落ちこぼれ営業マン異世界戦記   作:羽黒楓

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66 ヒダリ

 天幕に入ってきたのは、すらりと背の高い女性だった。

 おそらく俺と同じか俺より少し高いくらいの身長だろう。

 百七十センチから百七十五センチの間、ってところか。

 背が高くて八頭身、すげえな、まじでモデル体型だ。

 かなり青みがかった黒髪で、それをくるぶしまで伸びた長いツインテールにしている。

 高級そうなローブを羽織っているが、ヴェルのように(かっ)(ちゅう)を身に着けている、ということはない。

 将軍といっても、ぱっと見は文官に見える。

 年の頃は……どのくらいだろう、若く見えるんだけど、二十代半ばくらいじゃないか?

 女性の年齢を見た目で当てるのは得意じゃないから自信ないけど。

 いずれにせよ、年齢なんて気にならないレベルの美人だな、こりゃ。

 美人すぎてやばい、この世界にきて美少女にはたくさん出会ったけど、大人の女性、という中ではまちがいなくナンバーワンの美形だ。

 完璧すぎるプロポーションに、完璧すぎる美しさ。

 ツインテールが殺人的に似合ってる大人の女性、なんて普通いないぜ。

 その美人は、

 

「これはこれは陛下、ご機嫌麗しゅう……」

 

 ヴェルと同じようにミーシアへ挨拶すると、数人の護衛の兵士に向かって、

「これより、機密の会議を行う。護衛は外で」

 

 と人払いをした。

 これで、この場にいるのは少女帝ミーシアと、女騎士姉妹のヴェルとエステル、それにこの女性――おそらく、彼女がラータ将軍なのだろう――と、それに俺だけとなった。

 

「さて、と――」

 

 初めて会う第三軍の将、ラータは俺を見ると、

 

「ま、楽にしなよ、ここにいるのは身内みたいなもんばかりだからさ」

 

 と言った。

 そのサバサバとした様子、運動部の元気がいい女の先輩、って感じだ。

 モテる雰囲気をプンプン醸し出している。主に女子の後輩とかにモテるタイプ。

 

「あんたがエージ・ア・タナカだね。私の名前はラータ。ラータ・テシラルガン・マディリエネ・レンクヴィスト。第二等将士で、帝国第三軍の統帥権を皇帝よりお預かりしている。よろしく、エージ・ア・タナカ」

「ア?」

 

 思わず聞き返してしまった。

 なんだ、俺の名前にいきなり称号をいれないでくれよ、びっくりするわ。

 

「え、でも、君、第五等準騎士なんでしょ? 準騎士からはアルゼリオンの称号が許されるんだ、だから今君の正式名称はエージ・アルゼリオン・タナカ……君には洗礼名はないのかい?」

 

 洗礼名?

 あ、なるほど、例えばヴェルの場合でいえば、ヴェル・アルゼリオン・レイラ・イアリーが本名で、レイラってのが宗教的な洗礼名だ。ラータならマディリエネの部分だな。

 

「いや、そのようなのは持っていないです」

「んー。それだと格式高く聞こえないよ。異世界からの戦士だって、この世界で生きていくんならつけといたほうがいい。ま、いいか、あとで考えよう。そんなことより、君、騎士叙任の儀式を略式ですましたそうだね?」

 

 騎士叙任の儀式とは、ミーシアと唇でキスする前にやった、あれか。

 あれもキスだったけど、ミーシアの足の指にキスをしたのだ。

 あれで略式だったのか。

 

「本来なら、三人立会人が必要なんだよね。私とヴェル(きょう)とエステル卿とで、ちょうど三人だ、ここでやっちまおう」 

 

 というと、陛下はこちら、ヴェルはこっちエステルはこっち、とテキパキと段取りを整えた。

 うーん、さすが帝国の士官学校で(きょう)(べん)までとったという将軍、なにをするにも如才ないということか。

 俺はミーシアの前に(ひざまず)く。

 その俺に、ミーシアがそっと耳元で(ささや)いた。

 

「あの、ね、今日はちゃんと足洗ったんだからね。また(かぐわ)しいとかなんとか、変なこと言わないでよね」

 

 ちょっと(ほお)が赤い。

 そりゃそうか、前に、この十二歳の女の子に対して、足の香りがどうの、なんていっちゃったもんだから、本人、気にしちゃってるわこれ。

 正直申し訳ないなあ。

 で、正式な儀式が始まった。

 ラータが地声よりも低い、儀式めいた声で、

 

「これより、ターセル帝国による、騎士叙任の儀式を始める。皇祖イシリラル・ターセル陛下の()(たま)に誓い、皇帝ミーシア・イシリラル・アクティアラ・ターセル陛下へ誓え。……」

 

 決まり文句っぽい文言を言い始めた。

 そのあとにミーシアが、

 

「第八等従士、エージ・タナカ。(なんじ)を、帝国に背き、皇帝たる朕を弑せんとした逆賊リューシア・テシラルガン・ユーソラ・カンナス、及び帝国を侵略せんとした魔王軍の飛竜を(ちゅう)滅せし功、誠に大。以後も朕と朕の帝国に身を(ささ)げ、戦において多大なる戦功をあげた。その忠義と武勲、前例に照らしても格別な昇進に値す。従って、汝、エージ・タナカの昇進を認め、今ここで第五等準騎士に任ずる。今後も朕に忠誠を誓い、その命を朕に捧げるならば、朕の聖なる足に(せっ)(ぷん)を許す」

 

 と言った。

 うん、前にも聞いたなこれ。

 ええと、なんと答えるんだっけ……?

 あ、そうそう。

 

「拝命します。我が主君よ、母よりも(さい)よりもあなたを愛します」

「よろしい。我が足に接吻を許す。朕の足をとり、その爪に誓いのくちづけをせよ」

 

 ミーシアが靴を脱ぎ、右足を差し出す。

 うん、前にやった通りだな、これ。

 そこの中指にキスをしようとして――

 

「ちがうちがう!」

 

 慌てた、でもヒソヒソ声でラータが訂正する。

 

「左、左、ヒ・ダ・リ!」

「え、ああ、左足だったのね」

 

 慌てて差し出した右足を引っ込めるミーシア。

 

「右足の中指は配偶者専用! ……ってまさか陛下、前回の略式のとき、間違えて――?」

「ひぇっ!? は、は、は、配偶者? そうだっけ?」

「ま、まさか……」

「ちちちちちちちがうもん! まままままま間違えてないもん! 前もちゃんと左足だったもん! ね、エージ?」

 

 バレバレです、陛下。

 ま、俺も話を合わせておくべきだろう。

 

「はい、前回も左足でした、陛下」

「でででででしょう? ふふ、ごめんね、今だけまちがっちゃった……」

 

 ほっぺた赤いです、陛下。かわいいです。

 

「ではちちちちかいの、くちづけをせよ」

 

 俺は陛下の左足を取る。

 ちょっと足裏にさわっちゃったみたいで、

 

「ひゃうん!」

 

 とミーシアが声を上げる。

 かわいいなあ、まだ皇帝になって一年しかたってない十二歳だもんなあ。

 そんな少女の、左足の中指の爪にそっとキスをする。

 その瞬間、ビクビクッとミーシアの全身が震えたみたいだが、まあいいや、かわいいなあ。

 ちなみに、なんだかバラの香りがする御御足(おみあし)でした。

 もしかしたらこないだ言われたこと気にして、わざわざ香水かなにかをつけてきましたね? 

 うん、かわいいなあ。

 ともかくこれで、無事に俺の準騎士叙任の儀式が終わった。

 準騎士といっても格の違いだけで、実際はほぼ騎士と同じようにふるまってもいいらしい。

 なるほど、まさか八王子の安アパートで納豆食いながら安月給で営業マンやってた俺が、騎士になるとはね。

 人生なにがあるかわからんもんだ。

 武士もそうだが、主君があってこその騎士。

 俺の主君様は――

 ミーシアの顔を(うかが)う。

 目があった。

 

「ちちちがうからね、は、配偶者じゃないからね、エージは私の騎士だからねっ!」

 

 顔を真赤にしてそう主張する十二歳女子。

 かわいいなあ。

 

「もちろんでございます陛下。わたくしは陛下の忠実なる騎士でございます」

 

 うーん、自分で騎士とかいうの、結構恥ずかしいぞ。

 

「さて」

 

 ラータが口を挟んだ。

 

「これで、皇帝陛下の(おん)(まえ)に、将軍が一人と騎士が三人。今我々は厳しい状況下にいるけれど、みなが力を合わせれば乗り越えられる者と思う。陛下の御前をお借りして、これからの展望について話しあいましょう」

 

 

 

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