その夜、守矢神社は深い静寂に包まれていた。
諏伯が床に就き、まどろみに落ちかけたその時――
床下から、かすかな振動が伝わってくる。
トコトコトコトコ……
規則的で、嫌に生々しい音。
胸騒ぎに目を開く。
「……この振動……まさか……」
嫌な予感が背筋を這った、その直後だった。
――ドンッ!!
突如として、大地が唸りを上げる。
柱が軋み、天井から埃が落ちるほどの激震。
諏伯は即座に跳ね起き、廊下へ飛び出した。
「……違う。これは……」
守矢の神が起こす地震とは、質が違う。
そう判断した瞬間、向こうから小柄な影が走ってくる。
同じ考えに至ったのだろう。
言葉を交わす前に、互いに悟った。
――犯人ではない。
「諏伯、合わせて!」
そう叫ぶと同時に、二人は向かい合い、手を取り合う。
祈りの姿勢を取り、神気と加護を重ねていく。
大地に流れ込む力を読み取り、
乱れた波を一つ一つ鎮めるように。
揺れは次第に弱まり、やがて完全に収束した。
静寂が戻る。
息を整えながら、諏伯は低く呟く。
「……誰が、こんな事を……」
眉をひそめ、地面を睨む。
「私たち以外に、大地そのものを揺るがせる存在がいるなんてね……」
そこへ、もう一柱が駆け寄ってきた。
険しい表情のまま、短く告げる。
「それより、まずいぞ。二人とも」
すぐに問い返される。
「被害は? 人里はどうなってる?」
「幸いにも倒壊は出ていない。ただ……恐怖で人々が外に出ている。
早苗が村の警備と一緒に、すでに炊き出しを始めている」
安堵と同時に、嫌な予感が重なる。
「……初動は間に合ったみたいだね」
諏伯は、ゆっくりと言葉を選んだ。
「今は混乱していて、ここに直接来る人はいない……でも」
それを遮るように、重い声が続く。
「問題はそこじゃない。
“大地を操れる親子”がこの神社にいる。
疑われないわけがないだろう」
沈黙。
諏伯は一度、はっきりと確認した。
「念のため聞くけど……本当に、守矢じゃないよね?」
即答だった。
「当たり前だ。人里に被害を出してまで、やる理由がない」
小さく舌打ちする。
「……私たちが異変を起こす“予定”の、このタイミングでだ。
それを利用した輩がいるってことだね」
諏伯の拳が、静かに握られる。
計画していた“敗北のための異変”
――それを、誰かが先に踏み台にした。
「許せないね……」
揺れが収まり、守矢神社の境内に一時の静けさが戻る。
諏伯は胸の内を整理するように、一歩前に出た。
「……しかし、起こした相手が私たちでなくても、もともと起こす予定の異変でしたよね。
いっそ、私たちが起こしたことにしてしまってもいいのでは?」
その提案に、八坂神奈子は一瞬だけ考え込み――すぐに肩をすくめた。
「……まあいいか。博麗の巫女が本気を出せば、真犯人くらい見つけてくれるだろ!」
隣で小柄な神が、楽しそうに笑う。
「そうそう! 私たちは当初の予定通りさ。
炊き出しをして、困ってる人を助けて、信仰獲得。王道じゃないか」
話は早かった。
「よし、それじゃ私は人里に降りる。
二人は表に出ない方がいい。どうせ霊夢が飛んでくるだろうしな」
「そうするよ。来たら返り討ち――じゃなくて、軽くあしらって信仰に繋げようかね」
「ははっ、楽しみにしてるよ」
そう言い残し、風を切るように神奈子は人里の方角へと消えていった。
残された二人は、霊夢の来訪を想定し、境内で待機する。
だが――
「おっと……これはまた、予想外のお客だね」
諏訪子の視線の先、コツコツと歩く、妖狐が姿を現した。
「……八雲藍です。
まず確認させてほしい。今回の地震は、君たちが起こしたのか?」
落ち着いた声だが、その眼差しは鋭い。
「起こしたのは私たちじゃないよ。
本当はもっと小規模なものを想定していたんだけどね。誰かが、まるで測ったみたいに揺らした。
だから丁度いいし、私たちのせいにするつもりさ」
藍は眉をひそめる。
「……にわかには信じがたいな」
その視線が諏伯に向けられる。
「何か問題でも?」
「問題しかない。
異変を起こせとは言ったが、すでに家屋が傾き、建築被害も出ている。
そして君たちは“大地を揺らせる親子”だ」
諏伯は一歩踏み出しかける。
「本気で守矢が原因だと思うなら……相手をして――」
それを遮るように、藍が首を振る。
「それどころじゃない。
紫様が人里の被害を知って、激怒している」
空気が一気に重くなる。
「犯人は“幻想郷から消す”とまで言っている」
「……極端すぎやしないかい」
諏訪子の呟きに、藍は苦い表情を浮かべる。
「これも“純化”の影響だろう。
しかも厄介なことに……諏伯、君自身にもそれを止められない。
紫様の判断が、常に最も過激な選択肢へと傾いている」
諏訪子は片眉を上げる。
「賢者の式が、そこまで教えてくれるなんて。
どういう風の吹き回しだい?」
「幸いなことに、紫様はまだ自ら出るつもりはない。
対処は博麗の巫女に任せるそうだ」
藍は真剣な眼差しで続ける。
「無茶な願いなのは承知している。
だが……周りから恨まれながら真犯人を見つけておくれ。」
守矢神社の上空を、重い雲が流れていく。