間章3幕『苦海にもがく黒氷』   作:せっせこパパイヤ

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第5幕『戦火呼びし黄金のアポカリプス』⑩

隙が生じたゼーレの胴体に岩のように大きい拳が容赦なく打ち込まれる。

 

 

ゼーレ「がっ.....!」

 

 

あばら骨の各所に鈍痛が走る。打撃の衝撃で骨が折れてしまう程この拳は効いた。

 

 

「ひとつ....いいことを教えてやろう........」

 

 

ゼーレが怯み、怪物は4本のうち1本の腕を向ける。

 

 

「元素反応は元素同士は消滅してしまうが、反応で生じたエネルギーは消えない.......!!地下からこのモンドに来るまでに起こした衝撃波はまさに元素反応のエネルギーだ。もちろん一つだけじゃない........。一瞬にして何百回とエネルギーを生み出して、そして放つ.....。威力は凄まじいぞ?」

 

 

思わずゼーレが構える。だが、遅かった。

腕から発射された衝撃波はゼーレも反応できないスピードで大地を駆け巡る。地面の土を細かく切り裂き、深い亀裂を生み出した。

 

 

ゼーレは見えない壁にぶつかったかのように吹き飛ばされていった。更地になった大地を超え、森を超え、シールド湖の水面を水切りのように跳ね、遥々と城の壁を貫通し、そして、家に突っ込むことでようやく停止した。

 

 

壁の窓を突き破り、地面に倒れ込む。床にガラスの破片と木片が散らばり、石膏の粉やホコリが漂う。数秒もしないうち立ち上がると胸のすぐ下からズキンズキンと痛みが伝わってきた。

 

 

そこに手を当てて、その痛みがなんなのか探る。

 

 

ゼーレ「(内出血.......?いや.....あばら骨が折れてるのか.....。2、3本かな......?さっき殴られた時に折れたのね.....)」

 

 

素人目線の解析と同時にもうひとつの魂に話しかける。

 

 

ゼーレ「(.......盈月?)」

 

 

今にも消えそうな声で名前を言う。だが、一向に返答はない。

 

 

ゼーレ「(返事はなし......。折れた骨が一行に治らないということは再生能力も斬撃も使えないのね......。代償を見誤ったな......。体が汚染されるだけだと思っていたのに)」

 

 

その時、外からドォォンと質量ある物体が落ちる音が響き渡る。魔物だ。魔物があの距離からとうとうこの城に再び足を踏み入れたのだ。

 

 

絶対的な優勢という愉悦を手に入れた怪物はニタニタと嘲笑が止まらない。ゼーレもゆっくりと歩を進め、建物の外へ出た

 

 

ゼーレ「(戦いの最適解は、のらりくらりとこいつを抑えながら、律者の能力が復活するまで耐える......もしくはこいつの突破方法を模索するか......それしかないわね......。だけど、こいつに何度炎と斬撃を当てたところで超再生とやらのせいでチャラにされる.....。復活したところでの話か......。そう考えるとやはりこいつの弱点を何とかにみつけださないとね.......)」

 

 

「私の強さに圧倒されて言葉も出ないか.......?もしくは私に殺された時の言い訳を考えているか........」

 

 

ゼーレ「まさか」

 

 

「(ほう......傷が治ってないな.......?あの圧倒的な力の代償としてゼーレ・ローレンスは一時的に斬撃と再生能力を失っているのか.......。だとすると、やつは今、力が呼び覚まされるまでこの私に時間稼ぎするつもりだろう......。クッ、クッ、クッ.....いいだろう。その前にゼーレ・ローレンスを殺してやる.......!!)」

 

 

すると、怪物の4本の腕はそれぞれ周りに落ちた城壁の残骸を持ち上げる。人よりも遥かに巨大な岩をゼーレに向かってなげつけた。

それを回避したゼーレは急接近を果たし、そして、灰色の腹に向かって左拳を打ち込んだ。

 

 

「ぐっ......」

 

 

怪物は一瞬怯んだ。だが、すぐさま1本の腕がゼーレの細い腕を掴む。

 

 

ゼーレ「!(効かなかった.....!?)」

 

 

「いつまでその1本しかない木の枝みたいな腕で戦うつもりだ?」

 

 

虫の羽を掴むかのように木の幹並に太い指でゼーレの腕を圧迫していく。その時、反撃としてゼーレは自分の足を振り上げ、容赦なく魔物のこめかみに蹴りを入れる。

 

 

灰色の魔物は勢いに負け、数メートル後方まで吹き飛んでいく。

 

 

ゼーレ「残念3本よ」と、勝者の喝采かのよう、笑いながらそう答える。

 

 

そして、ゼーレの視線が己の履いている靴に移る。

 

 

ゼーレ「(自分の肉体を駆使しないと正直負ける......。足も積極的に使わないと......。となるとこのブーツも動きにくいなぁ.....。仕方ない)」

 

 

そう判断したゼーレは自分の黒い靴を脱ぎ、今たっている場所から戦いの余波が届かない近い場所に移動する。

 

 

ゼーレ「(ブエル、ごめんなさい.....今はあなたの貰ったものはしまっておくわね)」

 

 

懇切丁寧に、そして足を揃えて地面にその靴を置いた。

 

 

隙間に土埃が溜まっている石畳に素足の裏を擦り合わせ、戦いのセットアップを始める。

 

 

そんな中、ゼーレは城の様子を見て、とあることに気づいた。

 

 

ゼーレ「(思えば、さっきとは違って住民が見当たらないわね......。よかった、時間が稼ぎができた......。これなら多少無理な動きができる.......!!)」

 

 

先程とは違い野次馬がいない。きっとゼーレが作った氷の橋で避難ができたのだろう。

 

 

最後にアキレス腱を伸ばすと前方に登っている煙に向かって走り出す。それと同時にその煙の中から魔物が出現した。

 

 

「いい加減に.....諦めろ!!」

 

 

魔物がそう叫び、接近するゼーレに2本の拳を飛ばすと、ゼーレは避けることなく、1本の腕を体全体で受け止めた。

 

 

ゼーレ「せーのっ!!」

 

 

城全体に響く掛け声と共にゼーレは腕を離さず鉄棒のように体を宙に浮かばせた。すると、一回転が終わると同時に掴んでいた怪物の腕が回転し、腕の根元から筋肉が捻じ切れた。

 

 

「グアアアァァァアアア!!!」

 

 

ブチブチと肉が引きちぎれる音が響き、怪物の腕はちぎれる。断面からは勢いよく黒い血が吹き出した。

 

 

「貴様ァ!!」

 

 

ゼーレ「結局最後に残る武器は肉体ってわけね!!」

 

 

怪物は怯んだ。チャンスだ。腹に打撃を打ち込み、更には顎に膝蹴りをする。そして、最後にドロップキックをすると、魔物は商人が運んできた台車に突っ込んで行った。

 

 

台車が重量に押し潰され、かぼちゃやきゅうりが地面に散らばる中、閃光が一瞬走ったのをゼーレは見逃さなかった。

 

 

閃光が消える瞬間、野菜と煙を貫通して高速で雷元素のレーザーがこちらに飛んでくる。完全に予想していなかった攻撃だった。直撃しそうになったが顔を少しずらし、回避した。

 

 

レーザーはゼーレの顔をすり抜けると背後の階段に直撃する。

 

 

ゼーレ「(危ない......!今のは......雷元素!?)」

 

 

直撃した雷元素は小さな爆発を起こし、モンド城の中央通りの階段が消滅させた。押し潰した台車の上で指先から雷元素を放ったのだ。指先からは白い煙が立っている。

 

 

ゼーレ「(そうか......!元素反応のエネルギーを放っているのだから、元素そのものを使えてもおかしくは無いわね.......!)」

 

 

 

「驚いているようだな.......。私は完璧で究極の生命体だ......。元素を使えて当然......!!」

 

 

そう自信満々で声を荒らげる。壁を支えに立ち上がった。そして、近くにあった台車を鷲掴み、乱暴に目の前の人間に投げつける。それを足で破壊したが、逆に怪物の接近を許してしまった。

 

 

空中に舞う木片を巻き込みながらゼーレの胸目掛けて拳を打ち込む。

 

 

ゼーレ「うっ.....!!」

 

 

打撃の痛みとは別に骨が折れる痛みがゼーレを襲う。更に肋骨が折れてしまった。

 

 

「ほらほら!!!そんなものか!?!?!?」

 

 

痛みで怯んだゼーレを許すわけがなく横腹に容赦なく強烈な蹴りが入る。横にあった家の窓ガラスを突き破り、内に入り込んだ。

 

 

家の壁に打ち込まれた穴から侵入し、地面に倒れ込んでいるゼーレを見つけると、腕を掴み、ボロ雑巾のように振り回し、穴目掛けて叩きつけた。

 

 

外に飛び出したゼーレはモンド城の中央にある噴水に直撃した。

 

 

ゼーレ「ゲホッ.....ゲホッ......!!ちっ.......」

 

 

衝撃によってシリンダーの根元から破壊された噴水は制御を失い、スプリンクラーのように周辺を濡らす。体が濡れていくゼーレは立ち上がろうとしたが、その時ズキンと内側からの鈍痛に、不意に膝をついた。

 

 

ゼーレ「.......!(まずい......体が悲鳴上げてる......。骨が折れたからじゃない......。あいつの打撃はただのパンチじゃないわね.....。パンチすると同時に小さな衝撃波も放ってる....。そのせいで打撃の威力も増してる.....。ちっ.....厄介この上ないわね.......!)」

 

 

「痛みを気にしている場合か?」

 

 

ゼーレ「!」

 

 

気づいた時には迫り来る足裏。蟻をふみつけるかのようにゼーレを攻撃しようとしていた。それを転がりながら避け、立ち上がった時痛みとは別のものがゼーレを襲う。

 

 

ゼーレ「ガッ!!」

 

 

急に湧き出てきた吐き気。為す術なく口を開けるとそこから大量の血が流れ出てきた。地面には血の池が出来上がる。

 

 

ゼーレ「.......!?」

 

 

ゼーレ・ローレンスが思っている以上に体の侵食は進んでいる。数週間前の死にかけの状態よりも更に汚染が激しく、全身がボロボロなのも相まって体は既に限界を迎えていた。

それを嬉々として受け取った怪物は笑い声を上げながら、ゼーレに重い一撃を食らわせる。

 

 

先程よりも激しさを増した打撃によって斜め上方向に吹き飛ばされたゼーレはいろいろな建物を貫通しながら、教会前にある風神像に衝突する。その衝撃のせいか、風神像の片翼にヒビが入り、そしてゼーレの頭に降ってくる。その石の翼は完全に粉々になってしまった。

 

 

ゼーレ「はぁ.....はぁ.....はぁ.......」

 

 

必死に呼吸を整え、悲鳴の吐血を何とか収めようと冷静になる。

 

 

「もはや哀れとしか言いようがないな」

 

 

壁をよじ登り終えた怪物はゼーレの姿を見て、そう嘆く。内臓がやられ、骨が折れ、体と服がボロボロになりながら、地面に血を撒き散らす姿がまさに哀れとしか言いようがなかった。

 

 

「なぜ、そこまで抗うのだ?人類が築き上げてきたものなぞ、砂の城に等しい.......。500年前もそうだった......。貴様ら人間はーーー」

 

 

ゼーレ「勝てないって言うつもり?」

 

 

魔物の講釈が終わる前にゼーレがすかさず口を挟む。足を震わせながら立ち上がり、仁王立ちの怪物を睨んだ。

 

 

ゼーレ「人間は滅びる運命にあるって言うつもりなのかしら.....。はっ....!ふざけないで。勝つのは私''達''よ」

 

 

ゼーレの口から出てきた言葉は圧倒的な劣勢の状況に似つかないものだった。それは強がりでも怪物に対する挑発でもない。心の奥底から湧いてくる自信を基に発せられた言葉だ。信じてやまないと感じる真剣な目を灰色の生物に向けている。

 

 

それを受けた怪物は恒例となった嘲笑をせず、ただまっすぐとそれを受け止めていた。強烈な違和感を感じていたからだ。

 

 

「(なんだ......?この違和感は.......?)」

 

 

歯に物が挟まったようにゼーレのその態度に強烈な異物感を確かに感じ取った。寧ろ、不快感さえ感受するようになってきたのだ。その理由は怪物はまだ知らない。

 

 

「(まあいい......)」

 

 

きっとなにかの勘違いだ。無理やりその気持ちを押さえ込んだ。

 

 

「やはり威勢だけはいいな.....貴様は......。いいだろう......その取るに足らない虚勢を張ったまま死んでいけ」

 

 

そして、かねてより考えていたことを思い出して怪物は内心でほくそ笑んだ。

 

 

「(ゼーレ・ローレンスははっきり言って異常者だ......。どんな劣勢になっても、どんなに痛みつけても次にはへっちゃらな雰囲気を出している。攻撃で無理ならば.......こいつの心を折る.......!!!)」

 

 

1本の腕を出し、ゆっくりとゼーレを指さした。

 

 

「貴様には......確かエウルアという妹が居たな.......?」

 

 

ゼーレ「......!どうしてそれを......!」

 

 

「可哀想な奴だ......。その女は今貴様の世界樹の中で夢を見させられている......」

 

 

ゼーレ「........!?夢.......!?」

 

 

「あまりにも哀れだ......。この私が解放してやろう........!!」

 

 

ゼーレ「まさか.......!!!」

 

 

ゼーレは嫌な予感が過ぎった。それは合っていた。

 

 

怪物はゼーレに背を向けると一目散に騎士団方向に走り出す。

 

 

ゼーレ「待て!!!!!」

 

 

すかさずそう叫びながら、ゼーレも後を追う。

 

 

ゼーレ「はぁ.....はぁ.......はぁ........!!」

 

 

もう必死だった。ひたすらに足の回転を早くして何とか怪物に追いつこうとする。

 

 

灰色の魔物が騎士団前に到着すると、腰を低くして、大きくジャンプすると、騎士団本部2階部分まで届いた。続いて、その部分に打撃を打ち込み、自分が入れる程の穴が出来上がる。

 

 

ゼーレ「(あの場所は確か救護室......!エルがいる場所がわかるの.......!?くっ.......!間に合って!!)」

 

 

ゼーレもその場から予備動作なしにジャンプして、壁に出来た穴に入った。微かに魔物よりも先に救護室に足を踏み入れる。

 

 

救護室は縦長い部屋で、壁際に一定間隔でベッドが設置してある。エウルアは怪物から1番遠い位置で寝ていた。他に人はいない。

 

 

打撃によって生じた衝撃は床に壁の残骸を散乱させ、近くのベッドを転倒させた。ベッドそばに置いてあった花瓶は粉々に砕け散り、水溜まりを作っている。

 

 

ゼーレがエウルアの位置を見た。だが、それと同時に魔物もそれを見ている。2人は一目散に駆け出した。エウルアの顔目掛けて鋭い爪が生えている指を突き刺さんとしているが、エウルアと魔物の間に割り込んでそれを防ぐことができた。危ないところだった。後もう1秒遅かったらどうなっていたことか。

代わりに魔物の指はゼーレの左胸を貫いている。貫通した指先から血が滴り落ち、雫がエウルアの頬にぽたぽたとついた。

 

 

「ちっ.......惜しい.......」

 

 

ゼーレ「くっ......うっ........邪魔!!!!!」

 

 

苦し紛れの声を上げながら、怪物の体をつかむ。そのまま壁の穴の外まで押しのけ、腹に蹴りを入れる。勢いのまま魔物はモンド城の下にまで落下していった。

 

 

ゼーレ「はぁ.....はぁ......はぁ........」

 

 

救護室から怪物を追い払うとゼーレは急いでエウルアの状況を確かめた。

 

 

ゼーレ「良かった.......。怪我がない.........」

 

 

妹を守り切ったことが分かると胸を撫で下ろした。どっと疲労感が襲ってくる。そして、ズキズキしてくる自分の左胸。黒い服の上から赤い血が滲んできた。

 

 

ゼーレ「エル......ちょっとまっててね。絶対に......倒してくるから........」

 

 

エウルアの頬に着いた血を指で弾き、頭を撫でる。

 

 

ゼーレ「行ってくる」

 

 

未だ眠っているエウルアの耳に囁くとゼーレは穴から飛び降りて行った。

 

 

だが、ゼーレは気づいていない。血を拭き取った時、僅かに血がエウルアの口の中に入り込んだことに。その血はアビスによって汚染されている。その小さな刺激が夢を外側から破壊していたのだ。

 

 

 

 

 

ゼーレ『覚えているか分からないけど....これから私たちは離れ離れになるけど、いつどこにいても私はあなたの味方だから。あなたは私の大切な妹よって』

 

 

エウルア『......』

 

 

エウルアはその言葉に身に覚えがなかった。初めて聞いた言葉だ。幼少期に自分は姉にこの話をされたらしい.......。

 

 

いや身に覚えがないというのは嘘になるかもしれない。初めて聞いたというか.........思い出してしまったというか......。ピースが欠けたジグゾーパズルかのように不完全だ。頭が勝手にそれを無くしたかのように思い込んでいる.......。

 

 

ゼーレ『生きてて良かった....』

 

 

ついに姉は力尽きて自分の体から倒れ込んだ。その時の衝撃は夢にさまよった今でも忘れられない。

 

 

そこから山から脱出して旅人に支えられながら、ガンダルヴァー村までやってきた。だが、入口に入る寸前に気絶してしまった。

そこから......。........そこから?

 

 

 

 

 

気づいたら部屋の真ん中に立っていた。かなり広い。木の枠に嵌められている窓を覗くと夜ということに気づく。ガラスには星空が映っていた。窓のそばには4本の真鍮の柱で支えられている巨大なベッドがあって、部屋の中央の床にはワインレッドのカーペットが敷かれている。

 

 

エウルア「ここは.....。私の......部屋ね.........」

 

 

冷静に部屋を見渡した時にここが自分が育った屋敷の部屋なのだと直感的に分かった。既視感ある光景にエウルアは少しだけ心が落ち着いた。

 

 

エウルアの足は勝手に動き始める。ベッドの横を通り過ぎてドアの近くに配置してある机に近づいた。

 

 

エウルア「..........」

 

 

ダークカラーのアカシアの木で作られた机だ。自然とチョコレート色の木材に手を触れる。途中まで書いてそのままの羊皮紙、蓋が開いたままの黒いインク瓶が無造作に置いてあった。

 

 

ふと、後ろを振り向く。やはりそこには本棚がある。天井に届く程の背がある本棚だ。その横には移動出来るハシゴがある。1番上の段にも本がびっしりと詰まっているのでそのためだ。

 

 

そして、エウルアはドアを開いて廊下に出る。長い廊下だ。同じ色のドアが一定間隔に設置されているだけの無機質な廊下。

よく目を凝らすと廊下の奥に明かりがあることが分かった。そこはドアが半開きになっていて、そこからロウソクの光が漏れ出ている。その半開きのドアの横に立っているかつてのゼーレ。

 

 

エウルア「姉さん........?」

 

 

ゼーレは壁にもたれかかり、反対側の剣が飾ってある壁をひたすら見つめている。だが、突然半開きのドアに視線が移ると、次には剣を握ってその部屋に入っていった。

 

 

エウルア「.......!?姉さん、何をしようと.......!あの部屋は確か父さんの.......!!」

 

 

何かとんでもないことが起こる気がする......。そんな不安がよぎると火に集まる虫かのように漏れ出ている光に走り出した。そして、段々と大きくなっていくゼーレと男性の声。この男性の声は自分の父親だ。

 

 

ゼーレ『お父さん、今の話は本当なの?......私が不倫で生まれた子供って......』

 

 

『お、お前....聞いていたのか?』

 

 

ゼーレ『質問に答えて。今の話は本当なの?』

 

 

『盗み聞きをしていたなんてな。なんとも不気味なやつだ.......!!』

 

 

ゼーレ『私はあなたにどれだけ暴力を振るわれようと、我慢することができた。それはあの子が居たから....。私の拠り所にあの子が居たから!!あの子だけが生きがいなの!!!』

 

 

『...チッ。そうだよ!それがなんだ!出来損ないが偉そうに!!本来なら捨ててやってもいい所を家に居させてやってるんだよ!感謝してくれ!お前なんか生まれて来なければ良かったんだよ!』

 

 

ゼーレ『そう』

 

 

その父親の言葉を聞いた途端ゼーレの返事に今までの口調に混ざっていた怒りが消えた気がした。

 

 

その声と同時にエウルアは部屋の前に辿り着き、ドアノブを掴んで、勢いよく入った。すぐ目に飛び込んできたのは剣を持っているゼーレとそれにたじろいでいる父親。そして、それを見ている初老の男。

 

 

ゼーレ『怪物....。あなたは怪物よ。私の心を壊す怪物...。エルを奪う怪物...。だったら殺さなくちゃ.....』

 

 

『お、おい!何をするつもりだ!やめろ!落ち着け!』

 

 

ゼーレ『さようなら』

 

 

一瞬だった。冷静に父親に別れを告げる言葉と共に、いつしか短剣は父親の体に突き刺さっていた。

 

 

ゼーレ『あぁああああ!!!!!死ねっ!!死ねっ!!!死ねっ!!!!!お前はどれだけ私を踏みにじったら気が済むんだ!!!!!これ以上私から奪うな!!!!!!しねっっ!!!!』

 

 

エウルア「........!」

 

 

『ゼーレお嬢様!!!!』

 

 

ゼーレ『あっ...』

 

 

『旦那様は....もう....』

 

 

服と手は大量の返り血を浴び、手にはもはや元の色が分からないほどの血に染まったナイフ。そして、既に人形のように動かなくなった父。そんな悲惨な光景が自分の目の前で起きている。エウルアはただただ口を手で覆い、立ち尽くすしか無かった。

 

 

エウルア(記憶)『大きな音が聞こえたけど....なんの音....?それに姉さんの声も...』

 

 

そして、聞こえてくるかつての私の声。

 

 

エウルア(記憶)『ひっ...!お、お父さん...!?それに....姉さん....!?何してるの!?』

 

 

部屋の惨状を目の当たりにしたエウルアは尻もちを突き、口をパクパクしながら呆然としていた。

 

 

ゼーレ『ごめんね....。お姉ちゃん、我慢できなかった....。こんな事が起きた以上もう私達は今のままじゃいられない....。だけど、もう大丈夫だから。化け物はもう殺したから...』

 

 

ナイフを捨てて、手に着いた血痕で子供のエウルアを汚さないように優しく抱きしめながら、そう言葉を囁く。

 

 

ゼーレ『これから私たちは離れ離れになるけど、いつどこにいても私はあなたの味方だから....。あなたは私の大切な妹よ』

 

 

エウルア「.......!これって......!」

 

 

山の遺跡と同じ言葉だ。これなんだ.......。

そして、この屋敷を出ていく自分の姉の姿とそれを必死に呼び止めることしかできない自分の姿。

 

 

そうだ........。思い出した........。私はこれが原因で曖昧な記憶しかなかったんだ.......。

私はずっと......これに限らず姉が体験した過去を見続けている。

 

 

だが、それは突然終わりを告げた。

 

 

解像度の高い夢が破壊され、暗い世界が瞼の裏に映る。すると、口にある違和感を感じた。試しに舌を動かして見る。

 

 

少し粘性のある液体だ。その時、痺れて機能していなかった味覚が復活した。鉄のような味がし、酸っぱい感覚すらする。ーーーーーーー血........?

 

 

そして、エウルアはゆっくりと目が開ける。石の天井が真っ先に目が入ってきた。

 

 

エウルア「ここは.......」

 

 

自分がふかふかのベッドの上で横になり、白い掛け布団がかけてあることに気づく。ゆっくりと体を起こしてみると、体からボキボキと骨が鳴る音が部屋に響いた。

 

 

エウルア「うっ......痛たたた........」

 

 

ズキズキと痛む体に難色を示す。

 

 

エウルア「ここは.......騎士団の.....ようね.......」

 

 

まるで実家かのような雰囲気で一瞬でここが西風騎士団の療養室ということが分かった。

 

 

エウルア「(でもなんでここに......。最後に気絶したのはスメールの村.....だったはず.......)」

 

 

まだぼーっとしていて、上手く働かない頭の状況の中、真っ先にその疑問が浮かんできた。

 

 

そして、自然に視線は左に向く。

 

 

エウルア「.......!?」

 

 

すぐに散乱しているベッドと壁に開いた穴が目に飛び込んできた。

 

 

思わずベッドから飛び起きて、その穴の縁に寄りかかる。

 

 

エウルア「何.......これ........!?何が起きているの.........!?」

 

 

穴の先はまさに戦場だった。家から出ている黒煙、そこら中にある城壁の瓦礫、そして、城の外では騎士団のみんなが魔物と戦っている姿が見える。続いて城内に聞こえてきた轟音。それと共に石の粉塵が舞い上がる。

 

 

エウルア「何が起きているのか分からないけど......行かなくちゃ.......!!」

 

 

上手く状況を飲み込めないが、自分も何か動かなければ。そう思い立ち、自分が寝ていたベッドの横にある服を見る。そこから冷たい輝きを放った氷の神の目を否応なしに掴んで、灰色の療養服のまま部屋を出ていった。

5-10[完]

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