純狐の息子は二度目の生で母を追う   作:四国の探索人

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紫への疑念

まだ薄暗い命蓮寺の一室。

布団の中でぐっすり眠っている諏伯の肩が、勢いよく揺すられた。

 

ぬえが容赦なく揺さぶりながら声を上げる。 「起きろ、起きなさいってば!」

 

諏伯はむにゃむにゃ言いながら目をこすった。 「……朝、ですよね? ああ、ここ寺だから朝が早いのか……にしても、早すぎません?」

 

ぬえは小さく舌打ちしながら囁く。 「私はよくサボるからいいんだけど、村紗たちに捕まらないように今のうちに出るのよ」

 

「なら、昼までここで寝て──」 と諏伯が再び布団に戻ろうとすると、ぬえは耳元で怒鳴る。

 

「寺に泊まったら朝食は全員一緒なの! みんな起きる前に出ないと面倒なことになるの!」

 

仕方なく起き上がる諏伯。

ぬえは襖の隙間から廊下を覗き、誰もいないことを確認して開けた。

 

「よし、急ぐよ──」

 

しかし縁側に出た途端。

そこには腕を組んで待っていた白蓮の姿があった。

 

白蓮はにっこり微笑む。 「ぬえ、今朝は早いのですね。この時間になると思って朝食をお出ししておきましたよ」

 

ぬえは顔をひきつらせて後退る。 「げっ……いや、いいのよ聖、今日は二人の都合で──」

 

白蓮はにこやかにぬえの手首を掴んだ。 「まぁまぁ、話はお聞きしますから。諏伯さんも一緒にどうぞ」

 

そのまま逃げ場なく食卓へ連行される二人。

 

 

 

広間には既に皆が集まり始めていた。 眠そうではあるが、からかう気満々の表情だ。

 

村紗が肘で一輪をつつきながら大声をあげる。 「男と同じ屋根の下に泊まって、朝こそこそ逃げようと……どう思います、一輪?」

 

一輪は頬杖をつきながらニヤリ。 「これは……間違いなく“そういうこと”だね。いやぁ、若いっていいねぇ」

 

ぬえは真っ赤になって机を叩く。 「違うって! 別に何もしてないってば!」

 

寅丸は純粋な目で首を傾げる。 「何もしてない……それはそれで問題なのでは?」

 

ナズーリンは淡々と茶を啜りながら言う。 「まぁまぁ、どっちでもいいじゃないか。本人たちが幸せならね」

 

村紗はさらに追撃する。 「いや〜気になっちゃうよねぇ。仏教修行ばっかで刺激不足なんだからさ!」

 

白蓮は箸を止めて皆を睨む。 「皆さん、朝食中ですよ。ぬえ。本日は昼と夕食はどうします?」

 

ぬえはため息混じりに答える。 「いる。ちょっと出かけるだけだから――」

 

村紗がすかさず茶化す。 「明日の朝まで帰らないんじゃないの~ぬえちゃん?」

 

ギロッ、とぬえが鋭い視線を向ける。 「村紗……覚悟しときなさい」

 

白蓮が柔らかい笑みで仲裁する。 「村紗、仲間をいじめすぎですよ」

 

そんな慌ただしい朝食を何とか済ませ、ようやく命蓮寺を出ることができた。

 

 

 

人里を抜け、稗田家の門を叩くと阿求が姿を現した。 「いらっしゃい、ぬえ。諏伯を連れてきてくれたんですね。お願いして正解でした」

 

そして阿求はふと、諏伯の頭に視線を向け──

僅かに眉を寄せた。

 

「……諏伯。頭からぬえさんとは別の女性の香りがしますね。まさか膝枕──」

 

ぬえが勢いよく遮る。 「それはもういいから!!!」

 

阿求は咳払いし、表情を引き締めた。 「では本題です。八雲紫について、どうも様子がおかしいと感じているのです」

 

諏伯が真剣な表情で尋ねる。 「紫が? 何が気になります?」

 

阿求は静かに話し始めた。 「幻想郷の賢者が、博麗の巫女を月に送り、月の民を幻想郷へ呼び寄せ、結果として“博麗の巫女のいない空白期間”を作った。……これは、本来ありえないはずです」

 

ぬえは腕を組みながら推察する。 「幻想郷を守る戦力が他にもいたとして、わざわざ危険を背負わせるなんて妙よね」

 

阿求は頷く。 「ええ。紫は幻想郷の安定を第一に考える人物のはず……。誰かの能力の影響か、あるいは深い恨みか。調べずにはいられません」

 

諏伯は腕を組んだまま沈黙し、重く答える。 「紫は“月を嫌っている”ことは確かです。能力で操られているとは思いたくないですが……正気の行動とも思えない」

 

ぬえが肩をすくめる。 「正気で幻想郷に危機をもたらそうとした可能性がある。じゃあ決まりね。紫の動向を探るってことで」

 

阿求は深々と頭を下げた。 「人里代表としての頼みです。どうかお願いします」

 

 

稗田邸を後にしてしばらく歩くと、夕焼けが人里の屋根を朱色に染めていた。

人々の姿はあるものの、どこか覇気がなく、希望の異変の残滓がまだ澱んでいるようだった。

 

ぬえが足を止め、盛大にため息をつく。

 

「……まったく、阿求も物好きよね。

 幻想郷で一番ヤバい存在に首突っ込むなんてさ」

 

諏伯は肩を竦め、苦笑した。

 

「人里の代表ですし、放っておくわけにもいかないんでしょう。

 紫の“思いつき”で済ませられるのは妖怪だけですからね。

 人間にとっては、冗談じゃなく命に関わります」

 

ぬえは腕を組み、むっとした顔になる。

 

「分かってるけどさ……紫本人を問い詰めても

 絶対誤魔化されるか、最悪スキマ送りでしょ? 何か手は?」

 

諏伯は無言で歩き続け、やがてふっと立ち止まった。

夕日が沈みかける空を見上げながら、小さく呟く。

 

「紫と面識があって、なおかつ……チクりそうにない人物が一人だけいます」

 

ぬえが訝しげに眉を上げる。

 

「そんな便利な奴いる? 紫の関係者なんて、全員腹の中真っ黒じゃない」

 

諏伯は淡々と、その名を告げた。

 

「――八雲藍です」

 

ぬえは目を丸くし、思わず声が裏返る。

 

「藍!? あの完璧式神の!?

 あの子、紫の秘密を墓まで持っていくタイプでしょ!」

 

諏伯は首を振る。

 

「忠誠心は本物です。でも――

 紫がおかしくなっているとすれば、真っ先に気づくのは彼女です。

 そして……紫が知られたくないことも、きっと理解している」

 

ぬえは口元に手を当て、少し黙り込んだ後、ニヤリと笑った。

 

「つまり、紫のブレーキ役ってわけね。

 確かに、あの子なら話くらい聞いてくれるかも」

 

諏伯は小さく頷く。

 

「紫が理性を失っているなら、藍は放置しないはずです。

 彼女に会って確認しましょう」

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