間章3幕『苦海にもがく黒氷』   作:せっせこパパイヤ

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第5幕『戦火呼びし黄金のアポカリプス』①

ゼーレ「ん...んー....」

 

 

長い眠りに着き、真っ黒な世界の中で閉じこもっていたが、ゆっくりと目を開ける。すると木製の天井の光景が目に入ってきた。

 

 

ゼーレ「(ここは......部屋....?)」

 

 

まだ寝ぼけている目を擦り、周りを見渡すと自分が部屋の中で寝ていたことに気づく。静音そのものの空間はカチッカチッと針時計が動く音以外ゼーレの睡眠を邪魔するものはいない。

 

 

窓に目をやると、満月の月明かりが部屋に差し込んでいて、今の時刻は夜だということを判断した。

 

 

寝ている状態からゆっくりと体を起こすと、すぐさまボキボキと骨が鳴る音が響く。ぼーっとしている頭の状態でふかふかの木製のベッドを見ながら、なぜ自分がここで寝ているのか考え始める。

 

 

ゼーレ「(確か最後の記憶はスラサナンタ....。分離した私の魂が再び戻ってきた時に意識を失ったのね......。きっとブエルか旅人が運んでくれたのかな......)」

 

 

「とりあえず外に出て、新鮮な空気を吸おう」、そう思い立った時には既にベッドから立ち上がり、忍び足で部屋を出る。

 

 

そして、階段を降りて、玄関に設置してあるすりガラスの扉を開けた。

 

 

宿から出ると、すぐにスメールシティの大通りに出る。昼は人で混雑しているが、真夜中になると泥酔している男とレポートの締切に追われ、帰路を急ぐ学生時代しかいない。砂漠から飛んでくる肌寒い夜風が微かに靡くのが余計に侘しさを際立たせる。

 

 

ゼーレ「(夜風に吹かれに来たのはいいけど、どこに行こうか迷うわね.......。.....とりあえず噴水の場所に行こう)」

 

 

道の端で爆睡している酔っ払いに若干嫌な顔を浮かべながら、ゼーレは夜のスメールシティに足を運んだ。

 

 

ドアが締まり、明かりが消えている通りは完全に静寂を保っている。そんな様子にゼーレは別世界に来たかのような不思議な感覚になった。

 

 

そんな通りの路地に近づくと、そこから空が姿を現す。思わぬ出会いに空は驚いて、地面に尻もちを着いた。

 

 

空「うわ!びっくりした......。ゼーレか.....」

 

 

ゼーレ「旅人じゃない。奇遇ね」

 

 

空「ここで何をしているの?というか目覚めてたんだ.....」

 

 

ゼーレ「ええ、さっき目が覚めたわ。私はただ気分転換で冷たい風に当たろうとしていただけよ。旅人こそ何をしているの?」

 

 

空「....詳しいことは分からないや。途中で目覚めて、寝れなかったからなんとなく散歩しようと....」

 

 

ゼーレ「へぇ....」

 

 

空「せっかくだから2人で散歩しない?喋りたいことがある」

 

 

ゼーレ「...良いわよ」

 

 

それから2人は歩きながら、世間話をしていた。そうしてスメール港を一望できる噴水広場に到着し、柵に寄りかかる。

 

 

水面には月が反射し、数匹の蛍が浮かんでいて、港の先にある暗い草原からは鈴虫の鳴き声が聞こえてきた。

 

 

ゼーレ「私が気絶した後に宿を手配してくれたのは誰?もしかしてブエル?」

 

 

空「そうだよ。今は彼女を休ませてあげましょうってナヒーダが.....」

 

 

ゼーレ「そうだったのね.....。本当、彼女には頭が上がらないわね」

 

 

空「そういえば体調はどう?前みたいに吐血なんてしないよね?」

 

 

ゼーレ「多分大丈夫....。なんだろう.....生まれ変わったみたいに気分が絶好調なの。おそらく契約が上手く働いている証拠ね」

 

 

空「そっか....それは良かった」

 

 

ゼーレ「これも全部あなた達のおかげよ。ありがとう。あなた達と出会っていなかったらどうなっていたことか....」

 

 

空「いやいや、そんなことないよ。結局君の力で契約を勝ち取って、道を切り開いてきた。最終的に君の意思によって自分を救ったんだよ」

 

 

空の言葉に考える素振りを見せたが、柵に寄りかかっていた体を起こし、空に向き合った。

 

 

ゼーレ「ねぇ旅人。明日私の記憶......過去を見せるわ。なんで私がアビス教団に深い憎しみを持っているか......全部......」

 

 

空「.....!いいの?前みたいになられたら困るけど.....」

 

 

ゼーレ「今までの出来事で心の踏ん切りと整理は着いた......。助けて貰ってばかりじゃ申し訳ないしね。それに私はもう迷わないから。........少し怖いけどね」

 

 

空「......」

 

 

ゼーレ「とりあえずそういうことだから。じゃあまた明日ね。おやすみ旅人」

 

 

空の返事を聞く前にゼーレは早足で宿に帰って行った。

翌日の昼頃、約束通り自分達はスラサナンタ聖処にやってきた。

 

 

ゼーレ「ブエル、例の物は持ってきた?」

 

 

ナヒーダ「ええ、この通りよ」

 

 

ナヒーダは空の缶詰知識を取り出し、ゼーレに見せる。彼女は満足したようで、軽く頷いてからそれを受け取った。

 

 

ナヒーダ「わたくしは別に構わないのだけれども、本当に良いの?あなたのトラウマを再発してしまうかもしれないのに......」

 

 

ゼーレ「旅人に心の整理が着いたら見せるって言ったから.......。それにこれは是非七神であるあなたにも見せておかなければならないテイワットの今後についての情報よ」

 

 

ナヒーダ「テイワットの今後......。あなたがそこまで言うのならば.....わたくしは止めはしないわ」

 

 

手に持っていた空っぽの缶詰知識に力を加えると、記憶の注入が始まった。次第に灰色の結晶は緑色の光を放つ宝石のようなものに変化する。

 

 

記憶を組み込む作業が終了したゼーレは再び缶詰知識をナヒーダに返却した。

 

 

ナヒーダ「あなたは見なくてもいいのかしら?」

 

 

いざ記憶を再現する寸前、ナヒーダが腕を組んで一部始終を見ていたスカラマシュに声をかける。

 

 

スカラマシュ「......。はぁ....。折角だから君の無様な過去でも見ておこうかな」

 

 

渋々スカラマシュがこちらに近づいて、缶詰知識を囲むように輪に入る。

 

 

全員が準備万端な事を察してナヒーダは静かに合図を出した。

 

 

ナヒーダ「さぁ....行くわよ」

 

 

緑色の宝石にナヒーダの草元素を流し込むと、突然光が漏れ始める。そして、その光が自分達を飲み込んでしまった。

現実世界から記憶の世界へ移行する時の感覚はいつまで経っても慣れないものだ。

 

 

黒い世界の流れが手前から奥へと川のように激しく移動したと思ったら、今度は世界が渦のように回り始めた。

 

 

目が回ってしまうので、思わず目を閉じてやり過ごすことにした。だが、数秒もしないうちに誰かに肩をつつかれる。

 

 

恐る恐る目を開けると、目の前には薄暗い部屋の光景が広がっていた。よく目を凝らして観察すると壁や地面、そして天井が精錬された石で出来ている。

 

 

この部屋についてある窓は天井近くに着いている小さな鉄格子のみ。そこから、快晴の光が降り注いでいた。

 

 

空「ここは......」

 

 

ゼーレ「監獄よ」

 

 

突然現れた閉塞的な部屋を目の当たりにした空は自然に声が出た。そこにすかさずゼーレが口を挟む。

 

 

ナヒーダ「監獄....。なぜあなたの記憶に牢獄があるのかしら」

 

 

ゼーレ「.......ここは私が数年過ごした監獄よ。私は父親を殺した後、モンドの外れにある牢屋に投獄された。あ、いや....半分牢獄と言ってもいいのかもね」

 

 

パイモン「ん?どういうことだ?」

 

 

ゼーレ「ここは実質的な更生施設....。モンドで重大な犯罪を行った人は騎士団の管理する牢屋に入れられる.....。人殺しも例外じゃない....。ましてや貴族の当主なんて...。だけど私は未成年だから、本当の牢獄行きは免れたみたいね」

 

 

空「ああ、なるほど.....」

 

 

ゼーレ「さぁ、あれを見て」

 

 

ゼーレがとある場所を指を指す。その先には木の長机が置いてあり、その椅子にもう1人のゼーレが座っていた。

 

 

自分の横にいるゼーレよりも遥かに背が小さく、体格もこじんまりしていることから椅子に座っている少女は幼少期のゼーレだと判断する。

 

 

そんな少女は深刻な顔で俯き、何も置かれていない殺風景な机を見つめながら、椅子に座って誰かを待っているようだ。

 

 

ゼーレ「あれは確かまだ14か15の私だったはず」

 

 

パイモン「えーっと.....何をしているん

だ?」

 

 

その時、部屋の扉の奥から足音が聞こえてきた。その扉をじっとゼーレが見つめながら彼女は言う。

 

 

 

ゼーレ「すぐわかるわ」

 

 

そうすると、コンコンとドアをノックする音が聞こえ、1秒後にはそのドアが開かれるとそこから若い金髪の女性が部屋に入ってきた。

 

 

その人物に気づいた幼少期のゼーレは椅子から立ち上がる。信じられないという風貌でその場に立ち尽くしていた。

 

 

ゼーレ(記憶)『お母さん.....?』

 

 

『ゼーレ.....!』

 

 

2人共しばらくの間見つめあっていたが、後からやってきた看守が催促したので机に座る。

 

 

『ゼーレ、なんて事をしてくれたの.....』

 

 

ゼーレ(記憶)『....ごめんなさい』

 

 

『はぁ....。おかげで私もここ最近てんやわんやよ....』

 

 

ゼーレ(記憶)『今....家はどういう状況....?』

 

 

『......私が見るにもう崩壊から免れることは無理そうね....。ローレンス家の僅かな財産を醜く取り合ってる状況でピリついてる。それに家に恨みを持ってる人達とかが圧力を掛けてきたりしてきて、もうお手上げね....』

 

 

ゼーレ(記憶)『没落....』

 

 

『あの日から翌日に見限って家から消えていく人もいたわ。一応あの人が死んでから、伯父が当主になったけど、あの人ダメダメね....。傍から見てても、雀の涙の遺産を独り占めして、逃げたいっていうのが感じるわ』

 

 

ゼーレ(記憶)『お母さんは....どうするの?』

 

 

『私?そうね....。あの人が散財してくれたおかげで私も一生困らないモラは沢山貰ってるから、フォンテーヌの地方でもひっそりすんでおこうかな.....』

 

 

ゼーレ(記憶)『エル....あ、いやエウルアは?』

 

 

『エウルア?あー....まぁ私の子だからエウルアを連れて行こうとは考えているわ。だけど、いきなりあの子を連れていくのは大変だと思うけどねぇ.......』

 

 

ゼーレ(記憶)『.......』

 

 

『後、あの子一日中寝込んでてあの日の出来事を覚えていないらしいわ』

 

 

ゼーレ(記憶)『えっ......?覚えてないって.....どういうこと?』

 

 

『詳しいことは分からないけど、本当に覚えていない....。どうする?事の顛末全て話しておく?』

 

 

ゼーレ(記憶)『....いや。いいよ』

 

 

『え、いいの?』

 

 

ゼーレ(記憶)『エウルア、多分現場を見ちゃったからショックで記憶が飛んだからだと思う....。だから.....もうあの日のことは忘れて、エウルアにはエウルアの人生を歩んで欲しいと思ってる。私はエウルアに合わす顔がない.....』

 

 

『......そう。じゃあエウルアに聞かれてもはぐらかしておくわね』

 

 

ゼーレ(記憶)『ありがとう....』

 

 

『ふぅ....今日話して置きたいのはこれだけよ。私、忙しいからもう行くわ....定期的に顔出しておくわね』

 

 

金髪の女性が立ち上がり、扉に向かうためにゼーレに背を向けた。

 

 

そんな時、ゼーレは母親に聞こえるか聞こえないかの声量で呟く。

 

 

ゼーレ(記憶)『.....嘘つき』

 

 

『.......?なにか喋った?』

 

 

ゼーレ(記憶)『いや....なんでもない.....。またね、お母さん』

 

 

『そう....じゃあね.....』

 

 

そこからは1回も目線を合わせることなく、ゼーレの母親は早足でこの部屋を出ていった。

 

 

パイモン「い、今のは.....」

 

 

ゼーレ「見ての通りよ。投獄された直後の母親と私の面会」

 

 

空「....嘘つきって言ってたけど.....どういうこと?」

 

 

ゼーレ「聞こえてたか.....。母は定期的に顔を出すって言ってた。だけど、あの屋敷の普段は自分の部屋に引きこもって、娘や家の状況に微塵の興味も示さなかった人よ?そんな人が私を心配するとは考えにくい....。実際、この記憶以降私は母と会っていないの」

 

 

空「そう.....なんだ.......」

 

 

ナヒーダ「......あなたの父親に対する気持ちは知っていたけれど、母親に関しては知らなかったわね.....。あなたは母親に対してどう思っていたの?」

 

 

ゼーレ「母としてではなくただの同居人としか見ていなかったわ。無関心な人に愛情を持つことなんて当時は不可能だった。だけど、今こうして考えると、血の繋がっていない子供に興味を示すことなんて無理だし、さっきみたいに1回だけでも話をしに来てくれたから.....まぁ.....父親よりも何倍もマシだったかな.......。はぁ......さぁ、次に行きましょう?時間が勿体ない.....」

場面が転換して、既視感のある部屋に再びやってくる。ただ先程よりかは多少広く、木の机が1つではなく、幾つか設置してあった。

 

 

この広い部屋でたった1人ゼーレだけが居た。机に肘を立てながら分厚い本を集中的に見ている。

 

 

母親と話していた時よりもさらに成長していて、今のゼーレより少し背が低い程度だ。

 

 

空「ここは... .」

 

 

ゼーレ「ここは自由部屋。まぁ、自由部屋と言っても本と机しか無いけれど....」

 

 

空「なんでこの部屋に居るの?」

 

 

ゼーレ「本を読むためよ。自由度の高い施設だったから私はずっとこの自由部屋の本を読み漁っていたわ。おかげで10周は全部の本を読み終わったぐらいにね...」

 

 

パイモン「へぇ...」

 

 

そんな紙を捲る音しか鳴らない部屋で突然、扉の向こうから走ってくる音が聞こえる。そして勢い良くドアが開いた。

 

 

ゼーレ(記憶)『.....そろそろドア壊れるんじゃない?この前ドア開けたら明らか鳴ったらダメな音が鳴ってたわよ。丁番がダメになってきてる』

 

 

???『また来たよ。暇してた?』

 

 

灰色の髪の女性は手を振りながら、部屋にズカズカ入ってきて、空いてる椅子にどすんと座る。

 

 

ゼーレ(記憶)『暇っちゃ.....暇わね....。自由時間が終わるまでずっとこの本で暇潰しをしていたわ』

 

 

???『ゼーレってずっとそうだよね!本読むだけって飽きないの?暇なら私と一緒に授業受けようって!』

 

 

ゼーレ(記憶)『.....私はいいかな。というかまた汚れてない?』

 

 

そんな灰色の女性はボロボロの機械油がベッタリついた皮手袋、煤で汚れた上着の作業服を腰に身につけている。その上、肌も汚れていた。頭につけているゴーグルはヒビが入っていて、もはや機能していない。

 

 

ゼーレ(記憶)『もう少し、汚れを落としてから来てよ....』

 

 

???『うーん。汚れと怪我は技術者の結晶!てね!』

 

 

豪快に白い歯を見せながら親指を立てる。曇り一つない瞳で見られたゼーレはその楽観のあまり呆気にとられた。

 

 

ゼーレ(記憶)『はぁ....。呆れた。馬鹿じゃないのブローニャ』

 

 

ブローニャ『へへん、馬鹿の方が楽じゃない。.....まあ冗談だよ。この部屋はゼーレしか居ないし、さすがに皆がいる前ではちゃんと着替えるよ』

 

 

ゼーレ(記憶)『つまり、私1人しかいない時はずっとこれが続くってことね.....まぁいいけど。そういえば今休憩時間だっけ?』

 

 

ブローニャ『うん、一時間半ぐらいあるよ』

 

 

ゼーレ(記憶)『それで?今日の授業はどうだった?』

 

 

再び本に目線が落ちると、何気ない会話の話題を投げかける。

 

 

ブローニャ『今日、部品の組み立てと熱がどう移動するかを教えて貰ってた』

 

 

ゼーレ(記憶)『それだけで服がそこまで汚れることなんてあるの?朝、会った時汚れていなかったわよね?』

 

 

ブローニャ『熱入れる作業で、部品が爆発した....』

 

 

ゼーレ(記憶)『爆発ゥ?大丈夫?怪我は無い?』

 

 

爆発という単語を聞いたゼーレは焦ってブローニャの肩を掴んだ。

 

 

あまりにの必死さにブローニャも焦ってしまう。

 

 

ブローニャ『ちょ、ちょっと!大丈夫だって!黒煙が顔にかかっただけだって!』

 

 

ゼーレ(記憶)『そ、そう....それなら良かった....』

 

 

ブローニャ『気にしすぎだよ....。でもゼーレがここまで心配するって珍しいね』

 

 

ゼーレ(記憶)『はぁ....爆発って言うから....』

 

 

胸を撫で下ろしたゼーレは再び本に集中すると必然的に部屋に沈黙が流れた。だが、数分もしない内に突然口を開けた。

 

 

ゼーレ(記憶)『そう言えば.....ブローニャって機械をやたら勉強してるけど、最終的に何がしたいの?』

 

 

ブローニャ『フォンテーヌに行きたいな....!フォンテーヌ科学院の一員になりたい!』

 

 

ゼーレ(記憶)『フォンテーヌ科学院.....名前は聞いたことあるわね』

 

 

ブローニャ『この科学院凄いんだよ?ほら、これを見て』

 

 

そう言うとブローニャが持っていた資料の1枚を取り出し、まじまじと見せつける。

 

 

その紙は端から端までびっしりと小難しい言葉が記されており、左上には白い氷のような物体から火が燃え出ている写真が貼り付けてあった。

 

 

ゼーレ(記憶)『何これ......氷?』

 

 

ブローニャ『氷に見えるでしょ?実はこれ固形燃料なんだよ。燃える氷って呼ばれる物体を人工的に作ったのがこのフォンテーヌ科学院......。すごくない?』

 

 

ゼーレ(記憶)『へぇ......』

 

 

ブローニャ『液体燃料よりも遥かに効率のいい燃料物なんだ。今のところ作るのが難しいのが欠点らしいけどね』

 

 

ゼーレ(記憶)『確かにすごいわね』

 

 

ブローニャ『でしょでしょ?これを見た時この科学院に興味を持ってさ。調べて行くうちに機械が面白そうって気に入った。毎年、機械部門の科学者を募集してるからここを出たら、募集してみようと思う』

 

 

ゼーレ(記憶)『いい夢ね。応援しているわ。頑張れ』

 

 

ブローニャ『へへ....ありがとう!』

 

 

鼻の下を指で擦り、誇らしげな顔を浮かべる。

 

 

ブローニャ『あっそうだゼーレ!これあげる!』

 

 

ブローニャが持っていたカバンから分厚い本を取り出す。

 

 

 

煤と埃で覆われていて、題名すら見えないその分厚い本の保存状態は良くない。

 

 

ゼーレ(記憶)『これは.....?』

 

 

ブローニャ『ある日ね私の独房の机に置かれていた本なの。ゼーレが本好きなのを思い出して、あなたにあげるね』

 

 

ゼーレ(記憶)『え?あなたの所にあった本なのでしょう?』

 

 

ブローニャ『........いいの。ゼーレがこの本に興味があるならあなたにあげる』

 

 

ゼーレ(記憶)『どれどれ.......』

 

 

手の甲で数回表紙に付いた埃を払おうとしても長年積もったものなのか、本のタイトルを識別することは難しかった。中身を軽く見て判断しようと思ったゼーレは黄ばんだページに書かれているものを見始める。

 

 

ゼーレ(記憶)『テイワットの歴史....かな.......』

 

 

ブローニャ『そうだよ.....』

 

 

ゼーレ(記憶)『.....その口ぶり何か知っていそうね。さっき、何かの間違いで本が置かれていたって言ってたのに』

 

 

ブローニャ『バレた.....。そうだよ、本当は本が誰が持ってきたのか知っているんだ....。多分...私の両親だと思う....』

 

 

ゼーレ『あなたの....両親......?』

 

 

ブローニャ『うん....』

 

 

ブローニャが静かに頷くと、心情を吐露し始める。

 

 

ブローニャ『ゼーレ。前にさ、私の家はスネージナヤで地元じゃ有名な司祭と孤児院を運営してるって話したのを覚えてる?』

 

 

ゼーレ(記憶)『ええ。少し前に話してくれたあれでしょ?覚えてるわよ』

 

 

ブローニャ『その家は由緒正しい家計だから、次の当主は子供から選出される。元々そういう雰囲気が嫌だったんだ。司祭も長男から選ばれて、末っ子で女の私は選ばれない。だから、両親も兄弟も私のことを嘲笑ってきた...。孤児院も子供達にはニコニコしているけど、裏側は金に溺れてる腹黒い一族だって知った日にはますます自分の生まれた家を呪ったんだ。だけど、ある日を堺に散々私を虐げてきた両親が擦り寄ってきたの』

 

 

ゼーレ(記憶)『.......それはどうして?』

 

 

ゼーレの問いかけにブローニャは黙った。椅子に足を乗せ、3角座りの隙間に顔を埋めている。

 

 

そんな、いつものブローニャの明るさとは違う雰囲気にゼーレは真剣に話を聞いていた。

 

 

ブローニャ『私以外の兄弟.......全員亡くなった。私が留守番していたある日、悪天候の中、全員乗った馬車が崖から転落して......それで私しか跡継ぎがいない状況になっちゃった.......。そうして家中大慌て。態度をコロッと変えて私を跡継ぎにしようと擦り寄って来た』

 

 

ゼーレ(記憶)『......』

 

 

ブローニャ『もうとにかく親に対しての憎悪とか気持ち悪さが積もりに積もっていた時、

たまたま親がファデュイに見込みのない孤児を売り飛ばして、代わりにファデュイから金を受け取っていたことを知っちゃったんだ。だから私は耐えきれず家を飛び出した。ただただ自由になりたくて.....。まぁ....悪い人に騙されて今ここにいるんだけどね....』

 

 

ゼーレ(記憶)『それで、ある日あなたの独房にこれが置かれていたと?』

 

 

ブローニャ『うん......。長男が必死にこれを読んでいたから、一瞬でわかったよ。諦めきれないんだろうね。牢獄の中で精神がすりきってるから、もう家しか居場所がないって思い込ませたいんだろう....』

 

 

ブローニャ『あの家を飛び出したこと.....これは自分は正解だと思ってた、思い込んでたんだ。鉄格子を眺めている時、こうなっちゃって自分は何をしているんだろう.....自分は果たして前に進めてるのかが、ふと頭によぎって、考える日は沢山あった。それを考える度自分がちっぽけな存在なんだって.....。愚か者なんだって....』

 

 

その時、突然ゼーレは椅子から立ち上がり、ブローニャを強く抱き締めた。見てもわかるようにブローニャが動揺する。

 

 

ブローニャ『ゼ、ゼーレ!?どうしたの?』

 

 

ゼーレ(記憶)『あなたの気持ち分かるわ....。今私も自分を見失っている。だけどあなたを愚者だとは思わない...。確かに失敗したけど、今はこうして前に進もうとしてるじゃない。立派だよ。大丈夫....あなたは頑張ってる1人の人間よ』

 

 

ブローニャ『.....!ゼーレ.....』

 

 

ゼーレ(記憶)『あなたみたいな夢に向かって歩いている人を羨ましく思う。私もあなたみたいになれるかな.....』

 

 

ブローニャ『.....役割を持たずに生まれてこない人間なんていないと思うよゼーレ....。それを自覚した時、人は強くなれるんだ』

 

 

ゼーレ(記憶)『えっ.....?』

 

 

ブローニャ『私が好きだった優しいおばあちゃんに言われた言葉だよ。昔は特に感じていなかったけど、今になると意味のあるものだと自覚できた。だからあなたもいつか見つかるはずだよゼーレ』

 

 

ゼーレ(記憶)『.......役割。ふふっ、いい言葉ね。覚えておくわ』

 

 

2人が離れると、ゼーレはまたページをめくる。そしてブローニャは休み時間が終わるまで資料を眺めていた。

 

 

ブローニャ『あっ....忘れない内にメモ取らないと....。ゼーレ、ペンない?』

 

 

ゼーレ(記憶)『どうぞ』

 

 

ブローニャ『ありがとう』

 

 

渡されたペンで、おそらく授業の資料だと思われる紙に、小難し言葉を書き記した。そんな時、ゼーレが何か疑問になったようだ。

 

 

ゼーレ(記憶)『そういえば、司祭って言うけど....どんな神を祀っていたの?』

 

 

ブローニャ『えーーーっと.....確かイポスルっていう神様だったかな?』

 

 

ゼーレ(記憶)『イポスル......』

 

 

ブローニャ『過去・現在・未来を見通して、未来に影響を与えるっていう言い伝えがある魔神らしいよ.......あーーーっ!』

 

 

喋っている途中ブローニャが突然大声を上げ、椅子から飛び起きる。ゼーレは思わず耳を塞いでしまった。

 

 

ゼーレ(記憶)『な、何?』

 

 

ブローニャ『やばい!あと5分でまた授業が始まる!行かなきゃ!もう私行くね!また後で!』

 

 

ゼーレ(記憶)『あ!私のペン.....』

 

 

ゼーレの声が届くことなく、時刻迫る針時計を見ながらブローニャは慌てて部屋から出ていった。

 

 

ゼーレ(記憶)『まぁ....いっか.....』

 

 

再び静寂訪れた部屋で、予備のペンを取り出すと、机に置いてあった紙に何かを書き込んだ。

 

 

書き終わると貰った本を読み始めた。

 

 

空「今のが....ゼーレが前言っていた獄中の友達なんだね」

 

 

ゼーレ「そうよ、いつの間にか仲良くなった」

 

 

パイモン「さっき紙に書き込んでたけど、何を書いていたんだ?」

 

 

ゼーレ「さっきブローニャが言ってた、イポスルの名前よ。当時、何故か私はこの名前が引っかかってたの。まあ世界樹に刻まれていたイポスルっていう名前を勝手に私が感じ取ってしまってただけなんだけどね」

 

 

パイモン「へぇ.....」

 

 

この記憶はもうすぐで終わりを迎え、徐々に崩壊していくが、ナヒーダは2人の会話に何か考えることがあるようだ。

 

 

ナヒーダ「(役割を持たずに生まれてこない人間なんていない.....。これって彼女と初めて会った時に喋っていた事と近い内容ね。数年経っても忘れていないってことは彼女にとってこの言葉は人生観に大きな影響を与えていたってことなのね......)」

 

 

スカラマシュ「クラクサナリデビ、考え事かい?」

 

 

ナヒーダ「いえ?少し考え事があっただけよ」

 

 

ゼーレ「さっ、次よ次」

暗い部屋から吹き飛ばされ、記憶の渦の中心に飛び込んだ瞬間、そこは砂浜だった。

 

 

雲ひとつない快晴の空。そこを自由に羽ばたくカモメ。砂浜に打ち付ける波。これらはどれも清涼感というものを十分に引き立てているのだ。だが、ここは記憶の世界。涼しい水風を感じることは出来なかったが、青1点すぎる景色のおかげで実際に風が吹けている......そんな感じがした。

 

 

ふと地平線まで続く砂浜に目をやると、すぐ近くにアザラシのような大きな獣が子供と一緒に涼んでいることに気づく。それだけに限らず、青色と赤色それぞれの色をした2匹のカニが歩いていたり、落ちている貝殻に興味を示している白色の鳥達が居た。

 

 

そんな光景をぼーっと見ていた空とは反対にパイモンは突然のことに気が動転しているようだ。

 

 

 

パイモン「ど、どこだよここ....!?オイラ達さっきは監獄の中に居たよな.....?今度は砂浜に来るとかどうなっているんだここは......」

 

 

空「見たことがない光景だね....。どこなんだろう.......」

 

 

海の地平線にうっすらと大きな建物が見えた。目を凝らして建築様式を観察したが、今まで旅してきた国のどこにも当てはまらない。

 

 

ゼーレ「ここは.........正義の国フォンテーヌよ。フォンテーヌは大きな湖周辺にできた国.......そんな湖に接したとある砂浜にあなた達はやってきたわ」

 

 

パイモン「えっ!?ここがフォンテーヌなのか!?すごいな!」

 

 

ここがフォンテーヌだと言うことがわかったパイモンはまだ見ぬ景色に心が踊り、周りを必死に見始めた。

 

 

空「ここがどういう場所か分かったけど、なんでそもそもフォンテーヌに?」

 

 

ゼーレ「すぐに分かるわ」

 

 

するとゼーレが空の後ろを指さす。後ろを見ると、もう1人のゼーレがこちらに向かって歩いてくる。

 

 

現在の彼女と遜色ない身長と体格で、あの時に見た冒険者の服装を来ていた。

 

 

記憶のゼーレはしかめ面を浮かべながら、ひとしきりに海辺を見ながら移動している。

 

 

ゼーレ(記憶)『記憶の限り.......ここなんだけど......』

 

 

そんなことを呟きながらゼーレは自分達を無視してとある場所に立ち止まった。そして、持っていた荷物を軽いくぼみがある岩に隠すと、湖に向かって伸びをしたり、手足を動かして軽い運動し始める。

 

 

数分後、準備運動が済んだのか、勢い良く湖の中に飛び込んだ。

 

空「!」

 

 

パイモン「と、飛び込んだ!?何をしてるんだ?」

 

 

ゼーレ「湖の底に沈んだ遺跡に入るため.....。牢屋から出た後の私はただひたすらテイワットを放浪していたの」

 

 

空「どうして.....?」

 

 

ゼーレ「....あの日のブローニャの言葉が私の脳に絶対に忘れられない程刻まれていたの。ブローニャが先に出て、一人ぼっちになった時にここから出たら役割を探しに行こう......そう考えるようになった。誰にでも役割を持っているのなら、放浪している中で何かを見つけることが出来るかもしれない.......そんな気持ちになっていたわ。そして、興味本位でイポスルが眠っている遺跡にはるばるやってきた.....こんな感じね。それに、律者の力は徐々に成長し続けている。不意に世界樹の記憶が見えてしまうことが多々あったわ」

 

 

パイモン「そうなんだな.......。だから、水中に飛び込んだな」

 

 

ナヒーダ「.....!あなたが言っていた契ったフォンテーヌの魔神とはこのことなのね......!」

 

 

ゼーレ「そうよ。あなたには言ってなかったのだけど過去・現在・未来を見通し、未来を変えるために人を導く......そんな魔神だったわ。そのイポスルがいる遺跡はかつてフォンテーヌを襲った大洪水によって湖の底に沈んだ。その情報を世界樹の記憶から読み取って、遺跡を特定したわ。さて、私の姿を見失わないように追いましょうか」

 

 

ゼーレが飛び込んだ場所に手を伸ばすと、景色が一瞬で変わり、水中にやってきた。

 

 

パイモン「そういえば....フォンテーヌの海は特別だって聞いたな。噂によると神の恩恵を受けてるとか」

 

 

ゼーレ「その通り。神の目があれば、その人は海の中で呼吸もできるし、会話もできる。私も最初は信じられなかったけど、そのおかげで遺跡の入口を見つけることができたわ」

 

 

記憶のゼーレが水苔が生えている建物の入口に積み上げられた瓦礫をどかすと、下に続く階段が現れた。先が見えないほどの暗さだったが、ゼーレはそれを気にせず階段に潜っていく。

 

 

自分達も見失わないよう、階段に続いて行った。

 

 

ロウソク立てと思われるような金具が壁に立てかけられている階段をしばらく泳いでいくと、突然水と空気の境目がようなものが縦方向に広がっている。そこから先は水がないようで、建物の色彩が復活しているのだ。

 

 

有り得ない現象にゼーレは一瞬戸惑いながらも、その境目に手を伸ばし、初めて建物の床に着地をする。

 

 

空「......!水が無くなった....!?」

 

 

ゼーレ「これもフォンテーヌの水の特徴よ。他国とは一線を画す水だからこそできる芸当なのかもしれないわね」

 

 

パイモン「ふ、不思議なこともあるもんだな.....」

 

 

その境目の先は広いホールだった。だが、ホールを支えている支柱にはヒビが入り、隅には瓦礫が積まれている。続く階段の景色が終わったが、どうやら目的地はここではないらしい。

 

 

ゼーレは数多くの部屋を物色しながら、イポスルに会うために遺跡の奥へ進んでいく。

 

 

そして、最後の小部屋に入り、何かないかと探していたが、結局収穫なしだったようだ。

 

 

ゼーレ(記憶)『......行き止まりか。はぁ....魔神戦争でボロボロになった魔神が姿を表しているような真似はしないか....』

 

 

収穫がないことに諦めを吐露し、記憶のゼーレがしょんぼりしながら帰ろうとしたその時、突如として女性の声が聞こえてきた。

 

 

『.....誰か私の悪口を言っていますか?』

 

 

建物全体に響く渡るかのような声量が部屋上部から届いてくる。その突然さに、ゼーレは心臓が跳ね上がるかのような感覚に襲われたことを遠目から見てもわかるぐらいだった。

 

 

ゼーレ(記憶)『!?だっ、誰!?』

 

 

『誰って....。あなたが探していた魔神ですよ』

 

 

ゼーレ(記憶)『........!もしかしてこの声....イポスル....!?姿も見えないのにどこから喋っているの....?』

 

 

『現実世界に姿を現せずとも、私の構築した世界から声を送ることは簡単です。私に何か御用でしょうか?』

 

 

ゼーレ(記憶)『私はあなたに興味があってここにやってきた。声だけでもいいから、私と喋ってくれないかしら?』

 

 

『ふむ.....客人でしたか....。普段はこのような事はしていないのですが........いいでしょう』

 

 

突然、イポスルと思われる声が途切れた。しかし、何事も無かったかのように再び喋り始めた。

 

 

イポスル『......声だけの交流に留めようかと思いましたが、あなたを私の世界に招待しましょう』

 

 

ゼーレ(記憶)『え.....いいの?』

 

 

イポスル『今この瞬間、あなたの立場を知りました。そして、興味を持ちました......。今から出す青白い光に手を触れてみてください。途端に私の世界に入り込むことができます』

 

 

そうすると、洞窟に風が吹き込むような音と共に破壊され何とか原型を留めている机の上に白い光が浮かんだ。

 

 

ゼーレ(記憶)『こ、これは.....』

 

 

イポスル『ふふっ、驚くことはありませんよ。ただの入口です』

 

 

ゼーレは恐る恐る光に触れる。次の瞬間、意識はその中に吸い取られて行った。

輝かしい1等星が映る星空の下、自分たちは砂漠に立っていた。だが、全くと言っていいほどの暗さではなく、遠いところにある光のおかげで自分の手にある手相を確認できる。

 

 

光のある方向を見ると、砂漠の地面から天高く星空を貫くような光柱が出現していた。そのまわりには蛍のような小さな光がその光柱に吸収されている様子が見える。

 

 

記憶のゼーレは星空の砂漠も相まって立ちすくんでいたが、突然、後ろから声が飛んでくる。

 

 

イポスル『ふふ.....綺麗でしょう?』

 

 

ゼーレ(記憶)『うわ.....びっくりした.......あなたがイポスル.....?』

 

 

イポスル『ええ、その通りです』

 

 

ゼーレ(記憶)『なんというか.........その.......予想とは違ったというか.......』

 

 

イポスル『あなたが思っている以上に.......私の姿が矮小.....だったと?』

 

 

ゼーレ(記憶)『え、ええ......』

 

 

声はするも、ゼーレの前にあるには小さな青白い光を放つ球体だった。決して人型ではない。

 

 

イポスル『今のこの姿はほとんどの力と肉体を失い、魂が剥き出しになった結果です。ですが、かつての私は周りの魔神にも負けないほど強大な存在感を放っていましたよ』

 

 

ゼーレ(記憶)『やっぱり記憶と一緒ね。魔神戦争であなたは死んだ.....はずだった。だけど、蘇ってしまい、今はフォンテーヌの海底でひっそりとしていると?』

 

 

イポスル『ほう.......記憶.....ですか.....。ええ、私もかつて岩神と共に戦う戦友でした......。そんな中魔神戦争で命を落とし......。ですが、魂だけは死んでいなかったようです。璃月の水からフォンテーヌの海へと魂が流れていきました。魂だけの存在になった今、昔のように力を出すことが難しく、精神世界を具現化するだけでやっとです』

 

 

ゼーレ(記憶)『........魂が流れることなんてあるのね。ところでここはどこ?それに.....あれは何?』

 

 

ゼーレは依然空を貫く光柱に指を指す。どうやら興味が尽きないようだ。

 

 

イポスル『ここは私の精神世界.......』

 

 

ゼーレ(記憶)『精神......世界?』

 

 

イポスル『誰しもが持つ心の中に眠る世界のことです。心配せずとも、害はありません。それにあなたを閉じ込めたりしません。そしてあの光の柱は......時間の目と私は呼んでいます』

 

 

ゼーレ(記憶)『時間の......目.....ですって?』

 

 

イポスル『虚数の樹....というものを聞いたことはありますか?』

 

 

ゼーレ(記憶)『いいえ?まったく』

 

 

イポスル『まぁ、当然でしょう。虚数の樹とは、葉っぱと呼ばれる世界が幹となる木にくっついてるという概念のことです。このテイワットも葉っぱの1つに過ぎません。そして、この光の柱はその虚数の樹の一部分が欠け落ちてできた物です....』

 

 

ゼーレ(記憶)『この世界が......葉っぱのひとつ.....!?それに世界はまだまだある....ですって......!?にわかには信じられないわ......』

 

 

イポスル『あなた達が見ている星空....実は本物ではなく偽物なのです。つまりは実際に見ているあれは虚数の樹の側面の一部分でしか

ない......そういうことです。そして、あなたの言う通り葉っぱはまだまだ沢山あります.....。このテイワットとは別の世界と時空が存在し、あなたとは全く同じ....だけど行動は何もかも違う......そういう事象が起きているのです。別の世界のあなたは何をしているのでしょうか.......』

 

 

ゼーレ(記憶)『..........』

 

 

イポスル『おっと、話が脱線しましたね。それであの光の柱は過去、現在、未来が見える情報が溜め込まれています。あの周りに浮かんでいる光の粒は記憶の地脈から運び込まれたテイワットの現在の情報が入っています』

 

 

ゼーレ(記憶)『現在の情報が......』

 

 

イポスル『世界樹と同じ役割を持っていますが.....世界樹とは違って私しか認識はできないのですがね.......』

 

 

ゼーレ(記憶)『世界樹.....?何それ』

 

 

イポスル『おや?知らないのですか?』

 

 

ゼーレ(記憶)『初めて知ったわ.......』

 

 

イポスル『.......。なるほど......まだ自覚はしていないようですね.......』

 

 

ゼーレ(記憶)『?何か喋った?』

 

 

イポスル『......いえ』

 

 

ゼーレ(記憶)『そう.......。それで思い出したのだけど、あなた、過去・現在・未来を視ることできるんですって?良ければ私に未来を見せてくれないかしら?』

 

 

イポスル『.....いいでしょう』

 

 

ゼーレ(記憶)『えっ、いいの?』

 

 

イポスル『わざわざ私に会うために海底にやってきた....そんな人に突き返すようなことをしては可哀想でしょう。ここで会ったこともまた運命....。さてあなたに未来を見せて欲しいと仰られましたが、具体的にどのような?』

 

 

ゼーレ(記憶)『.....えーっと』

 

 

ゼーレはイポスルの問いに迷っていた。

 

 

イポスル『....詳しいことは考えてなかったのですね』

 

 

ゼーレ(記憶)『そうね....。実は私の未来はあまり興味が無いの。私には妹がいるから、良ければモンドの未来を見せてくれないかしら?』

 

 

イポスル『ほう.....モンドで...ありますか....』

 

 

ゼーレ(記憶)『もうここ数年、妹には会ってないの。1回妹のことが気になってこっそりモンドを訪れると、なんと妹がモンドの騎士になっていたわ。だから、モンドの今後が気になるの』

 

 

イポスル『....分かりました』

 

 

イポスルは了承すると、光の柱に向き直すと、ふとそこから小さな1粒の光がイポスルの所までやってくる。

 

 

イポスル『これに触れてください』

 

 

今度はゼーレは恐れなしにそれに触れる。すると瞬く間に夜空から快晴に変わり、自分達は森の中にいた。

 

 

空『(モンドの...囁きの森みたいだね.....。.....ん?森......?)』

 

 

空は既視感を感じ、ここがモンドのどこなのか判断する。

 

 

ゼーレ(記憶)『ここが未来の......モンド?』

 

 

イポスル『ええ、あなたが望んだ通り3、4年後のモンドの世界をあなたにご招待しました』

 

 

ゼーレ(記憶)『3、4年?随分と近い未来なのね。もっと数十年後かと思っていたわ』

 

 

イポスル『....そうですか』

 

 

ゼーレ(記憶)『?』

 

 

鳥が鳴く音が聞こえ、黄色の蝶が舞っているこの森は平穏そのものだった。

 

 

ゼーレはそんな景色を見渡しながら、どんどんモンド城へ近づいていく。

 

 

そして、森を抜け、モンド城の姿を見た時にゼーレは思わず腰を抜かしてしまった。

 

 

ゼーレ(記憶)『は......?』

 

 

遠くから見てわかるほど城壁が所々が崩壊し、ひび割れていた。そんな城内からは黒煙が上がっている。

 

 

ゼーレ(記憶)『ど、どういうこと......!?』

 

 

そんなボロボロな状況におかれているモンド城を見た時、既にゼーレは走り出していた。

 

 

そして、モンド城の橋の入口まで来た瞬間、足から肉のような柔らかいものを踏みつけた感触が伝わってくる。恐る恐る視線を下に落とすと、衝撃的な光景が目に入った。

 

 

ゼーレ(記憶)『ひっ....!』

 

 

それは死んだ人間だった。顔だけは何とか判別できる程度に損壊しており、血が死体の周りの草にまで染み出ている。

 

 

これ同じように損傷が激しい死体が山のように地面に積まれていた。目に映るもの全てが腐敗しきった肉塊でいっぱいだった。

 

 

ゼーレはそんな凄惨な現場を目の当たりにし、ゆっくりと後ずさりする。

 

 

そこから逃げるかのように覚束無い足取りで橋をゆっくりと歩いていく。

 

 

ゼーレ(記憶)『はぁ....はぁ....はぁ....エ、エル.....!』

 

 

モンド城の惨状を想像してしまったゼーレは今にも消えそうな声量で妹の名前を口に出すと、モンド城の内部へ走り出していった。

 

 

内部も外と同様に壊滅的な状況だった。家の全てが崩壊して、一般人と思われる死体がそこら中に転がっている。魔物と騎士の亡骸が積み重なった山はもはや赤色の物体としか見られない。

 

 

ヒビが入った窓ガラス。戦った後だと思われる半壊した地面。壁にへばりついた血痕。鎮火したかつて家だった炭の塊。そんな情報が1歩1歩歩く度にゼーレの目に飛び込んでくる。

 

 

震えた脚で1歩を踏み出している中、風神像に来ると、ふと目の前に横たわっている2人の死体に足が止まった。

 

 

ゼーレ(記憶)『ふっ...ふっ....ひっ....ひっ...』

 

 

頭に大きな赤色のリボンをつけている少女とそれに覆い被さり、庇う形で死んでいる青髪の女性。その死体が誰なのか分かった途端、ゼーレの呼吸が壊れた。

 

 

その人が成長している姿を見たことなんてない。だけど、ゼーレはその人が誰なのか分かるのだーーーーー。

 

 

もしかするとまだ何かの間違いかもしれない。もはや振動している手で青髪の女性の肩を掴み、顔を覗く。その途端、今まで見たことがないような顔に歪んだ。

 

 

ゼーレ(記憶)『エ、エ、エル.....。だっ、駄目....エル....!エル!!』

 

 

ゼーレ(記憶)『うぷ....おえええ.....』

 

 

ゼーレはその事実に絶望してしまい、内容物を地面に撒き散らしてしまう。

 

 

ゼーレ(記憶)『お、お、起きて....!お、お願い.......!』

 

 

強く、そして何度揺すっても瞳孔の光を失った人間には意味がなかった。

 

 

ゼーレ(記憶)『あ....ああ....!うああああ''ああ''!!!!』

 

 

イポスル『.....中断します』

 

 

気が狂ってしまったと思うほど泣き叫ぶゼーレに何か思ったのかイポスルは未来を中断した。

 

 

灰色の世界がヒビが入り、再び砂漠に戻ってきた。

 

 

ゼーレ(記憶)『はぁ....!はぁ.....!はぁ....!』

 

 

終わったのに関わらずゼーレは地面に突っ伏して、砂を掻きむしっていた。

 

 

イポスル『....大丈夫でしょうか?』

 

 

ゼーレ(記憶)『....今のは....?』

 

 

ようやく落ち着いたゼーレは砂漠に座りながらイポスルに質問を投げかける。

 

 

イポスル『....アビス教団によってモンド城.....いやモンドが滅亡した未来です』

 

 

ゼーレ(記憶)『アビス...教団.....?』

 

 

イポスル『ええ、500年前の厄災で滅んだカーンルイアの残党によって結成された組織です。七神が統治しているテイワットを恨み、そしてこの統治をひっくり返そうと目論んでいる.....』

 

 

ゼーレ(記憶)『....初めて聞いたわ......そんな組織.......』

 

 

イポスル『アビス教団には黄金の意思を持つ派閥が存在し、その派閥は、魔神...そして天理さえも超える可能性を秘める魔物を作り出しました。そしてその魔物は初めにモンドを牙を剥いて.....』

 

 

ゼーレ(記憶)『.....その未来を変えることは不可能なの?』

 

 

イポスル『可能性は.........あります。ですが確率は限りなく低いです。実は過去・現在の情報は欠片から見れるのですが、未来の情報は起こりうる未来が複数存在し、そして最も起きる可能性の高い未来が見えます。そして、実はこの未来は数百年前から見えていました....。海底に縛られた私ではほかの魔神に伝える手段は無く.....3年後に差し迫った今でも変わらないということは未来を変えることはほぼ不可能です』

 

 

ゼーレ(記憶)『可能性はあるの.....?お願い....どんな手を使っててでもいいから未来を変える方法は無いの....?』

 

 

イポスル『.....あなたは律者でしょう?』

 

 

ゼーレ(記憶)『えっ....?リツ...シャ.....?』

 

 

イポスル『やはり自覚出来ていなかったのですね.....。500年前の厄災によって生まれた負のエネルギーは4分割されたあと、人に寄生します。それが律者』

 

 

ゼーレ(記憶)『そのエネルギーが私の中にああるということ?』

 

 

イポスル『ええ...そのエネルギーは人類に牙を剥くこともあれば、逆に守るために存在すると言えます。あなたの自我が残っている前に運命に抗うこともできるのでは....。ですが、律者の最後は自我を失い、死ぬまで狂い続けるのです』

 

 

ゼーレ(記憶)『......。昔から私が人間の道理から外れた存在ということは自覚していたの。それが律者という力なのね....。ずっとこれについて考えていた.....。私が律者の力を受け継いた....これが運命なのかもしれない.....。やっと分かった......私は生まれてきた役割を.....』

 

 

イポスル『....役割ですか?』

 

 

ゼーレ(記憶)『お願い....!本当に.....!その未来を変える方法があるのなら.....!』

 

 

ゼーレ(記憶)『この力があるから人が傷つくのかもしれない.....この力のせいで自分が絶望に陥るのかもしれない.....。だけど....!あんな未来....絶対に私は受け入れられない....!こんな私でも役に立てるのだと.....知りたいの......!だから....いっぱいアビス教団を殺して....最後は死んでやるーーーー』

 

 

イポスル『......わかりました。この未来を変えるために大きな力を加え、そして行動することによって変えることができます。ですから....まず大きな力によって未来に干渉するために私とあなたの間に契約を結びましょう』

 

 

ゼーレ(記憶)『.....契約?』

 

 

イポスル『あなたの片腕を私にください。そして私の自死と律者の片腕の損失という代価は未来を変えるのに十分だと思われます』

 

 

ゼーレ(記憶)『えっ.....。自死...ですって?そんな.....!なぜあなたが犠牲に.....!』

 

 

イポスル『....実は前からあなたが私の元にやってくる未来を見ていました。そして私はここで死ぬのだと....。それもまた運命なのでしょう.....』

 

 

ゼーレ(記憶)『.....』

 

 

イポスル『それに....私にはもう存在価値は微塵も残っていません。より良い未来に変わるのならば.....この身を捧げましょう』

 

 

ゼーレ(記憶)『......ごめんなさい』

 

 

イポスル『あなたが謝ることはありません。そして先程の話に戻りますが、契約終了後、私の命は消え、この精神世界も崩壊します。そして、石のようなものは落ちています。必ずそれを拾ってください。それには未来を視て、そして時代を巻き戻せるのです』

 

 

ゼーレ(記憶)『.....時代逆行.....!?....分かったわ。私の右腕が消えるだけで変わるのならば.......喜んで.......!』

 

 

覚悟を決めたゼーレはゆっくりと自分の右腕を掴む。

 

 

ゼーレ(記憶)『はぁ....はぁ....はぁ.....』

 

 

ゼーレ呼吸が再び荒々しくなり、汗が垂れてきた。

 

 

空気を口に溜め込むと、ついに左手から斬撃が飛び出し、腕の筋肉を簡単に切り裂いた。

 

 

ゼーレ(記憶)『うっ!ぐっああああ''ああ''あ!!!!』

 

 

思わず耳を塞いでしまいそうな勢いの叫び声と共に、右腕が砂に落ちる。傷口から滝のように血が吹き出していた。

 

 

痛みのあまり目から涙が出てくる。

 

 

止まらない流血の腕を抑えながら、地面に七転八倒する。痛みのあまり、左腕の二の腕に噛み付いたが、それでも神経を貫くような痛みを我慢できず叫んでしまう。

 

 

数分の間のたうち回っていたが、段々と冷静になってきて、地面に大の字になって倒れ込む。必死に呼吸を整えようとすると、心臓の脈が聞こえてくる気がした。

 

 

ゼーレ(記憶)『ふぅ....!!!ふぅ....!!!ふぅ....!!!!!これで.......いいでしょ......!?』

 

 

イポスル『あなたの覚悟....受け取りました』

 

 

ゼーレの右腕はフワフワと空中に浮かぶと、青白い光に吸収される。

 

 

取り込まれた瞬間契約は発動する。イポスルの自死が確定した瞬間、夜空が割れ、イポスルの精神世界は崩壊した。

気が付いたら再び遺跡の小部屋に戻ってきた。冷たい石の床に突っ伏していたので、頭がぼーっとする状態で立ち上がった。血が1滴ずつ滴り落ちる切断された右腕のせいで膝のふるえが止まらない。

 

 

そんな時、ふとイポスルの話しを思い出して、ひっきりなしに部屋の瓦礫をひっくり返し始めた。そしてとある大きな瓦礫をどかすと、僅かに光っている石を発見する。

 

 

灰色の小石だが、その所々に宝石のように青白い光沢を放つ。これが魔神戦争で魂だけの存在になり、その僅かに残っていた力を使い果たした神の残骸だった。

 

 

ゼーレ(記憶)『こ、これが.....イポスルの....残骸.....!これに1回だけ時間を巻き戻すことができるのね....。こんなに小さくなって......ありがとう......。ありがとう......!』

 

 

自分のために犠牲になってくれたイポスルに涙が出そうになったが、それを我慢して、大事にポケットに仕舞った。

 

 

ゼーレ(記憶)『と、とりあえずここを出なきゃ...』

 

 

小部屋の出口にある階段を目指し、フラフラする足取りで進んでいく。

 

 

出血多量のせいで、視界の隅が暗く、真っ直ぐ歩くことさえできない。体を壁に持たれながら最後の段に足を踏み入れた瞬間、急に立ちくらみを起こした。体勢を崩したゼーレはそのまま下のまで落ちていく。

 

 

片腕を失った痛みと転げ落ちた慣れない痛みが全身に襲う。

 

 

ゼーレ(記憶)『うっ....!あっ...これまずいかも....』

 

 

大量出血した体は鉄分が失われていく。それはゼーレでも例外では無い。

 

 

体を動かそうとしても全くと言っていいほど言うことを聞かない。痛みのせいで視界が中央に向けて黒くなっていく。そうして、ゼーレは意識を失った。

 

 

 

 

 

 

ゼーレ(記憶)『うっ.....!』

 

 

意識を失ってしまったゼーレだったが、ものの数十分で復活した。

 

 

気絶している間に腕から血が出ていたようで、ゼーレの体には血溜まりができていた。

 

 

普通の人間は出血多量で死んでいる量だ。

 

 

ゼーレ(記憶)『...なんで生きているのか分からないけど....出なきゃ....』

 

 

何故か先程よりも体が軽い。これならここから脱出できそうだ。

 

 

そこから何とか遺跡を脱出し、片手だけで海中も泳ぎきった。

 

 

砂浜にたどり着いた時には疲労困憊で倒れ込んでいたが、また気絶するかどうか分からない。そのため、すぐに行動に移す。

 

 

砂浜に落ちていた小枝を集め、そこに火をつける。たちまち、濡れた体が温まる程の熱さまで来たことを確認したら、パチパチと火花を散らす炎の中に片手剣の刃を置いた。表面が赤くなるまでおおよそ30分。その間にも腕からは血が流れ出ている。今のゼーレの頭は思考が定まらず、気を抜いたら気絶してしまいそうな勢いだった。

 

 

その時ゼーレの視界に、湖に血が流れた部分にカニとアザラシが集まっていることに気づく。

 

 

それを見たゼーレは、バッグから小さなナイフを取り出すと、1匹のアザラシを捕まえた。

 

 

捕まえられたアザラシは逃げることなく、つぶらな瞳でゼーレを見ていた。

 

 

ゼーレ(記憶)『.....ごめんね』

 

 

ゼーレは一瞬迷ったが、この状況を放置して死ぬのは自分自身だ。

 

 

心を鬼にして、鋭いナイフの刃先でアザラシの皮膚に軽い傷を付ける。すると、鮮血が流れてきたので躊躇無く傷口に口をつけ、血を吸い始めた。

 

 

アザラシは傷をつけられた痛みでジタバタ暴れていたが、それを片手で抑えている。

 

 

ようやく吸い終わったのか、アザラシを解放すると一目散に逃げていった。

 

 

ゼーレ(記憶)『ふぅぅぅぅ.....』

 

 

種が違う動物の血だが、このまま気絶するよりかはましだ。

 

 

ゼーレ(記憶)『お腹下さないかな.......』

 

 

そんな不安を抱えながら元の場所に戻り、赤くなるまで腕に布を巻き付けて待っていた。

 

 

そして、十分熱くなったと判断した片手剣を炎から取り出すと、ゆっくりとそれを傷口に近づけていく。

 

 

焼灼止血法ーーー。昔、読んだ本に出血の止める方法にこれが書いてあって、子供ながらに恐ろしい物だと思っていたが、いざ自分がこれをするとなると、震え上がってしまう。

 

 

 

だが、自分は既に自分の手で腕を切り落とした。恐怖はない。そう自分に言い聞かせ、歯を食いしばりながら目を閉じると、熱した刃を押し当てた。

 

 

ゼーレ(記憶)『うっ.....ぐっ.....』

 

 

肉が焼ける音が聞こえる。それと共に、自分の皮膚が拒絶する痛みを感じた。思わず、痛みに耐える声が溶け出てしまう。

 

 

そうして、焼灼止血が終わると片手剣を離す。傷口は爛れ、見ていられない状況だったがついに血は止まっていた。

 

 

ひとまず安心。そう思ったゼーレは投げ捨てるように片手剣を置くと、地面に横になった。

 

 

ドッと疲労感が襲ってくる。

 

 

ゼーレ(記憶)『ふぅ.....ふぅ.....ふぅ.....。だけど......これで.....』

 

 

そうして、いつしかゼーレは外関係なしに眠ってしまった。

次の記憶はとある森の小道に立っていた。

 

 

風で木が微かになびき、鳥のさえずる音で溢れかえっていた。

 

 

 

なんと平和な光景なんだろう。

 

 

だけど、空はここがどこなのか大方検討がついていた。

 

 

空「ここは......アビディアの森.....だね」

 

 

ゼーレ「.....私の運命は片腕を失った日から動き出した。アビス教団を滅ぼすためには自分が強くならないといけないから、1年間ずっと人が来ないところで練習していたの」

 

 

空「練習を.....?」

 

 

ゼーレ「律者とは何なのか.....。どんな力を持っているのか.....徹底的に洗い出した....。初めは触れないと発動しない斬撃も修行を重ねる内に斬撃を飛ばせるところまで伸ばす事ができた。そして、私は片っ端からアビスを殺し回っていたわ」

 

 

ゼーレ「ある日、ふと石の力を使って未来を覗いて見た。私がひたすら殺せば、未来が変わるのだと。だけど、それだけではダメだった。未来は変わらない....。甘かった....覚悟が足りなかった....。そして、私は1回しかないチャンスを消費して時間を巻き戻したの」

 

 

空「.......」

 

 

ゼーレ「......もう自分自身が鬼になってしまう以外道はないのだと.....。日に日に壊れていく自分と消えていく時間.....。そうして私は全てをかなぐり捨てて、手段を問わなくなって行ったの....」

 

 

ナヒーダ「そうして終焉機のコアの存在を知って、正機の神と缶詰知識を盗んだのね.....」

 

 

ゼーレは静かに頷く。

 

 

ゼーレ「もうなんだっていい....私が後世極悪人だと言われようが....もう....。そうするしかない....自分を捨てようと言い聞かせてきた」

 

 

 

ナヒーダ「なんであの時に.....言ってくれなかったの.....!テイワットの今後に関わる問題なのに.......!」

 

 

ナヒーダは小さな体からは想像出来ない、語尾を強くして言った。

 

 

ゼーレ「.........」

 

 

ナヒーダ「心を鬼にしていたのならば、もうとっくの間に正機の神を盗んでいたはず......。だけど、わざわざわたくしに会いに来て話をしていたのならば少なからず迷っていたということでしょう.....。なぜ、その時に正直に話してくれなかったの......!」

 

 

ゼーレ「私が.......律者だから......」

 

 

ナヒーダ「........!」

 

 

ゼーレ「神に反する存在だったから.......どうせ正直に話しても.....取り扱ってくれないと........」

 

 

そんな時、奥から小道を辿ってくる記憶のゼーレ。対して、反対側から聞こえてくるパイモンの叫び声。

 

 

パイモン(記憶)『う、うわあああ!!助けて!!!!』

 

 

ダインスレイヴ(記憶)『.....静かにしろ。ちっ....囲まれたか.....』

 

 

2人がヒルチャールの群れに囲まれているところだった。

 

 

目から生気を無くし、下を俯きながらトボトボと歩いていたが、襲われそうになっている人間を見つけると、ゆっくりと鞘から片手剣を取り出す。そして、その場から走り出し、ヒルチャールの群れに突っ込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

空(記憶)『パイモンがヒルチャールの群れに囲まれている時に助けられたと?』

 

 

パイモン(記憶)『そういうことになるな.....危なかったぞ.....』

 

 

空(記憶)『パイモンを助けてくれてありがとう』

 

 

ゼーレ(記憶)『........そんな大したことないわよ。じゃあ私は行くわね』

 

 

子株から立ち上がり、その場を立ち去ろうとしたゼーレを空は慌てて呼び止める。

 

 

空(記憶)『ま、待って.....君の名前は?』

 

 

空の問いかけに一瞬ゼーレは口が止まってしまう。

 

 

 

だが、数秒もしないうちに再び喋り始めた。

 

 

ゼーレ(記憶)『.....ヌーヴィアン・メルビレイ』

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