小鳥遊ホシノのうんちを手に入れなきゃ死ぬらしい 作:カスのゲマトリア
日の暮れを感じさせる西日に照らされた。
にわかに陽光が陰りを帯びはじめ――衰退し、枯れ果てて砂嵐に吹かれながらも、アビドスの地はいっそ妖しいほどに美しく――大禍時、といった単語が自然と脳裏に浮かんでくる。
犬耳少女――おそらくアビドス高等学校の生徒だと思われる――との対面を終え、俺は少しばかり冷静になった頭で今後の動向をどうするべきか考えていた。
目的もなく歩き続けて辿り着いたその広間には人の気配がせず、ベンチばかりがポツポツと置かれているだけの空間と化しており、どうにも寂寞を感じてしまう。
――まぁ、考え事には丁度良い。
風に乗ってきたのか――均したかのように砂が薄く積もっており、一番マシそうな奥のベンチを軽く手で払ってから身を預けた。
さて、ここからどう動けば――小鳥遊ホシノのうんちを手に入れる事ができるだろうか――。
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先ず真っ先に思い浮かんだのは―――自らの境遇をある程度伝えて協力を仰ぐという方法だった。
怪しげな実験のせいで小鳥遊ホシノのうんちが無ければ死んでしまうと、涙ながらに全力で懇願し――同情や憐憫を引き出せば、或いはうんちの一つや二つ位は胸襟を開けて寄越してくれるのではないか。
「まぁ……望み薄だわな……」
デメリットは――断られた際にこちらの狙いが小鳥遊ホシノであり、そしてそのうんちに有るということが露見してしまうことである。
そして徹底的に警戒され、小鳥遊ホシノに距離を取られタイムリミットが来て――死ぬ。
これは少なくない確度で起こりうる未来である。
常識的に考えて――人は人のうんちが無かった所で死にはしないのだ。
なんなら、それは遠ざけるべき汚物であり、それを欲する存在は控えめに言って変態の謗りを免れないだろう。
よしんば人身がかかっているという訴えが通ったところで――そんな存在自体が罪であり死ぬなら勝手に死んでおけ、なんなら殺してやる――そう言われない保証は、驚くほど全く無いのだ。
では――正道が無理であるのなら、邪道はどうであろうか。
アビドス高等学校の歴史は――古い。否、旧いと言って差し障りがない程度には深い歴史を辿ってアビドスの大地に建っている。
で、あるのならば、アビドス校舎の築年数も――その下に張り巡らされているであろう水道管や下水管もそれなりの歴史を持っているのではないだろうか。
マンホールから侵入し、アビドス校舎に繋がる下水管を探り当てて――なんなら改造しうんちの直通管を作ってしまえば――。
「アホかよ、俺は……」
まるで三文スパイ映画だ。
――どうにも、参ってしまっているようだった。
俺の根幹に関わるであろう「なにか」は、今もゆっくりとではあるが確実にこの身から霧散し消えていっている。
命のすり減る心地を感じながら過ごすというのは、思った以上に精神をすり減らしているようだった。
冴えたやり方は――正直なにも思い浮かばない。
で、あるのならばやはり正道で――いやいや、早まるな。一度うんちを望んでいる事がバレたらもう後には引けなくなるんだ。やるにしても、後先が無くなったタイミング。動ける内は確度の高い他の方法を模索する方が――。
「クックック……お悩みのようですね」
――声が、後ろから聞こえた。
「――っ!? おまっ!」
「おっと……そのままの姿勢でお願いします。
聞かれてはいませんが、見られていますので。
どうやら今は様子見を選んでくれている様ですが――大きな動作をするとその均衡が崩れかねません」
いかなる手段を用いてか――黒尽くめの異形は影も形も無いところから急に表れ――そして声の聞こえ方から、俺と背面が対になる様に座っているらしかった。
そして――もはや驚くこともないが――俺は全く、指の一本ですら身動きが取れないでいた。
しかし、しかしである――。悩み?悩みだと――!?
「どの口が……、どの口が言ってんだ……!
悩んでんのはお前のせいだろうが!」
俺は全ての元凶に激昂した。
今も己の身から抜けてゆく「なにか」から目を逸らすように、お前が全部悪いんだと糾弾し――恨み節をぶつけたかった。
「貴方のせいですよ。」
黒尽くめの異形は、どこか呆れた風に続ける。
「貴方がご自身で考えて、あなた自身の意思で選択し――契約した。
クックック……誓って言いますが、私はその一連の流れに何の介入も挟んでおりません。
貴方が選んだ責任の所在は――貴方にしか帰結しないはずですよ」
「うんちがないと死ぬなんて事前説明は無かったぞ!」
「クックック……ええ、えぇ。貴方の置かれている境遇はよく知っていますとも。
私も貴方の身に起こっているその事象には――大変興味があります」
ですから、と黒尽くめの異形は嗤う。
「――再び契約のご相談に来た次第です」
スっと背後から手のひら程の小箱が転がってきた。
それは一見して――なにか頑強な錠前のようだった。数字が4桁並んでいたから、余計にそう見えたのだろう。
幾何学模様に鈍く光るその箱は、正しい数字を当てはめなければ絶対に開きそうもない。
「これは……?」
俺は半ばその正体に勘づいてはいたが、それが例え予定調和なのだとしても、阿呆の様に確認する事しか出来なかった。
そしてそれに黒尽くめの異形は、やはり予定調和の様に紳士然とした口調で応えた。
「小鳥遊ホシノの――うんちです」
ごくりと、生唾を飲み込む音が確かに喉元から鳴った気がした。
ずっと、――俺が欲していた物が、今目の前にある。
「私の要求を飲んでくだされば、解錠に必要な4桁の数字の答えをお教えしましょう。
クックックック……。さぁ、今度は後悔のないように――ご自身の考えで――ご自身の意思で――ご自身の選択を。」
「き、汚いぞ……」
イ、イニチアチブを取られ続けている……。
正直ずっとやり込められているんだが。
お前の実験のせいで死にそうなのに!
なんだこのイカれたマッチポンプは!
糞が!!