小鳥遊ホシノのうんちを手に入れなきゃ死ぬらしい 作:カスのゲマトリア
「私の要求を飲んでくだされば、解錠に必要な4桁の数字の答えをお教えしましょう。
クックックック……。さぁ、今度は後悔のないように――ご自身の考えで――ご自身の意思で――ご自身の選択を。」
「き、汚いぞ……」
ふざけやがって……。
マッチポンプすぎて死ぬほどムカつくし、いい気になってる所にNOと突き付けたくなってくる。
「要求はなんなんだ」
取引の体裁を保つために一応は聞く姿勢を取るが、小鳥遊ホシノのうんちがないと死んでしまう体になってしまった以上、何を言われても要求を飲むしかない。
「クックック……それを伝える前に、一つ。」
黒ずくめの異形は何を勿体ぶってか、なにか確認したいことがあるようだった。
「貴方は――ご自分の事が嫌いでしょうか?」
…………? 急に何言ってんだ??
自己啓発かなにかだろうか。何にせよ意図が分からない。
一先ず、いくらでも要求を吊り上げることができる相手の不興を買うのはマズいので普通に答える。
「あぁ、大っ嫌いだよ」
まぁ。ブラックマーケット出身の底辺だし、基本的に社会に必要とされてないから自己肯定感的なものはあんまりない。
かといって全てに絶望している訳でもないが。
「傭兵バイトの腕を買われてカイザーコーポレーションお抱えのマーケットガードに所属―――貴方はそこでも名が売れると、今度はカイザーPMC直々にスカウトを受け、大隊の長に抜擢される程の昇進を果たしました。
クックック……とんでもない栄進です」
「……お前」
黒尽くめの異形が、急に俺の経歴を語り出した。
一体なんだってんだ?
「ブラックマーケットでは成り上がりのサクセスストーリーとしてその手の事情通には今でも語られている活躍ぶりです。
恐れを知らぬ勇猛な戦いぶりは『冥府の番犬』と称される程だったとか――」
その2つ名恥ずかしいんだよ。ガチでやめて欲しいわ。
「なんでもお見通しってか? なら、その先の没落も知ってるわけだな」
「――敵前逃亡………部隊を見捨てて逃げ出した恥知らずの卑怯者。牙の折れた番犬に成り下がったという所が総じて語りの締めになっていましたね」
思い出すのは――巨大な蛇のような機械。
轟音と――錯乱した銃の連射音。撒き上がる砂埃と、蟻のように潰されてゆく仲間たち。
「あぁ――そうさ。今じゃ女子高生のうんちを追いかけてるってオチにできるぜ。語り部に伝えといてくれよ」
「除隊した後はカイザーから去り、傭兵バイトに逆戻り―――噂が邪魔をして待遇はあまり良くなかったそうですね。
今ではすっかり良くなっている様ですが―――元の貴方の損傷した腕もそのせいでしょうか」
アレは焦ったね。
「傭兵バイトでトチっただけさ。キヴォトスじゃ日常だろ。
――なぁ、いい加減にしてくれないか?
なんだって俺の話なんかするんだよ。関係ないだろ」
「クックック………いえ、必要な確認事項です。
自己嫌悪――。大変貴重な情報を得る事が出来ました」
ホントにそれ貴重な情報なのか? 俺の事いびって遊んでるだけじゃねぇだろうな。
「それで、結局なんなんだよ。お前の要求は」
「二点あります。一つは――元の体に戻る事を諦めて下さい。
戻ろうとする意思、努力を完全に放棄し、現状の姿で過ごすことを完全に受け入れて下さい」
む、無茶苦茶を言いやがる……。
しかしまぁ、死ぬよりはマシか……? 元の姿に執着が無いといったら嘘になるけれど、片腕が不自由なのはシンプルに不便だったし。
というか、元に戻れる方法があったとして――俺がそれに辿り着けるか疑問だ。
性別はまだしも――種族の変質なんて聞いた事がない。
元々望み薄の問題ではあるのだ。
「もう一点は――ご自身を愛せるように努力する事です。」
「は?」
「幸福――その定義は曖昧で不確かな物ですが、そうあれるように最大限努力して下さい。
その為の支援は惜しみません」
同情でもしているのか……? 仏心が芽生えたとでも?
よ、要求の意味がわからなすぎる。
胡乱な実験のモルモットになれと言われる方が、まだ分かりやすいくらいだ。絶対に嫌だけど。
「クックック……貴方の組成は現状、非常に不安定で不確かな物です。
その安定化のために必要……そう言えば納得して頂けますか?」
組成……。俺って今そんなに気分でコロコロ存在が変わっちゃうみたいな存在なのか?
その安定化の為に幸せになって自分を愛せるようになれと。
…………まあ、そういう事なら。
というか、その要求で受けない理由が無さすぎる。
「分かったよ。その要求を飲む。
俺は一生この姿で、そして自分を好きになれるよう頑張ればいいんだな」
背後の黒尽くめの異形が、確かに笑った気がした。
「では、今ここに――契約は成りました。
クックック……期待していますよ……貴方が真の意味で生徒に成れることを……」
体の強ばりが溶けると同時、また意味深なことを言った黒尽くめの異形に真意を問い質そうと振り返ると、既にその姿は無く――代わりに4桁の数字が書かれたメモ用紙が落ちていた。
俺はメモ用紙の番号を覚えてポッケに仕舞い――小鳥遊ホシノのうんちが施錠された箱を手に取った。
さっそく開けてしまおうと錠前の番号に指を掛けた時のことである――。
「……やぁ。トリニティのそっくりさん。
もう日が暮れちゃうけど帰らなくて平気ー?」
丁度、今朝方に見た自分の髪を伸ばしたら――完全に同じ容姿になるであろうなという、桃髪の少女が現れた。
あぁ、なるほど。この少女が――。
「小鳥遊ホシノ……」
「――――。やっぱり、おじさんの名前知ってるんだ」
あ、やべ。と思ったのも遅い。
小鳥遊ホシノの雰囲気が――もともと警戒されてはいたが――より重く、剣呑とした物になってしまっていた。
畜生。やっと小鳥遊ホシノのうんちを手に入れたってのにまた面倒事か――!?
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――――カイザーPMC時代、飲みの場で部下によく言って聞かせた言葉がある。
それはマーケットガードをしていた時に長くこの仕事を続けたいのならと先輩から教わった事柄であり、そして経験の中で裏付けされた1つの真実であった。
無論、その辺に居るようなチンピラや――多少力が強い程度のヘイロー持ちは個人間の武力制圧で問題なく対処出来るが、時折現れるのだ。
理不尽なくらい強い力をもったヘイロー持ちが。
そんな存在と戦う場合は、最早重兵器を何台も投入し、数と質をとにかく用意して、面で押し潰すような――そういう事をしなくてはならない。
たった1人相手に、である。
流石にそれ程の力を持つ存在は非常に少なく――なんらかの役職に付いた秩序側である場合がほとんどであり、戦うことになど滅多にならないのだが。
――目の前の少女は、明らかにその手合いである。
そんな存在に、俺は今殺気を向けられていた。
俺は堪らず竦み上がり、武器を捨ててホールドアップの姿勢を取った。
「て、敵対の意思はありません」
上空にドローンが見えた。
黒尽くめの異形と喋っていた時は見えなかったので、偵察ではなく――小鳥遊ホシノの援護かこちらへの示威が目的と思われる。
少なくとも――小鳥遊ホシノと合わせて2人以上の存在がこの場に居るらしかった。
「あー、そう? それじゃあ面倒がひとつ少なくなるねぇ」
小鳥遊ホシノはこちらに銃口を突き付けながら少しずつこちらに寄ってきて、素早い動きでこちらを組み伏せてきた。
力も強いが――何回も経験しているのだろう、慣れを感じさせる動作だ。
俺は特に抵抗することも無く――というか出来ず――地面を舐める事になった。
グリっと頬に銃口を押し付けられる。
「うへぇ……。ほんとにソックリだ。
あんまり優しさに期待しないでね。その顔なら躊躇なく撃てるから」
「その顔なら……? 自分の顔でしょう?」
「余計なことを喋るな」
押し付ける力が強くなる。最早頬にめり込んでおり、非常に痛い。
こ、こっわ。マジで目で人が殺せるんじゃないかって感じだ。
しかし――その顔なら躊躇なく撃てる、ね。およそ健全な感情から発せられる言葉とは思えないが――「自己嫌悪」。
黒尽くめの異形が言ってた事と重なるのは、まぁ偶然では無いのだろう。だからどうする、ということはないのだが。
「質問ね。なんでおじさんとそんなに似ているのかな。本当にそっくりさんな訳ないよね。
私の姿で、黒服となにを企んでいるの?」
「黒服……?」
「……君と話してたヤツのこと」
本名では無いだろうが――そんな風に呼ばれているのか?
確かに全身黒ずくめだが、それだと別の意味合いにも取れてしまうのでは無いだろうか。
まあここは便宜上、同じ呼び方の方がいいだろう。
「えっと、姿が似ているのは黒服に実験されたからです。あいつはめっちゃ悪い糞野郎で、私は被害者です。何も企んでません」
事実だ。全ての元凶はあの黒尽くめの異形――もとい、黒服であり、俺が小鳥遊ホシノと同じ見た目である事は俺に何の瑕疵もない。
「……質問2。竜涎コウというのは本当の名前?
トリニティの中等部という経歴は?」
「……一部本当です。竜涎コウという名前とトリニティ出身なのは本当ですが、中等部のどの学校にも所属していません。
私は孤児院で暮らしていた所を黒服に誘拐されて実験されました。
半ば非合法の孤児院だったのでその証明は難しいですが……」
全くのデタラメだ。
嘘をついた意図は元の経歴を辿られてしまうと過去の犯罪歴―――マーケットガードは治安維持の観点で黙殺されているが、そもそもブラックマーケットが他自治区が重なった土地にあるのでそこで戦闘をするのは違法行為である―――を今の弱い立場で突かれたく無かった事。
そして単純に同情を引き出すためである。
比重としては後者の方が重い。
「ふーん……。じゃあ質問3……その姿は――その。
変えられないの? 特殊メイクとか、変身能力みたいな感じとかではない?」
「はい。無理です。変えられません」
「まあ……そっか」
ダメ元で聞いたんだろうが、変身能力……。
実験と聞いて人を化け物だとでも思ったのだろうか。
というか経歴について、あんま信じてないっぽいな。全然疑っているっぽい。まぁ元の経歴を辿られなければ、最低限いいけども。
「質問4……これはなに?」
そういって小鳥遊ホシノが片手で抱えているのは幾何学模様に鈍く光る箱……小鳥遊ホシノのうんちである。
まっ――ずい。どうやら組み伏せられた時に取り落とした様だ。
「……くすりです。それがなければ死にます」
「うへ、し、死ぬ?……なんでそれをこんな厳重に……」
怪訝そうに片手で弄ぶ小鳥遊ホシノ。それお前のうんちだからな。
客観的に考えて全然重要な物じゃないから。でも俺には命がかかってるから。お願い、頼む返してくれ。
「ほんとにそれがないと不味いんです!返してください――!!」
「きゅ、急に鬼気迫るね……はぁ。まぁ分かったよー。
色々怪しすぎるけど、そんなに大事なら返すから」
そう言って眼前に小鳥遊ホシノのうんちが置かれ、体にかかっていた重圧が軽くなり――どうやら解放してくれたようだ。
「命に関わる薬なら今、飲んじゃいなよー。話はその後またゆっくり聞くからさ」
「え。あ、はい。ありがとうございます……」
え。今?本人の前で?小鳥遊ホシノのうんちを?
――というか。
解放されて手の中に収まった小箱を見やる。
俺は今まで、小鳥遊ホシノのうんちを半ば「それを手に入れればどうにかなる」――という、概念的な物品として捉えていたが――当然の話、小鳥遊ホシノのうんちを手に入れたら、もうワンアクション挟まなければならないのだ。
――――手に入れた後、どうすればいいのか。
食べるのか?塗るのか?それともお守りのように近くにあるだけでいいのか?
俺はそこのところ全く分からない訳で――。
「なにしてんの?番号を忘れた?
――――それとも、やっぱり嘘なの?」
小鳥遊ホシノの眼光が鋭くなり、こちらを訝しむ用な目線を送ってくる。
ま、まずい……。このまま怪しまれたら取り上げられるかもしれない――。そうなり手の届かない所に保管でもされたら――詰む。
お前らにとってはただのうんちでも、俺にとってはなにより大事な俺の命。
それをここで失う訳にはいかない――!
俺は急ぎグリグリと指で錠前の番号を操り―――記憶していた番号に合わせるとカチリ、という音が鳴った。
すると、幾何学的な模様の箱はまるで完成されたパズルのピースをひっくり返したようにバラバラと崩れ、中に入っていたものをぶちまけた――!?
「え"っ!?」
――――そういう感じの箱!?
驚愕とも戦慄ともつかぬ、数瞬の間。自然と目で追っていた小鳥遊ホシノのうんちは―――脳裏の想像を裏切り、地面を茶色く濡らすことは無かった。
ふわりと、なにかバラ科の果物を思わせる強く甘い匂いを発した後、桃色の燐光が辺りを漂いはじめたのである。
その発生源は俺の手元――もとい、今はバラバラに崩れた幾何学模様の箱だった場所で、そこを中心として夏の蛍を思わせるような桃色の光がふわふわと舞っているのである。
日の陰りはじめたオレンジ色の夕陽を背景に、桃色の燐光は辺りを気まぐれに彷徨い――それはまるでアビドスの大地に沢山の妖精が遊びに来たかのような、現実感のない幻想的な光景だった。
む、無駄に綺麗だ……。うんちなのに。
――ていうか、ヘイロー持ちのうんちってみんなこうなのか?いやまさか違うよな。
え、俺、黒服に騙された、のか……?
縋るように、小鳥遊ホシノの顔を見る。
どうか――。どうか頼むからその表情は怒りや羞恥の表情であってくれ、と――。
「え、えぇー? なにこれ、絶対薬じゃないじゃん
……まぁ、綺麗だけどさー。――というか危ないものじゃないよ、ね……?」
「え、え、いや。まさか、そんな」
あんな、あいつ。あの、クソ――!
「自分を愛してください」みたいな、あんなこと言っておいて――俺を騙したのか?
これは、小鳥遊ホシノのうんちじゃないのか?
「騙された……?」
顔面が蒼白になり、目眩がする。
漂っている辺りの桃光は、うんちではない。
――それが、意味するのは。――死。
「しぬのか、おれ……?」
「……黒服に、騙されたの?」
初めて、小鳥遊ホシノが俺に同情的な視線を向けてきた。
だが、そんな慰みはなんの足しにもならない。
同情するなら、うんちをくれ――。
あぁそうだ。今から泣きわめけば、うんちが必要なのだと懇願すれば、どうにかならないのだろうか。
小鳥遊ホシノは警戒心は高いが、少し話した感じは心根が優しそうな少女じゃないか。
そう一縷の望みに縋ろうとした時だった。
桃色の燐光が一斉に上空へ集まり、巨大な桃色の光となっていった。
すべての燐光が重なり、ピタリとその動きを静止させる。
そう思った束の間、唸りを上げてこちらに向かってきた――!
「へっ。わあぁ、あぁ――!?」
「――――ちぃっ!」
巨大な桃色の燐光は――とっさに大盾を構えて前にでて庇ってくれた小鳥遊ホシノをするりと避けるとその後ろにいた俺のケツを目掛け、鋭角に―――ぶつかってきた。
「あ"っづぅあぁ!!!!??」
瞬間、脳裏に浮かぶのは――火山の噴火だった。
出るのでなく、入っているのになぜそのイメージなのか。それは噴火している火山に尻の穴を入れたらこんな感じだろう――という、誇張なくそんな心地だったからだ。
俺のケツがああああああああ!!!??
痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!
「ちょちょ、大丈――!?」
「あ"あ"ぁああ"あ――!ああ"ああ"ああ!!」
燃えている!痛い!いたい!灼ける!俺の尻が灼けいる!
ケツの穴を抑えて痛みをどこかに分散させるように――ゴロゴロと転がる。
それでもなお痛みは収まらない――。
「があ"あ"あ"あ"あ''っ――――!!!」
ダンっとベンチの土台にぶつかって、止まる。
あまりの痛みに思考は漂白されて、自身の荒い呼吸の音だけが聞こえてくる。
「が、かぁ……あぁ……。なんで……なんで、こんな目に合わなきゃ、いけないんだ……」
あまりの惨めさに涙で視界がぼやけた。
身体の防衛本能だろうか――。急激に意識が朦朧としてくる。
「お、だって……がんばっていき、てるのに……」
「―――!―――!?」
桃色の頭髪の子供に揺さぶられるが、何を言っているか分からない。
「しにたく――ない」
「――――っ!」
――――それを最後に、俺は意識を失った。