台本書き
駄文
オリキャラ(複数人)
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境界線を失った今、ゼーレの体を斬撃が包む。律者の元素の凝縮も、肉体を纏う壁も全てを捨てた虧欺の斬撃の雨の威力は、1度目と2度目よりも遥かに威力を凌ぐものだった。
ゼーレが輪っかを作る暇さえ無く、防御に徹底する。
ゼーレ「(威力が上がってる.......!?)」
急接近を果たした虧欺がゼーレの腹にそっと触れる。
ゼーレ「!!!」
直接触れた時の斬撃は、放った斬撃よりも遥かに威力が跳ね上がる。そんな斬撃がゼーレの体内を駆け巡った。
体内で発生した斬撃は全ての臓器と骨を切り刻む。ゼーレが大量に吐血しながら地面に倒れこんだ。
ゼーレ「(まずい...!臓器が全部...!!!)」
四肢を再生するよりも、臓器を修復する方が遥かに消費量が激しい。その枯渇している状態であるゼーレにとって瞬間的に全ての臓器を再生することは不可能だった。
だが、ここでやられるわけにはいかない。無限の斬撃が襲う中、冷静に左手に氷の剣を作り出すと虧欺の首を狙った。
虧欺「まだ動ける意識が...!?」
ゼーレ「(これを首を刺して、そのまま掻き切る!!!)」
対応が遅れた虧欺に氷の刃が当たるーーーーーーーことはなかった。ゼーレが瞬きをした時に見たのは自分の左腕が宙にまっている光景だった。
ゼーレ「......は?」
虧欺「あはははっ!!!!!ひっかかったようだね!!」
死ぬ覚悟で挑んだが、失敗ーーー。そんなゼーレにはもはや再生する力も反撃する力も微塵も残っておらず、領域が崩壊するまでの間、ただひたすら斬撃を受けるしかなかった。
虧欺が斬撃を解除すると、そこには血しか見えないゼーレが地面に横たわっていた。かろうじて呼吸しているがもはや虫の息だろう。
虧欺「(数千の斬撃を受けて尚、人の形を保っているとは...)」と、静かな驚きを心の内で示しながらも、赤色の巨大な肉塊に近づく。
虧欺「なんでさっきあなたの腕が吹き飛んだか教えてあげる。簡単に言うと、あれは私が生み出した反撃プログラムだよ。ダメージを受けた律者の元素はその攻撃を蓄積し...そして、任意のタイミングでエネルギーを放出する...。簡単でしょ?元素の力が強いあなただからこそ、この技は相性がよかったみたいだね。簡単にあなたの腕を切り落とすことができた」
虧欺は嬉々として語る。
虧欺「それにあなたは私が壁を作ったり、何度も斬撃を放ったら元素が簡単に尽きてしまうと判断してそれを狙っていたよね?残念。その判断は間違えているよ。この横暴な律者の力はあなたから吸い取って来た元素だ。数年に渡って吸収して来たあなたの力も元素も全部私の物というわけだね」
ゼーレ「げほっ...。はっ...!さっきの斬撃...壁も...押し付ける力もなしで全力で斬りつけてきたでしょう...。それなのに私一人でさえ塵に出来ないなんて...。みっともないわね...この......間抜け」
絶対絶命のこの場面。ゼーレの口から出てきたのは虧欺に対する煽りだった。口の端に血の泡を貯め、肌から滝のように流れてくる血を出しながら、そう言い放った。
虧欺「ちっ」
すると、ゼーレの煽り文句が効いたのか、目の色を変えて、血まみれの体を全力で蹴り始める。
虧欺「まだそんな減らず口を吐ける!?!?どうせあなたは!!!前に進むだとか!!心を取り戻したいだとか!!!!!!そんな甘い言葉に操られて、ここにやってきたんでしょ!?」
口が荒々しくなるたび、ゼーレを蹴りつける力も増していく。
虧欺「前は、アビス教団を滅ぼしたいとか!!妹にもう会う気もないとか!!!!コロコロ志が変わってるくせに!!!一丁前だよね!!!理想を語る口だけは!!!未熟!!!中途半端!!!あやふやで!!!曖昧な!!!!!そんな心に芯すらないペラッペラッなゴミがどうして私に勝てると思ってる!?!?どれだけ幸せな脳みそしてたらそんな陳腐な思考になるのかなぁ!!」
ストッパーが壊れたかのように、血まみれのゼーレに暴言を浴びせていく。歯茎が見える程歯を見せ、目が血走るぐらい虧欺は何故か怒りに満ちていた。
虧欺「いい!?これは単純な力で決められる戦いじゃない!!心がペラペラなあなたに教えてあげる!!!自分のせいで妹が傷ついた!?自分のせいで人が死ぬ!?......甘い!!!全部自分が招いた事態だよ!!!これも全部!!!あなたは結局自分を正当化してるだけ!!!妹を傷つけた自分を反省した気になってるのが好きなだけ!!!!自分さえ傷つければいいと自分自身に酔ってるだけ!!!!」
赤く染まったゼーレを乱暴に掴みあげると、近くの岩に力の限り、投げつけた。ゼーレは抵抗することなく、下を俯いていた。
虧欺「そんな人間以下がどうして前に進めると思った?前に進む?寝言は寝て言って欲しいね、本当...。運命づけられた者がどれだけ抗おうと運命は運命。言葉なんてものは風前の灯に過ぎない。あなたが前に進めるなんて事は.....ない。100%ない」
虧欺「ふぅ.....ふぅ.....ふぅ....」
突発的に沸いた怒りが治まったのか、息切れを抑えながら、最後の蹴りをゼーレの顔面に入れ、傷口を靴でグリグリ抉り始めた。
もう痛覚すら体から消えていた。生気が消えていく感覚の中、頭の中で言葉が乱反射する。
未熟...か。確かに言う通りだ.....。
何時からだろう、心の中でエルに壁を作ってしまったのは。律者の力が目覚めて、始めてエルのことを拒否してしまった時...?いや違う......。あの時拒否したんじゃない.....。
私の中にどす黒い、人間じゃない何かがエルに知られたくなかったからだ.....。
決してエルを突き放したわけじゃない.....。
........これも私自身が満足するための言葉.....?
そうだ......。自分はエルに嫉妬してたんだ。自分だけなんでこんなことになるんだろう。なんで自分だけ.......!自分だけ......親の命を奪わないと行けないんだろう.....。
「なんで?」
そんな時、ゼーレにだけ声が聞こえてきた。その方向を首を僅かに動かす。
「...!」
自分の目の前に小さい頃の自分が立っていた。頬と手の甲に血痕付き、手に血濡れたナイフを持ちながら。
これは幻覚...?いや...走馬灯というやつ?
「これで良かったはずだよ......?ローレンス家の癌はこれで居なくなった。これであなたは自由だ」と、かつての自分が喋る。
その声には驚くほど、生気がなかった。徹底された無機質で...凍てつくような冷たさを持ち合わせている。
「(違う...。こんなの感情に任せただけよ...。こんなの間違えている......)」
ゼーレも心の内側で返答した。
「あなたも壊したかったはずだ.....。この腐った家をね」
「(違う.......!!!)」
「.........」
「(ああ...そうだ.....。自分がもうこれ以上傷つけたくなかったから......)」
傷つけたくなかったからなんだ。全部。何もかも。だけど、私の半分にはそれを否定したい自分もいたんだ。
その葛藤をエルにぶつけたかっただけだ.....。
ああ、ようやく自分を客観視することができた...。吐き気がするよ。こんなにも自分が気持ち悪い人間だったなんて。
こんなところで挫けるな.......!
前を見ろ......!心を掴め.....!
虧欺「......!(なんだ.....?景色が変化していく......?)」
周りの景色が急激に変化し始める。赤色の世界は凍り始め、雪が降ってきた。
虧欺「雪........?」
虧欺の靴先に雪の結晶が落ち、そして溶けた。その光景を見た時、全てを理解する。
虧欺「(いや違う.......!私の精神世界が徐々に塗り替えられている...!?)」
吹き飛んだ左腕を再生しながら、ゆっくり体を起こす。
虧欺「!?」
ごめんなさい、エル。
私はあなたを利用してしまった。自分を正当化するためにあなたを傷つけて、遠ざけてしまった。
ありがとう....みんな。こんな私を救ってくれて......!まだ私には生きてていいと.....!
そんなみんなを裏切る事は....もう絶対にしない.....!
掴んでいた足首を軽く跳ね除けると、バネのように虧欺の体を宙に浮かせた。
虧欺「......は?」
そしてゼーレは力の全てを拳に込め、全力で虧欺の心臓目掛けて打撃を込める。
ゼーレ「うああ''ああ'''あああ''!!!」
魂から炸裂した叫びを上げながら放たれた拳は虧欺の体を吹き飛ばし、衝撃波で大岩を7個程破壊した。
心の1歩を踏み出した時、強さの成長曲線は大きく跳ね上がるーーーー。極限の集中下で放たれた全力の打撃は、今までとは一線を画す威力を持つ。
そして、虧欺の精神世界を塗り替え、自身の精神世界にすり替えるーーー。即ちたった今ゼーレ・ローレンスは魂を取り戻した。
心臓に本気の打撃を受けた虧欺は為す術なく、白目を剥いて気絶してしまい、粉々になった岩の上で横たわった。
今までの分のお返しと言わんばかりに、気絶している虧欺に追撃しようとしたが、体から1本斬撃が飛んできた。それを軽く避ける。
ゼーレ「(斬撃....!気絶しながらも放てるの.....?いやこれが虧欺が言ってた反撃システムなのね)」
血だらけになった体は徐々に煙をあげて、数秒経つと完治した。
虧欺「はっ!」
数分気絶をしていたが、復帰を果たす。すぐに自分の体を起こそうとするも、吐き気と吐血によって立つことすら叶わない。
虧欺「ゲホッ!!!ゲホッ!!!(まずい.....!さっきの打撃で完全に心臓が潰されてる!!)」
ゼーレ「早く治してよ。医者でしょ?」
虧欺「(.....!!!)」
ゼーレ「再生能力を発動させるのに必要な心臓が潰されたら医者のあなたなら分かるでしょう?」
虧欺「ゲホッ!!!ゲホッ!!!」
ゼーレ「(と、いいつつ、心臓に元素が集中してる....。今必死に心臓を再生させているんだろうな...。......ん?心臓自体はもう動いている.....?そういう事か....。心臓の輪郭を不完全ながらも再生した後、左......多分左心室を集中的に修復してるみたいね....。へぇ...その手があったか....)」
虧欺「はぁ.....はぁ....はぁ....。なんであの時、あなたの臓器を全部ぐちゃぐちゃにしたはずなのになんでそんなピンピンしてるの.....?」
ゼーレ「さぁ...?」
虧欺「.....」
心臓の再生が終了した虧欺だったが、まだ体のダメージが残っている。そんな状態のまま立ち上がった。
不意を着くように虧欺が片手を伸ばすと、再び4度目の斬撃を展開をしようとした。ゼーレはそれを見て焦ることなく、ただひたすらその場に立っている。
虧欺「(何もしない.....?)」
瞬く間に、無数の斬撃がゼーレ目掛けて飛んできた。
それと同時にゼーレが足で地面を叩くと、地面に円形の氷が出来上がる。
その氷の範囲にいるゼーレは斬撃を喰らうことなく、猛攻の嵐の中ただずんでいた。
虧欺「(何あれ....!?斬撃を受けていない.....!?氷で私の斬撃を中和していることはわかるけど、もはや何もダメージを受けていない.....!そうか....!真に恐ろしいのは箸で針に糸を通すような精密な元素操作でも化け物じみた身体能力でもなく躊躇なく自分の体を傷つけられる狂った頭といかなる状況でも即座に対応出来る才能なんだ....!)」
距離を取られた虧欺は、ゼーレの打撃に吹き飛ばされ、斬撃が崩壊してしまう。
虧欺「(氷元素の範囲を極限を縮め、斬撃の威力を落としていたあの時とは逆に範囲を広げてもはや斬撃を無効化した.....!?)」
ゼーレ「あなたは今、心臓が潰された時のダメージと何度も無茶して斬撃を放った時の反動で威力が落ちている....。まぁそれも加味しても私の中和の方が勝ったけどね」
虧欺「ぐっ.....」
ゼーレ「(....だとしても心臓を潰したぐらいじゃ吸収してきた私の力を使い切らせる事は到底難しいわね....。虧欺の精神世界を塗り替え、私の元素保有量が前より倍に増えたとしても、以前虧欺の方が有利なのは変わらない。私が全力の攻撃で、虧欺の力を全て焼き切り、イーブンにする....。それしかない!)」
ゼーレ「未だ、私の方が不利なのは認めるわ虧欺。だから、状況をひっくり返すようなスパイスが必要....よね?」
虧欺「!」
ゼーレがそう言い放つと、左手から黒煙が上がり始める。それは次第に音を立て、火花を散らす。そして、最終的に手から炎がメラメラと燃え始めた。
虧欺「炎......?.....!その炎、もしかして....!!」
ゼーレ「そのまさかよ。この炎はあの山で見せた物と一緒」
虧欺「......」
ゼーレ「その顔、なにか知っているようね」
虧欺は揺らめき、地面を照らす炎を見て、驚きと同時にどこか悟ったような顔を浮かべている。
虧欺「....もはや懐かしいとしか言いようがない。やっぱり君はあなたの中にいるんだね....」
炎元素の使い手であった浮舎は、層岩巨淵で息を引き取ると同時に、能力の記憶が刻まれている肉体は終焉機に吸収された。世界樹と浮舎のデータが刻まれた終焉機のコアが融合した結果、ゼーレ・ローレンスはデーヴァーンタカ山で炎元素が使用可能となっていた。
真っ赤な炎は次第に凝縮し始め、そして槍のような形に変化する。そして、それを虧欺に向かって投槍のポーズを取った。
ゼーレ「これを今からあなたにぶつける....。あなたに残る全ての力を焼き切って、私が勝利する」
虧欺「......いいよ、受け止めてあげる」
目に覚悟を乗せ、ゼーレを見つめる。
ゼーレ「(....!元素の濃度が上がった....。多分、私の吸ってきた力を全て防御に固めたな.....)」
極限の集中によって、周りの時間がゆっくりと流れているように感じる。パチパチと耳元に響く火花の音さえも、逆に2人の覚悟を引き立たせるのだ。
そして、ジリジリとゼーレの足が微かに動いた瞬間、目を見開き、炎を虧欺に向かって投げつけた。
盾である元素に、矛の炎が衝突した瞬間、赤色の槍が崩壊し、熱が暴発する。火と熱の暴発はたちまち膨張し、天を仰ぐような数百メートルの火柱をあげた。
ゼーレ・ローレンスは魔神と比べて、元素保有量が数段劣る。だが、それはゼーレ自身、欠点になりうると同時に強みとなると解釈していた。大量の元素の放出は極限の火力を生み出す。そして、自身が持つ高い元素回復力によって頻度の多いサイクルを維持していた。万全の状態では太古の龍王と同等の潜在能力を引き出すことと言ってもおかしくは無い。
空を貫く火柱から生み出された熱波と衝撃波は周りの地面を抉り出し、地平線の彼方までそれは続いて行った。
文明も何もかも更地にしてしまう火柱だったが、虧欺の盾を貫通するのには1歩届かなかったようだ。熱波と蜃気楼が立ち込める灰色の大地から虧欺が姿を現す。
虧欺「(危ない......。あともう少しのところで焼き切れるところだった....。覚醒状態になったとしても今までのダメージが蓄積されている....。そのせいで炎の威力も落ちているみたいだね.....)」
白煙が立ち込めているせいで、視界が悪い中、周りを見渡しゼーレの動向を伺おうとした。
虧欺「(だけど、あっちもこれで終わったとは思っていないはず....!)」
だが、代わりに見えたのは自分に高速に向かってくる氷の球だった。
虧欺「!(氷!?)」
僅かに残っていた壁に衝突した氷は膨れ上がり、氷山を形成する。膨大な炎元素と氷元素によって、たった今、虧欺の元素は底を尽きたーーーー。
それを待っていたかのよう、氷山の影からゼーレが打って出る。
虧欺「(なるほど.....!溶解反応!溶解反応で僅かに残っていた元素を確実に焼き切らしに来たか.....!さっきの炎はブラフの意味も込められていた.....!)」
膨大な元素を失った今、あるのは虧欺自身の力のみ。そんな事実が襲ってきている中、虧欺の心の底から込み上げてきたのは焦燥ではなく、ゼーレに向ける怒りだった。
歯の間に小さな物が詰まった時のように、心の中に小さな痼(しこり)が増殖し、歯がゆさを誘導されていた。
虧欺「(ああ......なんでなんだろう.....。この人を見る度に心の底から湧き出てくる不快感は......!)」
これはあなたに向けた感情なの?それとも自分自身?
どう抗おうと......どうせ何もかも変わらない。
虧欺「あなた自身もだ.....ゼーレ!!!」
ゼーレ「!」
虧欺「なぜ抗う!?なんで醜態を晒してまで私に挑んでくる!?運命に身を任せて、いっそ楽になった方が何倍もましだ!!どれだけあなたが抗い、そしてたどり着いた先には何も無いんだ!!この壁を乗り越えても先にあるのはただ底の見えない闇だよ!!!」
なんで.....!!!そう必死に抗おうと.....!!!
虧欺がこの500年間自分に言い聞かせ続けて来た言葉を思わず吐露してしまう。
ゼーレの目に映る、覚悟が決まった真っ直ぐな心を感じ取った、虧欺の手が一瞬止まってしまった。
あれ......?なんで私こうしてるんだっけ.....?
●
魈『浮舎、なんだその子供は』
浮舎の後ろに隠れ、虚ろな目を浮かべながら魈の事を見ている少女の存在に気づき、思わず問いかける。
浮舎『拾った』
魈『なんだと...?』
浮舎『昨日の夜出会った。この俺様が見窄らしい子供をほっとけるわけがないだろう?』
魈『そうか。...随分と物静か子供だな。この年頃の童はもう少し騒ぐものだと思っていたが....』
浮舎『喉が潰れているのか分からんが、言葉が喋れないらしい』
魈『潰れているだと?』
浮舎『単純に言葉が分からないだけもあるが、喉の傷を見ると潰れているのが妥当な線だろう.....。まあ安心しろって!俺が立派な1人前になるまで面倒見るから!』
魈『......そうか。それは勝手にしろ。ただここ数年、カーンルイアとの関係がピリついていることを念頭に置いておけ。....いつ戦争が起きてもおかしくは無い状況にある』
浮舎『はいはい分かったって!じゃあ行こうぜ?まずはその汚い身なりを何とかしないとな.....』
浮舎の手を掴んでいる少女に話しかけると、その女の子は小さく頷く。
私は璃月の小さな村に生まれた。だけど、月が欠け落ちる時村は滅びるという予言の為に忌み子として嫌われてしまった。
荒野を彷徨っている途中、浮舎さんに拾われた時、こんな私を拾ってくれてどれだけ嬉しかったか.....。この時から私はこの人の役に立ちたい.....恩返ししたいと考えるようになったことを今でも覚えている。
●
そうして、10年後。目まぐるしい月日が流れ、いつしか後一歩で成人という所まで成長していた。
その間までにカーンルイアと他国の軋轢は年を追うごとに悪化していたようで、とうとう厄災が起きてしまった。凶悪な魔物の波は璃月にも押し寄せてきていて、それを食い止めるために千岩軍が戦地に駆り出される中、私は医者になったのだ。
非力ながらも初めは兵士を希望をしていた。だが、惜しくも基準から弾かれてしまい、道は閉ざされてしまう。
だけど、私は諦めなかった。諦めることなんて出来なかった。そんな中、とある医学の本を見つけだった。その時、直感的に私がなるべき物はこれなのだと感じり、そこから机にかじりつく勢いで必死で勉強し、野戦病院を任されるところまでやってきた。
野戦病院の布で仕切られている部屋で、紙に文字を書き写している時、誰かが入ってくる。
浮舎『盈月?いるか?』
『!』
浮舎『おーーいたいた。3日ぶりか?』
3日ぶりだが、自分にとっては久しぶりのような気分になり、静かに心が踊る。そんな抑揚を隠しきれずに、傍に置いてあった大量の紙から1枚取り出して、そこに文字を書いていく。
依然、喉は治っていないので、盈月は文字によって意思疎通を図ってきた。
浮舎さん、おかえりなさい。前線から離れる暇ができたの?ーーーー。と、紙に書き、薄汚れている浮舎にそれを見せる。
浮舎『ああ....。魔物は層岩巨淵に逃げ込んで、そこから出てこない。だから、ほんの少しだけだが休憩ができたから盈月の所に顔を出した』
状況は分かったけど、本当に大丈夫?浮舎さんが離れている間に敵が攻め込んだりしない?ーーーー
浮舎『がーーーはっ!はっ!敵が来ないのはこの俺様が原因なのかもしれんなぁ!』
浮舎の的外れの返答に盈月は思わずしかめっ面をしてしまう。
浮舎『まあまあ、そんな顔するな。今の戦線は層岩巨淵だ。ここから層岩巨淵までは仙人だったら数秒もあれば着くぞ?』
だったらいいんだけどーーーー。
浮舎『そんなことより変わったことは無いか?何か辛いことがあればすぐに俺に言うんだぞ?』
大丈夫だよ。それに私はもう子供じゃないから。過保護じゃなくてもいいのにーーーー。
浮舎『ガハハ!!昔、事ある毎に泣きべそを書いてたお前から言われると信じられないな!』
また浮舎が豪快に笑った。盈月のしかめっ面が更に加速する。
私よりも浮舎さんは大丈夫なの?前会った時よりも傷が増えてる気がする。ーーー
浮舎『うーん?そうか?まぁ、こんなの仙人にとっちゃなんともない!』
本当に?無理してない?ーーー。
浮舎『いつも以上に心配しているがどうしたんだ?本当に大丈夫だぞ?』
それならいいんだけどーーーー。
浮舎『心配するなって!!雑魚なんてこの俺様が蹴散らしてやる!!』
私に何かできることは?ーーー。
浮舎『おいおい、盈月....。お前は衛生兵だろ?確かに俺が体験してきた戦いの中で、1か2位を争う過激さだが、衛生兵も駆り出すほど逼迫していない。だから、お前はやるべき事に集中しろ』
それはそうなんだけどーーー。
浮舎『そんな浮かない顔をするな盈月。笑っていこうぜ?お前はただ首を長くして、騰蛇大元帥浮舎様の輝かしい功績を待っとけばいい』
その時、布の先からドタバタと慌ただしい音が聞こえてきた。姿は見えないが、何が起きてしまったのか理解すると体が勝手に準備し始める。
浮舎『どうやら負傷者が、ここに運ばれて来たようだな....。邪魔になるようだから俺は戻ろう』
浮舎が人に見つからないように、ここから出ていこうとする。だが、突然後ろから盈月が抱きついてきた。
浮舎『.......盈月?』
盈月は無言のまま数秒間抱きついていたが、顔を俯いたまま浮舎から距離を取る。
浮舎自身呆気に取られていたが、優しく微笑むと大きな掌で盈月の頭を撫で、その場を後にした。
余韻に浸ることなく、続けざまに仕切っていた布が上がり、返り血を浴びた救護員が入ってきた。
『盈月さん!!負傷者が多数来ています!!今すぐ救護の開始を!!!』
緊迫した状況で、自分は静かに頷く。
急ピッチで準備を終わらせ、部屋から飛び出し、鼻が曲がりそうな悪臭が漂う所に向かった。
いつもあなたは大丈夫だからと私に言い聞かせる。....本当は辛い思いをしているのに。本当のことを言ってくれないのはきっと私がまだあなたの横に立つ存在になっていないということなんだろう。あの人の護るべき存在を抜けない限り私は理想を掴み取ることなんてできやしないんだ.....。
そうして、痛々しい体が詰まり、生に執着する者の戦場に足を踏み入れた。
●
満月の夜だったろうか....私は必死に青白い蛍の光を頼りに魔物の手から逃げていた。どこを見ても灰色の石だけの世界、始めて見る光景に戸惑いながらもただひたすら足を動かしている。
盈月『(はぁ....はぁ...ごめんなさい....!ごめんなさい....!)』
層岩巨淵の地上の制圧が済んだ千岩軍はいよいよの決戦に前線を層岩巨淵の地下に移した。それと同時にほとんどの衛生兵は地下鉱区入口で待機し、負傷者の治療をしながら、兵士の帰りを待つ。
予想とは裏腹に、魔物の数が少ないため誰もがここから先は消化試合だと思っていた。だが、現実は甘くなかった。警備以外の兵士が去った野戦病院に潜伏していた魔物が襲撃、為す術なく一瞬で崩壊したのだ。
偶然、病院から離れた所に居た自分は襲われることなく、魔の手からから退避することができた。入口も魔物が塞いでいることから盈月はひたすら地下の奥深くへ逃げていく。途中足の皮が剥がれようと、逃げ場がなかろうと足を動かした。
そうしている内に層岩巨淵の最奥と思われる
、強力な青白い光を放つ柱がある空間にたどり着く。
盈月『(ここは.....?)』
自然と、盈月の足が止まる。空間の中央にある柱の存在に気を取られているようだ。だが、目の片隅に入った魔物の死体に気づき、現実に引き戻される。
周りを見渡すと、1面魔物の死体と千岩軍の亡骸の山。そんな凄惨な光景に、ただ1人血だらけの浮舎が片膝を着いていた。
盈月『っーーーー!!!』
それを見た盈月は目の色を変えて、再び走り出し、無数の屍と岩を乗り越えていく。浮舎の元へ駆けつけた時には、大きな音を立てて地面に倒れ込んだ。
浮舎の肉体は魔物との死闘によって無数の切傷があった。損傷が激しく、血だらけの状態だ。息はかろうじてしているが、風前の灯だろう。
盈月『(血が止まらない!!後数分もすれば命すら....!だ、誰か何とかして....!)』
そうだ。何とかする立場は自分だ.....。この人の''何か''になるために医者になったんでしょう....!!
自分の服の一部分を引きちぎり、傷が深い所を縛り付け、圧迫する。だが、数秒もしない内に服が血で滲んだ。
盈月『(圧迫しても血が.....!!他の人にも助けを呼ばないと....。生存者は私と浮舎さんだけ.....戻って、生存者がいないか探さなければ....!!)』
浮舎の肩に腕を回し、ここから脱出しようと試みる。
だが、非力な18歳の少女が自分よりも何倍も体格のある浮舎を支えることなど不可能だった。支える方法とは違うやり方でやり直しするも、地面に倒れ込んでしまう。無理に動かそうとすると、傷口から血が流れてきてしまい、浮舎の死が近づいてくるだけだ。
浮舎『盈月....か......?なんで....きたんだ......!魔物が生き残っているかもしれない.....早く.....逃げろ......!』
盈月『っーー!っーー!』
意識の残り火で目覚めた浮舎が必死に盈月に逃げるように言った。だが、そんなこと盈月に出来るわけがなかった。
涙目になり、消えゆく命の名前を必死に叫ぼうが、現実はかすり声しか出てこない。最愛の人が死んでいく様子を指を加えているしかない光景に、ついに、涙がこぼれ落ちていく。
不甲斐ないーー。何も出来ない自分に嫌気が刺す。なんで号哭すら出来ないのか....悲しみを表現出来ない声が使えないのか....。もし、助けを呼ぶことができる声を持っていたら未来は変わっていただろうか?もし.....自分に力があれば、ここから脱出できたのだろうか?
この出来損ないの体が憎い。何も出来ない自分が憎い。負の感情は自分の裏側から溢れ出した。魔物から出る負の感情と盈月から滲み出た強い怨嗟は合体し、混じり合う。
そのことに浮舎と盈月は気づくことが出来なかった。
その合体した負は増殖し、次第に意思とこの世に強い怨念を持ち始める。
ーーーこの瞬間、終焉機がこの世に生まれ堕ちた。
終焉機が耳を劈く(つんざく)慟哭を上げると、2人がようやく巨大な魔物の気配に気づいた。
浮舎『!?なんだ....あれは.....!?』
融合の能力が発動し、壁や魔物の死体を吸収し始める。吸い取れば吸い取るほど、魔物の図体は大きくなっていく。吸収の波は2人がいる所にも届き、為す術なく2人は終焉機の渦に吸い込まれて行った。
黒い渦の中は何が起きているのか分からなかった。
耳に届いてくる強風の音。そして、そんな強風に煽られ体が浮いているため、左右前後の感覚がない。魔物の死体、えぐり取られた岩が絶えず渦巻いて飛んでいる天変地異の世界だ。
その時、その中で見た赤い光を放つ霧のようなものを盈月は見つけてしまった。黒色の主張が激しい中、赤い霧は確かにそこにはある。
それを見た盈月は何故か、背筋が凍ってしまったのだ。生物なら誰でも震え上がらせるような、赤い先にあるドス黒い何かを。
その霧は盈月に寄生することに決めたかのように、一目散に接近し、そして盈月の顔にまとわりついた。
盈月『ーーーーー!!』
それを振りほどくために必死に手を動かした。だが、抵抗虚しく、その霧は鼻から口から入っていく。
その瞬間、焼けるような熱さに襲われた。
盈月『ゲホッ!!ゲホッゲホッ!!!』
胃に直接熱湯を入れられたかのような、体の奥底から溢れ出てくる異常な熱さによって、段々と意識が薄れていく。
盈月『(....ここまでか。最期はせめてあの人の横で....)』
最早助かることは不可能だと悟った盈月は消えていく意識に従うことにした。
だが、浮舎がそれを許すことはなかった。
消え行く命を燃やして、体を無理やり動かした浮舎が盈月の腕を掴み、強引に渦の外まで放り投げる。
浮舎『生きろよ.....盈月』
盈月『(浮....舎.....さん....?)』
浮舎の機転で無事そのまま渦に脱出した。
更に運が良かったのか終焉機の吸収が届かないように岩と岩の間に不時着する。
消えていく世界の中で最後に見たのは自分を脱出させたことに安堵した浮舎の姿だった。
●
『盈月さん.....?』
盈月『!』
頭が空っぽになったかのようにボーッとなっていた。その時、他の看護師が喋りかけていることで一気に現実に引き戻される。
どうしたんですか?ーーーー
『あ、いえ.....先程から虚ろな目をされていたので大丈夫なのかと.....』
大丈夫ですよ。少し疲れているだけですーーーー。
『そうですか.....。それなら良いんですけども....。盈月さんちゃんと寝れてますか?目の下に大きな隈ができてますよ』
寝れてますよ。ーーーー
『一応、負傷者全員の治療は済んだのでひと段落落ち着いています。休むなら今ですからね』
大丈夫ですよ。本当にーーーー。
『.....盈月さんがそういうのならば分かりました。では....』
盈月の机に資料を1つ置くと、布をたくし上げ、部屋から出て行った。
出ていった後の部屋はまさに沈黙そのものだ。他の医者も看護師も休憩中で、野戦病院にいる負傷者も寝ている。必然と盈月が考える時間が出来た。
ーーー言えない。疲れじゃなくてあの日の出来事が自分を呪っていることを。医者として目の前の患者を救えなかった敗北感、想い人を失ってしまった喪失感、そして屈辱.....。その黒い感情が自分の脳裏に焼き付いて忘れられない。生気が感じられない人形のように、心にぽっかり穴が空いたままだ。
盈月『(それにあの日私が吸い込んでしまったあの赤いのは一体.....)』
服の襟を指で下げ、自分の胸を見る。
胸に、黒いひし形のマークが浮かんでいた。あの日からいつの間にか自分の体に謎の記号が刻まれていたのだ。
けど、そんなくよくよしていては浮舎さんも浮かばれない。あの日のことを一生忘れずに私にしかできないことをやらなければーーー。
あの日からずっとこんな思考のサイクルが続いている。そんな時、再び自分の名前を呼ぶ人が現れた。
『お前が盈月か?』
盈月『!』
音も立てず、盈月の背後に立っていた少年は腕を組んで、こちらを睨んでいる。
何故、男がそこにいるのか分からない盈月は驚いて椅子から転げ落ちてしまう。尻もちを付いた状態で、心臓がバグバグと鳴っていた。
盈月は一瞬誰か分からなかったが、ふと脳内に昔の記憶が蘇り、検討がつく。
盈月『(......もしかしてこの人浮舎さんと仲が良かった降魔大聖様......?)』
目を見開いて驚いている盈月を見て、魈は何かに気づいた。
魈『ああ、そうか...。お前は喉が潰れていて喋れないだったな。お前に用がある.......我についてこい』
盈月『(....仙人様がこんな私に用......?私何かしたかな.....)』
魈『手短に話す。お前を呼び出したのは浮舎の事だ』
盈月『......』
魈『我と浮舎は戦友だ。だが、あの層岩巨淵の戦いで奴は行方不明になった。我も層岩巨淵の地下を探したが、亡骸すらなかったのでな....。浮舎が手塩をかけて育てていたお前なら何か知っているのではないかと思い、お前にこうして聞いている。それにお前はあの日、層岩巨淵の地下の戦いの少ない生き残りだ....』
盈月が魈の問いに答えようと紙を取り出したが、それを魈が止める。
魈『無理に書かなくてもいい。俺の問いに首を縦か横に振れ。......浮舎は...あの戦いで死んだのか?』
盈月がゆっくりと縦に振る。それを聞いた魈の眉間が僅かに動いた。
魈『そうか......それは残念だ。我も奴が戦死したことに信じられないが....まあいいそれが現実なのだろう。話は以上だ....』
盈月は暗い表情を浮かべながら、魈に向かって深々とお辞儀をして、背を向けた。
その場を後にしようと数歩歩き出した時、魈に呼び止められる。盈月は不思議な顔を浮かべながら振り返った。
魈の顔は目を僅かに見開いて、驚いていた。
魈『お前....何故そんなに瘴障を抱え込んでいる?』
盈月『?(瘴障.......。確か、魔物から出る負のエネルギーのことだよね.......。それが私に.....?)』
盈月はどう返答しようか迷っていた。
魈『......。いやなんでもない』
盈月『.......』
盈月はそのことに何故か恐怖を覚えていた。
それに逃げるかのよう2回目のお辞儀をすると早々とその場を去っていった。
魈『(我の気のせいか.......?一般人があそこまで魔に満ちているのを見たことがない......)』
●
そこから数週間後、徐々に完治した患者が出ていくことが多くなっている。そのため野戦病院は閑散となっていた。きっとこれが終われば私もここから出られるのだろうとそう思っていたのだ。
ふと、外に目を向けると璃月に出入りする職人が活発だった。日に増す毎に璃月は復興していく.....だが、盈月はあの日魈に言われたことが頭から離れなかった。
そんな中、とある千岩軍の兵士の1人が盈月の元へ訪ねてくる。
私が任務をですか?ーーーー
『ああ...。済まないが行ってくれないか?』
野戦病院もある程度落ち着いたので、時間にはある程度余裕はありますが、なんで私が?それに私は衛生兵ですよ?兵士の経験なんて微塵もないですし。ーーー
『災厄が原因で、兵士が沢山亡くなった....。人手が何もかも足りない。それに璃月全体が壊滅的な状況でどれぐらいの被害が出ているのか不明な状態だ。数少ない衛生兵の方々も各地に赴いて、一般人にどのぐらい被害が出ているのか調査してもらっている』
なるほど、状況は分かりました。確かにそれは負傷者を診て来た衛生兵でしか分からないことですね。ですが、厄災が鎮火したとは言え、魔物の残党がいる可能性があるのでしょう?私が無事帰って来れるのか不安ですね。ーーー
『いや、そこは安心して欲しい。護衛を付ける。それにかなりの精鋭だ。それで......具体的な場所だが、地図に書いてあるバツ印の所だ』
ポケットから地図を取り出し、盈月に手渡す。数秒程、そのバツ印の場所を見ていたが、盈月はふと何かに気づき、口が半開きになった。
『盈月先生どうされた?』
いえ、なんでもありません。ーーーー
『そうか....。じゃあよろしく頼む。疲れている所に申し訳ない。2日後の昼、璃月港の入口に護衛が居るので一緒に出発して欲しい』
盈月が静かに了承したことを確認すると、千岩軍の兵士は敬礼をし、鉄靴の音を豪快に鳴らしながら、部屋を後にした。
完全に音が聞こえなくなると、再び地図に目を落とす。
盈月『(.....。どういう運命なのか分からないけどこの村....確か私が生まれた所だよね.....。正直乗り気じゃないけど、命令だから我儘言ってられない....)』
とある日浮舎からこの事を打ち明けられたことがある。自分が捨て子なことを言われた時は1晩その事実を受け止められず寝られなかったが浮舎がいるなら自分は幸せなのだと....。そう思い今まで過ごしてきた。
盈月『(でも......あっち側ももう覚えてないだろうし......早く終わらせて帰ろう......)』
入念に地図の位置と概要を頭に入れてから2日後、盈月と護衛は璃月港を出発した。
●
盈月『(あれ.......私......何をしているんだろう......地面に倒れて......)』
真っ暗な世界から目を開くと、ボケやた景色から徐々に鮮明さが蘇ってくる。目の前には、錆びた鉄格子とその奥に佇む数人の男性が立っていた。
盈月『(確か.......村に入って、村人に案内された場所に着いて行ったら.......そこから.......そこから......)』
鉄格子越しで自分達を見ていた村人は、嬉々として喋り始めた。
『おいおい、千岩軍の奴は大層な物を持ってやがるな』
『鎧と武器は高値で売れるし、臓器も色々と役に立つ』
『しかしこいつら学ばないのかねぇ。普通一回目の派遣で兵士が帰ってこなかったら、怪しむだろうに。何度も馬鹿みたいに送ってきやがって.....』
『まぁいいだろう!その分もっともっとやりゃあモラも手に入る!』
『この村の村人全員で隠蔽することによって、生き延びるって算段だな!』
盈月『(何......この会話......もしかして追い剥ぎ.......?)』
何故、自分がこんな寂しく、暗い鉄格子の中に閉じ込められているのだろうとぼーっとしている頭で考えていると、突然頭痛に襲われた。
頭が割れそうと勘違いするほど鈍痛が頭に集中し、まともに立てそうにない。すると、自分の頭から血が流れ出ていることに気づいた。
盈月『(血.......!?それも大量に.....!)』
この出血量だと、後数分もすれば出血死してしまうだろう。
盈月以外にも護衛が頭から血を出して倒れ込んでいることに気づき、ようやく自分が何をされたのか思い出す。
盈月『(そうだ.....!村人に案内された所に襲われたんだ.....!それで千岩軍の物品を追い剥ぎして.....!)』
自分が何故、牢屋に閉じ込められているのか分かり、この村の下劣な行為に驚愕した。それと同時に人生の中で1番腸が煮えくり返るような感覚に襲われる。
千岩軍の人達は正に善と言ってもおかしくないぐらい根がいい人達だった。璃月を一日でも早く立て直そうと身を粉にしているのに......なのにこいつらはその善性に漬け込んで.......。その事実にただひたすら腹立たしい。そして何より、こんな奴らを守るために浮舎さんは命を散らして行ったっていうの......?こんなゴミを守るために前線で戦い続けて来たって言うのか......!
ーーーーーー許せない。
殺してやりたい......滅茶苦茶にしてやりたい。こんな奴らを切り裂いてやりたい。非力だけど......1人でも多く......!!
目の前にいる醜悪な肉塊に腹の奥底から湧き出てくる怨念を静かに撒きながら、未だ血が垂れてきている体を無理やり起こし、冷たい鉄格子に手をかける。そして、明確に肉塊を殺すイメージを思いついた時、鉄格子の形が大きく歪んだ。
何が起きたのか分からずにいた村人の1人が尻もちを着いてしまう。武器を反射的に握ったが、不可解な現象に加え、何よりも阿修羅の如く気概を放つ盈月に震え上がっていた。
『は!?な、なに!?』
『こ、こいつまだ意識があったのか.....!?』
『鉄格子が曲がった!?』
赤く染った体を動かして、ゆっくりとこちらに向かってくる。村人の1人が思わず武器を振りかざして盈月を殺そうとしたが、次の瞬間村人は武器ごと、かつて人間だった何かに細かく切り刻まれていた。
盈月の胸に刻まれた律が、怨念が極限達した結果、芽生える。そこから盈月はただひたすら村人を殺して回った。女も子供も老人も.....見境なく......。この時の盈月は、もはやこの行為が正当化される至極真っ当なことなのだと思っていた。だが、自分の手で命を潰していく毎に自分の心の何かがすり減り、欠け落ちていくに気づかずに......。
ーーーゴミ共も....自分も....全部消えちゃえ。
新月の夜、盈月の魂に律者が芽生えた。
●
『甘雨様。ご報告があります』
甘雨『?どうされましたか?』
『数日前、璃沙郊南部の村に事件があったのはご存知だと思います。その報告書が完成したので確認して頂けないでしょうか』
甘雨『ああ!そのことでしたか。分かりました。拝見致します』
兵士が分厚い資料をそのまま手渡す。それを素早く甘雨は読み通した。
甘雨『確か、あの任務を受け持ったのは3名でしたよね?その内が確か重症で、現在療養中なのだとか....』
『はっ。ですが、現在は回復傾向であります。その兵士の証言と調査の結果をもとに作成致しました』
甘雨『.........なるほど』
文字を素早く見通すため、紙の捲る速度が速い。甘雨が調査書に書かれている文字を小声で喋る。
甘雨『......。調査班が出向いた所、ほぼ全部の家が全焼していた.....。現段階では村人全員の死亡が確認され、切傷よる大量出血と火災による死因...。派遣された3人の千岩軍の内、2名が村から外れていた所に放置されていた....。命に別状なし.....。残り1名が行方不明。死体が確認されなかったところから、村の焼き討ちの主犯として野戦病院主医・盈月を断定する』
全てを読み取った甘雨が報告書を静かに机に置く。
甘雨『そうですね....誤字脱字もありませんし、これは上に提出しておきます』
『はっ!失礼します』
角度が着いた敬礼をすると、意気揚々と部屋を出ていった。
甘雨『この名前.....。どこかで聞いたことがあるような.....』
●
激しい戦いを終えた帰離原は、かろうじて残っていた文明から完全に荒野と化していた。帰離集の建物の残骸は地面に散らばっており、その壁と地面には斬撃の亀裂が刻まれている。黒煙が上がる大地には数少ない文明の住人の死体が山となって積まれていて、この世の地獄とも言える世界が広がっていた。
虧欺『はぁ....はぁ....はぁ.....この傷は......もう終わりのようですね.....降魔大聖様.......』
魈『......。再生も.....斬撃も....お前は使い果たした....。その傷ではもう立ち上がることもできないだろう』
半分消えた胴体の傷口から大量の血が吹き出し、虧欺が座り込んでいる地面には鮮血の池は出来ていた。片足が欠損した状態であるため、まともに立っていられない。壁に座り込み、命の炎が徐々に消えていく感覚に襲われながら、そんな自分を無慈悲に見つめている魈がそこに居る。
体に無数の切り傷が付いている魈も尋常ではないが、それよりも虧欺を問いただしたいという気持ちが優先されているようだ。
魈『死ぬ前に白状しろ。何故こんなことをした?』
虧欺『浮舎さんが守っていた璃月も....その民も....結局は恩を忘れ.....無下にしていく.....その事実に私は腸が煮えくり返る.....。そんな奴らを......私は.....許せなかったんです......』
魈『結局は.....お前もその中の1人だったわけだ。浮舎は......お前をどれだけ心掛けていたと思う.....。それをお前は踏みにじった......』
虧欺『......そうですね。結局自分がやってる事も変わっていないことを考えると、自分にも嫌気が刺してくるんです......。ゲホッ!ゲホッ!心に盲目的になって.....気づいたら自分すら見失っていた.....』
魈『何故だ.....何故浮舎の言う通りにしなかった......!』
虧欺『月と太陽みたいなものですよ......。月は太陽が居ないと輝けない.....。私は浮舎さんのことを太陽のように.....生きる指針となっていたんです。私の生き甲斐は浮舎さんしか居なかった.....。寄りどころがなくなってしまったら.....私は......私は.......』
とうとう、座ることさえ難しくなった虧欺は地面に横になる。
虧欺『絶対に.....地獄堕ち.....かな』
魈『......絶命は肉体と魂の死を意味する。だが、お前の魂は奪わない。その代わりに魂に戒めを加える.....。良いな?』
虧欺『.....戒め.....』
虚ろな目を浮かべながら、静かに首を縦に振った。それを見た魈が首を確実に跳ねれるように振りかぶる。
虧欺『浮舎さん.....ごめんなさい.......』
両目から後悔の涙が滴り落ちるのを見て、魈の手が一瞬止まった。
魈『......』
そして、槍の刃は首の筋肉を斬り千切り、鮮血と共に虧欺の首は地面に落ちていった。
●
結局どうすれば良かったのか.....。その答えは500年経った今でも分からない.....。分かるはずがない。現実から逃げれば良かったのか.....?生まれてきたことさえ間違いだったのでは.....?
そうだ.....それが運命なんだ.....。自分が変わってしまったのも.......浮舎さんが亡くなったのも.......全部.......。そう言い聞かせれば全部に方が付く。自分がどれだけ抗おうと....前に進もうとしても不可抗力だ......。闇を抜けた先はただの真っ暗な闇だけなんだ。
なのに目の前にいるこの人はどれだけ挫けようと、真っ直ぐに運命に抗おうとしている。その光景に自分はとんでもない屈辱と不快感を味わったんだ.....。なんで.....?何故......!あなたは.....!!!
ゼーレ「(元素が焼き切れた.....!チャンスね!復活する前に決め切る!)」
この一撃で全てを決める気概で居たゼーレが接近する。虧欺が元素で肉体を強化し、防御した時にふと目が合った。
決められた運命に必死に抗う姿。決して諦めず立ち向かう姿。そうだ....これが自分が求めていたものなんだ。
自分もあの人に追いつきたい。あなたの横に立つための力が欲しい。その思いで理想を追い求めていたんだ.....。だけど、それを自覚する度....人間の醜悪を感じるようになってきた。人間の汚さ、腹黒さ、そして平気で人は自分に嘘をつく。その醜悪に自分は諦めていたのかもしれない。
ああ、そうか.....。結局自分が弱かったからか....。
全てを理解した虧欺は元素を解く。
ゼーレ「!」
だが、もう拳は止まらない。重い一撃が虧欺の腹に打ち込まれる。勢いよく吹き飛んだ体は氷山に轟音を立てて突っ込んだ。
ゼーレ「ちょ、ちょっと.......!」
虧欺「....負けだよ。ゲホッ!ゲホッ!私の負け.....」
ゼーレ「......!」
虧欺「私が焼き切れた元素はあくまでもあなたから吸い取って来た元素だけ....。だから今でも私が持っている律者の力は万全....。だけど、私はあなたと比べて全く戦闘センスも何もかもない......。だからここらで降参しておこうかな」
ゼーレ「(罠....?だけど、敵意も感じられない......。本当に降参のようね.....)」
終戦したことを感じたゼーレはため息を吐きながら、地面に仰向けになっている虧欺の横に座る。
虧欺「私はあなたに対して歯痒い感情があったんだ....。だけど、それは自分が過去に何も出来なかったからなんだなって.....。結局、自分の全てを否定されることに目を背向けて来ただけなのかもしれないね....」
ゼーレ「だけど、期待も.....していたんでしょ?」
虧欺「?」
ゼーレ「あなたが言っていた私とあなたとの契約に乗せられて私はまんまとやってきた......私に何か感じる所があって、微かに希望を感じていたということじゃない?」
虧欺「....多分ね」
ゼーレ「なにそれ....」
虧欺「正直....すぐに契約を結んでも良かったんだ.....だけど......それは本当にあなたのためになるのかなって思ったんだ......。私ね....律者の力が芽生えるまで私は喉が潰れてて喋れなかったんだ.....。声も出せないし.....。だから感情の伝え方も分からない........。次第に人の目を見るようになった」
ゼーレ「目?」
虧欺「目には色々な感情が乗ってる.....。私が村から追い出された時、家族も他の人達も私を忌々しい目で見ていた....。だけど、浮舎さんは私のことをちゃんと1人の人間として見ていてくれていた......。純粋で.....濁りひとつ無い晴天のような目だった。そして、自分を見失っていた時、あなたの目を見てしまった.....。あの人と同じ目をしていた。その時わかったよ.....結局自分が傷つきたくなかったからだって.....」
ゼーレ「......」
虧欺「あなたに対して自分の境遇を重ね合わせてしまった。全部を諦めたはずなのに....私はまた......」
ゼーレ「あなたは私で、私はあなた。だけど、それは真実で、絶対的な違いでもある......でしょ?」
虧欺「.......そうだね。ねぇ.....ゼーレさん.....」
ゼーレ「ん?」
虧欺「喋りたくなかったらいい。自分の親を殺した時どんな気持ちだった?」
ゼーレ「......怪物を殺してやったという爽快感を正直持ち合わせていたかも知れないわ.....。だけど、それ以上に後悔も強くなって行ったかもしれない......」
虧欺「.......。その気持ちわかるよ。私もやってしまった時、もう日常には戻れないんだって......」
そうすると、虧欺はまだ痛む腹を手で抑えながら、ゆっくりと立ち上がる。
虧欺「いいよ。約束通り、契約結んであげるよ」
ゼーレ「良かった....。というか、本当にあなたに律者の侵食を食い止める方法を持ってるの?」
虧欺「あるよ。ただ、降魔大聖様が言っていた、仙人が持ってる浄化装置はない」
ゼーレ「じゃあどうやって.....」
虧欺「私も伊達に500年間精神世界で閉じこもっていた訳じゃない。再生能力も全て律者の力を変換して使用出来る。それを利用するんだ。日に日に増していく侵食を私とあなたの中で複雑のプロセスを経て毒素を排出していく....。これで日常を送るぐらいなら何の問題もない。前みたいに吐血して死にかけるようなこともね.....。だけど、一気に律者の能力を使ったら処理が間に合わなくなるからそれだけ注意だね」
ゼーレ「そう.....はぁ......」
とりあえず一安心だということを感じ取り、今度はゼーレが仰向けになった。空から降ってくる雪の結晶が鼻先にくっついてくる。
虧欺「だけど.....結ぶ前に少しお喋りしたいな......」
ゼーレ「......?」
虧欺「やっと500年間思っていたことが喋れた気がする.....。だから良ければあなたが私の喋り相手になって.....」
ゼーレ「.....。はぁ.......。良いわよ。518年間の鬱憤、私が受け止めてあげる」
●
パイモンが先程から落ち着きがない。台座の傍を行ったり来たりして、ただひたすら何か
を待っているようだ。
ナヒーダ「.........」
ナヒーダも冷静を装っているが、スカラマシュとゼーレへの視線が往復している。
ナヒーダ「先程まで、赤色だった精神世界が、今度は青色になった......。一体内部で何が起きたのかしら.....」
スカラマシュ「今はただこの女を信じて待つしかないだろうクラクサナリデビ。そう慌てても結果は向こうからやってはこないさ」
肉体の情報処理が終わったスカラマシュは復帰しており、ナヒーダにいつも通りの口調で言葉を投げつけた。
台座の上には精神に潜伏中のゼーレが眠ったように横たわっている。
ナヒーダ「....そうね。外部からでも何かが起きたと分かるぐらい変化が何かしらあったことは安心ね.....」
全員がゼーレの帰還を今か今かと待っている。その時ゼーレがゆっくりと目を開いた。
パイモン「!」
空「ゼーレ!」
ゼーレ「うっ.....痛たたた......」
体を起こしたゼーレにパイモンが一目散に抱きつく。
ゼーレ「パ、パイモン.....?」
パイモン「うおお.....!オイラ、ずっとお前のことが心配だったんだぞ......!」
空「無事でよかった.....」
ナヒーダ「おかえりなさい。戻ってきた....ということは安心してもいいのよね?」
ゼーレ「ええ、大丈夫よ。もう1つの魂と決着をつけて、無事契約を結んできたわ」
ナヒーダ「良かった......。さあさあ、忘れないうちにこの子に讓渡した精神世界を元の持ち主に返還しないと.....」
スカラマシュが持っていた水色のボールを手に取るとそれをゼーレの胸に押し込む。体の内部に入り込んだ精神世界は他の魂に結合し、適合する。終了した途端、ゼーレは地面に倒れ込んだ。
ナヒーダ「!」
パイモン「!?」
空「どうしたの?精神の情報を読み込んでいるの?」
ナヒーダ「いえ、自分自身の情報はフリーズしないはず.....。恐らく、精神世界の内部のダメージが魂と融合した結果、反動で気絶してしまったようね.....。呼吸はしているし、命に別状はないと思うわよ」
パイモン「そ、そうか....それなら安心だけどな.....」
ナヒーダ「とりあえず、一難去ったわね。今はただ彼女を休ませてあげましょう」
第4幕【完】