間章3幕『苦海にもがく黒氷』   作:せっせこパパイヤ

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第5幕『戦火呼びし黄金のアポカリプス』③

門を超えて、橋を抜けて、草原を歩いている。ふと、後ろを振り向くとモンド城が米粒程小さくなって見えた。

 

 

今からゼーレは、かつて自分が育った家に向かう。そこは、モンド城が離れたところにあるのだ。

 

 

そして、ゼーレはとある大きな丘の麓にやってきた。額に手を当てて、目元に影を作りながら、丘の頂上を見る。

 

 

そこに屋敷があることが残っていることがわかった。

 

 

ローレンス家の尊厳と偉大さを示すために頂上に置かれた屋敷は十数年たってもまだ存在していたのだ。

 

 

ゼーレ「(良かった.....まだ残ってたか.......)」

 

 

正直ゼーレは内心、もうそれは残っていないと思っていた。母から聞いた、あの日以来の惨状を考えると、むしろ家が残っていること自体不思議だ。

 

 

家が残っているという事実に対する驚きを持ちながら、頂上目指して歩き始めた。

 

 

そうして、15分も歩いていると、とある大きな舗装された道に出る。馬車などが通れるほど幅が広く、それが100mも奥に続いていた。更にその奥には、薄らとだが白い門が置かれている。

 

 

この光景を目にした途端、ゼーレの心は懐かしさ、後ろめたさが混ざりあって、複雑になった。十数年経ったはずなのに、森から聞こえてくるさざめきなどは昔から変わらずそこに存在している。

 

 

あの入口を目指して1歩ずつ踏み出す度に頭の中に思い出が蘇ってきた。

 

 

そして、とうとう門の前にやってきた。

 

 

背の高い門は見に耐えない程錆び付いている。扉は中途半端に開いており、丁番も老朽しているのか動かなかった。

 

 

かつてはこの門は白い塗装が門構えに塗られていて、扉は金色に輝いていた。屋敷の入口として存在感を放っていたが、今はその面影もない。

 

 

ゼーレは人1人入れる扉の隙間から入り、とうとう屋敷へと足を踏み入れる。

 

 

建物へ続く石畳の道は苔が生えている。その左右には雑草が茂っていた。

 

 

使用人が毎週欠かさず、丁寧に管理されていて、自慢の花園があったのだが........。

 

 

よく見ると、蜘蛛の巣がはられていて、もはやここを管理する者はとっくに居ないのだろうと思った。

 

 

ふと、ゼーレは庭の中に生えている1本の木に気づき、足が止まる。

 

 

ゼーレ「(あれは.......)」

 

 

そうして、脳内に蘇ったエウルアとの楽しい記憶。

 

 

父親にバレぬよう、よくエウルアとあの木の下で遊んでたっけ.....。エウルアに本の読み聞かせをしたり、私が作った物語を喋ったり.....。それを聞いていたエウルアがいつしか眠ってしまって、日が落ちるまで頭を撫でてたな........。

 

 

そんな記憶を台無しにしてしまうような杜撰な状態と何しろゼーレはこの景色が気に入っていたのでため息しか出ない。

 

 

無駄に広い中庭を通り、そしていよいよ屋敷の前に立ちはだかる。

 

 

そして、肝心の屋敷は庭よりも酷いものだった。建物の老朽化が激しく、所々にヒビが入り、そのヒビの隙間からツタは生えている。紫色の屋根は、塗装が剥げ落ちていた。

 

 

ゼーレ「(まぁ.........それもそうか........)」

 

 

ゼーレは内心酷い惨状だと思っていたが、いざ見てみると、ただただ建物を見つめているしかなかった。

 

 

どうせなら建物の内部を見ようとして、すぐ隣にある窓に移動する。

 

 

木の枠に収められているガラス窓は後ひと押しで簡単に割れそうだった。

 

 

表面についている埃を手で払い、中を除く。

 

 

ゼーレ「(どうせ、家の中も酷いことになってるでしょ....あれ.....?)」

 

 

外装がここまで酷いから内部はさぞ荒れているのだろうとゼーレは思っていた。だが、予想は大きく乖離しており、綺麗だったのだ。

 

 

まるで、誰かがさっきまで掃除していたかのようにーーー。

 

 

廊下に敷かれている純赤のカーペット、新鮮に咲いている花を飾ってある花瓶、そして、その上に片手剣があるのだが、文句のつけ所がない程、磨きあげられたように掃除してあった。

 

 

ゼーレ「(どういうこと.....?)」

 

 

意味が分からなかった。思わず、その窓から数歩離れ、本当に現実なのかどうか目を擦った。

 

 

すると、その時建物の影から何やら足音が聞こえてくる。

 

 

それを聞いたゼーレは内心ドキッとした。

 

 

ゼーレ「(こんな所に人が.......)」

 

 

その足音の方向を見ていると、家の角から老人が出てきた。

 

 

その老人はかなり歳を取っているようで、折れている腰で頑張りながら、庭に向かって歩き始める。

 

 

手には箒を持っていた。

 

 

箒で舗装された道を1、2回はいたが、自分に向けられた視線に気づいて、ようやくこの老人以外にも人間がいることに気づいたようだ。

 

 

初めこそ突然の出来事に驚いていたが、次第に穏やかな表情になった。

 

 

「そこのお嬢様、興味本位でここに来られたのですか.....?たまに、釣られて来る方がいらっしゃるんですよ......」

 

 

まるでこの場面に何回も遭遇したことがあるかのような対応を見せ、再び箒を動かす。

 

 

ゼーレは誰か一瞬分からなかった。だが、その老人を見ていくうちに正体に気づく。

 

 

ゼーレ「.....!」

 

 

「確かに廃墟に見えますが、幽霊は出たりしませんよ。ここはただただ持ち主を失った屋敷だけです.....」

 

 

ゼーレ「あなた.....!そんなヨボヨボになって....」

 

 

「ん.....?」

 

 

ゼーレの言葉に思わず手を止め、ゼーレの顔を見る。すると、何かに気づいたかのように突然目を見開いた。

 

 

「ゼーレ....お嬢様.....!?ゼーレお嬢様ではありませんか!?」

 

 

わなわなと手と箒が揺れ、ついには箒が落ちた。

 

 

ゼーレ「久しぶりね.....」

 

 

この老人の正体は、父親を殺してしまった日に父親と会話していた人だった。自分が物心つく頃よりも前からローレンス家に仕えてきた執事だ。

 

 

「ああ......!本当にゼーレお嬢様ですな.....!良かった......。死ぬまでにもう一度お会いできて光栄です」

 

 

ゼーレ「私もまさかここであなたに再会できるとは思わなかった.....。元気にしていてよかった.......」

 

 

「ゼーレお嬢様が何故ここに....?」

 

 

ゼーレ「実はお父さんの墓参りに来たの。流石にお父さんの墓ぐらいは.....あるよね?あるのなら場所を教えて欲しい」

 

 

ゼーレが先程買った白いスズランを見せる。それを見た老人は納得したような素振りをした。

 

 

「旦那様の墓石ですか?有りますとも。私めがご案内します」

ゼーレ「気になったのだけれども、窓を覗いた時、屋敷の中が綺麗だったの。あなたが箒を持っていたから、もしかしてあなたが.....?」と、隣にいる老人に話しかける。

 

 

「お気づきになられましたか.....。そうです。私めが月に2、3回程掃除を行っています。さすがに外までは手が回りませんですが.......。昔は外の雑草刈りもしていたのですがね.....。今日は外も掃除しようとした所、ゼーレお嬢様にお会いして....という感じですな」

 

 

ゼーレ「独りで....?他の使用人が手伝ったりしないの?.....というかなんで掃除を.......。今はもうあそこに誰1人住んでいないのでしょう?」

 

 

「勿論、最初は私めが仲が良かった使用人達が手伝ったりしてくれていたのですが、年数を跨ぐ事に、1人....また1人.....いつしか私め独りになってしまいました。そんな私ももう老いぼれ.....一時の趣味にすぎません。それに、私めは最後までローレンス家に仕えると忠誠を誓った身ですので、どれだけローレンス家の尊厳が失われていこうともこの体が尽きるまでせめて.....屋敷の形を保とうと信念を貫いているのです」

 

 

ゼーレ「その真っ直ぐな心......昔から変わっていないようね」

 

 

「そうですか?ありがとうございます」

 

 

ゼーレ「そういえば、お母さんに言われたのだけど、あの日以降ローレンス家の分裂が始まったって聞いたけど本当?」

 

 

「......そうですよ。当主という支えが無くなった瞬間、侯爵も子爵もローレンス家の家紋から逃げていきました.....。屋敷も老朽化し....そうしてローレンス家は事実上の滅亡を果たしました。私めもこうして清泉町で隠居生活を過ごしている日々です」

 

 

ゼーレ「.......。ごめんなさい」

 

 

「ゼーレお嬢様が謝ることではありません。遅かれ早かれ......実感していたことですから.....。おっと、口が達者すぎましたね、申し訳ございません」

 

 

ゼーレ「.......」

 

 

「さぁ着きましたよ。ここでございます」

 

 

老人に案内されること数分、屋敷から逆方向に移動し、とある草原にやってきた。

 

 

前を見ると風立ちの地にそびえ立つ巨大樹が見える。そんな中、ひっそりと1本の木の元に父の墓はあった。

 

 

ゼーレ「これが......お父さんの.......」

 

 

墓石の所々が汚れていて、年季を感じつつも、予想以上に汚れておらず、綺麗に管理されていることがわかる。

 

 

ゼーレ「墓が.....思った以上に綺麗ね。もしかしてこれもあなたが?」

 

 

「ええ....。定期的に掃除しております。ですが、先程仰った通り、私めも歳......。年数を重ねる毎に手に力が入らずあまり綺麗にできなくて.....」

 

 

ゼーレ「屋敷に留まらず、ここまで.....。なんでそこまでするの......」

 

 

「忠誠を誓ったローレンス家の当主様でしたから....。理由はそれだけで十分です」

 

 

ゼーレ「なるほど.......」

 

 

そうして、ゼーレが墓石にしゃがみ、手に持っていた白いスズランを墓の横に置く。

 

 

墓石をよく見ると、真ん中にリヒ・ローレンスここに眠ると小さく刻まれていることに気づく。

 

 

ゼーレ「数年ぶりだねお父さん。帰ってきたよ」

 

 

墓の下に眠っている父親の元に帰ってきたことを報告する。だが、当然だが言葉が帰ってくることは無い。

 

 

虚無の雰囲気の中、優しい風がゼーレの長髪をはためかせる。

 

 

そんな中、ふと老人がゼーレに喋りかける。

 

 

「ゼーレお嬢様......気に召さないのならば申し訳ありませんが、旦那様の事を内心どうお考えでありましたか....」

 

 

ゼーレ「憎かったわよ。子供ながら、この世にこんな醜い人間がいるなんて思ってたわ.....。ローレンス家なんてそんな人だらけ。使用人に限らず、子供でさえもそんな環境に毒されて人格が歪んでいくのを私は直に体験してた。だから、妹だけはそんな人になって欲しくない.....真っ直ぐな心を持って欲しいと思ったの。だから、手をかけようとしたお父さんが許せなかった。命を奪ったことに罪悪感と後悔はある......だけど、この選択は間違えてない」

 

 

「.......」

 

 

ゼーレ「それに......私が定期的にお父さんの墓を掃除するわ」

 

 

「お嬢様が......。私めもお手伝い致しましょうか?」

 

 

ゼーレ「いや良いわよ。あなたはもうとっくに引いた人間....。余生を趣味に費やせばいいわ。これが私なりの命への贖罪だから」

 

 

そこからゼーレは墓石に向かってなにか喋りかけていたが、数分すると立ち上がり、屋敷に帰ることにした。

 

 

次第に森の中から、ホトトギスやアオバスクの鳴き声が大きくなっている。もうすぐで、日が沈む時間帯になるだろう。

 

 

そんな時、ゼーレは影ができている屋敷を見つめていた。

 

 

「どうされますか......屋敷の中を見て行きますか.....」

 

 

屋敷をひたすら見て、思考に耽るゼーレを見て老人は中が気になるのだろうと考え、提案をする。

 

 

ゼーレ「いや.....いい。また、今度にしておくわ」とやんわり提案を拒否する。

 

 

「左様ですか.......」

 

 

ゼーレ「そういえば、お母さんは?あれからモンドに帰ってきたりしていないの?」

 

 

「夫人様ですか?.....いえ、あれからお会いしておりませんね.....」

 

 

ゼーレ「そう.....とことん興味が無いのね。まぁいいわ。また会いに来る....さようなら」

 

 

「....はい」

 

 

門をくぐるゼーレに対して、深々とお辞儀をする。

 

 

帰り道の途中、さっきあったことを思い出した。

 

 

光栄と尊厳が消え去った所にも人が作る人生があって、そこには小さな思いや信念があったのだと......そう考えさせられた。

ゼーレ「あー.........やることなくなったな......」

 

 

そう呟きながら、遠い意識で風立ちの地に生えている巨大樹を眺めていた。

 

 

屋敷から風立ちの地へ歩んでいたが、特にこれと言ったモンドでやることもこれで無くなった。一旦2人に会った後にこれからどうするか相談するべきか....そんなことを考えていた。

 

 

ゼーレ「(後は.....騎士団の上に人間に会えればいいけれど......)」

 

 

早く、事の顛末を騎士団に伝えなければ........。

 

 

半年前に大団長ファルカが騎士団の戦力の8割を引き連れて遠征に行ったと聞いている。そんな戦力不足の状態のモンド城ではアビス教団の抵抗も厳しい。早急に手を打たなければと思っていた。まずは、代理団長とやらに会わなければ.......。

 

 

「よしっ」とそんなことを小さい呟き、再び立ち上がり、モンド城に目指す。

 

 

そんな時、ゼーレはとある光景が目に留まった。

 

 

ここから少し先に岩が盛り上がっている所があって、その上にアビスの使徒とアビスの魔術師が居たのだ。

 

 

ゼーレ「(アビス.......。こんな所に........。本当こいつらはハエみたいにどこからでも湧いてくる....)」

 

 

気づかれぬよう足音を殺して、その場に近づいた。

 

 

その魔物の集団はいつも通り、悪いことを企んでいる.......ではなかった。何やら、1匹のヒルチャール暴徒を取り囲む形で、2匹のアビスは喋っている。取り囲まれているヒルチャール暴徒は斧を地面に起き、大人しくしていた。

 

 

会話しているところにそっとゼーレが自然な形で入り込んだ。

 

 

「くっ、くっ、くっ......ついに完成したぞ.....」と、アビスの魔術師は持っている杖を動かし、高々に笑う。

 

 

見ると、手には禍々しい雰囲気を放つ黒球があった。

 

 

「エネルギー同士をくっつけることが1番難しかったからな.......。独立したエネルギーが存在しているとどうもそれら同士が喧嘩をしてしまう.......」

 

 

片方のアビスの使徒がそう、俯瞰した態度で黒球を見ている。

 

 

「本体から分離させた所から始まり、こいつを複製するまでにかなり時間を要した......。だが、これさえあればアビス教団の力は更に強化される!きっと、姫様のお喜びになられるだろう!」

 

 

更に、アビスの魔術師の杖の動きが激しくなる。

 

 

「さぁ、早く実験を開始しよう」

 

 

「ああ」

 

 

すると、アビスの魔術師は持っていた黒い球をヒルチャール暴徒の体に近づけた。そして、それを押し当てる。同時にヒルチャール暴徒は苦しい声をあげた。

 

 

その球はあろうことか、徐々に体の内部に入り込んでいく。ついに、完全に飲み込まれた時、今までにない悲鳴をヒルチャール暴徒が上げる。魔物が地面にのたうち回っている。そして、数秒もしない内にパタリとその動きが止まった。

 

 

ゼーレ「(死んだ........!?)」

 

 

ゼーレはおぞましい現場にただただそれを見ているだけしかなかった。

 

 

「ちっ.......死んだか......。失敗だ.......」

 

 

落胆した声がアビスの魔術師から聞こえる。

 

 

「体が耐えきれなかったようだな。だが、心配することはない同胞よ」

 

 

ゼーレ「えっと.....これは何?」

 

 

思わずゼーレが疑問に思ったことを投げかける。

 

 

「貴様......知っていなかったのか.....?これはな.......。........ん?」

 

 

「あ.....?」

 

 

自然に返答しようとしたが、2匹のアビスは違和感に気づいたようだ。そして、視線はゼーレへと集まる。

 

 

すぐさま両者が戦闘態勢に入った。

 

 

「ゼ、ゼーレ・ローレンス!?いつの間に!?!?」

 

 

声からでも、その焦り具合がわかる。

 

 

実験に集中するがあまり、アビスは彼女の存在に気づかなかったのだ。

 

 

ゼーレ「こんにちは!!!」

 

 

歯茎を見せる勢いで、悪魔のような笑顔を見せながら、アビスの使徒の肉体を斬撃でバラバラにした。

 

 

だが、尋問のために、アビスの魔術師には斬撃を浴びせなかった。

 

 

「ちっ!」

 

 

それが裏目に出た。仲間がやられたとわかった瞬間、アビスの魔術師が体を翻し、逃げようとする。

 

 

ゼーレ「待ちなさい!!!」

 

 

逃げようとするアビスの魔術師を捕まえるために腕をのばす。しかし、遅かった。アビスの魔術師の体が光ったと同時に、テレポートを使い、その場から逃走した。

 

 

ゼーレ「ちっ......」

 

 

思わず、舌打ちをしてしまう。

 

 

元素の軌跡で追跡しようかと一瞬考えたが、それがもうとっくに遠くに行ってしまったようで、跡を追うことはもう不可能だった。

 

 

ゼーレ「はぁ.......仕方ない.......」

 

 

ゼーレは渋々諦めて、さっきのヒルチャール暴徒を見た。

 

 

やはり、横たわっている魔物は動かない。

 

 

ヒルチャール暴徒の心臓部分に手を当てるが、手に伝わる感覚は冷たさだけだった。

 

 

ゼーレ「(.....脈はなし。完全に死んでいるようね.....)」

 

 

暴れない事を確認したゼーレは、あの謎の黒い球体が食い込まれた皮膚の部分を確認したり、ついでに口の中を覗いたりした。

 

 

ゼーレ「(さっきの黒い物が消えた.....?皮膚下にも、口の中にも残っていない.....。臓物に入り込んだのかな.....)」

 

 

腰に添えていた片手剣の刃でヒルチャール暴徒の腹を切開する。そこに左腕を入れ、脂肪、筋肉そして多数の臓器を弄り始めた。

 

 

ゼーレ「(えーっと.....盈月?喉から入った物体は次にどこに行くんだっけ?)」

 

 

盈月「(ん?ああ.....胃だよ......右側にあるくの字に曲がった臓器....そうそれ.....)」

 

 

ゼーレは盈月に教えてもらった該当する臓器を切り裂いて球体がまだあるかどうか確認する。

 

 

ゼーレ「(......!ない.....!?)」

 

 

球体はもう既にそこにはなかった。そこには消化仕掛けの木の実や肉塊があるだけだった。

 

 

盈月「(えっ......無いって有り得るの?大腸とかにはない?)」

 

 

大腸も同様に見たが、何もなかった。

 

 

ゼーレ「(もしかして......消化された......?)」

 

 

盈月「(こんな数分も経っていないのにあれを吸収するなんて有り得ないよ......)」

 

 

ゼーレ「(いや、吸収されたこその結果なのかもしれないわね)」

 

 

盈月「(?)」

 

 

ゼーレ「(アビス教団の予想ではこのヒルチャールが謎の球体から溢れ出すアビスの力に耐えられなかったからだった。つまりそれは吸収されたこその結果と言えるでしょ?)」

 

 

盈月「(ああ、なるほど)」

 

 

ゼーレ「(はぁ.....分からずじまいか。だけど、何がともあれアビス教団は着々とテイワットの統治をひっくり返すための準備が進んでいる......)」

 

 

手に着いた汚れを近くの池で洗い流そうと立ち上がり、そのヒルチャールに背を向ける。その時、微かにそのヒルチャール暴徒の指が動く音をゼーレが聞き逃さなかった。

 

 

ゼーレ「(ん.......?)」

 

 

再び、振り返った時、あろうことか魔物が動き始める。

 

 

ゼーレ「動いた!?」

 

 

そして、次第にヒルチャール暴徒の体からミシミシと骨を折る音が聞こえ始め、荒々しい息と共に、肉体が成長していく。そして、最終的にヒルチャール王者よりも遥かに大きな魔物に成り果てた。

 

 

それと同時に、臓器がまろびでていた腹は煙によって再生する。

 

 

ゼーレ「傷が.......!それに大きくなってる......!」

 

 

不可解な現象を目の当たりにしたゼーレは思わず立ちすくむ。

 

 

「うっ......ぐっ.....がっ.....!!!たすっ....たすけっ.....た、た、た....!」

 

 

仮面の隙間から涎を大量にあふれている状態で魔物が人間の言語を喋り始めた。

 

 

ゼーレ「(ヒルチャールが.....喋った....!?)」

 

 

盈月「(ヒルチャールが部族の言語以外を喋ることなんてあるの....!?)」

 

 

しどろもどろで、意味不明な言葉を発していると突然魔物が雄叫びをあげる。その声量は今まで見てきた魔物よりはるかに大きな声量だった。そのまま吹き飛ばされてしまうのではないかと思うほどだ。

 

 

そして、そのままゼーレ目掛けて巨大な腕を振り下ろした。

 

 

直撃する寸前、斬撃でヒルチャール暴徒の腕を切断した後、腰から上の肉体を細かい斬撃によって消し飛ばす。

 

 

だが、斬られた瞬間、腰の筋肉が沸騰したかのように急激に泡立ち、消し飛んだ上半身と腕が復活した。

 

 

ゼーレ「!?(一瞬で再生した.....!?なんだこいつ....!)」

 

 

すると、ゼーレを標的にすることをやめたのか、突如怪物が後ろを振り向く。

 

 

ゼーレ「..........?」

 

 

そして、何かに導かれるように、真反対側に向かって走り始めた。

 

 

ゼーレ「逃げた!?待ちなさい!!」

第5幕③[完]

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