諏伯が地面を踏みしめた瞬間、砂埃が舞い上がった。
そして、その視界の先――すでに天子は立っていた。
「はい、私が先に着いたから私の勝ち!」
諏伯は一瞬呆れた顔になる。
「……子どもみたいなこと言わないで下さい……よっ!」
言葉の途中で、諏伯は地を踏み鳴らした。
大地がうねり、土壁が天子を包み込もうとする。
だが――
(……止まった?)
途中で、土の動きがぴたりと止まる。
天子は余裕の笑みを浮かべた。
「一つ、言い忘れてたわね。地上に来たのは、貴方が戦いやすいからだけじゃない」
天子は地面を軽く踏む。
「忘れた?
今回の地震を起こしたの――私よ」
次の瞬間、大地が逆に諏伯を呑み込もうとする。
(しまった……!)
(地震を起こす能力じゃない……
大地そのものを操る能力……同じ系統だ)
土に引きずり込まれる感触。
だが諏伯もまた、大地に干渉する。
歯を食いしばり、地面を割って地上へと抜け出した、その直後――影が落ちる。
見上げると、天子が巨大な岩を抱え、空から降ってきていた。
「そーれっ!」
「――宝塔!」
光が走り、岩は轟音と共に粉砕される。
土煙の中、天子は着地と同時に叫んだ。
「はああぁぁぁ!!」
緋想の剣が振り下ろされる。
諏伯は瞬時に仕込み杖を抜き、受け止めた。
だが――
「顕現せよ。非想非非想の剣」
その瞬間、異変が起きた。
緋想の剣が、仕込み杖に宿る加護を――吸い始める。
(……!?)
(加護が、消えていく……!)
気づいた刹那、嫌な音が響いた。
――バキン。
仕込み杖は折れ、そのまま諏伯の身体が斬り裂かれる。
地面に転がり、諏伯は切り口に手を当てた。
指先に、はっきりとした温かさが伝わる。
血だ。
(……純化の加護があるのに、斬られた……)
(あの剣……
加護そのものを無効化する……!)
天子は勝ち誇ったように笑う。
「どーよ!
天人の力、思い知った!?」
一歩、近づきながら続ける。
「降参するなら――」
だが、言葉が途切れた。
諏伯の傷口が、ゆっくりと塞がっていく。
血は止まり、肉が再生していく。
天子は目を丸くした。
「……へぇ」
興味深そうに、じっと諏伯を見る。
「要石から生きて出てきたって聞いて、普通じゃないとは思ってたけど……」
口元が、にやりと歪む。
「――蓬莱人、かしら?」
大地が、再び静かに軋む。
「凄いでしょこの剣! 天人の秘宝、緋想の剣! 楽しそうだから持ち出したの!」
自慢するように剣を掲げ、天子は得意げに笑った。
その刃は赤く、軽く振っただけで空気が震える。
(あの剣のせいで、加護なしで戦わなければならない……奪い取らねば)
諏伯は一瞬の隙を見て踏み込み、剣へ手を伸ばす。
だが天子は読んでいたように半歩引き、ひらりと躱した。
「ちょっと視線が剣に向きすぎじゃない? 狙いが丸わかりよ」
「この距離で使いたくなかったですが――ならば!」
諏伯は宝塔を掲げ、至近距離で光を放つ。
「宝塔!」
天子の目が見開かれる。
(この距離は……防御が間に合わない――でも)
「緋想の剣よ! その身に溜めた力を解放せよ!」
刃が赤く脈打ち、ひとつの“力”を吐き出した。
――諏伯が使っていた純化。
「……純化の力? 待て、不味い!」
宝塔の光が天子を直撃し、天子は吹き飛ばされる。
だが着地すると、歯を食いしばってすぐに立った。
「……っ、かなり痛いわね。久しぶりに、ちゃんと痛い!」
天子が戦いの愉悦に浸り、続きを求めるように顔を上げる。
――だが、諏伯の様子がおかしい。
「ん? 向こうにもダメージ入った……?」
そう軽く思ったのも束の間だった。
諏伯の輪郭が、黒い霧に包まれたように揺らいでいる。
霧ではない。
感情が“削ぎ落とされていく”ような気配だった。
「おーい! どうかしたの!」
呼びかけた瞬間、諏伯が跳んだ。
迷いも躊躇もなく、首へ手を伸ばす。
「なっ……なにを!? いきなり……!」
天子は咄嗟に蹴り飛ばす。
だが諏伯は何も言わず、何も笑わず、ただ攻撃だけを続けた。
「……大地の津波」
地面が波打ち、土石流が天子へ襲いかかる。
「今さら土操作なんて――能力で相殺して……あれ?」
止まらない。
土石流は黒い気配を纏い、天子の干渉を拒むように押し寄せる。
「能力が効かない……? いや、違う。
諏伯の土が……“諏伯そのもの”みたいに固定されてる……!」
天子は上へ逃げる。
考える間もなく追撃が飛ぶ。
(不味い。宝塔のダメージが残ってる。このままじゃ――)
諏伯が宝塔を掲げる。
普段より長く、長く溜める。
「……宝塔」
その光は、浄いはずのものが、異様に濁っていた。
「ちょっと待って。あれ、めちゃくちゃヤバいんだけど……!」
放たれる直前――
上空から巫女が落ちるように急降下し、諏伯を殴り落とした。
「何してるのよ!!」
諏伯が地面に叩きつけられ、土煙が上がる。
「博霊の巫女? 戦いの最中に割り込むなんて――」
「それどころじゃないでしょ。あの気配、異変の臭いしかしない!」
「分からない……私が剣で力を返したら、急に――」
会話の途中で、諏伯が起き上がる。
目が合わない。声もない。
ただ、排除するために動く。
その瞬間、落雷が叩き落ちた。
「これは……衣玖の雷!」
「事情は分かりませんが――ここは私が足止めします。お引き下さい!」
「でも……!」
「いいから!!!」
霊夢は舌打ちし、天子の腕を掴む。
「行くわよ天子。アイツを知ってる奴のところへ!」
二人が飛び去る。
残された衣玖は深く息を吐き、雷雲を呼ぶ。
「効果なし……いえ、復活しますか。
私の体力が尽きるまで、時間を稼がせてもらいますよ」