俺の攻撃範囲は、おおよそサッカー場三面分。
最大攻撃半径五〇〇メートル、幅百五十メートルはある。
俺の出現させたライムグリーンの扇が、突撃してくる騎兵たちを覆った。
当然敵も法術障壁を展開している。
ギャリギャリギャリ! という耳障りな金属音とともに、俺の扇は一瞬跳ね返された。
さすが正規軍、法術障壁の硬さも段違いだ。
だけど俺の攻撃の威力に
「もう一度だぁ!」
今度は少し扇の幅を狭くして
またもや法術障壁に妨げられるが、
「うおぉぉぉぉ!」
チャンスなのだが、くらっと立ちくらみがして、あやうく膝をつきそうになった。
もう全身がだるい。
身体の中の法力が枯渇しかけているのを感じた。
なるほど、以前ヴェルがいった通りだ。
どんなに強い個人がいても、ただそれだけでは戦争の勝敗を左右できないっていうのはこういうことか。
だが俺の場合は。
俺の場合は違う。俺は、この世でただ一人、ごくごく簡単に法力を補充する術を持っているのだ。
「三十五番!」
俺は叫んだ。
「あ、はい」
いつもの返事とともに三十五番が俺のそばにくる。
「法力、頼んでいいか?」
「あ、はい、もちろんご主人様」
三十五番は俺より背が低い、俺の首にぶら下がるようにして唇を寄せてきた。
俺は
次の瞬間、真っ赤に焼けた溶岩のようなものが俺の中へとどろどろ流れ込んでくるのがわかった。
ええと、たしかこうするとさらに法力をしぼりだせるんだよな?
右手で三十五番の胸を
「あふぅ」
と三十五番が吐息を漏らす。
溶岩は奔流となって唇から唇へ、舌から舌へ、粘膜から粘膜へ。
突撃してくる騎馬兵を前にして、いきなりおっぱい揉みながらキスをするとか、頭がおかしいとしかいえないレベルの行動だが、俺の場合は違う。
粘膜直接接触法。
法力を人から人へと受け渡しする、その強烈な副作用ゆえに忌み嫌われている方法。
だが、俺は、俺だけは、その副作用が発生しないのだ。
「よし、サンキューな、もういいぞ」
「あ、はい」
そしてキッサに向かって両手を差し出した。
キッサはその手を縛り付け始める。
俺は副作用の影響を受けないといっても、三十五番はそうはいかない。
麻薬の何十倍もの飢餓感によって、俺とキスしまくりたいという欲求にとらわれるのだ。
戦闘中の俺を邪魔しないように、粘膜直接接触法のあとは、こうして身体を縛り付ける、という段取りになっていた。
まじごめんな。
さて、俺は敵に向き直る。
もう敵を守る法術障壁はなくなった。
もう一撃を加えようとした時――
「攻撃、来ます!」
キッサの鋭い声。
それを聞いて、俺は扇を自分たちを守る形に展開した。
そもそもでいえば、俺の本来の能力は攻撃的精神感応であって、防御には向いていない。
だが、キッサの不得意な法術障壁よりはまだましだ。
見ると、前方から無数の光る
周りが暗い分、その光はより不気味な輝きを放ち、俺たちの命を奪いにやってくる。
第二軍騎兵旅団。
その得意な攻撃方法。
ヴェルとキッサに事前に聞いていた。
それは、騎馬上からの
投げ槍といえば、地球上の歴史でも、ローマの初期の重装歩兵がよく使っていた。ピルムってやつだな。
ただし、普通ならば騎馬からの投げ槍など、実用的ではない。
だがそれは地球上での話だ。
この世界では空気中に存在するマナがあり、そのマナの力によって法術が発揮される。
彼らは、短めの投げ槍を何本か携帯し、それに法術によって法力をのせ、普通では考えられないほどの威力と射程を実現しているのだ。
敵に射程までまっすぐ近づいたら槍を投げ、すぐに反転、敵の前で周回運動を行う。
物質に法力を載せる場合、その物質そのものにも負担がかかるらしい。
小さなものにあまり多くの法力を乗せると、その物質そのものが破壊されてしまうそうだ。
だから細くて軽い矢などには、あまり多くの法力をのせられない。
かと言って法力そのものを発射する、俺やヴェル、リューシアやリンダのような
そこで槍なのだ。
槍自体は矢よりも大きく、より多くの法力をのせても耐えられるので、威力が矢よりも何倍にも増す。
これこそが、ターセル帝国の正規軍、第二軍騎兵旅団の得意戦法なのだ。
「まったく、よく考えられてるぜ!」
迫り来る無数の槍、その前にライムグリーンの扇を展開する。
「いいか、お前ら俺にくっついてろ!」
言われた通り、俺の奴隷少女三人は俺の身体に隠れるように一塊になる。
ビィィンという柄が震える音を伴って、槍が俺たちにふりそそぐ。
それは扇に遮られ、ギャギャギャッ! と音をたてて扇に突き立つ。
しばらくすると、槍の本体はさらさらと空気に溶けるように崩れ去っていく。
これは俺の法力によるものじゃなくて、この槍は、もともと刺さったあとに崩れるよう調整されているらしい。
外れた槍が敵に拾われて逆利用されるのを防ぐ処理らしかった。
しかしまあ、なかなか攻撃はやまない。
っていうか、やむことなんてコレ以降あるのか?
なにしろ二千人が順々に槍をなげてくるのだ。
もう何本、何十本、何百本の槍を受けたかわからない。
しかもやつらは周回しながら槍を投げてくるので、途切れるということがない。
しかし、反撃はしないといけない。
こちらに反撃能力がないとばれると、今度は騎馬で乗り込んでくる公算が高い。
戦闘能力があるのは俺しかいないのだ。
肉弾攻撃を二千人に受けたら、さすがにひとたまりもねえぜ。
俺は慎重に敵の攻撃を見極める。
そして、ひとつのことに気づいた。
敵は二千人が一塊になっているわけじゃなく、おそらく中隊か小隊レベルで連携しているっぽい。
百人ほどの隊が一塊になり、槍を投げる。そのあと転回して後方へ。その場所には次の隊が入り、また槍を投げ、それを繰り返しているのだ。
だから、ほんのわずか、十秒か二十秒ほどだが、少しだけ攻撃の合間がある。
俺は、その瞬間に、
「おるぁぁぁぁ!」
槍の飛んでくる方向へ向かって、ライムグリーンの扇を叩きつけた。
ギャアア、とか、キャー、とかいう女性の悲鳴とともに、すくなくとも百人の戦闘能力をうばった手応えがあった。
真っ暗だから見えないけどな!
と思っていたら、隠れていた月が再び顔を出す。
やっと、騎兵旅団たちの影を肉眼で確認することができるようになった。
と、耳たぶになにかが
何かが、っていうか、キッサだ。
キッサが俺の耳たぶに噛み付いたのだ。
「ふみまへん、これ忘れてまひた」
噛み付いたままキッサが言う。
そうだ、この手もあったな。
キッサの持つ遠視暗視透視の能力。
彼女はこの方法で、それをほんの少しだけ、わずかな時間、俺に分け与えることができるのだ。
途端に視界がクリアになる。
キッサほど正確に把握できるわけではないが、すくなくとも目の前の騎兵旅団がどのような隊列を組んでいるのかはわかった。
おおむね、俺の思った通りだったが。
これで攻撃を外すことはそうそうあるまい。
再び、扇を盾にし、攻撃の合間に反撃する。
幸いにも、敵は、相手にしているのがたった一人だということに気がついていないのか、突撃肉弾攻撃はしてこない。
と、今度は遠くを索敵していたキッサが叫んだ。
「騎士の騎兵団が追いつきました! 騎兵旅団に合流するようです!」
ああくそ、めんどくせえ!
騎士ともなると、リンダのような攻撃能力を持っている奴もいるだろうな。
敵の攻勢はさらに激しくなりそうだ。