小鳥遊ホシノのうんちを手に入れなきゃ死ぬらしい 作:カスのゲマトリア
『屋上』
俺はその言葉の意味について深く考察していた。
普通に読めば「おくじょう」だが、「やうえ」「やじょう」「おくうえ」――などとも読むことが出来る。
「おくじょう」以外の読みの音が何を意味するかは――実の所、今の俺には見当もついていないが、それは俺が不勉強なだけだろう。
小鳥遊ホシノがあまり一般的に使われない単語を、新しく来た後輩へ向けて、その博識ぶりを披露する為に送ってきた――そういう可能性について考える。
幼い外見にも関わらず、どこか大人っぽい雰囲気をしている彼女だが、実は年相応に持っている知識を披露したいという欲求を抱えていて、それを俺へのモモトークで満たしているのではないか……。
或いは、「屋上」という単語が打ち損じの末に送られてきた……という可能性。
この屋上という言葉は場所を示す単語であり、モモトークで最初に送る言葉としてそのまま考えると、単純に意味が分からないだろう。
ところが、「屋上」という単語の漢字二文字を入れ替えると……何と「你好」という言葉になる。
これは「こんにちは」という意味であり――こちらの単語で考えると、なるほど。よほど意味が通っているではないか。
つまり――小鳥遊ホシノは俺に「こんにちは」という、熱烈な歓迎の挨拶をしているのではないか……。
或いは……或いは……。
………………これはあまり考えたくは無いが単純に屋上へ来いという意味を孕んでいる可能性。
「屋上」はアビドス高等学校の屋上の事であり……柴関ラーメンにいる現状ではとてもそこへ向かうような空気ではないから、歓待が終わった後アビドス校舎へ戻ったら屋上へ来い―――そういう意図の元送られてきたメッセージだと、まぁ、読み取ることも、出来なくは、なくも、無い。
俺はその可能性についてはあまり信じたくは無いが………その場合の「屋上」という単語の持つ意味を考えてみる。
おくじょう【屋上】①屋根の上。②建物の最上部の、屋外に人が出られるように作った平らな所。
③自分のうんちを光に変えて恥をかかせた下手人を仕留め、息の根を止める場所。④俺の墓場。
例:「――に来い。お前を殺す」
「―――コウちゃん!コウちゃん!?どうしたんですか!とんでもなく真っ青な顔してますよ!?」
「ん、ああ……。なんでもないですよ。ただ、このラーメン屋さんに来れて良かったなぁって……」
最後の晩餐に相応しい店だ。店主は良い人そうだし、トイレも綺麗だったし……。
いやでも死にたくねぇなぁ。本当に死にたくない。仮に死ぬとしても死ぬ理由が嫌だ。
うんちの恨みで死ぬとか死んでも死にきれねぇよ。
でも察してるみたいだし逃げても無駄だろうなぁ。
小鳥遊ホシノの身体能力ってぶっちゃけ化け物だもん。
つーか逃げ出した先に命は無いし。ほんと糞。
土下座して全部弁解して……信じてくれるかなぁ。
自分のうんちが無いと死ぬ存在を。
「コ、コウちゃん……それは、どういう……。
いえ、そうですね―――このラーメン屋さんから始めるんです!」
……………………ん?
なにやら奥空アヤネが凛とした――覚悟の決まったような表情をしているが、何事だろうか。
ボーっとしてて気が付かなったが、ふと見回すと周囲の面々も同じような顔になっていた。
「このラーメン屋さんから、コウちゃんの新しい学園生活は始じまるんです……!
これからみんなで一緒に、そんな顔にさせないような、楽しい、毎日をっ……!」
「アヤネちゃん……えぇ!そうよコウ。これからは私達がいるわ……!」
な、何だこの流れは……。
なぜ――なぜ、奥空アヤネは急にそんな事を言って泣き出すんだ……。
どうして、黒見セリカは俺を抱き寄せている。
そこでふと――自身がアビドスの面々にどう思われているのか、思い出す。
「大丈夫、コウ……ここは暖かい。きっと全部良い思い出になる」
――――孤児院で誘拐され、小鳥遊ホシノと同じ容姿にされた挙句殺されかけた……哀れな悲劇のヒロイン。
そういえば、俺はそんな認識を持たれていたのだった。
「ふふっ。言いたいことは皆に言われちゃいましたけど私も同じ気持ちですっ☆
だから、ね? 戸惑わないで……これからは沢山甘えていいんですよ~」
や、やめろ――。確かに同情を誘う為についた嘘でもあったが……そんなに無垢な瞳を俺に向けるな。
俺は、俺は――小鳥遊ホシノのうんちを狙ってこの学校に近づいて来たんだ……!
そ、それに………。
今、小鳥遊ホシノに俺が同情を誘う為に動いていると思われたらマズい気がする……!
「………………そうだねぇ~。楽しい思い出、作ろっかコウちゃん」
そ、それは俺と、じゃなくて俺で、ですか……?
1人だけ無機質な表情で俺を見つめている小鳥遊ホシノ。
……彼女は俺の経歴がデタラメだと、薄々勘づいていたようなふしがあった。
初対面の問答の際、何かを感じ取ったのか俺の経歴を全く信じてなかった様子だったのがそうだ。
そうでなくても、あの時は燐光がうんちでは無かったかもしれないという絶望で、素の自分を出してしまっている。
何か隠し事があると、勘繰られていてもおかしくはない。
そんな中で不審な動きをした俺を――小鳥遊ホシノは果たしてどう見ているのだろうか。
未だ「黒服と繋がっている」などと勘違いされてもおかしくないんじゃないか……?
ここにきて――小鳥遊ホシノがただ自分の感情で動いているのではなく、推定「敵」である俺を確実に始末する為に屋上へ呼び出したのだと気が付いた。
今ここで殺さない理由は……他の面々の傷にならないように、だろうか……。
それともいつでも殺せるからなるだけ情報を絞る為にとりあえず生かしているだけ、だろうか。
「あ、ありがとうございます……。よよろしくおねがいししますっ……」
とりあえず何か答えなければならないと絞り出した恐怖で引き攣ったその声は、皮肉にも感極まっているかの如くその場に響くのだった。
……………最後の食事になるかもしれないと味わって食べた柴関ラーメンはとても美味く、少し泣いた。
それを見たアビドスの面々にまた存在しない哀れな俺の背景を想像させたようだが……真実は何時だって、下らないものだ。
いや、現在進行形で命が消える懸念を抱えてる分、想像の俺よりも俺の方が哀れなんじゃないか……?
ともあれ、俺はこの後に来るであろう一波乱に――満たされた腹を括った。
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(聞こえてるか小鳥遊ホシノ――!!!
小鳥遊ホシノ!!!頼む!!答えてくれ!!)
『う、うっさ……!なんなんですか!やかましい!』
(小鳥遊ホシノって……お前って土下座と五体投地ならどっちの方が許せそう!?)
『撃ちやすいように首を差し出すんですか?』
(謝罪だよ!!!謝罪!!!)
『無理ですね。諦めて下さい』
一同がアビドス高等学校へと戻り、一段落が着くと……俺は小鳥遊ホシノに入学後のガイダンスがあるから付いてきて欲しい、と声を掛けられた。
それは極めて自然な流れで提案され―――年長の私もたまには役に立ちたいのさ~……と続ける小鳥遊ホシノの発言は、その時点で完全に周囲へ受け入れられ、非常にスムーズに俺を連れ出す事に成功していた。
目的地はおそらく、というか間違いなく屋上だろう。
なんで入学ガイダンスで屋上に行くんですか……?
というか自分で連れて行くのか……。
逃げられる事を懸念してのことかもしれない。
特に黒見セリカと奥空アヤネはその後も俺と一緒に居たがっていた様子だったし、俺がそちらに向かってしまう事を阻止しているのだろう。
俺はその道中で、小鳥遊ホシノ対策の為に心の小鳥遊ホシノに謝罪の方法を聞いていた。
奇しくも本人自身が俺の心に同居しているのだ。
本人の事は本人に聞くのが一番いいと思った。
前を歩く小鳥遊ホシノとの無言に耐えきれなかったのも大きい。
『………………まぁ、正直に事情を話して、誠心誠意謝るしかないんじゃないんですか?
ただ……まぁ、覚悟はした方がいいかもしれません』
(か、覚悟……)
『その……。私って、一度感情的になると抑えが効かなくなるというか……、怒ると周りが見えなくなるというか……はぁ……私って、ほんと……』
…………なにか、思い出しているのだろうか。
自分自身の気質に随分と落ち込んでいるようだ。
しかし――しかしそれじゃあ、詰んでないか?
小鳥遊ホシノの身体能力は常人の俺の遥か先の領域にある。
そんな化け物が衝動的に俺に当たったら――血霧となってこの世から消え失せてしまうんじゃないだろうか。
「―――みんな……いい子たちだったでしょ?」
ふと、――小鳥遊ホシノに声をかけられる。
気が付けばもう屋上へと続く階層まで俺と小鳥遊ホシノは来ており、あとはもう階段を上がって行けば屋上にたどり着くというところだ。
「はい。とても優しくて……強い人達なんだと思います」
俺は――俺は本心からそう答えた。
それは――存在しない俺へ、同情や哀れみの感情を持って励ましてくれた様子の事もそうだが、それだけではなかった。
ラーメン屋での会話の際、このアビドス高等学校におよそ10億円もの負債がある事を俺は聞いていた。
しかもそれは本人達ではなく、先人が残した物なのだとか。
そしてそれを何とかする為にアビドス廃校対策委員会なる部活動を有志で立ち上げ――学生の身空でどうにかこうにか立ち回っているらしい。
凄い事だと素直に思う。
俺なら、きっと出来ない。なんだかんだと理由を付けて、申し訳なさそうな顔をしながら引越しを選ぶ自分の姿がありありと想像出来た。
「うん。みんなはね、おじさんの……私の宝物なんだ」
「あ、あの……!」
「黙って」
………………………………。
「君は……悪い子じゃないとは思う。でも、色々と怪しすぎる……。
経歴は多分嘘だし、
いつかアビドスの一員になって、みんなと一緒にこの学校を守ってくれればって――そう思ってた」
小鳥遊ホシノは階段を登り終えると――屋上の扉を手にかけて、そのまま開けた。
「入って」
俺は――言う通り屋上へと足を踏み入れた。
続く様に小鳥遊ホシノが来て、扉を閉める。
こ、このまま殺されてしまうのか――?
黙れと言われたが、無理やりにでも口を開いて弁明するか? いやそれが逆に不興を買ったら収集がつかなくなる。
喋りかけてくるなら、まだ話し合いの余地があるかもしれない。今は様子を伺うべきだ。
小鳥遊ホシノは俺へ向き直ると、しばしの逡巡の末に……口を開いた。
「ねぇ――何が狙いなの?」
随分と――大きい意味を含む質問をされたな、と思った。
何が狙い……それは何らかの企みだとか、これまでの経緯だとか、あるいは背後に誰がいるのかとか。
俺が何者で何を目的に動いているのか―――そういった俺への不信感を全てひっくるめて、そのまま形にしたような質問だった。
「お、わた……は」
そしてそれは俺に――多大な心理的負荷と莫大な緊張感を与え、酸素が薄くなるような心地にさせられた。
返答を間違えれば――――。
――――ど、どうしよう!?なんて答えれば!?
鼓動が跳ね、呼吸は浅くなり、視界がチカチカと白くなってゆく。
カートゥーン調のキャラクターのようにピヨピヨと星が目の周りを回っているような気さえして来る。
――――そしてそんな状態で正解を引くことなど、到底無理だったのだ。
「……ぅ……んち」
『――は!?ちょっと!』
「小鳥遊ホシノの、うんちです!!!!!」
うんちです、うんちです、うんちです……。
山彦のように辺りにその叫び声が轟いた。
あまりにも端的に――前後関係をすっ飛ばして、俺の狙いをただその通りに言ってしまっていた。
そして自身のその失態に気がついた時にはもう既に遅く――――。
「~~~~~っ!!!な、なんで!なんでなのさ!!!」
顔を真っ赤にしながら身を震わせて――。
そんな至極真っ当な反応を、小鳥遊ホシノがしている所だった。
『そりゃこうなりますよ!!なんで段階を踏んでちゃんと説明しないんですか!!?』
心の小鳥遊ホシノの言葉に答える暇もなく―――既に小鳥遊ホシノは銃口をこちらに向けてきており――躊躇なく発砲してきた。
「ぐっ……!?」
俺は何とか避けようと大きく横に飛んだが、ショットガンの射線を躱す事など出来るはずもなく、肩口に大きな衝撃を感じた。
普通なら大怪我間違いなしの被弾だが、この体は元のそれよりもよほど丈夫らしく、強く殴り付けられた程度の痛みだった。
畜生……!小鳥遊ホシノと決定的な敵対関係になってしまった――。
蹂躙はもう、止められない。俺は、殺される。
「はぁ……!はぁ!畜生……!どうしてっ……!どうしてこうなった……!」