星達のオーケストラ+IF 流星のコンチェルト 作:再来アーク
入学式より早1週間。
新入生達もすっかり学校の雰囲気に慣れ、授業や部活に励みながら日々を過ごしていた。
そんなある日の放課後。部活の準備や帰宅等で慌ただしく生徒達が動き回る中、廊下の掲示板の前に一人の少女が、桜小路きな子が立っていた。彼女の視線の先にはスクールアイドル部の勧誘ポスターが張り出されており、それをきな子は真剣な面持ちで眺める。今日に至るまで『Liella!』メンバーや音羽、そして愛美から励ましの言葉を受けた事で心の中に渦巻いていた不安は薄れ始めていたものの、いざ入部する事を考えると中々緊張が解れず、部室へと繋がる大階段の前でくるくると周回したり、ポスターを見つめたりと延々と逡巡していたのである。そんな彼女に、近づく人影あり。
「きーなこちゃん!」
「ぬひゃあっ!? な、なんだ。愛美ちゃんっすか……」
「えへへ、見つけたからつい声かけちゃった。何してたの?」
「ちょっと考え事っていうか……心の準備をしてたっす」
「もしかして、スクールアイドル部の事で悩んでたりみたいな?」
「……当たりっす」
胸中を言い当てられて苦笑いを返すきな子の隣に並び、愛美はスクールアイドル部のポスターを見つめる。可愛らしくポップなデザインと分かりやすい活動内容の説明から、新入生に気軽に興味を持ってもらいたいとの製作者の工夫が見えてくる。だが、結ヶ丘のスクールアイドル部はこの地域で近年稀に見るレベルの躍進ぶりを遂げているのもまた事実。その実力の高さ故に、きな子のように入部を躊躇してしまう人間が出てきてしまうのも無理はないと愛美は考えていた。それを踏まえた上で、不安そうなきな子をどう励まそうかと愛美が言葉を選んでいると、彼女が静かに口を開いた。
「愛美ちゃんとお友達になった日の夜、かのん先輩に会ったっす」
「へぇ、それは良い偶然だねぇ。お話出来たの?」
「はいっす。待ってる、って」
きな子はそう語りながら、当時の風景を脳裏に思い浮かべる。愛美と友人としての契りを交わした日の夜、何となく気持ちが落ち着かなかったきな子は、気分転換に近くの通りを散歩している途中、街頭ビジョンで放映されていた『Liella!』のパフォーマンス映像を目にし、気づけば不安と憧れが入り交じった複雑な気持ちで映像を見つめ続けていた。そこに自主錬習のランニングをしていたかのんが偶然通りすがり、少しばかりの会話をしたというのが事の経緯であった。きな子は、かのんとの会話を続けて想起していく。
「先輩しか居なくて気後れしちゃうかもしれないけど……私、きな子ちゃんと一緒にスクールアイドルがしたいんだ!」
「えっ……?」
「初めてやる事だから、不安なんだよね。分かるよ、その気持ち。私も同じだったから。得意な歌も満足に歌えない、それ以外もからっきしで……最初は何も出来なかった」
「かのん先輩が……?」
かのんが自ら明かした衝撃の事実に、きな子は思わず息を飲んだ。歌もパフォーマンスも完璧にこなす現在の彼女からはとても想像も出来ない過去であったが、かのんの苦虫を噛み潰したような表情から本当の事なのだろうと察し、口を挟まずに彼女の話に耳を傾ける。
「でも、皆が居てくれたから私はなんとかここまで成長できた。私一人じゃ、絶対今の「わたし」にはなれなかった。だから今度は私が、きな子ちゃんにとっての「皆」になる番! これから先の夢は、ステージの上から見る景色は、きな子ちゃんと見られたら素敵だって思うから!」
「かのん、先輩……!」
『スクールアイドルに、資格は要らない。やりたいって思ったら、いつでも始めて良いんだよ。出来ない事があったら、皆が教えてくれる。皆で、一緒に頑張れる。それが、スクールアイドルだから!』
かのんの真っ直ぐな思いに、きな子はまるで心臓を撃ち抜かれたような気持ちになった。それとほぼ同時に、音羽にかけられた言葉が脳裏を反響していく。こんな自分を、必要と言ってくれる人がいる。それだけで、きな子の胸に熱いものが込み上げていく。
「週末、学校の屋上で今度のライブのリハーサルをやるんだ。きな子ちゃんの事、待ってるから! それじゃあまた明日、帰り気をつけてね!」
「あ……はいっす。また明日!」
足早に駆けていくかのんの後ろ姿を見つめながら、きな子は胸に湧き上がってきた形容し難い感情を噛み締めるように拳を握り締め、画面越しに自分に手を伸ばす映像の中の『Liella!』を、見つめ続けるのだった。
~~~
「と言う訳なんす」
「うへぇ。かのん先輩ったら、随分アツい勧誘するんだねぇ」
「あの時は上手く答えられなかったんすけど、今なら言葉に出来るっす。スクールアイドル、やってみたいって」
「でも、まだ不安なんでしょ? あんな顔してるんだもん、私でも分かるよ」
「それでもっすよ。ここでうじうじしてたら、ずっとダメダメきな子のままっす。ここで1歩踏み出さなきゃ、きな子は変われないから。先輩達の期待に応えられるぐらいの自分になれたら、きっと自分にも自信が持てるって、そう思ったんす。だから、きな子は部室に行くっす……!」
力強くそう宣言したきな子の手を、愛美は優しく握った。少し震えたままのそれを撫でながら、袖に忍ばせていた小さな何かを握らせる。
「これ……甘露飴っすか?」
「うん。今からきな子ちゃんが頑張れますようにのおまじないだよぉ。好きな時に食べてね?」
「わぁ……ありがとうっす!」
「それじゃ、早く先輩達の所に行かなきゃだねぇ。きっときな子ちゃんの事、待っててくれてるよ?」
「はっ、そうだったっす。早く行かなきゃっすね!」
愛美の一言で要件を思い出したきな子が、鍔を返して部室へと繋がる階段を昇ろうとした、その時であった。
「オーニナッ……って、ちょ~っとそこの2人組ぃ!」
「わぁっ! な、何すか!?」
「えっ2人って……これ私も含まれてる感じかい?」
階段の方から特徴的な高い声が響き、驚いた2人の振り向いた先には女子生徒が1人。入学式の日に出会った鬼塚夏美であった。彼女は不機嫌そうに眉を顰めて2人を睨む。
「当たり前ですの! さっきから貴女達がちょこちょこ動いてカメラに映り込んでるんですのよ! そのせいで気が散ってしまったじゃありませんの! 取り直しですのよ、リテ~イクっ!」
「す、すまねぇっす!」
「おっとそれはごめんねぇ。すぐここから居なくなるから、どうか許してくれないかな……?」
「えっちょ、まぁそれなら良いですが……」
夏美はどうやらきな子達の近くで動画撮影をしていたらしく、彼女の怒りようにきな子はすぐさま頭を下げて詫びを入れ、一拍遅れて愛美が手を合わせて謝罪する。その様子から、2人が悪気があって自分の邪魔をした訳ではないと理解した夏美は、謝罪の勢いに若干戸惑いながらも、怒りの矛を一旦収める事にした。
そんな彼女の肩を、後ろからやって来た誰かがぽんぽんと優しく叩く。
「まぁまぁ、まだ撮り始めだから良いんじゃない? 校舎広いんだし、他にいくらでも映える場所はあるって!」
「映えを意識してこの場所にしたんですのよ!? 1時間も探し回って今更場所変更なんてしたくねぇですのっ!」
「もう、強情だなぁ……ってあれ、愛美ときな子ちゃんじゃん。こんな所でどしたの?」
夏美の肩を叩いたのは、なんと好美であった。夏美との言い争いも程々に、愛美達がこの場にいるのを不思議に思った彼女が理由を問いかけると同時に、2人は返す刀で好美に疑問をぶつける。
「どしたのって、それはこっちの台詞だよぉ」
「好美さん、いつの間にCEOと仲良くなったんすか……?」
「んー。仲良いってゆーか……まぁいろいろあってさ、今は鬼塚さんのアシスタントやってるんだ」
「へぇ、それはまた面白そうな事してるね。鬼塚さん、うちの好美を宜しくお願いしますね」
「こ、こちらこそ……って、今そんな話してる場合ですの!?」
「その……CEOっ!」
「夏美で良いですわ……って、今度は貴女ですの。随分緊張した顔してますけど、何かあったんですの?」
愛美達のマイペースな会話に夏美が1人取り残される中、きな子が何やら意を決した様子で彼女に声をかけた。半ば呆れた様子で応対した夏美は、きな子が先日会った時とは随分違う表情をしている事に気づき、その理由を問う。
「何かやりたい事があって、でも自分に向いてなさそうな時……CEOなら、どうするっすか?」
「だぁから夏美で良いって……というか、何で私にそんな質問を?」
「きな子は、運動がダメダメで、得意な事も無くて……それでも、やりたい事があるんす。C……夏美さんは、動画を作ったり、他にも色んな事をやってるって愛美ちゃんから聞いたっす。だから、何かアドバイスを貰えたらなって思ったんす」
きな子から質問の理由を聞いた夏美は、少しの間顎に手を当てた後、納得した様に頷いた。
「ふぅん、なるほど。先に言っておきますけど、今から話す事はあくまで私の考えですの。それでも良いですの?」
「あ、ありがとうございますっす!」
あくまで自分の意見だと前置きした後、夏美は自分の持論を語り始める。
「良いですの? 向いてない事をいくら頑張ったって、ダメなものはダメですの」
「ですよね……」
「でも……やってもないのに向いてるかどうかなんて、分からないでしょ?」
「……!」
核心を突いた夏美の言葉に、きな子はハッとさせられる。最初から向いてないと諦めてしまえば、そもそも何も始める事など出来るわけが無い。何事も、まずは挑戦から始まるのだと。
「おぉ、中々カッコイイ事言うじゃん」
「そうですの? 私が今までそうしてきたってだけですの」
「それがカッコイイんだって。で、きな子ちゃん。どうする?」
「……私、先輩達の所に行ってくるっす!」
夏美の言葉に気を引き締め直したきな子は、少し挑発的な好美の問いに真剣な表情を見せ、改めて屋上へ続く階段を上ろうとした、その時であった。
「自分に正直に……」
「……ふぇ?」
隣から突然聞こえた声。何かと思ってきな子が振り向くと、同じ学年のクラスメイト、若菜四季がいつの間にか隣に現れていた。何処から来たのかと怪しむ間もなく、足元から何やら物騒な金属音が聞こえた。
「足関節神経BLOCK。一部シンクロ完了」
「えぇぇぇぇっ!? ちょ若菜さ……あっ!? うわぁぁぁぁ!?」
「ぬわぁぁぁ!! もう7分もロスしてるじゃないですの! 時はマニーなりっ……きゃっ!?」
「おっ、と。危ないなぁもう……」
突如超スピードで走り出した四季ときな子。タイムロスに気を取られていた夏美は危うくぶつかりそうになるも、好美が咄嗟に壁際へと抱き寄せ難を逃れる。あっという間に回廊を駆け上がって行った2人を見送ると、目を合わせてほぼ同時に首を傾げた。
「鬼塚さん、大丈夫?」
「私は大丈夫ですけど……アレ、何なんですの?」
「さぁ。でも、足にくっついてたあの機械、なんだか面白そうじゃない!?」
「あんなの明らかな地雷ネタに決まってますの!」
「あらまぁ、きな子ちゃん攫われちゃったよ。ちょっと様子見てくるねぇ」
「うん、またね愛美! きな子ちゃんによろしく!」
四季が足首に装着していた機械に興味を示す好美を夏美が引き止める中、突然の出来事に呆然としていた愛美が我に返り、きな子の後を追うべく階段を駆け上がっていった。
「はぁ、また撮り直しですの……」
「まぁまぁ、ポジティブにいこうよ!」
「うるせーですのっ!」
~~~
「ぬわぁぁぁぁぁ!!」
四季の機械により強制二人三脚のまま階段を駆け上がらされ、素っ頓狂な声を上げるきな子。そんな彼女とは反対に、四季は真顔のまま共に階段を駆け上がっていた。
「ひぇぇぇ……!」
「ロック解除」
順調に階段を上り、2人がスクールアイドル部の部室に繋がる階段に差し掛かったかと思うと、四季が一言呟いて脚の機械のロックを瞬時に外し、きな子を解放する。しかし、これまで走ってきたスピードはそうそう衰えるものではなく、きな子は勢いのまま階段を駆けていってしまう。
「若菜さんっ、止まれないっす、うぁぁぁぁ……!」
「ファイトー」
階段の彼方へと消えていったきな子を、四季はひらひらと手を振りながら見送るのだった。
「……おい四季。桜小路の叫び声っぽいのが聞こえた気がしたけど、あいつに何かしたのか?」
きな子を見送った四季の横に、いつの間にかメイが立っていた。先程の叫びを聞きつけたのかと考えながら、四季は彼女に語りかける。
「ん、メイ。私は桜小路さんの背中を押しただけ」
「うそつけ。どうせまたトンチキな発明品の実験に巻き込んだんだろ」
「安全には気を使ってるから、無問題。それより、『Liella!』のリハーサル始まるよ?」
「そういう話じゃ……って、はぁっ!? 今からやんのか!?」
「うん。見たいなら、見れば良い」
「あー、じゃあ、ちょっとだけ……」
今日はやけに素直だな、と心の隅で考えながら、四季はメイと一緒に階段を上るのであった。
~~~
「わぁぁぁぁ! ぶ、ぶつかるぅぅぅ! ひぃぃぃ!!」
勢いのまま部室前まで駆け上がって来たきな子は何とか止まろうと踏ん張ろうとするも、却ってそれが逆効果となり、急制動したまま部室の扉に半ば突っ込む形となってしまった。扉の鍵が空いていた事もあってか、怪我をする事なくきな子は扉を突破し、無事屋上へと降り立った。
「はぁっ、はぁ……し、死ぬぅ……んっ?」
息を切らしながらきな子が前方を向くと、そこにはライブ衣装に身を包んだかのん達結ヶ丘高校スクールアイドル部、『Liella!』が立っていた。彼女達の背面にはパステルカラーで彩られた仮設ステージが鎮座しており、衣装デザインも相まってまるで遊園地のような雰囲気を醸し出していた。
「かのん先輩、これは……」
「きな子ちゃんに、私達のライブを見て欲しい。今の『Liella!』の、とっても楽しいライブを!」
「待ってたよ、きなちゃん。『Liella!』のステージへようこそ!」
「音羽先輩!」
かのんの言葉に続き、肩にジャケットを羽織った音羽がきな子に語り掛ける。目を丸くして緊張した様子の彼女を見た音羽は、優しく微笑みながら隣に立つ。
「きなちゃんにスクールアイドルを……『Liella!』を知ってもらうには、こうした方が一番かなって思ったんだ。このステージで、少しでもきなちゃんの不安な気持ちが和らいだら、嬉しいなって。一緒に見よう?」
「は、はいっす!」
音羽の優しい問いかけにきな子が二つ返事を返し、リハーサルを見る決意を固めたその時であった。爆発と勘違いするような轟音と共に扉が開け放たれ、焦った様子の愛美が駆け込んで来たのだ。
「きな子ちゃん大丈夫!? すごい速さで階段駆け上がってったけど……あれ?」
「ま、愛美ちゃん?」
「おとちゃん、観客1人増えちゃったね」
「ふふっ、そうみたい。愛美ちゃんもこっちにおいで?」
「な、何だかよく分からないですが、せっかくですしお言葉に甘えさせて頂きますねぇ……」
目の前の光景に呆気にとられる愛美を他所に、『Liella!』メンバーは愉快そうに微笑む。少しして我に返ったのか、愛美が恥ずかしそうにきな子の隣に並んだと同時に、音羽がかのんとアイコンタクトを取り、数秒もしない内に『Liella!』のパフォーマンスが始まった。
言うなれば、そこは音の遊園地のようであった。無機質な屋上の風景は仮設ステージと一体化するように彩られていき、風船が飛び交うテーマパークをきな子は幻視する。スクールアイドルが楽しそうに歌い、舞い踊る。不安な気持ちも、挑戦する事への恐怖にも寄り添うような歌詞と共に、優しくも魅力的な表情を見せる彼女達に、きな子と愛美はすっかり魅入られていた。初めて『Liella!』のパフォーマンスを見た時の、数倍の衝撃。心の奥まで感じた事の無い温かさに包まれる感覚を覚えながら、きな子は気持ちを高揚させ、愛美は改めて『Liella!』のレベルの高さに驚愕するのだった。
彼女達の歌声が止まると共に変容していた世界も元に戻り、静寂が訪れる。しばらく余韻に浸っていたきな子は我を取り戻すと、両手を頬に強く押し付け突如飛び上がった。
「な、なんじゃこりゃぁぁぁ~っ!!」
昂りきった感情のままに叫ぶと、興奮のあまりか何故かバレエ人形のように片手でクルクルと回り出したきな子を、可可が抱き締める。
「捕まエたデスぅ~!」
「わひゃっ!」
抱き着いた可可の勢いのあまりきな子が尻もちを着く横で、千砂都とすみれが未だ余韻に浸る愛美に近づいていく。
「『Liella!』の生のパフォーマンス、どうだった?」
「いやぁ、すんごいですね……あっという間に引き込まれちゃいました……」
「当然よ、この私もいるんだから。何なら、今から『Liella!』に入部しても良いのよ?」
「んー、それは出来ない相談ですねぇ。私、こう見えても1度決めた事は曲げないタイプなんですよ」
「あら残念。意外と頑固なのね」
「そりゃあ私の弟子だからねぇ。愛美ちゃん、ライバル同士、お互い高めあってこうね!」
「はいです!」
勧誘に失敗してむくれるすみれの横で、千砂都が差し出した拳に自分の握り拳をぶつける愛美。千砂都としては、すみれ同様に愛美や好美に入部して欲しい気持ちはあったものの、他ならぬ彼女自身が部に入らないと決めたのならば、その選択を尊重する事にしていた。愛美の固い決意を表情や言葉から感じ取った千砂都は、優しく微笑む。師弟として、同じ表現者として。道は違えど変わらない、確かな絆がそこにはあった。そして、そんな彼女達を屋上の扉に隠れながら覗く影が2つ。
「み、見ちゃったぁ……生の『Liella!』のパフォーマンスっ……あぁぁぁ……!」
「……必然」
四季とメイも『Liella!』のステージをドア越しに見ており、メイは間近で5人のステージを見れた事にひどく感激を受け、四季はそんな彼女達の中心でもみくちゃにされているきな子の姿を見て、満足げに微笑んでいた。そんな彼女達の後ろから、ずんずんと地鳴りのような足音が響いて来る。
「ちょ~~っとぉ! うるさいと撮り直しになるですの! もう27回もリテイクしたんですのよ!? これじゃキリがないですの!」
「だから撮影場所変えようって言ったじゃんか鬼塚さん……ここはもう諦めよ、ね?」
「んぐぐ……全く、今日はツイてないですの……」
屋上の騒ぎに散々撮影を邪魔された夏美が軽く文句を言いに来たものの、暫く騒ぎが収まる気配が無いと察したのか、どうどうと彼女を宥める好美の手を掴んでその場から去っていってしまった。四季は2人の存在に気づいていたものの、無理に声を掛ける必要は無いと判断して目線を扉の方向に戻し、未だ興奮したままのメイと共に『Liella!』を観察するのであった。
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「かのん先輩! ステージ、凄かったっす!」
そんな扉裏の騒ぎなどは露知らず、きな子はかのんにリバーサルの感想を伝え、彼女はステージから降りてきな子に近づく。
「これがスクールアイドルの魅力。皆と結ばれて作る、新しい世界! 私達皆で、きな子ちゃんを歓迎するよ!」
「きなちゃんには、僕達がいる。僕達が、きな子ちゃんを支える。一緒に、新しい夢を見に行こう。この場所で、スクールアイドルとして!」
かのんと音羽が、きな子に手を差し伸べる。かつて人の繋がりに、絆によって2人は心を救われ、再び夢を抱く事が出来た。だからこそ、迷う人を見捨てない。不安を抱えている人を、見逃さない。誰も取りこぼさないと2人は心に決めていた。優しく差し伸べられた手と、先輩達の笑顔。きな子の心の奥底に燻っていた最後の迷いが、晴れた瞬間であった。彼女は一瞬泣きそうな顔になりながらも、2人の手をゆっくりと握る。
「よろしく、お願いしますっす!」
きな子の言葉を受けたかのんと音羽は顔を見合わせて笑い合うと、彼女の手を強く握り返す。可可は歓喜のあまりその場で飛び跳ね、すみれと恋は一安心といった様子で微笑み、愛美はきな子の勇気を称えるように笑顔で彼女の頭を撫でた。
たった、1歩だ。これからスクールアイドルを続けられる確証がある訳でも無く、自分の抱えた問題は未だに積み重なったままである。だが、それでも1歩勇気を持って踏み出せた自分を、きな子は少し誇らしく思えた。この先輩達となら、何も無い平凡な自分でも誰かの期待に応えられるかもしれない。誰かを、笑顔に出来るかもしれない。不思議とそんな予感が、きな子の中に芽生えていた。
笑顔に包まれ、屋上に笑い声が溢れる。
天気は快晴。果てしなく続く蒼天の空の下、桜小路きな子の人生は今日この時から、大きく変わり出そうとしていた。
たった1歩、されど1歩。
勇気を持って、進め。