異世界から追放された英雄は、【シン・日本】で平穏に暮らしたいけど強すぎて無理 作:秋津 幻
「はぁ……」
私は、海の方まで来ていました。
波打ち際で、ざざん、ざざんと繰り返し打ち付ける波の音を聞き続けています。
ぼおっと、何もせず、考えるように。
「何か悩んでいるのかい?」
横から声が聞こえて、振り向きました。
そこには、小さなうさぎの姿をした、小動物がいました。
「ひゃぁ!? 魔物!?」
「違うよ、僕は「ティラ」! そうだね……妖精みたいなものだと思ってくれればいいかな」
「……妖精も魔物では?」
「違う違うって! 落ち着いて! 僕はね、妖精……いや、魔法少女のマスコットなんだ! 少女に力を与えることを主にしてるんだ!」
「魔法少女……?」
ふと、華維さんのスキルを思い出す。
「あの、華維さんが持ってた……」
「ああ、彼ね……お世話になったよ。感謝してるって伝えておいて欲しいな」
声のトーンを一段階下げ、小動物は言う。
知り合い、なんだ。
「こっちに来ているんだっけ? なるべく会わないようにしないとね。向こうはこちらをあまりよくは思ってないだろうから」
「……何かあったんですか?」
「紗城くんに聞いてみるといいと思うよ。君みたいな「選ばれた物」には知る権利がある」
「……?」
私が、なんだって?
「そんな事より、何か悩んでたんじゃないかい?」
「えっと、……その、なんというか、もっと、強くなりたいなって」
「どうしたんだい? 君は、新たなスキルを得て強くなったんじゃないかい」
そうなんですけれども。
「華維さんはもっと強くなれるって言ってたんですけど……今回は、スキルを捨てて弱くなるかもしれない所を、たまたま強くなっただけですし」
「そりゃあ、折角レベル上がってる最中なのにスキルを失って弱くなるなんて、つまらないだろうからね」
「もっと、華維さんに楽させたいんですけど」
ぽつり、思いのたけを述べる。
「なんだか、ゆっくりするためにここに来てるみたいなのに、無理させてるみたいで」
「そうだねえ、どだい、彼みたいな強すぎる人間がスローライフなんて無理なのさ。あんな強いの、誰でも放っておかないだろう? しかも、彼を狙って敵も来る。存在するだけで騒動を起こすような人間が来たらむしろ迷惑がるべきじゃないかい?」
そう、皮肉げに首をかしげる。
小動物らしいかわいらしさはそこにはない。
華維さんを狙ってきた敵なんて、見たことないけど。
それとも、これから来るのか――
「ダンジョンと、悪い人がいるのと、華維さんは別じゃないですか?」
「そのうち分かるよ。彼は連発する殺人事件が起こる場所にいつも居合わせる探偵みたいなものだ。こういう時、単独の殺人を起こしたのは犯人だ。殺人事件を連発させているのは誰なのかな? こういう人もいる。探偵がそういう体質なのが悪いのだと」
「……殺人事件がよく起きるような治安が悪いのがいけないんじゃないですか?」
「ダンジョンで強い魔物が発生するのが連発するとして。彼を狙って暗躍する黒幕がいたとして。個々の事件が悪いのは彼らだ。しかし連発したとき、悪いのは紗城くんかな?」
「全部、モンスターとか悪い人がいるのが……」
そこで、少し言いよどんだ。
言っているのはそういう事じゃない。
「じゃあ、悪い人が全部いなくなったら? それでもなお、事件が起こり続けたら? 悪い人がいつまでたっても生え続けたら? 悪いのは治安? シン日本の? この世界の?」
「……あまりこの世界を悪く言いたくないです。別の世界から来た華維さんは違うのかもしれませんが」
「誰のせいにもしないのは大変だよ?」
「多分悪い人がいるとしたら……私が、力になれないのが悪いと思うんですよ」
そう言うと、その小動物は私の目を見つめていった。
「それが、悩みかい?」
「……はい」
華維さんみたいに、もっと強くなりたい。
「それこそ無理だ。彼は数えきれないほどの時間で、数えきれないほどの世界で戦ってきた。そんな存在に追いつこうなんて、傲慢にもほどがあるよ」
「私じゃ、力になれないんでしょうか」
「だったら君も、長い時間をかけて追いつけばいいじゃないか。君なら、その可能性はある」
「可能性……?」
「それが、選ばれし物の持つ力であり、それを手にするのが義務だ。君も、自分が普通の人よりすごい人間、違う運命を持ってるって気づいてるんじゃないか?」
私の持つスキル。
冒険者としての成長度。
配信者としての出世。
彼に出会えた運命。
私は、特別……なのか?
「そんな成長の時計の針を早めるために、君も、魔法少女にならないかい? ……と、言いたい所なんだけどね。君には必要ないだろう。すでに時計の針は早まっている。何もなくとも、運命を切り開いていけるはずさ」
私の運命。この先にある将来。苦難。
「おっと、そろそろ時間だ」
「時間って……?」
その時、どこからともなく斬撃が飛んでくる。
「!?」
小動物は、あっさりとそれを避けた。
「っと、【エネミーガード】も無くなったし、君《ステラちゃん》に会えるようになって良かったよ。じゃあね、次の「主人公」」
「ちょっと待って――」
「君に、
ティラと名乗る小動物が去った後、そこにいたのは、怒りの形相で立っている華維さんだった。
「――華維、さん」
「ステラちゃん――」
彼は、一気に駆け寄ってくる。
「大丈夫か!? 変なことされなかったか!? 契約しろとか!」
「いえ、ちょっと相談に乗ってもらっただけですが」
「ちぃ余計なことを、あいつ何をたくらんで――」
「あの……」
私は、華維さんの目を見つめて、首をかしげて言います。
「あれは、なんなんですか? 妖精とか言ってましたけど……絶対違いますよね?」
「ああ」
華維さんは、空を見上げます。
そこには、気づかないうちに、巨大な影がありました。
そこにあったのは、巨大な、巨大な戦艦でした。
「あれは、システムの一人だ」
「――システム?」
「ステラちゃんは……考えたことがあるか? この世界のステータスは誰が管理し、スキルを誰が作り、ダメージ計算を誰が行い、人々の運命を誰が操っているか――」
戦艦は、いつの間にかどこか遠くへ飛び去って行きました。
空を見上げる華維さんは、いつまでも、無表情でした――
「あれは――ティラ、「ティルラノーグ」。この
「……神様、みたいなものですか?」
「違う」
「わっ」
即答しました。
その声色は――非常に怖いものでした。
「アレが、神であってたまるものか――」
「……はあ、神様かどうかは置いといて。なんかすごい存在がいて、スキルとか、流れとかを決めてる人がいるんですか?」
たまに、流れがどうこうとかは言ってましたけど。
「まあ、疑問に思う方が不自然よね。華維くん、あたしたちだって元の世界で、物理定数がどうしてその数字になっているか考えたことがあった?」
「……サクちゃん?」
気が付いたら隣にサクちゃんが座っていました。
「わたしにも無関係なことじゃないからね。さあ華維くん続けてどうぞ」
「やりにくいなあ……まあ、物理定数とか、物理法則を人が見るとき、それに疑問を持ち追及するようになるが、結局は「たまたまそうなっている」という結論に陥るだろう。前の世界ではそうだった」
華維さんが前いた世界。ファンタジーなどなく、スキルもない世界。
それが、どんな世界かは想像つきませんけど。
さぞかし、この世界よりはモンスターもいない、平和で良い世界なんだろうな。
「へーそうなんですか……」
「まあ、驚かないわよね」
「だって神様だっているわけですし、そういうのもいるんじゃないですか? というか、それは神様みたいなもんじゃないんですか」
「神ではないと言っとるだろーが」
「そう言うって事は……良くないものなんですか?」
「奴らは、俺らの運命を持てあそぶ。おもちゃのように、道具のように。それをもってして、世界を自分の望む【流れ】にもっていく。まるで、『物語』のように――それが、システムの本質だ」
それって神そのものでは……いやよそう。
「それで、華維さんはそのシステムの何が嫌いなんです?」
「決まった道のりを、レールによって都合よく生きるなんて……詰まらないだろう? まるで、自分が特別みたいで」
「はあ」
私は、気のない返答をしました。
「私は、自分が特別だと思ってますし、都合が良くてもそれでいいと思ってますが」
「その道のりは――楽しかったかい?」
「楽しいですよ、配信も、レベル上げも、皆の助けになるのも」
「その過程で……苦難があってもか? 両親に会えなくなる、とかな」
「あれは……私が悪かったからですし」
「別に、ステラちゃんが悪いわけではなかったんだけどな……たまたまシステムが、そういう苦難を作って【エネミーガード】を奪い去る口実にしただけだ」
「……なんか都合悪くとらえすぎじゃないですか?」
「でも、自作自演みたいなもんだろ、母親と会えなくなる都合の悪いスキルを与えて、後から奪う。マッチポンプみたいなもんさ」
「ちょっと、それ以上は怒りますよ?」
少しだけいらだって、声を荒げる。
「【エネミーガード】があった期間は、決して無駄じゃありませんでした。最初から【エネミーアクセプト】を持っていたら、今の私には絶対なってなかったと思います」
弱い時を支えてくれた、思い入れはある。
両親と会えなかった期間も、一人で冒険者と配信してた期間も、無駄ではなかった。
「――すまん」
「あの事件に誰が関わってたからって、どんな意図があったからと言って私には関係のな……ちょっと、サクちゃん?」
後ろで、サクちゃんがにやにやと笑っていた。
「ふふっ、ステりゅんはポジティブシンキングね……まあ、華維くん落ち着きなさい? ステりゅんにとってのシステムを、悪いものと経験づけるにはまだ早いわよ?」
「……ごめん。ちょっとシステム憎さでとんでもない事を言ってしまった」
「は、はあ……気にしてませんけど」
「まあでも、システムってのは悪い事ばかりではないわよ。基本姿勢は勧善懲悪。悪い事をした人には報いを。いい事をした人には救いを。そして最後にはハッピーエンド。それが基本よ」
「いい事じゃないですか」
「でもね、いつも過程には悲劇があるものよ。辛いことがないと、それを乗り越える喜びは味わえないでしょ? 思わない?いい事だけ、起きればいいのにって」
いい事だけ起きたら。
多分私は私になっていなかった。
今の私は、そう思っている。
華維さんとサクちゃんは――そう思ってないんだろうか?
「おそらく……どこかにあるんだろう。幸せと勝利が起き続けるだけの、お気楽な物語も。だが――俺たちは、そうではない。ティラが作り出す物語はそうではない」
「あの、ティラって人……厄介なんですか?」
「……マシな方かなあ。物語を操る気はあるし、魔法少女だ、ヒーローだの言って力をばらまいてくれる。「仕事」はする。ティラの奴は全能大戦を解決する際に手を貸してくれたし。……厄介ごとも相応にあるけどな」
「……仕事を、しないとどうなるんです」
「全能大戦」
時折、聞いたことのあるワードでした。
「なぜ、世界中に全能がばらまかれることを、世界が容認したのか。それは……スキルを管理する存在であるシステム、「オープンハート」が機能不全に陥り管理不能になったからだ」
「――」
そんな、事。
「最高にクソなのは、システムも完璧でも無敵でもなく、存在しないと不都合が起きてしまうという事だ」
ちっと舌打ちをして、後ろを向く。
「ともかく、お偉いさんだ。ああいうのには感謝し、頭を下げておくのがいいさ」
多分きっと、それだけじゃないでしょう。
なにか、憎しみのような、あきらめのような。
それでいて、しょうがない悪ガキを見るような、親しさも。
そこにはありました。
「あ、そうだ、そのティラさんの事なんですけど……」
「なんだ!? 何か言われたのか!?」
また血相を変えて、こちらの方を向いてきます。
「感謝している、と伝えておいて欲しいと」
そういうと、少しだけ表情を柔らかくして。
「……感謝か」
華維さんは、遠く空を見ます。
「あいつも少しは、丸くなったのかね」
そういって、海の方を見て黄昏始めました。
***
結局、俺たちは予定調和の中を、システムの手のひらの上に乗り、流れに乗って生きていくしかない。
そういう、哀れな操り人形。
どれだけ旅をしようとも、どれだけ強くなろうとも、どれだけ長く生きようとも。
そこに平穏は決して存在しえない。
興覚めだ。
どんな動きをしようとも、結末は誰かによって決められている。
飽き飽きだ。
これだけ長く生きていれば、パターンも見えてくる。
だからと言って、楽な道があったことはない。つまらないとは思っても、俺たちは否応なしに解決しなければならない出来事に遭遇させられる。
その中にいる俺は、本気で生きている。
どれだけ先が見えていても悲しみはあるし、辛い事はあるし、俺だって人間だ。ショックは受ける。
感情すらなくしてしまった上位勢の同胞もいるが……そういう奴らも、流れに乗ってやがて感情を取り戻していくのだろう。
取り戻されていくのだろう。
苦難に、立ち向かうために。
そして決して、この永遠の輪廻から抜け出せることはない。
人々が悲しみを覚え、英雄を求める限り。
強き物に、人気者には、お鉢はやってくるのだ。
そのための、転生。
永遠の、地獄。
だが、忘れてはいけない。
決して、予定調和であろうとも、結末が決まっていようとも。
そこには、一筋の輝きがあるという事を。
必死で生きている人間の物語は、最高の光を放つという事を。
悪い、事ばかりではないという事だ。
システムはカスだしクソだし心底ムカつくが、問題の解決を行おうとはしてくれる。
すべての問題をシステムが作り出している訳でもないし、大抵の始まりは自然発生の、どうしようもない事だ。
ティラのあんちくしょうは全能大戦のときは解決しようと手を貸してくれたし、あちらもこっちを感謝するだけの感情は持っているようだった。
流れを握られるのは嫌だが、勧善懲悪のない理不尽で無秩序な世界もそれはそれでムカつく事ばかりだろう。
俺たちが昔いた元の世界のように。
システムもこちらが本気で向き合っていることを、邪魔しない程度に気は使ってくれる。
普通に生きてる人間が、システムの存在に気づくことはないだろう。
ただそういう意味で、【エネミーガード】の事件は非常にクソであった。
結論ありきで、他人に介入を許さないためにスキルを強力にする。
その背後でシステムがどれだけ関わっていたことか。
だが、ステラちゃんは乗り越えて見せた。答えを導いて見せた。
それが、無意味だったとは思えないし。
そこに、確かに輝きはあった。
そう、思いたい。
そうでも思わないと、今まで生きて来た道のりが否定される気がするから。
そして、何があろうとも、その中を必死で生きていくしかない。
流れがあると知っているのなら、こちらも対策は出来る。逆に利用してやるのも手だ。
「ねえ華維くん? あなたはシン日本に来て良かったと思う?」
桜が、そう問う。
わからん。まだ分からんが――
現代社会は便利で、懐かしくて、非常に良いものだし。
桜と再会できたのは間違いなく良かったし。
ステラちゃんの輝きは見ることが出来たし。
小鳥遊さんは、きっとこれから何か物語を積んでいくのだろう。
それはきっと、無価値ではないはずだ。
俺も人間だ。人生の中で、楽しさ、嬉しさ、喜びを感じる事はあるのだから。
せめて、ステラちゃんがいっぱしの一人前になるまでは。
その輝きを、見届けてやるのが、この世界の物語に関わった俺の責務だろう。
ああ、システムのクソったれよ。
シン日本の物語に、ハッピーエンドのあらんことを。