入学式が始まる。2階の観覧席にいるとはいえ、式典なのでコートを羽織るわけにはいかない。少し前に脱ぐついでに消臭スプレーをかけておいたから膝の上に畳んでおいてあるコートはそこはかとなく湿っているが気にはならない。
入学生が起立する。内部進学組も合わせて300人以上……もちろんアイドル科の生徒だけではないわけだが、まぁ壮観な人数だこと。
「お隣、いいですか?」
「真澄さん……いいですよ」
新入生代表挨拶で『花海咲季』が挨拶を始める。
「改めて、始まりますね」
「えぇ、始まります」
新入生代表の挨拶を聞きながら、ネクタイを締めなおす。もう、3人のスカウトは決まった。なら、止まることはできない。これから先を進んでいく。
「守月さんは、『H.I.F.』ユニット部門出場を考えているんですか?」
「『H.I.F.』……?」
Hatsuboshi Idol Festival。夏に行われるその年の『
「アイドル科とプロデューサー科の、前期の期末試験と思えばいいでしょうか」
「あぁ、そういうものですか」
新入生代表として言葉を紡ぐ『花海咲季』の姿を見て、先のスカウトを思い出す。きっと、出るとなれば勝ちに行く。出ないという選択肢も彼女にはない。ほかの二人もそうだろう。となれば……
「『H.I.F.』、勝ちに行くしかなさそうですね」
「私はソロ部門になりそうです。……健闘を祈りますよ」
「えぇ、真澄さんも」
言うが早いか講堂を出て行動を起こす。あの3人を組み合わせて起こる相互作用の確認は必須……幸い全員狙うは一番上としか考えていないのが救いだ。なら、それを軸にしていけばいい。強い競争意識……むしろ身内で喰い合うようなそんなグループであってもよさそうだ。その方がより、『
──目標ができた以上そこから逆算しよう。『H.I.F.』で勝つ。そのためにユニットとしての実力を上げる。並行して個人の実力も上げる。どのように上げていくかだ。個々人のレッスンとプロデュースで賄えるのはどこまで行っても個人単位の範疇だ。ユニット単位で動けるようになるためには、3人が3人ともお互いを理解する必要がある。自分を含めて。そのための時間をわざわざ設けるのは小学生のやることだろう。なら、どうする。わざわざ時間を設けずにお互いを理解できるような一手が欲しい。
……そう考えこんで歩いていたせいか校門近くの電柱に見事に頭から当たる。
「痛てぇ……」
思考の淵から戻ってきたとき、見えたのは寮舎だった。そうか、寮舎か。
あの3人を同じ空間に放り込んでさえしまえば相互理解は嫌でも進む。何ができて何ができないのか、どのような考え方でどのように動くのかを完全に感覚で理解できる。なら、条件はクリアされた。ひとまずはこれをユニットの方針として……まずは個人の実力上げに注力か。
「そろそろ入学式も終わる時間だな……」
痛む額をさすりながら、校門から見える時計を見上げ、間もなく指定した時間が来ることを理解する。俺に割り当てられた教室はもう鍵を開けて入室できるようにしてある。『花海咲季』のスカウト前に時間を作っておいたことが功を奏したか……
それなら先に向かったほうがいいなと思い、教室へ向かう道を歩もうとその方向に身体を向けた時、声がかかる。息を切らした少女の声だ。
「はぁ、はぁ……あの!」
「はい」
「入学式って、まだやってますか!?」
この時の俺は、まだ知らなかった。今目の前にいる少女が、ここから先俺の……俺たちの前に立ちはだかる大きな壁になることを。