間章3幕『苦海にもがく黒氷』   作:せっせこパパイヤ

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第4幕『流離の死魂に穿つ決別の炎』⑨

パイモン「!?ゼーレ!」

 

 

急いで駆けつけると同時にゼーレが地面に倒れ込み、地面に大量の吐血を始める。

 

 

ゼーレ「ゲホッ!!ゲホッ!!ゲホッ!!!!ガハッ!!」

 

 

パイモン「ど、どうしたんだよ!」

 

 

空「まさか.....!律者の侵食が始まった....!」

 

 

パイモン「うわあああ....!なんでなんだよ!」

 

 

空「(......!あの層岩巨淵の地脈に触れたからだ....!それで急激に侵食が始まったんだ....!まずい....どうしよう....!あの砂漠の夜で見た時よりも何倍も様態が酷い....)」

 

 

初めてゼーレの吐血を見た時と同じ量の血が地面に落ちているが、未だ止まることはない。

 

 

ゼーレ「た....旅人.....」

 

 

空「!大丈夫?話せる?」

 

 

ゼーレ「わ、私のポケットに....鎮痛剤が....入ってる....」

 

 

空「そうだ....!鎮痛剤のことを忘れてた」

 

 

ゼーレのポケットに手を入れると、そこから銀製の筒を取り出した。開封すると緑色の液体が入った注射器が入っていた。

 

 

だが、ここで1個の問題に直面する。

 

 

空「1本しかない...」

 

 

他の注射器は既に使い切ってしまっていたのだ。

 

 

この様態だと1本じゃ足りるのかと心配してしまう。

 

 

ゼーレ「それでいいわ.....。早く....!」

 

 

空「いくよ....?」

 

 

針先を腕に突き刺す。すると次第に注射器の中身が体内に入っていき、嵩が減っていく。

 

 

前々では注射器を刺すと症状は収まったが、今度は違ったらしい。むしろゼーレの容体が酷くなっているようで、吐血がさらに加速した。

 

 

空「注射したのに、吐血した....!?」

 

 

ゼーレ「(鎮痛剤が.....効かない.....)」

 

 

四つん這いになる体勢の維持も厳しくなっていく。

 

 

ついに、ゼーレは地面に倒れ込み、気絶してしまった。

 

 

パイモン「ゼ、ゼーレ!ど、どうしたんだ!?」

 

 

空「鎮痛剤が効かないかも.....」

 

 

パイモン「ええええ!?ど、ど、どうしよう!」

 

 

空「(まずい....本当にまずい状況になったとしか言いようがない....。あの時はゼーレの自己治癒で立ち直った....だけど今はあの時よりも何倍に容体が悪くなってる....。不卜廬はもう閉まっているし.....。よし....あれをするしか....!)」

 

 

パイモン「お、おい!旅人!だまってないでなにか考えてくれよ...!」

 

 

最後の手段を取る覚悟をすると、勢い良く立ち上がり、自然に木霊する大声をあげた。

 

 

空「魈!!!!」

 

 

パイモン「...!?魈を呼ぶのか!?」

 

 

魈「何用だ」

 

 

空の声が完全に自然に消える寸前、風の音と共に魈が岩の上に姿を現した。

 

 

空「来てくれた.....!」

 

 

魈「様子を見る限り尋常ではない事が起きたようだが...」

 

 

空「ごめん...。助けて欲しい」

 

 

魈「これは...」

 

 

岩から降り、空達の所へやってきた。そして、素早く状況を把握する。

 

 

魈「先程の......女か」

 

 

空「本当に救急なんだ....。君の気持ちもあるだろうけど助けて欲しい」

 

 

魈「......」

 

 

しばらく魈と空は見つめあっていたが、魈が先に折れた。ゼーレの左腕を自分の肩に回し、支える。

 

 

魈「......いいだろう。とりあえず、この女を連れていく」

 

 

パイモン「ど、どこにだ?」

 

 

魈「望舒旅館だ。あの場所なら、我もこの女も落ち着けるだろう」

 

 

2人に場所の詳細を伝えると、再び短い風の音と共に姿を消した。

 

 

パイモン「行っちゃったな....。オイラも急いで望舒旅館に行こうぜ?大丈夫だ、旅人。ゼーレの回復力を信じよう」

 

 

空「...そうだね」

 

 

そう言うと空とパイモンは全速力で望舒旅館に走り始めた。

望舒旅館に到着すると、すぐに女性のオーナーに最上階を案内され、急な角度の階段を登っていく。

 

 

そして、璃月の大地を一望できる屋上へ出た。

 

 

魈「来たか....」

 

 

パイモン「魈...。ゼーレの様子はどうだ?」

 

 

屋上を取り囲む木の柵に寄りかかり、腕を組んでいる魈が立っていた。

 

 

すぐそばには布の上にゼーレが目を閉じて静かに眠っている。

 

 

屋上の四隅に強烈な匂いを含んだ線香を入れている陶磁器が置いてあった。

 

 

パイモン「う、何だこの匂い。鼻がねじ曲がりそうだ...」

 

 

魈「これは魔を退け、人間に安らぎを齎す仙人の線香だ。この女の吐血や咳は収まった...。だから、今は寝ている」

 

 

パイモン「ああ、良かった...。どうなってしまうかと思ったぞ...」

 

 

空「良かった...」

 

 

魈「だが、油断は出来ない。今は落ち着いてはいるが、先程の様な出来事がいつ起きるか分からないからな」

 

 

空「そっか...」

 

 

魈「さて...我は、お前達の願いを聞き入れた。こうなった経緯を聞き出すのはいささかならずだろう」

 

 

パイモン「実は...」

 

 

パイモンが層岩巨淵からここまでの状況を事細かく説明した。すると見る見る魈の顔が嫌悪感に満ちていく。

 

 

魈「.....。そうか。これだけはお前達に言っておきたいことがある。少しこの屋上を離れよう」

 

 

魈に言われるがままに屋上を出て、1階下の空室に入った。

 

 

あまりの真剣な表情で話そうとするので、2人は緊張のあまり、唾を飲んでしまう。

 

 

魈「単刀直入に言う。......あの女を殺せ」

 

 

パイモン「え!?」

 

 

空「えっ...」

 

 

魈「あの女はもう長く持たない。暴走する前にお前達が殺せ」

 

 

空「ま、待って...。こ、殺せって...!」

 

 

魈「何を迷っている。我はお前達があの女の短所を理解していると思っていたが...」

 

 

空「確かに魈とゼーレは本来、敵同士だけど、殺せは流石にあんまりだよ。ゼーレもこれから前に進もうと頑張ってるんだ」

 

 

魈「今言っているのは我とあの女の肩書きの関係では無い。人類全体に通ずる話だ。奴は魔だ。魔の塊だ。何れ放って置けば確実に人間に牙を剥く。その前にお前達が責任を持てという話だ」

 

 

空「なっ...!ゼーレがどんな気持ちで生きてきたのか知らないのになんでそんな言葉が吐けるの...」

 

 

魈「知らない。興味も無い。それはお前達も知っていることだ。我は仙人故人間の俗物的な考えには興味が無いと...。それはあの女も同じだ。我は璃月に仇なすかそれ以外で物事を分ける。不平等に魂を殺すことは無い。逆にお前達は自分の立場を理解しているのか?律者の最後の末路は悲惨だ。見境もなく人類が積み上げてきたものを破壊するぞ。お前達は今、いつ爆発するかどうか分からない爆弾を抱えていると思え」

 

 

空「......」

 

 

空は返す言葉が無かった。確かに魈の言う通りだ。自分達は今までのゼーレの人生とか心の心境を知ってきたから庇うことができた。だけど、目の前に立っている仙人は当然だがそれを知らない。

 

 

幾度なく死線をくぐり抜け、そして500年前に起こった律者による帰離原の戦火も体験している。こういう考えに結びつくのは至極当然のことだろう。

 

 

もし逆の立場になったとしても空は魈と同じ考えになっている。

 

 

空「それでも....少し待って欲しい...」

 

 

魈「旅人...。猶予はない。層岩巨淵の地下で直々に体験しただろう...。あの女はあの時になりかけた。そして、お前を傷つけた...。あれが律者の本来の姿だ。理性を失い、ただひたすらに狂う...それが律者だ。あの女は今強制的に膨らみ続ける闇を理性で臭い物に蓋しているに過ぎない」

 

 

普段、冷静沈着を纏い、口数が少ない彼が、今は声に僅かに震えが混ざっている。黙っている2人を横目に次々と言葉が出てくる。

 

 

魈「前に進み続けている?それが何だ。それだけで問題が解決するなら、この世に戦いという文字は生まれていない。そんな甘い言葉で説得して、出来事が解決した気になっているのか?悪いが...言葉で運命は変えられないし、人は変えられない」

 

 

空「......」

 

 

言い返す言葉が見つからず拳を握りしめていると、後ろの方から何かが階段を転け落ちる音が聞こえてきた。

 

 

部屋を出て確認すると、フラフラになりながら立ち上がっているゼーレがそこに居た。

 

 

パイモン「起きたのかよ!無理して立ち上がらなくてもいいぞ!」

 

 

空「ゼーレ.....」

 

 

ゼーレ「ごめんなさい....旅人。心配かけたわね....。もういいわよ....あとは自分が何とかする」

 

 

空「.....!」

 

 

ゼーレ「さっきの言葉を無下にする感じで悪いけど....もちろんあなたの言葉を忘れるつもりはない。だけど、あなたを巻き込むことは無いから.......」

 

 

そう言うと体を柵にもたれ掛かりながら降り始める。

 

 

パイモン「あ、おい!待てって!落ち着けよ!」

 

 

魈「待て」

 

 

パイモンの制止を振り切り、無理やり体を動かそうとするゼーレに向かって魈が突然呼び止め、一瞬静かになった。

 

 

魈「我は確かに旅人にお前を殺すように助言した。だがそれは今では無い」

 

 

空「えっ...」

 

 

魈「やるべきことをしてからでも遅くは無い。本来我はあの時お前と戦うこともできた。しかしあの時にお前に同時に可能性も感じたのだ」

 

 

ゼーレ「可能性......ですって?」

 

 

魈「だからまずは屋上に戻れ。そこで話をする」

 

 

組んでいた腕をほどき、ゼーレの腕を自分の肩に回した。

 

 

ゼーレ「......あら、また私の体を支えてくれるの?」

 

 

魈「.....友の頼みはまだ続いているからな」

魈「お前は無理に起きなくてもいい。体を横にしながら聞け」

 

 

ゼーレ「寝ながら仙人さんの言葉を聞くなんて失礼でしょ?」

 

 

魈「また吐血して、床を汚されても困る」

 

 

ゼーレ「そう....」

 

 

ゼーレの体を支えながら屋上にやってくると、再び布団に寝かせ、魈のことを見ていた。空とパイモンも布団のそばに座り込む。

 

 

ちらっと見たが、赤い染みが付いた白色の布が置いてあるので、きっと望舒旅館に着いても血が止まらなかったのだろう。

 

 

線香の匂いが弱くなったのか、魈が新しい線香に火をつけ、黒いすすが積もった灰に刺しながら話を始める。

 

 

魈「お前達も知っている通り、500年前の漆黒の厄災後、帰離原で戦火が発生した」

 

 

パイモン「ある千岩軍の人が起こしたんだろ?知ってるぞ」

 

 

魈「重要なのはその人間についてだ。層岩巨淵で出会った浮舎にも関係してくる」

 

 

魈のその言葉を聞いた時、黙りながらも甘雨と話した言葉の内容を思い出した。

 

 

ゼーレ「(降魔大聖と仲が良かった仙人の知り合い.....。その仙人が浮舎か....。あの時見た記憶の少女はやっぱり.....)」

 

 

魈「浮舎とその人間は非常に仲が良く、次第に佳偶(※)となって行った」

※この文脈だと恋仲のこと。古代中国の文学で恋仲の表現として使われる。

 

 

魈「仙人が人間と関係を持つことはかなり珍しい。浮舎は、とある日偶然月明かりの草原の中でそいつを見つけた。親からも見捨てられ、さ迷っている中でだ」

 

 

ゼーレ「名前は何と言うのかしら?」

 

 

今まで喋らないでいたゼーレが口を開く。

 

 

心の中で何となく分かってはいたが、確証を持たせるために、質問を投げかける。

 

 

魈「名は盈月。いや、今は虧欺(きぎ)と言ったか。やつは厄災が静まった後突然豹変し、帰離原で姿を現した。厄災が静まったとは言え、残穢の対応に仙人、帝君さえも明け暮れていた。我らが駆けつけた時には既に帰離集の文明は火の渦に飲み込まれていた」

 

 

ゼーレ「帰離集は数千年前に洪水で滅亡しているけど、かろうじて生き残った人達がひっそりと暮らしていた....。だけど、その戦火でついに完全に滅亡してしまった....そうでしょ?」

 

 

魈「その通りだ。よく知っているな。3日に渡る激闘を繰り広げ、ついに盈月を討伐することに成功した。そして我はあくまで帝君の代理としてだが、盈月の間に契約結んだ」

 

 

ゼーレ「契約...ですって?」

 

 

魈「魂に戒めを刻むと同時に、その者の魂に救いを齎すためにだ。肉体は死ねど、魂までは祓うことを我はしなかった」

 

 

パイモン「契約を結ぶのは分かるけど、なんで魂まで祓うことはしなかったんだ?」

 

 

魈「......。奴の境遇を考えてしまった。それにそれだとあまりにも浮舎に救いもないし、それは奴にもある。安心しろ、その魂の罰として束縛を課して自由に浮けないようにしている」

 

 

ゼーレ「その口ぶり....まるであなたに魂の居場所が分かるように聞こえるわね」

 

 

魈「ああ、分かる。今、我の目の前に横たわっているのだからな」

 

 

ゼーレ「えっ....?」

 

 

魈「魂はお前の中にいる」

 

 

パイモン「ええ!?ゼーレが言ってたもうひとつの魂はその盈月ってやつの魂だったのか?」

 

 

魈「その通りだ。今お前の魂に盈月の魂がくっついている。話はそこからだ.....その特性を利用して、何らかの方法でお前は自身の精神世界に入り込み、盈月と契約を結べ」

 

 

ゼーレ「契約.....?どうやって....。というかどういう契約を結べっていうの?」

 

 

魈「璃月は契約の国故、これまで数多くの契約が結ばれてきた。個人間は勿論魔神同士でもな。だが、契約で結ばれ、その間の生じた力は璃月に大地に吸収され、ある意味の概念がそこで誕生してきた」

 

 

ゼーレ「概念.....?どういうこと?」

 

 

魈「正直、我にもこれに関しては理解が及んでいない。話は戻るが、力が未熟が結んだ契約同士は口約束程度になるが、圧倒的な力を持つもの同士....或いは片方が力を持っているとその契約は神でさえ覆せない効力を発揮する。逆に片方が一方的に契約を破棄したり、契約不履行になると災厄がその身に降り注ぐ」

 

 

ゼーレ「.....それで?」

 

 

魈「互いに合意し、契約を結ぶだけだ。簡単な話だろう」

 

 

ゼーレ「(.....そういうことか。イポルスと契約を結べたのはイポスルが璃月の魔神だから.....)ねぇ、仙人さん。ひとつ質問いいかしら?」

 

 

魈「.....なんだ」

 

 

ゼーレ「もし、契約を結んだ相手が死んだ場合は?その時は契約は破棄される?」

 

 

魈「ああ....。その場合は契約自体なかったことになって、力自体は璃月に消えていく。それを聞いてどうなる?」

 

 

ゼーレ「.....いや。少し気になっただけ...」

 

 

魈「そうか....」

 

 

ゼーレ「それで契約を結ぶイメージは粗方着いたけれど、どういう契約を結べばいいのよ?」

 

 

魈「......。瘴気というのは理解しているな?」

 

 

ゼーレ「妖魔とかヒルチャールにある、深淵の魔の気みたいなものでしょ?」

 

 

魈「その通りだ。仙人には長らくして体の一部分に瘴気に対抗すべく浄化する、ある意味、装置のようなものが持ち合わせている。それのお陰で100年単位で戦い続けることができた。それ以外の要因もあることにはあるが....」

 

 

ゼーレ「?でも結局、あなたと浮舎以外は瘴障にやられたのでしょう?」

 

 

魈「お前は塵も積もればという言葉を理解した方がいい」

 

 

ゼーレ「ムッ」

 

 

魈の煽り言葉を聞いたゼーレは唇を少し尖らせ、不服と言わんばかりの表情を表した。

 

 

それを無視して魈が話続ける。

 

 

魈「個人差というものもある。盈月も浮舎から何らかのノウハウを受け継いているに違いない。これは賭けであるし、希望的観測にすぎない。もし盈月にその力があるならば、勝って契約を結べば、お前はこれからも生き続けられることができるし、正気を保つことができる。逆に負ければお前に待っているのは死だけだ」

 

 

ゼーレ「なんで....?精神世界なんでしょ?」

 

 

魈「精神と肉体は表裏一体。精神は肉体を映す鏡であり、肉体も精神を映す鏡だ。肉体が傷つけば、精神も傷つく。ただ、人間の内側は非常に脆く、精神が傷つけば肉体への傷は何倍にもなって帰ってくる。律者の侵食が他の瘴障に比べて何倍も損傷が多いのはそのせいだ。既にお前の今の体は既に限界を迎えている中で負けたら.....その後は分かるな?」

 

 

ゼーレ「.....」

 

 

数秒の沈黙が流れた。

 

 

魈の言葉に冷静に装うにも、顔が迷っているのが見てわかる。

 

 

魈「お前の選択は自らの命を葬られるか、一筋の希望に賭けてみるか....その2つしか残されていない。今この場で出せとは言わない。この一晩、考えるといい。お前の選択を我は最大限配慮しよう」

 

 

魈がもたれて居た柵から離れ、そのまま屋上を出ようした。

 

 

それをパイモンに呼び止められる。

 

 

パイモン「あれ....どこに行くんだ?」

 

 

魈「我が居ても考えが纏まらないだろう。今こうしている内にも力を増している妖魔はいる。それを暫し祓いに行く。この屋上の部屋はお前達に貸すことにした」

 

 

そう言い残すと、風の音と共に姿を消した。

魈が去った後、オーナーが3人分の布団と料理を屋上に運んできた。

 

 

空は申し訳なさに断っていたがどうやら普段の感謝のつもりだったらしいので、言葉に甘えて受け取ることにした。

 

 

パイモンが買った屋台料理も一緒に食べていたが、殆ど会話が発生することがない。ゼーレは黙々と料理を無理やり口に詰め込むように食べていた。

 

 

空っぽになった料理の皿が下げられた後、早目に寝ることになった。

 

 

鈴虫が鳴く中、パイモンが喋りかけたが返事が帰ってくることはない。自分の布団にパイモンが入っていて、もうひとつの布団にゼーレが寝ていたのだが、自分達に背を向け顔すらも見せてくれない。

 

 

それほど今ゼーレ自身迷っているんだろう。

 

パイモン「ゼーレ.....」

 

 

空「そっとしておこうよ、パイモン」

 

 

パイモン「.....分かったぞ」

 

 

自分も正直、ゼーレがどういう選択を取るのか聞き出したい気分だったが、彼女が迷ってる今、考えを乱すことになる。

 

 

何も聞くこともなく目を閉じた。

太陽が地平線が登ってくる時間帯に、鳥が朝を告げる鳴き声で目が覚めた。瞼を閉じていても容赦なく朝日の光が入ってくるので、寝ぼけながらも目をぱっちり開ける。

 

 

そして周りを見渡した。

 

 

空「(ゼーレが......いない)」

 

 

隣の布団には既に人が居らず、布団が丁寧に畳まれていた。

 

 

空「(どこかに行ったのかな....。でもどこに行ったか分かる気がする)」

 

 

鼻ちょうちんを膨らませ、爆睡しているパイモンを置いて、部屋を出る。

 

 

幾度目の階段を降り、望舒旅館を出るとテラス席が置いてあるスペースに辿り着いた。

 

 

 

空「(居た......)」

 

 

まだ誰も居ない沢山の席の1つにポツンとゼーレは座っていた。

 

 

床が軋む音でゼーレがこちらに気づく。

 

 

ゼーレ「あら....随分早いのね。まだ日が開けたばかりよ?」

 

 

空「....なんだか今日は早く目覚めちゃった」

 

 

席に近づき、対角上になるように竹の机に座り込む。

 

 

ゼーレの手元にはまだ淹れたばかりの湯気が立っている緑茶があった。

 

 

ゼーレ「というか、よく私がいる場所に気づいたわね。この景色を見届けてからこっそり戻るつもりだったのに」

 

 

空「何となく勘で分かった。君は自分を落ち着かせる時、いつも景色が綺麗なところに行こうとする」

 

 

ゼーレ「ふふっ、正解。...なんで景色を見ようとするのか私にも分からない。勝手に体がそうしているというか....。景色を見たところで現状が変わることもないし、悪くなることもないのにね...」

 

 

空「でも.....人間という生き物は常に矛盾を抱えて生きる存在だと思うよ俺は。君と出会ってから無意味と思われることも時には救いにもなる。そういう物なのだと最近思えてきたんだ」

 

 

ゼーレ「だけど私はその矛盾を恐れ続けてきたのかもしれない。その言葉を否定して、目を逸らし続けてきた.....」

 

 

ゼーレはそこで言葉を止めた。何か言葉を喉で詰まらせているかのような感じだった。

 

 

すると、まだ湯気が立っている緑茶を一気に飲み干し、空になった青瓷(せいじ)の茶器を勢いよく竹の机に置く。

 

 

ゼーレ「ふぅ......旅人」

 

 

空「....どうしたの?」

 

 

ゼーレ「私、戦う選択肢を取ることにするわ。いっその事、賭け事に全てを捧げて、前進する道を選ぶ」

 

 

朝日が更に登り、口角を上げ微笑んでいるゼーレには自信満々の表情が垣間見えた。

 

 

ゼーレ「もう私は迷わない」

 

 

 

 

 

 

 

 

魈「そうか....。お前はその選択肢を取ったのだな」

 

 

朝日が登りきり、そろそろ旅客が目覚め始める時間帯に空が魈とパイモンを呼び出した

 

 

ゼーレ「ええ、私は諦めないわ」

 

 

魈「.....。いいだろう。その選択.....お前の意志を十分尊重する」

 

 

ゼーレ「それで、契約するには精神世界に潜り込めって言ってたけど、具体的にどうすればいいのかしら?」

 

 

魈「知らん」

 

 

ゼーレ「はぁ?」

 

 

パイモン「知らないのかよ!!」

 

 

魈「何故、我が知っていると思っているのだ....。魂を知り尽くしているとは言え、あの世に干渉する力も、その気も我々夜叉には存在しない。ましてや精神世界なぞ....」

 

 

ゼーレ「困ったな....どうしよう.....」

 

 

空「あ、ゼーレ。1回スメールに戻ってナヒーダの所に行ってみよう。ナヒーダなら何か精神世界に入り込む方法を知ってるはず....」

 

 

一緒に考えていた空が合点が言ったような表情を浮かべ、ゼーレに話しかける。

 

 

ゼーレ「あっ...確かに....。彼女の権能なり、世界樹も力なりで、潜り込める方法を教えてくれるかも.....。今すぐ戻りましょう」

 

 

魈「なんだ....お前達はスメールに行くのか....」

 

 

ゼーレ「ええ、そうよ?早速璃月港に行かないと....」

 

 

魈「まて、まさか自力で帰ろうと言うまいな?」

 

 

ゼーレ「?そうだけど.....」

 

 

魈「お前にあまり時間が残されていない。璃月からスメールに行くまで少なくとも半日はかかる。そこでまた凶暴化されては困るからな」

 

 

ゼーレ「じゃあどうしろと言うのよ.....」

 

 

魈「仙力を用いてお前達をスメールに飛ばす」

 

 

パイモン「え、ええ!?オイラ達をスメールに飛ばす!?」

 

 

魈「旅人は、少なからず洞仙というものを体験しているはずだ。あれは人の世と仙人の世界を隔絶する空間を応用したものだ。当然洞仙に入る人間の位置などは決められる。お前達を洞仙を経由してスメールに移動させる。それだけの話だ。さあ、その地面に纏まれ」

 

 

にわかには信じられないが、乗らない手にはないので渋々、魈が指定した場所に3人で纏まった。

 

 

3人が地面の1箇所に密集したことを確認すると、その周りの地面に枝を使って文字を書き始める。

 

 

複雑で読めない文字を書きながら魈が1つ喋りだした。

 

 

魈「1つ忠告する。決して離れるな。何があっても暴れたりしないことを念頭に置いておけ」

 

 

パイモン「も、もし離れたらどうなるんだ.....?」

 

 

魈「それは我にも想像できない。少なくとも身はバラバラになる。安全は保証できない」

 

 

パイモン「ひえええ.....」

 

 

魈「さあ行くぞ。誰かの服を掴むなり何なりしろ」

 

 

魈が仙力を込めると同時に、文字が突然黄色に光り始め、その光はゼーレ達を次第に包み始める。

 

 

ゼーレ「仙人さん.....いや、降魔大聖」

 

 

魈「.....なんだ。あまり喋る余裕はないぞ」

 

 

ゼーレ「ありがとう。あなたがいなかったら私はずっと迷ったままだった」

 

 

魈「......敵から感謝される筋合いはない」

 

 

相も変わらずの態度だったが、返ってきた言葉に何か優しさのような温かみを感じたのは自分だけだろうか。

 

 

包み終わると、魈が手同士を1回叩き、3人をスメールシティに送り飛ばした。

ナヒーダ「なるほど....それでわたくしの所に戻ってきたのね....。あ、いや....どの道、スメールに戻らなくては行けないのだけれども....」

 

 

スカラマシュ「君達は何をしているんだい?いきなり、天井を突き破って出てくるなんて。失礼極まりないんじゃないのか?」

 

 

スカラマシュがスラサナンタ聖処の天井に空いた穴を見ながら、呆れた口調で口を挟む。

 

 

そう、無事スメールに飛ぶことに成功した3人だったが、着地する際、建物の天井を突き破ってしまったのだ。

 

 

パイモン「それはまぁ.......あの.....仕方ないというか......」

 

 

自身の指先同士を合わせて言い訳を並べるパイモンを見て、更にため息が出てしまう。

 

 

スカラマシュ「はぁ....。まぁいいさ。それで?君達は璃月でマヌケに危機に陥ったと?」

 

 

ナヒーダ「そう言わないの.....。そうね....状況はある程度把握出来たわ」

 

 

ゼーレ「ねぇブエル。あなたは自身の精神世界に入る方法は何か知ってる?」

 

 

ナヒーダ「...まず、結論から言うと己の肉体が内側に入ることは不可能だと考えられるわ」

 

 

パイモン「えっ?それはなんでなんだ?」

 

 

ナヒーダ「基本的に、肉体と精神というものは切っても切り離せない存在なの。肉体があっての精神であるように、精神があっての肉体でもあるということ.....」

 

 

空「もし肉体が精神に潜り込んだ場合、混ざりあってしまってどうなるか予測ができないということ?」

 

 

ナヒーダ「その通りよ。肉体が精神を閉じ込め、精神がその肉体の情報を司る....。この関係は器でもあり、鏡でもあるということ」

 

 

ナヒーダ「貴方みたいな例外を除いてね」

 

 

腕を組んでいて流し聞きしていたスカラマシュはナヒーダに見られると、呆れた表情を浮かべた。

 

 

スカラマシュ「.....ここで冗談はやめてくれクラクサナリデビ」

 

 

ナヒーダ「冗談じゃないわ。この子は皆も知っている通り、人形....。作られた殻の肉体に人格を移されたという例外があるの」

 

 

空「それを加味しても、肉体と精神の法則に則ってると思うけど....」

 

 

ナヒーダ「最終的にはね。肉体と精神が同時に発現することを考えれば、十分この子の存在は類稀なる物だと考えられるの」

 

 

パイモン「その法則云々はわかったけど、じゃあどうしろって言うんだよ?」

 

 

ゼーレ「だけど、精神自体は切り離すことは可能なのでしょう?肉体が死んだとしても魂は漂うことが出来る。法則上で、私に2つ目の魂があることに説明がつかないわ」

 

 

ナヒーダ「ふふ、いい所に目を付けるわね。話はそこからよ。この法則はあくまで基本なのよ」

 

 

ナヒーダが数秒間、考えている表情を浮かべた後、まるで子供同士が秘密の話をするかのような口調で話し始める。

 

 

ナヒーダ「わたくしの権能の中には、あらゆる精神に干渉し、切り離すことができるの」

 

 

パイモン「つ、つまり....?」

 

 

ナヒーダ「つまり、自分自身が入り込めることが出来ないなら、他人にそれを一時的に讓渡すればいいじゃないという話しね」

 

 

パイモン「ええ!?」

 

 

空「そんなことができるの?」

 

 

ゼーレ「思い切ったこと考えるわねブエル.....」

 

 

ナヒーダ「権能を使ってあなたの精神世界を切り離し、一時的に誰かに讓渡する。讓渡された精神世界は結びつかれた肉体を主として認識するから、あなたは迎え入れられたゲストとなるわ」

 

 

ゼーレ「理屈は分かるけど、肝心の誰に讓渡するの......?」

 

 

ナヒーダ「そうね......。あなたに頼める?」

 

 

スカラマシュ「はぁ?僕にかい?」

 

 

指名されたスカラマシュは、見た事ないような呆気にとられた顔になり、開いた口が塞がらない。

 

 

スカラマシュ「なんで僕なんだ?適任はもっと他にもいるだろう」

 

 

ナヒーダ「いいえ、これはあなたにしか出来ないことだわ」

 

 

パイモン「なんでなんだ?旅人もオイラもいるだろ?」

 

 

ナヒーダ「....もし2つの魂があったとして、力の強弱がはっきりしている場合、力の弱い魂はどうなるか考えたことはあるかしら?」

 

 

パイモン「え?ん?んー.......力の強い魂に食われるとか?」

 

 

ナヒーダ「正解よ。魂にも力の強弱はあるから、もし彼女の魂をあなた達に讓渡すると彼女の魂があなたの魂を食べてしまうケースが発生しかねない。わたくしが魂に干渉できるから、安全性はある程度保証はできるけれど、それでも不安は払拭できないわ。だからこの法則から外れ、そして特別な存在であるあなたにお願いしたいの」

 

 

スカラマシュ「(....。魂が食われる.......か。クラクサナリデビの権能があるとは言え、僕の魂が負けてしまう可能性も無きにしも非ずという感じだね....。まあいい....。少々癪に触るが、クラクサナリデビを信用してこの女を助けてやろう.....)」

 

 

ナヒーダ「....嫌ならわたくしがやるけれど......」

 

 

スカラマシュ「....ふっ。安全性.....?君達はこの僕がこんな女の魂に負けると思っているのかい?心外だね。まぁいいさ」

 

 

ゼーレ「ありがとう......」

 

 

ナヒーダ「大丈夫よ。わたくしがそばにいる。さあ、早速やりましょう」

 

 

スカラマシュが台座にふんぞり返る。何時でも来いという気概を感じた。

 

 

ゼーレがナヒーダの身長に合わせるようにしゃがみこむと、ナヒーダが腕を近づけてきた。

 

 

すると、ナヒーダの腕が草元素で包まれると同時に、ゼーレの胸に亀裂が入る。

 

 

亀裂が充分に広がったのを確認すると、その中に腕を入れ、ポケットを漁るかのように手を動かし始めた。

 

 

ナヒーダ「今、あなたの精神世界を司る部分だけを切り離してるわ.....」

 

 

ゼーレ「待って。魂を取り出したら自我が消えるとかないわよね?」

 

 

ナヒーダ「全てを取り出す訳では無いから、そこは安心してちょうだい。それにわたくしの力を使えば、肉体から切り離されたとしても近くにあれば大丈夫よ」

 

 

しばらくした後、ナヒーダが突然小声で「よし」と呟いた。

 

 

ナヒーダの腕が亀裂から抜き出されると、その手に持っているものを見せつける。

 

 

ナヒーダの手のひらには何やら球体のような物体が乗せられており、それは休むことなく、白色、赤色、そして黒色と交代しながら発光していた。

 

 

ナヒーダ「これは.....。酷いわね.....」

 

 

ナヒーダの口調が明らかに下がる。

 

 

ゼーレ「これが私の魂.....なのかしら?」

 

 

ナヒーダ「厳密に言えばそうでは無いのだけど、精神世界を具現化する役割を持つ魂の部分よ」

 

 

ゼーレ「黒いのは....そういうことなのね.....」

 

 

ナヒーダ「白色と赤色はあなたともうひとつの魂の精神世界。それ以上に黒色の量が多い.....ということは汚染がかなり進んでいるわね.....」

 

 

ナヒーダ「それに、汚染が前よりも進んでいるわね....。よく生きているわあなた」

 

 

ゼーレ「......」

 

 

ナヒーダ「じゃあこれをあなたに一時的に讓渡するわね」

 

 

スカラマシュにも亀裂を入れる。

 

 

ナヒーダ「じゃあ、これを持ってちょうだい」

 

 

スカラマシュが渋々片手を出し、ゼーレの魂の一部分を乗せた。

 

 

すると、突然、目を閉じぐったりし始める。

 

 

ゼーレ「!?お人形さん!」

 

 

その様子を見たゼーレが焦って肩をつかみ、強く揺する。

 

 

だが、何回揺すってもスカラマシュの反応はなかった。

 

 

ゼーレ「(もしかして、魂が飲み込まれた.....!?)」

 

 

ナヒーダ「安心して。魂の讓渡によって、肉体の情報処理が追いつかずにフリーズしているだけよ。数分もすれば意識を取り戻すわ。後はあなたがこの黒い球体に入り込むだけ....」

 

 

ナヒーダ「最後の確認だけど本当に良いのよね......?」

 

 

ゼーレ「......もう私は迷わないから。これは試練よ。前に進むためのね」

 

 

ナヒーダ「ふふっ」

 

 

ゼーレ「なんで笑ってるのよ....」

 

 

ナヒーダ「ごめんなさい。あなたのその言葉....その目はあなたの心からの気持ちなのだと感じるわ」

 

 

ゼーレ「.....行ってくる」

 

 

ゼーレが黒色に輝く球体に手を伸ばすと、意識がその中に引きずり込まれて行った。

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