星達のオーケストラ+IF 流星のコンチェルト 作:再来アーク
『皆、今日もお疲れ様!』
『お疲れ様デスゥ……』
スピーカー越しの少しノイズが入ったかのんの声を合図に、今日も『Liella!』のグループチャットが始まった。元は電子機器の取り扱いに慣れていない恋や音羽に使い方を教える為に始めたものであったが、今ではすっかり毎夜の習慣となり、練習の反省や日々の悩み、たわいも無い会話を交わし合う憩いの場となっていた。それぞれが労いの言葉を掛け合う中、何やら元気なさげな様子の可可に、音羽が心配そうに声を掛ける。
『どうしたのくぅちゃん? もしかして、具合悪いの……?』
『そんなに心配しなくても良いわよ、音羽。どうせあの姉妹に入部断られた事引きずってるんでしょ』
『あの2人ナラ、素晴らしいスクールアイドルになれると思っテたんデス……ハァァ……』
『まぁまぁ、気持ちは分かるけど仕方ないよ』
『スクールアイドルをやるかどうかは、自分の気持ち次第ですからね。私達が強制することは出来ませんよ』
『ウゥ……』
千砂都と恋に慰められるも、しょんぼりとした様子を隠せない可可。西園寺姉妹が入部を断った理由は彼女もちゃんと理解しているのだが、すぐに受け入れられるほど割り切れてはいなかったのだ。有力候補が2人も消えてしまった中、千砂都は昨日部室を訪れたもう一人の新入生の名を口にする。
『となると、残るはきな子ちゃんか……』
『おとちゃん。今日部室に帰ってくる前にきな子ちゃんと会えたんだよね。どうだった……?』
『いっぱいお話出来たよ。入部も前向きに考えてくれるって!』
『おおっ、良いね!』
『勧誘に誰も来なかった時はどうなる事かと思いましたが、ひとまずは安心出来そうですね』
『とりあえずはね……でも、きなちゃんの中でまだ不安に思ってる事が色々あるみたいだから、すぐに入部って訳には行かないと思う。皆も、良かったらきなちゃんと話してあげて欲しいんだ。その方が、きなちゃんも安心出来ると思うから』
きな子が入部する可能性が高くなった事で一同が沸き立つ中、音羽は昨日のきな子との会話を思い出していた。相談を得て気持ちが晴れたと本人は言ってはいたものの、その声からはまだ濃い灰色が"視えて"おり、彼女がまだ不安を拭いきれていないのだと感じた音羽は、まず自分達からきな子に寄り添うべきだと考えたのである。その提案に全員はすぐに首肯を返し、音羽は嬉しそうに微笑む。
『私は、きな子ちゃんとスクールアイドルをやりたい。きな子ちゃんに、この学校で最高の思い出を作ってもらいたいから。その為だったら何でもやるよ!』
『きな子サンは遠い場所カラ結ヶ丘に来たと聞きましタ。きっと、心の中はマダ不安でイッパイだと思いマス。去年のククも、同じデシタから……だカラ、ククに出来る事なら何でもシマス! ククはもう、センパイなのですカラ!』
『かのんちゃん、くぅちゃん……!』
まず声を上げたのはかのんと可可。特に可可は、去年の同じ時期にきな子同様遠い異国の地からこの日本へと渡来しており、一人暮らしを始めて暫くは、知り合いも誰もいない新天地で1人心細さや不安に苛まれる日々を過ごす事もあった。それ故に、同じ境遇の彼女がどんな不安を抱えているかをある程度想像出来た為に、きな子の力になりたいと密かに意気込んでいたのだ。
『待望の可愛い後輩ちゃんだもん。チャンス、逃がす訳には行かないよね!』
『あの子がどんな不安を抱えてるかは知らないけど、とりあえず面と向き合って話せば解決するものよ。ま、そこに辿り着くまでが割と難しいんだけど』
『その点は心配要らないかと思いますよ、すみれさん。私達から誠意を示せば、きっときな子さんも安心してお話して頂けるはずですから』
残りの3人もそれぞれ自分の意見を述べながら、きな子に寄り添う姿勢を見せる。その中で、千砂都が軽快な受け答えとは裏腹にノートに凄まじい勢いで何かを書き込んでいたのが気になった音羽は、彼女に内容を聞いてみる事にした。
『千砂都ちゃん、何書いてるの?』
『あ、これ? 明日からの部活勧誘プランと、新入生用のメニューだよ。今のうちから考えておいて損は無いかなって! 皆、見てくれる?』
『ちょっと、勧誘はともかくメニュー作りは流石に気が早すぎない……?』
『何言ってるのすみれちゃん! 新入生はいつ来てくれるか分からないんだよ? せっかく入部してくれたのに、見学ばっかりなんて可哀想じゃん!』
『いやまぁ、そうったらそうだけど……』
『さ、さすがちぃちゃん……』
『僕も手伝うよ!』
『おっ、ありがとおとくん! 後で個人通話繋ぐ?』
『うん、そうしよっか!』
まだ見ぬ新星を迎え入れるべく、千砂都を中心に皆の士気が上がる中、かのんはある事を思い出し、心配そうな顔で音羽に問いかける。
『そういえばおとちゃん、私達と別れた後あの新入生達と色々あったみたいだけど、あれからどうなったの……?』
『あぁ、あのサポーター志望の?』
『ソウデス! あのコンチキショウ達に何かされていまセンか!? 殴られタリしていまセンよネ!?』
『隠さず正直に言って、おとくん』
かのんが『Liella!』のサポーターを志望していた男子生徒の話題を出した瞬間、『Liella!』メンバーは一斉に顔を顰め、新入生との間に起きたらしいトラブルで怪我を負っていないかを音羽に問い質し始めた。そのあまりの剣幕に音羽は若干顔を引きつらせながらも、自分を心配してくれている事は表情から感じ取れた為、自分の状況を話す事にした。
『あはは、僕は大丈夫だよ。怖かったけど怪我もしてないし。そういえば、あの人達はどうなったんだろう。また学校で会ったりするのかな……』
『あぁ。その方々でしたら、本日中に退学処分が決定しましたよ』
『えっ、そうなの!?』
『彼らは、実在のスクールアイドル……この場ですので言ってしまいますが、すみれさんの写真を用いた猥褻な加工画像の制作、及び頒布を行っていました。学生の身であるとしても、もう立派な犯罪です』
『まぁ予想通り……って、私? はあっ!?』
『Liella!』メンバーの中では真っ先に男子生徒達に疑いの目を向けていたすみれであったが、自分がまさか犯罪の標的にされていたとは思わず、怒りと驚きのあまり声を荒らげる。その一方で、音羽は恋の説明の中に少々分からない単語があった為、彼女に意味を聞いてみる事にした。
『恋ちゃん。わいせつ……? って、どういう意味なの?』
『えっちな事という意味ですよ、音羽くん。あの方々は、すみれさんのえっちな画像を勝手に作って、他の人に配っていたのです』
『えっ……!?』
恋の説明でようやく事態を鮮明に把握し、動揺する音羽。アダルトな知識に疎い彼でも、性的な画像がどんな物であるかはある程度想像出来る。そして、普段目立ちたがり屋のすみれがそういったアピールの仕方だけは絶対にしない人間だという事も、音羽は十分理解していた。故に心底から溢れ出したのは、燃えたぎるような怒り。これまで彼が生きてきた中で、感じた事の無い憤怒の激情であった。
『はぁ、マジ最悪。ネットに流出してないでしょうね……って、音羽?』
『……許せない。すみれちゃんは、そんな事絶対にしないのに』
『おと、ちゃん……?』
『許せない、許せない……すみれちゃんが、傷ついたら、僕は……』
『……音羽くん、落ち着いて下さい』
『許せ……っ、恋ちゃん?』
憤怒の情に呑まれ、俯きながら呪言のように言葉を零す音羽。今まで見た事の無い異様な光景に皆は困惑し、すみれですら先程までの怒りを忘れ絶句する中、恋の窘める様な低く凛とした声がスピーカー越しに響くと、音羽は我に返ったように目を見開き、ゆっくりと顔を上げた。
『音羽くんの気持ちは十分に理解出来ます。ですが、音羽くんが憎しみに囚われる必要は無いのですよ。これはもう解決した問題なのですから』
『恋ちゃん……』
『そうよ音羽。終わった事にいちいち気を立ててたらキリがないわ。でも、ありがとう。私の為に怒ってくれて』
『友達が酷い事されたんだもん、怒るに決まってるよ……』
正気に戻った後も、珍しく眉を顰めた顔を見せる音羽。今までに見せた事のないその様子に、かのんは今回の事件が彼にとって余程不愉快な事であったのだと改めて思っていた。しかし、その表情はまるで不機嫌な小型犬のようでもあり、どんな顔をしてもどこか愛らしさが滲み出てしまう所に音羽らしさを感じて、クスリと笑みを零すのであった。
『というか、酷い事されたのはおとくんも一緒だよ。結構激しく詰められたって聞いたよ?』
『うーん……確かに色々言われちゃったけど、あの時は上手くあの人達を説得出来なかったから、仕方ない所もあるかなって……』
『そんな、おとちゃんは何も悪く……』
『仕方ないで済んで良い事ではありませんっ!!』
『れ、恋ちゃん!?』
『レ、レンレン。とりあえず落ち着きましょウ……?』
突然声を荒げ、机を叩きながら立ち上がった恋に驚く『Liella!』一同。その表情は怒りに満ちており、先程までの柔らかな雰囲気が微塵も感じられない程の覇気を纏っていた。可可は彼女を落ち着かせようと声を掛けるも、その憤怒が収まる気配は一向になかった。
『既に終わった事であると理解はしています……しかしっ! 彼らはきちんと断りを入れた音羽くんに対して、必要以上の罵詈雑言を浴びせたのです! 簡単に許されて良い事ではありませんっ!!』
『そこについては私も同意かな。入部を断られてムカッとしたのかもしれないけど、だからといっておとくんに当たる時点で完全にアウトだよね。正直言ってそんな人にサポーターやって欲しくないし、やらせるつもりは無いよ』
恋に続いて千砂都も賛成し、自分の意見を述べる。その目の中には冷たい光が宿っており、画面越しにでも内なる憤怒が伝わってくるようであった。他のメンバーも頷いたりと同意を示しており、言葉にせずとも皆の意見は合致しているも同然であった。
『音羽くんを助けてくれた西園寺さん達にはきちんとお礼を言わなければなりませんね。あのお2人が来てくれなければ今頃どうなっていたか……』
『西園寺さん……達?』
『えぇ。どうやら、美麗さんと梁園さんが音羽くんを助けてくれたらしいのです』
『ちょっと、梁園ってあの西園寺梁園よね!?』
『えぇ。その梁園さんです』
『音羽、本当なのデスか?』
『うん、本当だよ。あの時の2人、かっこよかったなぁ……!』
『気になる気になる。どんな感じだったの?』
『えっと、僕が新入生の人にお話に行ってからちょっとしてからかな。サポーターの募集はしてないって伝えたんだけど、中々納得して貰えなくて……』
かのんに興味津々といった様子で何があったのかを聞かれ、音羽はまだ脳裏に濃く残存している風景を思い出しながら、ゆっくりと当時の状況を語り出した。
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「は? 何ですかそれ。募集してないって言うならせめて俺らが納得できる理由を教えてくださいよ。ただ『募集してない』の一点張りされんの気分悪いんですけど」
「そうですよ! 俺達のサポーターになりたいって気持ちをちょっとくらい汲んでくれたって良いじゃないですか! なんとか言ってくださいよぉ先輩?」
「ごめんなさい……その、言葉を返すようで申し訳ないんですけど……本当にサポーターは募集してなくて……でもきっと、スクールアイドルの皆はちゃんと考えて……」
「いや、だからさ……サポーターを募集してないのは何でですかって聞いてんのこっちは! 『ごめんなさい』じゃなくてさぁ、理由教えてくんないと話にならないでしょって! 俺達の言いたい事本当に分かってます?」
「ひぃっ……!」
「Liella!」メンバーや西園寺姉妹と別れた後、サポーター募集は行っていないと例の男子生徒達に説明しに行った音羽であったが、3人は「明確な理由が無い」と一向に納得する様子を見せず、皆から募集をしない理由を聞かされていなかった音羽は曖昧な回答を繰り返すしかなく、それが男子生徒達のイラつきを増幅させるという悪循環に陥ってしまっていた。
「俺らで『Liella!』の皆さんをサポートしたいって言ってるのに……その気持ちも全部無視なんすね。あんたらってそういう事平気でするんすか?」
「新入生大歓迎って書いてたのに全然嘘じゃないっすか。不歓迎に変えた方が良いんじゃないですか?」
「ち、違っ……僕達は……」
「違わねぇだろうがよ!!」
「何とか言えよテメェ!」
「ひっ……」
男子生徒の怒気に当てられ、萎縮してしまう音羽。打てる手を全て尽くしても解決に向かわず、自分よりも大柄な複数の男性に責め立てられている状況に音羽は恐怖と困惑で肩を震わせるも、すんでの所でこの状況を打破する方法を思いつき、言葉に変換して恐る恐る口にする。
「じゃ、じゃあ……僕から何でサポーターを募集しない事にしたのか、皆に確認してみるので……少し待ってもらえま……」
「いや、良いです。ちょっと先輩じゃ話にならないんで、俺らで直接『Liella!』の人達に理由聞いてみますわ。直談判しに行く方が手っ取り早いので。なぁ、お前ら?」
現実は無常であった。音羽の提案をリーダー格と思わしき男子生徒が容赦なく遮り、他の2人に『Liella!』メンバーに直談判しに行こうと持ちかける。
「そうだよな。最初からそうしとけば良かったな。時間の無駄だったわ」
「だなー。さっさと行こうぜ」
「あんなのが副会長とかこの学校も大したことねぇな」
リーダーの提案に2人も同意し、スクールアイドル部の部室へ向かう為に3人揃ってその場を立ち去ろうとする。その会話から一瞬黒とピンクが混ざりあった様な禍々しい『色』を視た音羽は違和感を覚え、引き留める為に声をかけようとした、その時だった。
「あっ……ちょっと、待ってっ……」
『そこの新入生達、お待ちなさい』
「あ?」
背後から謎の声に呼び止められ、男子生徒達が怠そうに振り返ると、音羽の傍に体格の良い一組の男女が立っていた。男性の方は白を基調とした結ヶ丘のもう1つの制服に身を包み、女性の方は音羽と同じ制服ながら、その手には純白の手袋を嵌めている。見覚えのある顔とそうでは無い顔が同時に目の前に現れた音羽は、混乱の余り目を見開いて固まってしまった。
「あなた、誰ですか?」
「別に名乗る程の者じゃないわ。通りすがりの……音羽ちゃんの、オ・ト・モ・ダ・チ。って所かしら?」
「あなた方に名乗る名前などありません。私は東さんに用件があって来ただけです」
「美麗さん……! と貴女、は?」
「私は西園寺梁園と申します」
「は、はいっ……!」
「音羽ちゃん、大丈夫? 暴力とか振るわれてない?」
「う、うんっ。僕は大丈夫……」
「そう、それなら良かったわ」
音羽の問いに少女・西園寺梁園は軽く振り向くと、簡単な自己紹介をしてまた正面に向き直る。その凛とした低い声と射抜くような目線に、音羽は思わず姿勢を正してしまう。一方、友人の無事を確認した美麗は安心した様に微笑むと、すぐに新入生達の方向に向き直り、怒りを滲ませた表情で鋭く睨んだ。
「見てたわよ。貴方達が音羽ちゃんをめっちゃくちゃに詰めてたの。『Liella!』のサポーターを断られたのがそんなに不満?」
「見た所、貴方達は新入生の様ですが……上級生、しかも生徒会役員相手にその言葉遣い、随分と礼儀がなっていないようですね」
「当たり前ですよ。ろくに理由も説明されないまま断られたらイラついて当然じゃないですか?」
「短絡的な考え方ですね。部の関係者に直接募集していないと言われたのならば、何か事情があると考えて一旦了承するのが筋なのではないですか?」
「そうね。それに、音羽ちゃんは『Liella!』のコ達にわざわざ理由を聞きに行こうとしてくれてたのよ。それを突っぱねて、複数人で詰め寄って……みっともないわよ、アナタ達」
「ンだと……?」
「おい、落ち着けって。にしても、いきなり現れて何なんすか。あんたらは『Liella!』の何を知ってんすか?」
「はぁ……これは長引きそうね。この子達はアタシが請け負うわ。梁園ちゃん、音羽ちゃんの事お願いできる?」
「別に構いませんが……私で良いのですか? 東さんの友人である美麗さんが傍に居た方が、安心できるのではないでしょうか」
「貴女だからこそよ。それに、売られた喧嘩はちゃんと買ってあげなきゃだし。あ、用事があるからといっても音羽ちゃんに質問攻めしちゃダメよ? 怖がって泣いちゃうかもしれないから、ね?」
「はぁ……承知しました。後は美麗さんにお任せします。東さん、一旦離れましょう」
「は、はい……美麗さん、一人で大丈夫?」
「ダイジョーブよ。アタシを信じて?」
「うん……危なくなったら、逃げてね……?」
「ふふっ、分かったわ。じゃあ梁園ちゃん、後は任せたわね」
「えぇ。それでは、行きましょう」
「はいっ……」
梁園に付き添われて離れていく音羽を笑顔て見届けると、美麗は新入生達の方に向き直り、かかってこいと言わんばかりに挑発的な笑みを浮かべた。
「さて、アタシが『Liella!』の何を知ってるか……でしたっけ?」
~~~
梁園は音羽を連れて廊下の端にあるスペースに身を隠す。この距離ならば美麗の動向を伺いつつ、周りの目を避けられると判断しての事だった。
「ここまで離れればもう安全でしょう。それにしても東さん、なぜ貴方は目を閉じているのですか……?」
「すみません、さっきから怖くて、つい……」
「先程の不埒者はもう居ませんよ。それとも……私が怖いのですか?」
「い、いえそんなっ。あの……助けてくれてありがとう、ございますっ、ひゅ、けほっ……」
「気を使わなくても結構です。怖いだなんて、散々言われ慣れていますので。それと、まずは落ち着いて下さい。過呼吸の症状が出ていますよ」
「は、いっ、ふぅ、ひゅ……」
梁園から自分が過呼吸になっている事を指摘され、胸を抑えながらゆっくりと息をする音羽。先程からの震え方といい、弱々しい喋り方といい、妹達から聞いた「しっかりした頼もしい先輩」の姿は今の音羽からは微塵も感じられず、梁園は疑念を深めていく。
「落ち着きましたか?」
「はいっ、ふぅ……ありがとうございます」
「東さん、まずは改めて自己紹介をさせて下さい。私は西園寺梁園、ご存知かとは思いますが、先日スクールアイドル部を訪れた愛美と好美の姉です。以後、お見知り置きを」
「は、はいっ。スクールアイドル部サポーターの、東音羽です。よろしくお願いします、西園寺さん」
「えぇ、こちらこそ」
互いに改めて自己紹介を交わす2人。音羽が梁園の声から感じたのは、渦巻く赤と青。まるで自分を包むように、或いは見張るように存在するそれに、音羽は驚きはすれど、不思議と恐怖を感じる事は無かった。少なくとも敵意は持たれていないと推測した音羽は、彼女の言っていた「用件」が何なのかを一回聞いてみる事にした。
「それで、西園寺さん。僕に用事があるというのは……?」
「用事と言うには些か簡素なものではありますが……私は今日、貴方に幾つか簡単な質問をしに来たのです。あまり時間はかからないので、その点についてはご安心下さい」
「は、はい……でしたら、何でも聞いてもらって大丈夫ですよ。出来る限り答えますので……」
「ありがとうございます。それでは、単刀直入にお聞きします。東さん、貴方がスクールアイドル部のサポーターをやっている理由は……何ですか?」
「えっ……」
「あくまで私個人の疑問ですので、深く考えて頂かなくて結構です。ですが、女性ばかりのスクールアイドル部に男性のサポーターというのは、少々不自然に感じまして。例えば……裏で何かやましい事が行われている可能性も、否定できませんから」
「僕は、皆にそんな事っ……! あ、いや……そう、ですよね……」
「不快に感じたのであれば申し訳ありません。ですが、愛美と好美が貴方に関わる以上、私は姉として貴方が信頼に足る人物かを見定めなければなりません。正直に、一切の偽りなく答えてください。東音羽さん」
梁園の言葉に、一瞬息が止まりそうになる音羽。彼女が喋る度に心臓を槍で串刺しにされるような威圧感を感じ、反論しようと口に出した言葉も詰まってしまう。少し前までの彼ならば、緊張と恐怖でまともに喋る事すら出来なくなっていたかもしれない。だが、結ヶ丘で過ごした時間は、確実に彼の精神を強く逞しく育てていた。音羽は気合いを入れるかのように拳を握り締めると、梁園の瞳に視線を合わせ、自分の意志を言葉として出力する。
「……僕は、スクールアイドルとして頑張る皆の力になりたいだけです」
「……力に?」
「結ヶ丘に入学してから、色々あって……絶望のどん底に居た時に、皆に救ってもらったんです。僕はここに居ていい、誰かと一緒に居て良いって。『Liella!』の皆は、こんな僕と友達になってくれた、かけがえのない人達なんです」
「……」
「だから、僕はその恩返しがしたい。皆の夢を叶える……「力」になりたい。その為に、僕はスクールアイドル部に居ます。皆と夢を叶える為に、僕はサポーターをやってるんです」
「……成程。それがサポーターをやる理由、と」
「はい!」
先程の弱々しい姿から一転して、力強い光を目に宿しながら梁園に語る音羽。その宣言に迷いや言い淀みは一切無く、梁園は嘘偽りのない本心であると判断した。それを前提とした上で、彼女はさらに質問を投げかける。
「承知しました。それではもう1つ、質問をさせて頂けますか?」
「は、はいっ!」
「ありがとうございます。では、そうですね……例えば、彼女達が更衣をしている瞬間に偶然立ち会った時、貴方はどのような行動を取り、その風景にどんな感情を抱きますか?」
「……ふぇっ?」
「正直に答えてください」
「えぇっと……まずすぐ部屋から離れて、皆が着替え終わるまで待って、その後全力で謝りますね。皆、嫌な気持ちになってると思うので……」
「異性の着替えを見られて運が良い……などとは思わないのですか?」
「思いませんよ……例え部の仲間だとしても、男の子に下着姿を見られるなんて、皆嫌だと思いますから……」
「……ほう」
音羽の答えに、梁園は目を見開く。普通、異性のあられもない姿というのは、性別を問わずして人間の劣情を刺激するものであり、それを原因とした更衣室関連の男女のトラブルを何度か耳にしていた彼女としては、音羽もそのようなシチュエーションに遭遇すれば、他と同じように衝動に駆られて非行に走るのではと疑ったのである。それ故に、音羽がはっきりと拒絶の意を示した事に梁園は驚き、同時に少し行き過ぎた質問をしてしまったかと罪悪感を感じた。
「……申し訳ありません、少々デリカシーの無い質問をしてしまいましたね」
「いえ、そんな。疑われやすい立場って事は、自分でも分かってますから……。でも、僕は皆を傷つけるようなことは絶対にしません。これだけは、約束出来ます」
音羽の力強い宣言に、梁園は彼が少なくとも嘘偽りの言葉で自分を取り繕うような人間では無いと判断した。彼が質問に答えた時の愚直な程に真っ直ぐなその眼差しは誠実と素直さの証であるという事を、彼女は既に知っていたからだ。音羽のそれは、愛する妹達と同じものであったのだから。
「成程。東さん、少なくとも妹達が貴方に懐いた理由は理解出来ました。貴方の言葉を、今は信じる事にしましょう」
「西園寺さん……! ありがとうございますっ!」
「何分お転婆な妹達ですので、色々と迷惑をかけるかと思います。どうか、よろしくお願い致しますね」
「はいっ、勿論です!」
先程の険しい顔とは一変して、優しい笑顔で語り掛ける梁園。その表情からは『冷徹撫子』としての鋭い雰囲気は微塵も感じられず、音羽は思わず見蕩れてしまう。
「東さん……東さん?」
「ふぇ……は、はいっ!?」
「あぁ、ちゃんと聞こえてらしたのですね。いきなり石のように固まってしまったので、てっきり気絶したものかと」
「ええっ……緊張はしてましたけど、流石に気絶まではしませんよ……」
「2人共おまたせ! あのコ達本当に暴れん坊なんだから……」
2人の会話がちょうど一段落した所に、涼しい顔をした美麗が帰って来た。心配そうに駆け寄る音羽を受け止めると、梁園に向けて笑顔でピースサインをして見せる。いつもの調子を崩さない彼に溜息をつきながら、梁園は先程の騒動の顛末を聞く事にした。
「美麗さん。あの不埒者共は始末出来たのですか?」
「始末だなんて物騒ねぇ。ちゃんと理事長先生に引き渡してきたわ。色々ワルい事やってたみたいだし、退学は免れないでしょうね」
「美麗さん、大丈夫? 怪我してない……?」
「ヘーキヘーキ! あれぐらいの人数に負けるアタシじゃないわよ」
「良かった……」
「それでは、私は失礼します。東さんへの用事も終わりましたし、何となく騒がしくなりそうな予感がしますので」
「ウフフ、了解。音羽ちゃんを守ってくれてありがとうね、梁園ちゃん」
「私はただ依頼をこなしただけですよ。それに……良い収穫も得られましたから」
「西園寺さん、助けてくれてありがとうございました……!」
「えぇ。またお会いしましょう、東さん」
音羽達に軽い挨拶を済ませると、廊下の奥へと消えていく梁園。彼女の姿が見えなくなってから少しした後、美麗は音羽に優しく話しかける。
「音羽ちゃん。誰に何を言われたって、『Liella!』のサポーターはアナタしか居ないわ。胸を張って頂戴。アタシはずっと、音羽ちゃんの味方だから」
「美麗さん……うん、ありがとう。僕、頑張るよ。期待してくれてる皆の為に。何より、この学校の為に」
「フフッ、そう来なくっちゃ」
美麗からの激励に、音羽の胸の奥から熱いものが込み上げてくる。『Liella!』の唯一無二のサポーター。その自覚を噛み締めながら、音羽は顔を綻ばせた。
「じゃあ美麗さん、僕もそろそろ行くね。会って話をしなきゃいけない子がいるんだ」
「えぇ。行ってらっしゃい……って、あら?」
「向こうから誰か……えっ?」
サポーター募集の件も一段落し、改めてきな子の所へと向かおうとする音羽であったが、廊下の奥から数人の生徒がこちらに走って来るのが見えた為、不思議に思いながら足を止めた。
「副会長、大丈夫ですかっ!?」
「東先輩っ!」
「えっ、わわっ……!?」
「あらあら、いっぱい来ちゃったわねぇ。ファンサしてあげた方が良いんじゃないの?」
「う、うん……行ってくるね?」
廊下の奥から走ってきたのは、新入生含む数十人の生徒達。騒動を聞き付けて集まって来たらしい彼らに戸惑う音羽であったが、美麗に背中を押され、少し緊張しながらも生徒達の元へ向かうのだった。
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『そこから皆に揉みくちゃにされちゃって。抜け出すのが大変だったよ……』
『おぉ……西園寺サン達、カッコ良いデス……!』
音羽の語る美麗と梁園の勇姿に可可が目を輝かせる中、すみれは何やら訝しげな顔をして首を傾げる。
『それにしても、西園寺梁園は何で音羽にあんな質問したのかしら。いくらなんでも疑いすぎじゃないの?』
『そりゃあ、妹さん達が心配だったからじゃないの?』
『私もかのんさんに同意です。それに、男性サポーターという点も気になったのかもしれませんね……』
『妹が心配な気持ちは分かるけど、それにしたって気に入らないわね……』
『まぁまぁすみれちゃん、おとくんは悪い子じゃないって納得して貰えたから良いじゃん、ね?』
『そうだけど……』
梁園の質問の内容に不満そうなすみれを皆が宥める中、先程から音羽がノートにメモを取っている事に気づいたかのんが、彼に声をかける。
『おとちゃん、何か良いアイデアでも思いついた?』
『うん! 西園寺さんが部室に来た時の為に、「Liella!」の紹介資料を作っておこうかなって。もしかしたら、愛美ちゃん達みたいにスクールアイドルに興味持ってくれるかもしれないし!』
『あ、あんたねぇ……ふふっ、ふふ……』
『んふふっ……』
『ど、どうしたの皆。急に笑い出したりして……?』
『おとちゃんはいつも通りだなって、ふふっ……』
『あーあ、何かイライラしてるのがバカらしくなってきたわ』
『資料を皆で作ってから、今日の通話は終わりにしましょうか。音羽くん、メモを見せて下さいますか?』
『良いよ! まずはね……』
怪しげな空気になって来たにも関わらず通常運転の音羽に、思わず吹き出してしまう『Liella!』メンバー。傍から見れば音羽が場の空気を読めていないように見えるかもしれないが、この天然さも彼の良点であり、皆の癒しの1つ。故に、不満を述べる者は誰も居ない。
すっかり和気あいあいとした雰囲気に戻った一同は、音羽を中心として部活紹介の資料作りを始めるのであった。
どんな時でも、変わらない君。