間章3幕『苦海にもがく黒氷』   作:せっせこパパイヤ

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第4幕『流離の死魂に穿つ決別の炎』②

パイモン「ここに訪れるのって何度目なんだ.......?なぁ、旅人。オイラ達よりデーヴァーンタカ山に何度も来たやつって居ないんじゃないか?」

 

 

空「そうだね」

 

 

パイモン「3日前の戦いに....ナヒーダの件に....今度は採取のために....。うぅ...景色がデジャブすぎるぞ....。これで最後だといいんだけどな...」

 

 

空「俺はここは景色がいいから何度来ても飽きないよ」

 

 

パイモン「あぁ、いや!オイラも確かにここは森が生い茂っていて景色がいいよな!心が落ち着くっていうかなんというか...」

 

 

空「パイモンもそういう心があったんだね」

 

 

パイモン「っておい!」

 

 

空「冗談だよ。さっ、早く採取してスラサナンタ聖処に戻ろう」

 

 

パイモン「そうだな...。というかどうやって降りる?」

 

 

空「うーん........」

 

 

以前のデーヴァーンタカ山なら崖から露出した、巨大な遺跡守衛にも負けない程の木の根っこが生えていて、それが谷底にまで続いているためそこから降りられた。だが、あの戦いが原因でそのツタも真っ二つなため、降りる手段がない。

 

 

無事に降りられても上がることを考えると、空は中々結論を導き出せる事は無理だった。

 

 

空「俺には風の翼があるから降りる事自体はできるけど...」

 

 

パイモン「上に上がる時だよな、問題は」

 

 

空「パイモンは飛んでいるんだし、パイモンが俺の服を掴んで飛べば済む話じゃない?」

 

 

パイモン「鬼か!?」

 

 

空「地形がえぐれている部分もあるんだし、探せば手掴みで登るとこもあるんだからそこから降りよう」

 

 

パイモン「そうだな....。あっ!旅人!その必要はないかもしれないぞ!」

 

 

空「?」

 

 

パイモン「あの時ゼーレが洞窟内で走った時を覚えてるか?」

 

 

空「うん。それがどうかしたの?」

 

 

パイモン「それであいつは洞窟内の抜け道を使って地上に出たわけだろ?だったら、その逆を使ってその抜け道で下に降りればいい」

 

 

空「いい案だね、パイモン。冴えてるよ』

 

 

パイモン「ふふん。さっ、日が沈む前に行ってみようぜ!」

 

 

パイモンの行った通り、洞窟内の抜け道を使って無事谷底まで行けた。空自身、戦いの余波で崩壊しているのではないかと不安だったが、どうやら杞憂だったようだ。

 

 

所々に苔が生えた長方形の石が壁にびっしりと埋まっている階段を降り、緑一色の世界へと降りた。

 

 

パイモン「うっへぇ....。草しか生えてないな....。どうなってるんだここは...」

 

 

空「うーん...」

 

 

谷底は草や花しか無かった。いや、草というよりは木に近い。自分よりも背の高い草がびっしりと埋まり、前を見ることすら難しい。

 

 

空「手探りでしか無理だね」

 

 

パイモン「あ、待ってくれ旅人」

 

 

空「どうしたの?」

 

 

パイモン「ナヒーダは高濃度の草元素の草や花を取ってきて欲しいって言ったんだろ?よくよく考えたら.....どうやって見つけるんだ?」

 

 

空「あ.....」

 

 

空はハッとなった。

 

 

行動を早く移すがあまりに、その場で了承したせいで、ナヒーダから元素を吸った草と花をどう見分けるのか方法を聞いていなかったのだ。

 

 

パイモン「そうだな....1回元素視覚で見てみようぜ?それで分かるかも知れない」

 

 

空「分かった」

 

 

そう言うと空は全身に力を入れ、元素の流れを確認する。すると、視界が一気に灰色に変化し、次第に周りの景色が元素に対応し始めた。

 

 

もちろんの事だが、目の前の草は緑。それしかない。

 

 

空には、高濃度というものは視覚で分かるのだろうと思っていた。だが、色はただの緑一色だったのだ。

 

 

パイモン「どうだ?」

 

 

空「分からない。一応パイモンの言う通り元素視覚で見たけど、元素の濃い部分を見ることは出来なかった」

 

 

パイモン「うーん....元素視覚でも分からないのならどうしたものか....。あ、そうだ。そういえばなんで旅人はここは元素が濃いとか薄いとかわかるんだ?」

 

 

空「感覚....だね」

 

 

パイモン「ええ?」

 

 

空「そうとしか言いようがないよ。この世界に来た最初は苦労したよ。だけど、じわじわと体が元素に適用していく感じなのかな...そこから割と見分けがつくっていう」

 

 

パイモン「それは旅人だけなのか?」

 

 

空「多分、俺以外もそうだよ。エウルアだって初めてこの山に来たのに谷底に元素が滞留していることに気づいたでしょ?」

 

 

パイモン「ああ...それもそうだな...。感覚で分かるなら、高濃度の草元素の場所も分かるんじゃないか?」

 

 

空「いや分からないんだ...。確かにここは草元素が充満してるけど、どれも同じような濃度ばっか...。これじゃ無理だね」

 

 

パイモン「困ったなぁ...。もう1回、スラサナンタ聖処に戻ってナヒーダに聞くか?」

 

 

空「そうだね...」

 

 

パイモンは腕を組んで、困り顔を浮かべながら周りを見渡し始めた。

 

 

だが、その時何かアイデアを閃いたようだ。

 

 

パイモン「あ....ダメ元でアランナラに聞いてみるか....?あいつ達なら見分けが着くかもしれない...」

 

 

空「なんだか今日は本当に冴えてるみたいだねパイモン」

 

 

パイモン「うーん...呼ぶとしても誰を呼ぶか....。アランナラは今ほとんどがアランラカラリを貯めている状態なんだろ?うーん....。アランコンティはどうだ?あいつ、聖鍵殿で別れてから会ってなかったよな。オイラあいつのことが心配だから聞くついでに会ってみようぜ」

 

 

空「いいね」

 

 

パイモン「おーーーい!アランコンティーーー!」

 

 

早速、パイモンは口の周りに手を当て、草原に木霊するようにアランナラの名前を叫んだ。

 

 

だが、何も反応がない...。

 

 

パイモン「んん?何も反応がないぞ...。聞こえなかったのかな.......。1回旅人がやってみてくれ」

 

 

空「アランコンティ!」

 

 

アランコンティ「何?呼んだ?」

 

 

パイモン「おわぁ!?びっくりした!」

 

 

パイモンはてっきり自分の呼びかけで来ないのだから、空の呼びかけにも来ないのだろうと思っていた。

 

 

だが、結果は全くの逆で緑色の生命体が目の前の小岩の上に出現する。

 

 

空「え...」

 

 

アランコンティ「呼んだのになんでそんな驚いているの」

 

 

空「いや、まさか本当に出るとは思わなくて」

 

 

アランコンティ「え、まさか冗談で呼び出したの。アランコンティは暇じゃない。帰るよ」

 

 

パイモン「あー!待て待て!冗談じゃない!お前に用事があったから呼んだんだ!」

 

 

アランコンティ「本当?」

 

 

パイモン「本当だぞ!」

 

 

アランコンティ「白いパイモンはバカだから嘘つけない」

 

 

パイモン「なんでオイラの声かけには応じなくて、旅人には反応するんだよ...」

 

 

アランコンティ「?白いパイモン呼んでた?」

 

 

パイモン「呼んでたぞ!かなり大きい声を出したんだからな?」

 

 

アランコンティ「アランコンティ、聞こえなかった」

 

 

パイモン「うーん...」

 

 

アランコンティ「それで何の用?」

 

 

パイモン「ああ、実は...」

 

 

パイモンは、経緯とアランコンティの安否を聞き出した....。

 

 

アランコンティ「千樹の王クラクサナリデビが言う、元素が高い草というものは一見違う」

 

 

パイモン「と.......いうと?」

 

 

アランコンティ「それはナラ達がよく使う比喩表現というもの。草元素は活性化されているかいないかで違ってくる」

 

 

アランコンティ「簡単に言えば草や花に記憶の残骸が残っているか、そして地脈が近くにあるかどうか。それが活性化していて元素が詰まっているってこと」

 

 

パイモン「なるほど!つまり単純に元素の量で決まるんじゃなくて草元素の活性も関わって来るってことだろ?」

 

 

アランコンティ「そう。白いパイモン、分かってる」

 

 

パイモン「お前の言うことは理解出来たけど、結局どれがどれなのか分かんないぞ....」

 

 

アランコンティ「仕方ない。このアランコンティが教えてあげる」

 

 

パイモン「いいのか!?」

 

 

アランコンティ「うん。ナラ達にも恩があるから。アランラカラリを使って活性化してる草にマークをつける....」

 

 

パイモン「えっ、お前アランラカラリを使っていいのかよ!また、あの時と同じになるぞ!」

 

 

アランコンティ「安心して白いパイモン。あれよりかは貯めてきた。だから、大丈夫」

 

 

アランコンティは短い腕いっぱいに伸ばすと、次第に体が緑色の光に包まれた。

 

 

その光は紐状になり、そして草原にくっつく。すると、草原の中により濃い緑色のゾーンのようなものが出来上がった。

 

 

アランコンティ「はい。緑色に光っている場所が活性化してる草」

 

 

パイモン「おお!助かるぜ〜!」

 

 

パイモンが思わず拍手をする。

 

 

アランコンティ「もう、他に用事はない?」

 

 

パイモン「これだけだぞ!ありがとうな!」

 

 

アランコンティは腕を振りその場から消えていった。

 

 

パイモン「よーし、アランコンティのおかげで場所がわかったな。それじゃあ旅人、日が沈む前にぱぱっと取ろうぜ!」

 

 

空「思ったより量が多いから二手にわかれよう」

 

 

パイモン「分かったぞ!」

 

 

そうして、パイモンと空は2人に別れて、各々の場所に向かった。

 

 

そこから15分ぐらいはたっただろうか....。光に導かれるまま、一心不乱に草をむしり取っているその時.......。

 

 

パイモン「うわぁあああああ!!!旅人!!助けて!!!」

 

 

谷中に響き渡る勢いの悲鳴。思わず手を止め、悲鳴が聞こえてきた方向を振り向く。

 

 

空「!(今のは.......パイモンの叫び声......!?)」

 

 

パイモンの叫び声だと分かるな否やその方向に走り出した。

 

 

自分よりも背の高い草むらを掻き分けた先にあったのは...。

 

 

「ちっ....わめくな...。静かにしろ」

 

 

空「パイモン!」

 

 

アビスの使徒が泣きわめくパイモンを抱き抱え立っていた。

 

 

空「(アビスの使徒....!?なんでここに....!)」

 

 

「このうるさいお邪魔虫がいるということは....当然貴様もいるわけだな。姫様の片割れ......!」

 

 

空「パイモンを離せ!」

 

 

声を荒らげ、空はすぐさま治したばかりの片手剣を取り出し、鋭い刃先をアビスの使徒に向ける。

 

 

空「なんでここにいるの.....?」

 

 

刃を向けられたアビスの使徒は逆に満更でも無い様子で語り始めた。

 

 

「なぜここにいるか....?それはこっちのセリフだ。我々アビス教団は計画に基づいてここにいるだけでな......!しかし、貴様がここにいるのは想定外だったな......あの女の戦いの事後処理のなのか知らんが、もう少し時間を置くべきだったか........!!」

 

 

空「計画に基づいて.......。それよりも早くパイモンを離して。離さないなら武力行使するよ」

 

 

「ほう....?ふん、まあいい」

 

 

空の脅しにアビスの使徒は一瞬、青筋を立てたが、ふと冷静になって、パイモンを空に投げた。

 

 

「囮なぞいらん!!アビス教団に楯突く者は今ここで、私の手で葬ってやろう!!さあこい!」

 

 

アビスの使徒は激昂し、腕に水元素の剣を纏いながら、空に襲いかかる。

 

 

だが、決着は一瞬で着いた。

 

 

飛んできたパイモンをキャッチしたので、一瞬隙が生じてしまったが、空は冷静に片手剣でアビスの使徒の心臓を貫いていた。

 

 

「なっ....。がっ......!」

 

 

空「俺も....ゼーレとの戦いで実力不足ということを嫌程分からされた。まだまだ強くならなくちゃ.......。アビスの使徒ごときに手間取ってる場合じゃない」

 

 

貫いた片手剣を引き抜くと、力尽きたのかアビスの使徒が地面に仰向けに倒れ込む。

 

 

「貴様....!ふん....まあ......いい。あの計画は......ほぼ90%のところまで完成している。結局あの女も律者も.......''黄金の理想''の前には踏み台に過ぎん!!!」

 

 

空「黄金の....理想....?それより逝く前にひとつ教えて欲しいことがある。ゼーレと君達アビス教団にどんな因縁があるのか教えて」

 

 

「......?なんだと?因縁?はっ!はっ!はっ!」

 

 

肉体が塵になりながら崩壊する中、空の言葉を皮切りに突然高らかに笑いだした。

 

 

パイモン「なっ、なんだよこいつ....」

 

 

「因縁だと?そうか、貴様らはそう感じているのだな!そんな血みどろとしたものじゃない!ごく自然なことだ!我々アビス教団は返すべきものを返してもらうだけだ!やつの中にある律者の力をな!」

 

 

空「返す....?」

 

 

「そうだ!貴様らが常識だと思っている事象のように!呼吸をしたら息が楽になると感じるように!それと同じだ!」

 

 

空「何を言って....!」

 

 

「くっくっくっ...!世界は...必ず燃え盛る....」

 

 

アビスの使徒は最後まで笑い声を辞めることなく、塵となって消えていった。

ナヒーダ「そう...なのね...。アビス教団は未だ、あの山で何かをしていると...」

 

 

パイモン「ナヒーダの頼み事している途中草むらでばったりアビスの使徒と出会して、それで人質に取られたんだぞ...」

 

 

ナヒーダ「それは災難だったわねパイモン。それとわたくしが考え事に夢中でどれが元素を吸っている草なのかを教えれてなくてごめんなさい...」

 

 

パイモン「アランコンティが教えてくれなかったらまたここに戻ってくる羽目だったぞ....。あ、いやアビスの奴らに出くわさないっていう点ならそれでも良かったな!」

 

 

ナヒーダ「そうね.......」

 

 

パイモンの言葉に反応は示すもナヒーダは何も無い所を見つめ、何かを考えているようだった。

 

 

空「何を考えているの?」

 

 

ナヒーダ「アビス教団のことよ。なぜ未だにアビス教団は彼女の事を嗅ぎ回っているのか.......。黄金の理想とは何か....。まだまだ謎に満ちているわ。アビス教団の姿を見たのは勿論スメールに留まらないのでしょう?」

 

 

パイモン「そうだな...。モンドの風龍廃墟にも居たぞ?」

 

 

ナヒーダ「モンドにまで?それは偶然ではなく?」

 

 

パイモン「オイラ達、エウルアを探すために風龍廃墟に行ったんだ。そこで、旅人がアビス教団を見つけたんだぞ......。するとゼーレが実際にそこに行ってたらしくて、アビス教団が居たってことは....偶然じゃないんじゃないか?」

 

 

ナヒーダ「モンドにも居たとなるとアビス教団は彼女に異様な執着を見せているようね」

 

 

パイモン「そういやそこまでゼーレに執着しているならなんで今ゼーレを襲いに来ないんだろうな。絶好のチャンスなのに」

 

 

ナヒーダ「パイモンの言う通り、彼女自身に用があるのならばアビス教団は今頃スラサナンタ聖処に押しかけているわ。だけどそうしないのならば、もうする必要がないのかはたまた....」

 

 

空「.......」

 

 

ナヒーダ「とりあえず先にやるべきことをやりましょう。旅人、採ってきた草をわたくしに渡してちょうだい」

 

 

空「はい」

 

 

空はポケットから手のひらに収まるサイズの革袋を取り出しとそれをナヒーダに手渡した。それを受け取ったナヒーダは革袋の中を覗いて、状態を確認し始める。

 

 

ナヒーダ「確かに。この剣に移す元素量としては十分すぎる量よ」

 

 

パイモン「だけど、そのあとのやつは....その何十倍も必要なんだろ?」

 

 

ナヒーダ「ええ、だけど足りると思うの。足りていない場合でもわたくしが何とかするわ」

 

 

パイモン「そっか....」

 

 

ナヒーダは革袋の中にあった数枚の葉っぱを手のひらに乗せると、草元素と共鳴して葉っぱは緑色の光を放ち出した。そして、その光は台座のそばに置いてあった片手剣に乗り移る。

 

 

ナヒーダ「さぁ、旅人。これを持ってちょうだい」

 

 

空「...うん」

 

 

空は恐る恐る力で満ち満ちている片手剣を持つと、眠っているゼーレの傍までやってくる。

 

 

ナヒーダ「あら、緊張しているの?手が震えているわ」

 

 

空「ナヒーダの言う理屈は理解できるけど、いざするとなると緊張してくるね........」

 

 

ナヒーダ「あなたの気持ちはわかるわ。だけど、安心してちょうだい。これは彼女を救う最大の策よ」

 

 

ナヒーダも台座を回り込み、ゼーレの頭部の近くに移動する。2人とも準備万端のようだ。

 

 

ナヒーダ「わたくしの力で彼女の中の世界樹の汚染源を特定するの。そして、世界樹を一時的に外界に出現させる。そこに旅人がその浄化の剣を突き刺してちょうだい。準備はいいかしら?」

 

 

空「うん」

 

 

空の返答にナヒーダは頷くと、草元素を纏った両手をゼーレの頭に触れ、彼女の精神の中に潜行し始める。

 

 

もの数秒、地面が地割れるような音を立て、ゼーレの胸に小さな亀裂ができた。その亀裂からは黒い霧が微弱ながらも漏れ出ている。

 

 

ナヒーダ「ついに世界樹の深部に辿り着いたわ!旅人、剣を突き刺して!」

 

 

黒い霧を吸い込まないように口を手で抑えながら、亀裂の元に剣先を近付け、位置を確認しながら腕を振り上げる。

 

 

ナヒーダ「思い切って!そうじゃないと汚染源は浄化できないわ!」

 

 

空「ふぅ..........。ふん!」

 

 

大きな唾を飲み込み、覚悟を決める。

 

 

振り上げた剣は、グリップごと亀裂に入ってしまう勢いで剣を突き刺した。

 

 

その時、体の芯ごと吸い込まれてしまう感覚がした。飲み込まれないように、足に力を入れる。

 

 

空「ひ、引っ張られる!」

 

 

ナヒーダ「世界樹が草元素を吸っている証拠よ!もう少し踏ん張ってちょうだい!」

 

 

片手剣を纏っていた緑色の光はグリップから刃先の順に徐々に亀裂の中に入っていく。そして、完全に草元素がゼーレの胸の中に入ったことを確認したナヒーダは両手を頭から離した。

 

 

ナヒーダ「旅人!打ち込みは完了したわ!急いで剣を離して!」

 

 

ナヒーダの指示で、空は急いで剣を抜く。その勢いでスラサナンタ聖処に尻もちをつく。

 

 

飛び出して行った黒い霧は亀裂の中に入っていき、その亀裂も消滅した。

 

 

ナヒーダ「はぁ...はぁ...はぁ....。どうやら....成功のようね」

 

 

空「け、剣が...」

 

 

尻もちをついた衝撃で地面を滑った剣だったが、亀裂が閉まると同時に段々黒く変色し、そしてボロボロになった。

 

 

ナヒーダ「膨大なエネルギーに崩壊してしまったようね....。何とか浄化するまでに耐えてくれたからありがたいけれど...」

 

 

パイモン「亀裂の中から出てきた黒い霧は一体なんなんだ?」

 

 

ナヒーダ「彼女を蝕んでいる汚染だと思うわ。浄化するものに対して抗うように出てきたと....。うっ....!」

 

 

ナヒーダはデーヴァーンタカ山と同様、突如膝をつき、台座に手を置いた。

 

 

パイモン「ナ、ナヒーダ!大丈夫か!?」

 

 

ナヒーダ「ええ.....何とか.....。ここ連日の無茶が堪えたようね...」

 

 

空「休んだ方がいい......。''もう1つの方''も、準備ができているんでしょ?」

 

 

ナヒーダ「大丈夫。そっちもとっくに終わっているわ。この浄化はあくまで彼女が目覚めるまでのサポートに過ぎない....。本命は....あっちだけれども....。はぁ....はぁ....はぁ....」

 

 

ナヒーダは深呼吸で呼吸を整え、台座のそばに座り込んだ。

 

 

ナヒーダ「あとは彼女自身の意思に問うしかない。わたくし達のやるべきことはやったわ....。あなた達のお言葉に甘えて少し....休憩するわね....」

 

 

そういうとナヒーダは荒い息のまま目を閉じるとそのまま動かなくなった。

 

 

パイモン「ね、寝たのか....?」

 

 

空「そうだろうね.......そっとしておこう」

 

 

パイモン「そうだな...。旅人どうするんだ?」

 

 

空「俺も病み上がりで無理したからちょっと疲れた。それにとっくに日も沈んでいるから、そのままここで夜を開けようかな」

 

 

パイモン「そうなのか...じゃあオイラもそうするとするか」

 

 

空「お腹減ってないの?」

 

 

パイモン「正直減ってるけど....まぁいいぞ...」

 

 

空「珍しいね。君は?」

 

 

スカラマシュ「僕は教令院の連中から押し付けられた面倒な仕事ととやらが残っているからいいさ。君達は思う存分寝るといい」

 

 

空「その後は?」

 

 

スカラマシュ「その後...?特に考えていないが、ぶらぶらとこの街を徘徊しておくさ。気にする事はないよ」

 

 

空「そう....じゃあ。おやすみ」

 

 

硬い床に体を突っ伏し、瞼を閉じた。

 

 

空はこんなところでまともに寝れるのかと思っていたが、疲れのおかげで意識は泥の中に落ちていった。

目を開けるとただひたすらに海の中を漂っていた。

 

 

温かさも、そして、水特有の清々しい冷たさも何も感じない。息も苦しくない....。

 

 

そもそもこの状況で呼吸をしているんだろうか...。

 

 

今はそこまで考える余裕なんてない.......。

 

 

だけど、何か落ち着くな....。

 

 

ずっとここに居たい....。

 

 

あれ........でもなんでここにいるんだっけ。確かエルを助けて....それから....それから.....。

 

 

 

ここは....どこなんだろう....。

 

 

天井には濃淡色の水面に白い綿が陽に照らされユラユラ揺れている。下には、果てしない深さが続いていた。

 

 

死んだ....の?

 

 

死後の世界とやらを信じるつもりはないけど、ここがもしそうなら.......案外悪くないのかも.......。

 

 

「大丈夫。まだ死んじゃいない」

 

 

心地よい雰囲気にゼーレは再び目を閉じようとした時に突如深海に響き渡る声が耳に届いた。

 

 

一見、ハキハキとしているように感じるが、どこか力の抜けた女性の声。そんなものが鼓膜を振動する度にゼーレの意識は徐々に戻っていく。

 

 

ゼーレ「(何......この声は.......)」

 

 

「ここは君の精神世界。死んでいるのなら、海じゃなくて真っ暗な世界の中、魂が漂っているよ.......」

 

 

ゼーレ「(私の....精神....?)」

 

 

「そう。あなたの精神を司る心の鏡。あなたはあの戦いの後ここに意識がやってきた」

 

 

ゼーレ「(あなたは.....誰?)」

 

 

「あの旅人って子が精神世界を認識した時に見た、もうひとつのあなただよ」

 

 

謎の女性の言葉にゼーレははっとした。実はこの声をどこかで聞いたことがある。

 

 

ゼーレ「(数年前から薄々気づいたけれど、やはりあなた......!)」

 

 

「あの日以来だね。お久しぶり」

 

 

ゼーレ「(今更何を話すことが....!あの時に律者の力が目覚めたせいで.....!)」

 

 

「そう怒らない。あなたの前に出てきたのはわけがある」

 

 

ゼーレ「(....何?)」

 

 

「ひとつ私とあなたとの間に契約を結ぼう」

 

 

ゼーレ「(契約...ですって?)」

 

 

「あ、でもそれは今じゃない」

 

 

ゼーレ「.....?」

 

 

「今する必要はない。だけど今後絶対に結んでいく必要がある」

 

 

ゼーレ「(どうして?)」

 

 

「(あなたは今一つのことに執着しすぎている。これから起きる出来事であなたの心を変えていくの。心を育てるのに近い......かな。そして、その変化を持ってして、またここに来て)」

 

 

ゼーレ「(なんで私がまたここに来る前提で話しているのよ....。それに契約ってどんな契約よ......?)」

 

 

「(いや、あなたはまたここにやってる。これは確定している。絶対に。それは変わらない。それに、どんな契約なのかは今教えられない。それはあなたのためにならない)」

 

 

ゼーレ「(私に協力するみたいな言い草ね......)」

 

 

「そうせざるを得ないの。あなたは。.....さあ行ってらっしゃい。今あなたがいる世界はここじゃないよ」

 

 

ゼーレ「(行くって....どこに....)」

 

 

「もちろんみんなの前へ.....だよ」

 

 

突然沸騰するかのように海底から海流が吹き出してきた。そのままゼーレの体を包み込み、そして、海面にまで連れていく。

 

 

ゼーレ「(!?これは一体....!)」

 

 

そして、海面に接したと思いきや、世界が真っ暗になった。だが、しかし女性の声はまだ続いている。

 

 

「あなたは私で、私はあなた。だけど、それは真実で、絶対的な違いでもある」

ゼーレ「......」

 

 

ゆっくりと目を開けると、真っ先に薄緑色のスリガラスを通して入ってくる優しい光が目を刺激してきた。

 

 

ゼーレ「(ここは.....)」

 

 

あの薄暗い洞窟の中で見たエウルアの顔から今度は神殿へと景色が移り変わっているので、ゼーレは思考に少々時間がかかった。

 

 

ゆっくりと体を起こすと、ボキボキと骨が鳴る音が聞こえる。それは書類に目を通していたスカラマシュにも届いていたようで、すぐさまその方向を見た。

 

 

スカラマシュ「!」

 

 

ゼーレ「....お人形さん?ここは....」

 

 

スカラマシュ「ちっ....なんで3人が寝ている間に目覚めるんだ.....。やぁ目が覚めたんだね」

 

 

ゼーレはふと自分の体の状態を見ると、小さく驚く。

 

 

ゼーレ「お腹も、心臓も、細かい切り傷も治ってる....。それにこの巻いてある包帯.....どうやらあなた達に助けられたようね」

 

 

スカラマシュ「言っておくが僕は何もしていないよ。そこにいる奴らが勝手にやったんだ。お礼ならその2人に言うべきじゃないのかい?」

 

 

スカラマシュは不貞腐れた態度で台座のそばに指を指す。

 

 

ゼーレは四つん這いで台座の隅まで這うと、意識が夢の中に行っている3人を見て、少し複雑な表情になった。

 

 

ゼーレ「......通りで」

 

 

ゼーレは座り直すと、その場でしばらく考えていた。そして、突然自分の体を覆っていた薄布をどかすと、台座から降りる。そのまま、出口に向かってフラフラと歩き始めた。

 

 

スカラマシュ「あ、おい....」

 

 

スカラマシュはすかざす彼女の進路を防ぐように立ち塞がる。

 

 

ゼーレ「どいて.......」

 

 

ゼーレは動じることなく、逆にスカラマシュの肩を掴み、押しのける。そして、そのままスラサナンタ聖処を後にした。

 

 

重々しい扉が閉まる音がするドアを見つめていた後に、ため息をつき、自分の髪をくしゃくしゃに掻く。

 

 

スカラマシュ「ちっ.......なんで勝手に動くんだ........。......仕方ない」

 

 

聞こえるか聞こえないかの声量で気だるさを呟きながら、ふと、寝ている空を見た。すると、スカラマシュは空の鼻を思いっきり摘む。

 

 

空「......!?ぐっむっ!あわが!」

 

 

摘んでから数秒は無反応だったが、徐々に顔を歪め、鼻を摘んでいる手を払う。

 

 

スカラマシュ「起きなよ。緊急事態だ」

 

 

空「な....何?」

 

 

完全に開いていない状態の目のまま、体を少し起こす。だが、まだ寝起きで状況を上手く掴めていないようだ。

 

 

スカラマシュ「あの女が起きた」

 

 

空「....えっ!?」

 

 

スカラマシュの言葉に寝ぼけていた顔が一転し、青ざめた顔になった。

 

 

急いで立ち上がり、台座を見ると、そこにはヨレヨレになった大きめの布しかなかった。

 

 

空「いつ!?」

 

 

スカラマシュ「さっきさ。ここを出ていったよ」

 

 

空「なんで止めなかったの!」

 

 

スカラマシュ「一応止めたよ......。ただ、産まれたての小鹿みたいに足をカクツキさせながら出ていったからそう遠くには行ってないと思うさ」

 

 

スカラマシュの言葉を最後まで聞くことなく、空は慌ててゼーレの跡を追い始めた。

 

 

空「(スカラマシュがまだそう遠くには言ってないって言ってたし、この道を全力で降りれば見つかるはず....!)」

 

 

彼女が残した元素の残穢があるのかもしれないから一応元素視覚も発動させながら.....と考えていたが、ここから10メートル先に立っている人物が目に入り、徐々に足のスピードが収まっていき、そして完全に立ち止まった。

 

 

スラサナンタ聖処のすぐ外には大きな通路があり、その先には家がすっぽり入るほどの踊り場がある。そして、そこからはスメールの森林の景色を堪能できる。

 

 

 

その柵に片手を置いてゼーレは絶景を見ていた。

 

 

空「(えっ....逃げたわけじゃ...ないのか....)」

 

 

ゼーレ「緑色は不思議なものね」

 

 

空「えっ?」

 

 

慌てている足音が耳に入ってきたのか分からないが空に背後を向けているゼーレは突然喋りだした。

 

 

ゼーレ「緑はいつ見ても、ザワつく心を冷静にさせてくれる。一種の魔法みたいなものね......。それは私以外も例外じゃなくて、何があっても笑わなかった君主でも、緑が生い茂り、生命力に溢れた景色を前に不意に笑みがこぼれてしまった....っていう話がある」

 

 

ゼーレ「私はスメールの景色が好き。時間が許す限り一日中椅子に座りながら見ていたいぐらいよ。もちろん、単純に景色に緑があるから美しいだけじゃない。その風景にはストーリーがあるから」

 

 

空「ストーリー.......?」

 

 

ゼーレ「歴史....って言い換えればいいのかな...。この景色は最初からそうあったわけじゃない。沢山の時間の変化と共にしてきて現在の風景があるわけでしょ?その過程には人間や魔神、そして七神のストーリーが混ざってるって言えるんじゃない?」

 

 

空「.......」

 

 

ゼーレ「だけど、祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表すという言葉があるようにこれが永遠に続くわけじゃない」

 

 

空「どういう意味.....?」

 

 

ゼーレ「簡単に言うと、この世は常に変化していて、盛りある者はかならず滅亡がやってくる意味らしいわよ。....稲妻のどこかの言葉だったかな。永遠を理想に掲げている国にそんな言葉があるなんて皮肉なものね」

 

 

ゼーレ「私はその言葉は間違っていないし、真理をついていると思うわ。王国を築き上げてきたキングデシェレトも最後は悲惨なもの。だけど、人間というか生命はその限りある時間の中でもがきついた時が1番輝きを放つと思う。私はずっとその輝きを手に入れようと追いかけていたんだなって.....」

 

 

空「なんでこの話を?」

 

 

ゼーレ「さぁね。私もよく分からないわ。ずっと思っていたことを話しただけよ」

 

 

空「何それ...」

 

 

ゼーレ「あなた怪我は?」

 

 

空「え....」

 

 

長話が終わったと思いきや、ゼーレが突然こちらに向き直し、こう言い放った。肝心の空は不意に自分の体の心配され、返す言葉がなかった。

 

 

ゼーレ「ん」

 

 

言葉が帰ってこないことを勘づいたゼーレは自分の首を指で軽く触った。

 

 

空「ん?ああ....。未だに痛いよ。出血は治まってるんだけどね。多分一生傷でしょ、これは」

 

 

ゼーレ「そうはならないように、手加減した....。動けないように、致命傷にならないように調整したはずだった....」

 

 

空「そ、そうなんだ.....」

 

 

ゼーレ「足止めに使っただけ.....」

 

 

空「.....君こそ大丈夫なの?その....お腹とか心臓とか....」

 

 

ゼーレ「あら、あなたは敵の心配をするのね。心配ご無用よ。私が寝ている間に体が勝手に修復したみたい。ぐちゃぐちゃになった臓物も、皮膚も何かも....」

 

 

空「アビスの治癒能力ってすごいんだね....」

 

 

ゼーレ「いやそれ自体は別に凄くはない。深淵に浸った魔物が治せれるのは擦り傷とかその程度。私が使っているのは律者自身の力よ」

 

 

空「律者自体.....?」

 

 

ゼーレ「律者の力を治癒能力に変換することができるの。その力はアビスよりも精度が高い.......だからこれほどの傷を癒すことができた...ってわけ。まぁ、欠損を治すレベルの修復だったら個人の力量に依存するけど....」

 

 

空「.....そう。とりあえずスラサナンタ聖処に戻ろう。ボロボロの体の状態でそこにいたら体に障る」

 

 

ゼーレ「.......」

 

 

空の言葉にゼーレが突然黙り込む。2人が真顔で見つめあう状況がしばらく続いていた。

 

 

ゼーレ「....そうね」

 

 

柵に寄りかかっていた体を浮かし、空を通り過ぎて、スラサナンタ聖処に戻り始める。空も無言のまま、ゼーレの後に続いていく。

 

 

 

 

 

スカラマシュ「意気揚々とここから出ていった癖にまた戻ってくるとはどんな魂胆だい?」

 

 

ゼーレを引き連れてきた空を見たスカラマシュが開口一番に放った言葉がこれだった。

 

 

腕を組み、威圧的な態度で、そして冷ややかな目でゼーレを見つめている。

 

 

空「無事、引き連れることに成功したって言ってくれない?」

 

 

スカラマシュ「この女の頑固さを押しのけて連れてきたことは正直僕も驚いたさ。どうしたんだい?殴りあったり、取っ組み合いでもしたのか?」

 

 

空「なんでそんな発想になるの....。普通に説得して来ただけだよ」

 

 

スカラマシュ「ふぅん.......」

 

 

スカラマシュは妙に納得した神妙の顔になると、2人のそばを通り過ぎ、ここから出ようとしていく。

 

 

空「どこにいくの?」

 

 

スカラマシュ「単純に今はこの空間に僕は必要ないと判断しただけさ。僕はただその女に一泡吹かしたかっただけだからね。それは達成されたんだ......後は自由にすればいい」

 

 

スカラマシュのそんなスタンスに空は何か言おうと迷っていたが、喉にそれが突っかえている間にスラサナンタ聖処の扉がしまってしまった。

 

 

出ていくのを見届けたゼーレは静かに台座の上に座る。だが、決して空とは目を合わず、足を組みながら建物内部のどこかを見つめていた。

 

 

空「君のポケットに入っていた記憶の缶詰知識を覗いた」

 

 

ゼーレ「.....そう」

 

 

返答がそれで終わってしまった。

 

 

もっと根掘り葉掘り聞くつもりであったが、ゼーレが空に対する会話に興味が無い雰囲気にそんな気は削がれてしまう。

 

 

さっきは普通に会話していたのに.......と内心思っているが、ゼーレにとってこの会話はあまりしたくないんだろう。

 

 

空「俺はもう寝るよ......。君の体はまだ完治していないんだ......君も寝た方がいい」

 

 

ゼーレ「.........は?」

 

 

空は気遣いのために提案を投げかけたが、ゼーレ本人は理解できなかったようだ。

 

 

今度こそこちらを向き、怪訝な表情を浮かべた。

 

 

ゼーレ「敵の前で寝ろと.......?スメールを救った英雄もかなりの呑気なのね。寝ている間に私が逃げ出したらどうするの?それにあなた達の寝込みを襲うこともできるのよ?」

 

 

台座の傍に立てかけてあった片手剣を掴むと、鋭い刃先を空の顔に向ける。

 

 

真剣な表情で、いつでも殺すという気概を放ちながら、空の返答を待っていた。

 

 

ゼーレ「あなたがそこまで馬鹿だとは思わなかった......。私が万全でなくともここを脱出するなんて息を吐くよりも簡単なのできるの。それを考えたら、果たして自分のその提案は適切なのか冷静になって考えてみなさい」

 

 

ゼーレは若干語尾を強めながら、更に刃先を近づける。後もう少しだけ押したらそのまま貫ける程まで接近している状況で、空は焦ることなく、冷静に返答する。

 

 

空「.....君を信じてるから」

 

 

ゼーレ「!」

 

 

空「逃げようと思えば逃げれた.....。それに俺が帰ろうと言って、ここに戻ってきたのはつまりそういうことなんでしょ?少なくとも君にも俺たちに何か考える所はあるんだ」

 

 

空「じゃあおやすみ」

 

 

何か言い返そうと口を開きかけたゼーレを無視して淡々と切り上げると、空は再びパイモンのそばで横になり、目を閉じた。

 

 

数秒もすると、空からスースーと呼吸音が聞こえてくる。

 

 

ゼーレ「.......何よ、信じてるって」

 

 

呆気に取られていたが、眠っている3人を見て、次第に複雑な感情が巡ってきてしまう。

 

 

ゼーレ「はぁ........」

 

 

片手剣を台座の傍に直す。

 

 

そして、ゼーレも眠ろうと薄い布を自分の体にかけようとしたところ、ふと手が止まった。

 

 

数秒間、目線が布と3人を交互すると、布を空とパイモンの上に掛けた。

 

 

ゼーレ「(それにしてもあの声は.....)」

 

 

台座の上に横になり、壁を見つめながら目が覚める前のあの光景と不思議な声について考えていた。

 

 

だが、次第に瞼に重りが追加されていき、いつの間にか目を閉じていた。

何やら2人分の声のおかげで、目が覚めた。目を擦りながら体を起こすと、ナヒーダとゼーレが言い争いをしている。

 

 

そんな様子に空はポカンとしていると、ナヒーダは空が起きていることに気づき、ちらっと目配せする。

 

 

ゼーレ「まさか、彼と同じ理由で私を助け出したってわけ......?」

 

 

 

ナヒーダ「ええ」

 

 

ゼーレ「あなた達どうかしているわ.......!お人好しもそこまで行ったら狂ってるとしか言いようがない......!」

 

 

ナヒーダ「勿論あなたをこのまま無罪放免という訳じゃないわ。この後教令院の人達と話し合ってあなたの処分を検討する。話はそこからよ」

 

 

ゼーレ「そう....。好きにすればいいわ」

 

 

ナヒーダ「あら、意外と簡単に諦めるのね。わたくしはもう少し言い返すのかと思っていたのだけど....」

 

 

ゼーレ「私はあなた達に負けた。焼くなり煮るなりなんとでもしなさい。どうでもいい........。全てがどうでもいいわ........」

 

 

ナヒーダ「では1時間後にまたここに来るわ。それまで大人しくしていてちょうだい」

 

 

そういうとナヒーダはスラサナンタ聖処を出て、教令院に行ってしまったようだ。

 

 

残された2人は、この間にゼーレが逃げ出さないか見張っていたのだが、彼女は何もすることなく、ただひたすら待ち続けている。

 

 

すると、1時間も満たずに数十分でナヒーダが帰ってきた。

 

 

ただ、今度は少し離れたところだったが、槍を持った2人のエルマイト旅団がナヒーダの後ろに立っている。

 

 

ゼーレ「....早かったじゃない。まだ、20分ぐらいしか経っていないわよ?」

 

 

ナヒーダ「ええ。わたくしはまだまだ話が延びてしまうと思っていたのだけれども、教令院の意向はとっくに決まっていたようね。それで早く終わってしまったの」

 

 

ゼーレ「で....処分は?」

 

 

ナヒーダ「関係者以外取り扱いを禁止していた缶詰知識を盗んだ罪.....そして空の玉座を悪用し、スメールの民を混乱させた罪は極めて悪質で、許されざる行為である....。このことからスメール最大且つ最高機関である教令院の秩序に乗っ取って、ゼーレ・ローレンスーーーーー死刑」

 

 

空「えっ?」

 

 

パイモン「えぇ!?し、し、し、し、死刑!?!?」

 

 

ナヒーダが告げた処分を聞いた途端、パイモンが分かりやすい猿芝居を始めた。

 

 

そういう自分も全力でパイモンと同じように驚いた表情をする。

 

 

そんな中、お互いゼーレにバレないように頷き、今の所順調というコンタクトを取った。

 

 

続いてナヒーダが淡々と言葉を発する。

 

 

ナヒーダ「これはわたくしと教令院が下した''最終決定''よ.....。いかなる情状酌量も受け付けない。執行日は........この後

すぐよ.......!」

 

 

ナヒーダは真っ直ぐにゼーレを見つめながら、これが揺るぎない決定された未来ということを言葉を強めて言い放った。

 

 

対して、判決を受けたゼーレだったが、何一つ表情を変えることなく、ナヒーダを見つめている。

 

 

ゼーレ「....これで死刑以外だったらだったで驚くけども」

 

 

そんなことを呟きながら、重い腰を上げ、左腕をナヒーダに対して突き出した。

 

 

ナヒーダ「.....?」

 

 

そんな行動にナヒーダはいまいち理解していないようだ。

 

 

ゼーレ「死刑執行は今すぐ行われるのでしょ?ほら、逃げも隠れもしないから連れて行きなさいよ...」

 

 

ナヒーダ「あなた........。これから死ぬというのに何故ここまで冷静なの?」

 

 

やっと意図が分かったナヒーダは、ゼーレに対して軽い驚愕の表情を見せる。

 

 

ゼーレ「分かっていたわよ.....。こうなるってことも.....。分かった上でやったの私は」

 

 

ナヒーダ「.........。では、あなた達頼むわ」

 

 

ナヒーダは後ろに待機していた2人のエルマイト旅団に指示を出す。

 

 

1人が重い槍を片方に渡すと、そのエルマイト旅団がゼーレの左腕と右腕の甲冑を後ろに回し、麻の縄でキツく縛り付けた。

 

 

「歩け」

 

 

短い言葉で命令すると、大人しくゼーレはドアに向かって歩き始める。続いて、3人もついていった。

 

 

 

 

 

 

新鮮な緑の風が吹く通り道を経て教令院の中へ入り、大量の学生が賑やかに喋っている光景を片目に急に人気のない通路に入っていった。

 

 

そこは奥が見えない長く、そして暗い通路だった。床はところどころにヒビが入り、コケが生えている。アーチ状の天井から雨漏れなのか、ポチャンポチャンと音を静かに立てながら水滴が垂れてくる。そのせいなのか床が濡れていて、滑ってしまいそうだ。

 

 

明らかに数十年は管理が行き届いておらず、人が利用していない通路をしばらく歩いていると、突如通路は行き止まりになり、色とりどりのスリガラスで出来た扉がぽつんとあった。

 

 

すると、エルマイト旅団が目配せする。それを感じ取ったもう片方の人がドアを開き、ゼーレを拘束していた護衛が後ろから背中を押した。

 

 

スカラマシュ「ちっ....ようやく来たか....」

 

 

扉の向こう側は巨大な円形の部屋だった。その部屋を入ってすぐ右にスカラマシュが腕を組み、壁にもたれ掛かりながら空達の到着を待っていた。

 

 

スカラマシュ「クラクサナリデビ。これでいいのかい?」

 

 

ナヒーダ「.....完璧ね。感謝するわ」

 

 

ナヒーダは部屋の天井に浮かんでいるとある物体を見てから、スカラマシュにお礼の言葉を述べた。

 

 

スカラマシュ「準備にかなり時間がかかったが...まぁいい。鎖を落とすのはクラクサナリデビかい?」

 

 

ナヒーダ「あの鎖はわたくしの意思で動くことができるの。だから、わたくししか出来ないわ」

 

 

パイモン「これは......」

 

 

2人も続いて天井を見ると、そこには2本の鎖に吊るされた巨大な剣が浮かんでいた。剣から放たれる草元素は、デーヴァーンタカ山で摘んだ活性した草よりもさらに濃度よりも濃い。

 

 

そんな剣の真下には円形状の数段ある高台があった。あそこでゼーレの死刑執行をするんだろう。

 

 

ゼーレ「......!あれは.......」

 

 

異常な程元素を放っている天井の剣を見たゼーレは思わず足を止め、立ちすくんでいた。

 

 

「動け」

 

 

だが、そんなゼーレにも容赦なく、機械のように部屋の中央に動くように促す。

 

 

ゼーレは一瞬だけ、自分の背中を押したエルマイト旅団を見たが、観念したのか渋々移動した。

 

 

ゼーレの移動を完了した2人のエルマイト旅団はその場から逃げれぬよう、地面に固定されていた手錠をゼーレの足首に掛ける。そして、逃げるように部屋の隅に避難した。

 

 

ナヒーダ「あなたも流石にこの剣には驚いたようね.......」

 

 

ゼーレ「これは私に引導を渡すために用意された道具?それなら意外と豪勢なものね...」

 

 

ナヒーダ「あなたも分かると思うけれど、あの剣には草元素が大量に詰められている。剣であなたの体を貫くけど、草元素で安らかに死ねる.....。あなたの心を汲み取ってせめて、楽にあの世に逝かせてあげるわ」

 

 

ゼーレ「神があの世を信じるのね」

 

 

ナヒーダ「......。最後の言葉は.....ある?」

 

 

ゼーレ「....」

 

 

ナヒーダの問いかけにゼーレが急に黙る。部屋には天井の剣から発せられるオーブ音と天井からの雨漏りの音しか響かなかった。

 

 

何か迷っているような表情だった。もうこれで終わる安堵感と諦めきれない執着心が目から伝わってくる。

 

 

ゼーレ「......ないわ。やるならさっさとやってちょうだい」

 

 

ナヒーダ「......分かったわ」

 

 

ナヒーダがそう呟く。そして、手を天井に伸ばした。

 

 

ミシミシ.......ギャコン!ーーーー

 

 

ナヒーダの力によって剣に纏わりついていた鎖が揺れると金属が擦れる音が天井から響く。そして、鎖が耐え切れず、突如鎖がちぎれ、剣がゼーレ目掛けて落下した。

 

 

空「っ!」

 

 

パイモン「おわぁ!!!」

 

 

剣の刃先がゼーレに直撃する寸前、鉄が炸裂し、中に閉じ込められていた草元素が部屋中に炸裂する。そして、その草元素は四方八方に飛び出した。

 

 

聖鍵殿の底で死域を排除した時の風よりも遥かに風が強く、空は飛ばさぬよう足に力を入れ、顔を腕で覆ってしまい、パイモンは部屋の壁に飛ばされ行く。

 

 

風が止んだことを察し、目をゆっくりと開ける。すると、部屋の中は一変し、まるでスメールの森の中にいるようだった。

 

 

亀裂が入りボロボロだった灰色の床は芝生が生え、その上に桃色の花が咲いている。そして、壁には木の根っこやつたが天井まで生えていた。

 

 

ナヒーダ「良かった......。やっぱりこの場所を選んだのは正解だったわね......」

 

 

世界ごと変わったかのような部屋の変わりように小さく驚いていたナヒーダは他の人は大丈夫かどうか確認している。空もナヒーダ同様の表情を浮かべながら、言葉を発した。

 

 

空「......これだと教令院の本殿でやるわけには行かないね......」

 

 

パイモン「うぅ.....オイラ部屋の隅まで飛ばされちゃったぞ.......」

 

 

そんな弱音を吐いているパイモンはスカラマシュに回収され、こちらにまでやってきた。

 

 

スカラマシュ「本当にあの女の心を揺さぶるためにここまでするなんて必要だったかい......?」

 

 

ナヒーダ「彼女の心の迷いはこれまでの行動に現れていた。妹には自分の心配をさせたくない......自分から距離を置いてしまう....。だからあの時も本音を吐き出せなかったと思うの。人間は弱った時にこそ本当の自分が現れるもの.....。頑固な彼女からその本当の自分を引き出すにはこのように死に際に追いやりことが必要なの。ようは、この一連の目的は彼女を心を屈服させることだったことね」

 

 

そして、ナヒーダは部屋中央に発生している緑色の霧に向き直す。

 

 

ナヒーダ「....どう?浄化の草で今あなたの体を蝕んでいるものは一時的に消えているはずよ」

 

 

ゼーレ「......これは」

 

 

言葉を投げかけると、そこからゼーレが姿を現した。

 

 

目の前に広がっている光景を見ている顔を見ると、まだ何が起きたのか理解追いついていないようだ。腕を拘束していた麻縄と足に掛けられていた手錠は過剰な元素に耐えることが出来ず、ボロボロに崩壊している。

 

 

ゼーレ「何が....起きて.....。というか.....私....生きてる?」

 

 

ナヒーダ「死刑なんて初めからなかった。全てはあなたを救うためにやった計画よ。演技が下手なわたくしなりに動いたけれどもどうだったかしら」

 

 

ゼーレ「私を救う.......!?あなた達.......!なんでそこまで.......!」

 

 

自分を救うという言葉を聞いたゼーレは途端に信じられないという顔に変化する。ただ、今回は驚愕の他に悲哀も混じっているようだ。心の奥底から湧き出てくる何かを必死に押さえつけているようにもみえる。

 

 

ナヒーダ「(あの表情、どうやらわたくしの意図が通じたようね.....。彼女は良くも悪くも真面目......。諦めた心から考える気持ちに変化しつつある.......。これは放置しても良さそうね......)心の整理の時間も必要だと思うわ。明日今の時間帯にスラサナンタ聖処に来てちょうだい。あなたに選択肢を与えるわ。生きるかそれともほかの選択肢を取るか.........あなたの素直な意見を聞かせて」

 

 

ナヒーダ「あ、でもスメールシティからは出てしまってはダメよ。あなたはまだ要観察の状態なんだから....」

 

 

ゼーレ「待っ...!」

 

 

ゼーレは左腕を伸ばし、ナヒーダ達を呼んだ。だが、ナヒーダはそんな彼女に目もくれずその部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

暗い通路をゾロゾロと逆戻りしている途中、見覚えのある人物が立っていることに気づく。

 

 

日焼けした肌、赤橙色の目、ミディアムレングスの白髪ーーーーセノだ。

 

 

セノはジャッカルの頭の被り物を頭から外し、それを見つめていたのだが、通路からやってきた人物達に気づき、再びそれを被った。

 

 

セノ「旅人にパイモン。それにクラクサナリデビ様まで」

 

 

パイモン「セノ!」

 

 

セノ「お前達が戻ってきたということは.....終わったんだな」

 

 

空「なんでここに?」

 

 

セノ「俺は衛兵2人が戻ってくるのを待っていただけだ。今日はゼーレ・ローレンスの形式上の処刑だけじゃなく、他の仕事も残っている」

 

 

パイモン「形式上...ということは今回の事全て把握していたんだな....」

 

 

セノ「ああ.....。数日前から行方不明になった缶詰知識を捜索していた途中、クラクサナリデビ様に事の顛末を伝えられたんだ。それに俺は大マハマトラのセノだ。教令院の不届き者を裁く立場にある。今回起きた事件は外部の人間が起こしたとは言え、犯行の凶悪度を考えるとこの俺が最後まで見届ける責任がある。本当の気持ちを言うと、クラクサナリデビ様ではなく、俺が彼女を裁きたかったが.......」

 

 

ナヒーダ「大マハマトラ.....。缶詰知識の捜索に加えて、わたくしの思いを汲み取ってくれて感謝するわ。あなたの気持ちは十分理解しているつもりではある.......」

 

 

 

セノ「誰でも公平でそして学ぶという行為を出来るようにするために、厳格な学問水準を脅かす学者を罰する。それは俺のモットーであり、責務なんだ」

 

 

セノ「俺がコレイを引き取った時に何故俺が大マハマトラという地位にいるのか実感したよ。確かに、クラクサナリデビ様にも事情があるのかもしれない.......。差し出がましい真似をして申し訳ないが、俺の気持ちも理解して欲しい」

 

 

ナヒーダ「わたくしが....全責任を負うわ。だから今回だけは目を瞑ってくれないかしら....?あなた達は何も悪くない」

 

 

セノ「.....あなたがそこまで言うのなら.......。俺は何も見なかったことにしよう....」

 

 

セノは多少不満なようだが、ナヒーダの説得に小さくに頷くと、踵を返した。

 

 

セノ「行こう」

 

 

「「はっ」」

 

 

出口に向かって歩きながら、合図を出し、2人の護衛が急ぎ足でセノの後ろに着いていく。

 

 

セノの姿が消えたことを確認すると、続いて自分達も教令院を出た。

翌日の昼、空達はスラサナンタ聖処で待機していた。

 

 

自分は、建物の天井を遠い意識で見ていたのだが、ふと、他の人の様子を見ると、ナヒーダは台座の傍に座り、パイモンはナヒーダの周りを浮かんでいて、そして、スカラマシュは自分達に対して背を向けていた。ただ、その3人がどこか冷静ではなく、ソワソワしている。

 

 

かくいう自分も内心では本当にゼーレが来るのだろうか.......かと不安になっている。

 

 

そんな気持ちが表に出ていたのか、ナヒーダが察して、話しかけてきた。

 

 

ナヒーダ「彼女が来るのかどうか不安なの?」

 

 

空「うん.....。もし、逃げ出していたらと思うと........。だけど、彼女は来ると信じたいし.....」

 

 

スカラマシュ「君のお人好しは常軌を逸しているよ、クラクサナリデビ。スメールシティから抜け出しちゃ行けないと言っても、監視がないから、どうせ夜にここを抜け出して逃走を謀っているだろうさ」

 

 

ナヒーダ「......彼女は来るわ。絶対に」

 

 

スカラマシュ「どうだか...」

 

 

言葉だけを聞くと、ゼーレがここにやってくることに最大限の自信があるようだ。だが、真っ直ぐとスカラマシュに向かって言うことは出来なかったようで、自分の膝を見ながら、その言葉を言っていた。

 

 

そして、数十分の間、無理に落ち着こうとしても落ち着かないまま、待機していると、突然、ドアが開く音が聞こえる。

 

 

一同、その方向を見ると、ドアを片手で開き、こちらを見ているゼーレが立っていた。

 

 

ゼーレが来たことがわかったスカラマシュ以外の皆は胸を撫で下ろす。

 

 

ナヒーダ「.....来たのね。待っていたわ」

 

 

ゼーレ「.....」

 

 

無言のまま、ゼーレは自分達から少し離れたところまで歩いてきた。

 

 

ナヒーダ「あなたが脱走することは無いと思っていたのだけど、昨日は何をしていたの?」

 

 

ゼーレ「.....特に。港のベンチに座って沈んでいく夕日を眺めていただけよ」

 

 

ナヒーダ「そう...。それでここに来たということは少なくともあなたの中で答えが見つかったことって判断してもいいのかしら?」

 

 

ゼーレ「ええ」

 

 

ナヒーダの問いかけに短い返事をかけるな否や、突然ゼーレは腰に身につけていた片手剣を持つと、こちらに向けた。

 

空「!」

 

 

すかさず、空は片手剣を取り出し、スカラマシュは腕を組むのをやめ、戦闘態勢に入った。

 

 

空「(やっぱりダメだった......!?)」

 

 

緊張が全員に走った。

 

 

お互いの睨み合いから発せられる強い殺気がいつぶつかってもおかしくない状況だ。

 

 

緊張の汗が額と首から徐々に染み出ていく。それに加え、心臓の脈打つ音が聞こえてくるような感じがした。唾を飲み込むことも一瞬の隙になる程緊迫している。

 

 

いつ襲いかかられてもいいように強く剣のグリップを握った。

 

 

そんなゼーレは、真顔で刃先を向ける。対してのナヒーダも焦ることなく、泰然と様子を伺っている。

 

 

ゼーレ「......はぁ」

 

 

そんな雰囲気の中で、ゼーレは目を瞑り、重い溜息を吐く。

 

 

そして、刃先を床に向けると、そのままグリップを手から離した。

 

 

神殿中に軽い鉄が落ちる音が鳴り響く。

 

 

空「!?」

 

 

空は一瞬何が起きたのか分からなかった。床に落ちた剣とゼーレに目線が交互に移る。

 

 

ゼーレ「.....冗談よ」

 

 

そんなゼーレの言葉に、ようやく意図が理解した2人は構えを解いた。

 

 

4人の身体中を巡っていた緊張が同時にほどけた。安堵の息を吐く。

 

 

ナヒーダ「......ということはあなたは生きるという選択肢を取ったってことでいいのよね?」

 

 

ゼーレ「ええ......」

 

 

ナヒーダ「一応、理由を聞いておきたいわ。わたくしは、あなたの気持ち替わりに興味があるの」

 

 

ゼーレ「あなた達の行動原理に興味が湧いた......かな........」

 

 

ナヒーダ「行動原理......?どういうことかしら.......」

 

 

ゼーレ「正直、私は聖鍵殿の時からあなた達を不気味に思っていたの。なんでこんなに必死になって止めに来るのかと......。どれだけ私に殴られようと諦めずに立ち向かう姿に1種の恐怖すら覚えていたわ。疑問に思っていた。私だけが苦しめばいい......私だけが犠牲になればいい....そう思い込んでた」

 

 

ゼーレ「そんな心残りがあった時、旅人が私に信じていると言葉をくれて.....そして、ブエルが私を救ってくれた時、何か心は温まるような感じがした.......。私はもっとそれが欲しい。それを理解したいと思う。あなた達と着いていけばそれが分かる....かなって.....」

 

 

ナヒーダ「....止めて欲しかったのでしょう?」

 

 

ゼーレ「....え?」

 

 

ナヒーダ「どれだけあなたが覚悟を持っていたとして、心の片隅ではそれに苦悩し、葛藤する自分がいたの。使命を持ってやりたげなければ行けない自分。それを否定する自分。あなたは心が無いわけじゃない。いつしか自分で心を閉ざしていただけよ」

 

 

そして、ナヒーダがゆっくりとゼーレに向かって指を指す。

 

 

ナヒーダ「そう....その流れてきた涙が全てを物語っているわ」

 

 

ゼーレ「.....あれ?あれ.....」

 

 

ゼーレ自身でも気づいていなかったのか、目頭が赤く膨れ、大粒の涙がこぼれ落ちていた。それは止まることなく、次々と流れ出てくる。

 

 

まるで今まで我慢していたものが全て溢れ出ているかのようだ。

 

 

ついに耐えきれなくなったゼーレは自分の胸に手を当てて、そのまま床に崩れ落ちる。

 

 

 

 

ゼーレ「私だって......!こんなことしたくなかった........!怖かった.......!壊れていく自分が恐ろしかった........!」

 

 

泣きじゃくるゼーレの元へナヒーダが1歩ずつ近づくと、しゃがみこみ、ゼーレの頭をその小さな体で抱きしめた。

 

 

ナヒーダ「さぁ.....このまま張り詰めていたもの全部吐き出しちゃいなさい」

 

 

そこから数十分はゼーレのすすり泣きが止まることはなかった。

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