間章3幕『苦海にもがく黒氷』   作:せっせこパパイヤ

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第4幕『流離の死魂に穿つ決別の炎』⑥

どうやら、前方のヒルチャールが立ち止まったようだ。ヒルチャールのすぐ側には、アビスの使徒が数匹立っている。だが、その先は壁となっていた。

 

 

ゼーレ「ねぇ...行き止まりだけど?」

 

 

空「いや、行き止まりじゃないよ」

 

 

数回程、人間では理解できない会話を繰り返すとその内のアビスの使徒の1匹が移動し始め、地面に設置してあったキューブ状の物体に手を近づけた。するとキューブ状の設置物と壁の一部が光り始め、その光っていた壁の一部が地面の下に埋まり、人1人通るスペースが出来上がった。アビスの使徒に続き、後を追っていたヒルチャールも入っていく。3人ともバレないように歩き始め、スペースの間をすり抜け入っていった。

 

 

入り込んだ瞬間耳に届いてきたのは川の流れる音だった。

 

 

ゼーレ「(こんなところに川が...?)」

 

 

右側の滝壺から水が流れてきて、目の前には簡単に飛び越えられない幅の清濁の川があった。

 

 

対岸には朽ち果てた塔のようなものがあり、大小様々な瓦礫の山が落ちている。だが、1番に皆の気を引いたのは塔の最上階に置いてある錆びた鐘の存在だ。薄暗いので少々見えにくいがそれを差し置いても何か異様な雰囲気を発している。

 

 

パイモン「なぁ、旅人。あれって...」

 

 

空「だね...」

 

 

パイモン「って、ゼーレは!?」

 

 

2人共、鐘の存在に気を取られていたが、本題はあの怪しすぎるアビス教団の存在だということを思い出し、ゼーレの動向を伺おうとしたが、とっくに彼女はその場から姿を消していた。急いで目の前を見るとゼーレはいとも簡単に川を飛び越え、後ろからアビス教団を強襲しようとする瞬間を見てしまう。

 

 

数体いるアビスの使徒の一体がヒルチャールに手を伸ばすと、たちまちヒルチャールの体から黒いモヤのようなものが立ち込め、アビスの使徒の手の中に吸収された。吸収されたヒルチャールは次第に衰弱し、音を立てて地面に倒れ込む。

 

 

「ふむ...。呪いの抽出はある程度できるようになったな。これさえあれば強大な力を手に入れれるようになるだろう」

 

 

「いや、我々に降り注いだ呪いはなんせ母数が多い。その分呪いの効力も分散しているのだ。やはり''やつ''のような強大な呪いが必要だな」

 

 

「...単純に力を抽出したとしても''鍵''として働くにはまだまだだ。これからもヒルチャールの呪いの抽出に注力していくとしよう」

 

 

用が済んだのかアビスの使徒がこの場から立ち去ろうとした時、一体のアビスの使徒の腹部分に切り傷が付き、上半身が地面に倒れ込む。

 

 

「なっ!」

 

 

残り一体を除くアビスの使徒の首が弾け飛ぶと同時にゼーレが物陰から飛び出し、残りのアビスの使徒の心臓目掛けて片手剣の刃を突き刺した。

 

 

「ゼ、ゼーレ・ローレンス!?貴様、何故ここに!」

 

 

ゼーレ「ふぅ...」

 

 

貫通した刃をそのまま壁に突き刺し、その場から動けないようにするとゼーレが尋問を開始した。

 

 

ゼーレ「さーて、洗いざらい話してもらうわよ。なんでここにいたの?」

 

 

「はっ!こ、答えると思っているのか...?」

 

 

魔物は血反吐を吐きながらも、虚勢を張る。

 

 

返答がないことを感じ取ったゼーレは問答無用で心臓から片手剣を抜き出すと、アビスの使徒の足に剣を突き刺した。

 

 

「ぐ、ぐあぁぁぁあ!」

 

 

ゼーレ「ちっ...耳ついてる?なんでここにいるのかって聞いてるの」

 

 

ゼーレの顔はますます険悪になっていく。ゴミを見るかのような目つきだ。

 

 

パイモン「お、お前、いつの間にそっち側にいるんだよ...!」

 

 

パイモンと空が急ぎ足で川を飛び越え、いつしか対岸からこの場にやってきた。

 

 

ゼーレ「場の制圧に効果的なのは強襲よ。対応できずにたちまち陣形が崩壊してしまう...。私は今、優しくこのアビス教団の人に聞いてるだけ」

 

 

空「優しく...ではなくない?」

 

 

ゼーレ「私にしては優しいわ。さて、もう一度聞くわよ。なんでここにいるの?」

 

 

「説明する義理がどこにある?それを分からんとは、立派なオツムをお持ちのようだな」

 

 

アビスの使徒の煽る口は止まらない。依然、答えようとしない魔物の頭を鷲掴みにすると、勢い良く膝蹴りを食らわした。顔にめり込むほどだ。そして、そのまま近くにあった柱に頭を押し付ける。絶妙な力加減によって、柱全体に亀裂が入った。

 

 

ゼーレ「答えろ。次は足を切り落とすわ」

 

 

彼女の口調は機械のように何の感情も持ち合わせていなかった。氷のように冷たく、色がない。

 

 

「ふっ...貴様もかなり焦っているな。やはり我々の計画を止める手口が見つからないのか?」

 

 

ゼーレ「確かあなた達はテイワットの統治をひっくり返す...そんな魔物を作り出すことが目的だったわよね。まだそんなことに執着しているの?」

 

 

「それが我々の目的だ。それが最終理想だ。その上でどうしても強大な力が必要だった。...全てを手に入れ、天地を覆す怪物はどんな顔をしているんだろうな?」

 

 

使徒の口が両端に強く歪む。

 

 

ゼーレ「お前達はなんでどいつもこいつも頭が狂っているのかしら。それに、わざわざ平和な時代にこんなことをしようとしているのか私には理解ができないわ」

 

 

「はっ!はっ!はっ!面白い事を言ってくれるな、ゼーレ・ローレンス!お前は獣に道理を説くのか?」

 

 

ゼーレ「じゃあ、害獣は駆除しないとね。お前達は己が害悪だということに気づいていない。どす黒いゴミみたいな奴ら。盲目的な正義を信じてきた...。厄介この上ないわね」

 

 

「それは貴様がまだ何も知らないからだろう?我々の大義も信条も」

 

 

ゼーレ「500年前の厄災がきっかけで七神に恨みを持ち、テイワットの統治をひっくり返そうだっけ...?ふん...。確かに私もまだまだ分からないことだらけよ。だけど、お前達を放っては行けない。それだけは分かるわ。...よし、この瞬間決めた」

 

 

「ほう?何をだ?」

 

 

ゼーレ「アビスを一匹残らず殺して、テイワットからカーンルイアという存在を消してやるわ。お前の命を奪って、同胞とやらも殺して、大義とか信条とかも跡形もなく切り刻んであげる」

 

 

「随分と...殺気で漲っているな」

 

 

ゼーレ「ふん、当たり前でしょう」

 

 

掴んでいた手から極限の冷気がアビスの使徒の体に伝播する。すると、魔物が一瞬にして凍りついた。先程まで虚勢を張っていたアビスが時が止まったかのように動かなくなる。そして、ゼーレが足で蹴り上げると魔物の体がただの物体として地面に崩れ落ちた。

 

 

ゼーレ「ふぅ...。清々した。...あ、なんでここに居るか聞きそびれた」

 

 

ゼーレは自分の左手に付着した氷を剥がしながらこちらを向く。

 

 

魔物が死ぬまで、2人はずっと見ているしかなかった。

 

 

パイモン「なぁゼーレ、これは一体...」

 

 

ゼーレ「さぁね...。ついカッとなって、勢いで殺しちゃったわ。でも、どうせいつものアビス教団でしょう...。私達はたまたま遭遇してしまっただけ」

 

 

パイモン「そ、それだけだといいんだけどな...」

 

 

ゼーレ「さっ、これで私の疑問も晴れたわ。あなた達には迷惑かけてしまったわね。行きましょう」

清濁を併せ持った小川に沿って歩いていると、気づけば再び廃坑に出た。だが、それはすぐに終わり、無機質な石の世界に戻ってくる。

 

 

その間、あまり会話は発生していなかった。目に見えない何かが3人を上から押し付けているかのようだ。

 

 

するとゼーレが立ち止まった。見ると、ゼーレが自分の頭を抱えていた。

 

 

パイモン「ゼーレ、急に頭を抱えてどうしたんだ?」

 

 

ゼーレ「何か...頭が痛い」

 

 

パイモン「頭痛...?オイラ達はなんともないぞ?」

 

 

空「環境の変化じゃないの?」

 

 

ゼーレ「私も最初そう思った...。だけど、頭痛と同時に声が頭の中に流れてくる...」

 

 

パイモン「声?前話していたやつのことか?」

 

 

ゼーレ「ええ。全く同じ声が、下に行く事に聞こえてくる...。なにこれ...」

 

 

パイモン「大丈夫か?一旦休憩するか?」

 

 

ゼーレ「いや大丈夫。まだ何とかなる。足手まといにだけはなりたくないわ」

 

 

パイモン「お前...。そうやって我慢した結果、酷くなるんだろ?だから休んどけって...」

 

 

空「そうだよ。パイモンが珍しく正論言っているんだから素直に休んだ方がいい」

 

 

パイモン「お、おい!今、聞き捨てならない事が聞こえたぞ?」

 

 

ゼーレ「...。分かった。だけどここじゃあ、休むには狭いからもう少しだけ進むわね」

 

 

狭い通路を通り過ぎると先程よりも比較的大きな空間に出た。放棄されたテントにゼーレが静かに座り込むとパイモンと空も続いて岩の上に座る。

 

 

天井から垂れてきた水滴が小さな水溜まりに落ちる音が聞こえてくるが、まあ気にすることはない。

 

 

ゼーレ「本当、ここの生態系は不思議な物ね。青白い光を放つ植物に同じ色の蛍...。それに巨大なキノコも生えてるしね」

 

 

パイモン「たしかにな...。オイラ達はもう慣れたけど、初めはゼーレと一緒の反応だったぞ」

 

 

ゼーレ「なんだか異世界に来たみたいね。不気味だけどなんだか見とれてしまう光景だわ。あの巨大なキノコはきっと外部の環境による影響が原因のようね」

 

 

パイモン「ん?どういうことだ?」

 

 

ゼーレ「テイワットの地図とあの甘雨っていう人から貰った層岩巨淵の地下地図を照らし合わせてみると、今ちょうど私はここら辺だから、真上はスメールの領域に入っていると思うの。だからここまでキノコが異常発育を起こしていると考えられるわ。それにスメールはキノコンが大量にいるから...」

 

 

パイモン「なるほどなぁ。やっぱりスメールに大量にある草元素がこの層岩巨淵にまで来てるってなると結構すごいことなんだな」

 

 

ゼーレ「ここから見てわかる通り、巨大なキノコの周りに水キノコンが多く見られるからつまりそういうことよね。草元素に齎された異常発育のキノコにキノコンは近づいてくる」

 

 

ゼーレは左手に続く、一直線の通路を見つめながらそう言った。

 

 

パイモン「ん?見当たらなくないか?」

 

 

空「見えない...」

 

 

だが、その2人の目に映っているのはただの暗い洞窟だけだ。灰色の石だけしか目に入らない。

 

 

ゼーレ「え?見えるでしょ?」

 

 

パイモン「んん?んー分からないなぁ...旅人は見えたか?」

 

 

パイモンが狭い額に両手を当てて、極限に目を細める。

 

 

空「いや、パイモンと一緒だよ。何も見えない」

 

 

ゼーレ「あらそう...。残念」

 

 

対しての彼女は2人が見えない理由に薄々気づくと、それ以上喋ることをやめたようだ。

 

 

パイモン「あ、ゼーレ。話が変わるけど、声が聞こえてくるって言ってただろ?どんな内容が聞こえてきたんだ?」

 

 

ゼーレ「ごめんなさい、思い出せないわ。忘れちゃった」

 

 

パイモン「えっ...。つい数分前の出来事だろ?」

 

 

ゼーレ「私も必死に思い出そうとしてる。だけど、何故か思い出せない......」

 

 

彼女は脳にめり込む勢いで自分のこめかみに指を押し当てて、必死に思い出そうとしている。

 

 

ゼーレ「聞こえる時は鮮明なのに、時間が経つと頭からすっぽり抜け落ちてる」

 

 

パイモン「そ、そうなのか...。だけど、声は同じ人なんだろ?」

 

 

ゼーレ「そうね。律者の力が芽生えた時に聞こえた時の女性の声だわ。魂がこっちに干渉してきてる?いや違う...」

 

 

そんな小言を呟きながら目を閉じ、眉間に皺を寄せている。

 

 

ゼーレ「1回だけ男性の声も聞こえたけれど...。何かなんだかね」

 

 

空「男性の...声?」

 

 

ゼーレ「あれ?話してなかった?」

 

 

2人はすぐに首を横に振る。

 

 

ゼーレ「昨日、帰離原で甘雨と出会う直前、聞こえてきたの。そうね...。散々言っている女性の声と初めて聞いた男性の声。会話していたわ。だけど、女性は今にも死んでいきそうだった」

 

 

パイモン「えっ...」

 

 

ゼーレ「男の人に死に際を見届けてもらうみたいに...」

 

 

ゼーレは何とか昨日の声の口調だけを頼りに2人に伝える。

 

 

パイモン「うーん...なんだろうなあ...。数分前に聞こえてきた声は忘れるのに、昨日の声は覚えているってことも不思議だな」

 

 

空「帰離原で起きた出来事の記憶じゃないの?」

 

 

ゼーレ「と、言うと?」

 

 

空「大昔に帰離原で戦争が起きたんでしょ?記憶の地脈がたまたまそこにあって、律者の世界樹と地脈が結びあった結果、声が聞こえてしまった...とか」

 

 

ゼーレ「確かに....。その線もあるわね...」

 

 

空「あくまで俺の予想でしかないけれど...」

 

 

ゼーレ「そうね。さてと...」

 

 

ゼーレは自分の考えに整理が完了したのか、はたまた頭痛が収まったのか、ゆっくりと立ち上がり、伸びをする。

 

 

ゼーレ「さてと...。十分休憩できたから行かない?」

 

 

パイモン「そうだな...。旅人は大丈夫か?」

 

 

空「大丈夫だよ。行こうか」

 

 

空とパイモンも岩から飛び降りて、ゼーレの後ろについて行こうとした。そんな時、空とゼーレが岩肌から落ちてくる小石に気づいた。常人ならまず気づくことがない小石に。

 

 

ゼーレ「(落石...!)避けて!」

 

 

ゼーレは振り返り、2人に向かって叫んだ。

 

 

叫んだと同時に空はパイモンの腕を捕まえ、小石が落ちてきた場所から遠ざかる。ゼーレも2人を庇うかのように前に立った。

 

 

次第に落ちてくる石の量が増え、亀裂音はパイモンにも聞こえるほど増幅されている。

 

 

3人が警戒しながら天井に張り付いている闇を見つめる。落石だと思っていた。だが、落ちてきたのは岩ではなく、人間だった。

 

 

3人が、落下物が人間だと理解する前にそれは地面に叩きつけられた。

 

 

ゼーレ「...!?人間!?」

 

 

かなりの高さから落ちてきた人間だったが、何事も無かったかのようにむくりと立ち上がる。怪我1つない。

 

 

視線を感じたのかこちらの存在に気づいた。

 

 

空「...魈!」

 

 

パイモン「魈!?」

 

 

魈「...!お前達か...」

 

 

空とパイモンが思わぬ人物に驚いていたが、向こう側も一緒のようで、魈と呼ばれる人物は冷静に返答をするが驚きの表情が顔に浮かんでいた。

 

 

ゼーレ「(この感じ...。私以外知り合いって感じね...)」

 

 

ゼーレは目の前にいる少年の事を知らない。

 

 

だが、2人は正体を知っているようだ。

 

 

パイモン「お、お前かよ!びっくりしたぞ。人間が落ちてきたと思って焦った...」

 

 

空「何しているの?と、というか大丈夫?結構な高さから落ちてきたけど...」

 

 

魈「我は大丈夫だ。怪我もない。我は地下鉱区に発生した妖魔を退けているためにここに居る。それよりもお前達こそ何をしている?」

 

 

パイモン「オイラ達はこの層岩巨淵に用事があるから来ただけだぞ。それで小石が落ちてきたからその方向を見たら、魈が落ちてきて...」

 

 

魈「...そうか。お前達がよく言う、冒険...とやらのことか?」

 

 

パイモン「そんな感じだな...」

 

 

魈「だったら今日はやめておいた方がいい。すぐ様ここを立ち去れ」

 

 

空「え?どうして?」

 

 

魈「旅には危険が付き物だ。我はそれを否定するつもりはない。だが、今は時期が悪い。層岩巨淵は通常よりも何倍も強力な妖魔が蔓延っている」

 

 

パイモン「通常よりも何倍も...?な、なんでなんだ?何かあったのか?」

 

 

魈「お前達は清原節を知っているか?」

 

 

パイモン「今、帰離原で開かれてる祭りのことだろ?それがどうしたんだ?」

 

 

魈「なんだ知っているのか...。それだったら話が早い。清原節は死者を弔う祭り。その宴が開かれている間は妖魔の力と数も増す。我は璃月を守る仙人...。こうして妖魔退治をしているわけだ」

 

 

空「死者の怨念が妖魔の力を底上げしてるってこと?」

 

 

魈「その通りだ。だから立ち去れ...。警告はしたぞ」

 

 

パイモン「理由は分かったけどさ...。でも、珍しいな。魈がわざわざ地下鉱区に来て、妖魔退治だなんて。いつもなら平地を駆け回っているのに...。ここに人なんて滅多に寄らないから別に妖魔を放っておいても大丈夫だと思うぞ?」

 

 

魈「......」

 

 

空「やっぱり、それとは別に何か理由があるんでしょ?」

 

 

魈「......。妖魔退治は事実だ。だがお前達の言う通り、別の目的もある」

 

 

パイモン「...というと?」

 

 

魈「29年に1回開かれる清原節が行われる日は必ずこの層岩巨淵に訪れることにしている。それは...弔いのためだ。戦火で散っていった帰離原の民や我の仲間達もそうだが特に2人のために我はここにいる」

 

 

パイモン「2人...?というか、層岩巨淵と清原節に何の関係がーーー」

 

 

ゼーレ「みんな、静かに...。誰かいる...」

 

 

そんな時、ゼーレが3人の会話を遮った。

 

 

パイモン「どうしたんだ?」

 

 

ゼーレ「上に人の気配を感じるわ」

 

 

彼女はここから少し上にある、出っ張った岩に視線を送っていた。他の全員が上を眺めると、確かにそこには人影らしきものがあった。だが、暗いのでその人影の全貌を捉えることは難しい。

 

 

魈「何者だ。出てこい」

 

 

魈が槍を取り出し、人影の方向に向け、脅しをかけた。すると、魈に答えるように人影がゆらゆらと蠢き、ペタペタと裸足の足音が聞こえる。そして、影の全貌が見えた。

 

 

異形の人間だった。この場にいる人間よりも数倍高く、腕が4本生えている。全身が紫色の肌に覆われている姿はまさに人間の域から外れた存在だった。

 

 

ゼーレ「誰...?」

 

 

その時、魈が持っていた槍が音を立てて地面に落ちる。その異形の姿を見て、不意に落としてしまったようだ。

 

 

3人が魈の顔を見る。普段、冷静沈着の彼が激しく動揺していた。ここまで驚いている魈を初めて見た。

 

 

魈「う、浮舎...!?」

 

 

パイモン「し、知り合いか?」

 

 

魈「なぜ...お前がここに......!」

 

 

浮舎という人物はしっかりとこちらを向いているが、何も喋らず、ただそこに立っているだけだ。だが、数秒もすると自分たちに踵を返し、どんどんと暗い通路の奥に入っていく。

 

 

パイモン「え...?あいつ、何も言わずに行っちゃったぞ...?」

 

 

魈「ま、待て...!」

 

 

槍を拾い上げた魈が急いで後を追うように通路の奥に入っていく。

 

 

パイモン「ま、待ってくれよ!」

 

 

空「行こう」

曲がりくねった道を急ぎ足で通り過ぎていき、魈の後を追っていく。だが、ある程度時間が経ったらそれも終わってしまった。

 

 

また川がある所にやってきたが、先程とは違いあの都市の残骸もない。人間に手が加えられていない自然の光景が広がっていて、壁際に生えている青白いキノコやそれに興味を示している水キノコンがぷかぷかと空中を漂っている。

 

 

自分達は浮舎と思われる人物から少し離れた距離を取って忍び足でついて行く。最も、音を立てた所で肝心の浮舎は一向にこちらに興味を持たず、喋ることも無かった。だが、その背中からは自分たちをどこかに案内しているかのような空気を感じる。むしろ、そういう気概さえ感じると言ってもおかしくは無い感覚だった。

 

 

パイモン「....で、そろそろ浮舎って誰なのか、オイラ達に教えてくれてもいいんじゃないのか魈。お前が結構驚いていたんだから只者ではないと思うけど....。魈の知り合いか何かか?」

 

 

空「なんだろう....何故か理由は分からないけど魈と同じ匂いがする....」

 

 

パイモン「え?匂いって比喩表現だよな?まさか旅人、オイラが知らない間にあいつの匂いを嗅いだのか?」

 

 

空「そんな訳ないでしょパイモン。何言ってるの」

 

 

パイモン「あっ...だよな.....」

 

 

魈「.....。浮舎は....我と同じ、かつて璃月を守っていた夜叉の1人だ」

 

 

パイモン「え....?そうなんだな....」

 

 

魈「我は帝君に召集され魔神の怨嗟を沈める存在にある仙衆夜叉の1人...。その中に浮舎もいた。浮舎だけじゃない....かつては夜叉と言われる者は沢山存在している。だが、最後は我1人になってしまった」

 

 

空「.....それって業障のこと?」

 

 

魈「よく知っているな....。その通りだ。業障に満ちた魔物と戦う最中、ついに己の身にも業障に蝕まれてしまった夜叉が現れた。自我が崩壊した者....魔の者になってしまい味方を手にかけたもの.....。最後の末路は悲惨なものだ。夜叉の中でも最も能力に長けた者として認められた仙衆夜叉も例外では無い....。我は業障にある程度の耐性がある。故に数千年経った今でも璃月を守り続けることができた。そうしていつしか我と浮舎しか居なかった....」

 

 

パイモン「だけどその浮舎って夜叉も最終的に業障に侵されたってわけか?」

 

 

魈「いや....それは違う。浮舎の最期は戦いの中で命を散らして行った。決して魔に落ちた訳では無い。お前達も知っている通り500年前の厄災で、大量の魔物が璃月が出現し、この層岩巨淵は魔物との戦いの最前線になった。浮舎は地下の戦いで最期を遂げ、そして仙衆夜叉は我1人だけになった」

 

 

パイモン「えっ....?じゃあオイラの目の前にいるのは誰なんだ.....!?もしかして亡霊なのか?」

 

 

魈「.....。なぜ500年前に死んだ浮舎が我の目の前に姿を現したのか分からない。そもそもいきなり我の目の前に出てきた事象自体納得ができないが、あの立ち振る舞い.....何よりもあの4本腕....間違いない」

 

 

パイモン「魈はこんなことが起きるなんて初めてのことか?」

 

 

魈「ああ。清原節が開かれる度ここに訪れるがこのような体験は初めてだ....。何が起きている...。元来、怨念やこの世に未練を残した魂は大地に縛られ、何れ幽霊となって現れる。だが、夜叉の様な力が強い魂は.....魂自体に意志を持つことができる。豪快な性格を持ち合わせている浮舎がこの世に未練を残すようなことはないと考えられるし、幽霊として現れるのならばもうとっくに我の前に現れていてもおかしくはない」

 

 

パイモン「反応もないし....喋りかけても返事もないし....勝手に浮舎ってやつが動いてるし....オイラ達ここにいすぎて気が狂って、見えちゃいけないものでも見ちゃったのか?」

 

 

魈「....ところで」

 

 

パイモン「ん?」

 

 

魈「我はあまり人間に興味はない。その故、詮索をするつもりではないが、なぜお前がここにいる理由ぐらいは聞いておきたい」

 

 

パイモン「オイラのことか?さっき言っただろ?冒険だって....」

 

 

魈「旅人ではない。後ろにいる、そこの女のことだ」

 

 

川岸にいるキノコン達が自分達に襲ってこないよう、周りを警戒しながら魈の話を聞いていたゼーレだが、突然その魈に指され困惑した。

 

 

明らかな動揺を声に乗せながら返答する。

 

 

ゼーレ「えっ....。私?」

 

 

パイモン「(あっ....この流れまずいな....)」

 

 

パイモンがこれから起きる出来事をいとも簡単に予想できてドキッとした。

 

 

心で焦っている中、空をちらっと見ると、パイモンと同じ考えのようで若干焦っているのが手に取ってわかる。

 

 

パイモン「(今の話でゼーレは魈が仙人だってことは把握出来てるはず....)」

 

 

空「(仙人の中でも断然温厚な甘雨でもああなったのだから武闘派の魈となるとぶつかるのは目に見えてわかる....!まずい....どうしよう...)」

 

 

魈「お前.....律者だろう?なぜここにいる?」

 

 

ゼーレはこの質問の意図を理解したようでゆっくりと片足を後ずさりさせ、いつ攻撃が飛んできてもいいように構える。

 

 

ゼーレ「......」

 

 

沈黙を貫くか、正直に自分に敵意がないことを話すか迷っていた。会って数分しかないが、だいたいこの魈という仙人の性格は理解したようで、どの選択肢を取ってもどの道最悪な状況しか待っていない様な気がする。

 

 

空が説明してくれるのが善良な選択を信じ、結局ゼーレは迷いの意味を込めた沈黙を貫いた。

 

 

魈「沈黙.....ということは図星だな。薄々気づいてはいたがやはりそうだな。正直驚いた」

 

 

パイモン「えーっとあーっと.....魈落ち着いて聞いてくれ.....。ゼーレは確かに本来なら人間の敵側だけどこいつはいい奴なんだ。攻撃なんてしてこない」

 

 

魈「.....。我は人間の情などに興味はない。それはお前達も知っているはずだ。お前のそのいい人間というのはその女のことを知っているから言える言葉だろう?」

 

 

パイモン「うっ....確かにそうだけど...」

 

 

魈「我は情など持たずに立場で武器を振るうぞ」

 

 

緑色の光を微かに放つ槍の柄を強く握りしめたことによって、更に緊張感が走る。

 

 

空とパイモンも身構え、ゼーレの後ずさりも微かに進んでいた。

 

 

空「一旦落ち着いて欲しい魈」

 

 

ゼーレから自分が説明して、場を収めて欲しいという願望を目から感じ取った空は、槍を持った魈に静止を求める。

 

 

魈「......。いいだろう」

 

 

誰もが緊張してしまい、汗が垂れてくる勢いだったが、魈が簡単に食い下がり、槍を仕舞う。

 

 

自分自身、魈がこれで聞き分けてくれるとは思ってはいないので、豆鉄砲を10回ぐらい食らったかのようだ。

 

 

パイモン「(あれ?食い下がった....?)」

 

 

ゼーレ「あら....。甘雨っていう仙人は私のことを間違えて攻撃してきたけどあなたは違うのね」

 

 

魈「我と甘雨は同じ仙人だとしても甘雨はあくまでも表面的なものしか知らない。我は生憎、全てを見てきた。それを加味したらあまり攻撃する気にはならない」

 

 

ゼーレ「そう...それなら良かった」

 

 

魈「だがこれだけは言わせてもらう」

 

 

ゼーレ「!」

 

 

張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れ、ホッとしたのも束の間、槍の穂先がゼーレの首根に触れた。

 

 

魈「だとしても我はお前を信用しない。璃月に歓迎もしない。少しでも変な真似をしてみろ....即刻お前の首を跳ねる」

 

 

ゼーレ「.....。わかってる。あなたの目は私は敵として映っているかもしれないけど、誰かを傷つける怪物にだけはなるつもりはないから」

 

 

心を一旦冷静にするために、深呼吸してから冷静に言い返すと、逆に柄を掴んで穂先を完全に自分の首に押し当てる。

 

 

魈「......」

 

 

ゼーレ「.....」

 

 

数秒の間、互いに沈黙の時間が流れた。決して2人は目を逸らすことは無く、睨み合っていたが、ゼーレの何かを感じ取った魈が掴まれている手を振りほどいて槍を首元から離した。

 

 

魈「....いいだろう。お前の覚悟確かに受け取った。層岩巨淵の深淵部はこの奥だ。行くぞ」

 

 

一悶着あった間に浮舎は更に奥深くへと進んでいたようで、先に魈が後を追った。

 

 

パイモン「ふぅ....どうなるかと思ったぞ.....」

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