台本書き
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キャラ崩壊
ナヒーダ「服....ここに置いておくわね」
ゼーレ「うん....ありがとう」
ゼーレの嗚咽がようやく治まった後、ナヒーダとこれから話をした。自分の体のこと.......後処理のこと......そんな話が軽く1時間半程続いていたような気がする。
そこから、ゼーレの身の回りの話になり、すると、突然ナヒーダが「あなたの体を清めましょう」と提案を投げかける。ゼーレはそれを拒否したのだが、ナヒーダが半場強引にゼーレをチャトラカム洞窟付近の川に連れてきた。
ナヒーダが言うには、ここら一帯の川の水はフォンテーヌから流れて来た清く透き通る湖水だという。そして、水元素は清ければ清いほど人間を癒す力が増すと言いながらゼーレを川に浸からせた。
ゼーレ「(自分の体の状態を見つめ直すなんてひさしぶりだな......。水に入っただけでも結構汚れが落ちてる....。ちょっと放置しただけでもこうなるんだからこれからはもう少し気をつけよう.....。それにしても気持ちいいな.....。この絶妙な冷たさと太陽の日差しの温かさのこの寒暖差が心地いい。普通にウトウトしちゃいそう.....)」
三角座りから長座へと足を伸ばすと清流のヒンヤリとした感触を足に知らせてくる。
こんな感覚なんて何十回あったのに、最初の体験家のように数秒置いてもう一度その感覚を確かめたくなってしまう。
だが、その感覚は次第に眠気を誘う。ぼーっとしながら遠いところを見ていた。
ナヒーダ「ふふ、ウトウトしているようね」
ゼーレ「あ、いや....」
ナヒーダ「隠そうとしなくてもいいわよ。あなたがそうするのも分かるわ。どう?心地いいでしょう?」
ゼーレ「こんなこと今までの人生で何回もしてきたけれども、心まで綺麗になっていく気がする。こんな気持ちになったのは初めてだわ」
ナヒーダ「水というものは不思議なものね。時には生命の源になり、時には人の命を飲み込み、そして時には人の心を洗い流すことができる.....」
ゼーレ「水元素は人の感情を受け止める器になることができると聞いたことがあるわ。きっと私が今感じている水の心地良さも、どこで誰かが水に流した感情なのね。そして今私も知らないうちに水に感情を乗せ、誰かに運んでいくのね」
ナヒーダ「ロマンチックで素敵だと思うわ」
ゼーレ「.....そう?そうかな....」
ナヒーダ「たまには上手く言葉に言い表せない詩みたいなものもいいと思うわね....。あ、これを忘れていたわ」
ゼーレ「これは?」
ナヒーダは岩の上に置いてあった木の容器を手に取ると、後ろからゼーレに見せた。
木のボールの中には液体が入っていて、灰色の水が並々とあり、ボールの縁には小さな気泡が複数個浮いている。
ナヒーダ「灰汁水(※)よ。これで髪を綺麗にしちゃって」
※現代でいうシャンプーのこと。古代人は植物の灰で石鹸の代わりに使っていた。
ゼーレ「こんなものまで....。ここまで用意周到だと逆に怖くなってくるわ.......」
ナヒーダ「ふふ、それは褒め言葉として受け取っておくわ」
左腕で灰汁水をすくいとり、青髪の長髪を洗い出した。だが、いくら器用だとしてもやはり片腕がない状態でそれをするには多少難しいようだ。
ナヒーダ「難しいのなら手伝いましょうか?」
ゼーレ「いや....1人でできる.....」
ゼーレの静止を振り切り、ナヒーダも両手で灰汁水をすくい上げ、ゼーレの青髪につけた。
灰色の液体が髪先まで届き、汚れを落としていった。それは髪の毛のみならず身体中に染み渡、まるで泥水に浸かっていたかのような心地良さが感じ取れた。
すっかり綺麗にされた髪の毛は毛先から水の雫が滴り落ちていく。
ゼーレ「そこまでしなくてもいいのに.....」
ナヒーダ「困ってる人がいたら体が勝手に動いてしまう性分なの。あなたはもう少し周りを頼るってという力を身につけた方がいいわよ」
ゼーレ「周りを.....頼る....。頼るなんてそんなこと....1人でやっていかないと....。子供じゃあるまいし.......」
ナヒーダ「それはどうして....?」
ゼーレ「自分さえ.....ね。周りを頼ったところで何かが変わる訳でもないし、逆にその人の人生を狂わせてしまうかもしれない。自分が助けを求めることで相手がどう思うかも分からない。それが私がいちばん怖いの。それに、ふと結果を見た時、それは果たして正解だったのか....?どれだけ頼ったところで最後がそれならば、過程も全て虚無よ....。どれだけ周りが恵まれていたとしても結局は死ぬ時は1人だけ」
ナヒーダ「まずはあなたのその御託を並べる癖をなんとかしないとね」
ゼーレ「.....え?」
ナヒーダ「結局あなたは心の思いを押し殺して言い訳を並べているように見えるわ」
ゼーレ「......」
ナヒーダ「心に従ってみなさい。あなたはそれがどこかで拒否感を持っているのよ?心の1歩を踏み出すことはあなたに取って巨大な壁のように見えるかもしれない。だけどそれを超えた時、心だけじゃない、強さの成長曲線を大きく跳ね上がるわ」
ゼーレ「強さの成長曲線.....」
ナヒーダ「これはあくまでわたくしの持論よ。人間の成長は歳と共に緩やかに伸びるだけじゃない。局所局所的に、そして何かをきっかけに大きく跳ね上がる。....あ、これは忘れてちょうだい」
ナヒーダ「後、結果を見た時過程も全ては虚無....わたくしはそうは思わないわ。確かに全てが実るわけじゃない。わたくしもかつてはそう思っていた」
ゼーレ「あなたも?」
ナヒーダ「旅人に限らず、スメールの人々に出会った。そして皆と協力して国を救った。いずれ滅亡する運命だとしてもこの出来事は無駄だとは決して思わない。人間が1番輝いている瞬間は、短い生命時間の中で自分の意義を模索しそれに対して命を燃やす瞬間だわ。あなたはそれをまだ分からないかもしれない。時間をかけて殻を破って行きましょう?」
ゼーレ「そう....。そうね....!頑張ってみる.....」
ナヒーダ「ふふ、その意気よ!」
パイモン「おーーーい、ナヒーダーーーー。戻ったぞーーー」
そうして、ゼーレが川から上がった後、パイモンと空が続いてやってきた。
ナヒーダ「あら、あなた達戻ってきたのね?ちょうどいいところよ」
パイモン「ふい〜。ナヒーダがゼーレの体を清めるからちょっと時間を潰して来て欲しいって言われてたから帰ってきたぞ」
空「時間を潰している途中パイモンがどうしてもお腹が減ったからって、スメールシティに寄ってご飯を食べてきた」
パイモン「あ、あれは仕方ないというか......生理現象というか....。と、とにかく仕方が無いぞ!」
空「何それ....」
ナヒーダ「2人の仲が良さそうで何よりだわ。それで今、彼女を洗い終わったあと、着替えている最中よ。もういいかしら?」
そういうとナヒーダは振り返り、ここから少し遠い所にある大きな岩に喋りかけた。すると、そこから少し困ったかのようなゼーレの声が帰ってくる。
ゼーレ「た、多分行けたと思うわ....」
ナヒーダ「じゃあ出てきてちょうだい」
サクッサクッと靴が草原を踏む音と共に、小岩から新しい服を着たゼーレが姿を現した。ボロボロで、血だらけだった服装から黒で統一された服に変化していたのだ。
頭には銀色の四葉の花の装飾が付いたベレー帽に蝶々結びの2本の黒いリボンがついている。
首に金色の真珠のネックレスを身につけ、上半身は素の腕とヘソを出した服。そして、そこから下は3本のベルトを巻き付けた、腰から足首までのロングスカートだった。足首には輝く白銀の輪が身につけている。
ゼーレ「ど、どう...?」
青と黒のコントラストと風でなびいている青色の長髪も相まって、以前より凛々しさが際立っているような気がする。それに加え、貧相な見た目から一度に清潔感を取り戻したせいか、高貴さも持ち合わせていた。
空「(本当、エウルアに似てるなぁ.......)」
パイモン「お、おぉ....かなり雰囲気が変わったな....」
ナヒーダ「ふふ、似合ってて良かったわ。サイズもピッタリのようね。実はニィロウから踊り子の服装が1つ余ってしまったから贈呈するという話を思い出したの」
パイモン「はえー....そうなんだな....」
ナヒーダ「本来ならズバイルシアターの公演で出すつもりだったけれども、結局これを出すことがなかったみたいね」
ゼーレ「生地がしなやかで、肌触りがいいわ....。かなりお高めの素材でしょう?それに結構動きやすい...」
ゼーレはロングスカートの中で、足を折り曲げたりして、この服の機能性について調べている。
ナヒーダ「踊り用の服装だからよ。客の目線を集めやすいし、激しい動きをしても大丈夫みたい」
ゼーレ「気に入ったわ...!ありがとう....」
ナヒーダ「お礼には及ばないわ。さっ、身の清めも終わったし次は何をしようかしら...」
ナヒーダはすっかり上機嫌になったようで、腕を大きく振り、ハミングをしながら、この場から歩き始めた。
そんなナヒーダの様子を見ると、空も思わず笑みが零れてきてしまう。
続いて、みんなもナヒーダの後ろをついて行こうとした時、ゼーレの足がふと止まってしまう。
不思議に思ったパイモンが言う。
パイモン「ゼーレ?どうしたんだ?」
ゼーレ「そういえば、エルは?」
●
エウルアの容体を耳に入れた途端、ゼーレは顔を真っ青にして、空の体を激しく揺さぶり、エウルアの居場所を問いただした。そして、ガンダルヴァー村に全速力でその場に向かっていく。
2人もゼーレの後を追っていたが、すぐに距離を離され、彼女の姿は点となって見失う。それでも何とかガンダルヴァー村の入口近くまで来ると、空は膝に手を当てて、足を止めた。
パイモン「ぜぇ...ぜぇ...ぜぇ...。あいつ.....!早すぎだろ!」
空「なんでパイモンが...疲れてるの...!」
パイモン「飛ぶのにエネル...。なんでもないや...!」
ゼーレの目的地は分かっている。少し、息を整えてから、村に入ろうと思っていた。彼女にはエウルアがこの村のどの家に居るのかまでは伝えてないので、大丈夫だろう。
だが、そんな気持ちは突然、聞こえてきた悲鳴によってかき消された。
「ギイイヤアアアアアアア!!!」ーーー
女性の金切り声が村の方向から飛んでくる。村中に響く声量だ。2人も思わず、顔を上げた。
パイモン「な、なんだ!?ひ、悲鳴!?」
空「この悲鳴...。コレイ!」
空はすぐに悲鳴の正体を勘づいた。
空とパイモンが急いで村に入る。それと同時に向こうからコレイが走ってきた。コレイがこちらの存在を視認すると、更に足の回転を早め、空の腰に縋り付いた。
コレイ「た、たた、た、た、た、旅人!!!」
コレイは完全に気が動転している。口調がどもり、今にも泣き出しそうな勢いだ。
空「ど、どうしたの?」
コレイ「た、助けてくれ!知らない人が突然あたしの家に押しかけて来て.....!」
パイモン「あ....」
コレイの「知らない人」で2人は直ぐに誰なのか検討が着く。
空「そ、そうなんだ。分かった。俺達に任せて」
コレイ「あ、ああ...」
気が動転しているコレイを何とか落ち着かせ、早歩きで彼女の家に向かった。
腕程の厚さがあるツタに縛り付けている木の板の坂を登り、葉っぱの入口を押しのけて、家の中に入った。
空「エウルアを心配する気持ちは分かるけど、人の家に押し入るのは良くないよ、ゼーレ」と、家に踏み入れた瞬間にゼーレにそう言い放つ。
ゼーレ「あ、あなた達...」
ゼーレは、3人の存在に気づいた途端、ハッと現実に戻ったようだ。彼女は部屋の左の隅で寝ているエウルアの傍に、腰が抜けているかのように座っている。決して、エウルアの手を握っている左手を離さずに。
コレイ「な、なんだ!?2人はこの人と知り合い...なのか...?」
コレイが空の背後で体を隠しながら、顔だけを出して、そう話す。
パイモン「まぁ、そう...だな」
ゼーレ「その、緑の女の子は?」
ゼーレはようやく、コレイの存在に気づく。
パイモン「女の子って...。その女の子がこの家の主なんだぞ?お前が押し入ったから、コレイが怖がってるんだ」
ゼーレ「え...?へ...?や、家主?」
空「まさか、気づかなかったの...?」
ゼーレ「ごめんなさい、周りが見えて無さすぎて、あなたに気づかなかったわ。焦りすぎていた...」
事態を飲み込んだゼーレは流石にエウルアの手を離し、立ち上がり、コレイに向かって頭を下げた。
コレイ「旅人と知り合いなら、とりあえずは安心だな...。いや、良くは無いんだけど...」
突然、自分の家に押しかけてきた人物の素性を知ったコレイは、恐る恐る空の背後から出てきて、横に並ぶ。
コレイ「それで、なんでここに来たんだ....?」
ゼーレ「えっと...実は私がこの子のお姉ちゃんで....。エウルアが療養中ってことを聞いて飛んできたの」
コレイ「お、お姉ちゃん?エウルアの?」
今までゼーレに対して、不安と緊張の表情を浮かべていたコレイだったが、ここに来た訳を聞いて、驚いた。
目を微かに見開きながら、ゼーレの顔と雰囲気をじっくりと観察する。
コレイ「(あ...だけど、よく見ればエウルアと同じ髪色だし、雰囲気も顔も似ているな...。この人が言っていることは本当そう...)そ、そうだったんだな。エウルアに肉親がいるなんて知らなかったから驚いた...」
パイモン「エウルアから聞かされてなかったんだな。紹介するぞ。こいつがエウルアの姉のゼーレだ」
コレイ「あ、あたしはコレイ!エウルアの友達だ」
ゼーレ「友達...?今、友達って言った!?」
コレイの「友達」という言葉に急に反応した
ゼーレは、その場から早足でコレイに詰め寄る。対してのコレイは身を後ろに逸らしながら、慌てた。
肝心のゼーレは目を輝かせながら、コレイの顔をじっと見つめている。
コレイ「え、あ...そ、そうだ。エウルアとは友達なんだ。モンドのウィンドブルーム祭で、アンバーの紹介で知り合ったんだ」
ゼーレ「そ、そう...。(良かった...。この子、ちゃんと友達がいたのね。ひとりぼっちという訳じゃなくて安心した......)」
心の内でそっと安心した。
コレイから数歩後ろに下がり、距離を取る。その安堵の表情はまるで親のようだった。
その時、コレイは疑問に思っていた事をゼーレにぶつける。
コレイ「え、えっと...エウルアのお姉さん。なんで、エウルアがこうなったのか教えてくれないか?あたし、まだ何が起きたのか理解してなくて...。エウルアは何も悪い所がないのに、意識が無いんだ。それで気が気じゃなくて...」
ゼーレ「えっ...。あー...。えっと...」
ゼーレは言葉を詰まらせる。まさか、原因を作った人間が自分だなんて言えるわけが無い。しかし、コレイの言葉から、本当にエウルアを大切な友達だと思っているのだろう。
その事実がゼーレの心に大きな傷を付ける。
その状況を作ってしまったのは自分なのに...。一刻も早く、コレイの不安を晴らさないといけないのに...。その勇気を踏み出せずにいる。
どう返答したらいいか分からず、口をパクパクさせているだけだった。
それは空とパイモンも一緒だったようで、返答に困っているゼーレに、どうにか助け舟を出そうとしている。
中々、返ってこない答えと3人の様子に何かを察したコレイの顔は哀しみに満ちた。だが、彼女は無理やり3人から聞き出そうとしない。そして、ゆっくりとその場から歩き出し、ベッドの傍に立つと、エウルアの手を握った。
コレイの行動に3人は黙っているしかない。
コレイ「...あたしは自分を蝕んでた病気のせいで友達がいなかったんだ。その病気が周りの人も傷つけてしまって、大人達でさえもあたしを見捨てて行った。だから、自分は生きている価値がないんだって、全てがどうでもいいって思ってたんだ」
彼女の背中しか見えずとも、その声は悲鳴のようだった。今にも泣き出しそうだ。
コレイ「そんな中、アンバーと出会って、それが変わった。自分に覆いかぶさっていた闇が晴れた気分だ。この人のために頑張れる...。この人がいるから、辛いけど、胸を張って生きようって...。それは、エウルアも一緒だ。エウルアはあたしの大切の人なんだ。少なくとも、この2人は元気にいて欲しい...」
そして、コレイは立ち上がり、ゼーレを見る。彼女の顔は空とパイモンが初めて出会った時からは考えられないぐらい柔らかく、希望に満ちていた。ゼーレはそれを直視することができない。逆にどんどんと心をえぐっていく。今にも逃げ出したい勢いだ。
自分よりも年下で、精神もまだ成熟仕切っていないのに、ここまで人に寄り添うことが出来る...。なのに、それに比べて私はーーー。
ゼーレ「ごめんなさい」
ついに耐えきれなくなったゼーレが突然、頭を下げる。コレイは虚をつかれた。
ゼーレ「全部、私のせいなの。エウルアがこうなったのも...全部...」
コレイ「......」
ゼーレ「だから、その...ごめんなさい。心配かけて。友達として当然の反応よね.....」
コレイ「そっ......か......。3人の様子を見ていると、何か喋れない理由があるんだろうなって...。別にあたしは謝罪して欲しいわけじゃない。ただ、単純に心配をしてるだけなんだ。友達として」
コレイの口調からとりあえず、納得したように聞こえるが、未だ彼女の不安は取り除けてはいない。
そんな時、外から知っている声が届いてきた。
ティナリ「コレイ?どうしたの?さっき、悲鳴が聞こえてきたけど...」
ティナリの声だ。葉っぱの向こうから、厚底ブーツが木の板を踏む音が、徐々にこちらに近づいてくる。そして、ティナリがコレイの部屋に入ってきた。
コレイ「ティ、ティナリ師匠!」
ティナリ「森の巡回中に、コレイの悲鳴が聞こえてきたから、急いでここに戻ってきたけれど...。あ、旅人にパイモン。スメールシティから戻ってきたんだね」
コレイ「あの悲鳴は、あたしが驚きすぎただけなんだ。特にこれと言ったことは起きてない」
パイモン「森からも聞こえてくるって、どれだけ悲鳴が響いていたんだよ...」
ティナリ「僕の大きな耳は遠いところからの音も鮮明に聞こえるからね。人間の悲鳴を拾うなんて造作もないよ」
その時初めて、ティナリはゼーレの存在に気づく。
ティナリ「それに初めてみる顔の人もいるね。ようこそ、ガンダルヴァー村へ」
ティナリがすぐ様、ゼーレに近づいて握手を求めた。ゼーレも左手を出した時、お互い何かに気づく。
ティナリ「僕はレンジャー長のティーーー。あれ...?君は......」
ゼーレ「...!あなた、この前の...!!」
パイモン「え?2人ともどうしたんだ?知ってたのか?」
ティナリ「確か、数週間前ぐらいにこの人と会ったことがあるんだ」
数週間前...。
ティナリは日が完全に登りきる前にレンジャーの誰よりも早く目を覚ます。そして、すぐに準備をして、単独でアビディアの森の巡回をするのだ。森は大胆で力強く、生物の住まいだが、それと相反して繊細でもある。それをレンジャー長であるティナリは理解していた。だから、率先して誰よりも1日の巡回の数を多くしていた。
いつものように朝露がついている草木を通り抜け、ガンダルヴァー村を出発しようとした時、村人の1人に声をかけられた。
『やぁティナリさん、朝早いね。いつもの巡回かい?』
ティナリ『うん、そうだよ。小一時間、ぐるっと回ってくる』
『はははっ、ティナリさんはレンジャーの仕事に熱心だね』
ティナリ『それが僕のレンジャー長としての責務さ。それで、最近森でおかしいことはなかった?』
『うーん、そうだな.....。いや特に何も....。あ、そうだ。どうやらティナリさんに用がある女性の人がいたぞ』
ティナリ『...僕に?』
『ああ、昨日の夜辺りかな....?ちょうどティナリさんが一日の最後の巡回中のことだ。俺もいつも通り、ここで飯を作っていたら、突然、青髪の女の人に話しかけられてな。医学に精通しているレンジャーはいるかって』
ティナリ『それで、君はなんて答えたんだい?』
『勿論、ティナリさんと答えたさ。レンジャーの中で最も医学を知っているのはあなただからな。一瞬、コレイさんと答えようと思ったがやめておいたよ』
ティナリ『僕からコレイに、徐々に、医学も教えている途中だけど、まだまだ半端者だからね。君がコレイを挙げなかったのは正解だったと思うよ』
『あっはっはっ。ティナリさんは相も変わらず辛口だな....。それでその女はじゃあティナリさんにあわせてくれって言ったから俺はティナリさんは巡回中だから無理だ。早朝なら会えるかも知らんと答えておいた』
ティナリ『それでどうなったの?』
『分かったと一言言っただけでそそくさと歩いていったさ....。ティナリさんは青髪の女の人に何か心当たりはあるのかい?』
ティナリ『いや....記憶の限りでは知らないな...。レンジャーが僕に用があるなら直接言ってくるし...』
ティナリは顎に手を当てながら、考える。
『外の人間かね?俺も初めて、そんな人見たからな』
ティナリ『かもしれないね。分かったよ。記憶に留めておく。じゃあ僕は巡回に行ってくるよ』
『分かった。気をつけてな!』
ティナリは陽気な村人に別れ告げ、アビディアの森深くへ足を踏み入れた。初めこそ、頭の片隅に女性のことが存在していたが、1時間もするとそれも忘れ、森に異常がないかに集中している。
ティナリ『よし...異常なし...(キノコンの群れがいつもより多いけれど、雨が降っただけだね)』
そう、小言を呟きながら、ポケットにしまっていた小さな手帳に朝の森の様子を1行書き足す。いつもの巡回ルートを周り、メモをする決まりだ。そして、手帳をしまい、ガンダルヴァー村に帰ろうと足を動かそうとした時。
ティナリ『!』
背後の草むらで微かに鳴った音をティナリの大きな耳が逃さない。すぐに振り向き、弓を構えた。
ここはスメールシティの住人も中々訪れない場所なため、キノコンやリシュボラン虎が多く、生息している。
いつの間にか狙われていたのか...?そう思いながら、いつ、攻撃を仕掛けられてもいいように全神経を研ぎ澄ました。
『ちょっと、私は獣じゃないわよ?弓を下ろして』
だが、そこから出てきたのは、魔物ではなく、青髪の女性だった。
ティナリ『...!』
その女性を目にしたティナリは、胸を撫で下ろし、弓をしまった。
ティナリ『(良かった....。人だったのか)君、ここはキノコンも沢山生息しているから危ないよ。一刻も早く抜けるといい』
ゼーレ『それは分かっているわ。あなたに用があるからここにやってきたのよ?』
ティナリ『僕に用が...?』
その時、ティナリの頭の片隅にあった女性の存在が大きくなり、合点が合った。
ティナリ『ああ、君が僕に用事があるって言ってた人だね。用事は何?』
ゼーレは服に付いた葉っぱを払いながら、こう答える。
ゼーレ『あなた医学に精通しているのよね?良ければ、私に鎮痛剤の作り方を教えてくれないかしら?』
パイモン「へぇ...。そんなことがあったんだな」
ティナリの話が終わり、開口一番がパイモンだった。
ティナリ「僕からすれば、鎮痛剤を作ることなんて造作もないよ。ただ、持ち合わせがなかったからスメールシティでググプラムを買いに行ったけれども...」
パイモン「ん?ググプラム?なんでだ?ググプラムの効果って止血だろ?」
ティナリ「パイモン、それは皮膚に塗った時の効果だよ。あまり知られてないことだけど、ググプラムは体内に取り込むと、痛みを和らげることもできるし、リラックス効果があるんだ」
パイモン「へぇ...」
パイモンは感心している。空も、何も喋っていなかったが、パイモンと一緒だった。
ゼーレ「初めは、本を見て、見様見真似で作ったけれど、どうも効果がいまいちだったりして、失敗だったわ。そんな時、ツテで医学に精通してるレンジャー長がこの村にいるって聞いて、あなたのところにやってきたの」
ティナリ「薬って物は、繊細さ。スメールの森林の葉っぱは不思議にも人間を癒す力がある。ググプラムと採ってきた葉っぱをすり潰して、水に混ぜると鎮痛剤が出来上がるんだよ。確か、君に10本ぐらい作ってあげた記憶があるんだけど、ここにやってきたってことはまた貰いに来たの?」
ゼーレ「あ、そういうことじゃ...。私はただ、妹の安否を確認しにきただけなの...」
ティナリ「妹?」
ティナリは目が点になる。そして、目線がエウルアとゼーレの顔を交互に移る。すると、何か理解したのか、納得して頷いた。
ティナリ「あぁ、なるほど。姉妹だったのか。コレイ、少しいいかい?手伝って欲しいことがあるんだ」
コレイ「あ、分かりましたティナリ師匠...」
ティナリ「申し訳ない。少し、コレイを借りていくよ。君達はゆっくりしていってもいい」
ゼーレ「いや...。もう、私はいいわ。帰る」
ゼーレはバツが悪そうな顔になった。
ティナリ「え?」
ゼーレ「もう少し、妹を診ておきたいけれど、この家の主に迷惑かけちゃったから、私はこれで失礼するわ」
空「ゼーレ、待って」
ゼーレがティナリとコレイの間を通り過ぎようとした時、空が呼び止めた。
ゼーレ「な、何?」
空「ちょうどティナリもいることだし、腕の様子を診てもらったら?」
ゼーレ「右腕を...?いや、いいわよ。今更な話でしょうし」
空「確かに今更、どうこうできる状態じゃないけれど、その傷を塞ぐことはまだできると思う。診てもらう価値は十分あると思うよ」
ゼーレ「それはありがたいけれど、この人、レンジャー長だけど医者でもあるんでしょ?私、モラなんて持ってない1文無しなんだけど...」
ティナリ「僕は基本的にモラなんて取らないよ。それに医者と言っても、本格的な手術とか治療ができる訳じゃない。簡易的な薬だったり、外傷の手当とかぐらいだね」
ティナリはすぐ様、訂正する。
ティナリ「僕らレンジャーは森の均衡を保ち、無料で傷を診る。その代わり、村人から食べ物を貰う。そういう助け合いでこのガンダルヴァー村は成り立っているんだ」
ゼーレ「.....。じゃあ、お言葉に甘えて」
パイモン「オイラ達はその間どうする?」
空「ティナリがゼーレを診ている間にコレイに手伝って欲しかったことするよ」
ティナリ「分かった。ありがとう。じゃあコレイと旅人とパイモンの3人はあれとこれをーーー」
●
かれこれ2時間ぐらい経っただろうか。多少、土で服が汚れながらも、ガンダルヴァー村へ帰ってきた時には、診察は既に終わっていたようだ。彼女は、コレイの家の外の壁にもたれかかって、森に溶け込んでいく夕日を眺めていた。どうやら、ティナリは終わった後、1人で颯爽と森に赴いたようで、3人が帰ってくるまで、ずっと待っていたのだ。
パイモンと空はコレイに手を振りながら別れを告げ、スメールシティに帰ることにする。
夕日の鮮やかなオレンジ色に染められている獣道を土を踏みながらも、沈黙の時間がただひたすらに流れていた。だが、さすがに気まづくなったのか、パイモンがゼーレに対して陽気に話しかけた。
パイモン「ティナリはゼーレの腕について、なんて言ってたんだ?」
ゼーレ「もう、こんなに時間が経っていたら、僕でもどうすることもできないって...。外傷も酷くて、筋肉も死んでる...。一応、ググプラムを塗ってもらって包帯も巻いてもらったけども.....」
パイモン「ゼーレ...」
ゼーレ「いいわよ、わかってたことよ。十中八九、自分で選んだことなんだから」
パイモン「.....まぁ、元気出せよ!エウルアも、お前が暗くなることを望んでるわけじゃないと思うぞ?」
ゼーレ「......。妹がこんなことになってるのに明るくいられる姉がどこにいるのよ...」
彼女の言葉は震えていて、弱々しい。だが、強く握りしめた拳から血が出てきそうな勢いだった。パイモンはそんなゼーレに対して何も言えず、目線をどこに向けようか迷っている。
スメールシティに着いた時には、既に日が沈み、授業が終わった教令院の学生の帰宅もぼちぼち終わる頃だった。スメールシティの街灯は少ないが、その代わりに肉を焼いた匂いが充満する屋台の明かりが大通りを照らす。冒険者協会の近くにある酒場からも、仕事帰りのスメール人でごった返し、愉快に酒を飲む音が聞こえてくる。
ゼーレ「あなた達もスラサナンタ聖処に戻るのでしょう?」
そんな楽しそうな人達を片隅に、ゼーレはそう喋る。
パイモン「そ、そうだな...」
空「ゼーレ」
すると、今まで口を開いてなかった空が、ゼーレの名を呼んだ。
ゼーレ「?どうしたの?」
空「お腹減ったでしょ?食べて行かない?ほら、美味しそうな屋台も沢山出ているわけだし」
ゼーレ「いや、お腹なんか減ってないわよ...。あなた達にも迷惑かけちゃったし」
グウウーーー。突然、ゼーレのお腹が鳴った。しかも、かなり大きな音だ。
ゼーレはすぐに顔がりんごよりも赤くなり、2人はクスクスと笑いだす。
パイモン「ほらな」
ゼーレ「い、今のは幻聴よ!」
パイモン「はいはい、酒場に美味しいスメール料理があるから行こうぜ!」
ゼーレ「ちょ、ちょっと!」
パイモンは芳ばしい香りにウキウキしながら、ゼーレを半ば強引に引っ張って酒場に入っていった。
パイモン「ふーっ...食べた食べた......」
満腹になり、腹が膨張したパイモンが満足する。
空「パイモン、食べ過ぎでしょ...」
茶色の塗装が施されている大きな机の上には、デーツナンやシャフリサブスシチュー、バターチキンが入っていた皿が乱雑に置かれている。
パイモン「今日はエネルギーを使いすぎたからな!沢山食べて、補給しないといけないぞ」
空「本当に?食べたかっただけじゃないの?」
パイモン「本当だぞ!」
その時、食後のスイーツとして、人数分のナツメヤシキャンディとパティサラプリンが卓上に運ばれてきた。
ゼーレ「甘い...」
ナツメヤシキャンディの一欠片を、フォークで突き刺し、口に運ぶ。ザラザラの食感が残ったパイ生地とナッツを歯で砕き、過剰な甘さが彼女の舌を支配した。
ゼーレ「少し、甘すぎるような気がするけど、おいしいわね」
パイモン「だろだろ!スメールのお菓子の中でナツメヤシキャンディが1番好きだぞ」
ゼーレ「再現出来るのかな、これ...」
パイモン「確か、作るのは簡単だぞ?透明になった砂糖水に、デーツとかのナッツを混ぜて、型に入れて固めたら完成だったかな...」
パイモンは顎に手を当てながら、そう答える。
ゼーレ「へぇ...。かなり簡単なのに、これほど美味しい菓子が作れるのね。スメールは甘いお菓子が多くて良いわ」
パイモン「もしかして、ゼーレって甘いものが好きなのか?かなりお菓子を食べてる量が多いけど...」
誰よりも早く、ナツメヤシキャンディを完食し、フォークは隣のパティサラプリンに移っていた。
ゼーレ「ええ、甘いものは大好きよ。でも逆に辛すぎる料理とキノコが入ってる料理が大の苦手ね」
パイモン「えーっ...!キノコ、美味しいじゃないか」
ゼーレ「食感が本当に苦手。あのコリコリした物を噛むだけで、脳が拒否反応を起こしちゃうの。おぞましいわ、あの食材は」
パイモン「そうなのか...。オイラに苦手な食べ物は特にないな」
空「パイモンはなんでも食べれるからね」
パイモン「へへん。オイラの胃袋はテイワット大陸もすっぽり入っちゃうからな!」
ゼーレ「ふふ、雑食なだけじゃなくて?」
パイモン「おい!......あぁ、そういえば、エウルアも甘い物が好きだったよな。あいつが目を覚ましたら、ナツメヤシキャンディを作ってやろうぜ!ヘヘっ、喜ぶと思うぞ?」
ゼーレ「え、あの子も好きなの?バクバク食べて、体重増えていないか心配わね...」
パイモン「その分、騎士団の仕事がハードで消費していると思うから大丈夫だと思うぞ?しょっちゅう遠征とか行ってるらしいし」
ゼーレ「そう?そうかな...」
●
酒場を出た3人はそこからブラブラと意味もなく、すっかり暗くなってしまったスメールシティの大通りを歩いていた。そして、虫の鳴き声が聞こえ、蛍の光が水上に浮いている所を横切り、船が停泊する所にいつしか辿り着く。
この港一帯の昼間は、荷物を詰んだ船が出入りし、エルマイト旅団と教令院の学生でごった返するが夜になると人影すら見つからず、噴水の音だけが存在を主張しているだけだ。
ゼーレ「スメールの自然を見るのも言いけれど、こんな静かな場所でただただ、ぼーっとしているのもいいわね」
空「わかる気がする」
ゼーレ「ねぇ、旅人」
空「ん?」
ゼーレ「急で申し訳ないけれど、明日、璃月に行ってもいい?」
パイモン「り、璃月?急にどうしたんだ?」
空「俺はなんでもいいけど...。なんで?」
ゼーレ「あなた達がコレイって子と外に行っている間、あのレンジャー長と話したの」
空「ティナリと?もしかして、その右腕のことかな」
ゼーレ「ええ。さっきも言った通り、もう自分じゃ右腕はどうにもできない。だけど、璃月に腕利きの医者がいるって聞いたことがある。そこに行けば外傷は何とかできるかも...って」
パイモン「璃月の腕利きの医者...。それって...」
空「白朮のことだね」
璃月の腕利きの医者。この言葉を聞いて、2人の脳内ですぐ様、とある人物の顔が浮かび上がった。
ゼーレ「え?知っているの?」
パイモン「ああ、知り合いだぞ!不卜廬っていう薬局みたいなところの店主なんだ。どうやら、白朮の腕はスメールの村にも届いてるみたいだな」
空「白朮の腕は本物だよ。安心してもいい」
ゼーレ「そうなのね...。彼が作る漢方薬は僕が作るより薬よりも苦くて、人間が到底飲めるようなものじゃないけれど、効果は本物だから自分の症状が分からない璃月人はまずそこに行けばいいって言われてるぐらい......って説明を受けたの」
パイモン「まぁ、オイラは璃月に行くのは全然いいと思うぞ」
ゼーレ「はい、これ」
ゼーレがポケットを探ると、白い封筒を取り出し、空に手渡した。
パイモン「ん?なんだこれ?手紙?」
空「ティナリの筆跡だ...」
空は直ぐ様、封筒の封を開き、中身を見る。
ゼーレ「あのレンジャー長が書いてくれた紹介状よ。これを渡しておけば、また説明する時間が無駄が無くなって、スムーズに治療が受けられるだろうって」
空「俺もパイモンと同じく、賛成だよ」
空は一頻り中身を見た後、丁寧に封筒にしまい直し、ゼーレに返した。
ゼーレ「ありがとう。早速、ブエルにこの事を伝えて来なきゃね」
ゼーレが踵を返して、スラサナンタ聖処の道を目指すために、足を動かす。だが、それを空が呼び止めた。
空「ゼーレ待って」
ゼーレ「?」
空「1つ聞きたいことがあるんだ」
さっきとは違い、空は真剣な表情だ。それを見たゼーレは無言で、再び空と向き合う。
空「別に君が話すのがしんどいのなら、無理に話さなくてもいい...。前から気になっていたんだけど、なんでそこまでアビス教団に対して必死になっていたの?」
ゼーレは黙った。間が空き、鈴虫の鳴く音と噴水の音が3人を包み込む。彼女の顔は迷っているようにも見えたし、何かを我慢しているようにも見える。眉間に皺が寄り、口が僅かに動いていた。空とパイモンも何も喋らず、様子を伺っている。
だが、突如としてゼーレの顔が青ざめる。
パイモン「ゼーレ?」
ゼーレ「うっ、うぷっ、おえええ!!」
2人は何が起きたのか理解する前に、ゼーレは口に手を当てて、その場にしゃがみ込んでいた。
空「ゼーレ!?」
パイモン「おい!大丈夫か!?急にどうした!?」
2人はゼーレが唐突に吐いたことに驚きを隠せない。ゼーレの服に吐瀉物がかかり、地面にも粘液がポタポタと垂れた。彼女の体は小刻みに、そして、小さく震えて、酷く怯えている。
空「だ、大丈夫!?」
パイモン「しっかししろ!どうしたんだよ!」
ゼーレ「忘れたくても忘れらない...!''あの光景''が脳に焼き付いて離れないの...!!!」
パイモン「お、落ち着けって!」
ゼーレ「ううっ、おえええ!!」
胃が丸ごと吐き出される勢いで再び、内容物が地面に撒かれる。
とりあえず、落ち着ける場所に行かなければ。2人は戸惑いながらも彼女を支え、近くのベンチに座らせ、背中を優しく摩ってやる。そのお陰かゼーレの震えは止まり、呼吸も安定してきたようだ。
ゼーレ「....ごめんなさい。未だにあれを受け入れることができない。心に覚悟を持ったはずなのに.....。受け入れたはずだったのに...。あれを思い出す度に怖気が止まらないの...。今日は...このまま1人にしてちょうだい....」
空は、冷や汗をかきながら俯いているゼーレを1人にしておくことに気が引けたが、そのまま、ゆっくりと立ち上がる。
空「行こう...パイモン」
パイモン「で、でも...!」
空「やっぱり、ゼーレにも心の準備が必要なんだ。今日はこのまま宿に帰ろう」
パイモン「.....分かったぞ。じゃあな、ゼーレ。気をつけて帰れよ?」
ゼーレ「.....」
●
ナヒーダ「そう...。彼女は、アビス教団を憎んでいる理由を話してくれなかったのね」
ナヒーダは少し、寂しい顔を浮かべながら、喋る。空達が今いる場所はスラサナンタ聖処。出発する直前、ナヒーダに2日前に起きた出来事を話していた。
ナヒーダ「彼女は、向き直す時間が必要のようね。これに関しては、わたくし達が頑張って応援していくしかないみたいだわ」
空「応援していくって...。だけどナヒーダ...」
ナヒーダ「旅人、あなたの言いたいことも分かるわ。彼女が前に歩んでいくのに時間を有することが必要な反面、時間は無情にも短い...。わたくしが彼女の中にある穢れを浄化したと言っても、所詮は付け焼き刃に過ぎない。ゆっくりと、今でも律者の侵食が彼女を蝕んでいるわ」
空「......」
空は返す言葉がなかった。今までのは、所詮は応急措置に過ぎない。本質は何も変わっていないのだ。
ナヒーダ「だけど、最終的に答えを出すのは自分自身よ。それは彼女も分かっていると思うわ。どうか、彼女には冷静になって欲しい...と伝えて欲しいの」
パイモン「そう...だな」
空「分かった」
ナヒーダ「ふぅ...。旅路の前だと言うのに、こんなシリアスな話をしてはダメね...。それで、あなた達は彼女を連れて、璃月に行くという話だったわね?」
自然と重々しい雰囲気になっていたことに気づくと、無理やり話を元に戻す。
パイモン「そうだぞ。璃月の不卜廬に行って診てもらうらしい」
ナヒーダ「勿論、わたくしは大賛成よ。善は急げと言うのだから、すぐに出発してちょうだい」
空「分かった。パイモン、準備できた?」
パイモン「おう!オイラはいつでも出発できるぞ!」
空「じゃあ、行こうかパイモン」
ナヒーダ「待ってちょうだい、旅人」
自分に背を向けた2人を呼び止める。
パイモン「どうしたんだ?」
ナヒーダ「あなた達にこれを渡しておこうと思って」
ナヒーダは傍から見ても、物が沢山入っている麻袋を旅人に手渡す。空が紐を解いて、中身を覗くと、中には黄金に輝くモラが沢山入っていた。ざっと見て、一日中遊んでも、余るほどの量だ。
パイモン「モラじゃないか!もしかして、くれるのか!?」
パイモンが目を輝かして、言った。
ナヒーダ「それは旅費よ。彼女の治療代、あなた達のご飯代、諸々含まれているわ。ふんだんに使ってくれてもいいわ。お釣りはあなた達にあげる」
パイモン「えっ!いいのか!?どこから持ってきたんだ?」
ナヒーダ「ふふ、わたくしのポケットマネーからよ、パイモン。これはわたくしなりのあなた達への感謝の印。ここ数日、あなた達には助けられてばかりだから」
空「ありがとう。大切に使うよ」
パイモン「ありがとうな!ナヒーダ!」
●
ナヒーダと相も変わらず、自分達に背を向け、不貞腐れているスカラマシュに別れを告げ、やや早足でゼーレとの約束の場所へ向かう。スラサナンタ聖処に来る前、ゼーレと一緒に、璃月に行く時、どこに集合するのか決めていたのだ。
「もうとっくにあっちは着いているんだろうなぁ」と考えながら、貰ったモラ袋が足を上げる度にチャリンチャリンと陽気な音を立てる。
パイモン「へへっ。旅人、ナヒーダから結構な量のモラを貰ったな」
空「そうだね、予想外の報酬だ。璃月に行く船代を自分のモラから出そうとしていたけど、これで行ける」
パイモン「ご飯代も含まれてるのかぁ...。プリプリのエビのポテトの包み揚げ、辛いソースをかけた翠玉福袋...。オイラ、美味しそうな璃月料理を想像しただけでヨダレが出てくるぞ!」
パイモンは実際に、目の前に、料理が置かれていることを想像しながら、胸を高鳴らせる。
空「パイモンは、相も変わらず、食べ物の事ばっか想像してるね。まぁ、それは、璃月に着いてから考えようか」
パイモン「いぇーい!」
かくいう自分も、璃月に行くのが久しぶりのことで、なんだかワクワクしていた。ゼーレを不卜廬に案内して、その後のことを考えると、自然と胸が期待で膨らんでくる。
そうして、獣道を通り、日向ぼっこをしているラクラク駄獣や地中から草元素を吸い取っているキノコンのそばを通り過ぎ、オルモス港にやってきた。この港で、ゼーレと一緒に船に乗って、璃月港まで船旅をする。かなりの長時間だが、なんだかんだで寝ていたり、喋っていたら、すぐに着くだろう。
船から商品を下ろしきり、一息ついている商人や他国を視察しにいく教令院の学生、そして、荷物を守り、監視しているエルマイト旅団の人達で港は繁盛している。その人混みの中を慣れた手つきで2人はかき分ける。商品を販促する、商人の賑やかな声が下から聞こえてくる中、黒い木材で出来た、丈夫なエレベーターに乗り、ゼーレとの待ち合わせ場所に着いた。
パイモン「えーっと...確か、オルモス港の上のベンチで落ち合う予定だったよな?人が随分多いから見失いそうだぞ...」
下よりも人が少ないとは言え、ここは待合場所にもなっている所だ。近くにはカフェがある。
空「どこだろう...」
ゼーレ「こっちよこっち」
2人が彼女を見つけようと、目を凝らして周りを見ていると、ゼーレの呼ぶ声が聞こえた。
パイモン「お、ゼーレだ。あっちにいるらしいぞ」
ゼーレは、ここから少し遠いベンチに座っていた。自分たちに向かって、腕を上げて、勢い良く振っている。
ゼーレ「あなた達、思った以上に早かったわね。もしかして、早足で来た?」
空「まぁ、そうだね。船の時間も近づいてる訳だし...」
ゼーレ「もしかしたら、私もその場に居た方が良かったのかも...」
パイモン「ああいや!別に気にしてないから、大丈夫だぞ!」
ゼーレ「そう....それならいいんだけれども」
そうして、3人は再びエレベーターに乗って、下に降りた。
パイモン「しかし、オルモス港は、相も変わらず、賑わっているよな!前のキノコンピックで来た以来だけど、全然変わってないなぁ...」
押し寄せる雑踏を見ながら、パイモンがそう呟く。
ゼーレ「キノコンピック?何それ」
空とパイモンの先頭を切っていた、ゼーレが振り返った。
パイモン「キノコンピックはキノコン同士で戦わせる、最近できたゲームなんだ。楽しいし、キノコンとの絆も深まるし、いいゲームだぞ?」
ゼーレ「キノコン同士で...。あんな、凶暴なキノコンを手懐けられるなんて、以外ね」
パイモン「殆どが人を襲うキノコンだけど、ごく稀に友好的なキノコンもいるらしいぞ」
ゼーレ「へぇ...」
こんな他愛もない会話をしながら、璃月に出発する船の受付場所までやってきた。受付には若いメガネをかけた女性が立っていて、3人がこちらにやってきたことが分かると、深々とお辞儀をする。
「いらっしゃいませ、船の御予約でしょうか?」
ゼーレ「ええ...。確か、予約はできてないのよね?」
ゼーレがこちらを振り返って、聞いた。
空「そうだね。急にできた要件だから予約ができてない」
ゼーレ「1時間後に出発する、璃月行きの3人席で行きたいのだけど、どうなっているの?」
「1時間後の璃月行きですね?お調べ致しますので少々、お待ちください」
そう言うと、受付の女性は机のそばに置いていた大量の紙の資料を眺め、そこから1枚の紙を取り出すと、じっくりにらめっこを始めた。
「そう...ですね...。3人席ですよね?大丈夫ですよ。この時間帯に出発する船は、基本的に空いています」
ゼーレ「あ、空いているのね良かった。璃月なんて商業の国でしょ?席が空いているなんて有り得るの?」
「はい。基本的に商人の方々は専用の船で行かれるので、旅行目的の方は意外と少ないんですよ」
ゼーレ「なるほど...。少し、料金表を見せていただけない?」
「かしこまりました。こちらが料金表でございます。普通席が1500モラ、プレミアム席が2800モラ、接待席が3400モラです」
そうすると、受付の女性は今持っている紙を傍に置き、墨で書かれた料金表をゼーレに見せる。
ゼーレ「(1500モラ...。思った以上に高いわね。3人で4500モラか...。旅人達には昨日、ご飯を奢って貰ったし、これ以上は迷惑はかけれないな......)」
ゼーレは難色を示した。
ゼーレ「そうね...少し考えてみるわ。まだまだ、時間はあるわよね?」
「かしこまりました!いつでもお待ちしております」
ゼーレは受付の人に別れを告げて、歩き出した。目が点になり、驚いている2人を置いて。
パイモン「ど、どうしたんだゼーレ?なんで予約を取らないんだ?」
十分、受付場所から離れた場所まで来ると、思わずパイモンが問いただす。
パイモンは困った顔で空を見たが、空も両手を軽く挙げて、分からないというジェスチャーを取る。
ゼーレ「...」
肝心のゼーレは、返事を返すことなく、とある船を探している。もうとっくに、璃月行きの船の乗り場から遠ざかり、荷物を運ぶ専用の船が集まっている場所に来ていた。
ゼーレ「(璃月に行く商人の船があるはず......。ん?あれは...)」
そんな時、1隻の船を見つけた。存在感のある、大きな船だ。帆には、璃月の商会である飛雲商会の飛という文字が描かれている。
ゼーレ「(飛...。確か、璃月には飛雲商会があったわよね...。もしかして、あれは璃月に行く船かも...)2人共、少し待ってて」
パイモン「え...?わ、わかったぞ」
何を思って、自分達に待てと言うのか分からない。増々、彼女の行動に理解を示すことはできないが、とりあえず待っておくことにする。
ゼーレはズカズカと歩き、璃月に行くと思われる船に近づく。その船はちょうど、船夫が、港に置かれた大きな木箱を拾って、船の倉庫に置くところだ。
ゼーレ「ねぇ、お兄さんちょっといい?」
「あん?なんだ姉ちゃん。悪いが、今忙しいんだが」
ゼーレ「もしかして、この船って璃月に行くの?もしそうなら、急なお願いで申し訳ないのだけど、この船に人を乗せることって可能かしら?」
「あー...。確かにこの船は璃月港行きだが...。悪いな姉ちゃん、この船はそういうのやってねえんだ。そもそも、オルモス港は一般人が乗れる船があるだろ?それを当たりな」
最初こそ、ゼーレを不思議に見ていたが、彼女の目的を察すると、慣れた手つきで彼女をあしらう。まるで、今までこんな場面に何度も出くわしたかのような態度だ。
その船に乗る人達をざっと見るが、そのほとんどが商会関係の者ばかりだ。「確かに一般人を乗せることはできなさそうだな...」と、困ったようにため息を漏らす。
「そもそもは自分が言ったわがままでこんなことになっているんだ...。それによく考えたらこんなお願いなんて聞いてもらえないか...」と、半ば諦め、とぼとぼと2人がいる所に戻ろうとした時、ふと、先程話しかけた船夫の愚痴らしきものが聞こえてきた。
「おいおい...。この量を後、5分で詰めろだって?冗談言うなよ...。というか、また、荷主に怒られる案件じゃねえか...。え?船夫の長である俺が責任とれって?冗談が厳しいって...」
ゼーレが振り返ると、愚痴を吐いている船夫のすぐ側には大量に積まれた木箱があった。恐らく、あれが五分以内に詰め込まないと行けない商品なのだろう。それを見た瞬間、何かを思いつき、取り憑かれたように、スタスタと先程の男に近づいた。
「あん?また姉ちゃんか。今度はなんだ?」
今度は船夫が怪訝な表情をする。
ゼーレ「ねえ、お兄さん。何やらお困りのようね」
「ああ...。こんな重い物を後、五分以内に積んで、出発しなきゃなんねえ。遅れたら荷主に怒られちまう。もうあんたに構ってる暇はねえんだ。とっとと、離れてくれ」
ゼーレ「1つ...提案なんだけれども、私の労働力を買ってみない?」
「え?」
汗を垂らしながら、木箱を拾いあげようとした時、思わずゼーレに振り向いた。
ゼーレ「私ならこの荷物の量を一瞬で積めれるわ。あなたは労働力を買う。その代わり、私達をこの船に載せてちょうだい。どう?悪い話じゃないでしょう」
「どうって...。本気で言ってるのか?この荷物は俺ら船夫でも骨が折れるぞ?」
ゼーレ「ええ、私ならできるわ」
「見るからに貧相な女だが......。分かった。その契約、結んでやろう。五分以内だぞ!?」
約束はたった今、結ばれた。
船夫はまるで脅すかのように、ゼーレに念を押す。
ゼーレ「はいはい」
ゼーレは満更でもない様子で、木箱に近づく。
本当に一瞬だった。木箱を3つ重ねて、片手だけで次々と荷物を積んで行く。1分程で全ての木箱を船に入れることができた。その間、船夫達は言葉が失い、口をあんぐり開けていた。
ゼーレ「ふふん、どう?1分もかからなかったでしょ?」
ゼーレは少し、誇らしげに言う。
「すげえ...本当に五分以内に終わらせやがった...!」
ゼーレ「さ...。約束は果たしたわ。今度はあなたが約束を果たす番よ」
「ああ、いいだろう。あんたは救世主だ。約束通り、あんたらを載せてやる。おーい、みんなー。すぐに出発の準備するぞー」
船夫は他の人間に出発の合図を出す。
ゼーレ「旅人!パイモン!こっちに来て。乗るわよ」
ゼーレも、こちらを眺めていた2人に合図を出す。急いで、彼女の元に駆けつける。
パイモン「荷物を船に積んでいたような気がしたけど、何をしていたんだ?」
ゼーレ「私が荷物を積む代わりに、私達3人を無料で乗船させて欲しいと言ったの。いつまでも2人に迷惑かける訳には行かないからね。さっ、もう出発するらしいから、乗りましょ?」
ゼーレに催促されるがまま、船に乗り込む。そして、巨大な船の帆が風を受け止めながら、璃月への船旅を開始した。
●
船夫に案内され、甲板にやってきた。質素なものだが机を取り囲むように背もたれのない椅子が並べてある。説明によると、これは元々接待用の船だった名残だそうで 、今でも時々使う時があるらしい。そこに、3人が座り、出された茶を飲みながら、各々の時間を消費する。ゼーレとパイモンはどこから持ってきたのか分からない本を一緒に読んで、内容について話をしていた。自分は、あまり喋らず、2人と海を交互に眺めている。
カモメの鳴き声、心地よい潮風、温かい日光。ただただ、気持ちがよい時間だ。
パイモン「なぁ、ゼーレ。ひとつ質問いいか?」
出港してから二時間経った時、パイモンが神妙な顔付きでゼーレに話しかける。
ゼーレ「出来れば、答えるわよ」
パイモン「オイラ、その...気になったんだが...お前はいつから律者の力に気づいたんだ?」
ゼーレ「...」
先程まで調子よく話していたゼーレに間が空く。
パイモン「い、嫌だったら話さなくてもいいぞ!?」
ゼーレ「そうね...。いつの間にか...と答えておくわ」
パイモン「いつの間にか?どういうことだ?」
ゼーレ「そのままの意味よ。重なった日常の中で、いつしか、右目には律者のマークがあった」
パイモン「そう...なんだな...」
ゼーレ「でも、きっかけには、心当たりがあるわよ」
パイモン「きっかけ?」
ゼーレ「十数年...まだ、私があの屋敷にいた時の話。その日は、何の変哲もない、いつもの日常のつもりだった。裏庭を掃除した時、偶然、人影を見かけたの」
パイモン「人影か?なんかの勘違いなんじゃないか?屋敷の裏庭なら誰か居てもおかしくないような...」
確かにその通りだ。空も会話に興味を持ったようで、2人を見た。
ゼーレ「私も最初、そう思っていたわ。私と同じく、掃除をしていた人なんだろうと...。だけど、何故か急に興味が湧いてしまったの。いつの間にかその人影を追っていた...」
パイモン「そうなんだな。それでどうしたんだ?」
ゼーレ「結論から言うと、影の正体は人じゃなかった。ヒルチャールだったの。しかも、ヒルチャール王者がいるヒルチャールの群れね」
パイモン「えっ...」
ゼーレ「エルを助けた時にも、ヒルチャールに出くわしたから、屋敷の近くにヒルチャールの群れがあるのでしょうね。だけど、初めはそんなのなかったはず...。それに、あそこに建物を建てた人も、わざわざヒルチャールの群れの近くに建てるわけがないし...」
パイモン「だよな...。確かにわざわざ、近くに建てたとしたら、よっぽどの物好きか頭がおかしい奴だと思うぞ...」
ゼーレ「それで、私は音を立てないように逃げようとした。だけど、枝を踏んでしまって、バレたの」
パイモン「ひええ...。だ、大丈夫だったのか...?」
ゼーレ「エルを助けた時の経験を活かして、ヒルチャールをなぎ倒し、命からがらヒルチャール王者も気絶までに持って行ったの。だけど、頭が切れるヒルチャールが居たらしく、待ち伏せで負傷してしまった」
パイモン「...そ、それで?」
パイモンが恐る恐る、聞く。
ゼーレ「頭に強い打撃を受けた私は、大量出血を引き起こして、視界も暗くなって行ったの。もう、あの時は覚悟したわ。死ぬかと思った。だけど、それが突然...治った」
パイモン「えぇ?突然か?」
ゼーレ「ええ、突然よ。血も止まって、自然に立ち上がった」
空「それってもしかして...!」
空はすぐにそれが何なのか理解出来た。
ゼーレ「旅人は分かっているようね。そうよ、律者の再生能力よ。つまり、その瞬間、律者の力が私の中で発現した...って訳ね」
空「ん、待って?律者の力は宿主に寄生するんじゃないの?その言い方だと、納得がいかない」
ゼーレ「あくまで、これは私の予想に過ぎないのだけど、ブエルは律者の力は神の目と同じようなものと言っていたはず。それは半分正解、半分不正解だと思うわ。人間の願いが神に届いた時、神の目が降り注ぐーーー、つまり、神の目は貰った瞬間に力が完成しているということ。だけど、律者の力というものは不完全なの。そこから力という芽を生やすことができるのは当事者次第だわ。芽から樹に成長するような物だと思えばいいわよ」
パイモン「な、なるほどぉ...」
ゼーレ「パイモン、本当に分かったの?」
パイモン「お、おう!本当だぞ!分かりやすい解説だな!」
パイモンは高々と鼻を鳴らす。えっへんと言わんばかりの様子だ。そんな態度を見た、ゼーレは半目で、空をちらっと見たが、空も同じだった。
パイモン「神の目と律者の違いは分かったけど、結局、そのヒルチャールの群れに遭遇して、律者が発現して、どうしたんだ?」
ゼーレ「......何か、自然と手が伸びていた。全身の力が指先から放たれた感触がした瞬間、ヒルチャールの体が粉々に切り刻まれていた...」
パイモン「ひええええ...」
斬撃の切れ味を見てきた空はすぐに、脳内で切り刻まれたヒルチャールの姿を想像できた。
ゼーレ「私も何が起きたのか理解できなかった...。瞬きした次には、目の前の魔物が塵となって絶命したんですもの。......まぁ、そんな感じね。その日を境に右目に違和感を感じて...今に至る...的な?」
パイモン「そう...なんだな」
パイモンは返す言葉がなかった。
ゼーレ「後、ヒルチャールを切り刻む寸前、私の頭の中で声が聞こえてきた」
空「...声?」
ゼーレ「......。今でも時々、その声を思い出す......」
その時、彼女の脳内にあの日の女の子の声が鮮明に聞こえてくる。まるで、耳元で囁かれているようだ。
ーーー『こんな、下奴に負けてどうするの?』ーーー
ーーー『体に集中線を巡らせて、相手を滅茶苦茶にするつもりで斬撃を放つんだよ』ーーー
ゼーレ「あれが一体、なんだったのか...。十年経った今でも分からない。声に導かれるように、勝手に手が動いて、目の前の生命を殺しちゃった...」
空「.......」
ゼーレ「ヒルチャールと言えども、明確に自分の意思で命を消したのはあれが初めてよ。ふと冷静になった時、手に残っていたのは焦燥と自分に対する嫌悪感だけだった...。何か言葉に言い表せない、どす黒いものが自分の中にあるという事実が嫌いになった。自分は、このテイワットの秩序に反する存在なんだと子供ながらに思ってたの。その日を境に、エルを心のどこかで遠ざけていたのかもしれない。その、どす黒いものが妹を傷つけてしまうかもしれないって......。エルはしょっちゅう、他人の目を盗んで、私の部屋にやってきたのだけど、その日は拒否してしまったの。もし、あの時勇気を出していれば、未来は変わっていたのかもね...」
パイモン「ゼーレ...」
「おーーーい」
重苦しい雰囲気になっていたその時、船夫が手を振りながら、階段を上がってきた。
ゼーレ「あれ?お兄さん、どうしたの?」
「あ、いや。単純にもうすぐで璃月に着くっていう知らせをしにきただけだが...」
ゼーレ「え、もうそんな時間?」
パイモン「もう着くのか?」
ゼーレが立ち上がり、柵に体を出す。視線のその先には、璃月港と思われる建築の影が見えた。
ゼーレ「私、てっきり後1時間ぐらいあると思ってた...」
「おいおい、もう数時間は経ってるぞ...。まぁいい。璃月港に入る準備で他の奴らがドタバタするが、そこは我慢して欲しい」
そうして、15分も経つと、船は契約の国・璃月の港に着いた。緑色の瓦が使われている木の塔、荷物を積み上げるクレーン、無数の船が3人を歓迎する。桟橋に入ると、海底に錨が突き刺さった振動がこちらに伝わってきた。