星達のオーケストラ+IF 流星のコンチェルト 作:再来アーク
入学式翌日。新学期最初の日も既に正午を過ぎ、新入生達は思い思いの場所で授業の感想や雑談を混じえながら昼食を摂っていた。そんな中、校庭のベンチでとある少女が1人寂しくパンを頬張る。
「はぁ……」
桜小路きな子、絶賛苦悩中である。
「スクールアイドル、本当にきな子なんかに務まるっすかねぇ……」
昨日音羽に想いを打ち明けたことで幾分か気持ちは晴れたものの、抱えた不安自体はそう簡単に消えるものではなく、日が開けても気持ちが沈んだままだったきな子は、せめて気晴らしになればと校庭の美しい木々を眺めながら昼食を摂ることにしたのだ。
「初日からこんなじゃ、友達すら出来ない気がして来るっす。このまま一人寂しく学校生活を送るんすね、あはは……」
「そんな寂しい事言っちゃダメだよぉ~」
「え……わぁぁっ!?」
何処からか聞こえてきた、間延びした柔らかい声。きな子がふと振り向くと、目と鼻の先に愛美の顔が至近距離で迫っていた。いきなり現れた彼女に、きな子は驚きのあまりパンを真上に放り投げながらベンチから転げ落ちてしまう。空中に舞ったパンを片手でキャッチしながら、愛美はひっくり返ったきな子に手を差し伸べた。
「ごめんね桜小路さん。驚かせるつもりは無かったんだ、っと。はいこれ」
「ありがとうございますっす……愛美さんは、どうしてここに?」
「食後のお散歩してたら、桜小路さんが寂しそうな顔して座ってたの見かけてねぇ。何かあったのかなって思って、声掛けちゃった」
「そ、そんなに分かりやすかったっすか……?」
「そりゃあもう」
「あぅぅ……」
少々形が崩れたパンを受け取りながら、きな子は愛美にどうして自分に声を掛けたのかを聞き、理由を聞いて頭を抱えた。昔から感情が表情や態度に出やすいと周りから言われていたものの、そこまで分かりやすかったとは。羞恥に悶えるきな子の肩を叩きながら、愛美は改めて優しく声を掛ける。
「まぁまぁ、素直なのは美徳とか言うしさ。ほら、早くお昼食べないと休み時間終わっちゃうよ?」
「はいっす……」
「そうだ。せっかくだし、お昼食べ終わったらちょっとお話しない?」
「えっ、良いんすか?」
「良いよぉ。ここで出会ったのも何かの縁かなって、ね?」
「あ、ありがとうございますっす! じゃあこちらに……」
「ん、ありがとねぇ」
きな子が開けたスペースにすとんと腰を落とし、気持ち良さそうに伸びをする愛美。その姿がどこか大型犬の様に見えて、きな子はくすりと笑みを漏らす。そんな事を知る由もない愛美は、不思議そうに首を傾げるのであった。
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「なるほど。スクールアイドルをやりたいけど、中々決心がつかないわけだ」
「勇気を出さなきゃいけないって、分かってるんすけどね……自分で自分が情けないっす」
「それは仕方ないよ。ずっと悩んでた事なんだから、昨日今日で気持ち切り替えるなんて難しいしね」
「そうっすよね……って、すみません愛美さん。何だかお悩み相談みたいになっちゃったっすね……」
「大丈夫、気にしないで。私で良ければ、お悩みでも何でも聞くよ?」
「うぅ、かたじけないっす……」
お昼を食べ終え、愛美と雑談を始めたきな子であったが、彼女の柔和な雰囲気に無意識に絆されたのか、気づけば今抱えている悩みや迷いを全て愛美に話してしまっていた。雑談のつもりであったのに自分が一方的に話す形となった事に謝るきな子に対し、愛美は気にしていないと宥め、自分で良ければ聞き手になると提案した。申し訳なさそうにするきな子に微笑みかけながら、愛美は自分の考えを言葉にする。
「桜小路さんはさ、先輩達に迷惑をかけるのが嫌なんだよね?」
「はいっす。きな子が入部して『Liella!』の質が落ちたなんて言われたら、嫌だなって……」
「んー……桜小路さん、ちょっと厳しい事言うけどさ。それは流石に臆病になりすぎだよ。最初からそうやってマイナスの方向に考えてたら、出来る事も出来なくなっちゃうんじゃないかな?」
「うっ……そうっすね……」
「下手でも、自信が無くても良いんだよ。ゼロから始めるんだし、迷惑かけて当たり前なんだから。桜小路さんが頑張る気持ちを持ち続けてれば、先輩達もきっと助けてくれる。だから、最初から諦めるなんて悲しい事、しちゃだめだよ」
「愛美、さん……」
『スクールアイドルに資格は要らない。やりたいって思ったら、いつでも始めて良いんだよ。出来ない事があったら、皆が教えてくれる。皆で一緒に頑張れる。それがスクールアイドルだから!』
きな子の脳裏に、昨日の音羽の言葉が過ぎる。やりたいと思った時に始められる、それがスクールアイドルだと。目立った何かを持っていない普通の自分でも、始めて良いのか。誰かに夢を見せられるような、素敵な人間になれるだろうか。きな子の脳内で、正と負の感情が駆け巡る。
「きな子、は……」
「私はね。スクールアイドルになった桜小路さん、ちょっと見てみたいなって思ってるよ?」
「そうなんすか?」
「うんっ。ダンスしたら、ふわふわのツインテがシッポみたいに跳ねて可愛いかなぁって。それにさ、桜小路さんの笑顔可愛いもん」
「ふぇっ!?」
「あははっ、そんなにびっくりする事かい?」
「だって、笑顔が可愛いなんて、あんまり言われた事が無かったっすから……」
「えぇっ、嘘でしょ? こんな可愛いのに。周りの人は見る目が無いなぁ」
「そ、そこまで言うっすか……?」
愛美に自分の容姿をべた褒めされ、頬を手で押えながら恥ずかしがるきな子。今まで他人から容姿を褒められる経験がほぼ無かった彼女にとっては、愛美の真っ直ぐな賞賛は新鮮かつ非常に恥ずかしくなるものであったのだ。そんなきな子を笑顔で見つめつつ、愛美は彼女に言葉をかける。
「桜小路さん、さっきはちょっときつい事言っちゃってごめんね。でも、私は桜小路さんにスクールアイドルになる事を諦めて欲しくない。これだけは本当の気持ちだよ」
「愛美さん……」
先程の冷たい言動について謝る愛美。彼女はきな子の話を聞く内に、その胸の中に灯ったスクールアイドルへの憧れを言葉の節々から感じ取っており、このまま彼女が挑戦しないまま諦めてしまうのが惜しいと思うようになった。故に、弱気になりすぎていたきな子に敢えて厳しい言葉で指摘したのである。そのかいもあってか先程より少し明るい顔になったきな子に、愛美は優しく語りかける。
「もし困った事があったら、何でも言ってよ。私で良ければ力になるからさ」
「ありがとうございますっす。きな子、もうちょっと勇気出してみるっす!」
「うんうん。何でも挑戦した方が楽しいからねぇ。私もスクールアイドル部に挑戦するつもりだしね」
「えっ。という事は、愛美さんもスクールアイドル部に入部するんすか?」
「ううん、入部はしないよぉ。私はスクールアイドル部のライバルになるのです!」
「ライバル……かっこいいっす!」
自慢げに『Liella!』のライバルになると宣言する愛美に、きな子は目を輝かせる。あくまで競い合う相手としてスクールアイドル部を見ている愛美は、入部する段階で迷っている自分よりはるか先を進んでいると感じた故であった。しかし、スクールアイドルにならないのであれば、どうやって『Liella!』と競い合うのか。疑問に思ったきな子は愛美にどうするのかを聞いてみる事にした。
「でも愛美さん、スクールアイドルにならないなら、一体どうやって先輩達と競うんすか?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました。私はこれでも駆け出しのダンサーでねぇ。大会で沢山『Liella!』より凄いパフォーマンスを魅せて、先輩達より先に大会で全国の頂点に立っちゃおうって訳よ。まぁ、ジャンル違いだからこの形で競えてるのかどうかは怪しいけどね」
「なるほど……ダンサーの世界とかはあまり分からないっすけど、応援してるっす!」
「おやおや、そんな敵に塩を送る真似しちゃって良いのかい。桜小路さんが『Liella!』に加入したら、私とはライバルって事になるんだよ?」
「えっ……あっ、言われてみればそうっすね!? でも応援したい気持ちは本当っすし、いやライバルなのに応援しちゃうのはどうなんすかね、うーん……」
「あははっ、そんな難しく考えなくても良いよぉ。ライバルといっても、完全な敵同士って訳じゃないしね」
「確かに、それもそうっすね。じゃあこのまま応援するっす!」
「ふふっ、よろしくねぇ」
落ち込んだかと思えば、次の瞬間にはパッと明るい笑顔を見せるきな子。パラパラ漫画のようにハキハキと表情を変える彼女に、こんなに分かりやすい子は初めてだ、と愛美は思わず笑みを零す。こんな子と高校生活を送れたら楽しいだろうな、と愛美がぼんやりと考えていた理想の同級生像そのままの人間が、目の前に現れたのだ。そうと決まれば、と愛美はきな子に声を掛ける。
「ね、桜小路さん。今日から友達にならない?」
「えっ!? と、友達?」
「うん。その友達だよ」
「えっと、きな子で良いんすか……?」
「良いに決まってるよ。私達、きっと気が合うと思うんだ。それに、桜小路さんの事もっと知りたいからねぇ」
「愛美さん……! その、普通のきな子で良ければ、どうぞよろしくお願いしますっす!」
「ふふっ、やったぁ。あ、せっかく友達になるんだし、さんじゃなくてちゃんで呼んでくれたら嬉しいなぁ」
「ふぇっ!? じゃ、じゃぁ……愛美、ちゃん」
「えへへ。これから改めてよろしくね、きな子ちゃん!」
「はいっす!」
緊張しているのか、震えるきな子の手を愛美は優しく握る。自分より少し小さな掌を撫でながら、愛美はきな子と明日からどんな事をしようか、と早速頭に未来設計図を描き始めるのであった。
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「そんでさ、高い所に引っかかってたその風船を取ろうと思ったら、勢い余って地面に叩きつけちゃったワケよ」
「ちょっと、好美ちゃん力強すぎでしょ!」
「そんな事したら風船大爆発しちゃったんじゃない?」
「あはは、お察しの通りです……」
「西園寺ってさ、自己紹介の時は元気なイメージあったけど、話してみると意外と大人しい雰囲気あるよな」
「えぇっ。これで大人しいなんて、君んとこの学校何人あたしがいたのさ?」
「中学校なんて大体そんなもんじゃね? あともう下の名前で呼んで良いか。同じ苗字の人間2人居ると呼びづらいんだよ」
「全然OKだよ。あたしも苗字で呼ばれると愛美とこんがらがっちゃうしね!」
「おう、了解」
時を少し戻して、1年生の教室。
昼食を食べ終えた好美は、早速気が合った数人のクラスメイトと食後の談笑を楽しんでいた。
当初好美に話しかけるのは女子生徒ばかりであったのだが、彼女の人となりが広まってくると次第に男子生徒も声を掛けてくるようになり、いつの間にか好美を中心とした数人規模のグループが形成されていた。友達が欲しいと思っていた好美もまさかこのスピードで人が集まるとは思っておらず、本人は内心少し困惑しながらも、彼女の友達作り計画は今の所順調な滑り出しを見せるのだった。
「オ~ニナッツゥ~!」
「ん……んっ?」
昼休みも半ばまで差し掛かった頃、教室の外から聞こえてきた快活な声。その妙に高いトーンと跳ねるような口調に聞き覚えがあった好美は、記憶の本棚を辿りすぐさま声の主を突き止める。
「鬼塚さんだ……!」
「知り合い?」
「うん。ファンなの! ちょっと行って来て良いかな?」
「良いよ。また放課後話そ!」
「昼休み終わるまでには帰って来いよ~」
「ありがと皆、じゃあまたね!」
グループの面々に確認を取ると、好美はロケットスタートを決めながら教室を飛び出して行くのであった。
「なぁお前ら、鬼塚なんて名前の有名人聞いた事あるか?」
「全然。Ltuberかなんかじゃない?」
「推しは千差満別とか言うし、私たちが知らなくてもおかしくないよ」
「そーいうもんかなぁ……?」
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校舎隅の踊り場。夏美は先程撮影した昼食の自撮り動画を見つめながら、満足気な笑みを浮かべていた。
「にゅふふ、中々良い写りですの。昨日はあんまり良いネタは得られませんでしたが、学生は日常にこそ需要があるというもの。初々しい学校生活を演出して再生数アップの礎にしますの!」
「鬼塚さん発見!」
「ふぎゃっ!? 何なんですの貴女いきなり!」
突如後ろから現れた好美に、夏美は驚きのあまり飛び上がって尻餅を着いてしまった。そんな彼女を見て少し申し訳なくなったのか、好美は頬を掻きながら夏美に声をかける。
「やっほ。昨日ぶりだね!」
「昨日って……あっ、校門の?」
「そうそう! 覚えてくれてたなんて嬉しいね、今は撮影中?」
「そうですの。それで、私に何かご用件ですの?」
「うん。どんな動画撮ってるのかなーって気になっちゃって!」
「公開前の動画内容を教えるわけには行きませんの。トップシークレットですのよ!」
「うっ、そうだよね……」
興味津々といった様子で語りかけてくる好美に夏美は笑顔で返答してはいたものの、内心彼女の事を不審に思っていた。今まで街中で撮影をしていても誰一人として声を掛けて来なかった経験からして、いきなりファンだと言って突然迫ってきた好美には何か裏の目的があるのでは無いかと勘ぐっていたのである。昼休み終了までの時間は確実に迫っていたが、まずは好美を何とかしなければこれからの撮影にも影響が出ると判断した夏美は、この状況を打破する為の方法を脳内で構築し始める。
「というか、貴女は一体何者ですの! まずは名乗るのが礼儀と言うやつなんじゃないんですのっ?」
「やばっ、本当だ。あたしとした事が……じゃあまずは自己紹介からだね。私は西園寺好美! 好きと美しいを合わせて好美だよ、どうぞよろしく!」
「はい、よろしくですの……ん、西園寺?」
「うん、西園寺だけど……どうかしたの?」
好美の自己紹介を聞いた夏美は、彼女の苗字を認識した瞬間目を見開く。『西園寺』と言えば、この周辺では専ら西園寺総合病院の事を指す。一流の腕前を持つ医師が揃い、傘下の施設を何軒も抱える全国的に有名な大病院。そのご令嬢(と思わしき人物)が目の前に現れたのである。その事実を認識した途端、夏美の思考は逆転し、好美を遠ざけるのではなく『引き止める』作戦へとシフトした。
「んっ、んん……その、好美さん。良い名前ですのね」
「えへへ、ありがとっ! てかいきなり名前呼びなんて鬼塚さん大胆だね……?」
「それは流れで……って、今は呼び方なんてどうでも良いですの! さて、突然ですが好美さん。あなたに提案がありますわ」
「提案?」
「えぇ。単刀直入に言わせて貰いますと……あなたには、私のアシスタントになって欲しいんですの」
「うん、良いよ!」
「ありがとうございま……ってちょぉっ!? 流石に返答早すぎません!?」
「えっ、そう? だって面白そうだし。あ、一応何やるかだけ聞かせて貰える?」
「は、はいですの……」
1秒にも満たない速度で了承を返した好美に夏美は即座にツッコミを入れる。素直そうな性格だとは思っていたが、こうもあっさりと返されては流石に提案した側とはいえ驚くものである。だが、どんな形であれ了承に変わりは無い。言質を取ってしまえばこちらのものだと言わんばかりに、夏美はしたり顔で好美に話しかける。
「業務としてはカメラマンとしての撮影、編集作業全般。取材先へのアポ取りにチャンネル収益の管理が主ですの。もちろん私が一緒にやるので慣れていなくてもご心配なく。報酬もきちんと支払わせて頂きますの」
「なるほどね。体力はある方だし、撮影なら任せて! 普通の動画編集ソフトなら一通り使えるから、編集もある程度は出来るよ。お金の計算は……ちょい自信無いかも」
「それだけ出来れば十分すぎるぐらいですの。では、契約成立という事で!」
「あれ、口約束だけで良いの?」
「にょっ……!?」
「せっかく契約するんだから、紙なりなんなりで証拠残した方が良いんじゃないかなって。あたしが実は悪い子だとして、あっさり裏切っちゃったら損するのは鬼塚さんなんだしさ」
好美から突然発せられた一言に、夏美の背中を冷や汗が伝う。契約のけの字も知らなさそうな雰囲気を纏っていた好美を正直舐めてかかっていた夏美であったが、気持ちを引き締め直し会話プランを変更する。目の前の人間は、無垢であって無知ではないのだから。
「にゃはは……私とした事が、ついうっかりしていましたの。それでは、とりあえず私のノートに直筆で署名をお願いしますの」
「おっけー!」
軽快な手つきで署名する好美を見つめながら、夏美はほっと胸を撫で下ろす。好美の言動からは所々底知れなさを感じるものの、自分に近づいてきた理由からして警戒するほど怪しい人物ではないと夏美は判断し、ひとまず疑念を頭の片隅に追いやる事にした。
「これで正式に契約完了ですの。これからアシスタントとして、よろしくお願いしますの!」
「こちらこそ。やるからにはしっかり働くから、どうぞよろしく!」
夏美の方から差し出された手を固く握り返す好美。推しLtuberからのアシスタント依頼という予期せぬ出来事に、彼女の胸は期待で高鳴っていた。夏美については所々怪しい表情や言動があったものの、あくまで怪しいだけで悪人では無さそうだと感じた為、一旦は彼女を信じて動く事にした。
「(さっきは少し焦りましたが、これで貴重な戦力ゲットですの。チャンネルの発展の為にガンガンこき使わせて貰いますの~! にゃはは~っ!)」
あくどい考えを秘めた夏美と、
「(うわぁ、可愛いけどめっちゃワルな笑顔してる。鬼塚さんって結構顔に出るタイプなんだ。ワンチャン仲良くなれるかもだし、楽しそうだからとりあえず引き受けたけど、何か怖い事考えてるのかな。大丈夫かな……?)」
そんな彼女に警戒心を抱く好美。
互いにとって予想外の出来事が重なり生まれた、奇妙な契約関係。それが2人に何をもたらすのか、今はまだ誰も知らない。
君を知りたい、もっと近くで。