小鳥遊ホシノのうんちを手に入れなきゃ死ぬらしい 作:カスのゲマトリア
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死――。自身の生命が終わるという意識は、あの黒尽くめの異形に口頭で告げられた事とは別に、自分の身体的な異変で、より深くなったと言っていいだろう。
異変の発端は――体が動くようになり、用意された身分証明書を纏めて治験施設を後にしようとした時の事である。
(なんだ……?力が、抜けていく…?)
ここでいう「力が抜ける」というのは、腕に力が入らないだとか、立っていられないほど足腰が立たなくなるという意味ではなく。
文字通り「力」としか認識できない「なにか」が、自身の内側より少しずつ霧散し消えてゆくのを実感したという意味である。
そしてその「なにか」は自身の根幹に関わる重要な「なにか」だという事は分かるのだ。
明確なトリガーが有りそうなったという訳ではなく、恒常的に――つまりただ突っ立って息をしているだけでも「なにか」は抜けていく。
思えば、ベッドで黒尽くめの異形と話している時ですらそうだったのだろう。
すなわち――ゆるやかに俺は死んでいっている、という事に遅まきながら気がついたのだ。
リアルタイムで自らの生命が失われていっているという――あまりに巨大なプレッシャーを前に自身の性別や種族が変わった事への意識は薄くなったが、それを取り乱さずにいられてラッキーなどとはとても思えなかった。
しかし、やる事だけは明確に決まっていた。
――――小鳥遊ホシノのうんちを手に入れなければ!
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小鳥遊ホシノなる人物の所在は、案外あっさり掴むことが出来た。
というのも、身分証明書の書類に紛れて、アビドス高等学校の生徒名簿があったのだ。
と言っても、在校生はたったの5人だったので簡素な枠組みに名前が書かれているペライチの貧相な代物だったが――そこに、小鳥遊ホシノの名前があったのである。
治験バイトの報酬で潤沢になった資金で急ぎ装備を整え、俺はアビドス自治区に向かった。
アビドス自治区は砂漠地帯に隣接した学区に人々が住まう、寂れた街だ。
かつては広大なオアシスがありキヴォトス最大の都市として栄華を極めたという話だが、盛者必衰。今や頻発する砂嵐で半ば砂に覆われ、その面影は見る影もない――――なのに妙に居心地が良いのは、アビドスの悲惨な末路と自分の境遇を無意識に重ねているからだろうか。
いいや、俺は死なない。必ずや小鳥遊ホシノのうんちを手に入れ、死を回避するのだ。
……と勇み足でアビドス自治区に来たは良いものの、正直ほぼ勢いで来たので今後の動向はノープランである。
とりあえず、アビドス高等学校に向かおうとは思うのだが……。
「……ホシノ先輩?」
――ふと、後ろからそんな声が聞こえた。
なに!?ホシノ!? 小鳥遊ホシノがこの場に居るのか!
と声の主を見やり、きょろきょろと辺りを見渡すが、生憎とここに居るのは俺と声の主である犬耳の少女だけである。
しばし目の合う、俺と犬耳の少女。
「なにしてるの? さっきお昼寝するって言ってたはず。 それに、その髪……いつ切ったの?」
ん?ん、んん?どうも声の主は俺に向かって喋りかけている様だ。
しかも――俺の事を小鳥遊ホシノだと認識しているのか?
そこでふと、黒尽くめの異形が言っていたことが脳内にフラッシュバックした。
『暁のホルスの神秘の培養物――それらを埋め込めば接木の様に同一の存在に至れるのか……そういったアプローチでした。
当初の目的とは逸れましたが……。
実に興味深い結果に終わりました。鏡をご覧下さい』
言われた時はマジで意味わからなかったが、この状況になりようやく理解することが出来た。
暁のホルスというのは――前後の発言から考えて、恐らく小鳥遊ホシノの事だろう。そして、それと「同一の存在に至れるのか」かが実験の内容……という事は。
今の俺、小鳥遊ホシノと同じ容姿をしているのか?
「よく見たら制服も着てないし装備も違う……どうして着替えたの? 」
ど、どどうする?こんなの完全に想定外だぞ!?
普通に見学だのと理由をつけてアビドス高等学校に行って小鳥遊ホシノがうんちするタイミングで突撃でもすれば良いかと考えていたが――小鳥遊ホシノと同じ容姿ならその手も使えまい。
というか警戒されて敵対でもされたら完全に詰む。
テキトーに話を合わせて茶を濁すか?万が一、本人じゃない事がバレて身柄を押えられたら?怪しまれて経歴を洗われるだけできっと不審点の山だぞ。
そんなやつの前でうんちをするか?俺ならしない。
どうする、どうする、どうする――!?
「ねぇ、なんで何も答えな――」
「えっと、人違いだと思いますよ。
私の名前は竜涎コウ。トリニティ学区中等部3年で、ここに来た目的は他自治区の見学と下見です。もうすぐ受験を控えているので」
一息に言った。
動揺した脳ミソから回った舌が発したのは、元々用意してた経歴とカバーストーリーである。
ここはもう、人違いとして乗り切って一時撤退するしかない。
その後にアレコレ考えよう。
「ト、トリニティ? ホシノ先輩、なにを言って――」
「えっと、本当に他人の空似なんだと思います。
ほらこれ身分証です。竜涎コウって書いてあるでしょう?」
「…………む、ほんとだ」
「それじゃあもう行きますね。さよなら」
い、いけたか?
と思ったのも束の間、ガシッと肩を掴まれた。
「………………本当に?」
犬耳少女にじっとりとした視線を向けられる。
こ、こえぇ。心臓がバクバクとうるさい。
しかし、命がかかっているのだ。ここは押し切れ。
努めて冷たい表情と迷惑そうな声色を作る。
「しつこいです。やめてください」
「…………ん」
そう言うと、パッと手を離してくれた。
犬耳少女の悲しげな表情に一瞬ちくりと胸が痛んだが、こちらは命がかかっているのだ。四の五の言っていられない。
ふぅ……。ま、どうにか乗り切れたな。
☆
「んうぅ。どーしたのさシロコちゃん。なんかあったのー?」
寝ぼけ目のまま、電話に出る。
相手はシロコちゃんだ。
対策委員会ではなく、私個人への連絡。
もしかしたら緊急事態かもしれない。
しっかり目を覚まさなければ。
『……あ、ホントに出た』
「え?なにこれ、怒っていいやつ?」
本当に出たとは何事だろうか。
最近はやや大人しくなってくれてたと思ったが、お昼寝を邪魔する位にイタズラ心が芽生えてきたのかな。
着信音で起こされた事もあり、どうも唇がとんがってしまう。
『や、違くて。ホシノ先輩にそっくりな人を見付けて……そっくりというか、そのものというか』
ううん?そっくりさん?
「んーと、その人になにかされたのー?」
『ううん、なにも。中等部の子でトリニティから来たって言ってた。見学って』
「ちょちょちょ!他の自治区の子に手を出したらまずいよシロコちゃん!」
『ん、なにもしてない……ちょっと肩を掴んだだけ』
「シロコちゃん!」
『で、でも本当に似てて。……まってて、ドローンで撮った画像がある。モモトークで送るから』
「――っ!」
思わず、息を呑む。
そこには――
「……おじさんも、今からそっち行くよ」