星達のオーケストラ+IF 流星のコンチェルト 作:再来アーク
「きな子ちゃんが不安そう、ですか……」
「うん。今日初めて『Liella!』の練習に参加してもらったんだけど、練習中ずっと何処か不安そうで……まだ入部して間もないのもあるかもしれないけど、僕達は別に理由があるんじゃないかなって思ってるんだ」
「そうだったんですねぇ……」
偶然の出会いから始まったお悩み相談室。きな子について真剣な表情で話す音羽に、愛美は時折相槌を打ちながらも静かに耳を傾けていた。
「愛美ちゃんはきなちゃんと友達って聞いたから、今のきなちゃんについて何か知ってると思って。教えられる範囲で良いから、愛美ちゃんの思った事を教えて欲しいんだ」
「なるほど。でも、友達といっても私もきな子ちゃんと知り合ってまだ数日しか経ってないですし、クラスも違うからあんまり話せてないんですよぉ。つまり、私もきな子ちゃんに関しちゃまだまだ初心者って訳なんですが、それでも良いですか?」
きな子から友達だと思われていた事に嬉しさを覚えつつも、愛美は遠回しに自分から伝えられる事は少ないと音羽に伝える。
「それでも大丈夫。今は、少しでもきなちゃんのことを知りたいから。きなちゃんに僕がしてあげられる事を、探したいんだ」
「あははっ、そんな熱心に聞かれちゃあこちらも断れませんねぇ。分かりました、私の知ってる範囲でお教えしますよ」
「ありがとう、愛美ちゃん!」
音羽の期待に満ちた眼差しを受けながら、愛美は自身の記憶を整理し始めた。神社で初めて会った時から今に至るまでの彼女の仕草や声色を記憶の海から引きずり出し、言葉として整えていく。その末に、1つの結論に辿り着いた。
「私が思うに……ホームシックなのかもしれませんね、きな子ちゃん」
「ほーむ、しっく……?」
愛美から告げられた単語に、不思議そうに首を傾げる音羽。生まれてこの方実家を離れた事の無い彼にとって、ホームシックという概念は聞き馴染みの無いものであったからだ。
「実家から旅立った子が、慣れない環境で不安や寂しさを感じやすくなっちゃう事をそう言うんです。まぁ、簡単に言えばちょっとした心の風邪みたいなものですね。でも、本物の風邪みたいに簡単に治るもんじゃないのが厄介でして。放っておいたら最悪、精神的に病んじゃう事もあるみたいです」
「精神的に……!? じゃあ、早く何とかしないと……!」
「まぁまぁ落ち着いて下さいよ、音羽先輩。焦って動いても良い事は起きませんよ?」
「あぅ……ごめん、つい……」
焦りが滲んだ表情で声を上げる音羽の肩を、ゆっくりと擦りながら宥める愛美。元の場所に座り直した後も不安そうな表情の彼に、愛美は優しく語りかける。
「先輩は、きな子ちゃんの不安な気持ちを無くしてあげたいんですよね?」
「うん。慣れない場所で不安な気持ちを抱えたままなんて、すごく辛いと思うから……」
「ならまずは何をするにしろ、音羽先輩から寄り添ってあげるべきかなって私は思います。今きな子ちゃんの近くにいるのは、他でもない音羽先輩なんですから。先輩にしか出来ないきな子ちゃんの支え方があるんじゃないかなって、私は思いますよぉ」
「僕にしか、できない……」
自分にしか出来ない事をやる。サポーターである音羽にとっては一見当たり前のようなそのアドバイスが、彼の心に新しい風を吹き込んだ。凝り固まった思考が整理され、過集中で散らばったアイデアがパズルのように組み上がっていく。一方、隣で目を瞑ってすっかり黙り込んでしまった先輩に、愛美はアドバイスを間違えたかと内心少し焦り、何とかしようと言葉を紡ぐ。
「な、なぁんて。新入生が先輩に何偉そうな事言ってんだって話ですけどね……って、うわっ!」
「ううん、ありがとう愛美ちゃん。お陰で、目が覚めたよ!」
「は、はぃ……それは、何よりです……?」
目を輝かせながら急に立ち上がった音羽に、愛美は驚き半分困惑半分といった様子で反応する。そうして彼女の方に振り返った音羽は、手に持ったラムネの袋を握りしめながら、ゆっくりと話し始めた。
「僕はずっと、新入部員を増やすことばかり考えてた。きなちゃんと同じ目線で頑張ってくれる誰かがいれば、不安も和らぐんじゃないかって思ってたんだ。でも、それは少しだけ違うって気づけた。まずは先輩の僕達からきなちゃんに目線を合わせて、寄り添わなきゃ行けなかったんだって」
「音羽先輩……」
「サポーターとして、スクールアイドルの世界に飛び込んできてくれたきなちゃんを支えたい。『Liella!』で頑張った時間を、楽しい思い出にして欲しいから。だから、愛美ちゃんが言ってくれたみたいに、まずは僕がきなちゃんに寄り添いたい。僕にしか出来ない、僕なりのやり方でね」
先程の不安に揺れる表情はどこへやら。確固たる意思を瞳に宿してそう宣言する音羽を前にして、愛美は彼が何故『Liella!』メンバーにサポーターとして信頼されているかを改めて実感した。愚直なまでに他人を優先出来る奉仕の心と、それを完璧なサポートへ昇華させられる程の強い意志と実力。音羽はあらゆる意味で『強い人』なのだと、愛美はそう思った。
「ふふ、悩みは晴れたみたいですねぇ」
「お陰様でね。ありがとう愛美ちゃん、僕なりに色々やってみるよ!」
「私もちょくちょくきな子ちゃんと話してみます。友達として、今のあの子をほっとくわけには行きませんから」
「うん、お願い。きなちゃんも、愛美ちゃん相手だと話しやすいだろうから。何かあったら支えてあげてね」
「はい、お任せ下さい!」
先輩として、友人として。立場は違えど、音羽と愛美は、共にきな子を支えると固く決意する。顔の前でぎゅっと拳を握って可愛らしく意気込む愛美に、音羽は優しく笑みを向けた。そんな彼の笑顔を、愛美は可愛らしいと思いながら見つめた。そうして一時の間笑いあった後に、愛美は音羽に伝えたい事があったのを思い出し、再び音羽に目線を合わせて話し始める。
「そ・れ・で、ですねぇ。音羽先輩にちょっと耳寄りな情報があるんですよ」
「えっ、なになに?」
「1年の普通科に、スクールアイドルになったら花開きそうな感じのかわい子ちゃんがいるんですよぉ」
「本当にっ!?」
「ホントのホントですよぉ。まぁ、まだ話した事は無いんですけどね。でも、青い髪が綺麗なもの凄い美人さんでしたよ」
「おぉ、そうなんだ……。その子の名前とかは、分かったりする?」
「はい。名前は……若菜四季さん、だったかな。科学部の部長さんらしいですよ?」
「若菜さん、か……」
愛美が見つけたという、スクールアイドル候補の新入生。『若菜四季』というその名に、音羽はすぐに『綺麗な名前』だという印象を抱いた。なぜそう思ったのかは、彼自身でも分からない。ただ、綺麗だと感じた。素敵な名前だと感じた。今はそれだけで十分だった。そんな一瞬の物思いから現実に立ち返ると、音羽は再び意識を目の前の愛美に向ける。
「愛美ちゃん。もう少しだけお話に、付き合ってくれる……?」
「勿論です!」
2人のお悩み相談会は、まだまだ続く。
~~~
「おーい、今日もいるんだろー?」
少しだけ時を戻して、夕暮れのとある公園にて。通学バッグを乱雑に背負ったメイは、特徴的なアホ毛を揺らしながら公園の木に向かって声を掛けていた。傍から見ると奇妙な光景に見えるが、彼女は何も気が狂っていたり、人ならざるモノが視えているわけではない。
「来ねぇな……エサ探しに行ってんのか?」
彼女の呼びかけから程なくして反応が無い事にメイが首を傾げていると、木の影や草むらから数匹の猫がちらりと顔を覗かせた。
「おっ、やっぱいたか。よーしこっちおいでー?」
「にゃあぅ」
白黒の靴下を履いたような毛色の猫が渋い声でひと鳴きし、メイの足元に擦り寄ってくる。ふんわりとした首元を撫でてやれば、くるくると気持ち良さそうに喉を鳴らした。
「ん~君はいつも素直でしゅねぇ~」
先程までのツンとしたメイの表情は嘘のように蕩け、腰を屈めてまさしく猫撫で声といった声色で首を撫で続ける。そうしているうちに他の猫達もメイを取り囲むように集まり、口々に鳴き声の合唱を始めた。
「こらこら、全員撫でてやるからにゃんにゃん鳴くなっての」
「なぁう……」
「あいてて、引っ掻くなって! 制服替え少ないからほつれたらやべーんだって……」
「なうぅぅ……」
「まーお前らには関係ないよな。ほら、こっちこい」
「にゃう!」
自分の番だとばかりに肩に飛び乗ってきた三毛猫を撫で擦りながら、至福の猫空間を五感で味わうメイ。すると、少し離れた距離からまた別の鳴き声の大合唱が響いてきた。
「なんだ珍しい。今日はほかに先客でもいんのか?」
合唱の聞こえる方へメイが顔を向けると、彼女と同じ結ヶ丘の制服を着た少女がベンチに腰掛けており、自分の周りをくるくると動き回る猫達に話しかけながら表情を緩めていた。
「お~、どしたんだにゃ~ん? 今日は元気にゃんねぇ~。いいモノでも食べられたのかにゃあ〜?」
「な、中々のデレっぷりだな……まぁ私も人の事言えねーけど……」
「なぁん……」
「おぉ君、また来たの! ほれほれこっち来な。そうそう、では失礼して……すぅぅぅぅぅ……!!」
「なうぅぅぅ……」
「す、吸ってやがる……!」
近寄ってきた猫を抱き上げ、至福の表情でいわゆる「猫吸い」を堪能する少女に、メイは目を丸くする。既にかなり手馴れているようで、少女は次々と周囲の猫達を抱いては吸いを繰り返し続けていた。
「あいつやべーな……」
「すぅぅぅ……ん、君誰?」
「やべっ、気づかれた!」
猫吸いを堪能していた少女がこちらに気づいた事に、ギョッとした顔をするメイ。猫を抱えたまま軽快に駆け寄って来た彼女に対し、警戒したメイは少しずつ後ずさりをする。
「あのあの、結ヶ丘の生徒さんですかっ。猫ちゃん、好きなんですか?」
「そ、そうだよ……」
「おぉ、あたしと同じですね! ここにはよく来てるんですか?」
「な、なんなんだいきなりお前! マシンガンぶっぱなすみたいにしゃべくりやがって!」
「あー……もしかして上級生の方でしたか?」
「ちげぇしそういう問題じゃねぇ!!」
こちらに近づくなり怒涛の勢いで喋りかけてきた少女に気圧され、やっと言い返せたと思ったらズレた回答をぶつけられ、怒りと困惑のあまり思わず荒めに声を上げてしまったメイ。その様子に目の前の少女はやってしまったかと言わんばかりの焦った表情になり、3歩ほど下がってから軽く頭を下げた。
「えっとぉ……いきなりいっぱい話しかけちゃってごめんなさい……」
「そんなに改まられるのも逆に気持ちわりぃな……良いよ、別に。ちょっとびっくりしただけだから。怒ってねぇよ」
「よ、良かった……猫ちゃん好きがあまり周りにいなかったもんで、ついテンション上がっちゃって……」
「まぁ分かるよ。可愛いもんな、猫ちゃん」
「ですよねぇ! あ、失礼。名乗ってなかったですね。私西園寺好美って言います! 好きと美しいで好美です!」
「メイ。米女メイだ。米の女でよねめって読む」
「よねめ……珍しい苗字! お腹空いてきそうな名前ですね!」
「メシ扱いされたのは初めてだな……」
先程までのしおらしさはどこへやら。表情をコロコロと変えながら話す好美に、メイは内心騒がしい人間だと感じつつも、その様子をそれほど悪く思っていなかった。というのも、いつも共に行動する事の多い四季がかなり表情に乏しいタイプの為、彼女の百面相っぷりがメイにとって新鮮に映ったが故であった。
「西園寺は何回かここに来たことあるのか?」
「はい! 最近知ったので、本当に何回かだけですけどね。いつも行ってるたまり場の猫ちゃんが、ここに案内してくれたんです!」
「猫ちゃんに案内されたって……随分好かれてんだな」
「えへへ、昔から妙に猫ちゃんに好かれやすくて。米女さんはよくここに来るんですか?」
「あぁ、昔から放課後とかにな。ここはあんまり人が来ねぇから一人で居られるし、猫ちゃんもいっぱいいるからな」
「なるほど、放課後はおひとり様で居たいタイプと。分かりますよ、あたしもたまにそうなりますもん」
「……とてもそんなタイプには見えねぇけどな」
「ずっとこのテンションでいるのも疲れるんですよね、意外と」
声を低くし、憂いを帯びた表情でそう呟いた好美。その影のかかった表情を見たメイは、先程の自分の言葉を思い返し、言いすぎたかと眉間を抑える。先程好美が興奮のあまり無遠慮がちに自分に話しかけてきたように、自分もまた好美にデリカシーの無いことを言ってしまっていたと思い至ったメイは、彼女に目線を合わせ口を開く。
「……すまん。さっきの言葉取り消す。西園寺の事何も知らねぇのに、失礼な事言っちまった」
「そんな、別に良いですよ! 今日知り合ったばっかりなんだから、お互いの事なんて知らなくて当然ですって、ね?」
「……悪ぃな」
「全然! さ、暗いのはナシにして、猫ちゃんといっぱい戯れちゃいましょう!」
「そうだな!」
いつの間にか自分達を取り囲むように大集合していた猫逹を見回しながら、先程の表情が嘘のように愛美は明るく笑う。そんな彼女に釣られるようにメイも口元を緩めながら、近寄ってきた猫を抱き上げ、ふわふわの首筋に顔を埋めるのであった。
「にゃあぅ……」
~~~
2人が猫達と戯れ出して数十分後。空はすっかり茜色に染まり、猫達は寝床を探しに草むらへと帰って行く。メイと好美は、ベンチにゆったりと腰掛けて空を見つめていた。
「楽しかったですねぇ……」
「こんなに猫の毛まみれになったのは久しぶりだよ。帰ったらコロコロで毛取らなきゃな……」
「あはは、違いないですね……ってもうこんな時間! あたしお家で夜ご飯食べなきゃなんで帰りますね!」
「そうか、じゃあ私ももう帰るよ。これ以上遅くなると良くないしな」
公園に備え付けられた電波時計の針は既に18時を回っており、これ以上遅くなっては家に迷惑をかけると考えた2人は同時に立ち上がる。軽く手で毛を払った好美は、くるりと体を翻してメイの前に立ち、楽しそうに表情を緩ませる。
「それじゃあまた明日、学校で!」
「おう。あ、今日の事は誰にも言うなよ」
「えっ、何でですか?」
「なんか……恥ずかしいだろ、色々と。あんま周りに詮索されんのも嫌だしさ」
「んー……分かりました! じゃあ、あたしと米女さんだけのヒ・ミ・ツ♡って事で!」
「その言い方とポーズやめろよ……」
謎にぶりっ子じみたポーズを取りながらウインクを決めてくる好美に、『本当にコイツを信じて良いのだろうか?』と今更ながら疑念を抱くメイであったが、彼女を追い返さず受け入れたのもまた自分である為、何も言わない事にした。
「とにかく、絶対言うなよ。言ったらぶちのめす」
「おぉ怖。でも安心してください! あたしこういう秘密は何されてもバラさない主義なんで!」
「……信じるぞ?」
「信じて下さいっ!」
「はぁ……じゃあ、またな」
「はいっ、また明日!」
互いに別れの挨拶を交わすと、愛美は身体を翻して風のごとく公園の外へ駆け抜けていく。彼女の後ろ姿が見えなくなるまで待った後、メイはカバンを背負い歩き出した。
「まったく、台風みてぇなヤツだったな……」
「メイ」
「四季じゃねぇか。どうしたんだ、珍しいな」
「ん。少し用事があって」
「なんかまた変な事企んでんじゃないだろうな……」
聞き馴染んだ声で名前を呼ばれたメイが振り向くと、四季がいつものポーカーフェイスのまま佇んでいた。その表情に少しだけ安心感を覚えながら、メイは彼女の隣に並び、歩き出す。
「珍しい。いつもはこんな時間まで居ないのに」
「あー……ちょっと不思議なヤツに絡まれてさ。一緒に猫ちゃんと戯れてたんだ」
「いつも人が来たら、逃げるか追い返すのに?」
「何だか、そういう気分になれなかったんだよ。うるさくて、距離感近くて……でも、不思議と嫌とは感じなかった。本当に変なヤツだったよ」
「メイ、初めての友達が出来そうで良かった」
「そんなんじゃねぇっての! ていうか、そういう四季はどうなんだよ!」
「……そのうち」
「こら、逃げるな!」
友人が出来たかとの問いを適度にはぐらかし、駆け足で先を行く四季。そんな彼女の後ろを、メイもまた声を荒らげながら駆け足で追いかけていく。
夕暮れが、2人の影を濃く、強く映し出していた。