やっぱり僕は、人間じゃないと思うね。   作:子美lian

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1.”デーモン”

 僕は彼女が嫌いだった。

 魔法も、格闘術をする猫も、人みたいなロボットも、神みたいな企業も、運命みたいなノンフィクションもありふれた此処には、僕達を輪に入れてくれるファンタジーが何処にもなくて、それが本当に不愉快だった。

 

「という訳でドールズの人間に対するアナログハックの検証と社会生活への浸透を試験的に行うという名目で入ってきた――――」

 

 何か担任は小煩いことを言っている。その内容に僕らが関わったって実感を得られる日は来ないのに。

 みんな漠然と思っていた。奇跡も魔法もタイムマシンだってきっと有るのに、僕らはいつも蚊帳の外で眺めてる。

 

「テオトリー・D・カーミラーと言います。よろしく」

 

 ツンとした態度はきっと顔つきよりも気風と心構え。長い睫毛は雪を払って彼女の世界をクリアにする、整った体つきは学生服越しでも青少年には刺激が強くて、服からなぞれるプロポーションは下手なロスト・チャペルのモデルだって目じゃない。

 

 指先までが芸術品、吐く息さえもが演算済み。世界で最も美しく設計された”人形達”、故にドールズ。

 人間と見間違えてしまう…………いや、見間違えたくなる心臓を叩き伏せるように、完璧なチューニングで声が教室をこだまする。

 

「テト、テオ、カミラ…………何でも構わないわ。でも、ミドルネームだけはやめてちょうだいね……?」

 

 可愛くはにかみ、そのギャップまみれの柔らかな赤面に男女構わずチャームは大成功。

 僕も残念ながら例外ではなく…………いや、甚だ不本意だが。

 

 恋に落ちる音は、案外高音なのだと思い知らされてる。

 

『人間みたいなのに人形みたい!』

 

 口々に言うアイツラは、まあまあ驚くほどにナンセンスだ。感想も言えないくせに、批評だけして不快さで歯ぎしりをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてっ! 僕に構ってくるんだ!」

「違うわ。貴方が図書委員だと言うから、話をしておかないと」

 

 真面目かっ! 委員会の為に僕と仲良くしようってのか!? 今どきこんな姿を企業が見たら愛すべき帰属意識だと拍手喝采雨あられだろ!

 

 カーミラーは押しが強すぎてやってられないとかではないが、兎にも角にもやると決めたらちゃんとやるやつだった。いや、やりすぎるやつだった。てっきりこの手のやつは大人しく漫画描いてるだけのめんどくさそうなメガネに喋りかけないと思っていた。

 

 何かあるだろ、キラキラしたやつは漠然とそういうグループで生きていくみたいな諦め。つい半年ぐらいで悟ったつもりだったんだが…………。

 

「というかそもそも、そのキャラで図書委員を熱烈に所望したのはなんでなんだよ」

「本って貴重なものでしょ? 私、貴重で価値のあるものが好きだから」

 

 何だ、その漫画のキャラしか言わなさそうなセリフ。

 追い回されてしょうがないから話をしようと思ってみたら廊下で聞かされるセリフが、これ?(とは言っても、嫌と言えばさっきの休み時間は素直に退いていたし、断るのが下手な僕も非はある)

 

「貴重なもの…………宝石とか、刀剣とか?」

「それはちょっと……大げさ過ぎ」

 

 大げさって言うけど、価値って何なんだという話だ。

 お金がかかること? かけがえのないこと? 取り返しがつかないこと? 何か、それらしい言葉は沢山、山のようにあるけど僕らはどれなのかの答えは持ち合わせがない。

 

 カーミラーは僕が何段飛ばしで階段を降りても平然と付いてきて、しかも考え事までしている素振りが合った。

 さすがドールズ、今だけ不調になってくれ。

 

「それは…………」

「何」

「貴方みたいな人よ、獅子劫」

 

 助けてくれないか。顔のいい女にナンパをされてるんだ。

 目のあった同級生でもない見知らぬ女子高生Aに助けを求めてみたけれど、彼女は僕の視線にまでは気づいてくれたが不思議そうに小首を傾げて。

 

 応援するかのごとく腕をグッとしてきた。あの、違うんだ。今危ないんだ、僕。

 

「な、何がだよ」

「何でだと思う?」

「わからないから聞いてるんだろ」

「じゃあ、まだ分からなくて良い。私はもう選んだんだから」

 

 どういうことなのか、聞き終える前に始業のチャイムが鳴る。

 あっけらかんと教室に戻り始めた彼女の後ろ髪に、僕は引力を感じて引きずられていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいよなー! テトちゃん! 何でお前にご執心なんだよススム!」

「僕が聞きてえんだわ」

 

 ダイチは普段なら流行りのゲームとSNSのイラストをすぐに見せてくれるのに、すっかりカーミラー様一色だ。何か、それは普通に嫌だなと思った。

 眼の前で鼻息荒くドールズの美しさを語る同級生が、薄ぼんやり遠いものみたいに感じている。きっと僕と同じように食べて、寝て、宿題を嫌がっているのに。

 

「ダイチ、昼飯ぐらい落ち着いて食わせてくれよ。僕も絡まれすぎて色々大変なんだぞ」

「そりゃ望みすぎだろ! 本当に人間みたいだよな~…………でも、あんなに綺麗な女の子は居ないか……」

 

 何となく、イラッと来た。何に? 僕にだってよく分からなかった。

 

「人間じゃなくても何でも良いだろ。カーミラーはカーミラーだ」

「カッコつけラノベ主人公乙」

「やかましいわ」

 

 カッコも付けられないこんな世の中じゃ。

 

 流石にこれだけ話題に出されてたら僕も少しは目配せなんてしてしまうもので、人の群れに囲まれてたじたじになるカーミラーの後ろ姿をぼんやり眺めている。

 何だか窮屈そうだ。彼女って、割と溌剌としていて、大人しいって感じでも多分なくて…………だから、こう……。

 

 そう、あんなお姫様扱いって柄じゃない。

 

「たかだかドールズが来ただけだっていうのに、浮足立ってバッカみたいだ…………」

「おーススム。その嫉妬深そうな目線を辞めとかないと、さしもの俺もちょっとその物言いに納得できないぜ」

 

 え、そんな顔してたのか僕は。

 思わず顔をベタベタ触って、眼鏡がガタリとズレる。途端にダイチに大笑いされた。

 

「図星か!? 図星なんだろススム!」

「こ、この野郎ボケが…………! 万が一でもチャンスが有ればお前もアイツと同席させてやろうと思ったが辞めだ辞め!」

 

 僕が狼狽えたのを見ながら笑うダイチは、いつもと同じ小憎たらしい男子高校生。こういう変な意味で気安いコイツの物言いが、漠然とずっと隣にあれば安心だと思っていた。

 でも、何でだろう。高校生らしい「永遠みたいな一瞬」が、ずっと色褪せている。カーミラーが来てから。

 

 それは。

 僕が恋でもしたっていうことなんだろうか。

 

「同席は是非させてもらうとして。なあ、ススム」

「もうヤだからな。それで何」

 

 ダイチが彼女を眺める視線は、今までよりずっと遠いものを見るようだった。

 

「ドールズの人権活動。俺納得しちまったよ」

「そんなの2020年代からよくある錯誤だろ、ダイチ。急だな」

 

 人間がロボットの返答に”人間”を見出すなんて、今日今年初めて発生したことじゃない。

 どころか僕らはもっと前から向き合ってきたはずだ。災害、物、現象…………極東は兎に角何でも神にする。神ということは、人に近しいものと言ってきた。

 

 それは、今日始まったことじゃない。筈だ。

 

「俺もテトちゃんには、やっぱモノ扱いとかされて欲しくねーってなる。なったわ…………バカにしてたのにな」

「…………僕はバカにしちゃいないが」

 

 ただ。

 

「そんなの、カーミラーの勝手だ。違うか?」

「お前が正しいと思うよ、ススム…………俺は馬鹿になったのかもしんねー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結構遅くまで学校にいるのね、獅子劫」

「冗談だろ…………? 部活の勧誘とかされてなかったか?」

 

 全部断った、とさらりと言いながらつま先で玄関の床を叩いている。ローファーですらカーミラーが履いてしまえば著名なデザイナーが関わったように見えてくる、見えてしまう。呪いのように。

 夕日が照り返して顔が陰る。彼女の髪が燃え尽きるようにキューティクルを精一杯放って、私は美しいんだぞと辺り構わず自己主張をしてきて仕方がない。

 

 認めよう。腹立つぐらい、可愛い同級生だ。

 

「何で断ったんだ。皆歓迎してくれるぞ、お前みたいな物珍しいやつは」

「物珍しいからで相手をしてくれる人なんて、いつか飽きてゴミ箱に入れようとしてくると思わない?」

 

 まあ、僕もそう思う。だから何も答えず、僕も支度をして靴箱を閉じる。

 本当は全力疾走して逃げようかとも思った。どうせ明日は

 

『テトちゃんは何を話してたの!?』

『お前何であんなテオちゃんに好かれてんだよ! 脅迫でもしたか!?』

 

 と押し寄せてくるクラスメイトが手に取るように想像できる。

 それは避けるべき事態だった。斜に構えすぎる気もないが、ダル過ぎる(僕だって覚えないんだし)。

 

 でも…………。

 

「…………人気になれるさ」

 

 そんな寂しそうな顔をしていたら、僕はどうすりゃいいか途端に分からなくなる。

 こっちは必死で抑えて普通に喋ってんのにさ。無遠慮に「私には貴方しか居ないの」みたいな顔してさ、そりゃレギュレーション違反ってやつだよ。これがTCGならとっくに禁止カード入りしてるに違いないね。

 

 何でって。

 

「何でそんな楽しくなさそうなんだよ」

 

 聞いちゃうだろ。僕だって人並に心配ぐらい、する。

 カーミラーはずっと浮かない顔をしていた。何故そう思ったのかと言われると、僕に話しかける時より何処か萎れたみたいな振る舞い方をしていたから、としか言いようがない。

 ロジックはあるけど、勘違い甚だしいと言われてもどうにも言い訳がつかない感じだった。

 

 とはいえ、僕はそう感じたわけで。放っておいたら、実は明日の僕が鬱になってしまうかもしれない。

 奇天烈に振る舞おうとしても、限度はある。

 

「聞いてくれるのね」

「僕が聞かないと困りそうだった」

「そう。凄く嬉しい」

「美人局かよ」

 

 学校を出てすぐの信号を待つ時。大気中に投影される”KEEP OUT”の文字と警告の模様の先で、大きな声を上げながら企業の人間と取っ組み合う民衆が居た。

 

「ドールズに人権を! 彼女達はマジック・ポイント理論という無根拠な理論で否定された被害者です!」

「おかしいと思いませんか!? 生まれで差別をする時代はとうに終わりを迎えました!」

 

 僕らは声の大きなあの人達を、わざとそうするみたいに避けて通った。カーミラーは僕の後ろに隠れてすら居ただろう。

 夕焼けで表情は見えないが、まあ言葉で聞ければ十分だ。だから聞くことにする。

 

「で、何で」

「あの人達は、押し込めようとしてくる」

「押し込める? 箱入り娘?」

 

 分かっててとぼけたでしょう、と軽く肩を叩かれる。羽毛でも当たったかと思った、軽すぎる。

 

「人間っていう形」

「あぁ。嫌だよな、嫌だと思うよ」

 

 別に人間である必要性、ないからな。

 あのドールズの人権活動家も、クラスメイトも、多分先生も、此処に居るテオトリー・D・カーミラーという人物(人形物?)を、人の形に押し込めようとしている。

 

 性格を表す言葉に”人”格がある。

 僕らの特徴に合致する体は”人”体と呼ぶ。

 僕らのどうしようもない生まれから終わりまでを、”人”生と呼ぶ。

 

 ドールズに向けた言い方なんて無い。きっと流行らない。彼女達がもしも道具として生きることが使命だと本気で思えているのなら?という疑問に誰も答えやしないのだ。

 

「でもそれは良くないって思うやつも居るよ。カーミラー、お前がそれを証明していけば良いんじゃないか?」

「嫌…………もう、見世物なんて」

 

 もう。以前もあったのだろうか、想像はつかなくもないが。

 

「そっかぁ」

「…………」

 

 そう来たかぁ。

 

「そりゃ困ったな。カーミラーは嫌なことしか無いんだ」

「我儘って言わないのね」

「何だそりゃ。”気に食わないな”って言いたいなら、もっと分かりやすく言う」

 

 我儘とか我儘じゃないとかいうやつは、それが気に食わないかどうかから考えてるだけだろ。

 僕は真っ当な考えだと思うよ。誰がかったるいマスコットをやりたいんだ、ドールズが仮に僕と大差ないならどー考えても嫌だろ。

 

 それがおかしいっていうやつは、おかしい。

 人みたいだと言うくせに、人みたいに要望があると嫌なのか?ってなるな。

 

「…………ふふっ」

 

 笑うなよ、ちゃんと可愛いから困る。

 

「やっぱり獅子劫がクラスで一番期待値が高いわ、私」

「勘弁してくれ。お前個人が僕に好意的なのは…………いやそれも困るし、ましてや周囲の眼が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 獅子劫の声がかき消されるように、突然現れた機動兵器のプロペラ音がやかましく鴉達の泣き声も殺していく。

 風に思わず顔をしかめて庇う獅子劫は、当然のようにテオトリーの体も庇っていた。彼女の心音が高まっていることに少年は気付けない。

 

 機動兵器は360度に上下にすら旋回できる奇っ怪なプロペラを6つ持ち、それとは別にHastur力学と呼ばれる”法則”を適用し、高速かつ任意の静音性を実現している。名前はMG:Byakhee2027、最も速い翼持つ貴婦人を元に生み出された黒鉄の最高傑作である。

 警告音代わりに鳴り響くプロペラの稼働音と、降りてくる人々の武装から聞こえる無機質な金属音。威嚇としては十分で、風で吹き飛ばされそうな二人の”平和”という認識は一瞬にして粉砕された。

 

 降りてきたあからさまな戦闘用装備の兵士がテオトリーを拘束する直前、一瞬たじろぎながらも跳ね除けようとする獅子劫に彼女はそっと

 

「呼んでくれたら、必ず力になる」

 

 と耳打ちをすると、そのまま地面に叩きつけられるように(実際にはH力学によって衝撃は与えられなかったが)組み伏せられた。

 

「どういう…………ぐっ!」

 

 テオトリー以上に心得も力もない獅子劫は緩い力で拘束され、リーダー格と思しき傷を持つ男の前に突き出される。

 

「やあ、青春のところ申し訳ないな。獅子劫進くん」

「何だよお前らは…………企業兵か?」

 

 この時代に、統治機関と言える独立したものは実質的に存在しない。代わりに”政府”と呼ばれるものを含めた、多数の企業の独立統治によりこの世界の平和は実現された。

 

 それを端的に表すように、獅子劫はまず企業の私兵であるかを男に問うた。男はわずかに顎に手を当てると、目線を合わせるようにしゃがみ込む。

 

「まあ、そういう見方をしても良い」

「曖昧だな……!」

「曖昧に世界は進んでいるということだ。ご丁重にお連れしろ」

 

 その言葉には偽りはない。テオトリーも獅子劫も拘束をしっかりとされていても、しかし乱暴に扱われるということはなく、それぞれ別のByakheeに抱え込まれるように積み込まれる。

 獅子劫が叫ぼうとすると男は口を塞ぎ、噛みつくままに指を遊ばせる。血が出ていても、彼らは何も意に介さない。

 

 傍から見れば無音の誘拐。指を離せばすぐに、獅子劫は男に言葉で噛みつく。

 

「何が目的だ、どうせドールズ目当てだろ!」

「あぁ、そうなんだ。君を拘束するつもりもなかった、だが彼女は制限解除に君の声紋を使用したらしい」

「はぁ…………!?」

 

 どこで採取されたんだよ、という二の句も告げられずに男は向かい側に座り込む。獅子劫は呼応するように向かい合う席に括りつけられた。

 

「端的に言うが、彼女の権限を我々に移譲して欲しい。金なら幾らでもやる」

「どういうことだよ…………明らかにのっぴきならない事情があるらしいな」

 

 睨めつける獅子劫を男は意に介さない。

 

「…………ドールズの人権活動、知っているか?」

「知ってるさ、さっきもギャアギャア喧しかったよ」

 

 思い浮かべる光景を唾棄した獅子劫を見ながら、男は顔色変えずに煙草を吸い始める。

 

「予言しよう。ドールズは人として扱われる他無い」

「何でだよ」

 

 子どもを見る目つき。獅子劫は睨み返した。

 

「彼女達には人工子宮が取り付けられる計画がある。分かるかね」

「し、子宮……?」

「そうだ。他にも意思決定を一部代行したり、果てにはドールズしか任せられない仕事という概念も予定されている」

 

 獅子劫としては、ガジェットフリークとして縁遠い話ではない。

 ドールズの動向をいつもいち早くチェックしていた。試験配備が高校で行われることも事前告知で把握していた。QinREDシステムと呼ばれるドールズのDNA代わりの統合システムの課題や、彼女達の引き起こした事件だって詳らかに把握している。

 

 この話も、知っていた。だから予想もあった。

 ドールズの人権活動のバックにも、組織があるのではないかと。その予想は、陰謀論で終わってくれなかったらしい。

 

「他にも政治家、指揮官、あるいはスナッチャーに任せてきた仕事さえ…………色々な人間の背負う過酷な選択と責任を、彼女達に負わせようという計画だ」

「グロテスクだよ、あんた。僕は16のガキだぞ」

 

 グロテスク? と鼻で笑う。

 

「グロテスクなのは、意味も分からずアナログハックの影響で人権を求める民衆だ。それが何を引き起こし、世界がどうひっくり返るかなんて分かってない。性欲或いは庇護欲の錯誤から、彼女達は権利が必要なんだと喧しく叫んでいる」

「それを利用してるってんだろ、流れ的にはさ!」

 

 それはそうだ。男はあっさりと頷いたが。

 黒真珠のような瞳の奥が、突然見通せなくなる。世界全てを黒く塗りつぶしてしまいかねないような激しい奔流を伴う眼光、思わず獅子劫も顔を背けそうになるのを意気地だけで押し留める。

 

「だが、収まりが良いのも事実だ。ドールズは人であるべきだ」

「人であった方が都合がいい、だろうが」

「都合がいいことは良いことだ。何より、彼女達のメンタリティは実際に果てしなく人に近似していることは既に検証され尽くした事項でもある」

 

 知ってらぁ。悪態づく獅子劫を意に介さず、今度は真正面から顔を合わせる。高さすら合わせず、覆うように黒いコートが獅子劫の体を陰に隠し、威圧感すら伴った視線が獅子劫に重要な選択を強要しようとする。

 

「人のように扱うために作られ、そして人になるということ。これは道具として本懐だと私は認識している」

 

 顎を持つ。獅子劫の体格は、線が細い。男は軽々とした調子だった。

 

「君は少し協力してくれれば良い。ドールズを人として認める、そんな簡単なことで多くの人の重責と死体をドールズが肩代わりしてくれるのだから」

 

 どうせ、制限解除をしてくれという話だろう。獅子劫はそこまで察しが悪いわけではない。

 そうすれば彼女は何らかの方法で人間性の証明が可能となり、世界は瞬く間に言論の渦に飲み込まれ、近くない内に男の言うような「重責と死体の減らされた世界」が到来するのだろう。

 

 技術が成し遂げることとして、確かに良いことだ。獅子劫はその点は同意する。

 その点だけなら同意した。

 

「だから僕にトリガーを引けって? 勧誘が下手だよおっさん…………」

「そうか? 銃口を突きつければよかっただろうか」

 

 そう言って躊躇いなく取り出すのは、拳銃と言うには大きすぎるハンドキャノン。顔に打ち込まれれば一撃で三途の川を渡ることになるだろう。

 マガジンを確認し、撃鉄を起こして獅子劫のこめかみに突き当てる。

 

「甘い、遅いよおっさん」

「何がかね」

 

 トリガーに指をかけた。

 

「残念ながら人は合理的に動けないタイミングがあるんだぜ、知ってたか?」

「幾つか知っているが、まさかと思いたいな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり僕は、人間じゃないと思うね」

「では何なのだ? アレは」

「Theotry Daemon Kamillerは、人でも道具でもなく、まずドールズで!」

 

 同時に閉塞感だらけだった機内に大穴が空いた。

 僕は二回目の恋をさせられる。まるで翼を広げた鳥のように悠々と僕の前まで、鉄も、人も、世界も貫いてやってきた彼女を見せつけられて、また恋をしちまったらしい。

 

「続いてTheotry Daemon Kamillerに決まってんだろ! なんとかしてくれるか、テト!」

「勿論よ、獅子劫…………いや、マイマスター」

 

 何も凄いエフェクトなんかかかっちゃいない。ただ物理で力強く、きっと隣の機体から脚力だけで此処まで突き抜けて、計算したように僕の前に立ってくれたのだ。

 

 これでフラグじゃなかったら何なんだよ、マジで。

 朝と同じはずのドールズが、天使の翼でも持っているんじゃないかと錯覚しそうだった。

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