人里の一角で、諏伯は真剣な表情で油揚げを買い漁っていた。
「ねぇ諏伯。アンタ何やってんのよ。狐に転生でもする気?」
「違います。八雲紫には直接聞けない以上、彼女の式――八雲藍を呼び出す必要があるんですよ。
ただし博麗大結界を攻撃したら来てくれるでしょうが紫にバレます。古典的ですが、罠を仕掛けます」
そう言うや否や、諏伯は人里の道端に堂々と落とし穴を掘り、油揚げを一枚――置く。
ぬえは額を押さえため息をつく。
「こんなの引っかかるやついないでしょ……あの完璧式神が――」
トテトテ……ズボッ!!
八雲藍、躊躇なく穴へ転落。
「……本当に落ちた」
穴の底から怒声が響く。
「~~ッ! 誰だい!油揚げの前に罠など仕掛けた不埒者は!!」
諏伯は動じず、油揚げを一枚ずつ穴へ投入。
十枚目あたりで、藍の怒りは困惑に変わり、穴から這い上がってくる。
「……まあ、誰だってイタズラくらいはする。油揚げを貰ったし、今回は見逃してあげよう」
「話したい事があるんです」
「断る。恩は売っていないし、貸しを作る気もない」
その言葉を遮り、諏伯はザルいっぱいの油揚げを前に置く。
「な、なんだこれは!? 私を買収できると――」
「ではこの油揚げ全部、納豆を詰め込んでうどんに入れて食べます」
「やめろぉぉぉぉッ!!油揚げにそんな死刑宣告をするな!!」
ぬえは呆れ果てる。
「バカみたいな脅しなのに、なんで成立してんのよ……」
藍は観念し正座した。
「……で、何の話だい?」
諏伯は息を整えた。
「前回の月面戦争……紫の様子、何かおかしくありませんでしたか?」
藍は目つきを変え、真剣に語り始める。
「紫様が自ら月の民を幻想郷へ誘導した――あれを聞いた時、私は耳を疑った。
賢者として絶対にあり得ない行為だ」
ぬえが眉をひそめる。
「じゃあ、やっぱり誰かの能力か何か?」
藍は静かに首を振った。
「違う。紫様は操られていない。けれど――」
藍の視線が諏伯に突き刺さる。
「紫様の感情の均衡を崩したのは、恐らく君だよ。諏伯」
諏伯の目が見開かれる。
「……私が?」
「紫様は昔から“月”を嫌悪していた。だが月面戦争の時は、その憎悪が異質だった。
原因は君の“純化”。それが紫様の境界に触れすぎた」
ぬえが困惑する。
「ちょっと意味わかんないんだけど?」
藍は淡々と説明を続ける。
「“純化”は祝福であり呪いだ。
接触する存在の感情を一方向に収束させてしまう。
紫様の“嫌悪”は、君の影響で“敵視”に純化された」
諏伯が凍り付く。
藍の声が低くなる。
「そして最悪なのは――紫様自身、それが異常だと認識していないことだ」
ぬえが小声で呟く。
「正常なのに狂っていく……そういう事ね」
藍は頷いた。
「紫様は君と関わるほど、月に関する選択肢を失い、やがて幻想郷を戦場に変える。
このままなら第三次戦争は避けられない」
諏伯の拳が震えた。
「……私が、紫を壊したのか」
「まだ間に合う。紫様から“純化の影響”を切り離すんだ」
藍は呼吸を整え、淡々と告げる。
「最も簡単なのは――
君が誰かに本気でぶん殴られること」
ぬえが吹き出す。
「なんて原始的な解除方法よ」
藍は指を一本立てる。
「純化は“浄化”に似ている。外的衝撃――精神的か肉体的かは問わないが、
痛烈な否定があれば均衡が戻る」
諏伯は目を細めた。
「他の手段は?」
藍は即答する。
「紫様を本気で叩きのめす。だが、それは私が認めない。紫様を傷つける理由はない」
ぬえが笑いながら肩を叩く。
「じゃあ結論出たわね。久々にやり合う?」
藍が鋭く制止する。
「待て。今諏伯に手を出せば、純化の影響下にある紫様が君を敵と判断し、確実に出てくる。
そうなれば最悪のシナリオだ。紫様と諏伯、同時に相手出来る存在は余りいない。」
諏伯は眉を上げた。
「では、私が手加減して負ければ?」
藍はため息交じりに答える。
「中途半端では意味がない。**“敗北”ではなく“完全な敗北”**が必要だ」
藍は言いにくそうに続けた。
「賢者の式としてこんな事を言いたくないが――紫様が君に味方しない理由作りのため、幻想郷で異変を起こせ。
そして、誰かに正面から倒されろ。
それが君と紫様を切り離す唯一の道だ」