間章3幕『苦海にもがく黒氷』   作:せっせこパパイヤ

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プロローグ

ギギッ...と重い音を静かに鳴らしながら鉄の扉が開く。一人の女性が建物内に入ってきた。その女性は建物内を軽く見渡し、頭に被っていた灰色のローブを脱ぎ始める。この日、モンドでは珍しく雷雨が降っていて、そんな中、彼女はローブ1枚でやってきたのだ。

 

 

脱いだローブを分かりやすいように傍に置き、服に付いた多少の水滴を払う。そして、重い足取りで建物を歩く。

 

 

女性の視線は自然と内装に向く。この建物の内装を見る度、あの憂鬱な屋敷のこと思い出し、自然とため息が出る。

 

 

エウルア「(まあ、この建物を設計した人には罪はないけど....)」

 

 

女性の名はエウルア・ローレンス。罪人と呼ばれた貴族の末裔として生まれ、西風騎士団で騎士として、日々働いている。

 

 

今日は久しぶりの非番なので、普段の疲れを癒そうとしていた所、代理団長に呼び出されてしまい、今に至る。

 

 

騎士団本部内は人が少なかった。本来休日なのだからルーティンで回ってくる当番以外は全員いない。

 

 

「(何で私が...)」と心の中で思っていると寂しいホールの中で一人だけ立ちながら資料を読んでいる団員がいた。扉が開いた音でエウルアの存在に気づいたようで、敬礼し、近づいてくる。

 

 

団員「エウルア隊長、お疲れ様です」

 

 

エウルア「....はぁ。ちゃんと代理団長からの伝言通り、騎士団本部に来たわよ?」

 

 

団員「ありがとうございます。私もエウルア隊長がお休みのところを邪魔をするつもりはなかったのですが.....」

 

 

エウルア「...まぁ、いいわよ。それで、肝心の代理団長はどこに?」

 

 

団員「団長は地下の資料室にいらっしゃると思います」

 

 

エウルア「資料室...?珍しいわね。そこはリサとガイアぐらいしか行かないのに」

 

 

団員「私がエウルア隊長に伝えたということを報告したら急いで資料室に向かって行きましたよ」

 

 

エウルア「へぇ...」

 

 

重要な書類は騎士団本部の資料室に保管されている。そのため、権限のない団員は寄り付くことがなく、仕事の関係でガイアやリサぐらいしか普段使うことがない。

 

 

エウルア「まぁいいわ。ありがとう」

 

 

団員「いえいえ、それでは失礼します」

 

 

団員は敬礼をしてその場を去った。

 

 

エウルア「(まったく、ジンは何を考えているんだか....)」

 

 

不満を心の中で言いながら、階段を降りて行った。

 

 

階段を降りるごとに雷雨が地面を打ちつける音が小さくなっていき、廊下に着く頃には完全に静まり返った。

 

 

地下はこれといった置物はなく、質素なものだ。人が2、3人横に並べる程度の廊下には3mおきに木製の古びたドアが佇んでいる。完全に役割を終えたドア表面はひび割れて、塗装は剥げ落ちている。

 

 

長いようで短い地下の廊下を歩いていると、突き当たりの資料室に到着した。

 

 

 

エウルア「(本当古いわね....。一回足蹴りしたら真っ二つに折れるんじゃないかしら....)」

 

 

そんな冗談を思いながら資料室のドアを2回ノックする。

 

 

リサ「あら、来たようね」

 

 

ジン「入ってくれ」

 

 

2人の女性の声が聞こえたので、鈍い音を立てるドアを開ける。

 

 

資料室は真ん中の長めの机が設置してあった。そこにクリーム色の髪をした女性と茶髪の女性が座っていた。代理団長のジン、そして騎士団の図書館司書を務めているリサだ。

 

 

ジンがその場に居るのは当たり前なのだが、リサがいるのは予想外だった。

 

 

面食らったエウルアだったが、いつもニコニコしているリサが真顔でいることにただならぬことが起こっているを感じ取り、気を引き締めた。

 

 

ジン「休日に呼び出してすまない。そこに座ってくれ」

 

 

ジンが手を差した席に座る。すると、リサが古臭い部屋に似つかない紅茶を差し出した。

 

 

リサ「はいどうぞ。熱いから気をつけてね」

 

 

エウルア「ありがとう」

 

 

エウルア「それで、私に用があるみたいだけど何かしら?」

 

 

出された紅茶を1口飲み、早速エウルアが話を切り出した。

 

 

リサ「これに関してはジンに話してもらうのが良さそうね」

 

 

リサがジンに目配せすると、エウルアに真剣な眼差しを向けて話しはじめた。

 

 

ジン「君のお姉さんについての話しで今日呼び出した」

 

 

エウルア「ぶっーーーーーー!!!!」

 

 

思わず紅茶を噴出す。

 

 

リサ「大丈夫?」

 

 

エウルア「姉さんが.......何?」

 

 

ジン「フォンテーヌの科学院と連携して、写真機をモンドの数箇所に配置するプロジェクトがあったのは覚えてるか?」

 

 

エウルアは首を縦に振る。

 

 

そのプロジェクトが行われたのは数ヶ月前のこと。魔物の群れの動きなどを検知する特殊な写真機がフォンテーヌから送られてきた。前々からモンドと科学院は繋がっていたらしいのだが、詳しいことはよく分からない。

 

 

エウルア「まさか、その写真機に姉さんが写り込んでたって話...?」

 

 

ジン「その通りだ」

 

 

ジンがそう言うと、横に置いてあった写真が入ったファイルを開き始め、とある1枚の写真を見せてきた。

 

 

写真の中心には、エウルアと非常に顔が似た女性が居た。心臓が飛び跳ねそうなほど驚いたのと同時に胸の高鳴りが収まらない。記憶と何もかも違うが確信した。間違いないーーー姉さんだ。

 

 

エウルア「姉さん......」

 

 

ジン「保存されていた写真が回収されてきてこっちに回ってきたね....私がそれを見ていたんだ。そうしたら、君のお姉さんが偶然....」

 

ジン「誤作動を起こして人間を撮ってしまったと思いながら写真を見ていたのだが、目を凝らしてみると、君にそっくりだった。一瞬エウルアだと錯覚してしまうほどだ。だが、よく見ると違うものでな....君から姉さんがいると聞かされていたのを思い出して、こうして君を呼び出した」

 

 

エウルア「どこ!?教えて!!!!」

 

 

エウルアが焦燥のあまり勢いよく椅子から立ち上がり、ジンに詰め寄る。

 

 

リサ「落ち着いてエウルア!」

 

 

それを慌てて止めに入り、エウルアの両肩を掴み、落ち着かせる。

 

 

リサ「気持ちはわかるわ。でも、冷静になってちょうだい」

 

 

エウルア「あ.....ごめんなさい。つい...」

 

 

エウルアがはっとなり席に再び腰掛ける。

 

 

ジン「そう声を荒げるのも無理もない。数年ぶりに血縁者の消息を掴めたのだからな」

 

 

ジンがいったん話すのを辞め、そばに置いてあった紅茶を飲み、一呼吸置いてからまた話し始めた。

 

 

ジン「この写真は風龍廃墟で撮影されたものだ。おそらく一週間前だと思う」

 

 

エウルア「え?そこって閉鎖されてるんじゃないの?」

 

 

ジン「ああ.....その通りだ。なるべく侵入されないように努力はしているがなにしろ範囲が広いからな....」

 

 

ごく最近、暴走状態となったトワリンが現在のモンド城に出現する事件が起き、人々はそれを恐れ始めた。それを旅人達の活躍によって再び平和が訪れたと思ったのだが、事件以来風流廃墟の地面から漏れ出す地脈の濃度がおかしくなっていたのだ。

 

 

元々風が吹き荒れる地域だったのに加え、地上の亀裂から極めて高濃度の元素が流れ出て、危険地帯と化している。そういった現状を踏まえて騎士団は閉鎖に踏み込んだ。

 

 

前までは、風元素のバリアで覆われていたが、トワリンの暴走が収まった結果バリアが決壊。しぶしぶ騎士団は閉鎖という物理的手段をとらざるを得なくなった。

 

 

ジン「すまないが、写真は一枚だけしか....」

 

 

エウルアは開いた口が塞がらない。2人は情報整理の時間が必要だと考え、紅茶を飲みながら様子を伺っていた。

 

 

ジン「確か君の姉さんは牢屋から出たあと、行方をくらませていたと聞いていたが....」

 

 

エウルア「そうね...。いつの間にか消えていたの....。今どこで何をしているのか分からない状態なのよ」

 

 

ジン「だが、風流廃墟に現れた。これは逆に嬉しい知らせとも言える」

 

 

エウルアは話を聞いて、少し複雑な気分になった。確かに姉さんが生きていることがわかった。だが、なぜ風龍廃墟に? エウルアは疑問に思いジンに質問する。

 

 

エウルア「けどなんで風龍廃墟に....?」

 

 

ジン「断定はできないが..........地脈の元素を採取していたんだと思う」

 

 

ジンが姉と思われる人物の横にあるオブジェクトに指差す。すぐそばに杭のようなものが地面に刺さっていた。

 

 

杭を地面に突き刺すと、地下にある元素を引き付け、採取するらしい。

 

 

本来は、地脈の力を採取するには構造が複雑で、専門家しか作れないものだ。しかし、姉が使っているのは昔から使われていた形式のもので簡易的なものらしい。おおよそ今から40年前のもの。通りで写真を見てわからないはずだ。

 

 

騎士団の倉庫で新しめの採取装置は見かけたことはあったが、さすがに40年前の古い装置は見たことがなかった。

 

 

エウルア「でも地脈ってかなり濃密度だから人体には有害なんじゃ...」

 

 

ジン「ああ、その通り。元素の濃度が高いものは逆に人間に支障をきたすんだ。特に風龍廃墟は地脈の元素は濃すぎる。だから今回我々は封鎖に踏み切った。それでも、好奇心に囚われた結果、騎士団の治療班のお世話になるバカはいる」

 

 

リサ「神の目があればある程度の元素には耐性はあるけど...。もしエウルアのお姉さんが神の目を持たずに地脈の元素を浴びてるとしたらかなりの愚行よ」

 

 

エウルア「神の目...」

 

 

あれ....?神の目持ってったっけ......?ーーーーそんな疑問がエウルアの頭をよぎる。

 

 

姉と木陰で父にバレないように遊んでいた時、金色の装飾が施されている水色の石を見せてきたことがある。

 

 

もしかしてあれは...。

 

 

エウルア「確定......ではないけれど....記憶の限りだと持っていたはず」

 

 

リサ「よかったじゃない。けど、なるべく避けた方がいいわね」

 

 

エウルア「.....どうして元素を?」

 

 

ジン「わからないというのが本音だ。元素は色々な使い方があるからな...写真だけの情報で断定はできない」

 

 

ジンは写真をエウルアに渡すとファイルを片付け始める。

 

 

ジン「話は以上だ。今後も写真には目を通して何かあれば君に知らせるようにしよう」

 

 

傍にファイルをそっと置くと、ぬるくなった残りの紅茶を飲み干した。

 

 

エウルア「...ありがとう」

 

 

エウルアも紅茶を飲み干すと足早に部屋を出ていこうとしたが、ドアで立ち止まった。

 

 

エウルア「....さっきはごめんなさい。せっかく写真のことを教えてくれたのに...」

 

 

ジン「心配することは無い。クレーの世話するよりかは何倍もましだ」

 

 

リサも全くと呟いていた。エウルアが微笑んで、早々と資料室を後にする。

 

 

騎士団本部を出るとすっかり雨は晴れていた。雲一つ無い空から太陽の光が降り注ぐ。あまりの眩しさにエウルアは、目を細めた。

 

 

ぞろぞろと建物からモンドの住民が、この快晴を今か今かと待ち望んたかのように出てくる。30分もしないうちに賑わいを取り戻すだろう。

 

 

エウルアは雨上がり特有の湿きった匂いを嗅いで、ため息をついた。

 

 

エウルア「姉さんの消息を掴めただけでも嬉しい知らせね.....」

 

 

ポケットから写真を取り出し、思慮を巡らせる。

 

 

ある日を境に姿を消した肉親。自分の姉は今どこで、なにをしているのか。

 

 

エウルア「とりあえず風龍廃墟に行ってみる価値はあるようね...」

 

 

水溜まりを避けながら、まだ乾燥しきっていない石畳の上を力強く歩き始める。

「さっさと答えなさい....私はそんな待てる性格じゃないわよ」

 

 

風が吹き荒れる草原、そこには女性と魔物がいた。魔物は血だらけで満身創痍の状態であり、息を荒らげながら岩を背に倒れ込んでいる。仲間がいたはずだが、全てその女性の手によって屠られ、屍累々となっていた。

 

 

たった今この女性は魔物の襲撃を受けたところだった。だが、戦力差は絶望的。一瞬で切りつけられ、虫の息の一体がこうして尋問をうけている。

 

 

尋問というより拷問に近いだろう。魔物の肩には血がドクドク出ているが、女性が足で踏んずけたりして回答を待っていた。

 

 

「わかった!言う!だからやめてくれ!」

 

 

「最初から素直に言えばいいのよ」

 

 

「俺はただ指示されただけだ!本当に!」

 

 

「……そのぐらい知ってるわよ。私が知りたいのはあなた達の拠点の場所だけ」

 

 

「言えない........!」

 

 

「はぁ.......驚いた。まさかアビスでもそんな仲間意識があったなんて」

 

 

女性がグリグリと傷跡をえぐる。

 

 

「ぐっ........」

 

 

「まぁいいわ。じゃあね」

 

 

ゴミを見るような目で魔物を睨むと、持っていた片手剣で魔物の頸動脈をかっきった。

 

 

魔物の首から勢いよく、真っ赤な血が吹き出し、返り血で真っ赤に染まった。

 

 

艶のある青髪。凛とした顔つき。彼女の名前はゼーレ・ローレンス。

 

 

ゼーレは小さなため息をつきながら血まみれの片手剣を吹き始める。

 

 

ゼーレ「襲撃か....あっち側も私の計画に気づいた頃ね。あんまり長いこと時間はかけられない...」

 

 

拭き終わった片手剣を仕舞うと、目の前の息絶えた魔物に目を配る。

 

 

ゼーレ「あなたも来世でましな人生送れるといいわね」

 

 

砂塵が舞い、血痕が染み付いた地面の上を力強く歩き始めた。

プロローグ【終】

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