み、集団から離れることにした。まだ時間はある。焦る必要はない。学務に提出する書類もあるし、先に出してしまうのも手か……
「どちらへ?」
「花海咲季さんの福となるよう、残り物を買って出ることにします。諦めはしませんが、プロデュース契約が結べることも祈ってますよ」
ポケットから出した右手を肩の高さまで上げてひらひらと動かし、集団から離れる。
「恨みっこなしですからねー!」
真澄さんの声を背中に受け、とりあえず一服してくるかと学園の敷地外に出たのだった。
喫煙所で昨日まとめた資料を見返した後、学園に戻って入学式の会場である講堂の近くに向かうと、真澄さんと『花海咲季』がちょうど話を終えた様子が見えた。位置的に、確実にこちらに来る。
「あら、あなたもプロデューサー科の人?何か御用かしら?」
「察しがいいですね。その通りです。守月衛次といいます」
ばったりと出会ったはずだったが、おそらく視界の端で捉えられていたのだろう。この視野の広さはさすがアスリート経験者と言わざるを得ない。
「あなたをプロデュースさせてください」
「もうその台詞は聞き飽きたわ、まぁこの私が魅力的すぎるのが悪いんだから!」
相当な自信家だな。経歴に裏打ちされた確かな自信だろう。アイドルという世界はアスリートに近しいものもあるが、そうであっても環境が変わるのだ。自信なんてなかなか持てるものではない。
言い換えれば、この自信の根源を掴みさえすればいいのか?
「花海咲季さん。あなたのことは調べてきました。おそらくここまでたくさんのプロデューサー科の生徒から声をかけられ、入学式前だというのに疲れさせてしまうかもしれませんが、やはりお話させていただきたい」
「いいわよ。でもまず質問。なんでわたしをプロデュースしたいの?」
『花海咲季』からの問い。それは至極単純でこちらの動機を探っている。なるほど確かに多数のプロデューサー科の生徒を相手しているのなら、回答が納得できるものを出してくれた方がいい。そういう判断だろうか。あるいは薄い理由なら早々に突っぱねるか。いずれにせよ、うわべだけの言葉は必要ないだろう。
「俺はあなたをプロデュースすることを通して、『
「えへへぇ~、それほどでもあるわよ~」
ん?風向きが変わったな。俺は真っすぐに俺の考えを伝えただけだが、なんだこのとろけた声は。何が引き金になった?
「あなたに、決めちゃおうかな……」
よくわからんが変わった風は追い風だったらしい。ならもう乗るしかない。
「ではこの書類にサインを」
「うん!拇印でいい?」
こくりと頷く。これで三人目。流れのままにうまくいってくれてよかっ──
「って!ちょちょちょ、ちょお~っと待ったぁ!」
──た。とはならなかった。
「なにか?」
「なにか?ってよくわからないけど騙されている気がするわ!」
「気のせいでしょう」
「私が!気のせいとは思ってないのよ!……とにかく、もう少し試させなさい!」
こうなってしまってはその試練に乗るしかない。話を打ち切られなかっただけまだ望みはあるかと思考を切り替える。
「どうぞ」
こほんとひとつ咳払いの後、『花海咲季』は口を開く。
「運動神経抜群、容姿端麗、学業優秀!向かうところ敵なしのこのわたし!花海咲季には悩みがあるわ!それは何!?」
自分でそこまで言うのか、という思いはあれどすべて事実だからと口をつぐみ、主題である『花海咲季』の悩みについての問いに思考を巡らせる。さっき読み返したからわかるが、正味50:50の推論だ。外れたら見向きもされなくなるだろうと覚悟を決めて俺も口を開く。
「向かうところ敵なし、確かにそうでしょう。あなたは勝者であることを望み、そのために努力を惜しまず、かつその努力の実を結ばせてきた」
「えぇそうね」
「その根底にあるのはおそらく、あなたが相当な、いや……根本的な部分から負けず嫌いであることからきている」
「合ってる合ってる。それで?」
ふぅ、と一息つく。これから出す言葉は目の前の少女の生き様を一度否定というか、正面から突っぱねる言葉だ。選べ、言葉を。慎重に……だが確実に意図を伝えられる言葉を……!
「そんなあなたは、このままだと負けると考えている。いや、確信している」
「……は?」
「あなたは負けるんです。それが悩みでしょう?」
眼鏡の位置を直し、淡白に話す。あとはこれが吉と出るか、凶と出るか。
「な、なんですって……なぁんですって~!?」
目の前の少女に見えるのは怒りか?違う、これは動揺だ。目の動きにさっきまでの落ち着きがない。丁半博打のこの勝負、俺の勝ちか?
「このわたしが!花海咲季が!そんな弱気なことを考えているとでも言うの!?」
「あぁ。っと失礼、はい。そうです」
気圧されてこちらも素が出てしまったがそんなことに割けるリソースは残ってないだろう。
これが俺が資料を結び付けて出した結論。舞台を変えてさえしまえば、演目を変えてさえしまえば、『一位』という称号は塗り変わらない。少なくとも自分の中では。そのあと誰が一位を取ろうとも自分が介在しないのなら、自分が『一位』であったことは変わらないのだ。
だが、なぜ舞台を変える必要がある?何かに追われている?『一位』でなくなることを恐れている?そう考えたのなら、追われていると考えるのが自然だった。誰に?おそらく妹にだろう。大会の瞬間までは勝てていたが、その次となるともう勝てないから舞台を変えた。その繰り返し。次は『
「えぇそうよ。わたしは勝つのが好き!負けるのが大っ嫌いッ!でも、このままだと絶対負けたくない相手に、絶っ対負けたくないことで負けちゃうの!」
紡がれる言葉からはむき出しの闘志と生身の本心が絡み合っている。そのせいで飲み込む唾が固くなってしょうがない。
「あなた──いいえ、
その言葉に、俺はまた眼鏡の位置を直した。『花海咲季』から『プロデューサー』と呼ばれたのなら、彼女の心は決まったのだろう。
「『
「そのためにどうすればいいって聞いているのよ!」
「それを一緒に探っていくのが『
「ぐぬぬぬぬ……このわたしにそこまで言うなんて……いいわ!今日からあなたは私のプロデューサーよ!」
では書類にサインをと言おうとしたところでチャイムが鳴る。入学式が間もなく始まる時間になってしまったようだ。仕方がないから入学式後にここで落ち合うことにして『花海咲季』を見送った。さて、と。
「ふぅ…………草葉の陰から見守っていただきありがとうございました」
「気づいてたんですか?」
「途中から。恨みっこなし、でしたね。真澄さん」
『心音真澄』がひょっこりと出てくる。スカウトに失敗した直後に俺が成功させたものだから俺としてはばつが悪くも感じるが、先に恨みっこなしと言ったのは彼女が先だ。
「本当に、よく調べ上げましたね」
「半分賭けです。けれど、うまくいってよかった」
コートの内ポケットに手を入れ、煙草の箱を掴んだところでここが敷地内だったと思い出す。ちっ、さっきのスカウトで相当胃がキリキリしたもんだからリラックスしたいぜ……
「……敷地内禁煙ですよ?」
「わかってます。ちょっと吸ってきてから入学式を見ることにしますよ……」
「では、またあとで」
朝の集団から離れた時同様に右手をひらひらと動かしその場を去る。
……まずいな、このペースだと収入より支出のほうが多くなってしまうからどこかで煙草を我慢しないといかんな……あと式典に出るわけだし消臭スプレーも調達してから行くか……