落ちこぼれ営業マン異世界戦記   作:羽黒楓

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67 湯伽

「もう、やだ」

 

 最初に口を開いたのは、ミーシアだった。

 

「疲れた! 疲れた! 疲れた! へとへと!」

 

 無理もない。

 これだけの出来事を経験しておいて、嫌気がさしただとか疲れただとか言わない十二歳の女の子なんて、この世に存在しないだろう。

 

「だから、いったんヴェルの家に帰ろう? そこなら安全でしょ? で、そこからいろいろ立てなおして、ええと、そうだ、ラータがヘンナマリをやっつければいいよ! もちろんヴェルも!」

 

 十二歳の女の子の思いつきとはいえ、その地位は皇帝。

 自然、彼女が口にする希望は希望ではなく、命令となる。

 

「もちろんでございます、陛下」

 

 第三軍の将軍、ラータが答える。

 

「だよね、だよね? そうしよう。なんか、もう、戦いとか、飽きた」

「飽きた……」

 

 ラータがギラリと光る瞳でミーシアを見る。

 

「な、なによ……ラータ、怒ったの?」

「いいえ。むしろ、そのお言葉、もう一年早くいただきたかったですね」

 

 ん? どういうことだ?

 もしからしたら第三軍の将軍、ラータって、将軍だけど戦争推進派ってわけじゃなかったのか?

 いや別にまったく不思議はないけど。

 軍人だからって戦争狂ばかりなわけないし。

 たとえば太平洋戦争の時の(れん)(ごう)艦隊司令長官、山本五十六は対アメリカ宣戦に反対の立場だったのは有名な話だ。

 

「閣下」

 

 俺はラータに話しかける。

 

「それは、戦争を終わりにする、という意味にとれますが」

「もっちろーん」

 

 当たり前かもしれんが、ラータは俺には硬い口調を使わないのな。

 彼女はツインテールを揺らして俺に振り向き、

 

「あのね、はっきりいって今やってる戦争、やめようと思えばやめられないこともないんだよ。あ、魔王軍は別として。ただ、奴隷と農地の獲得、っていう目的をよくよく鑑みないといけないけどね。北西の、獣の民との戦いは、今ちょうどあそこ、ハイラ族とローラ族で内紛起こしてるんだよねー。攻め入るチャンスではあるんだけど、停戦するチャンスでもある。というか実際、今回は皇帝陛下の危機をお聞きして、すぐに一時停戦まとめてこっちにきたんだけどね」

 

 なるほど、だからこんなに素早く援軍にこられたのか。

 

「東の東方共和国との戦いは、あれは辺境の都市国家との利害がややこしいことになっちゃってるけど……手を引こうと思えば引けるし。ヘンナマリ派に属する騎士の領土が食い込んじゃってて、あの一派が中心になって戦争継続主張してたんだけど……私はもういいんじゃない、って言ってたんだけどねえ。皇帝陛下におかれましてはヘンナマリに迫力負けしちゃって、ねえ?」

「だってヘンナマリ、なんか怖いんだもん。リューシアもだったけどさ」

 

 ぷうっと(ほお)を膨らませて言うミーシア。

 ふむ。

 実は、俺も思わないでもなかった。

 男が産まれない奇病が(まん)(えん)し、人口は減っていく一方。そんな状況下でよくもまあどこもかしこも戦争やってるよな、って。

 ま、実際は戦争っていうのは、こういう危機的状況にあるほどおこりやすいものではあるんだが。

 

「ミーシ……陛下、あたしも意見いっていい?」

 

 ヴェルが口をはさんだ。

 

「あたしはこのままこの軍勢を引き連れて、電光石火で帝都を奪還すべきだと思う。イアリー家主力の三千騎、第三軍の主力一万がここにいるわ。なんなら、西に置いてきた備えの一万をもってきてもらってもいいし。あたしとしては、今は、時間は敵だと思うの。ヘンナマリがセラフィ殿下を皇帝位にすえおいたこの状態を認めるべきではないわ」

「やだ。もうやだ。却下! 疲れたもん。いったん、ヴェルんとこでゆっくりしてからでいいじゃない」

 

 足をジタバタさせていうミーシア。

 十二歳だもんなあ。

 あんなに何度も何度も殺されそうになった十二歳の女の子。

 仕方がないともいえるが……。

 

「まあまあ。とりあえず、ゆっくりというなら、この野営地でゆっくりしていってもいいじゃないですか。食べ物もたくさんもってきましたし、ほら、陛下はたくさん食べないと成長しませんよ」

 

 ラータがミーシアの胸のあたりを見つめながらそういう。

 

「またそんなこという! そのうちお母様みたいにおっきくなるかもしんないじゃない!」

 

 ミーシアは自分の胸を腕で隠すようにして口を(とが)らす。

 むむう。

 個人的には、ミーシアには今のままの小さいお胸がお似合いだと思いますが。

 しかし、ここはどうすべきだろうか。

 なにはともあれ、とにもかくにも、この反乱をなんとかしないと、セラフィの帝位(さん)(だつ)、というかヘンナマリ派による帝位簒奪が既成事実になってしまう。

 正直、今ここで引いたら、ヘンナマリ派のセラフィ皇帝体制が強固になり、俺たちはイアリー家を中心とした西側に押し込まれ、実質上の帝国分割状態になる。

 東ターセル帝国と西ターセル帝国、みたいな。

 その状況が確定してしまったら、帝都奪還はかなり難しくなるだろう。

 俺の意見としても、ヴェルと一緒で、このまま反転、東へ攻め込むべきだとは思う。

 だけどヴェルは、

 

「……まあ、ミーシアがそういうならねえ。確かに、お姫様育ちのミーシアにとっては、耐えられないほどひどいこと、連続したもんね。どうしてもイアリー領に戻りたいってんなら――」

 

 と、親友の心身の疲労に同情したのか、自分の意見を強行主張するつもりはなさそうだった。

 エステルもうんうんとうなずき、同調している。

 っていうか、エステルは姉であるヴェルのことが好きすぎて、なんでも賛成っぽい。

 

「うん、決まり! ヴェルの家に行こう! 一度も行ったこと無いし、楽しみ!」

 

 なんかもう、決定っぽい流れになった。

 

「陛下、せっかくたくさんのごちそうを持ってきましたのに……」

 

 ラータが言う。

 

「こちらでゆっくりと召し上がってから、ごゆるりとイアリー領へ……」

「いいの! 皇帝の命令! 決まりなの! ヴェルんとこでゆっくり休んでから考えましょう!」

 

 うーん。

 この場の絶対権力者がそういいはるんじゃあ、仕方がないか。

 でも、ラータが俺をちらっちらっと見ている。

 なにか言いたげだなあ。

 っていうか、俺になんか言えってことだろうなあ。

 しょうがない。

 

「閣下」

 

 俺はラータに話しかける。

 将軍だから敬称は閣下でいいはずだよな。

 

「閣下、ごちそうといいますと、何日分くらいお持ちしたんですか?」

「うん、そうだね、三ヶ月分くらいのごちそうはあるよ。連れてきた兵の分もあわせてね。イアリー領のヒルビの肉は絶品だからね、どんどんこっちに運んでくる手配もしているんだ。あとヘビ」

 

 ラータの言葉を聞いて、

 

「ヘビ料理はいらないわ」

 

 間髪入れずヴェルが答え、そのあと、むむ、と考えこむようすをみせた。

 これはつまり、ラータの言いたいことはこうだ。

 

『兵糧は三ヶ月以上もつし、()(ちょう)隊の手配もすんで抜かりはない』

 

 軍事において、もっとも重要な要素の一つは、食糧だ。

 その準備ができている、ということは、戦争の準備はできている、ということだ。

 そのことにヴェルも気づいたから微妙な顔をしたのだ。

 でも皇帝本人が嫌がってるしなあ。

 俺としても、ここは反転攻勢に出るべきだと思うんだが。

 ……ふう。

 だが、この地ではなにがどうなろうとミーシアの言葉が絶対なのだ。

 いったん話題を変えてみよう。

 

「陛下、イアリー領へいかれましたら、まず、なにをされたいですか?」

 

 と、俺が聞くと、

 

「お風呂ゆっくり入りたい! ヴェルに湯伽(ゆとぎ)してもらう!」

 

 ユトギ?

 湯伽ってことか?

 なんだそりゃ。

 初めて聞いた言葉だが、ま、背中を流すってことだろう。

 と、ラータが、

 

「お風呂なら持ってきましたが……」

 

 持ってきた!?

 ……まあ、軍なら衛生のことも考えて、入浴設備なんかもあるのかもしれない。

 自衛隊とかは普通に持っているしな。

 

「あ、いいですね、ぜひお風呂を楽しむといいですよ」

 

 と俺はいう。

 

「あ、うん、せっかくだからそのお風呂も入るけど……」

「実はもう準備できているんですよ、今からお入りになりますか?」

 

 ラータの言葉に、

 

「……ほんと!? ……入りたい……もうずっと身体洗ってないし……」 

 

 と、ミーシアが間髪いれずに言った。

 そうだよなあ、しずかちゃんでもないけど、年頃の女の子としては、お風呂くらい入りたいよなあ。

 こうして、ミーシアは久しぶりに入浴できることになった。

 

「ところで、エージが知っているかは知らないけどね」

 

 ラータが俺に向かって、

 

「陛下のお身体は当然我々が洗うことになるんだけど、もちろん第五等以上のものでないと、陛下のお身体に触れることはできないんだよ。つまり……」

「つまり?」

「せっかくだから、ここにいる我々で陛下の湯伽をさせていただこうじゃないか」

 

 

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