私には幼馴染がいる。
私より4つ上で、すごく頭が良くて、物を作ることが好きな男の子。
のんびりとした優しい性格で、人見知りな私が家族と同じように話せる数少ない人物。
色々な物をたくさん作って、近所の人達を助けたり、楽しませたりする。
彼が造ったステッキ型のシャボン玉製造器で、バブルアートを披露して町内会を湧かせたのは良い思い出だ。
……たまに作る事に集中しすぎて周りの声が聴こえにくいのは欠点だけど。
この前なんて、ガレージで作業している彼に会いに行っても気付かずに作業を没頭していた。
工具が所狭しと並べてあり、金属の独特の匂いがする空間。そこにいる彼の背中を見つめるのが、何故か好きだった。
取り組んでいる姿にしばらく見惚れた後、彼に話し掛けるが返事は無い。
何度呼び掛けても反応なんてしない。気付かない事に怒った私に、気が付いた彼が謝って宥めるのはいつものことだ。
困ったように笑う彼を見て、毒気を無くして笑う私。
そんなやり取りも、私にとってはいつも通りの日常だった。
一緒にアイデアを考えて作ったり、お互いの家で遊んだり、家族ぐるみで旅行に出かけて思い出を作ったりする。
そんな日常が私にとっては当たり前でかけがえの無いものだった。
これからも続くと思っていた。
彼が大学に入学するまでは……。
『今度、こっちに帰ってくるんですよね? 何時頃に着きそうですか?』
昨日の昼、メッセージアプリに送った文章に『既読』がついたまま返信が来ていない事にましろは軽く溜息をついてしまう。
去年の夏や冬の時も同じなことをしていたことを思い出す。
返事が来ないかと常に落ち着かない様子だった事を、両親や彼の妹に指摘された事は恥ずかしかった気持ちも覚えている。
少しはこの焦る気持ちに慣れてきたと思っていたが、全く慣れていないことにましろは肩を落とす。
大学に行ってから、もう1年以上経つんだ……。
幼馴染が東京から遠く離れた大学に行った日から約1年半が経つ。
あっという間に時間が過ぎていった事実に、ましろはスマホの画面を見てもう一度溜息をつく。
落ち込む気持ちとは真逆に、外にいる蝉は楽しそうに鳴いているように聞こえた。
時刻は昼過ぎ。
今日はバンドメンバーである広町七深のアトリエでバンド練習をしていた。来週開催するライブハウスCiRCLEのライブに向けて、ましろ達Morfonicaは休日の朝から始めていた。
……返信、まだ来ないかな。大学忙しいのかな? ……もしかして、また作る事に集中し過ぎて返信を忘れているのかな?
昼食を食べ終えて休憩する中、他のバンドメンバーが話しに盛り上がっているのを他所に、ましろは返信が来ていない画面を見つめながら原因を考えていた。
もう一度、返事への催促を送った方が良いのかと考えるが、すぐにその考えに首を振る。
……まだ1日しか経っていないし、ここは待つべきだと思うよね。課題とか研究とかで忙しいみたいだから邪魔するのも良くないと思う……。でも半年ぶりに会うから、連絡を取れないのは不安だし……、けど……。
送るか送らないかで、グルグルと思考がかき混ぜられていく感覚に、ましろは混乱する。
スマホをずっと見ているましろを見て、ツインテールの少女が声を掛ける。
「ましろちゃん?」
少女の声にましろは反応しない。
今のましろは、空想の世界に意識を集中していた。
当日に会う時はどうしよう? 私に会って喜んでくれるのかな? いや、少しは喜んでくれると思うから、そこは大丈夫なはずだけど……。出かける服装とか好みに合っているのかな?
まだ予定が決まっていないのに会う前提でましろは考えていた。
誰かがツッコむべきだろうが、彼女の世界に正論爆撃機は存在していない。
広がっていく彼女の空想に待ったをかけるかのように、ツインテールの少女双葉つくしは大声で呼んだ。
「ましろちゃん!」
「わっ! ど、どうしたのつくしちゃん?」
つくしの呼び掛けに、ましろは現実に帰る。
空想から意識が抜けきれていないまま、つくしに理由を聞く。
「どうしたのって……、全然反応しないから大声で呼んだんだよ。もう、しっかりしてよね」
「ご、ごめん……」
ぷく〜っと怒るつくしに、ましろは申し訳ないように謝る。
しっかりと反省している彼女を見て、つくしはこれ以上追求しないように別の話題を話そうと考えた。
その時にふと、彼女が持っているスマホを見て疑問に思った事を聞いてみた。
「ましろちゃん、昨日からスマホをよく気にして見ているけど、何かあったの?」
「えっ……!?」
つくしの質問に、ましろは持っていたスマホを思わず握ってしまう。
ましろの動揺を他所に、他のメンバー達も声を上げる。
「たしかにしろちゃん、昨日から頻繁に見ているよね。誰かと連絡を取っているとか?」
「え〜!? そうなのかシロ? 全く気付かなかったし。瑠唯も気付いていたのか?」
「気付いていたけど、あまり詮索するのは良くないと思ったわ。……流石に明日も続くようなら聞いていたけど」
驚きながらも陽気に話す桐ケ谷透子以外に気付かれていた事にましろは顔を赤くする。自分の行動が知られた事に恥ずかしく思うが、すぐにこの後の展開を予想して顔を青くする。
このままだと、透子ちゃんに色々聞かれてしまう……!
彼女が自分の事情を考慮せず、遠慮なく聞く性格だということをましろは知っている。
一度興味を持ってしまえば、尽きるまで根掘り葉掘り聞かれて、自分の気持ちまで皆に知らされてしまう。
挙句の果てに、今後揶揄われたりするのは火を見るより明らかな結果だ。
それだけは避けなくてはいけない。
「あはは……、ちょ、ちょっと友達と連絡を取っていただけだよ。そこまで皆が気にする事じゃないから大丈夫だよ」
勘付かれないようにと、ましろは早口で話す。普段とは違う不自然な話し方に気付くべきだが、今のましろはこの話題を終わらせようと必死になっている為、違和感に気付けないでいた。
何か隠している……?
分かりやすい違和感に、メンバー四人が気付かないわけが無かった。
「そんな動揺してたら、余計に心配になるよ。何があったの?」
誰が見ても何かを隠しているましろの様子に、つくしは優しく話しかける。
心配そうに見るつくしに、ましろは言葉を詰まらせる。
善意100%での行為。適当に誤魔化して断る勇気など、ましろには持っていないのである。
「えっと……その、県外にいる友達がこっちに帰ってくるから、迎えに行こうと連絡していただけで……」
つくしの善意に、ましろはボソボソと声を小さくして答える。
俯きながら話す彼女の説明に、つくしは理解ができなかった。
「……? 別に動揺することじゃないと思うけど」
「……もしかしてシロちゃん……」
不思議がるつくしを他所に、七深は何かを察したのか朗らかに笑う。
七深の言葉の裏に気付いたましろは、彼女に視線を向ける。
……その表情はどこかニヤニヤとワクワクとした、彼女が恐れていた表情だった。
ああ……、バレてしまっている。
七深の表情を見て、ましろは悟ってしまう。
自分がソワソワしていた原因を当てられたこと。そして、青春してますなぁと言いたげな温かい視線に、ましろは再び顔を赤くさせる。
「な、七深ちゃんが思っているようなことじゃないよ! ただ久しぶりに幼馴染に会う……、だけでまだ、その、こここ、恋人というわけじゃなくて!」
最後の抵抗として、ましろは顔を真っ赤にしながら反論する。
七深に見抜かれた心を守るかのように、思い浮かんだ言葉を必死に出していく。
何の疑いもなく素直に受け取る人物だったなら……、彼女の言葉を信じ、この話しは終わっていただろう。
しかし、これまでのましろの行動、彼女の口から飛び出した『幼馴染』と『恋人』という言葉に、年頃の女子高生である彼女達にとっては十分過ぎるほどのヒントになっていた。
話の意図が読めなかったつくしも気付き始める。
「も、もしかしてそういうこと……?」
驚きながらもどこか期待するような視線をましろに送ると同時に、もう一人も瞳を輝かせながら恋する女の子に決定的な言葉でトドメをさした。
「シロ! お前好きな男子に会いに行くのかよ! どういうことなのか詳しく教えろよ〜!」
透子のストレートな言葉に、ましろは勢いよく固まる。
『好きな男子』、『会いに行く』。
隠し通したかった事実を看破され、ましろは脳が揺さぶられる感覚に入る。
何とか話題から逃げようと皆の顔を見て話そうとするが、その決断は愚かだったと気付かされる。
呆れたような表情をしている八潮瑠唯以外、みんな興味津々な顔をしている事に……。
ましろは降参するかのように、再び顔を俯かせて呟いた。
「はい……」
「……練習再開は、当分先ね……」
瑠唯の溜息のついた言葉と外で鳴く蝉の声が、ましろには響くように聴こえた。