諏伯たちはほどなくして紅魔館へ辿り着いた。
正面の鉄門の前に立つと、鮮やかなチャイナ服を着た門番・紅美鈴が笑顔で出迎えた。
「こんにちは! お嬢様の仰っていた通りですね」
「……さっき行くのを決めたばかりなのですが」
諏伯が眉をひそめると、どこからともなく時を裂くように咲夜が現れた。
「お嬢様の能力です。皆さんがお見えになる“運命”が見えたとのことで、ご案内するよう仰せつかっております」
ぬえが小声で「さすが悪魔の館……」と呟く中、一行はそのまま案内され、紅魔館の奥、レミリア・スカーレットの私室へと通された。
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赤いカーテンの奥、ティーカップを指先で回していたレミリアが、片目だけを細めて彼らを見た。
「あら、その子が“希望”を奪った犯人?」
こころは首を傾げる。
「うん、何故分かったの?」
レミリアは机の上に置かれたプリンを指差した。
「ちょっとずつだけど、影響が出始めているわよ。例えば……このプリン」
「おやつ?」ぬえが首をかしげる。
「そこはいいのよ。私はいつもこのプリンを見るたび“午後の雑務も頑張ろう”って思えていたけど、今はもうそんな気持ちすらどうでもよくなってきてる」
咲夜が静かに補足する。
「いつもの時間なのでお出ししているのですが、今はただ日課のように食べているだけで……お嬢様の楽しみではなくなっているようです」
レミリアは小さくため息をつき、今度はこころを真っ直ぐに見据えた。
「とにかくよ。そこのピンク髪の妖怪に、プリンを食べる楽しさを奪われたのよ。さっさと戻しなさい」
こころは首を振った。
「ごめんなさい。私のお面が無いから……無理なの」
「お面?」レミリアの眉が動く。
「私は面霊気。お面の妖怪。私のお面の一つ“希望”が無くなったのが原因。今はそれを探している所」
「それで、何故この紅魔館に?」
ぬえが軽く肩をすくめる。
「他人のお面なんて珍妙なもの拾うなら、ここの住人かなと思って」
レミリアの口元がぴくりと動いた。
「極めて紅魔館に対する侮辱的な何かを感じるけど……まあいいわ。私じゃないわよ」
その時、柱の陰から小さな笑い声が響いた。
「お面? 盗んだのは私だよ」
影からひょいと現れたのは金髪の少女――フランドール・スカーレットだった。真紅の瞳が楽しげに細められる。
「あなたが……犯人?」こころの目が細くなる。
「そう。あなたのお面を盗んだの。返して欲しかったら、私と遊んで」フランは小首をかしげながらも、翼の宝石をきらめかせ弾幕を滲ませていく。
こころは薙刀を構え、無表情に一歩踏み出した。
「……いいだろう。この小娘に、我が演舞を叩き込んでやる」
瞬間、光と音の嵐が廊下を満たす。フランの弾幕が蝶のように広がり、こころの薙刀が感情の面を背に閃く。
その戦闘を横目に、諏伯は小さくため息をついてレミリアに問いかけた。
「フランが本当に盗ったの?」
レミリアは肩をすくめ、ティーカップを置く。
「あの子はああ言ってるけど、十中八九違うでしょうね。遊び相手が欲しいだけよ、あれは」
フランは宝石の翼を輝かせ、にやりと笑う。
「さあ、どう対応してくれるのかな。禁忌“レーヴァテイン”!」
紅い大剣がその手に現れ、炎のように軌跡を引いて突進する。
こころは薙刀を構え、一閃ごとに紙一重で攻撃をいなした。
「……凄まじい攻撃、これは不味い」
「私に演舞を見せてくれるんじゃないの!」
フランが叫び、弾幕の嵐を押しつける。数度の攻防の末、フランはこころの薙刀を弾き飛ばした。
「トドメ!」
レーヴァテインが振り下ろされ、こころの身体を貫いた。
「やーらーれーたー」
こころが棒読みで呟く。フランは首を傾げた。
「……手応えがない?」
その瞬間、フランの顔に冷たい感触が貼りついた。
「ちょっ、何よこの仮面、取れない!」
「ふっふっふ。我が本体は“仮面”。本体がやられない限り、いくら斬られても問題ない」
こころは立ち上がり、仮面をはめたフランを見据える。
フランは仮面を引っぺがそうとするが、指先が空をつかむだけだ。
「……まあいいわよ。このままあなたを破壊してやる!」
こころは薙刀を拾い直し、面々が背後に現れる。
「演舞“暗黒能楽”」
感情の面がゆらゆらと舞い、薙刀に黒い光がまとわりつく。
フランは再度レーヴァテインを顕現させ、突進。
しかし今度はこころの動きが変わっていた。舞うように間合いを外し、流れるようにフランの感情を薙刀で斬る。
「……成敗」
冷たい声が響く。
フランの動きがぴたりと止まる。胸に手を当てるが、傷はない。
「……やられた、ん? ケガしてない……?」
「切ったのはあなたの“感情”。さあ、お面を返して」
こころの瞳が静かに光る。
フランは目を伏せ、小さな声で呟いた。
「……ごめんなさい。遊び相手が欲しくて……感情はないの」
こころは薙刀を下ろし、肩を落とす。
「……そっか。振り出し」
弾幕が霧散し、紅魔館の空気がようやく落ち着きを取り戻した。
背後で諏伯とぬえは、息を詰めたまま二人のやり取りを見守っていた。
戦闘が終わり、館の空気が静まり返る。
フランは肩で息をしながらしゅんと俯き、こころは仮面を整え直した。
その二人に、レミリアが立ち上がり、軽く片手を上げて場を収める。
「妹がごめんなさいね。お面はないけど――能力で居場所を探してあげるわよ」
こころはぱっと顔を上げ、仮面の奥で目を丸くする。
「本当? ありがとう……わーい」
レミリアは紅い瞳を細め、軽く目を閉じると、まるで感覚を広げるように周囲の空気を探った。
「……ふむ、地底ね。これは」
「地底?」ぬえが首を傾げる。
諏伯は腕を組み、思案顔で呟いた。
「萃香は地上にいるから違うとして……地底だとして、こころの証言の“背が小さくて可愛い妖怪”……古明地さとり?」
ぬえは諏伯を横目で見て、唇を尖らせる。
「アンタにとってはさとりみたいなのが可愛いのね……見た目変えようかしら」
こころがすかさず首をかしげる。
「ぬえが嫉妬してる」
「違うわよ!」ぬえは耳まで赤くしながら手を振る。「でも諏伯の予想は外れかもね。阿求の候補にいなかったから忘れてたけど……」
諏伯が真剣な眼差しで問う。
「心当たりでも?」
ぬえは頷き、視線を落とした。
「ええ、封印されてた頃は私も地底にいたの。犯人は……恐らくだけど古明地さとりの妹、古明地こいしね」
「姉妹……?」諏伯が小さくつぶやく。
こころも記憶を探るように目を細めた。
「そういえば……仮面を盗んだ犯人、さとりお姉ちゃんって話していた気がする」
ぬえが力強く頷く。
「確定ね。地底に向かいましょう」
こころは仮面を外し、笑顔の面を掲げる。
「いくぞー、えいえい、おー!」
諏伯とぬえは顔を見合わせ、思わず笑みを浮かべた。
紅魔館の空気はいつの間にか、次の異変への緊張感へと変わっていた。