藍は境内の気配を一瞬だけ確かめ、肩をすくめた。
「……どうやら、お客が来たようだね。
私はこれにて失礼するよ」
言い終わるより早く、藍の姿は霧のように掻き消えた。
残された諏伯と諏訪子は、同時に空を見上げる。
「……あーあ、もう来てるね」
諏訪子は苦笑混じりに言った。
「母さんは犯人探しを続けてもいいけど……
私は、どうせ討伐される必要があるので」
諏伯の声音は落ち着いている。
覚悟を決めた者の、それだった。
「何言ってるんだい」
諏訪子は、諏伯の肩を軽く叩く。
「霊夢にはむしろ感謝してるくらいさ。
息子との共闘なんて――お前が子どもの頃の訓練以来だよ」
外から足音が近づく前に、張りのある声が境内に響いた。
「洩矢の親子!
あんたたちのどっちかが犯人でしょ。出てきなさい!」
諏訪子と諏伯は顔を見合わせ、ゆっくりと正面へ歩み出る。
「おや。これはこれは、霊夢じゃないか」
諏伯が穏やかに声をかける。
「とぼけないで。
今回の異変、あんたたち分かってるでしょ?
紫、相当キレてるわよ」
霊夢の目は鋭く、退路を断つ位置取りだった。
「おやおや、言いがかりはよくないねぇ」
諏訪子は肩をすくめる。
「地震が起きた。
で、地震を起こせる親子がいる。
疑うなって方が無理でしょ」
霊夢は符を構えながら続ける。
「犯人じゃないなら、怪しい奴の一人でも教えなさいよ」
一瞬の沈黙。
そして――諏訪子が、にやりと笑った。
「まあいいさ。
人里での信仰集めは神奈子がやってる」
諏訪子の声が、神としての重みを帯びる。
「ここは博麗の巫女を倒して――
守矢の天下を、盗ってみようじゃないかい」
霊夢の眉がぴくりと動く。
「あっそ。
じゃあ遠慮なく“異変の元凶”として退治してあげる」
境内の空気が張り詰める。
合図もなく、大地が唸りを上げた。
「いくよ、諏伯!」
低い声と同時に、境内の地面が盛り上がり、巨大な土の手が形を成す。
それは神の意思そのもののように霊夢へと叩きつけられた。
だが――
霊夢は一歩も慌てず、横へと跳ぶ。
巨大な掌は虚空を掴み、地面を砕くだけに終わった。
「そんなデカブツの手、見えてる分だけ避け放題よ!」
軽口とは裏腹に、視線は鋭い。
次の瞬間、霊夢の進路を塞ぐように、複数の岩塊が宙を舞った。
諏伯の操る岩が、狙い澄ました軌道で迫る。
霊夢は即座に陰陽玉を振るい、次々と岩を粉砕する。
破片が境内に降り注ぐ中――
「いいね、その調子。……でも」
諏訪子の声が、どこか楽しげに響く。
「時間稼ぎは、もう十分だよ!」
その言葉と同時に、先ほどの土の手が再び隆起し、今度は逃げ場を塞ぐように包囲する。
霊夢は歯を食いしばり、構えた。
「夢想――」
必殺の名を口にしかけた、その瞬間。
空気を切り裂く、眩い黄色の閃光。
「マスタースパーク!!」
横合いから放たれた極太の魔力の奔流が、土の手を一瞬で粉砕した。
神の術式が、光に呑まれて霧散する。
土煙の向こうから、聞き慣れた声が響く。
「ったく……一人で突っ走るからこうなるんだぜ」
霊夢が舌打ちする。
「別に、あんたがいなくても――」
「はいはい。礼は後でいいからさ」
箒に跨り、得意げに笑う魔法使いが宙に浮かんでいた。
霧雨魔理沙。
その登場により、戦場の空気は変わり、そして熱を帯びる。
諏訪子は肩をすくめ、愉快そうに笑った。
「ほう……二人揃ったかい。
これは思ったより、楽しめそうだね」
守矢の神と、博麗の巫女、そして魔法使い。
境内は、幻想郷の行方を占う舞台へと変わっていった