台本書き
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キャラ崩壊
リサ「ジン...。......ジン?ジン!ジン!!」
ジン「!」
今までぼーっとしていたジンが、リサの呼ぶ声で現実に戻ってくる。ジンの視界には、訝しげな顔をしているリサと各々の調査に集中している団員達の姿が映った。
ジン「リ、リサか。どうしたんだ?」
ジンは焦りながら、リサに喋りかけた。
リサ「どうしたんだ...じゃないでしょう。誰から見ても、あなた放心状態だったのよ?まさか、寝不足じゃないでしょうね。目の下に濃いクマが出来てるわよ」
ジン「すまない...。次からは気をつける」
ジンは鼻根に指を当てながら、そう答えた。リサはため息をつき、まだ納得してないようだが、渋々調査に戻る。
ここ最近、騎士団の仕事が多すぎて、ぼーっとすることが頻繁になってきた。考えれば考えるほど、頭が動くことを拒否して、空っぽになった気分になる。
あの大量の怪我人が運ばれてきた日から数日。軽傷で済んだ団員はぼちぼちと復帰してくる頃合だった。あの日から、傷が悪化して、命の危機に晒される団員もおらず、全員が回復傾向にあるという報告を受けたジンは安堵の息を下ろした。
だが、これだけで処理が終わったとは言えない。当然、怪我した遊撃小隊が派遣された現場を調べなければならず、数十人の戦闘団員を連れ、厳重体制の元で調査中だ。
今、立っている所はまさにヒルチャールの集落なのだが、ヒルチャールの姿は1匹も見つからず、荒らされた跡、戦った跡、団員の血と思われる血痕が集落中に散らばっていた。
ジン「これはひどいな...。よくぞ、生き残ってくれたものだ...」
リサ「ヒルチャール部落の牽制任務...。アンバーから得た情報では、何の変哲もない普通の集落だったはず。何でこんなことに......」
ジン「アンバーは優秀な偵察騎士だ。判断を見誤る訳がない...。彼女の勘の鋭さは騎士団随一だからな」
リサ「なら、申し訳ないけれど、遊撃小隊の実力不足しか考えられないわね...」
ジン「遊撃小隊は厳しい訓練を受けた者しかなれない。それに、たかがヒルチャール一匹だろうと油断してはならないと徹底的に教えられているはずだ。何か...何かが起きたはずだ...。ミカ!」
ミカ「は、はい!」
ジンは、数メートル先に居た、現場の状況をメモしているミカを呼ぶ。若干、早足でジンの前に立った。
ジン「確か、ミカもあの日の任務に着いていたな?当時の様子を詳しく聞かせてくれないか」
ミカ「はい。ただ、この現場に居たと言っても、僕は後方支援でした...。あの日の任務は、最初は順調に行っていたんです。ですが、任務が終わって、皆さんの気が緩んでしまった時、突如前線にいた団員の皆様が...宙に吹き飛びました」
ジン「吹き...飛んだ?」
ジンは言葉を失う。
ミカ「はい。一切、脚色もしてません。僕の言葉通りなんです。森から突然現れた大きなヒルチャールが、次々と遊撃小隊をなぎ倒し、いよいよ、僕たちの所まで接近すると、ヒルチャールの動きが止まりました」
ジン「大きなヒルチャール...。もしかすると、ヒルチャール王者と呼ばれる魔物のことか?」
ミカ「ええ。ヒルチャールの群れを統括する長であるヒルチャール王者が何故か、単独で暴走したということになりますね。幸い、僕は擦り傷で済んだのですが、ヒルチャール王者がそのまま暴走の手を止めなかったと思うと背筋が凍りつきます」
ジン「手が止まった?何故だ...。興味を無くしてしまったのだろうか...」
ミカ「僕も分かりません...。暴走したヒルチャール王者は荒い息のまま、森の中へ帰って行ったのです」
そうしてミカは包帯を巻いた手で右側の森を指さす。そこは、木が数本なぎ倒され、獣道が出来上がっていた。
ジン「...。だが、どんな魔物を相手しても、ある程度対抗出来るように遊撃小隊は訓練されているはずだ。しかも、ヒルチャール王者一体だけだったのだろう?」
このヒルチャール部落には数十人の精鋭が集まっていた。巨大な魔物一体に蹴散らされる程、甘くはない。
ミカ「あの魔物は明らかに何かが違ったんです」
ミカから返ってきた言葉は、予想斜めを行くものだった。
ジン「違った?と......言うと?」
ミカ「ジン団長の仰る通り、ヒルチャール王者一体だけにやられるような小隊じゃありません。ですが、あの魔物だけが明らかに違ったんです...。まるで、テイワットの法則から外れたような魔物です。ファルカ大団長の遠征とエウルア隊長の遊撃小隊で、ある程度の場数を踏んできたつもりではありますが、あれほどの圧倒的な力を振るうヒルチャールは初めて見ました」
ジン「テイワットの法則から外れたような魔物...。想像もつかないな」
今の西風騎士団で1番魔物に遭遇して、討伐してきたジンだが、どの魔物も所詮は想定内だった。精鋭さえも蹴散らしてしまうヒルチャール王者を頭に思い浮かべることが難しい。
リサ「また、あなたの仕事が増えてしまうわね。ジン」
ジン「ふぅ...」
ジンは眉間に険しい皺が寄り、手で顔を覆い被せる。
ミカ「あ...今、とある事を思い出したのですが...」
ジン「なんだ?気兼ねなく言ってくれ」
ミカ「あの魔物が去り際に何か喋っていたような気がします。しかも...人間の言語を......」
ミカの言葉に、ジンとリサに不穏な空気が流れる。
ジン「ヒルチャールが...喋った...!?」
リサ「なん...ですって...」
ジンは耳を疑い、リサは顎に手を置いて思考を巡らせる。
ミカ「確か...呪いが...なんちゃら.....と」
ジン「呪い?それは本当か?」
ミカ「ええ、本当です。他の方に聞いても、同じ答えが帰ってくると思います」
ジン「リサ、ヒルチャールが人間の言葉を話すなんて有り得るのか?」
リサ「天変地異が起きない限りありえない現象だわ。ヒルチャールは知能が低いために、簡単なヒルチャール語でしか意思疎通をとれないはずよ。ましてや、複雑な人間の言葉だなんて...」
巨大な力と人間の言葉を話せるヒルチャール。こんなのジンに取っては初めてのことだ。思考が絡まった糸のように、上手く定まらない。
ジン「...。分かった。私もこの件、団長として尽力を尽くすことを約束しよう。ミカ、まだ現場調査はかかりそうか?」
ミカ「そう...ですね。もう直に終わると思います」
その日の夜、珍しく、ジンは早めに仕事を切り上げた。帰り際にまだ残っている団員に挨拶したのだが、会った全員がテイワット最後の日かのように口をあんぐりと空いていた。夜のモンド城を歩き、そして、賑やかな酒場の前に立つ。エンジェルズシェアーーー。ディルックが経営している酒場だ。酒に酔いつぶれるために来た訳では無い。とある人物に会うためだ。
木製のドアを開くと、すぐ様黄色の温かい光と盛り上がっている声が届く。少し先にはカウンターがあり、バーテンダーであるチャールズが居た。彼は思わぬ来客者に、ガラスのコップを拭く手が止まってしまう。
チャールズ「おや...。騎士団のお偉いさんも、酒を嗜むらしい」
ジン「いや、そういう訳では無いんだ。とある人を探している」
チャールズ「ほう、人探し...。まさか、公務中だったとは」
ジン「頭に緑色のベレー帽を被っていて、濃い青色の髪のツインテールの人なのだが...」
ジンは事細かく、とある人物の特徴を伝える。チャールは、それが誰なのか、すぐに分かった。
チャールズ「ふぅ...すぐに誰か分かったよ。その人なら2階で絶賛、酔いつぶれている途中だ」
ジン「上か。分かった、感謝する」
絵画が沢山飾ってある部屋の隅にある木の螺旋階段を上がると、そこは天井に近い吹き抜けになっている。その天井には、豪華なシャンデリアがこの酒場を照らし、温かみを与えていた。柵の周りに、椅子に囲まれた机が数個あるのだが、階段から1番遠い机にその人物はいた。それを見つけたジンは、酔っ払いがいる机をいくつか通り過ぎ、とある人物の横に立つ。
その人は、空になった木樽ジョッキを握ったまま机に突っ伏し、泥酔しているのかブツブツ喋っている。机には、飲みきった木製のジョッキが乱雑に置かれていた。
ジン「バルーーー。こほん...。ウェンティ殿?」
ジンが、ウェンティの肩を優しく揺らす。だが、反応がなかった。悪酔いし続けている。
ジン「ウェンティ殿!」
少しだけ声量をあげて、今度は強く肩を揺らす。すると、ウェンティが頭をゆっくりとあげた。
ウェンティの顔はりんごよりも真っ赤で、机の木目の跡がついている。
ウェンティ「んー...?あれぇ......?君はぁ...」
ジン「西風騎士団代理団長のジンだ。少し、お話があってあなたの元へ尋ねた」
ウェンティ「ん?ジン...?んー...。あぁ...!君かぁ...。騎士団は、酔っ払いの取り締まりも始めたのかい...?」
ジン「そういう訳ではない。ウェンティ殿が1番知っていそうな話を聞きにやってきた」
ウェンティ「僕にかぁい?詩が聞きたいだけなら明日にしてくれ...」
そう言うと、ウェンティは再び机に伏す。まともな会話は不可能だった。ジンは思わずため息をついてしまう。
ジン「(本当に大丈夫なのだろうか、この人は......)」
とっとと要件だけを伝えようと、半ば諦めてながら、口を開く。
ジン「ウェンティ殿。私は今日、とあるヒルチャール集落の調査に出たんだ。そこで、団員が喋るヒルチャールに遭遇して、その喋るヒルチャールが発した言葉が呪い...と。ウェンティ殿はモンドの呪いに関することは知らないか?」
ウェンティ「!」
先程とは打って変わって、ウェンティが椅子から立ち上がる。あまりの突然さに、ジンは一瞬ビクッとしてしまった。ウェンティは口にされた言葉を聞いて、顔を赤らめながらも完全に酔いが覚めてしまったようだ。
ウェンティ「ジン。それについては、ここじゃ話しにくい内容だから、あまり人が居ない所にいこうよ。そうだね...シールド湖の岸にでも行こうか」
ジン「分かった。それは、ウェンティ殿に任せるとしよう」
ウェンティ「おっけー」
チャールズに酒代を払い、エンジェルズシェアを出る。右手を歩くと石の階段があり、それを下るとシールド湖に出る裏門がある。それをくぐると、早速ウェンティが口を開いた。
ウェンティ「えーっと、それで呪いがなんだって?」
ジン「先程も言った通り、団員が任務中に喋るヒルチャールに遭遇した。曰く、その喋るヒルチャールが呪いという言葉を発した...と」
ウェンティ「ふーん...。人語を話すヒルチャールねぇ...。それで呪いという言葉を発したと...」
ジン「ああ。風神であるあなたが何か知っていることは無いかと」
ジンは周りを見渡し、2人の他に人が居ないかどうか確認しながら言った。
ウェンティ「んー...僕の神の心は既に盗られちゃったけどね。そうだなぁ......分かんない!」
ジン「......(本当にこの方は数千年生きてきた神なのか...?)」
余りの適当さに、心の内で本当に目の前にいる人物は、自分が信仰している神なのかとジンは不安になってきた。
ジン「そ、そうか...」
あまり表に不安な態度を見せないように、少し困惑しながらもそう答える。
ウェンティ「呪いって言っても、どんな呪いかもわかんないからね。あ...でも1つ、モンドに関係してるものは知ってるよ」
ジン「モンドに...?」
ウェンティ「うん。じゃあ、ここは1つ、君にモンドに深く関連している呪いについて教えてあげよう。ジンは数千年前のモンドはどんなもので、それがどう変化していったか知っているよね?」
ジン「私が知る限りでの話ではあるが、現在の風龍廃墟には、かつてデカラビアンという魔神が存在していて、民を圧政していた...。それに反発したウェンティ殿と私の祖先であるグンヒルドが立ち上がり、デカラビアンを討ち取った。そして、今のモンド城に城を建てた...と」
ウェンティ「正解ー!だけど、それだと少し語弊があるかな?ジンも知っていると思うけれど、デカラビアンの時代の僕はただの風の精霊だったんだ。僕の姿と全く同じの吟遊詩人が立ち上がり...そして、デカラビアンを倒した。デカラビアンを倒した後に僕が風神になって...。当時、ここら一帯が極寒の地だったから、風で雪を吹き飛ばして、モンド人が住めるようにしたよ。シールド湖に今のモンド城が建った後、僕はデカラビアンみたいな暴君にならないようにモンドを去り、自由気ままに生きてきたんだ」
ジン「そうだったのか...。風龍がモンド城に現れる事件まで私は疑問に思っていた。これも風神様の象徴である自由だろうかと」
ウェンティ「えへっ。当時の僕はこれがベストだと思ったんだけどなぁ」
ウェンティは手を頭の後ろに回し、気まずそうに答える。
ウェンティ「それで、去った後のモンド城に僕の神像がヴァニーラーレ・ローレンスによって建てられ、そこから貴族の時代に変動したんだ。そう、君の知っている...三大貴族だよ」
ジン「怨氷の心を持つローレンス家...。高貴なる心を持つグンヒルド家...。真っ赤な情熱の心を持つラグウィンド家...か」
ウェンティ「その通り。けど、最初はエーモンロカ家もいたような気がするけれど...まぁ、いっか。三大貴族は、最初こそ僕の自由の意志を引き継いで、自由な国づくりに勤しんでいたんだけど、それも次第に形骸化してしまい...」
ジン「...そして、ローレンス家がモンドに圧政を強い始めた」
ジンは目を逸らし、気まずそうに答える。
ウェンティ「他の貴族達はローレンス家の圧倒的な権力に従うしかなかった...。だけど、その裏にはからくりがあるんだ。それはね、当時モンドに出現した魔龍ウルサという魔物と関係しているんだよ」
ジン「魔龍...ウルサ?」
ジンは少しだけ眉が動いた。初めて聞いた名だからだ。
ウェンティ「魔龍ウルサ...。数千年前の魔神戦争で敗北して、闇の外界に逃げた臆病者さ。でも、ウルサがモンドに出現した事を考えるに、僕が居ないからチャンスだと思ったんだろうね。当時のローレンス家の当主とウルサは契約を結んだんだ」
ジン「魔物と...契約...!?そんなの...有り得ない...!人間を捨てると同義だぞ...!」
ウェンティ「あまり、こういう事は言いたくないけれど、ローレンス家は人間の皮を被った悪魔だよ。奴隷...要は生贄だね。生贄を用意する代わりに、ウルサがモンドを攻めないという契約を結んだんだ」
ジン「......」
ジンは固く拳を握り、ウェンティの話を聞いていた。彼女は、かつてモンドには暗黒期が存在していた事を知っていたが、今こうして、ウェンティの口から詳細を語られると、心の底から怒りが混じった嫌悪感が湧いてきた。だが、それを必死に口を抑える。
ウェンティ「ジンはその後の歴史は知っているかな?」
ジン「......。ローレンス家の圧政に、ついに立ち上がった初代蒲公英騎士ヴァネッサは、グンヒルド家とラグウィンド家の協力を得て、貴族社会を終わらした。そして、ローレンス家は追放...。西風騎士団が建てられて、今に至る...と」
ウェンティ「流石は団長、詳しいね。500年前のカーンルイアの厄災時、モンドに魔獣ドゥリンが襲来して、トワリンが汚染されてしまった。そして、1年半前の事件が起きた...のが1連の流れかな」
ジン「で、でもなぜこの話を?」
ウェンティ「まぁまぁ、前提の話だよ。さて、本題に入ろうか。実はね...モンドに関する呪いは、ウルサとの契約時に発生したんだ。いや、芽生えてしまった...と言った方がいいかな?」
ジン「と......いうと?」
ウェンティ「ウルサは闇の外界にいた時に蝕んでしまう''何か''を持っていたんだろうね。魔物と契約を交わした瞬間、モンドの呪いの芽が出来上がったんだ。そして、その芽は500年前に...開花した」
ジン「開花...?どういうことだ...?」
ウェンティ「僕が1度、モンドを去った時、力の一部を三大貴族に譲渡したんだよ。自由の国を作るための知恵と力をね。そして、それは三大貴族の間で形骸化しないように、それらを取り囲む''輪''のような概念が出来上がった。それは良くも悪くも、呪いの下地になってしまったんだ。そして、魔獣ドゥリンが振りまいた災厄で、芽が開いた...」
ジン「......。その...どういった呪いなのだ?」
ジンは恐る恐る聞く。
ウェンティ「この呪いがどんな物だったのか、僕にも分からないよ。これはふざけているわけじゃなくて、本当に分からない。気づかない間に、三大貴族がお互いを忌み嫌い、不幸な出来事が起きてしまうことが呪いなのかもしれないね」
ジン「その呪いがモンドに振りまかれる前に私が何とかしなければ...。...ん?どんな物''だった''?」
ウェンティの言葉に違和感を感じた。思わず聞き返す。
ウェンティ「気づいたようだね。そう...かつて存在していたんだよ」
ジン「ということは既に呪いは、このテイワットから消え去ったという事か...!?」
ウェンティ「消え去ったというのは少し語弊があるかな。集約した...という表現が正しいかも。今から10数年前、ローレンス家とグンヒルド家の間に生まれ子供が、呪いと因果を破壊したんだ」
ジン「ゼーレ...ローレンス...」
ジンは呟くように名を喋る。ウェンティはそれを見て、静かに頷いた。
ウェンティ「呪いを受けていた者同士が接触してしまった結果、呪いがその子供に集約したのかも...。その子供は可哀想だけど、少なくともジンには関係の無い話だよ」
ジン「いや...これは私にも関係する話だ。それに、彼女には1回だけでも会ってみたい」
ウェンティ「それはどうしてかな?」
ジン「もし、ウェンティ殿の仮説が正しいのならば、原因の1つに私の母親が関係しているからだ。私の両親は、母の不倫がきっかけで離婚してしまい、妹のバーバラともぎこちない関係だ...。はっきり言って、気まずい...。これを少しずつ、解決していきたい。その為に彼女と会って、話すことが必要だと思うんだ」
ウェンティ「そっか。ジンの思うようにすればいいよ。なぜなら、ここは自由の国だからね。君が貴族だろうと、民の自由は僕が保証するさ」
●
「おい、姉ちゃん。これ持っていきな」
船が港に入り、歩み板で3人が桟橋に乗った時、船から船夫の声が聞こえてきた。ゼーレが振り向くと同時に、船夫から麻袋が投げられ、彼女は簡単にそれをキャッチする。
ゼーレ「おっと...」
紐を解いて中身を見ると、数枚のモラが入っている。
ゼーレ「ちょっと...!受け取れないわよ、こんなの。私達は船を乗らせてもらう代わりに、あなたは労働力を買った。それで終わりでしょ?」
「あーいや、その買った労働力は対価以上の働きをしてくれたよ。俺のささやかなお礼だ。これで美味いものでも食ってくれ」
ゼーレ「...そう。ありがとう」
「おう、達者でな」
そうしてゼーレ達は、契約の国・璃月に足を踏み入れた。桟橋を抜けると、商人が各々商品を売っているスペースに出るのだが、空とパイモンが違和感を持ったようだ。
パイモン「んー?なんだが人が騒がしいな。どうしたんだろう」
ゼーレ「璃月港は商人が集まる所だからいつもこうなんじゃないの?」
空「いや...賑やかとは違う気がする...」
その時、荷物を大量に積んでいる台車を運ぶ男性2人が、空達の横を通り過ぎる。
「いやー忙しいなあ。帰離原までこの荷物を送り届けるのは大変だぞ?」
「しゃーねえだろ!大変だけど、璃月のお偉いさんから高い給料もらってんだ。つべこべ言わず働け!」
そして、そのまま璃月港の入口門の方向へと消えていった。
パイモン「あの男達、帰離原とか言ってたな。何かあったのか?」
??「あら。あなた達、来ていたのね」
商人を不思議に思っていると、後ろの声から懐かしい声が聞こえてきた。思わず、振り返る。そこには刻晴が立っていた。
パイモン「刻晴!」
刻晴「久しぶりね。あなた達も祭りに参加しに来たの?」
パイモン「祭り?今、璃月で祭りが開かれてるのか?」
刻晴「あら、知らないの?帰離原で、かつての戦火の死者を弔う清原節が今日開かれるのよ」
パイモン「清原節...?オイラ、初めて聞いたぞ」
パイモンは首を傾げる。空も同じ反応だ。このテイワットに来て、初めて聞いた祭りの名だ。
刻晴「パイモン、あなたが知らないのも頷けるわ。何故なら、清原節という祭りは29年に1回しか開かれないものなのよ」
パイモン「え...?29年に1回?なんで、そんなに期間が空くんだ?」
刻晴「この数字は、月の満ち欠けに関係していると言われているわ。全てが真っ黒になってしまう新月から完全に光を取り戻した満月になるまで29日間...。そこから29年に1回のみの貴重な祭りなんですって」
空「月の満ち欠け...」
パイモン「死者を弔う祭りなのに、なんで月の満ち欠けが関係してくるんだ?」
確かにパイモンの言う通りだ。死者のための祭りならば、毎年に1回は開いた方がいいまである。
刻晴「私も祖父から聞かされただけだから、詳しくは分からないわ。祖父は何回かこの祭りを体験してるみたいで、3日間火を絶やすことなく燃やすことが大事だと言ってたみたい。後は火の周りに冥幣を並べることもよ」
パイモン「冥幣?なんだそれ」
刻晴「あの世で過ごしている死者が困らぬように贈る、モラの事よ。それが冥幣。3日間燃え続ける火にモラを投げ入れることで、あの世にお金を渡すことができるらしいわ。...とにかく、海灯祭と違って、私も初めて運営する祭りだから気を引き締めてやらないとね。......それで、ひとつお願いがあるのだけど、いいかしら?」
今まで淡々と説明していた刻晴が、ここに来て神妙な顔つきになる。空は何となく、刻晴の次の言葉が予想出来た。
パイモン「ん?どうしたんだ?」
刻晴「もし、旅人とパイモンに時間があるのなら、良ければ会場設営を手伝ってくれない?少し、運営に手こずっていて...」
空「結局こうなるのか...」
空の悪い予感は的中していた。
刻晴「勿論、タダ働きとは言わせないわ。今回、玉衛である私も動く...。かなりのモラを、給料として商人にも出しているわ。あなた達にモラと、屋台の交換券を渡す。これでどう?」
パイモン「モ、モラだってよ、旅人...」
パイモンは恐る恐る聞く。だが、その目は輝いていた。
空「分かった、いいよ。ごめんゼーレ。1人で不卜廬に行ってもらってもいい?」
ゼーレ「私は、場所を教えてくれればいいわ」
刻晴「あら、あなたも旅人の知り合いだったのね。じゃあ3人分のチケットを用意しておくわ」
パイモン「設営って言っても具体的に何すればいいんだ?」
刻晴「詳しいことは甘雨の元に行ってちょうだい。私も初めてのことだから、アドバイザーとして甘雨もやってくれるの。彼女はこの祭りを何十回もやっているのだから、きっと上手くいくと思うわ」
パイモン「その肝心の甘雨はどこにいるんだ?」
刻晴「玉京台よ。まだ、商人達に指示を出していると思うわ」
空「玉京台に行く途中に不卜廬があるから、ゼーレも一緒に来てくれない?」
ゼーレ「...ええ」
パイモン「甘雨〜!」
玉京台に行くと、すぐに甘雨は見つかった。少し遠いところで、パイモンが手をふりながら、彼女の名を叫ぶ。
甘雨「旅人さんに、パイモンさん!こんにちは。あなた方も清原節に参加するために璃月を訪れたのですか?」
パイモン「元々、そういうつもりじゃなかったんだけど、どうしても刻晴に設営を手伝って欲しいって言われて、そのついでに祭りに参加するっていう流れだな。刻晴が甘雨の方がこの祭りに詳しいから、ここに来るよう言われたんだ」
甘雨「刻晴さんがですか....?」
パイモン「ああ。甘雨って祭りの設営を担当してるんだろ?だから、刻晴が甘雨の名前を挙げたんじゃないのか?」
甘雨「そうだったのですね、分かりました。では、旅人さん達はこの紙を持って、帰離原の遺跡を目指してください。そこで千岩軍の方々が、細かい支持を教えてくれると思います。この紙は具体的なことが書かれていますよ。...あ、後ろの方は?」
甘雨が机に置いてあった、何枚も積み重なっている資料の中から1枚の紙を取り出そうとした。だが、その手は後ろに居たゼーレによって止まる。
パイモン「あ、こいつか?こいつはオイラ達の友達だぞ」
甘雨「旅人さんのご親友だったのですね。初めまして、私は甘雨です」
ゼーレ「ゼーレよ。よろしくね」
甘雨が握手をしようとしてきたので、ゆっくりとゼーレが空を通り過ぎて前に出てきた。握手をしようとしたその時、甘雨の目線がゼーレの右目のマークに移る。
目が会った瞬間、ゼーレは命の危機というサイレンが体全体を駆け巡る感覚に襲われたのだ。人間としてではなく、動物本来の本能として。
その嫌な予感というものは的中していた。
突如、甘雨が目の色を変え、弓矢を引き始める。
ゼーレ「!?」
矢尻に指を添え、明確にゼーレに弓矢を発射する意思を感じる。呼吸が粗いが、力強く、弓の弦が限界まで引かれ、もうすぐの所で弓矢が飛んできそうだ。
埒が明かないと判断したゼーレは、甘雨の手首を掴み、弓矢が直撃しないように弓を空高く突き上げる。
ゼーレ「ちょ、ちょっと!あなた!落ち着きなさい!」
甘雨「はぁ...!はぁ...!はぁ...!なぜ、あなたがここに居るのですか!?直ちにここを立ち去ってください!」
甘雨も負けじと、腕を振り落とそうと抵抗しているが、ゼーレの怪力には勝てない。
ゼーレ「なんのこと!?私達、初対面でしょ!?いいから武器を下ろして!」
ゼーレの制止も虚しく、甘雨は弓をゼーレに向けて睨み続ける。弓矢を放つため、距離を取ろうとしていた。
空「甘雨!落ち着いて!」
パイモン「落ち着けって!!」
パイモンが急いでバッグをゴソゴソ漁り始め、そこから1本のミントを取り出す。そして、甘雨の後ろに回り込み、赤と黒の角にそれを塗りつけた。
甘雨「っーーーーーーー!」
おぞましい毛虫が引っ付いた時のように、甘雨の全身がブルブルと震え始め、弓を手放した。
2人の制止とミント攻撃によって、ようやく正気を取り戻した甘雨だが、自分がやってしまった行為を思い出して、戸惑っている様子だ。
ゼーレ「あ...落ち着いた...。大丈夫?」
甘雨「えっ...あっ...その...。ごっ、ごめんなさい!」
甘雨は弓を拾い上げ、駆け足でその場を走り出し、野次馬の中へ消えていった。
パイモン「い、行っちゃったぞ....本当になんだったんだ....」
ゼーレ「......」
ゼーレは黙ったまま、甘雨が消えていった群衆の方向を見つめていた。
空「ゼーレは甘雨に何か心当たりはない?」
ゼーレ「ないわ。初対面ですもの」
空「...そう。どうする?」
パイモン「一応、甘雨の部下に聞くしかないよなぁ...」
空「そうだね。ごめんゼーレ。俺達、帰離原に行ってくる。終わったら、ゼーレも帰離原に来て欲しい」
ゼーレ「不卜廬に行けばいいのでしょう?分かったわ」
●
帰離原へ急ぎ足で向かう空とパイモンを見届けたゼーレは階段を降りている途中、先程起きた出来事が頭の中でフラッシュバックした。
ゼーレ「本当に...なんだったの...」と、驚愕混じりのため息を吐く。
本当に甘雨とは初対面だが、ゼーレから見ても、彼女は温厚な人物に見えた。だが、自分の顔を見るな否や、いきなり攻撃してくるとは予想だにしなかった。
ゼーレ「(璃月七星ってもしかしてやばい集団なのかしら...)」
あの甘雨という人物の行方も気になるが、自分よりも何倍も親交が深くて、仲がいい旅人が何とかしてくれるだろうと信じながら、玉京台の階段を降り、今度は不卜廬に続く階段を登り始める。
そして緑色の瓦が使われている建物の中に入っていった。
青色の装飾が入ったすだれが2枚並べてある入口をくぐると、薬草の匂いがゼーレの鼻を刺激する。自然の豊かさをいっぱいに受けた草の青青しさと発酵の臭さが混ざり、刺激臭を放ってくるが、不思議なことに自然と心が落ち着く。目の前にカウンターがあるのだが、その後ろにはびっしりと棚があるのでそこからの薬草の匂いが染み出てるのだろう。
茶色の木の床の上にはお香が炊いてあり、そのすぐ上には璃月のどこの景色を切り取ったか分からない木を描いた水墨画が飾ってあった。
ゼーレ「(誰もいない...?あれ、もしかして営業時間外なのかな...)」
入口が解放されているので、そのまま入ってしまったのはいいものの、カウンターにも誰も居なく閑散としていた。もしかしたら、もうとっくに営業が終わっていて、店の人がたまたま閉め忘れていたかもしれない可能性が心の中で思いつく。
ゼーレ「もしもし?あのー...」
カウンターの向こうにはドアがあるので、もしかしたら店の人間がその裏にいるかもしれないと思い、声が聞こえるように響かせたのだが、依然として静かそのものだ。
ゼーレ「(無駄足だったか....)」
きっとなにかの手違いで閉め忘れていて、自分がズカズカと入ってしまったのだろうと心の中で言い聞かせた。そして、店を後にしようとした時、どこからか少女の声が聞こえてくる。
??「わっ....あっ....誰?」
ゼーレ「!?」
店の中から声が聞こえたので振り返ったが、誰も見えない。幻聴だったか?と思ったが、再び先程の声が聞こえてくる。
??「声...知らない...。七七が...聞き間違えた?」
やはり、店の中から聞こえる。
ゼーレは無駄足じゃなかったと心が晴れ、もう1回店の中へと入る。
カウンターから聞こえたので、背を伸ばして向こう側を覗くと、そこにはゼーレの腰の高さよりも低い幼女が立っていた。
ゼーレ「(うわ...びっくりした...!)」
??「あ......あなた...誰」
ゼーレ「子供...?お名前は?」
七七「私の名前は.....七七。キョンシーだ」
ゼーレ「七七、こんにちは。あなたはここの店の人?誰か他の人はいないの?」
七七「分からない...。七七も...なんでここにいるのか...分からない」
ゼーレ「わ、分からない?えぇーと...」
七七「七七....分からない....。一....二.....あれ...なんだっけ....」
ゼーレ「(会話も成立しない...。もしかしてこの店は子供を店番としてしているの....?)」
??「あれ、お客様。いらしてらっしゃったんですね」
ゼーレが小さな子供に頭を悩ましていると、今度は後ろの方から男性の声は聞こえてくる。振り返ると、そこには竹製のかごに薬草を沢山積んでいる若い男性が立っていた。
ゼーレ「あなたは...?」
桂「私は桂といいます。この店の店番をしているものです」
ゼーレ「店番...」
桂「璃月港は帰離原で行われる祭りでてんやわんやですので、お客様が不在の時間が多いのですよ。その隙に私は外で乾燥してあった薬草を取りに行けるなと思っていたのですがまさかお客様がいるとは....。それでご要件はなんですか?」
桂は薬草を積んだ竹籠を店の入口に置くと、急ぎ足でカウンターに戻った。
ゼーレ「この店に白朮?という腕利きのお医者さんがいるのを聞いて、はるばるやってきたのだけど、その人はいる?」
桂「白先生ですか...。すみません、白先生に用事があるのならば、今日はやめておいた方がいいと思いますよ」
ゼーレ「あら...それはなぜ?」
桂「白先生は璃月で1番有名で、優秀な医者です。かなり多忙を極めている中、今日は沈玉の谷に赴きました。どうやら、白先生にしか治療できない病気にかかった子供がそこにいるとのこと...。夕方頃には戻るとおしゃっていましたが、夕方にはこの店を閉めるので今日は無理ですね...」
ゼーレ「そうね...。困ったな...」
ゼーレは予想外のことに、自分のこめかみを掻く。
桂「薬の処方ですか?私なら、ある程度はできますが...」
ゼーレ「この紹介状のことなんだけども...」
ポケットから出した封筒をカウンターに置くと、桂が恐る恐る封筒の中身を読み始める。
桂「ふむ...。そう...ですね...。手紙を拝見させてもらった限り、やはり白先生にしかできないものだ」
ゼーレ「明日は、その白朮という人物はいるの?」
桂「そうですね。明日の午前中はこの店に居られると思いますよ」
ゼーレ「分かったわ。じゃあ、また明日尋ねるわね」
桂「分かりました。僕の方からも、事前に白先生に伝えておきます」
ゼーレ「...それでその子供は?」
ゼーレがこの店を出ようとした時、ついでに七七の事を尋ねた。七七はゼーレと桂が話している間、ずっと話を聞いていた。
桂「七七のことですか?すみません、驚かせてしまいましたね。この店に始めてくるお客様はどの方も同じ反応するんです」
ゼーレ「その...ちゃんと店の仕事はできているの?」
桂「今日はたまたま僕が店を外したので七七に店番をさせていましたが、普段七七は白先生と一緒に琥牢山に行って薬草を摘んでいるのです。安心してください。言動は幼い子供そのものですが、ちゃんと仕事はやってくれますよ」
ゼーレ「そ、そう...」
●
ゼーレ「(勢いで、また明日の午前中に来るって言ってしまったけれど、どれだけ璃月に滞在するのか考えてなかった...。でも、旅人は祭りの設営で忙しいし、疲れるだろうから、すぐ明日出発とはならないだろうな...)」
店を離れ、考え事をしている中、周りを見渡すといつの間にか商店街にやってきたようだ。
香ばしい焦がした醤油と魚の料理の匂いが伝わってきて、腹が静かに鳴ってしまう。
ゼーレ「(あ...。どうしよう)」
太陽も既に人間の頭上に位置し、いい時間のはずだ。それに、ポケットには船夫から貰ったモラ袋がある。せっかく璃月に来たのだから、璃月料理を堪能してもバチは当たらないだろう。
気がつくとゼーレの足は勝手に動き、帰離原で頑張っている2人に罪悪感を覚えながら、とある料理店にやってきた。屋台形式の店だ。
「おや...。お嬢ちゃん、腹が減ったかい?」
どんな店なのか、様子を伺っているゼーレに気づいた男の店主が元気に話しかける。
ゼーレ「えぇ、多少は」
「揚げ魚の甘酢あんかけ、チ虎魚焼き、なんでもあるよ。...ん?お嬢ちゃん外国の人か?」
すると、何かに気づいたのか、ゼーレの服装を舐め回すかのようにじっくりと見た。
ゼーレ「残念だけど璃月人ではないわね。それがどうかしたの?」
「そうかぁ...」
すると、店主がニヤリと笑う。ゼーレはそれを見て、嫌な予感が過ぎった。
「すまねえな、お嬢ちゃん。値段をたった今、吊り上げるよ」
ゼーレ「...は?」
「ここの店はなぁ、昼の時間になると値段が上がるんだ」
ゼーレ「(なっ...!こいつ、私が璃月人じゃないと判断した途端ぼったくりを...!)ちょ、ちょっと!あなた!私が璃月人じゃないからって嫌がらせ!?」
「うーん?なんのことだ?済まないがこれが俺の店のルールだ」
ゼーレ「ちっ...」
ゼーレはギリギリと歯に力をかける。とても悔しいが、この店以外に店がない訳では無い。とっとと離れようとした時、横から声が聞こえてきた。
??「おや、商業の街の璃月港で真昼間の中言い争う声が聞こえるのは、料理が不味くなってしまうから良くないな。私が解決しよう」
黒と赤のアクセントがついた大きな謝儀の帽子を被り、赤の黒が点在している服装をした、サーモンピンクの髪をなびかせている女性はニコニコしながら近づくと、店主は女性の正体に気づいたようで、明らかに動揺し始めた。
ゼーレは、その女性の右腰に2本のベルトで固定された大きな本を身につけているのが見えた。そして、本の表紙には炎の神の目があった。
「げっ...。え、煙緋さん」
煙緋「私がここの近くを通った時に、2人のやり取りを聞かせてもらった。この女性が璃月人ではないと分かった瞬間、値段を釣り上げる...。これは倫理的には良くないな」
「そ、それは...。仕方ないだろう!?これだって1つの商売だ。ここは商売の街だぞ?稼いだ方が勝ちなんだ」
煙緋「確かに...。店主さんの言い分も分かるさ。ここは契約の国璃月の心臓部分...。あらゆる国の輸入品がここに集まって来るんだ。契約の国然り、商売の国とも言える。だけど店主さん、ひとつ忘れていることがあるんじゃないか?」
「な、なにぃ?」
煙緋「例え、龍の鱗を触っても許されてしまうような億り人でも、法律という絶対的な秩序からは逃れられない」
「はん!法律だと?俺の行為がどの法律に触れるって言うんだ?」
先程の姿勢とは打って変わって、腕を組んで煙緋を威嚇するように喋る。
煙緋「おや...。璃月は緻密な法律の元の下で成り立っているが、私以外を除いて全てを把握している人間はそういないだろう。私も全ての法律を理解してくれとは思わない。だがせめて、商売人として商法は把握しておいて欲しいな、店主さん」
「なっ...あっ...商法...」
煙緋が右腰に身につけていた分厚い本を手に取ると、勢いよく紙をめくり始める。
煙緋「えーとえーと...商法...商法......。あった。璃月商法第14条、飲食物を提供する店舗は急激な価格の変動が起きる場合、如何なる理由でも千岩軍の許可なしでそれらを行ってはならない。速やかに千岩軍に申請を行うこと...。急激な価格の変動の基準は年によって変わるが、このようなトラブルはこれまで両手で数えられないほど見てきた。これははっきり言って、申請が不要な範囲を超えている」
「ぐっ...うぅ...」
煙緋の徹底的な理論により、男の店主はすっかり態度が小さくなった。
煙緋「私はあくまで法律家だから、逮捕権は無い。もうこんなことをしないと誓ってくれたら見逃そう。通報もしない」
「わ、分かった...。すまねえ、お嬢さん。もうしないから許してくれ...」
ゼーレはあの頑固そうな男を論破し、言い負かしている光景にあっけに取られた。都合がいいように情報に通じている法律家が現れたのもそうだが、何よりも情報量が多すぎて、本当に現実なのか理解が追いついていない。
煙緋「おや、この女性は思考が追いついていないようだ。だが、被害者も加害者の和解に何かしらの応答をしてもらわないと私としても困るな」
ゼーレ「え、あ、あ...あぁ!まぁ...私は別に気にしてないからいいわよ。これからは気をつけてね.....」
ゼーレ「えーっと、あなたは?」
煙緋「先程の店主さんから名前は出ただろう?私は煙緋。璃月の法律家だ」
宴席に2人は着くと、次第に美味しそうな料理が運ばれてきた。ゼーレはお礼として、煙緋という初めて会った人物に奢ることにした。料理の中に肉料理もあったが、やけに豆腐料理が多いのは気のせいだろうか...。
煙緋が自分のポケットをゴソゴソ漁ると、そこから1枚の名刺を取り出し、箸を取ろうとしていたゼーレに手渡した。
ゼーレ「あ、本当だ...」
少し硬い小さな紙には、墨で煙緋の名と法律家という文字が刻まれていた。
煙緋「おや、疑っていたのか?」
ゼーレ「いや、急な事だったから...」
煙緋「なに、トラブルの種は早めに潰しておいた方がいい。それでも、あれは100:0の割合で勝てる案件だった。いやぁ相変わらず璃月の豆腐料理は食欲をそそるな。1回稲妻に出張したことがあってそこで味噌汁という稲妻の郷土料理を食べたことがある。それはそれで美味だがやはり私は生粋の璃月人のようだ。やはり地元の料理が1番だな。そう言えば、璃月は初めてか?」
豆腐に目を輝かせる煙緋が、ゼーレにそう問う。
ゼーレ「ええ。少し、璃月に寄る用事があったのだけれども、思った以上にそれがすぐ済んでしまって...。お腹が減ったから立ち寄ったらあんなことになってしまったのよ」
煙緋「それは不憫な出来事だな...。璃月はテイワットにおいて商業の心臓部分なため、金にがめつい人達が多い。だけど良心的な人はいる。あんな嫌な部分を見てしまった直後で申し訳ないがそれだけはわかって欲しい。そして、ようこそ璃月へ。エウルアのお姉さん」
ゼーレ「ブッ!!」
温かい緑茶を飲んでいる途中、予想外なことを喋られ、口の中のものを半分吹き出してしまった。
ゼーレ「なん...ですって?今、なんと...?」
煙緋「図星か?良かった。人違いではないかと内心思っていた」
煙緋は安心したのか、胸を撫で下ろす。
ゼーレ「あなた...何者?」
ゼーレにとっては、完全に初対面なはずなのに、向こうは自分が何者なのか知っていた。ついつい、警戒してしまう。
煙緋「いやいや私はただの法律家だよ?実はエウルアとは友達でね...。彼女とは私がアビスの集団に襲われた時に助けられたんだ。そこから仲良くなって、今となっては文通相手だ。私は当時、船団の顧問を担当していたんだが、その船の貨物にアビス教団の危険物が混じっていてね。それを独自に調査していたところを彼女に助けてもらった」
ゼーレ「そうだったのね...」
理由を知ると、ゼーレは静かに警戒心を解く。
煙緋「彼女の戦う姿は華麗という言葉そのままに映したようだった」
ゼーレ「華麗...。戦い中で儚さというものを表現できるの?私は命の取り合いの中でそんな自我を出せる暇なんてないように思えるけど...」
煙緋「私はそう思うがな...。例えば、雪の結晶には、誰もが見とれてしまう綺麗さがある。それをもっと真近見ようと手のひらに乗せても手の熱でたちまち溶けていく儚さも持ち合わせている。まさに彼女はそれだ。瞬の時に氷のように冷たく、そして華を咲き誇るんだ」
ゼーレ「ふーん...」
ゼーレは少し不服気味で、緑茶をズズリと飲む。
煙緋「...話は戻るが、彼女と文通していく中で、段々とエウルアの内面も見えてきた。彼女は一見すると、氷のように冷たい人間だと思われるが面倒見が良いんだ。きっと根からの善人なんだろう。だが、惜しいかな...」
ゼーレ「惜しい?」
ゼーレから見て、煙緋の顔が少し哀愁を漂わせているように感じた。
煙緋「彼女の影には、いつまでも家が纏わりついている。内面を見ようともせずに、かつての罪を理由に、エウルアは差別されてきた。私は、彼女がローレンス家に生まれたことが1番の失敗だと思っている...。それで、彼女と次第に打ち解けあった時、彼女は君のことについて話し始めたんだ。エウルアから君がどんな人間なのかをね...。そして今日、玉京台の近くを通った時、騒ぎが私の耳に届いてきて、その場に興味本位で行ってみたんだ。すると、エウルアとそっくりな人がいるじゃないか」
ゼーレ「あれ...?あなた、さっきまでここの通りを通っていたのよね?」
煙緋「正直に言おう...。あの商店街の近くを通ったというのは嘘だ。実はこっそり、君の後ろをつけていた。すまない」
ゼーレ「そう...。あの子がローレンス家に生まれてしまったのが1番の失敗...か...。確かにそうかもしれないわね...」
ゼーレは箸の手を止め、遠い目をする。
ゼーレ「あの家はクズしかいない。人間の悪い所を集めて煮詰めたような、吐き気すらしてしまうどす黒いものよ。だけど...自分が一番のクズだった...」
煙緋「...と言うと?」
ゼーレ「自分の心の拠り所を守るために命を奪ってしまったことがある。だけどふと思い返した時それは全部自分の勝手な行動だったんじゃないかって...。誰かの個人のための善性でありたい。それが行き過ぎてしまったのではないかと考えるのがとてつもなく怖いの。それが間違いだったと思わないように。法律家であるあなたにこの言葉を言うのは気が引けるけど、人間はそれぞれ罪悪感を感じるラインというものが違うって思うの。そして自分がそのラインを超えてしまった時、相手よりも自分の存在がちっぽけに感じる」
煙緋の箸の動きがパタリと止んだ。先程まで、豆腐料理を食べていたのにも関わらずだ。そして、ゆっくりと煙緋が箸を置く。
煙緋「...。私はエウルアから融通が効く人物だと評価を受けている」
ゼーレ「...え?」
煙緋「法律という圧倒的な秩序を介する立場にいながら、融通が効くという柔軟さがあるのだと。これを騎士団のみんなにも見習って欲しいと。だけど、私はこうは思わない。法律は誰よりも極めた自信はあるが、情や家族愛を含んだ民事訴訟について苦手だ。父親が仙人で母親が人間だが、私は両親から愛されて育ったんだから尚更だろう。だからと言って、私はあらゆる境遇を体験した者たちへの理解を拒否することは無い。色々な法律を駆使して場数を踏んできた私が一番に思ったのは、起きてしまったのは仕方ない。過去は変えられない...。だけど人間が1番腐ってしまうのは過去を後悔して停滞してしまうことだ。しっかり反省して、前を突き進んでいくことが大切なのだと」
ゼーレ「......」
煙緋「ご馳走様。.....とりあえず冷静になることが大切だな」
煙緋はひと皿を平らげると、そばにおいてあった口拭き紙を使い、分厚い六法全書を持ち上げて、立ち去ろうとしていた。
煙緋「エウルアにもよろしくと伝えておいてくれ。後、法律で困ったらどこにも飛んでいく。....特別料金で対応してやらんでもない」
●
ゼーレ「.....」
見渡す限り、古の建築物の残骸があるオレンジ色の野原の上に座り、真っ赤に燃える炎を見ながら、昼間の言葉が頭の中で乱反射していた。
周りからは子供が鬼ごっこで楽しんでいる声や酔っぱらいの大人がいるなどまさに祭りと言ってもいいが、素直に楽しむことなど不可能だ。
中央の巨大な焚き火の周りには通行人が数枚のモラを投げていて、火炎がそれの度にパチパチと大きな音を立てる。それらを取られないように槍を持った千岩軍が監視をしている光景だった。
パイモン「どうしたんだ、ゼーレ。ずっと火を見てるよな...。そんなにこの祭りが楽しくないか?」
ゼーレの隣で青団を口に頬張っていたパイモンが声を掛ける。
ゼーレ「ううん、パイモン違うの。少し考え事をしていただけよ」
パイモン「せっかくの祭りだぞ?楽しまなきゃ損だぞ!!オイラと一緒に屋台でも回っていこうぜ?」
ゼーレ「それは嬉しい...。だけど、少し歩いて考えたいことがある。ほら、これで2人で美味しいもの食べてきなさい」
ゼーレはポケットから数枚のモラを取り出して2人に分けた。これぐらいあれば十分この祭りを楽しむのは簡単だろう。
空「本当にいいの?」
パイモン「ああ、いや。刻晴から屋台のチケット貰ったから大丈夫だぞ?」
パイモンはポケットから人数分のチケットを見せつけ、ヒラヒラと動かす。
ゼーレ「ええ。私はあなた達の楽しんでいる姿を見れたらそれでいいから。私、ちょっと外れたところで散歩してくる。すぐ戻ってくるから....」
パイモン「なんかゼーレ元気が無さそうだな...」
空「なにかあったのかも」
パイモン「やっぱり、昼間の出来事引きずってるのか....?」
そうして、ゆっくりと歩いていると、かつての文明の遺跡にたどり着いた。遠くから祭りで盛り上がる声が聞こえてくる。人の気配もない。ここなら、冷静に思考を巡らせれるだろう。
人間の腰ほどの高さしかない丸石の壁にもたれかかる。
ゼーレ「せっかくブエルに楽しんできてと言われたのに...。これじゃ...」
自分の我儘でナヒーダにモラを出させて、2人も着いてきてくれたというのに、自分がこんなに落ち込んでいては、あの3人に失礼だ。ゼーレは内心で自分を叱責した。
散歩すると言った手前、何故か足がこれ以上動きたくないと言っている。鉄の重りをつけられた感覚だ。
ゼーレ「うっ...!痛い...!」
すると突然、ゼーレは強烈な頭痛に襲われた。脳の血管に電気を流されたかのような感覚だ。それと同時にゼーレの耳に男と女の声が聞こえてくる。
ーーー『はぁ...はぁ...はぁ...。この傷は......もう無理のようですね...降魔大聖様...』ーーー
ーーー『死ぬ前に白状しろ。何故、こんなことをした?』ーーー
ーーー『浮舎さんが守っていた璃月も....その民も....結局は恩を忘れ.....無下にしていく.....その事実に私は腸が煮えくり返る.....。そんな奴らを......私は.....許せなかったんです......』ーーー
ゼーレ「なに...。これ...」
今すぐにでも死にそうな女性の声と怒りと哀愁が混じった男性の声。だが、これ以上声が流れることはない。それに伴って、次第に頭痛も収まった。
ゼーレ「(今の声は...?だけど、何か知っている声だった気がする...)」
男性の声は初めて聞いた。だが、女性の声は知っている声だった。そもそも、声が聞こえてくる事自体初めてのことだ。
ゼーレの心は既に、この声の解析に切り替わっていた。深く考えこもうとした時、横手の草むらから足音が聞こえてくる。
ガサッーーー。
ゼーレが反射神経でその方向を見る。こちらに歩いてきたのは、玉京台で出会った甘雨だった。
甘雨「えっと...。その...」
甘雨は後ろめたさがあるのか、目線を逸らし、互いの指先を合わせながら、モジモジしている。
ゼーレ「...!あなた...」
明かり1つない環境のため、初めは顔が見えなかったが、昼間自分に矢を向けてきた人物だと分かった途端、警戒心1色になった。
ゼーレはもたれかかっていた壁から離れ、甘雨と距離を空ける。そして、片手剣のグリップを握り、いつ弓矢を向かれてもいいように迎撃態勢を取った。
ゼーレ「今度は夜襲でも仕掛けようとでも?」
ゼーレは少しだけ語尾を強めて、言い放つ。
甘雨「すみません、武器を置いて頂けませんか?」
ゼーレ「...?」
甘雨「昼のような敵意はありません。お願いします。武器をしまってください」
ゼーレ「(武器をしまえって...。よく見たら、弓を持ってないな...。何よりこの感じ、敵意は本当に無さそうね)」
困惑しながらも、甘雨をじっくりと観察する。危険性がないと判断したゼーレは武器をしまった瞬間に攻撃してこないか、一応、警戒しながら、片手剣をゆっくりと壁に置いた。それを見た甘雨が胸を撫で下ろす。
甘雨「ほっ...。私がここに来たのは、昼間の愚行を謝罪するためです。決して、あなたを傷つけるために、あんなことをしてしまった訳ではありません...」
ゼーレ「......。私とあなたはそもそも初対面よね?それなのになんで...」
ゼーレは1番の疑問を甘雨にぶつける。
甘雨「ある意味では、初対面では無いかもしれません」
ゼーレ「...?どういうこと?」
甘雨「失礼かもしれませんが...あなたは律者です...よね?」
甘雨はゼーレの右目に視線を移しながら、そう言った。
ゼーレ「あら、あなた知ってるのね」
甘雨「はい。500年前の厄災直後に現れた律者は、璃月も例外ではありませんでした。私も律者との戦いに身を置いていたので、おぞましさは理解しています」
ゼーレ「それで、自分の目の前に律者が現れたから焦ってしまったと?」
甘雨「はい...。その通りです。また璃月が、滅茶苦茶にされてしまうのかと思って、気づいた時には弓を引いていました...。すみません...」
ゼーレ「そういう事だったのね...。それなら焦っても仕方がないわ。こちらこそごめんなさい。武器を向けてしまって」
事情を完全に理解したゼーレは、僅かに残っていた甘雨に対する警戒心を完全に解いた。
甘雨「良く考えれば、旅人さんが信用される友垣の1人だという点が頭の中ですっぽり抜けていました」
ゼーレ「その代わりと言ってはなんだけど、璃月で勃発した律者の戦いを詳しく教えてくれない?」
甘雨「え...?私は別にいいのですが...本当にそんな物でよろしいんですか?もっと他に要求するものがあるでしょうに...」
ゼーレの提案に甘雨がキョトンとする。
ゼーレ「私はただ知りたいだけよ。そこから何かのきっかけになればいい」
甘雨「分かりました...。では、説明しますね。先程も言った通り、璃月で1度律者による激しい戦火が繰り広げられました。まさにこの帰離原でです」
ゼーレ「ここで...?」
甘雨「はい。実は清原節という祭りはここで繰り広げられた戦火の犠牲者を弔うために行われたのが始まりなんです」
ゼーレ「まさか、この遺跡ってその戦いの...!」
見渡す限りの文明の軌跡。もしかすると、500年前の戦火が原因なのではないかーーー。
だが、甘雨は静かに首を横に振る。
甘雨「いえ、違います。律者が引き起こした戦火は、ここより少し南に下って行った所です。あなたが今立っている場所はかつて、帰離集という文明があって、農業や交通の中心でした。統治者の名は...塵の魔神・ハーゲントゥス...。ですが、魔神戦争後、謎の大洪水が襲い...帰離集は滅亡したのです。一瞬にして、荒廃の大地と化した帰離集は、もはや人が住める土地ではないと、塵の魔神の信者以外は、現在の璃月港に移ったという歴史があります。そうして、信者が数百年の間、ひっそりと暮らしていた中、突如として原初の律者が出現し...」
ゼーレ「し...?」
甘雨「殺戮を起こしました」
甘雨が唾を飲み込みながら、言葉を発する。
ゼーレ「...。なぜ?もしかして、その原初の律者は帰離集に恨みでも?」
甘雨「分かりません...。突然勃発した事ですから...。その戦火も、律者の討伐によって終わったため、こんなことを引き起こした理由が分からずじまいのまま、500年が経過しました。ですが、律者は精神を蝕まれると聞いたことがあります。もしかしたら、精神を食い尽くされ、暴走した結果...なのかもしれません」
ゼーレ「あなたも面識のある人間だったの?」
律者に寄生される人間はランダムということはゼーレも知っていたが、一応聞いて見ることにする。
甘雨「直接、面識があった訳ではありません。名前を聞いた事がある程度でした」
甘雨は再び、首を横に振る。
甘雨「私の記憶の限りは降魔大聖という夜叉の仲間だった方の知り合いだと...」と、頭を抱え、記憶をひねり出す。
甘雨「その人は千岩軍の軍医でした。カーンルイアの厄災で被害を受けた璃月を復興するために、軍医の方が、とある集落の派遣任務を遂行していたのですが、失踪したのです。再び、千岩軍を村に派遣すると、現場は既に焼け野原と化していました」
ゼーレ「...!?焼け野原...?」
ゼーレは少しだけ驚いた。
甘雨「恐らく、その失踪した軍医が村を焼き払ったのでしょう...。もちろん、村人達も1人残らず殺害されていました。失踪した人がその軍医だけだったこと...現場の物的証拠から、犯人を特定した直後に、帰離原での戦いが起きたのです」
ゼーレ「なるほど...。他には?」
甘雨「そう...ですね...。あ、今思い出しました。その原初の律者とは1度だけ顔を見たことがあります。500年前の厄災時での層岩巨淵でです」
甘雨は顎に手を当てて、そう答える。
ゼーレ「層岩巨淵...!璃月の西地域にある、あの鉱山のことか...」
実際に見たことはないが、層岩巨淵という地名があることはゼーレは知っていた。
甘雨「カーンルイアの厄災末期、層岩巨淵に逃げ込んだ魔物を討伐し終わった時に、初めて顔を見ました。岩王帝君と私を含む一部の仙人の方々は、層岩巨淵の地上の鎮圧をしていて、地下の魔物達は、千岩軍と仙人が戦っていたのです。地下で何が起きたのか分かりませんが、きっとそこで原初の律者が誕生してしたのでしょう」
ゼーレ「どうして、そう思うの?」
甘雨「突如として、地下鉱区から巨大な魔物が出現したからです。今でも覚えています...。まるで、この世の恐怖を集めたような...そのようなおぞましさを放っていました」
甘雨は俯き、両手は乾燥しているかのように、ゆっくりと擦り合わせている。傍から見ても落ち着いていない事は明々白々だ。ゼーレはそんな様子をちらりと見ているだけだった。
甘雨「知っていますか?実は層岩巨淵の地下鉱区入口の巨大な穴は、その巨大な魔物によって開けられたものなんです。他の仙人方によると、それは人々が厄災を恐れ、漏れだした負の感情によって作り出された怪物...。鉄の塊を纏い、機械のように見える、世界に終焉を告げる魔物...。名をーーー」
ゼーレ「終焉機」
甘雨の言葉を遮って、魔物の名を呟く。ゼーレもついつい無意識に喋っていたのだ。2つのパズルピースを当てはめるためだけに口走った。
甘雨「あれ?ご存知だったのですね。もしかして、歴史に詳しいのですか?」
ゼーレ「えぇ。......ある意味では」
甘雨「よくよく考えてみれば、おかしい事象ばかりでした...。穴を開けるほどの巨大な魔物が誕生した、混沌の地下鉱区で、生身の人間が生き残れるはずがありません。それに加え、多くの仙人の方々がその後の人生に支障をきたす傷を負ったり、命を失う程の激戦です...。だけど、後の原初の律者だけは違いました。服だけがボロボロになりながらも、無傷の体で、地下鉱区から這い上がって来たと...」
遂に説明が終わったのか、静寂が流れた。聞こえてくるのは、草を静かに揺らす、優しい夜風だけだ。
その間、ゼーレはずっと整理していた。そして、口を開く。
ゼーレ「興味が湧いてきたわ。明日、層岩巨淵の地下鉱区に行ってくる」
甘雨「えっ...。どうしてですか?」
甘雨はキョトンとした。
ゼーレ「私が直接見たら、何かが見つかるかもしれないわ」
甘雨「そう...ですか。ですが、それはやめておいた方がいいかもしれません」
ゼーレ「理由は?」
甘雨「数百年ぶりに層岩巨淵の掘削作業が再開され、千岩軍総出で安全確保に取り組んでいると言っても、まだまだ地下鉱区の汚染は残っています。あなたを危険に巻き込むことはしたくありません。待っていただいてからの方がよろしいかと...」
ゼーレ「それじゃ遅いのよ。私には時間が無い。危険が目の前にあろうと背に腹はかえられないわ」
ゼーレは甘雨の提案に、食いかかる勢いで言葉を発する。
甘雨「で、ですが...!」
甘雨も負けじと言い返すように口を開こうとした。その時、ゼーレの目に気づいた。覚悟の座った目だ。瞳に映る、その真剣さが甘雨の溜飲を徐々に下げていく。そして、甘雨は負けた。
甘雨「...分かりました。地下鉱区は璃月七星の許可証がないと入れないので、私が発行して、あなたに手渡しします。明日、早速行かれるのですよね?」
ゼーレ「ありがとう。そうね...。善は急げって言うでしょう?」
甘雨「では、明日の昼頃、層岩巨淵の入口に来てください。そこで許可証を渡します」
●
パイモン「えぇ!?明日、層岩巨淵に行くのか....?」
甘雨と別れ、祭り会場で2人に説明した後のパイモンの反応がこれだった。
ゼーレ「ごめんね。いきなり璃月港に行こうと言い出した途端、次は層岩巨淵の行きたいって...」と、なだめるように喋った。
パイモン「オイラは別にいいけど...。旅人は?」
旅人「俺もいいよ。ここまで来たら最後まで付き合うよ」
ゼーレ「ありがとう...。明日、早速層岩巨淵に行って、ぱぱっと終わらせましょう?」