間章3幕『苦海にもがく黒氷』   作:せっせこパパイヤ

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第5幕『戦火呼びし黄金のアポカリプス』⑧

ジン「やはりここは遊撃隊か騎兵隊が調査に向かうべきだ.......」と、ジンは言う。目の前には腕を組んだガイアと心配な表情を浮かべているリサが居る。

 

 

巨大な悲鳴は当然ジンがいる場所にも聞こえてきた。すぐにジン達は騎士団の主力と話し合い、どの部隊を聞こえてきた方向へ派遣すべきか話し合っている。

 

 

作業を着々と進めている団員達はボソボソとジンに聞こえない声量で先程聞こえてきた轟音を推測していた。

 

 

ガイア「それに関しては団長に賛成だ。派遣のために正面防衛の戦力を削ることは極力避けたいからな.......」

 

 

リサ「でも些細なことでも信号を送れって釘を刺してた監視塔からは数十分経っても、音沙汰がないわ......。ということは案外何もなかったってことになるじゃない?」

 

 

あの悲鳴が聞こえてから早数十分。リサの言う通り、監視塔からの信号が空に浮かんでいない。だが、それだけで真相究明をスルーするのは危険とジンは考えていた。

 

 

ジン「いや、それはおかしい。信号がなかったとしても、たかが数十分程度でアビス教団の動きが察知できるとは言い難い.....。それに、さっきの悲鳴の詳細が分からない以上その判断を下すのは早計だ」

 

 

ガイア「こうグズグズしている間にも魔物は動き出しているかも知れないぜ......?早く指揮を取ってくれないか?」

 

 

ジン「........そうだな。エウルアがいない今、遊撃隊は戦力不足が顕著だ。ここは騎兵隊に任せるとしよう。ガイア。君が優秀だと思う人材を数人を引き連れて、調査に向かってくれ。.....くれぐれも無茶をしないように。危ないと思ったら即撤退してくれ」

 

 

ジンは蓋の空いている木箱から数個の信号拳銃を取り出し、ガイアに手渡した。

 

 

ガイア「随分と......安く見られたものだな」

 

 

ガイアはそれをゆっくりと受け取り、この場を去った。そして、すぐさま、騎兵隊の中から数人を引き抜いて、作戦の概要を伝えている。

 

 

この場にいる全員が騎兵隊への気持ちは半分応援、半分不安だった。ジンに関しては心の中で3回では足らないほど風神様に祈りを捧げただろう。だが、そんな物はとある1人の団員によって崩れ去り、心が黄色1色に染まる。

 

 

騎兵隊がまさに出発する寸前だった。団員が空に向かって指を刺し、ジンに叫んでいる。

 

 

「ジン団長!信号です!」

 

 

ジン「!!」

 

 

ジンだけじゃない。騎士団の全員が空を見上げる。灰色の空を登る数本の赤色の煙。ーーーーーアビス教団がついに動き始めた。

 

 

それを見たジンはすぐさまガイアに向かって指示を繰り出す。

 

 

ジン「騎兵隊撤退!!!総員、警戒態勢!!!」

 

 

ジンの声が野原中に響く。

 

 

煙に呆気にとられていた者も、作業の手が止まっていた者もジンの号令で操られた人形かのように橋の門番と化した。

 

 

最前線の騎士が武器と盾を持ち、地面に埋められた樽爆弾を爆発させるスイッチを持っている班がジンの後ろで待機している。ジンの合図によって遊撃隊の代理隊長と思われる男がそれぞれの隊員を引き連れて周り込む形で散開していった。

 

 

しばらくの間、静寂が流れた。流れてくる音は風が草原を揺らす音と遠くから聞こえてくる地ならしのみ。誰も喋らなかった。これから起こる出来事を想像すると、喋る暇さえなかった。

 

 

手に持っている物を離さんと強く握り、その隙間から冷や汗が垂れる。誰しもが自分の心臓の鼓動が聞こえている。緊張の息遣いが僅かながらも感じていた。

 

 

そんな中、全員こちらに飛んでくる物体に気づいた。その正体は......空だった。

 

 

勢いよく飛んでくる空は地面に3回バウンドしながら、転がって不時着した。バウンドする事に苦しい反応見せていた。

 

 

ジン「名誉騎士......?」

 

 

ジンは今にも消えそうな声で空の名前を喋る。その場にいる全員がジンと同じような反応を示していた。

 

 

空「痛たたた......」

 

 

そんな空は不時着の際に発生した土埃をかき分けながら出てきた。首裏が痛むのかそこに手を当てている。ゆっくりと周りを見渡していたが、自分に視線が集中していることに気づく。

 

 

ジン「えーっと.....な、何をしているんだ?」

 

 

空は人が居ることに気づくと、血相を変えてジンに詰め寄る。

 

 

空「ジン!もうすぐ魔物がくる!!」

 

 

ジン「安心してくれ。その情報は既に受け取っている」

 

 

焦っている空をとりあえず落ち着かせるために冷静にそう答えた。

 

 

だが、返ってきた言葉はむしろ騎士団を不安に駆り出される物だった。

 

 

空「それってヒルチャールの群れのことでしょ!?俺がいってるのは黒くて大きい魔物のことだよ!」

 

 

ジン「.....!?なんのことだ.......?」

 

 

空「アビス教団が怪物を作り出した怪物が今こっちに向かってーーー」

 

 

ドォンーーー。

 

 

空の言葉は後方に聞こえてきた音でかき消された。空が不時着した時よりもはるかに大きく、重量感のあるものだ。

 

 

黒い物体が勢いよく地面に突き刺さり、土埃を舞いあげる。埃の中からは楕円形の影が浮かび上がっていた。

 

 

そして、それはゆっくりと姿を現す。

 

 

 

ジン「なんだ......!あれは......!」

 

 

おぞましく、人の根幹からの恐怖を煽ってくるような魔物の姿を見た団員はざわめく。

 

 

空「ジン!構えて!あいつだよ!(ゼーレの姿が見えない......。もしかして.....先にこっちが到着しちゃったの.......!?)」

 

 

魔物はあの時と同じように肉体のとある場所が裂けるとそこから口が出現し、ケタケタと笑い始める。あわてふためている現場を見て、嘲笑っている。

 

 

「ギ......ギギギ.......今日ガ......モンド滅亡ノ日ダ.....!!」

 

 

楕円形の物体から数十本の黒い腕が勢いよく飛び出すと、そのまま真っ直ぐこちらに向かってくる。

 

 

その勢いは簡単に強固な陣形を崩したようで、前線にいた団員は一瞬にして蹴散らされた。一気に戦場が人々の悲鳴で満ちる。

 

 

怪物が空とジンの前に立ちはだかると、1本の腕を振り下ろす。空はそれを片手剣で受け止めた。

 

 

空「ぐっ......!(お......重い!!!)」

 

 

受け止めたものはいいものの空の腕にはどっしりと重さが追加されていて、ジリジリと足を後ろに下がっていく。第1形態時よりも遥かに力が強くなっていた。地下での爪の重さは人間が三体分の重さだったが、今はゾウの足が刃に乗っかっていると思えてきた。

 

 

その時、武器を抜いたジンががら空きの胴体を突き刺す。刃は深く魔物の体に入った。しかし、すぐさま新しい腕を作り出し、ジンの体を掴むとボールを投げるかのように橋の地面に叩きつけた。

 

 

ジン「うぐ.....!」

 

 

痛みで小さな呻き声を上げながら橋を転がっていき、塀に衝突する。

 

 

空「ジン!!」

 

 

この手を止めるために必死だった空はジンが投げられる光景をただただ見ているしか無かった。

 

 

今度はジンを投げ飛ばした腕が空の胴体を捉え、当たり前かのように空を持ち上げ、同様に放る。ただ、ジンとは違い、途中で体勢を正し、橋に剣を刺して勢いを殺した。

 

 

2人に圧倒的な力の差を見せつけた魔物の口は更に歪む。

 

 

「マズハ.....貴様カラダ.......!」

 

 

今戦場を支配しているのはこの黒い生物だ。倒れているジンに振り向いて高々に、そして歓喜の声を上げながら、ジンを殺す宣言をした。

 

 

ズシンズシンと1歩ずつ怪物とジンの距離が近づいていく。ジンは未だ叩きつけられた時のダメージが残っているのか迫り来る危機を回避出来ずにいた。

 

 

その時、草原の方向から雷元素の閃光が走った。それは蛇のように団員の隙間を通り、空の顔の横をかすり、黒色の魔物の横腹に直撃する。雷元素が肉体を削り、そこから黒色の液体が四散した。

 

 

黒色にも見えたが、血のような赤色が混ざっているようにも見える。そんなどす黒い液体が橋に池を作っていた。

 

 

だが、魔物の体に開いた穴は2秒もすると穴の断面がグツグツと沸き、再生する。

 

 

「ホウ.......。ドウヤラ、骨ガアルヤツガイルヨウダ.......」

 

 

依然、ニタニタと笑っている怪物はゆっくりと雷元素が放たれた方向を見た。

 

 

リサ「なっ.....!(再生した.....!?)」

 

 

閃光を放ったのはリサだった。意識をジンから逸らそうと放ったのだ。

 

 

再生したことに驚きを隠せていない。

 

 

空「ふん!」

 

 

視線がそっちに向かっているうちがチャンスだ。痛む体を動かして、一瞬で2本の腕を切り落とす。床に落ちた腕は黒煙をあげて消滅した。

 

 

「ギイ.......!!姫様ノ......!片割レ......!!チョコマカト......!!!!」

 

 

明らかな苛立ちを空に向けている。乱雑に腕を複数生やし、それで空を掴もうと動いた。

 

 

だが、空はそれを軽く翻す。

 

 

空「(見える.....!この魔物の動きが.....!)」

 

 

腕の攻撃が止んだことを察知した空が持っていた片手剣を思いっきり突き刺す。今回突き刺した場合は魔物の口だった。

 

 

「グアアアア!!!!」

 

 

今度は効いたようだ。

 

 

「名誉騎士に続け!!ジン団長を守るんだ!!!」

 

 

足止めされている怪物を見た団員達は今こそやらんと次々と武器を持ち出し、騎士団全員を鼓舞した。

 

 

そして、次々と怪物に武器を刺す。だが、それは意味がなかったようだ。

 

 

「邪魔ダ!!!!!!!」

 

 

鬱陶しい蝿を振り払うかのように、腕を振り回し、体を震わせる。しがみついていた団員達は先程の威勢とは裏腹にポケットから小物が落ちるかのように振り落とされる。中には湖に落ちた者も居た。

 

 

「往生際ノ.......悪イ........!!」

 

 

大声で怒鳴ってはなかったが、声の端々に鬱陶しい人間に対する怒りが混じっている。吹き飛ばされていく団員を見ることなく、そう言い放った。そして、自分の口を刺している者を見る。

 

 

「イツマデソノ.....無駄ナ行為ヲシテイルンダ......。片割レ......!」

 

 

空「!」

 

 

空は何か嫌な予感がした。背筋に直接氷を塗られたかのような怖気が走った。だが、遅かった。気づいた時には遥か後方に吹き飛ばされていたのだ。

 

 

空「(これ....!あの衝撃波......!)」

 

 

この攻撃の正体は地下で2度食らったあの謎の衝撃波だとすぐにわかった。

 

 

そのまま、モンド城の門に叩きつけられた。全身に鈍痛と衝撃が走る。ただ、肺が潰れるような感覚はなかった。地下は狭いので、壁と衝撃波の板挟みになったせいで呼吸ができない。今回は逃げ道ができたので、それはなかった。

 

 

強力な威力を誇る衝撃波は一瞬で石橋に大きな亀裂を生む。柵と床を破壊し、崩れ去る音と共に橋が半壊してしまった。

 

 

当然、橋に横たわっていた人間が湖に落ちていく。その中にジンも居た。それを見たガイアは一目散に湖に飛び込み、救出に向かう。

 

 

空「(まずい......!モンド城は湖の上に建てられた場所.....!城を結ぶ橋を破壊されたら、住人が孤立して騎士団の人達が城に入れない......!どうにかしてこの魔物をこの場から引き剥がさないと......!!)」

 

 

陣形はとっくに崩れ去っている。この怪物が城内部に侵入したら負けだ。自分達が死ぬ気でこの魔物に食らいつかなければ。空が息を整え、剣のグリップを強く握ったその時だった。

 

 

バシュンーーー。

 

 

聞き馴染みのある斬撃の音が聞こえた。その斬撃はいとも簡単に黒色の物体を真っ二つにした。

 

 

空「やっときた......!」と、待ちくたびれたかのようにそんな言葉を吐露する。

 

 

ゼーレが森を抜け、草原を駆け、怪物に追いついたのだ。

 

 

地面に倒れ込んでいる騎士団。崩壊した橋。それを目にしたゼーレの足は更に加速する。そして、ようやく橋に到着した。

 

 

「貴様ノ足ヲ.....吹キ飛バシタトイウノニ.....!!コンナニモ.....早ク来ルトハナ!」

 

 

残った肉体に口を出現させ、生ゴミに喋りかけるかのような声色を出す。同時に消し飛んだ部分を再生しようとしている。

 

 

空「(足を消し飛ばした.....!?だからか.....!こんなにもゼーレの到着が遅かったのは.....!)」

 

 

ゼーレの身体能力は人間の域を超えている。たとえ力が弱っていたとしても追いつくのは簡単だろう。だが、足を吹き飛ばしてしまえば、時間稼ぎにはなる。

 

 

空「(確か、ゼーレは斬撃が出ないって言ってたな......。だけど、怪物の腹から出たあとは斬撃を使えてた......。多分だけど、俺の衝撃波のカウンターとゼーレが切り裂いた傷の再生にリソースを割いたから、ゼーレの世界樹への影響力が減ったからなんだろうね......。それでも、欠損再生に時間がかかると思うから、ゼーレがここにやってくるのに時間がかかったのは頷ける......!)」

 

 

「貴様カラダ.....!ヤハリゼーレ・ローレンスカラダァ.......!!!」

 

 

再生し終えた体に突如5個の目が生まれた。全ての目は血走り、見開いて、真っ直ぐとゼーレを睨みつけている。

 

 

地面に横になりながらも事の顛末を見ていた騎士団の団員がさらにおぞましさを増した怪物の姿にギョッとする。だが、ゼーレはそれに反応することなく、ただただ黙ってそれを見ていた。

 

 

無数の腕を目の前の人間に向けて飛ばす。それを軽く回避したゼーレは左手で握りこぶしを作ると、思いっきり怪物を殴った。殴られた魔物はまるでフリスビーかのように高速に回転しながら、100m先まで吹き飛んでいく。

 

 

ゼーレ「旅人!私があいつの相手をする!あなた達は迫り来る魔物の集団を何とかして!」

 

 

空に向かってそう喋り、ゼーレは怪物の後を追う。

 

 

空「......!わかった!」

 

 

空は橋の入口に向かって走り始める。その時、ジャバッと水が打ち上がる音が聞こえた。まだ何とか形を保っている橋の柵から乗り出すと、水面からガイアとジンが浮かんでいるのが見えた。

 

 

ガイアがジンの両腕を掴むとバックストラップキャリーで岸まで引き上げる。

 

 

空「ジン!大丈夫!?」

 

 

岸に上がった2人は息が上がり、口に入った水を吐き出していた。

 

 

ジン「はぁ....はぁ....はぁ....済まない......ガイア.......」

 

 

ガイア「お易い御用だ。今、指示役を失う訳には行かないだろう?」

 

 

ジン「はっ.......そうだな......」

 

 

ジンは未だふらつく体を剣を支えに起き上がった。

 

 

ジン「あの黒色の魔物は.....?」

 

 

空「ゼーレがあいつを引き受けるって!騎士団は魔物の大群をどうにか!」

 

 

さっきよりも大きくなった大勢の乱れた足音。それらが姿を見せるのも後1分もないところだろう。

 

 

ジン「立てれる者は立ってくれ!無理な人は治療班の所へ!」

 

 

「いえ!まだ行けます!」

 

 

そう、蹴散らされた集団が声を上げる。それを見たジンは頷くと再び体制を整えるように指示を出した。

 

 

そして、とうとう魔物が姿を現した。夥しい数の量だ。こんな量の魔物が徒党を組むなんて初めて見た。

 

 

ヒルチャール暴徒が斧を持ち、ヒルチャールが棍棒を持ち、今にも城を襲いかからんとしている。その中にはアビスの使徒やアビスの魔術師も居たのだった。やはり、予想していた通り、魔物の数が段違いだ。ジンも、空も、そして騎士団の団員も全員が唾を飲み込んだ。

 

 

魔物が到着する間にそれぞれの部隊が配置についていたようで、各々が弓を持ったり、大砲の近くに着いた。

 

 

覚悟は決めた。後は死闘あるのみだーーーー。

 

 

その時、1匹のヒルチャール王者がこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。それを皮切りに大群も続いて動き出す。大地を踏み潰すかのような轟音と土をあげている。それはまるで、黒い山だった。それがこちらに向かってくるのだ。

 

 

ジンは本当は今にでも迎撃したかったのだが、手を軽くあげて、団員達に待つように指示を出す。1秒経つ事に人の顔が恐怖で歪んでいくのが見えた。

 

 

ジン「(ダメだ......。焦ってはダメだ.......。ヒルチャールをギリギリまで引き付けて、一気に数を減らさなければ......!)」

 

 

ついに橋と魔物の先頭の距離が10mまで来た時、ジンの手は勢いよく降ろされた。

 

 

ジン「(ここだ!)」

 

 

それを見た人間はすぐさまをスイッチを押した。

 

 

ドォォォォン!ーーーー。そんな爆発音が戦場に連続して鳴り響く。無事に炎元素の樽が起動できた。1つの穴に数十個埋めてあるその地雷は凄まじい爆発力を産む。人間が巻き込まれれば、まず助からないだろう。

 

 

そんな恐ろしいものが魔物に直撃した。被害を受けたヒルチャール達は体が燃え上がっていた。さらに、爆発した箇所は自然の落とし穴に変身する。爆発した魔物、そして、後続の魔物もそこに投入されていく。明らかにアビス教団にダメージを与えることに成功した。

 

 

更に騎士団側にとって嬉しい出来事が起きた。それは回り込んでいた騎兵隊と遊撃隊からの信号。いつでも襲撃可能の合図だ。緑色の煙が複数本、空に向かって舞い上がる。

ジンはすかさずモンド中にその声が聞こえる勢いで叫ぶ。

 

 

ジン「突撃!!!」

 

 

その合図と共に騎士団全員が魔物に立ち向かって行った。

ゼーレ「はぁ.....はぁ....はぁ.....」

 

 

ゼーレはひたすら走っていた。あの怪物の着弾地点まであの数メートルだ。

 

 

普段はこの程度の距離を全速力で走っても息なんて上がらないはずなのに、ずっと体は深呼吸を繰り返していた。汗も出ている。それほど自分が焦っているということだろう。いくら平穏を保っていようとしてもそれは逆効果にも感じられた。だけど、絶望するにはまだ早い。自分にはみんながいる。そう、教えてくれた。

 

 

偶然、璃月で相席した法律家の言葉を思い出す。

 

 

ゼーレ「(起きてしまったのは仕方ない。過去は変えれない.......!ここが踏ん張りどきよ!私......!)」

 

 

すると、徐々にゼーレの走る速度は落ちていく。目の前に舞っている煙の中に影が見えたからだ。そして、完全に足が止まる。

 

 

「ク.....クク.......!随.....分ト......!到着ガ.....遅レタヨウダナ.......。ヒーローハ.....遅レテヤッテ来ルトイウ奴カ?」と、煙の中から声が聞こえてくる。相変わらず疎い言葉遣いだった。

 

 

ついに、姿が煙から現れる。

 

 

ゼーレ「.......誰に対しての?」と、冷静にそう言い返す。

 

 

ゼーレ「(こいつ......考えてみれば再生できる回数が段違いね......。何度斬っても何事も無かったかのように瞬時に修復してる......。私でさえ、欠損再生は一日で15回位で限界なのに......。3つの律者の力が組み合ったからなのかしら.......)」

 

 

そして、ゼーレは自分の左手を見る。

 

 

ゼーレ「(まだ斬撃は使えるか.......。多分、旅人の斬撃と私が内部から破壊したそのダメージが残っているんだろうな......。だから、私は律者の力が使える。蓄積ダメージが完全に消えるまでに私がこいつを屠ることが勝利条件.......!)」

 

 

両者が力強く拳を握る。すると、自然にゆっくりとお互いに歩み寄った。

 

 

ただただ、1人と1匹は睨み合っている。ゼーレは真顔で怪物をまじまじと見ている。対して、魔物は歯茎むき出しで笑っていた。だが、目はなくとも目の前の人間をどう殺してやろうか計画を企ているかのようにも見えた。

 

 

とうとう、黒色の魔物の手は動く。それよりも前にゼーレの拳は怪物の腹に到達していた。

 

 

「グフッ!」

 

 

深く食い込んだストマックブロー。これは刺さった。一瞬、怪物が怯んだ。そのすきに蹴りを入れて、怪物を軽く吹き飛ばす。

 

 

多少耐性が着いたのか、魔物がすかさず体制を取り戻し、黒い腕を伸ばして木の幹を鷲掴みする。それを根事引きちぎり、ゼーレ目掛けて複数本投げ飛ばした。

 

 

ゼーレ「ちっ!無意味なことを......!」

 

 

今更、木を投げつけられた事でどうこうされる訳では無い。もう回避することすらめんどくさくなったので、一直線に向かう。

 

 

木は彼女の体の硬さに負け、簡単に木片と化して行った。

 

 

こちらに迫ってくるゼーレを迎撃するために楕円形の黒い塊からありったけの腕を生やし、数有利で状況を覆そうとする。

 

 

対してゼーレは斬撃ではなく、腰の片手剣でいなそうとしていた。

 

 

ゼーレ「(あともうすぐで浄化の許容量を超えてしまう......!いざって時に斬撃を使わないと......!)」

 

 

盈月との契約による浄化はあくまでも日常生活の範囲のみ。これ以上斬撃を使ってしまうと再び肉体の汚染が開始してしまうのだ。

 

 

片手剣の刃に腕が乗る。次の瞬間、パキンという金属が折れる音とともに刃は砕け散っていった。

 

 

ゼーレ「!?(折れた......!?!?)」

 

 

まさか、この重要な局面で折れるとは夢にも見なかった。お別れは突然やってくる。

 

 

そのせいか、無数のパンチがゼーレの肉体を襲い、彼女は勢いよくモンド城の城壁に突っ込んだ。分厚い城壁で勢いを殺すことは不可能だったようで、壁を貫通し、とある民家の中に不時着した。

 

 

ゼーレ「(びっくりした......。いきなり壊れるなんて......。だけど、ここまで持ってくれただけいいか.......)」

 

 

そう思いながら、ゆっくりと立ち上がる。そして、その机の上に何千匹のアビスの命を奪ってきた片手剣を置き残した。

 

 

ガラスや木、石膏などの瓦礫を乗り越えて、外へ出た。

 

 

ゼーレ「(あの怪物は私と同じ、律者の力とカーンルイアの呪いがある状態。だから、肉体も特別なのね......)」

 

 

目の前にある城壁の穴に1本の黒い腕の手が掴まれ、そこから怪物が姿を現した。

 

 

「ドウヤラ......運ノ女神ハ......私ニ...微笑ンデイルラシイ........!」

 

 

あの憎たらしい口は更に歪む。自分の剣が折れたことに嘲笑っているようだ。

 

 

ゼーレ「ちっ.....」

 

 

ゼーレは人語を話すだけの、人間から到底かけ離れた存在に嘲笑われたことと攻撃手段がひとつ潰されたことに思わず舌打ちをしてしまう。

 

 

ゼーレ「(だけど、剣を折られただけか.....。左腕潰されないだけましね.....。結局は最後まで信じられるのは自分の肉体って訳......?)」

 

 

そして、魔物は蠢き始める。ゆっくりと腕を動かし、穴から這い出て、ついに、モンド城に侵入を果たした。

 

 

魔物が腕を生やす。それを見たゼーレは思わず構えた。だが、その腕でゼーレを襲うわけでもなく、突如として黒い腕をひとつに纏めた。

 

 

ゼーレ「(ん......?)」

 

 

まとめられた腕はひとつの塊になり、そして、鋭い棘となった。それをゼーレに標準に合わせ、発射される。

 

 

ゼーレ「棘........!?」

 

 

その棘は高速で回転しながら、目にも止まらぬ速さで迫り来た。それを回避する。

 

 

ゼーレの真横を通り過ぎた棘は後方の家に直撃した。

 

 

建物が崩れる音がした。家壁の石膏にヒビが入り、窓枠に嵌められたガラスが飛び散る。家の中心の柱が棘によって簡単に折られ、一瞬にして崩壊した。舞った粉塵が消えた頃には屋根しかそこには残っていなかった。

 

 

それと同時に周りから声が聞こえてきた。それはモンド城に住む一般人だった。城壁と家の壁が貫通した音、家が一瞬にして崩れた音に思わず出てきたのだ。

 

 

ゼーレ「(.......!まだ住民が.....!避難のタイミングが終わってなかったのね......!)」

 

 

思わずゼーレは唇を噛み締めてしまう。幸い崩壊した家には人が居なかったから良いものの、これ以上こんな狭いところで怪物と戦えば、一般人にも被害が出るのは明白だ。

 

 

どうすればよいかゼーレの脳内は必死に考えていた。

 

 

結論が出るよりも前に再び魔物が笑う。

 

 

「クッ.....クッ.....クッ......!!ドウスレバ.....イイカ......必死ニ考エテイルヨウダナ......。非常ニ.....アワレ.....。アワレダ......。迷エ.....!必死ニ迷エ......!!!」

 

 

興奮したのか怪物の口調はどんどんと高揚している。そして、1本の腕がゼーレの左側をを通り過ぎていった。

 

 

ゼーレは気づいた。魔物の狙いは自分では無いことに。彼女の少し先には花売りのフローラがいたのだ。漆黒の手はまっすぐとその少女に伸びていく。

 

 

フローラは完全に腰を抜かしており、その場から動けていない。ゼーレは全速力で少女の元へ向かい、なんとかその手を切断して、フローラを担ぎあげることに成功した。

 

 

フローラ「.....!あなたは.....!この前の.......!」

 

 

迫り来る腕に子供ながらに死を覚悟した顔をしていたが、助けられたことがわかると目を赤くした。

 

 

ゼーレ「大丈夫?怪我は無い?」

 

 

ゼーレは笑顔でフローラの心配をする。

 

 

フローラ「うん.....!ありがとう......!」

 

 

ゼーレ「良かった.....。さあ、さっさと逃げて」

 

 

フローラ「に、逃げるってどこに....」

 

 

ゼーレ「........」

 

 

フローラの返答に行き詰まった。すると、ゼーレはキョロキョロと周りを見渡し、とある場所を見つけると、フローラを担ぎ上げたまま移動し始めた。

 

 

「?」

 

 

怪物の真横を最初から存在しなかったかのように通り過ぎ、穴が空いた城壁までやってきた。その1連の動きを魔物はそれを不思議に見ている。

 

 

ゼーレ「あなた泳げる?」

 

 

フローラ「えっ?う、うーん.....できない......」

 

 

ゼーレ「そっか.....なら......」

 

 

ゼーレはゆっくりと左手を湖に向かって伸ばす。掌から放出された冷気が水に触れると、湖が凍り始め、徐々に氷の波は岸まで到達し、氷の橋が出来上がった。

 

 

フローラ「.....!」

 

 

ゼーレ「さあ、まっすぐとここを渡って安全な場所に避難してちょうだい。だけど、絶対に振り返っちゃダメよ?」

 

 

フローラ「ありがとう.....!」

 

 

フローラを優しく地面に下ろすと、幼女は穴から抜け出した。

 

 

「サセルカ.......!!!私ヲ舐ルノモ.....イイ加減ニシロ......!」

 

 

すぐさま、横から魔物の声が聞こえる。怪物は諦め悪く、黒い腕をフローラに伸ばすがすかさずゼーレがそれを跳ね除けた。

 

 

「!」

 

 

ゼーレ「......舐める?」

 

 

一瞬だった。その場から魔物に一気に詰め寄り、憎たらしい黒色の物体に打撃を食らわせた。

 

 

「グアハ.....!」

 

 

それが相当効いたのか、口からどす黒い液体を大量に吐く。

 

 

ゼーレ「あんまり人間舐めるんじゃないわよ......!」

 

 

ゼーレの声には怒りや苛立ちが混ざっていた。眉間の皮膚の下にはうっすらと青い筋が見えている。

 

 

たった一撃で体制を崩した魔物に攻撃の手を止めることはなく、続けて2発目、3発目とサンドバッグかのように殴っていく。その度に怪物は血反吐を吐いた。

 

 

そして、蹴りによって今度はゼーレが黒色の魔物を城壁を貫通させる勢いで飛ばした。

 

 

「グオオオワアアアアア......!!!!」

 

 

ゼーレ「(さっきのフローラみたいに全員は助けれない....!だけど、これで住民はやっと避難する気になったはず......!とにかく今は時間を稼げなきゃ.....!それに時間はかけられない......。刻一刻と私から力が消えていくのが感じる......。もうやるしか......!)」

 

 

ゼーレの内心で覚悟は決めた。そして、自分の内側にへばりついているもうひとつの魂に喋りかけた。

 

 

ゼーレ「盈月。契約の時間よ」

 

 

5-8[完]

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