崩れた食堂の謎を追い、復讐者と無頼漢は円卓の深淵へと足を踏み入れた!
「そういえばよぉ、ここってなんでこんなに風通しが良いんだ?」
隠された円卓の食堂、大きく崩落した壁を眺めながら無頼漢は首を傾げた。
それと同時に「ぶふぅ!」と誰かが噴き出す声が響く。
「――失礼」
無頼漢と同席者――無理やり連れてこられた復讐者――が視線を向けた先では、円卓の長であるレディが優雅に紅茶を傾けている。……その傍らに立つ召使人形がさっと机を拭く姿を二人は見逃さなかったが。
「おい汚いぞ。お上品なのは格好だけか?」
「ごごめんなさい、すこしむせてしまって……」
「大変失礼をいたしました巫女サマ。お茶が熱すぎたようです」
「淹れ直しますので時間を改めましょう」と、四本の腕が素早くティーセットを下げ、そそくさとレディも退散していく。
それを眺めながら、ぐびりと無頼漢は酒瓶を呷って。
「……どう思う?」
「怪しいな」
ちびりとレモネードを舐める復讐者――飲み食いは普通に出来るらしい――は青い硝子の目を胡乱げに細め、レディと召使が去っていった出口を睨む。
やがて、バンと膝を打った無頼漢が立ち上がり、復讐者もグラスを空けてそれに続いた。
「お、なんだ嬢ちゃん、乗り気だな?」
「ふん、勘違いするな。あの澄ました女が何を隠しているのか興が湧いただけだ」
それの何が勘違いなのか、この場で指摘するほど無頼漢も愚かではない。人の機微に聡くなければ船長など務まらないのだ。故にただニヤリと笑ってみせるだけである。
「……それで? 当てはあるのだろうな?」
「おう、打ってつけの奴がな!」
「――なるほど、俺にそれを探れと」
円卓の端。海を一望できる断崖で、矢を削る手は止めないまま鉄の目は答えた。
噂にきく「施設」の手練れは暗殺だけでなく諜報にも長けるという。確かに適任だと復讐者は内心だけで納得したが、怪訝に細い眉を歪めた。
「おい、払う物はあるのか? こいつらは只では動かぬだろう」
「分かっているじゃないか。特に俺は高いぞ」
くつくつと鉄の目が覆面の下で笑い、その様子に復讐者はこの射手に対する認識を改める。冷徹な殺し屋だとばかり思っていたが、意外と饒舌だ。
そしてそれこそが、無頼漢がこの男に話を持ちかけた理由でもある。
「ケチくせぇこと言うなよ兄弟。まあ、ひとつ貸しって事にしてくれ」
「相変わらず剛毅なことだ。俺達に無償の奉仕を要求するとは」
「だってよぉ、
カリ、と矢を削っていたダガーが止まる。遠く、風と潮騒の音が聞こえて。
顔を上げた鉄の目は、愉悦に歪んでいた。
「頼むぜ」
「任せろ」
「何なんだ、お前たち……」
言葉少なに交わされた男たちのやり取りを、復讐者は気味の悪いものを見るように見つめていた。
▼△▼△
翌日、鉄の目は大壺の中に詰められた状態で発見された。
「し、死んでやがる……!」
「いやまだ死んでないだろう! 早く出してやれデカブツ!」
大壺の縁に手が届かずピョンピョン飛び跳ねる復讐者の声に我に返り、ぐったりした体を掴み上げる。ざぶりと響く水音。大壺の中は透明な液体で満たされていた。
「これは……聖水か?」
「おい聞こえるか鉄の! しっかりしろぉ!」
太い腕でガクガク揺さぶられても鉄の目はピクリとも動かない。全身に塗れた聖水のせいだろうか? 何故それで深手を負うのかは謎だが。
「よし心臓は任せろ! 嬢ちゃんは口の方を頼む!」
「……はあ!? ふざけるなよお前!」
つまりは人工呼吸をしろと。つまりは唇を……。
「わ、わたしだってノーザンクロフトの者だぞ! 貴族の唇を何だと心得る! だだいたい初めてなのに……お嬢様に顔向けできないだろうがっ!」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで早くしてくれ! こいつが死んじまう!」
「~~~~あぁくそッ!」
ドゴドゴと鉄の目の心臓を殴る無頼漢の目は真剣そのもので、必死ですらある。貴族の誇りと良心が天秤上で揺れ、復讐者は決断を下した。これはそう、
「これは救助の為なんだからな! 勘違いするなよっ!」
誰にともなく叫びながら、白い髪を赤い耳にかける。意を決して、未だ動かない男の唇に――
「……」
そして気付く。未だ動かない鉄の目。その指先だけが、クイクイとこちらを招いていることに。
……。
「死ねぇ――ッ!!」
「嬢ちゃ――ん!?」
鳴り響くリラの音。轟音と共に現れるセバスチャン。炸裂する霊の奔流。星になる鉄の目。
無茶しやがって……。友たる
結局は振り出しである。円卓の庭園で、大小ふたつの影はうんうんと頭を悩ませる。
「あいつでも駄目だとはなあ……どうしたもんだか」
「だが一つだけ分かった。この円卓に……隠す者がいる」
秘密には隠す者がいる。それが恥であれば猶更のこと。そしてそれは、あの手練れを仕留めてしまうほどに強大だとも。元より円卓の住人は少なく、自ずと数も絞られよう。
唇に手を当てながら思案する復讐者の視界に円卓の外観が映る。崩落した壁とその中の食堂。手入れされた木々と花々。立てられた
「おい、お前」
「……」
復讐者が知る限り、この物言わぬ剣士はずっとここで絵を描き続けている。ならば何か知っているのではないかと声をかけ、剣士――執行者も手を止めて聞く姿勢だけは見せてきた。
無頼漢も交えて事情を説明し、やはり無言で傾聴していた執行者が絵筆を手に取る。そして返事の代わりとばかりに、四枚の絵を描いた。
「面倒な奴だな……口を使え、口を」
「まあまあ、とりあえず見てみようぜ。ありがとうよ、絵描きの」
「……」
一枚目。
簡素に描かれた風景画だ。おそらく円卓だが、実際の風景と異なる点がある。
「そこの壁か? でも崩れてねぇな」
「やはり崩れたのは最近ということか。あの女め、何を隠している?」
二枚目。
一枚目と似た構図だが、爆発する円卓の壁が迫力ある筆致で描かれていた。
「いきなり力作だなおい!?」
「爆発したのか!? 何があった!」
三枚目。
今度は人物画だが、その姿は長いローブのような物で覆われている。謎の人物が走り去る後ろ姿。
「こいつがやったのか? だが誰だこの怪しい奴は」
「いやいや、こいつは巫女さんだ。前はこんな格好をしてたから間違いないぜ」
四枚目。
槍のような物で貫かれる執行者が描かれていた。
「絵描きぃ――!?」
「脈絡が無さすぎるだろう! おいお前、何があったかちゃんと口で……っ!?」
復讐者が振り向いた先に執行者の姿は既に無く、ただ持ち主を失くした筆だけが残されている。どこかに去ったのか、それとも……。
ざわりと身を蝕む寒気に、復讐者は人形の身を自ら抱きしめた。
手がかりは再び途絶え、だが確かな進展はあった。
この壁は最初から崩れていたわけではない。謎の爆発によるものであり、確実にレディが関わっている。そして、それを目撃した執行者は何者かに排除されたのだろう。
「まあ、俺たちは簡単には死なねぇけどな。でも記憶だけはそうもいかん」
「あぁ、ずいぶんと手荒な口封じだ」
夜渡りは死なない。だが命の代わりに記憶を落としていく。執行者はかろうじて覚えていたのだろうが、今回はどうだろうか。彼の献身(?)を無駄にしない為にも、二人は頭を働かせる。
「だが、槍か」
この円卓に槍を得物とする者はいない。あり得るとすれば、斧槍を扱う守護者か、あるいはどんな武器でも使いこなすあの――
「おい」
かけられた固い声音に、復讐者と無頼漢が同時に振り返る。いつから居たのか、復讐者が思い描いてた人物がそこに居た。
追跡者だ。
「ちょうど良い、お前この絵の」
「これ以上は、やめておけ」
ぴしゃりと遮る声に復讐者がムッと眉を吊り上げる。宥めるように無頼漢が前に出た。
「何か知ってるみたいだな、兄ちゃん」
「話すことは無い。これ以上はやめろ。三度は言わん」
取り付く島もないとはこの事か。お手上げとばかりに無頼漢は肩をすくめ、復讐者は呆れて腕を組む。
「口も頭も回らん奴だ。それでハイ分かりましたと退くと思うのか?」
「……警告はしたからな」
それきり追跡者は口を閉ざし、崩れた壁から食堂へと入っていく。その姿に舌打ちだけした復讐者も去り、無頼漢も苦笑してそれに続く。ちらと盗み見た時、追跡者はひとり調理台に立っていた。
「食堂の壁が崩れた原因?」
「おう、騎士さまなら何か知ってるんじゃねえかと思ってな」
書庫で本に目を落としていた守護者は、無頼漢の言葉に首を傾げた。生真面目なこの騎士は自主的に円卓を見回っており、時には召使と共に修繕まで行っている。彼なら何か知っている可能性は高い。
「悪いが原因までは知らぬ。あそこは私が出ている最中に崩れたのだ。戻ってきた時には、あの有様だった」
「そうかい、巫女さんは何て?」
「それが、巫女殿も何故か口が固くてな」
「へえ……」
無頼漢が話を聞く背後で、復讐者は注意深く守護者を観察していた。鳥人の表情は読みづらくとも、嘘つきの挙動とは存外わかりやすいものだ。いかにも愚直な彼なら猶更だろう。
この騎士は「群れ」の安全を何よりも重んじ、故に秩序を乱す者に容赦はしない。それが味方であってもだ。執行者と鉄の目を排除したのも彼である可能性があると、そう踏んだのだが。
「気になるなら帳簿を調べてはどうだ? 確か奥の部屋にあったはずだ」
「……なあ嬢ちゃん、外れじゃねぇか?」
「……そのようだな」
守護者に剣呑な様子は見られず、嘘をついているようにも見えない。内心で疑ったことを詫び、書庫の奥へと向かった。
様々な記録や図録が山積みされた机を二人で漁る。復讐者はともかく、本など滅多に読まない無頼漢は見ているだけで頭痛がしてくる思いだ。
「なんだか大事になってきちまったな」
「お前が始めたことだろう。黙って探せ」
「……そういう嬢ちゃんだって、ずいぶん乗り気な」
「何か言ったか? ……む、これは」
物品の補充状況などが記載された帳簿の中、ひとつの走り書きが目に留まる。丁寧な字で書かれたそれは、召使からレディへの他愛ない手紙のようだった。
――ご用命いただいているパンですが、なかなか上手くいかず申し訳ございません
――次に作る際には、きっとお味を近づけてみせます
――今度、無頼漢さまにも味見を手伝っていただく予定です
「あぁそういや……美味いもん食わせてくれるのはありがてぇんだが、毎日ピタパンってのはなかなかきつかったな……」
「妙だな」
「うん?」
大量のパンを味見させられた苦い記憶に浸っていた無頼漢を後目に、復讐者は細い顎に手を当てる。召使の行動に違和感を覚えたのだ。
「妙だぞ、何故あの女は召使にパンを作らせた?」
「いや、おかしくはねえだろ? 召使なんだからよ」
「普通のパンならな。だがこれは、
崩落した食堂。何かを隠しているレディ。そしてピタパン。これらは全て偶然なのだろうか?
いよいよ候補は絞られ、核心へと手が届きそうな実感。頃合いかと、復讐者は勢いよく帳簿を閉じた。
「嬢ちゃん?」
「行くぞ。あるいは最初から、あいつを訪ねるべきだったかもしれん」
▼△▼△
求める人物は書庫や控室にはいなかった。円卓中を探し回った末、浜辺で特徴的な人影を見つける。日の光より暗がりの似合う女だ。珍しい場所にいるものだと、足早に復讐者たちは歩み寄る。
「あら、お人形さんに海賊さん? 仲良くなったの?」
隠者。この円卓において執行者と並ぶ謎の人物は、ふんわりと微笑みながら二人を出迎えた。いつも通りに。
「おう魔女さんか、実は嬢ちゃんと調べものをしてるんだが」
「黙っていろデカブツ。……お前のことだ、わたし達の聞きたい事も既に分かっているのではないか?」
腕を組みながら高圧的に見上げてくる復讐者と、デカブツと呼ばれて苦笑する無頼漢。それらを微笑ましく眺めていた隠者は、だが憂い気に空を見上げた。
「ねえ、お人形さん……学びは大事なものだけれど、識るべきでない事もあるの」
「まどろっこしいな。教える気があるのか無いのか、それだけを答えろ」
「無いと言ったら?」
「吐かせる」
リラが奏でられ、ヘレンの剣が隠者の喉へと突きつけられる。
すう、と。隠者の青白い瞳が月のように細められた。
「おいおい……やめろよ二人とも落ち着けって」
「「黙ってい
「あ、はい」
重なる声音にすごすごと退散する大男。怒った女は嵐より恐ろしい。それをこの歴戦の海賊は身に沁みて知っていた。
波が打ち寄せては引いていき、それを数度は繰り返した頃。しびれを切らした復讐者が呪爪を揺らめかせた時。
ふう、と息を漏らした隠者が胸元から何かを取り出す。放られたそれは風に乗るように、復讐者の掌へと収まった。
「鍵……?」
「円卓に地下廟があるのは知っている? そこで使えるから」
それだけを言って、隠者は踵を返した。大きなとんがり帽子に隠れた表情は見えない。
無言で去る復讐者と、気まずい顔で続く無頼漢。二人の耳に、その声が入ることは無かった。
「女の子の秘密を暴こうとする悪い子には――教育が必要ね」
円卓の地下廟。目につかない場所にひっそりと設けられた扉は開いていた。まるで、二人を中に誘うように。
「なんだ、扉の鍵じゃなかったのか?」
「お、こいつは……」
地下へと続く階段、その陰に隠されていた箱を無頼漢の目は見逃さなかった。この鍵はきっと、ここで使うのだろう。
「よ、よし……開けるぞ」
「へへ……もう後戻りはできねぇな」
秘されていた宝箱を開く際の高揚は、海を渡っていた時から忘れられるものではない。そして、秘密を暴く背徳の悦びも。その不安も。
復讐者がそっと鍵を挿し入れ、カチリと音を立てて開く。
それが、最後の分かれ道だったというのに。
ごごん……と、どこかの扉が閉まった音がした。
「なんだ……」
「しっ! 誰か来る」
息をひそめる二人。今しがた下ってきた階段を、誰かがまた下りてくる。
かつり、かつりと、硬質な足音で。
それが人の足音ではないと、二人は確信していた。
「――いつも、どこにでもいる」
聞き慣れていたはずの声は、まるで聞いたことがないように聞こえる。
それほどにその声は無機質で、何よりも に満ちていた。
「――逃げる者を追い、隠されたものを暴き、正義を誇る狂人が」
かつり、かつり。
ぎしり、ぎしり。
人ではない足音。人ではない気配。
階段上の人ではない影が、ついにその姿を現した。
「あんた……」
「やはりお前か……
召使人形。
巫女の、忠実な僕。
人ならざる人形の彼が、そこにいた。
「しかし、えぇ、分かりますとも……秘密は甘い物だと」
彼は、人形兵とは、元より戦いの為に作られた。四本の腕に短剣を、弓を、時には槍を携えて。
槍。そう、「槍」を。
「だからこそ、恐ろしい死が必要なのです」
ずらずらと召使いが槍を構える。四本の腕に、四本の槍を。
その槍にはすべて黄金があしらわれ、その三又は血に濡れそぼっていた。
「愚かな好奇を、忘れるような――!」
四本のモーグウィンの聖槍が、全ての切っ先を二人に向けていた。
「「いや反則だろそれぇ――――ッ!?」」
地下廟で響いた絶叫は、誰の耳にも入ることはない。
▼△▼△
「焼けたぞ」
内心で今か今かと待ちわびていたレディは、その声に仮面の下でぱっと顔を綻ばせた。すぐに巫女らしく淑女らしい表情へと正したものの、くうと小さく腹が鳴る。慌てて調理台に立つ彼へと顔を向けたが、彼――追跡者は黙ってパンを切り分けていた。恥ずかしい腹の虫に気付かれたのかどうかは、分からない。
「あとは頼めるか」
「えぇ、任せて」
確かな手順と手際で焼かれたピタパンは中央が大きく膨らんでいる。その空洞に、薄く切られたハムや新鮮な野菜、召使特製のソースを詰め込んでいく。欲張って入れすぎないよう注意しながら。
食卓の上で奮闘する間に、追跡者はテキパキと調理台を片づけてしまった。なんとか彼が席に着くまでに調理を完了させる。やっぱり少し入れすぎたかもしれない。
「できたわ」
「あぁ、美味そうだ」
彼は具材のことを言っているのだろうけれど、レディとしてはどちらも、いやピタパン自体こそが美味しいのだと確信している。じんわりと、甘じょっぱいのだ。
彼の作るパンは美味しかった。二人で食べるなら、なおのこと。
「ニーヒル! ニーヒル! ニィヒィ――ルッ!」
「ではいただきましょうか。――黄金樹の恵みに感謝を」
「あぁ……、――に感謝を」
追跡者が小さく呟いた祈りは聞こえなかった。兜も脱がないまま器用に食事する姿に、くすりとレディは笑う。
あぁ、やっぱり、とても美味しい。
「おあーッ!? 血が! 血が出たじゃねえかあばばべぶし!」
「ご馳走様。……またお願いしても良いかしら」
「あぁ、焼いてやるさ。……いくらでも」
いくらでも。何度でも。
あと、何度だろうか。
「や、やだ……っ! たすけてお嬢様、お嬢様――っ!」
「だが、自分で焼けるようになるのが先じゃないか?」
「そ……っ、その話はやめて!」
兜の下の表情は分からなくても、笑っていることは明白で。彼の肩を小突きながら並んで皿を片づける。
振り返れば、崩れた壁からリムベルドの空が見える。……また、夜が来る。
でも、今は。
「壁は、このままでも良いかもね」
「……そうだな」
吹き込む風は、遠い記憶の故郷と似ていたかもしれない。
黒く焦げた何か
どこか香ばしい匂いもする炭の塊
レディの宝物箱に秘匿されていたもの
人には向き不向きがあり
不慣れな行為は時に惨事を招く
崩落した円卓の壁はその証である
出来上がるはずだったピタパンは
じんわりと、甘じょっぱい
私は、それを知っているのに……