間章3幕『苦海にもがく黒氷』   作:せっせこパパイヤ

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第5幕『戦火呼びし黄金のアポカリプス』⑨

すぐには返事が返ってこなかった。だが、ゼーレはそれを指摘することなく、返答を待つ。そして、返ってきた。

 

 

盈月「(......いいの?)」

 

 

返事を待った割に返ってきたのはたったの3文字だ。だが、その3文字の中にいろいろな感情が芽生えている。

 

 

ゼーレ「(ええ)」

 

 

ゼーレも短く返事する。

 

 

盈月「(......わかったよ)」

 

 

この瞬間、二人の間で契約が結ばれた。

 

 

数秒もしないうちに契約が働いていることを実感する。周りがゆっくりと動いている感覚に襲われた。魔物によって壊された建造物、衝撃に驚いて逃げていく鳥達もいつもとは違う遅さに感じている。実際に遅くなったわけでは無いが、ただただ漠然とそうなっていると自信が湧いてきた。

 

 

周りの時間がゆっくりと流れ、ゼーレはそんな世界で1人ぼっちで立っている。この世界を掌握したような気分だ。

 

 

そして、次には心臓の鼓動が脳に乱反射してきた。その音は次第に大きくなり、間隔が短くなっていく。

 

 

ドクン.....ドクン.....ドクン、ドクンドクンーーーー。

 

 

緊張故の鼓動では無い。急速に全身に元素を染み渡すために鼓動が早くなっているのだ。

そうして、ゼーレの胸に小さな亀裂が走った。そこから汚染された黒い霧が盛れ出している。

 

 

盈月「(どう.....?力がみなぎってきた?)」

 

 

ゼーレ「うん.......。絶好調」

 

 

全てが心地よくなったゼーレが1歩ずつ歩を進め、そうして怪物の目の前にたった。

 

 

ゼーレはこの瞬間、何者かになったーーー。

 

 

その違和感は怪物も実感している。

 

 

「(......?ナンダ......?チカラガ......増エテイル......?)」

 

 

人間に吹き飛ばされ、立ち上がった頃にはゼーレの雰囲気が様変わりしている。ゼーレの周りを包む空気がねじ曲がっているような......。蜃気楼がそこにはある......。そんな錯覚を覚えさせる勢いだ。

 

 

そうして、ゼーレはゆっくりと拳を構えた。それと同時に怪物もそれを受け止めようと構える。

 

 

そして、ゼーレの拳を動き始める。だが、その動きはゆっくりだった。一般人でも簡単に避けられそうな程だ。魔物は欠伸が出てしまいそうだった。

 

 

雰囲気とは裏腹に情けない攻撃に怪物は内心油断しまくっている。

 

 

ーーーだが、そんな気の緩みも気ごと吹き飛ばされることになった。

 

 

拳が黒い手のひらに触れた瞬間、衝撃波が魔物の体を駆け巡り、それは最終的に外に放出される。その衝撃は勢いのあまりシールド湖全体を大きく揺るがしていた。衝撃地から逃げるかのように波がシールド湖の水面を走る。岸にぶつかった波は大きく地面に打ち上がった。

 

 

当然その衝撃の余波は空気の弾みとして空達の所へ届いている。

 

 

魔物を数十体ほど葬った所、空気の塊が直撃したような感覚がした。

 

 

空「!!」

 

 

倒れこそしなかったものの、思わずそれが飛んできた方向を見た。

 

 

空「(何......!?今の......!)」

 

 

気を取られてしまったが、ジンの言葉に再び戦場に集中して行った。

 

 

世界の空間をねじ曲げるかのような力を直で食らってしまった怪物は腕が吹き飛び、大きな図体に大きな穴を開けられていた。口は痛みで歪み、隙間から大量の黒い液体を吐き出している。

 

 

それは一瞬だった、怪物は何が起きたのか理解していない。思わず、地面に倒れ込んでしまう。

 

 

「(ナ......ナ......ナンダ.......?何ガ.....起キタ......!?)」

 

 

理解不能な現象を脳内で結論を出すことは不可能だ。それよりも、体が言うことを聞かない。それをゼーレが見逃すはずがなかった。

 

 

ゼーレは魔物の口に自分の腕を突っ込むと、そのまま城壁に叩きつけ、壁に擦り付けるかのように怪物を横に押し上げる。そして、再生した体に追撃のパンチを食らわした。

 

 

その打撃の勢いが凄まじく、怪物は城を超え、湖を超え、モンド城からかけ離れた所まで吹き飛ばされて行く。

 

 

飛んでいく怪物を追うためにゼーレも飛んで行った方向に走り出した。

 

 

為す術なく空中を飛んでいく怪物は今の攻撃がなんなのか理解する。

 

 

「(ソウカ.....!アレハ.....タダノパンチダ......!打撃ダケデアノ様ナ威力ヲ.....!!!!)」

 

 

そう、ただのパンチだった。元々人間からかけ離れた身体能力をしている彼女は契約によて、更に力を増した打撃を繰り出している。その打撃の衝撃波がモンド全体を揺るがしていた。

 

 

まるで風のように吹き飛んだ魔物は山に突っ込んだ。

 

 

「(クソ......。ココハ.......)」

 

 

立ち上がった怪物は周りを見渡す。モンド城から大分遠ざかった場所のようだ。石で囲まれた城の輪郭が豆粒程度しか見えない。

 

 

今すぐに反撃をと思ったが、目の前にゼーレが立ちはだかった。思わぬダメージに怯んでいる怪物を前に左拳を強く握っている。まるで道端に落ちている石ころかのように無表情で魔物を見つめていた。胸の亀裂は相変わらずドクンドクンと音を鳴らしている。

 

 

「(急激ニ......チカラガ増シタ......。ナンダ......アノ謎ノ亀裂ガ.....関係シテイルノカ.......?)」

 

 

黒く輝く亀裂、そしてそこから漏れ出す黒い霧。それらは全て最初からあった訳では無い。急激なパワーアップにあれらが関係していると踏んでいた。

 

 

ゼーレが左腕を伸ばす。そして、その腕を天高くあげた。

 

 

腕から発射された2本の斬撃はX字に交わり、魔物が対応できないスピードで直撃する。勢い付いた斬撃は魔物の体を貫通し、背後の山でようやく消滅した。

 

 

巨大な2本の斬撃は大地に大きく刻まれる。斬撃によって割れた大地は地平線まで続いていた。

 

 

「(斬撃ノ......威力ガ.....増シテイル.......!)」

 

 

律者の斬撃は世界樹による妨害、そして、地下での戦いで威力がガタ落ちしている。だが、今のゼーレから発せられる斬撃は全てが以前よりも逆に威力が増している。斬撃1つ1つが地形を変えるほどの力を持っているのだ。

 

 

陸地という紙にハサミを持った子供が自由に遊んでいるかのように斬撃によって山々を削り取っていた。

 

 

心臓は精神と肉体の境界線ーーー。そこに亀裂を入れることによって精神世界から湧き出る力を効率的に排出している。通常はアビスの侵食を浄化しているが、一時的にそれを中止し、契約によって2人で世界樹からの力の生産効率を極限まで上げている。その結果、世界樹のオーバークロックが発生し、段違いの力を得る。斬撃に限らず、身体能力までが跳ね上がっている状態になった。

 

 

力が雲泥の差の状況で怪物の体は簡単に引き裂かれている。まるで、まな板うえの食材だった。

 

 

「調子ニ乗ルナヨ小娘ガァァァァ!!!!!!」

 

 

ついに激昂した怪物が斬撃をすり抜け、ゼーレに襲いかかる。だが、彼女はものともせず、冷静に1本の斬撃でそれを対処する。

 

 

魔物の体を貫通した斬撃は後ろの山を切り取り、ゼーレはそれを持ち上げた。

 

 

素の状態でもデーヴァーンタカ山の巨大な遺跡守衛の腕を持ち上げれるゼーレにとって、山を持ち上げるのは息を吐くよりも簡単なことだ。

 

 

モンド城よりも大きい岩石をトンカチかのように怪物めがけて振り下ろす。直撃した瞬間、それは粉々に砕け散った。

 

 

重さに耐えきれなかった怪物は山に押しつぶされ、地面に黒い池が出来上がっていた。だが、数秒もしないうちにその池から化け物が誕生する。

 

 

ゼーレ「!!(すり潰したはずなのに再生した.......!明らかにこいつおかしい....!!再生という域を超えてる......!)」

 

 

「ククク.....イクラ斬ロウトモ無意味ナコトガ.....理解デキタカ?」

 

 

誕生一番に憎まれ口を叩く。そして、肉体から伸びた真っ黒な腕は地面に突き刺さり、巨大な岩の塊を持ち上げた。

 

 

それをゼーレ目掛けて投げつける。瞬く間に斬撃によって岩を賽の目に切り刻んだ。その時、ゼーレは見た。岩の隙間から真っ直ぐに飛んでくる黒い腕を。

 

 

ゼーレ「!」

 

 

咄嗟に致命傷を避けたが、その物体はゼーレでも完全に避けきれないスピードだった。彼女の脇腹に掠り、そこから血が勢いよく吹き出す。脇腹の肉を掠め取り、血が付着した腕は盛大な音を出して、崖に激突して行った。

だが、1秒も満たないスピードでゼーレの脇腹は再生する。

 

 

ゼーレ「(今のは.......!?黒い腕が飛んできたように見えるけど.....)」

 

 

「ホウ.......ヨケルカ.......(ダガイイ.....!調整ハスンダ.......!!!)」

 

 

怪物の内心で何かを決定づけた。すると、次には魔物の楕円形の肉体は細くなっていく。

 

 

ゼーレ「......!細くなって......」

 

 

全方向から圧力をかけられているように棒の細さまで変形していく。次の瞬間、怪物の姿は消えていた。残ったのは消えた時に発生した突風だけだった。

 

 

ゼーレ「(消えた.......!)」

 

 

急いで周りを見渡し、姿を確認しようとしたが、見ることができなかった。元から存在しなかったかのように不気味なほどあちらからアクションを起こしていない。

 

 

しかし、ゼーレは気づいていない。背後には既に魔物が衝突しに近づいていることに。

 

 

突然、ゼーレの背中に魔物の体が激突する。体に痛みが駆け巡った。マッハ7にまで加速した塊がゼーレの背中に衝突したのだ。

 

 

ゼーレ「うがっ.......!」

 

 

高速の物体は極限のエネルギーを生み出す。例え、強化中のゼーレだったとしても流石にこの攻撃には口から血を吐き出してしまった。筋肉を潰し、骨を粉砕する。怪物はゼーレを鷲掴みにしながら地面を引きずり回し、崖の断面にぶつけた。極限のエネルギーの衝撃によって崖に波紋の亀裂が生まれ、粉々に破壊される。

 

 

崖の崩壊と共にゼーレが地面に倒れ込んだ。

 

 

ゼーレ「(何......今の......!急に消えて、急にぶつかってきた......!!!)」

 

 

まだ痛みが残る背中を抑えながら、何事もなかったかのように立ち上がる。

 

 

魔物は再び消えていた。

 

 

ゼーレ「........!」

 

 

ふと、真上に過ぎった恐怖。それ同時に本能がそれを回避せよと危険信号を送ってくる。儘に顔を上に向けると、黒い点が一直線に、そして徐々に大きくなっていくことに気づいた。

 

 

それを全力で避ける。だが、完全には避けきれなかったようで、足が加速した物体に巻き込まれ、右足の骨が粉砕された。

 

 

ゼーレ「ぐっ....!」

 

 

亀裂の余波でゼーレの体が地面を転がる。一回転して立ち上がった時には既に折れた右足が再生した。

 

 

「ヨケルナヨ.....。イイカンジノ攻撃ダッタノニ.......!!!」

 

 

そして、魔物の姿が消える。

 

 

逆にゼーレは目を閉じた。真っ暗な世界に入る代わりに五感がいつもより感度が跳ね上がる。

 

 

最高潮に研ぎ澄まされた鼓膜には風が木を揺らす音、石ころが地面に落ちる音、心臓の鼓動の音が届いてきた。それに加え、モンド城で戦っている音も聞こえてくる。だが、そんな雑音でも掻き消せない、微かに空間を縦横無尽に動いている異物の音を拾った。間違いない、これはあの魔物が出している音だ。

 

 

巨大な肉塊が高速で木々をするりと抜け、こちらに差し迫っている。それは電光石火のようだった。

 

 

ゼーレ「(体を細長くして、風抵抗を少なくし、何かしらの方法で高速移動を可能にしている......。しかも、私でも捉えられないほどの.....)」

 

 

ゼーレはそう判断する。

 

 

四感の感度が向上している状態で目を閉じていても、段々と暗闇から物体が見えてくるような錯覚に陥った。色は決してない。だが、線の集合が形を成している。

 

 

魔物は勢いよく上空に滑翔し、ゼーレに狙いを定め、スピードを上げていた。

 

 

「(動キガ....止マッタ.....?妙ダナ.......。マアイイ、コノママゼーレ・ローレンス二風穴ヲアケテヤル........!!!!)」

 

 

そして、ゼーレと魔物の距離が100m以内に入った時、ゼーレは突如目を見開いて、勢いよくジャンプした。

 

 

「!?(ナンダ......!?)」

 

 

勢い良くジャンプすると、迫り来る怪物の方向を向いて拳を構える。傍から見ると、何も無い所を捉えているように見えるが、ゼーレの瞳には飛来している黒色の物体が映っている。

 

 

契約によって得た力はパワーだけでは無い。動体視力もそこに加わっている。2度の攻撃によって完全にゼーレの目は高速移動を捉えられるほどにまで慣れてしまった。位置さえ特定してしまえば後は殴るだけだ。

 

 

ゼーレ「ここ!!」

 

 

そして、左拳に力を集中させ、思いっきり振りかぶる。すると、手に物体を殴った感触が伝わってきた。

 

 

マッハ7を一瞬で停止させる腕力と高速移動の慣性で地面に一直線に墜落していく。勢い付いた魔物が地面と接触した瞬間、巨大なクレーターが出現した。

 

 

「ク、クソ!(コレモ対応シテクルカ!ゼーレ・ローレンス.......!)」

 

 

1秒でも隙を与えてしまっては再び消えられてしまうかもしれない。クレータが出来上がった時には既に魔物のところに接近してい

た。

 

 

魔物はこの作戦を諦め、2本の巨大な腕で迫り来るゼーレを攻撃する。だが、その次の瞬間には全身が凍らされていることに気づく。

 

 

「コオリ.......!?イツノマニ.....!!!!」

 

 

ゼーレは己の足から地面へと寒波が伝播し、魔物の体に氷がまとわりついた。その凍てつく寒波は怪物にのみならず周辺の森にまで広がっていく。そして、寒波が氷を具現化して行った。ゼーレと魔物の周りがドラゴンスパインと同様の極寒の世界に様変わりする。連なった新緑の大木は粉砂糖がかかったように雪が積もり、リシュボラン虎の牙よりも長く、鋭いつららができていた。巨大な斬撃によって形成された谷は底が青黒いヒドゥンクレバスに変化する。そして、口から吐き出される白い息は朝霧よりも純白だ。

 

 

だが、魔物の体は芯までは凍っていなかった。すぐさま、周りを覆っていた氷にヒビを入れ、脱出しようと試みる。

 

 

そこにすかさずゼーレが飛びつく。そして、魔物の口に噛み付いた。

 

 

「!?ナニヲ.....!!」

 

 

ゼーレが思いっきり、口から空気を吐き出す。すると、魔物の内部に冷気が入り込み、瞬間に怪物の体は芯まで凍りついた。息の冷気だけで凍結させたのだ。

 

 

続いてゼーレは左腕を天高く伸ばす。すると、怪物の周りの地面からミシミシと亀裂が入り、そこから巨大な氷が出現する。それは、モンド城がすっぽり入るほどのサイズだった。

 

 

ゼーレ「(セットアップは完了した.....!こいつを今度こそ消し飛ばす.....!今度こそ........!!!)」

 

 

ゼーレすらも凌駕する高度な再生能力。それを凌ぐには塵すらも残らないように消滅させることだった。そこで繰り出されたのは圧縮した炎元素の球だった。

 

 

冷たいゼーレは手は一瞬にして紅色に燃え上がり、炎が1箇所に集中する。放たれた炎球は一直線に氷山に向かい、それが暴発した。2度目の巨大な火柱が灰色で覆い尽くされたモンドの空を貫いた。

 

 

高温度の熱によって体が焼かれ、徐々にすり減っていく肉体。再生能力よりも火力が上回った。だがーーーー。

 

 

「(ダガ.....私ハコレデハ......シナン!!!!)」

 

 

確かにこの炎は怪物に有効打だ。だが、炎の時間は足りなかったのだ。それを魔物は理解していた。

 

 

ゼーレの火柱は瞬間的に全てを焼き尽くすが、分単位で燃え続けるわけではない。10秒も経てば時間とともに緩やかに収束していく。

 

 

火の勢いが和らいでいくのを感じた怪物は密かに反撃の行動を開始する。しかし、ふと自分の周りを覆っていた氷にふと違和感を感じた。

 

 

「(コレハ........!!!氷ガ......モエテイル........!?)」

 

 

なんと氷が溶け始めるところか、徐々に赤みを帯び始めたのだ。周りの炎と連鎖に自ら熱を帯びるように、内部からオレンジ色の円が広がっていく。そして、ついに耐えきれなくなった氷は内部から爆発四散していった。

 

 

炎の欠点は理解している。精神世界での戦いを通して、ゼーレは更なる改良を施していた。火が爆発的に広がると同時に溶解反応のエネルギーを持ってして氷が爆発するようにした。これによって第2の炎は第1の炎で焼き殺せなかった物への最後のトドメとして機能する。瞬間火力の第1の炎、連鎖爆発が四方八方に飛び散る第2の炎で効果範囲内に存在している生命や無機物を確実に焼き尽くすーーーー。このアイデアはかつての獄中の友人ブローニャの燃える氷から発想を得たのだ。

 

 

四方八方に燃え広がる炎の渦中に立っているゼーレは目の前にあった生命の反応が消えたと察する。それと同時に炎と爆発が消滅した。

 

 

この火は地下で射った火柱よりも強い。見渡す限り白煙と石の世界に成り果てていた。この日モンドの大地には2個の大きな穴が出来上がった。

 

 

煙を草むらかのように手でかき分けて、怪物が立っていた場所を確認する。そこには何も残ってはいなかった。元々存在しなかったかのように.......。

 

 

ゼーレ「(や、やった.......)」

 

 

炎によって完全に怪物を消滅仕切ったことを実感したゼーレの身体中から疲労感と達成感が湧いてきた。そして、地面に膝を着く。

 

 

ゼーレ「ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!!!はぁ......はぁ......はぁ......」

 

 

地面に向かって3回ほど勢いよく咳き込んでしまう。心臓の鼓動が激しい運動をした時よりも早い。息も切れていた。心臓を上下から引っ張られているような痛みも感じる。

 

 

契約の代償は必ずやってくる。浄化を一時的に止め、さらには律者の力をふんだんに使ったのが原因だ。ゼーレの体は一気に汚染されてしまった。盈月との契約前による汚染の吐血のように体が悲鳴をあげている。

 

 

さらには、ゼーレの鼻からぽたぽたと血が滴り落ちてくる。その血は熱された石に落ち、ジュッという音を発した。

 

 

ぜーレ「.......!血が.......」

 

 

盈月「(鼻の毛細血管が傷ついてる......。この様子だと臓器も血が出てそうだね......。予想していたことだけど.....。アビスの侵食も契約前よりもはるかに酷い.....。これじゃ、なんのためにあなたと契約したか分からないじゃん.......)」

 

 

少し寂しげな口調でゼーレの脳内に話しかける。

 

 

ゼーレ「(.....ご、ごめんなさい)」と、気まづそうにそう返答する。

 

 

盈月「(まぁいいよ.......。あなたはそんな人だって嫌という程わかってるから.......)」

 

 

ゼーレ「でもこれで.......自分は決着がついた........!早く.....旅人のところに行かなくちゃ.......。みんなが戦ってる.......」

 

 

そうして、ゼーレは未だ悲鳴をあげている体に喝を入れ、立ち上がる。そして、モンド城に急いで帰還しようとした時。

 

 

ドクンーーーー。

 

 

心臓の鼓動と似た音がかすかに聞こえてきた。それは盈月にもゼーレにも聞こえたようだ。

 

 

盈月「(今のは........?)」

 

 

ゼーレ「.......まさか!」

 

 

その嫌な予感は的中した。心臓の鼓動音はどんどんと早くなり、そこから生命の気配を漂わせている。そして、その方向の煙の中から声が聞こえてきた。

 

 

「ザンネン......ダッタ.......ナ........!!!!!」

 

 

ゼーレ「嘘.....でしょ......!?」

 

 

その声はゼーレにとって絶望を誘うものだ。

 

 

「ワタシノサイセイノウリョクハ.......スコシ........チガ.......う......。律者.....のコンカンカら.......湧き出るものだ......」

 

 

あの煙の中で何かが違っていた。これまでならば、不器用で喋っていたのが今度こそ本当に人間が喋っているかのように思える。

 

 

それと同時に白煙からメキメキという音が聞こえてきた。それは骨が折れたり、肉が引き裂かれる音に近い。

 

 

「私の魂は3つの律者の力に分類される......。それぞれ違う力を兼ね備えていてな......。そのひとつに超再生を持っている。これはたとえ貴様の斬撃の力を持っていたとしても何事も無かったかのように再生する.....!今までのものは無意味なのだ........」

 

 

そんな音と共に白煙に映る影も大きくなっていく。腕の影、足の影、骨の影そんなものが塊が飛び出したり、引っ込んだりと、それを繰り返していった。そして、ついには人影になったのだ。人よりも何倍も大きな影だ。

 

 

足音が聞こえる。煙の中から1本の灰色の腕が出てきて、霧をかき分ける。とうとう、全貌か明らかになる。

 

 

黒色から灰色へ。楕円形の肉体から人型へ。人間よりも遥かに大きく、そして筋肉質の怪物がそこにはいる。胴体から4本の腕を生やし、剣より鋭い爪を生やした魔物は不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

ゼーレ「.......!姿が........変わった......!?」

 

 

明らかな形態変化。この急激な変化は先程の地下でも体験している。虫の形態から楕円形の黒い魔物の形態になった時におぼつかない言葉を話していたが、今度は完全に、そして流暢に言語を話しているのだ。

 

 

ゼーレ「(3回目の進化.......!?)」

 

 

ゼーレの予想は的中していた。この魔物はアビス教団の愛寵を受け、呪いを受け止め、そして、アビスの王としてゼーレの目の前に立ちはだかっている。

 

 

その時、ゼーレの脳内でふとイポスルの言葉を思い出した。

 

 

ーーーーー『アビス教団には黄金の意思を持つ派閥が存在し、その派閥は、魔神...そして天理さえも超える可能性を秘める魔物を作り出しました。そしてその魔物は初めにモンドを牙を剥いて.....』ーーーーー

 

 

ゼーレ「(この魔物がその......!)」

 

 

意思によって孕んだ怪物が今羽化した。その事実によってゼーレは絶望の2単語に埋め尽くされる。目の前で着々とあの未来の実現が進んでいる。

 

 

そんなゼーレを放置して魔物はこの世に生まれ堕ちたことを狂ったかのように歓喜していた。

 

 

「気分がいい.....!非常に気分がいいぞ!!!この世を操っているかのようだ.......!!!ただただ今は心地がいい!!!天上天下唯我独尊.......!私こそが......!この世の律を為すものだァァァァァ!!!!!!!」

 

 

4本の腕を自分の体に纏わせ、体をクネクネと揺らし、喜びを表現する。

 

 

「あぁ......喜ぶ前に貴様に感謝するべきだったなぁ.....?」

 

 

まるで嘲笑うかのように口角をあげ、品定めするかのようにゼーレを見つめる。

 

 

ゼーレ「な....なんで........!確かに私はーーー!」

 

 

「ククク......まぁ待て......」

 

 

ゼーレが喋り終わる前に怪物が途中で割り込んだ。

 

 

「皆まで言うな.....。なぜ生命反応の停止を察知したのになぜ生きてるのか.......?貴様が聞きたいのはそれだろう?」

 

 

ゼーレ「.......!」

 

 

「図星のようだな。いいだろう.....教えてやる。確かに私は貴様の炎のせいで死にかけた.....。それは事実だ。だがな、貴様が見ていたのはあくまでも本塊だけなのだ」

 

 

ゼーレ「塊.......?」

 

 

「死にかける直前、進化前の肉体の中に残っていた核を脱出させ、火の粉と共に飛散させた。人間ではまず目に見えないサイズの核だ......。今はないが、その核のおかげで私は超再生の能力を維持できている。貴様は気づかなかったようだな......!核の存在に......!」

 

 

ゼーレ「核ですって.......!?.......あっ!」

 

 

彼女はなんの事か分からなかったが、一瞬、あることが心に引っかかる。

 

 

炎が充満している中、ふとゼーレの真横を通り過ぎて行った粒を見た。違和感を持ったが、ただの飛来したエネルギーの類だと結論づけてスルーした。

 

 

まさかあれが核だったとは.......。

 

 

「今まで吸ってきたヒルチャールの魂を一気に燃やし尽くすことによって一時的に爆発的なエネルギーを得ることができた......。そこからは簡単だ。再生によって今の肉体を形成してしまえばいい。火に焼かれている途中で感じたのだ......。力の核心というものを.......。力とは何かを.....!そして、私は進化した.......。その点に置いては貴様に感謝せなばならない」

 

 

1歩ずつ、1歩ずつと地面に軌跡を残しながらゼーレに迫る。

 

 

「人間としての尊厳も......。律者としてのプライドも........!へし折ってやる......。当然貴様の心もな.......。全てを踏みにじった後に殺してやるよゼーレ・ローレンス........!!貴様に敬いを持って存在を抹消する......!!」

 

 

ゼーレも覚悟を決めて、ゆっくりと怪物へ近づいていく。だが、ゼーレは気づいていない。自分が思っている以上にピンチに陥っていることに。

 

 

怪物が1本の腕を構え、ゼーレに打撃を仕掛ける。それを切り落とそうとした。汚染しきっている体に喝をいれ、何とか斬撃を放とうとする。しかし、それが出ることは無かった。

 

 

ゼーレ「(!?)」

 

 

契約の代償は使用後に急激に汚染される.......だけではない。オーバークロック終了後、一時的に斬撃だけに限らず、再生能力を含めた全ての律者の力が使用不可となる。

5-9[完]

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